先輩がこの電車に乗ってくることはない。
先輩の家は学校からとても遠いから、もっと早い、別の電車だ。
魅藍は今日も電車の中で読書をしていた。言わずもがな、『電子読書』である。
そして、魅藍と優希、それから楓と芽衣子の四人は『電子読書愛好会』として、いつも放課後を共にしている。
電子読書愛好会の活動拠点は校舎の片隅にある。元は用務員室だったので、電気ポットや流し台、エアコンなど、快適に過ごすための設備は整っている。
部ではなく愛好会なので、この部屋の通称は『部室』ではなく『読書室』である。
四人揃うと読書室は手狭になるが、魅藍はこのこぢんまりとした空間が好きだった。
灰色の無機質な四角いテーブルには窓際に楓と芽衣子、扉側に魅藍と優希がそれぞれ向かい合って座る。それが定位置だ。
魅藍は楓の隣の席だ。向かう合うよりも互いの距離が近く、話しやすい。それは優希と芽衣子も同じのようで、読書室にいるときは特に、隣同士で話をすることが多い。
「魅藍ちゃん、いまなに読んでるの?」
楓が身を乗り出してきたので、トンッと肩が当たった。
魅藍は思いがけず、手に持っていたキンドレを落としそうになったが、ギュッと掴むことで持ち直した。
「あ、ええと……これです」
キンドレ上でしおりを挟んで、表紙のページに飛んで画像を見せると、楓は「へえ、面白そう」と言って笑った。
(楓先輩は、肩が触れ合うのなんて……べつに、なんでもないんだろうな)
ほんの少し肩が当たっているだけでもトクトクとうるさく脈を打つこの心臓をどうにかしたいと思うものの、脈拍まではコントロールできない。
魅藍はただジッとして、楓がもとの位置に座り直すのを待つしかなかった。
電子読書を始めて一時間が経つと休憩を取る。
今日のお茶当番は魅藍だ。
楓はコーヒー、芽衣子と優希は紅茶を飲む。魅藍はティーカップにインスタントのドリップコーヒー、それから紅茶のティーバッグをセットしたあと、ポットからお湯を注いだ。
読書室にはコーヒーと紅茶の香りが混ざり合って立ち込める。この独特の匂いは、悪くない。
皆に飲み物を出してから自分の席につき、コーヒーに粉砂糖とミルクを入れ、かき混ぜているときだった。
「ねえそういえば、どっちが会長でどっちが副会長か、決めた?」
楓はブラックコーヒーを一口啜ったあとで、魅藍と優希に向かってそう投げかけた。
いまの会長は楓だ。芽衣子が副会長である。
「いえ、まだです」
優希が答えると、楓は「そっか」と返すだけだった。会長の指名、というようなことはしない。
「新入生の勧誘、頑張ってね」
紅茶が入ったティーカップを、ハンドルの部分を上品に摘まんで持ったまま芽衣子が笑う。
そういう話題になると、もう本当に『いよいよ』なのだと実感させられる。
しかし、皆の前でため息をつくわけにはいかない。湧き起こった負の感情を、必死に堪えて自分の中に押し留める。
悶々とした気持ちを抱え込んでしまったからか、その後、読書をしていても内容がまったくといっていいほど頭の中に入ってこなかった。
「私、今日は用事があるからちょっと早めに帰るわね」
芽衣子が言った。すると優希も「じゃあ私も一緒に」と言って帰り支度を始める。
「二人とも、また明日」
読書室の出入り口で芽衣子が言った。
「はい。お疲れ様でした」
魅藍は優希と芽衣子を見送ったあと、ふたたびキンドレに視線を向ける。しかしやはり、内容どころではない。
楓と、二人きりになってしまった。
