わたしはあの子を殺した

 

 

 

 息を切らしながら、暗い道を走っていた。どこまで行けばいいのだろう。足の裏が痛い。だけど走り続けないといけない。

 どうしてこんなに真っ暗なのだろう。わたしは道もわからないまま、ひたすらに走り続けていた。

 ――顔が同じなら、わたしでもいいでしょう?

 冗談めかして口にした。もしそれが本当に冗談だったのなら、成功だったのかもしれない。彼はまともに受け取りはせず、笑ったのだから。

 ――そんなわけないじゃないすか。全然違いますよ。

 わたしたちは双子で、何もかもそっくりだった。それを、わたしは当たり前のことだと思っていた。

 あの子が興味を持ち始めたら、わたしも同じように関心を向けた。おしゃれにメイク、マンガ、テレビドラマ……わたしたちは同じ物を見て、同じ物を使っていた。

 だけど、少しずつわたしたちは変わってしまった。

 ――あら、上手。

 歌をうたったとき、褒められたのはあの子だけだった。わたしたちはほとんど同じ声のはずだ。なのに、先生は明らかにあの子だけを見ていた。

 ――助けてあげたの? 偉いわねぇ。

 駅で困っていた女の人を、助けたのはあの子だった。わたしだって、通りがかったら同じようにしたはずだ。でもたまたま、通りがかったのはあの子だった。

 ――もっと、のびのびと書いてもいいのよ?

 わたしの習字を見て先生は言った。あの子のを見ても言わなかったのに。

「なんで……なんで」

 〝ねぇ、もっとおんなじにしようよ〟

 わたしはあの子に言った。わたしたちは双子で、すべてがそっくりだった。違うところがあると、何だかしっくりこない。だけどあの子は言った。

 〝どうして合わせる必要があるの?〟

 わたしたちは、おんなじだと思っていた。同じワンピース、同じ髪ゴム、同じ笑い声。

 〝わたしたちはこんなに違うのに。いい加減にして〟

 わたしとまるで同じ顔立ちのあの子が言う。わたしは何も言い返せなかった。数秒先に世の中に出てきたという意味では、確かにわたしは姉だった。だけど、姉とか妹とか、そんな風に考えたことはない。わたしたちは双子で、そこに優劣の差などないはずだった。

 走り続けていたわたしはついに、バランスを崩して転ぶ。思い切り膝をすりむいて痛い。だけど暗すぎて、自分の足さえ見えない。きっと血が出ているだろう。

 初潮を迎えたのも、あの子の方が早かった。わたしの方が姉なのに。わたしには三ヶ月以上遅れて来た。

 わたしたちは、お母さんのおなかの中では同じだったはずだ。どちらがどちらというわけではなく、ふたりで一緒にいた。なのに、わたしたちはどんどん変わっていってしまう。

 ――彼と、付き合うことになったの。

 よく遊んでいる男の子だということは知っていた。でもあの子が言うまで、わたしの発想に「彼氏」という言葉はなかった。わたしはよほどぽかんとしていたのだと思う。

 ――なに? お姉ちゃん、何か言いたい?

 あの子は笑っていた。わたしと同じ顔で。

 わたしは彼に、話しかけてみた。あの子とわたしは同じ顔なのだから、あの子と付き合うのではなくて、わたしでもいいのではないかと。彼は笑ってそれを否定した。

 わたしはあの子と同じがいい。でも、それはもう叶わない。

 わたしは起き上がろうとする。だけど足が痛い。気がつくと、顔がやたら濡れていた。真っ暗だ。目を拭おうとすると、ずきずきと痛んだ。ぼんやりと、すぐ近くにあるショーウィンドウが見えてくる。そこに、あの子がうつっていた。あの子の胸には、ガラスのかけらが突き刺さっている。

「ひっ……」

 わたしはあの子を殺した。わたしのたったひとりの妹。だって同じなはずだ。わたしとあの子は、どこまでも一緒なはず。

 ――もうお姉ちゃんとは遊べない。わたしとお姉ちゃんは、違うの。

 あの子がどこにも行けなくなればいいと思った。だからガラスを思い切り突き立てた。わたしにそっくりな白い胸に、尖った欠片は容赦なく食い込み、あの子はアヒルのような鳴き声を上げた。

 わたしはあの子と同じがいい。それ以外は何も望まない。

 わたしはショーウィンドウの中のあの子に近づいて、名前を呼んだ。

 わたしが殺したはずのあの子がそこにいた。あんなにはっきり刺したのに。わたしは胸に手をやる。そこに鋭いガラスの欠片を見つける。

 力を込めると、あの子と同じ、アヒルのような鳴き声がもれた。

 

 ・

 

「お姉ちゃん」

 わたしたちは、似ていない姉妹だった。見た目も年齢も、性格も何もかもが違った。

 体の弱い姉は、生まれてから一年間ずっと入院していた。彼女が退院したのは、生まれたばかりのわたしとほとんど同じタイミングだった。

 そのせいなのか姉は、なぜかわたしと自分を双子なのだと思っていた。ほっそりと華奢で、折れそうな美しさを持った姉と、野生児のようなわたしとはまるで似ていなかったが、なぜか姉はそっくりだと思い込んでいた。

