第三章 卒業式 

 今年の卒業生にはきっと晴れ女が多いのだろう。
 卒業式当日は申し分のない晴れ空に恵まれた。
 魅藍は体育館のステージ前――在校生たちが座る椅子の最前列で、折り畳んだ紙を手に出番を待っていた。
「在校生代表、高倉 魅藍さん」
「はい」
 四角い椅子から立ち、階段を上って来賓や先生に会釈えしゃくをして壇上だんじょうへ歩く。
 深呼吸をしたあと、手に持っていた紙を広げ、マイクの前で送辞を読んだ。
 この送辞に応えてくれるのは、楓先輩だ。
 先輩が学年トップなのは知っていた。だから、がむしゃらに勉強して、成績優秀者を勝ち取った。
 先輩が答辞を述べるとわかっていたから、どうしても自分が送辞を読み上げたかった。
 送辞を述べ終わり、自分の席に戻ると、すぐに楓の名が呼ばれた。
 自分がしたのと同じようにして、楓が壇上だんじょうに立つ。その姿は悠然としていて凛々りりしく、いつまでも見ていたくなった。
(楓先輩の声……マイク越しに聞くと、いつもと少し違う)
 一言一句、聞き漏らすまいと集中する。
 送辞を述べたときよりも、いまのほうが真剣かもしれない。
 私の活力の源はいつだって先輩だ。
 そんな先輩が卒業してしまう。これから、なにを目標に頑張ればよいのだろう。
 卒業式が終わると、魅藍は読書室へ向かった。
 約束があるわけではない。
 でもなんとなく、先輩がそこにいるような気がした。
 読書室の引き戸の前に立つ。この部屋の鍵は先輩が持っている。
 廊下から見た限りでは、中に人の気配はなかった。電気はついていないし、物音もしない。
 部屋の中に先輩がいないのなら、ここに用はない。
 魅藍は「はぁ」と息をついて読書室に背を向ける。
 すると、カラカラッと乾いた音を立てて読書室の引き戸が開いた。
「魅藍ちゃん」
 その声でバッと勢いよく振り返った。腕組みをした楓が、扉を背にして立っていた。
「あ――」
 ご卒業おめでとうございます、と言わなければ。
 でも、出てくるのは涙ばかり。
 ぼろぼろと涙をこぼし始めた魅藍を見て、楓は「中に入って」と言って魅藍を読書室へと引き入れた。
 楓はカチャン、と金属音を響かせて読書室の内鍵を掛け、魅藍の瞳から次々とあふれてくる涙を拭う。
「あーあ、魅藍ちゃんたら……こんなに泣いちゃって」
 ――でも、先輩だって目が潤んでる。
 楓の体を大きく揺さぶれば、その茶色い瞳からはすぐに涙がこぼれ出るのではないかと思う。
「ほら、いい加減に泣き止んで」
 両頬を手のひらで覆われた。
 楓の手は冷えきっていた。読書室のエアコンは動いていない。
 魅藍は楓の手に自分の手を重ねた。少しでも温めたいと思った。
 これまで、たくさんのぬくもりをもらったから。
 楓の手のひらが自分の温度に馴染なじむと、唇が重なった。
「ふ――」
 これまで交わしてきたものとは違うキスだった。舌が、入り込んできたのだ。
「んふ、ぅっ……」
 肉厚で、生温かな舌が口の中を暴れまわる。魅藍は翻弄ほんろうされるばかりだった。
(でも、嬉しい……)
 懸命に求められているような心地になる。愛されているような錯覚に陥る。
(好き、なんて……言われてないのに)
 楓は優しく触れてきて、甘い言葉をささやいてくれるが、そこに愛を示す言葉は一つもない。
 むしろ、『思い出作り』と称されてしまった時点で、いつかは終わりがくることを暗示しているではないか。
(だめ……これ以上、よけいなこと考えちゃ――)
 唇が離れると、互いの息遣いがひどく乱れていた。
 魅藍がいまだに涙目なのは、『よけいな考え事』をしていたせいだ。
「魅藍ちゃんって、こんなに泣き虫だった?」
 頬を赤く上気させて、楓は自身のセーターのボタンをプチプチと一つずつ外していく。
「……?」
 魅藍はそのようすを呆然と眺めていた。読書室のエアコンは稼働していない。セーターを脱いだら寒いに違いない。
 ところが楓はそれ以上に薄着になった。
 制服の裾が、ゆっくりとめくり上げられていき、楓の素肌が露出する。
 寒いだとか、そういうことは考えられなくなった。
 さらけ出された二つの豊かなふくらみに、釘付くぎづけになる。
 自分のものよりも格段に大きな乳房がそこにあって、先端はツンッと上を向いている。乳輪や尖りの部分は鮮やかな薄桃色だった。
