第五章 近くて遠い 

 ついに、望まぬ春がやってきてしまった。
 校門の桜は満開になって新入生を迎えた。彼女たちの晴れやかな姿を見ても、魅藍の気が晴れることはなかった。
 読書室には相変わらず魅藍と優希の二人だけだ。
 新入生の勧誘をしなければいずれこの愛好会はついえてしまう。わかってはいるが、どうも積極的になれない。
 捜してしまうのは、先輩の姿ばかり。
 気がつけば、先輩がいるであろう校舎のほうばかり眺めている。
「魅藍? 新入生の勧誘に行こ」
 窓際に立って外を眺めていた魅藍に優希が話しかけた。
「――うん」
 魅藍は小さな声で返事をして、優希と一緒に読書室を出る。
「読書が好きそうな子に声を掛けよう」
 廊下を歩きながら優希が言った。魅藍は「そうだね」と相槌あいづちを打ったものの、に落ちない。
(でも正直、見た目じゃわからない)
 楓だって、一見すると読書が好きそうには見えない。
 むしろ、運動部のエースとして活躍していると言われるほうがしっくりくるかもしれない。
(ああ、だめ……。また、楓先輩のこと考えてた)
 これではいけない。
 いまは、電子読書愛好会に入ってくれる学生を確保することが先決だ。
 魅藍と優希は校門で、帰り際の学生に声を掛けることにした。
 優希が積極的に話しかけ、魅藍はただ相槌あいづちを打つかうなずくというだけだった。
 自分が会話の中心にいないからか、つい気が逸れて、視線は新入生ではなく卒業生のいる校舎のほうへ向いてしまう。
「あっ――」
 魅藍が突然、声を上げたので、優希は驚いて「えっ? なに?」と尋ね返した。
「……っ、ご、ごめん。なんでもない」
 曖昧あいまいに笑って、再度「ごめんね」と言った。
 心臓がドクドクと高鳴ってうるさい。
 手には汗をかいている。
 それもこれも、楓先輩の姿を見つけたせい。
 ただ先輩を見つけただけなら、よかった。でもそうではなくて、先輩は見知らぬ色っぽい女性と密に寄り添って――女性に腕を絡められて――歩いていた。
(そりゃ、先輩はもてるよね……)
 頭がいいし、顔もいいし、スタイルだっていい。明るく人懐っこい性格もそうだ。先輩は他人から好かれる要素しか持っていない。
 先輩は、近いけれど遠い。
 大声を出して呼びかければ気づいてもらえる距離にいるのに、呼びかけることができない――。
 結局その日も、新入生を愛好会に引き入れることはできなかった。
 自宅に戻った魅藍は悶々もんもんとしたまま湯船に浸かる。
 そうしてぼうっとしていると、先輩の顔が自然と浮かんでくる。
 卒業旅行以来、楓からはまったく連絡がない。
 新生活が忙しいのだろうと思っていたけれど、もしかしたらあの色っぽい女性とのデートに時間をいているのかもしれない。
 魅藍はこうべを垂れて湯面にバシャッと勢いよく顔を浸けた。
「ぷはっ」
 すぐに顔を上げて、両頬を手で覆う。
 顔に湯を浴びれば、自分の中に渦巻く黒い感情を排除できるかと思ったが、そう上手うまくはいかなかった。
(あぁ、だめだ……。楓先輩以外のこと、考えなきゃ)
 このままでは自分がストーカーになってしまいそうで怖い。
 先輩に依存して、先輩なしではいられないようになってしまいそうで、恐ろしい。
(なにか新しいことを始めよう)
 魅藍は湯から上がり、手早く髪と体を洗って浴室から出る。
 濡れた髪の毛をドライヤーで乾かして水を一杯、飲んだあと、ベッドに寝転がってスマートフォンをいじる。
(新しいこと――っていったら、アルバイトとか……?)