こういうことはよくある。優希と芽衣子は仲がよいので、二人だけで帰るということも、よくある。
それなのに、いまだに楓と二人きりということに慣れない。
慣れないまま、楓は卒業してしまう。
「ねえ、魅藍ちゃん。私、もうすぐ卒業じゃない?」
手元を見ながら、平坦な調子で楓が言った。
にわかにトクトクと鳴っていた心臓がズキンと痛む。
――そうですね、寂しいです。
そう言おうと思ったが、言葉が出てこない。
代わりに込み上げてきたのは涙だ。泣くのを我慢しておかしな顔になっていることだろう。
魅藍は思いきり下を向いて顔を隠した。
「だから……思い出作り、させて」
頭上から降ってきた、まったく予想していなかった言葉に「えっ?」と頓狂な声を発して顔を上げる。
「思い出作り、ですか……?」
どこかに出掛けるのだろうか。
だってそれが、一般的な『思い出作り』だと思うから。
でも、楓のそれは違った。
ガタンッと音を立てて楓が椅子から立ち上がる。魅藍も、つられて椅子から立ったものの、楓がなにをするのかわからずその場に立ち尽くした。
楓はまず扉の内鍵を掛けた。それから大股でツカツカと歩いて窓のカーテンを閉めきる。
部屋を暗くして、いったいなにをするつもりなのだろう。
ゆっくりとした足取りで楓は魅藍の前に立つ。微笑みをたたえている。その表情からは、なにを考えているのか皆目見当がつかない。
楓が両手を広げた。バンザイをしているのではなく、こちらへ向かって伸びてくる。
いつもは後ろから。
今日は、前から。
背中からでなく真正面から、楓の腕に包み込まれる。
「本当はね、ずっとこうしたかった。こうして、正面から魅藍ちゃんを抱きしめたかった」
楓に頬ずりをされ、背中を撫で上げられた。くすぐったい。
(抱きしめるのが、思い出作り……ってこと?)
たしかに、これならば思い出になる。
楓の温かさがじわりと伝わってきて、身も心も満たされる。
でもそう感じているのは自分だけかもしれない。楓にとっては、このくらいのスキンシップはどうということはないのかも――。
いつの間にか楓の両手が頬にあてがわれていた。
真剣な眼差しでジイッと見つめられる。
「キス……していい?」
耳を疑った。
なにを言われたのか、一瞬わからなかった。
「……ッ、キ……!?」
口に出すのが憚られる。聞き間違えていたとしたら恥ずかしい。
「キス、したい。魅藍ちゃんと」
はっきりとそう聞こえた。
(聞き間違いじゃ、ない……!)
もともと、ドキドキとうるさかった心臓がいよいよ早鐘を打つ。
「あ……え、ええと」
楓はどこにキスをするつもりなのだろうと考える。
唇を、人差し指でそっと辿られる。それがきっと、内なる疑問の答えだ。
魅藍はコクリと頷いた。
肯定の言葉は出てこない。なぜ楓がキスをしたがるのか、尋ねる勇気はなかった。
(気まぐれでも、なんでもいい……。楓先輩とキスできるのなら)
魅藍は目を伏せたあと、そのまま閉じた。
楓の顔が近づいてくるのが、感覚でわかる。
柔らかいなにかを唇に押し当てられた。
うっすらと目を開ければ、間近に先輩の瞼があった。
唇はすぐに離れてしまった。
(もう、終わっちゃった……)
だれかと交わす、初めてのキス。それが、物足りなかったのだとは口が裂けても言えない。
「あー……どうしよう。キスだけのつもりだったんだけど……」
楓は眉根を寄せて、苦しげな表情になった。
「もっと、魅藍ちゃんをかわいがりたい」
魅藍は何度か瞬きをして、戸惑いを露にする。
(か、かわいがる……?)