 そこに触れたい、という衝動にられたのは初めてだった。
「私の……この姿を、ずっと――覚えていて」
 楓の声は少し震えていた。
 みずかさらしたとはいえ、羞恥心しゅうちしんはあるのだろう。
「魅藍ちゃんも、同じように……して。私も、目に焼きつけたいから」
「えっ……」
 先輩の胸をさんざん見つめておきながら、自分も同じことをするよう言われて拒絶するなんて、できない。
(だけど、こんな明るいところで見られるのは……恥ずかしい)
 魅藍は楓の顔と自身の胸元に視線を巡らせながら躊躇ためらった。
「ね? 魅藍ちゃん」
 ――ああ。私はこの呼びかけに弱い。
「……はい」
 この小さな胸はもう見られているし、舐められもした。
 なにより、先輩の目に自分の姿が焼きつくのなら、それほど喜ばしいことはない。
 魅藍は楓と同じように、セーターを脱いで制服の裾を鎖骨のあたりまでグイッと引き上げた。ブラジャーごとそうしたので、なだらかな胸が一瞬で露呈ろていした。
 楓は魅藍の顔や胸を、視線で舐めまわす。
「うん……魅藍ちゃん、やっぱり可愛い」
 楓が歩くと、その大きな乳房がたぷん、たぷんという具合になまめかしく揺れた。
「……っ」
 魅藍は思わず、胸元を押さえて楓に背を向けた。
 こんなに明るい部屋なのだ。間近で胸を見られるのは恥ずかしい。
「あれ、どうしたの」
 後ろから抱きつかれる。
 その行為自体は珍しいことではないのだが、なにぶんいまは二人とも乳房が明るみに出た状態だ。
 背中に、じかに楓の胸が当たっている。
 柔らかくて温かくて――こうしてずっと押しつけていてほしいと思ってしまう。
 楓に快感を教え込まれた下半身がトクトクと脈づき始める。
 不埒ふらちな感情が、どんどんふくれ上がっていく。
「こっち向いて?」
 耳に吹き込まれたのは甘い、甘いささやき声。
 魅藍は抗えない。楓の腕が首下に巻きついたまま、ゆっくりと体を回転させる。
 楓のほうを向いても、自分の胸元は隠したままだった。
 だって、きっとこの手を退けたら先輩の胸が当たる。
「いつまで隠してるつもり?」
 楓が笑う。魅藍はビクンと肩を跳ねさせる。
 腕に力が入らなくなった。
 たとえば楓は魔法使いで、先ほどの言葉が魔法の呪文で。腕から力をなくす魔法をかけられたみたい。
 そんな突拍子もないことを考えてしまうくらい、自分の両腕は言うことを聞かなかった。
 胸同士は、いまにも先端が触れ合いそうな位置にある。紙一重だ。
 身じろぎできずにいると、
「ひゃっ!」
 楓が体当たりしてきた。柔らかな乳房が自分のそれにふにゃりと当たって形を変える。
「んふぅ……っ」
 気持ちよさそうに嬌声きょうせいを漏らして、なおも楓は乳房を押しつけてくる。
「は、あぁっ……魅藍ちゃんの肌、すごく……なめらかだよね……」
 恍惚こうこつとした表情を浮かべて楓は乳首をこすりつけてくる。
 いっぽう魅藍はじれったいばかりだ。楓の乳頭は、胸の先端からは大幅にずれたところに当たっている。
 これならいっそ、先端同士をこすり合わせるほうがいい。
 しかし、そんなことを提案できるほど魅藍は大胆だいたんな性格ではなかった。
「んん、魅藍ちゃん? ……じれったいのかな」
 どこかわざとらしく楓がいてきた。
 魅藍はすぐにコクコクとうなずいた。
「正直でよろしい」
 そう言って、楓は胸飾りの位置をずらす。
「ぁあっ……!」
 ようやく、互いの薄桃色をこすり合わせる状態になった。
「はぅ、んっ……あぁ、んん……っ!」
 楓の乳首はとても硬い。硬いソレで、素早く激しく乳頭をなぶられる。
 二人はそれぞれ体を前後左右に揺らして快感を高め合った。
「あぅ、ん、んぅっ……気持ちいいよ、魅藍ちゃんっ……」
 楓はおもむろに自分の乳房をつかみ、その先端を口元に運んでペロリと舐めた。
 自分で自分の乳首を舐める楓をギョッとして見つめる。そんなことができる、楓の大きな乳房をうらやましいと思うのと同時に、下半身がきゅうっと締まるのを感じた。
 唾液に濡れた胸のトゲが、魅藍の乾いた薄桃色に触れて湿らせる。
「ふゎ、あぁあ……!」
 乾いていたときとはまた異なる快楽がもたらされる。湿った乳頭は別の摩擦まさつを生み、快感に拍車をかける。
「あ、あぁっ……楓先輩っ……私……あぁ、あぁあぁあ――……ッ!!