 最寄り駅近くのアルバイト情報をチェックする。
(あ、ここ……)
 駅近くのファミリーレストランだ。そういえばいつも『アルバイト募集』という貼り紙を目にする。
(学生アルバイトは、土日中心。平日は週に二、三回……夕方から、か)
 電子読書愛好会の活動を少し早めに切り上げれば、平日もアルバイトができそうだ。
 魅藍はさっそく求人に応募した。
 とんとん拍子で面接日が決まり、応募から二日も経たず採用された。
 貸与された制服に着替え、まずは料理を運ぶことから始める。
「いらっしゃいませ~~」
 語尾はなるべく伸ばすように、と店長の男性に言われた。それが正しいのかどうかわからないけれど、ほかの店員もそうしているので魅藍もそれにならう。
 店長は魅藍が料理を運ぶようすを見ながら言う。
「魅藍ちゃん、なかなか筋がいいねぇ」
「えっ? ……あ、ありがとうございます」
 まだ仕事を始めて一時間だ。ただ料理を運んでいただけなのに『筋がいい』と言われてもピンとこないし、名前で呼ばれるのにも違和感があった。
 ファミリーレストランの店長はとても若い男性だった。愛想はいいが、如何いかんせん馴れ馴れしい。やたらと肩や手に触れられる。それが不快でならなかった。
(やっぱり、バイト辞めようかな……)
 働き始めて二時間も経っていないがそんなことを考えてしまう。初めの一週間は試用期間なので、仕事が自分に合わないのなら辞めてもいいとあらかじめ説明されていた。
「……魅藍ちゃん?」
 客席に料理の配膳を終えて厨房へ戻ろうとしているときだった。
 後ろから呼びかけられた魅藍はすぐに声がしたほうを振り返った。
 だって、好きな人の声だったから。
 しかし、その人の姿を目にするなり歓喜は落胆に変わる。
 楓は一人ではなかった。いつか見た女性と連れ立って店の中に入ってきた。
「い――いらっしゃいませ」
 語尾を伸ばすという言いつけを忘れて、ぎこちない笑顔で短く挨拶の言葉を発してきびすを返す。
「あ、ちょっと――」
「いらっしゃいませ~~。お席にご案内します」
 案内係の店員が楓と女性をテーブル席に案内する。楓はそれ以上はなにも言わず、窓際の席についた。
 厨房に戻るとすぐに店長に話しかけられる。
「いま来た客、魅藍ちゃんの知り合い? 二人ともすっごい美人だね」
 口の端を上げて笑ったあと、店長はすぐに言葉を足す。
「あぁ、魅藍ちゃんも素敵だけどね」
 ――ああ、やっぱり不愉快だ。
 魅藍は引きつった笑みを浮かべて、厨房のカウンターに並ぶ料理を客席に運ぶ。そのあいだ、何度も楓と目が合った。
 いよいよ、楓のいるテーブルに料理を運ぶことになる。
「お待たせいたしました~~、クリームパスタで~~す」
 他の店員を真似てそう言ったがやはり、語尾を伸ばすことには抵抗がある。
 楓の表情が硬いのも、この言葉遣いを不快に思ったからではないかと心配になった。
「魅藍ちゃん。仕事は何時まで?」
「えっと……九時、です」
「そう……」
 険しい顔つきで楓は左腕にめていた時計を見る。いまちょうど八時なので、仕事上がりまではあと一時間だ。
 楓たちが店を出て行ったのは閉店ぎりぎりだった。
(楓先輩たち……なにかの打ち合わせだったみたい)
 真剣な表情で、ノートや教科書らしきものを広げて話し込んでいた。
 九時になり、ロッカールームで着替えを済ませて「お疲れ様でした」と挨拶をして裏口から外へ出る。
「――!」
 隣接するビルの壁にもたれ掛かって腕組みをしている楓に遭遇し、魅藍は息が止まりそうになった。
 楓は一人だった。先ほどまで楓が一緒にいた女性は、もう帰ったのだろうか。
「お疲れ様。家まで送ってあげる」
「あ……ありがとう、ございます」
 夜の街を二人で歩く。
 楓は黙り込み、なにも話さない。
(楓先輩、なんだか……怒ってる?)