先輩にはもうじゅうぶん、かわいがってもらっていると思う。
でもきっと、そういうことではないのだろう。
魅藍は両手を胸の前にかざして、手のひらを閉じたり開いたりした後に、
「ど、どうぞ……!」
必死の形相で魅藍が言った。楓は目を丸くしたあとで、なにが面白かったのか「ふふっ」と軽快に笑った。
「じゃあ、遠慮なく」
魅藍の頬を撫でまわし、顔を上向けさせて目を細める。
予告がなかったので、目を閉じ忘れた。
二度目のキスは、一度目に交わしたものよりも格段に長かった。
「んっ、ん――」
唇同士は触れるだけではない。上唇と下唇を何度も何度も柔らかな唇で挟まれる。
鳥が果物を啄むように、楓は魅藍の唇をじっくりと味わう。
しだいに頭の中が白くぼやけてきた。その心地よさに、我を忘れて夢中になる。
だから、胸元で結われていたオレンジ色のリボンを解かれていることに気がついたのは、楓の指先が制服の裾を引っかけたときだった。
「……っ、え……!?」
先輩の右手が制服の内側へと潜り込んで、背のほうにまわる。もぞもぞと動いて背を這い上がり、ブラジャーのホックをプチンと弾く。
「ぁっ……!」
小さく悲鳴を上げて、魅藍は肩を竦める。
制服の裾の、オレンジ色になっている部分を摘ままれ、捲り上げられる。
「あ、ま、待って、ください……! その、私……っ」
魅藍は慌てて制服の裾を押さえた。
「んんー……?」
楓は魅藍の頬に自分の頬をスリスリと擦りつけて問う。
「私に触られるの、イヤ?」
吐息が耳に吹きかかり、そこから快いなにかが体じゅうに広がっていく。
魅藍の頬が瞬く間に朱を帯びる。
「そ、そういうことでは、なくて……ええと」
「なぁに……? 教えて」
脇腹を手のひらで撫でられると、「ふぅ、うぅ」と思わぬ声が出てしまう。
「魅藍ちゃん」
答えを急かすように名を呼ばれた魅藍は唇をキュッと噛みしめて覚悟を決めた。
「私っ……胸が、小さいので……」
虫の鳴くような声で告白すると、楓はすぐに「そう?」と軽い調子で返した。
「でも魅藍ちゃんが気にするんなら、見ない。触るだけにする」
脇腹にあてがわれていた手が、膨らみのほうへと伸びてくる。
先輩の手は柔らかくて滑らかで――そんな優しい手で胸に触れられたら自分はどうなってしまうのだろうと、漠然と不安になった。
ギンガムチェックのブラジャーの内側へ、楓の両手が入り込む。
「ふっ……」
恥ずかしくて、でも嬉しいという気持ちもあって、複雑だ。
楓は慎重な手つきで魅藍の乳房を包んだ。魅藍のそれは女性の手でもすっぽりと覆える大きさだ。
魅藍は唇を噛みしめ、眉根を寄せる。頬は熱くなったままだ。冷める気配は微塵もない。
先輩の両手に力がこもるのがわかった。
ゆっくりと、二つの膨らみを揉み込まれる。
楓はうっとりとしたようすで破顔する。
「柔らかいなぁ……魅藍ちゃんのおっぱい」
「~~っ!」
瞬く間に羞恥心が爆ぜて、耳までカァッと熱くなる。
先輩に胸を揉まれている状況に、いまさらながらついていけなくなって、くらくらしてくる。
(でも……気持ちいい……)
微睡みの只中にいるような心地のよさだ。
「――っ、あ」
魅藍はビクンッと両肩を上下させた。温かな指先が乳輪の際に触れたからだ。
「魅藍ちゃんの乳首がどんなふうになってるのか、見られないのはちょっと残念だけど……」
制服の下で、楓の指先が膨らみの中心へ向かって蠢く。
「いつか、見せてね?」
「ひゃっ、ぁ……ッ!」
いましがた「いつか見せてね」と言われた箇所を二本の指で摘まみ上げられる。
「あっ、あぁ……んっ、ふぅっ……」
薄桃色の棘の根元を左右に揺さぶられると、そこから快感の波が広がって、両足がカクカクと震え出した。
(なに、これ……っ!?)