 魅藍は楓の両腕をつかみ、ビクンッ、ビクンッと前後に下半身を波打たせた。
 すがるようにもたれ掛かる魅藍を見下ろし、楓は目を丸くする。
「もしかして、イッちゃった?」
 魅藍は楓を見上げ、瞳を潤ませたまま「はい」と答える。
 先ほどから瞳がいっこうに乾かない。
「魅藍ちゃん、ほんと可愛いんだから」
 楓の唇が頬に触れたとたん、
「――っ、くしゅん!」
 どうしてかくしゃみが出てしまい、恥ずかしくなった。
「ごめん、ごめん。こんなカッコじゃ寒いよね。エアコンつけてなかったし」
 楓は魅藍の制服をブラジャーごと正したあとで、自身の身なりも整えた。それから、スカートのポケットから鍵を取り出した。
「読書愛好会の会長は、魅藍ちゃんね」
 百合ゆりの花のチャームがついた、一本の鍵。
 それを、楓は「頼んだ」と言いながら魅藍に手渡す。
 サヨナラを言われたわけではないのに、胸が締めつけられるようだった。
 魅藍は鍵を受け取り、花のチャームを外そうとする。
「ああ、いいの。そのチャームはつけたままで。私も、先輩からそのまま預かったから」
「そう……なんですか」
 ――楓先輩は、その先輩ともさっきみたいなことをしたの?
 そんなことをけるはずもなく、魅藍は曖昧あいまい微笑ほほえむばかりだった。


 卒業式の翌週、終業式を間近に控えたある日、魅藍は優希と二人で読書室にいた。
「四月になったら、新入生の勧誘……しないとね」
 向かいに座る優希がポツリと言った。
「うん……」
 先輩たちがこの部屋に来ることはもうないけれど、魅藍と優希はそれまで先輩たちが座っていた席ではなくいままでどおりの席に座っている。だから、窓際の二席は空いたままだ。
 優希は感慨深そうに隣の席を眺める。
「はぁ……、寂しいね。でも、魅藍はまだいいよね」
「えっ? どういう意味?」
「だって、楓先輩はすぐ近くにいるじゃない」
 楓は付属の学校に進学したので、実はこれからも同じ敷地内にいる。
「うん、まぁ……」
 すると優希が「はぁ」と大きなため息をついた。
「芽衣子先輩は、県外だよ。遠い」
 優希はテーブルの上に頬杖ほおづえをつき、物憂げに窓の外へ視線を投げた。
(優希と芽衣子先輩、仲がよかったから……)
 魅藍は眉間みけんしわを寄せて、優希と同じように窓の外を見た。
 楓がこれから通うであろう学校が、木々のあいだからほんの少しだけ垣間見える。
(でも、やっぱり……遠いよ)
 約束がなくても会うことができたいままでとは違う。
 会いたい、という理由だけで連絡してもよいものか――。
「優希は、芽衣子先輩とこれからも連絡取ったりするの?」
 魅藍が尋ねると、優希は椅子に背を預けて腕組みをした。
「どうかな……。芽衣子先輩は実家の旅館で働くらしいから、忙しいだろうし……」
 そうして大きなため息をつき、表情を曇らせる。
 魅藍もまたうつむく。気安く「それでも連絡してみれば」とは言えなかった。
「まぁとにかく、卒業旅行は楽しもう! 先輩たちと一緒に過ごせる最後のイベントだもん」
 優希の表情がパッと晴れる。切り替えが早いのは彼女の美点だ。
「そうだね」
 魅藍は無理に微笑ほほえみを作って、窓の外を見た。
 今日は陽射しがあたたかく、ぽかぽか陽気だ。
 春がきたのだということを、実感させられた。