 機嫌が悪いというよりも、なにかに怒っているように見えた。
 安易に話しかけてよいものかと悩んでいると、
「ねえ……。魅藍ちゃんが仕事中に話してた男の人だけど。あの人、店長? あれ、絶対――魅藍ちゃんに気があるよ。なんていうか……節操なし、って感じ」
 楓は前を向いて歩きながら言う。
「気をつけたほうがいいよ。それに、こんなに暗くなるまでバイトしてるっていうのも――」
 プツン、となにかが自分の中で音を立てた。
 魅藍は制服のスカートの裾をギュッとつかんで立ち止まる。
「そういう楓先輩だって……!」
 閑静な住宅街に魅藍の甲高い声が響く。
「さっきの女の人、なんなんですか? すごく仲良さそうだった……っ! 学校でも、あの人と腕組んで一緒に――」
 そこまで言ってしまったあとで、口元を押さえて下を向く。
「魅藍ちゃん……?」
 足元に影ができる。楓が目の前に立っている。
「私、先輩のこと忘れたくて……このバイトを始めたんです。だから、もう――お店には来ないでほしいです……っ」
 勝手なことを言っているという自覚はある。
 それでも、つらかった。
 私のことを心配しているようなこと言わないで。
 それは特別な感情からなんじゃないかって、期待してしまうから。
「私のこと、忘れたいの? ……女同士であんなことしたの、後悔してる?」
 楓の声はわずかに震えていた。
 魅藍は勢いよく顔を上げる。
「違います! 後悔なんて、してません。ただ……思い出すと、つらいんです。だって……思い出すたび、先輩が恋しくなる」
 瞳の中に涙を留めておくことができない。
 心の中に無理やり押し込んできた感情とともに、なにもかもがあふれれ出す。
「楓先輩のことが、好きです」
 本人を前にそのことを口にしてしまうと、急に頭の中が晴れていくようだった。
 必死に隠して、押し殺してきた想いを言葉にすることができてよかったと思う。
 しかしその次の瞬間、すぐに後悔することになる。
「……好き? 私を?」
 苦しげに微笑びしょうして頭を抱える楓を、魅藍は呆然と見ていることしかできない。
 やっぱり、迷惑だった?
 伝えるべきでは、なかった――?
 瞳からこぼれた涙が滝のようになって地面に散り落ちる。
 魅藍は涙を拭おうと両手を目元に持ってこようとする。しかしそれよりも先に、顔がなにかにぶつかって涙が止まった。
 楓に抱きしめられているのだと気がつくまでに、時間がかかった。
 だって、涙で視界がぼやけていたから。
「そんなこと言われたら私……四六時中、魅藍ちゃんのことを考えるようになっちゃう」
 耳元で響いた声はやはり震えていて。
「いいの? 私、けっこう重いよ。魅藍ちゃんが他の人と話をするだけでも妬くし、そのことを責めるかも」
 彼女の体も、小刻みに震えていた。
「きっと私――魅藍ちゃんのこと、束縛するよ」
 背にまわっている楓の腕に力がこもる。
「それでも……私のこと、好き?」
 まわりの音はなにも聞こえなくて、楓の声だけが脳に届いた。
「好き、です」
 すぐに言葉を返したのは、そこになんの迷いもないから。
 すると、さらにきつく抱きしめられた。
 隙間なく触れ合っていて苦しいくらいだけれど、ずっとこうしていたいと思った。
「好き、好きっ……魅藍ちゃん。全部、私のもの……!」
 ここが路上だとか、もう夜の九時をまわっているのだとか、そういうことをすべて忘れて楓と唇を合わせる。
 ほかのことなんて、考えられなかった。
 ただ、嬉しかった。
 好きだと告げて、同じ想いが返ってきた。そのことが嬉しくて、まわりが見えなくなる。
「……私の家に、来て」
 唇が離れるとすぐに楓が言った。
 魅藍はうなずいて、自宅とは違う方向へ歩く。
「ご両親に連絡しておいたほうがいいね。いま、電話する? 私が話すよ」
「は、はい」
 魅藍は歩きながらスマートフォンで自宅に電話を掛ける。すぐに母親が出たので、「先輩の家に行く」と話した。その後、楓に電話を渡すと「魅藍ちゃんはうちに泊まります」と言っていた。
(先輩の家に、泊まる――)
 とたんに胸がドクドクと鳴り、緊張し始める。
 以前は遠くから電車で学校に通っていた楓だが、進学を機に駅の近くで一人暮らしを始めると話には聞いていた。
(先輩と一緒に夜を過ごすのは、初めてじゃないんだから)
 卒業旅行のときにだって同じ部屋で一晩を過ごした。
 そのときの、露天風呂での出来事を思い出してしまい、魅藍は一人で赤面する。
 楓の家は駅とは目と鼻の先にあった。こぢんまりとした二階建てのアパートだ。
「どうぞ、入って」
 玄関の前には黒い車が駐車してあった。楓のオープンカーだ。もちろん、車にはいまはきちんと屋根がついている。
「お邪魔します」
 緊張した面持ちで魅藍は家の中へ入り、靴を脱いで上がり込む。
 ワンルームにはまだダンボールが積み上げられていた。
「なにか飲む?」
「い、いえ」
「じゃあ、お風呂で体を洗ってあげる。魅藍ちゃん、お仕事してたからね。疲れてるでしょ?」
 引き戸を開けながら楓が言った。それから、魅藍の返事を聞かずに「お風呂の準備をしてくる」と言って別の部屋へ消えてしまった。
 魅藍はぽかんと口を開けたまま動けない。
(え、えぇぇえっ!?