乳首を摘まんでクニクニと揺らされるのが、こんなにも気持ちがいいなんて知らなかった。
自分では、自分のそこをこんなふうには弄らない。せいぜい、体を洗うときにタオルがほんの少し擦れる程度だ。
(楓先輩に触られてるから、こんなに……気持ちいいのかも)
でも、そういう先輩はどうなのだろう。
(私の乳首を触って、楽しいの……?)
視線を上に向けて先輩のようすを伺う。
「んん?」
楓は口の端を上げて魅藍の顔を覗き込んだ。
「平気? ……気持ち悪くない?」
魅藍は二、三度首を横に振った。それから「平気です」と答える。
「そっか、平気なんだ。じゃあ……もっと、強くしてもいい?」
指のあいだに挟まれていた乳頭を引っ張り上げられる。
「ふぁっ!?」
鋭い刺激に見舞われる。
「痛かった?」
「い、いえ……その……んっ、んぅう……っ!」
今度は、粘土のように捏ねられる。あまりに執拗にそうされるので、そこの形が変わってしまうのではないかと危機感を覚えた。
――でも、気持ちがいいのには違いなくて。
「ンン、ンッ……はぁっ……」
口からはしたない声が溢れ出るのを止められない。
魅藍は自分で自分を支えきれなくなってよろよろとあとずさった。狭い部屋なので、すぐ壁に当たる。
壁に背を預けて、「んぁ、あぅっ」と悶えていると、楓の片手が胸から離れた。
「……?」
もっと弄ってもらいたいのに、とは言えない。恥ずかしい。
楓の右手が紺色のスカートを撫でる。スカートの裾に入っている金色のラインをツツ、と指でなぞったあと、楓はその手を内側へと滑り込ませた。
スカートの中に手を突っ込まれた魅藍は動転して「ひゃっ!」と大声を上げる。
「もしも痴漢にあったら、そんなふうに大声を出さないとね」
楓はすぐに言葉を継ぐ。
「ううん……痴漢は、私かぁ」
――先輩の痴漢なら大歓迎です。
「ぁ、あ……っ」
心の声は外には漏らさない。魅藍は口を半開きにして目を細める。
ショーツ越しに陰毛のあたりを撫でまわされている。
指先は躊躇いを見せながら、徐々に下方へと滑っていく。
「あ――」
そこに触れられてはいけないような気がした。
でも、もう遅い。
「……ちょっと、濡れてるね」
楓は大きく息を吐く。ため息のようにも見えた。
「ちょっとじゃ、ないね。だいぶ……かな」
耳のすぐそばで楓が言葉を紡ぐので、くすぐったさと同時に手足に甘い疼きが湧き起こる。
「下着越しでもわかるくらい、濡れてる」
咎めるような調子で言って、楓はショーツの上で爪を立てた。
クロッチ部分を爪先でカリカリと擦り始める。
「んあ、ぁっ……!」
脚の付け根の、どうなっているのかよくわからない箇所を楓の指先が何度も往復する。
(あぁ――なにこれ、なにこれっ……!)
下腹部から、なにかが込み上げてくる。
それは嫌なものではなくて、むしろ真逆の快いものだ。
ピンッと勃った乳首を指で嬲られ、陰毛のすぐ下を素早く擦り立てられる。
自分がどういう状況に陥っているのか――いまにも絶頂してしまいそうなのだと――このときはわかっていなかった。
どうしようもないまでの浮遊感に見舞われ、初めてのことに空恐ろしくなる。
「ひぁああ、あぁっ――……!!」
絶叫して、魅藍は下半身をビクン、ビクンッと痙攣させた。
楓の吐息が耳にかかる。まるで大切なもののように、優しく抱きしめられる。
魅藍は虚ろな瞳で、「はぁ、はぁ、はぁ……」と息を荒くして楓を見上げた。
(思い出、作り……)
どうしてこうなったのかといえば、すべては楓が「思い出作りをしよう」と言ったからだ。
今日のことはきっと、忘れようと思っても絶対に忘れられないだろう。