 力が入らなくなった右手から、鞄が床にドサッと音を立てて落ちた。
(体を、洗ってあげる――って、言ってたよね!? 『一人でお風呂に入ってきて』じゃ……ないんだよね!?
 落としてしまった鞄を拾い上げながら、口元に手を当てたり胸元を押さえたりして狼狽うろたえる。
 そうこうしているうちに楓が顔を出した。
「お風呂の準備できたよ。おいで」
 満面の笑みで手招きされれば、「遠慮しておきます」なんて言えない。
 魅藍は「よろしくお願いします」と言いながら脱衣所に足を踏み入れる。
 しかしそんなことを口走ったあとで、これでは体を洗ってもらう気まんまんだと思われてしまうと考えが至って恥ずかしくなる。
(お風呂、お借りします……って、言えばよかった)
 いまさら言い直すのもおかしいから口には出さない。
 いつかの旅行のときと同じように、楓はさっさと服を脱いでしまう。
「ほら、魅藍ちゃんも」
 ただ、あのときと違うのは楓が先に浴室へ行ってしまわなかったということ。
 自分が裸なのを恥じらいもせず、楓は魅藍の制服を脱がせにかかる。
「あ、あのっ……」
「うん」
 楓は穏やかな表情のまま魅藍の制服をどんどん引きがしていく。
「楓先輩……。ええと、その――あの女の人とは、なんでもないんですか?」
 下着姿になり、ブラジャーのホックを弾かれたところで魅藍は尋ねた。
 先ほどからずっと、そのことが気掛かりだった。
「あの女の人、って……今日一緒にファミレスに行った子のこと? なにもないよ。ただ、学校の課題で同じグループになったからよく一緒にいるだけ。向こうは彼氏がいるし」
「……じゃあ、腕を組んで歩いてたのは?」
「あの子、人懐っこいんだよね。だれにでもあんな感じだよ?」
 その言葉を聞いてホッとしたのも束の間、気がつけば楓と同じく全裸になっていた。
「ぁっ」
 小さく叫んで胸元を隠す。
「なぁに、いまさら」
 ニィッと笑みを深めて、楓は魅藍の腕をつかんで浴室内へうながす。
「たっぷり揉み解して、隅々まで洗ってあげるね」
 なにやら物騒な発言に思えてならないのは、気のせいだろうか。
 楓が先ほどから少しも笑みを崩さず嬉しそうなので、そんなふうに思ってしまう。
(ううん、先輩のご厚意はありがたく受け取らなくちゃ)
 魅藍はシャワーで軽く体を流したあと、楓に誘われるまま、浴槽になみなみと張ってあった湯に浸かった。
 互いに同じほうを向いて、体操座りをする。
「ファミレスで働くなんて……慣れないことして、肩が凝ったんじゃない?」
 その言葉にはトゲが感じられた。ファミリーレストランで働くことを咎めているようだった。
 楓の両手が肩に添う。ゆっくりと、動き出す。
「ねぇ……。私のこと忘れようとしてバイト始めたんだよね?」
 魅藍は「はい」と言いながらうなずく。
「じゃあ、もう忘れる必要なんてないから、バイト……辞めない?」
「えっ……?」
 たしかにもう、楓のことを忘れる必要なんてない。
 だが、試用期間とはいえまだ一日しか働いていない。
「バイトは、まだ初日だったので――」
 魅藍の言葉を遮るようにして楓は「でも」と大きな声を出す。
「魅藍ちゃんのあんな可愛い姿、だれにも見せたくない。ヘンな虫もいっぱいつきそうで、気が気じゃないよ」
 肩をつかむ手に力がこもり、そこがじわりと熱くなる。
 ほんの少し後ろを振り返ると、楓は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。彼女の必死さが伝わってきて、胸の奥がキュッと締まる。
「わ、わかりました。辞めます、バイト。もともと、辞めようと思ってはいたんです」
 こんなにも私のことを想ってくれているなんて――と、歓びが込み上げてくる。
「……ありがと」
 コツン、となにかが後頭部にぶつかった。楓のひたいだ。
「もしなにかアルバイトがしたいのなら、私と同じところにしよう?」
 それまでとは打って変わって明るい調子で楓が言った。
「楓先輩のバイト先って、どこですか?」
 そういえば、具体的にどこで働いているのかは聞いたことがなかった。
「映画館。チケットの販売とか、シアターの掃除とかしてる。土日中心でシフト制だから融通が利くし、同僚にセクハラオヤジなんていないから、安心だよ」
「セクハラオヤジ……」
 ファミレスの店長のことだろう。
 魅藍が苦笑すると、楓は「だってそうでしょ?」と声をひそめた。
「あんなケダモノに、魅藍ちゃんをどうこうされたらって思うと――」
 楓の両手が肩から背へとすべる。湯に沈んでいる、肩甲骨けんこうこつのあたりを撫でられると、どうしてか脇腹がゾクリと戦慄わなないた。
「心配で、夜も眠れない」
 耳たぶをまれ、ちゅっとリップ音が立つ。
「いまでも、なんだか……信じられない。魅藍ちゃん、本当に私のこと……好き?」
 楓は魅藍の首筋に顔をうずめて、心配そうに尋ねた。
「好きです。大好きです。もう、ずっと前から……」
 この気持ちになんの嘘偽りもないのだということを、どうしたら伝えられるのだろう。
「……そっか」
 嬉しそうな声音だった。
 魅藍の口元がほころぶ。
 しかしそうして笑っていられたのはこのときだけだった。
「ひゃっ……!」
 背中にあったはずの楓の両手が前へとやってきて、無遠慮に乳房をつかむ。
「あっ、ん……あぁ、あっ」
 小さな胸だが、そうして激しく揉みまわされると浴槽の湯が嵐の海のように大きくうねる。
「柔らかくて気持ちぃ、魅藍ちゃんのおっぱい」
「はぅう、うっ……」
 楓の手は乳房を上下左右に揺さぶるばかりで、先端の敏感なところには少しも触れない。
 もどかしくなって内股をこすり合わせる。楓はそのことに気がついていながらも、やはり、薄桃色の尖りには手を出さなかった。
「やぁ、あぁっ……。楓、先輩……っ」
 魅藍はお腹に手を当てて身をよじる。後ろを向いて、先輩に頬ずりをした。
「もしかして、催促さいそくしてる?」
 コクコクとうなずけば、楓は「ふふっ」と嬉しそうに笑う。
「魅藍ちゃんって、我慢ができないほうなのかな」
 からかうような調子で言って、楓は魅藍の胸飾りの根元を人差し指でつついた。
「ひゃっ、あっ、ぁっ……!」
 触れられているのはほんの少しだ。乳首の根のほうをツン、ツンとつつかれているだけなのに、気持ちがよくて大仰おおぎょうな嬌声が出る。
 いつも以上に感じてしまうのはきっと、背に感じる柔らかなぬくもりのせい。
 不埒ふらちな欲をこれでもかとかき立てられて、ひとりでに下腹部が潤む。
「う、うぅっ……気持ちいいっ……!」
 たまらず魅藍が言うと、楓は手の動きを止めた。しかしすぐにまたあやしく動き出す。
「そっかそっか、それはよかった」
 満足そうにつぶやき、魅藍の乳頭を二本の指でぎゅうっとまむ。
「ひあぁあっ!」
 二つのいただきを、天井に向かって思いきり引っ張り上げられた。
 り固まった乳首はつかまれただけでも快感の悲鳴を上げていたが、強く引っ張られればますますよろこぶ。
「ふぁっ、あっ、あぁ……ん、んはぁっ」
 胸先をリズミカルに踊らされる。快感がどんどん高まっていく。
(あ――……先輩も、興奮してる……?)
 背に当たる彼女の胸は、つい先ほどまで柔らかさしかなかったが、いまは二つの硬いものの存在を如実に感じる。
 それはきっと、先輩の乳頭がいきり立っているということ。
 私の胸をいじることで、先輩も興奮してる。そう思うと、よけいに快感が増した。
 魅藍は体を左右に揺らすことで、楓の乳首を刺激しようと試みた。
「ん、んぁ」
 楓の口から小さな喘ぎ声を紡ぎ出すことに成功して、嬉しくなる。
「……魅藍ちゃん。わざと、してる?」
「な、なにを……ですか?」
 心当たりがあるだけにギクリとしてしまう。
「私の乳首を刺激してる」
「ぁうっ……!」
 引っ張り上げられてばかりいた胸のトゲを、今度は柔肉の中へと押し込められる。
「そ、そんな……ぁ、あっ、ひぁあ……!」
「悪い子だなぁ」
 楓の息遣いが荒くなってきた。耳元で熱い息を吹きかけられると、眩暈めまいを起こしてしまいそうになる。
「お仕置きしちゃうんだから」
 うっとりするような甘い声でささやいて、楓は右手を魅藍の秘処へと向かわせた。
 裂け目の線に沿って中指でツツツ、となぞる。
「あぁ、あふ……ッ!」
 指は表皮を軽く撫でただけだ。それでも、全身を震わせるすさまじい快感がほとばしる。
 楓は魅藍の背に乳頭をこすりつけながら両手を動かす。左手は魅藍の薄桃色を、右手は下半身の珠玉をまんでねまわした。
「はん、んぅう、うぁっ……! やっ、ゃぁっ……!」
 呼吸が乱れ、立ち込める湯気すら息苦しさを助長する。
 頭の中が白く霞んでいるのか、あるいは湯気のせいで視界が白くぼやけているのか――どちらなのだろう。
「も、だめ……あぁ、あああぁ――……!!
 快感がぜて、下半身を核としてこころよい波が全身に伝搬する。
「……イッちゃったかぁ」
 どこか残念そうに楓が言った。
 絶頂の余韻よいんが冷めやらぬうちに、風呂から上がるよううながされる。
「魅藍ちゃん、顔が真っ赤だから。ずっと浸かってたら倒れちゃいそう」
 そうして風呂椅子に座るとすぐに、真っ白な泡を肩や背に塗りつけられた。
 楓はボディーソープのポンプを何度も押して、手のひらを重ね合わせることで充分すぎるほど泡立てて、魅藍の体を白く飾っていく。
「ぁうっ……」
 控えめにふくらんでいる部分にも白い泡が及ぶ。
 そっと、いただきには触れないように胸に泡を載せられる。絶頂して敏感になっている体には、そうした微細な刺激はかえって酷だ。
 もどかしさばかりが募って、いたたまれなくなる。
 楓の手のひらは素肌には触れない。白い泡が肌の上をすべるばかりだ。
「あ、ぁ……」
 魅藍が喘ぐと、楓はしてやったりと言わんばかりに口角を上げた。
「素肌には触ってないのに、感じるの?」
「う――……か、感じ……ます」
 素直に答えたからか、楓はますます上機嫌になる。
「魅藍ちゃんは、ほんと……素直ないい子」
 これは、褒められているのだろうか。
(えっちな悪い子、って言われているような気も……する)
 じかに触れられてもいないのに快感を覚えるなんて、淫らなことだ。
「乳首、たっぷりかわいがってあげるね」
 泡まみれの指先が、同じく泡にまみれた胸の先をまむ。
「は、ぁんっ……! ぁん、ううぅ……」
 絞り込むように先端をしごかれ、指の腹で丹念たんねんこすり合わされる。
 気持ちがいいのには違いなかったけれど、そこだけではなくて、もっと下の――つい先ほど快楽の極みを味わった箇所にも、触れてもらいたくなる。
 しかし楓がかわいがるのは彼女の宣言どおり乳首ばかりで、脚の付け根はほったらかしだ。
(楓先輩、わざとそうしてる……?)
 私がねだるのを待っているのかも。
 そう思い至って、魅藍は口を開く。
「は、はやく……さわって、こすって、ください……っ。ここ……割れ目の、奥――」
 自分で自分がなにを口走ったのかわからなかった。
 とにかくじれったくて、どうしようもなくて、早く触れてほしい。もう、たまらない。
 指し示すと、楓はとぼけた声音で「ええっ?」と言った。
「ここ? さわってもらいたいの?」
「あぅ、あぁ……そこ……んんぅ、うぅっ!」
 ぬるついた指先が下半身の肉粒を撫で上げる。それだけで達してしまいそうだった。
「ひとまず、このちっちゃな豆粒だけで我慢してね。だって、内側は泡を落としてからじゃないとさわれない」
「ふっ……う、ぅんん……っ」
 うなずいて、腰をよじる。
 どうやら羞恥心しゅうちしんというものがどこかへ吹き飛んでしまった。
 快楽――いや、楓の言いなりだ。
 気持ちがよくなるために楓に従い、快楽の沼にまっていく。
「あっ、ぁっ、あぁ……イキ、そ……あぅ、うううぅっ」
「もうイキそうなの? それは困ったな」
 楓は突然、花核をこするのをやめて、代わりにシャワーヘッドをつかんだ。
 シャワーハンドルをグイッと勢いよくひねって、手のひらで湯温を確かめたあとで魅藍の膝のあいだにシャワーヘッドを割り込ませる。
「ひゃぁああっ!」
 ただそこに湯を浴びせられただけなら絶叫なんてしていない。
 指でこすり立てられて過敏になっていた肉粒に、浴びせられたのだ。
 シャワーヘッドから噴き出す湯の一筋がまるで針のように陰核を刺激している。
 白い泡は湯に流され、脚の付け根はあっという間に清められた。
「さて……」
 仕切り直しの言葉を口にして楓はシャワーヘッドを壁に預け、浴室の濡れたタイルの上に膝をつく。
 魅藍に後ろから抱きつく恰好で秘園に手を伸ばし、なんの躊躇ためらいもなく湿潤なあわいに中指を突き入れる。
「あぁあっ!」
 突如として指を入れられても、痛みはなかった。内側は準備万端に潤みきって、楓の指がやってくるのをむしろ待っていたようにも思える。
 細い中指が緩慢に隘路あいろを往復する。緩やかだけれど、気持ちのよい箇所を擦り立てるものだから、魅藍は妙な焦燥感に襲われる。
「あ、だめ、ですっ……また――出ちゃう」
「出ちゃう? なにが?」
「な、なにか……わからないけど、私の……っん、んぅううぅっ!」
 両手で陰毛のあたりを押さえても、その『なにか』が噴出するのを止められなかった。
 陰部から飛び出た半透明の液体が、正面にあった鏡をべったりと濡らす。
 鏡に映っているのはだれだろう。
 口は半開きで、髪は湯気に濡れて、頬はあり得ないくらい赤い。
 両脚を閉じたいのに、力が入らなかった。
「……出ちゃったね」
 それから、どうやって浴室をあとにしたのかはっきりとは覚えていない。
 頬の熱が冷めるころにはベッドの上にいて、楓が覆いかぶさっていた。互いに服は着ていない。
 唇に唇を押し当てられたが、それは一瞬のことで、すぐに楓の口は下へずれて胸のいただきの前で止まった。
 ちゅ、ちゅっと乳頭にくちづけられれば、「ぁ、あっ」と小さな嬌声が漏れ出る。
 胸先をねっとりと舐め上げる舌を心地よく思いながらも、魅藍は自分の中でふくれ上がっている想いを口にする。
「わ、私も……先輩の乳首、舐めたい……です」
 すると楓はまったく予想していなかったのか高い声で「えっ?」と言って顔を上げた。
「私の、を……?」
 あからさまに戸惑っているのは、そうされたくないからなのだろうか。
「イヤですか?」
 不安になって尋ねると、楓はすぐに言葉を返してくれた。
「イヤじゃ、ないよ。……でも、ちょっと……恥ずかしいなって」
 魅藍はきょとんとして、何度も瞬きをする。
(私に、あんなにいろいろするのに……恥ずかしいだなんて)
 それはないだろう、と突っ込みたかったが、思い留まった。それは、言ってはならないことのような気がした。
「では……さっそく」
 起き上がって、楓の腕をつかむ。
 楓は口元に手をあてて、上ずった声で「う、うん」と言った。そうして狼狽うろたえてえているのは新鮮だった。
(だって、楓先輩はいつだって余裕たっぷりなんだもん)
 いつも翻弄ほんろうされてばかりだから、少しくらい先輩があわてているところを見たい。
 魅藍は舌を出して身を屈める。
 いざ舌先で触れるとなると、極度の緊張に見舞われた。
(距離感をつかむの、難しい……)
 乳首の表面を、ほんの少し舐めるつもりが、根元からベロリと大きく舐め上げることになる。
「んっ……」
 小さなうめき声は、気持ちがよくて出たものかあるいは驚いて出たものなのか、判別がつかない。
(先輩の乳首……硬い。けど、柔らかさもあって……不思議)
 自分の胸の先がツンッと尖ってくるのがわかった。
 私はいま先輩の乳首を舐めていて、自分が舐められているわけではないのに――。
(……って、私が気持ちよくなってどうするの)
 魅藍はおずおずと顔を上げて楓に問う。
「その……どう、ですか? 私……舐めるの、ヘタ……?」
 不安げな魅藍を見て楓は唇を引き結ぶ。
「わからない……。だって、魅藍ちゃんが舐めてくれてるっていうだけで、ここが……こんなになっちゃったんだもん」
 楓はおもむろに脚を広げ、その中心を見せつけてくる。
 脚の付け根の小さな口からはトロリとした蜜がこぼれ出ていた。
(ああ、結局……やっぱり、私のほうがあわてて……興奮してる)
 蜜を垂れ流す楓に夢中になって、心をかき乱される。
 魅藍はふたたび頭を低くして、楓の胸蕾むねつぼみをチロリと舐めた。それから、口に含んで飴玉あめだまのように舐め転がす。
「はん、んっ……」
 楓は喘ぎながら両手を伸ばし、魅藍の屹立きつりつまんだ。
「んふ、う……ッ!」
 先輩の乳首を舐めることに集中したいのに、そうはさせてもらえない。
 乳頭をコリコリとひねりまわされるせいで、うまく舌を動かせないのだ。
「ぁう、んっ……楓先輩……」
 涙目になって顔を上げると、先輩はとぼけた調子で「上手だったよ」と言う。
いじり合いっこしようよ」
 魅藍は楓の提案を二つ返事で受け入れる。
 互いの秘めやかな箇所を、指で捉える。
(先輩、の――)
 左手の二本の指で楓の乳首を挟み、右手は股間に添えたわけだが、なにぶん初めてのことだ。勝手がわからない。
「私がするのと同じように……してみよっか」
 楓はいつだって優しく導いてくれる。
 魅藍はうなずきながら「はい」と答えて、楓の指の動きにならった。
 左手は乳首を引っ張り上げ、右手は小さな豆粒をこする。そのあとは、蜜壷の浅いところに沈み込んで中の愛液をすくい、ふたたび花芽に戻る。
「はぁ、あぁっ……ぁんっ……!」
「ん、んふ……うぅ、上手だよ……魅藍ちゃん」
 互いに脚を大きく開き、胸を突き出してさわりやすいようにしていた。無意識のことだ。
 二人の指遣いはしだいに激しさを増していく。
「あぁあ、あっ……せんぱ……ぃ、っあ、あぁっ……!!
 ぐちゅぐちゅという水音が響き始める。どちらのものなのかわからない。
 目の前にいる愛しい人のことしか考えられなかった。
 するのも、されるのも気持ちがよくて、頭の中が白んでくる。
「魅藍ちゃんっ……私、もう……あぁ、ん、んぁうぅっ――……!!
 先輩の中にうずめた指がビクビクと脈を打つ。
 ――ううん、違う。
 脈打っているのは先輩の内側と、そして自分自身。
 薄暗い部屋の中、二人の吐息だけがこだまする。
 魅藍と楓は裸で抱き合って、互いの温かさを実感した。