 両親が何度説明しても、鏡を見せても、彼女はまるで納得しないのだった。わたしはやがて、彼女の妄想に合わせるようになった。彼女と同じ服を着て、おそろいのリボンをして、同じ歌をうたった。

 だけど、肌が白くたおやかな姉と、わたしとは似ても似つかなかった。同じことをすればするだけ、その差は際だった。笑われるのが嫌で、わたしはやがて姉を疎ましく思うようになった。

「ねぇ、どうして同じにしてくれないの?」

 姉はあくまで、わたしを「自分とそっくりの双子」として扱いたがった。

「外に行かないで。一緒にいて」

「わたしはお姉ちゃんとは違うの、いい加減にしてよ」

 男の子たちが目をむけるのはいつも姉ばかりだった。両親が心配するのも、祖父母が溺愛するのも。

「ほら、あなたの妹はここよ。おんなじでしょ?」

 わたしはふざけて、彼女の前に大きな姿見を置いた。

「ほら『こんにちは』って」

 姉の動きに合わせてわたしは声をあててみせる。もちろん、姉だって鏡が何かくらいはわかっている。だから、それは他愛のない冗談のつもりだった。

「この子なら、あなたを置いてどこかに行ったりしない。よかったね、お姉ちゃん」

 わたしはできたばかりの彼氏と、心おきなく外で遊び回った。彼は姉よりわたしを好きだと言ってくれた、初めての男の子だった。だからわたしは浮かれていたのだ。

 生まれたときから体の弱い姉は、外で遊ぶことができないのだった。だから、彼女はますます色白になり、わたしたちはかけ離れていった。

「お姉ちゃん?」

 わたしがすっかり暗くなってから帰ってきても、姉は鏡の前から動いていなかった。何かぶつぶつと話しているのが聞こえた。

 ――一緒?

 ――うん、ずっと一緒。おんなじ。

「ただいま。どうしたの? ねぇ」

 わたしが揺さぶっても、姉は鏡の向こうを見たまま、まるでわたしの方を見ようとはしなかった。

 姉はそれから、家の中で鏡とばかり話すようになった。わたしがいくら話しかけても、見向きもしなかった。彼女は理想の妹を手に入れたのだ。母も父もしばらくは彼女を鏡の前から動かそうと努力していたけれど、じきにさじを投げた。

「放っておきなさい。そのうちに飽きるだろうから」

 姉は日がな一日中、鏡とおしゃべりをするようになった。わたしが何をしていたっておかまいなしだった。

 あれほど姉が疎ましかったのに、こうして自分の方を見向きもしなくなると、イライラした。鏡の中にいるのは、本当の妹なんかじゃないのに。

「こんな鏡なんてあるから」

 わたしは夜になってから、父のブランデーボトルを持ち出した。そして姉が寝入った隙をついて、鏡の前に立った。はかなく美しい姉とはまるで似つかない、世間擦れした平凡な少女がそこにはうつっていた。

「あなたは妹なんかじゃない……!」

 わたしは思い切りブランデーの瓶を叩きつけた。鏡に大きなヒビが入った。わたしはもう一度、瓶を叩きつける。瓶が割れ、茶色っぽい中身が飛び散るのと同時に、鏡も大きくひび割れた。

「やめて!」

 振り向くと、いつの間にか姉がそこにいた。彼女はわたしになど見向きもせず、割れた鏡に取り縋る。

「お姉ちゃん」

 姉は、わたしの名前を呼びながら、鏡にすがるようにして泣いていた。彼女の白いネグリジェに、血のようにブランデーが浸みていく。

 鏡は割れた。わたしはやっと、姉を取り返したはずだった。

「ねぇ、お姉ちゃん。わたしだよ」

 だけど、肩をゆすっても、何度呼びかけても、姉はわたしを見なかった。

 姉はただじっと、割れた鏡にうつる自分自身を見つめていた。罅の入った鏡は、姉の姿をいびつに映し出している。

「わたし……わたしがあなたの、妹だよ」

 鏡なんてものがあるからいけないのだ。こんなものが、姿を映し出すから。わたしは破片を握りしめ、思い切り鏡の中の姉に突き立てた。

 鏡の中の彼女は苦しげな、アヒルのような声で鳴いた。

 

 

「お姉ちゃん」

「なぁに?」

 今の姉は、わたしの声にこたえてくれる。

「今日のわたしのワンピースね、空色で、とてもきれいなの。たっぷりした襞で、レースがついてる」

 わたしの姿を見ることのない姉は、ゆったりと微笑む。

 わたしと姉が気がづいたときには、粉々に割れた鏡は、黒くくすんで何もうつさなくなっていた。そして、姉の目も。

「素敵ね」

 目が見えなくなった姉は、わたしを妹だと認識してくれるようになった。わたしは声だけは、もともと彼女にとてもよく似ている。

「ネックレスと、ハイヒールに合わせてみたの」

 わたしは今日、ジーンズにTシャツを着ている。入院している姉にはとびきりの個室を使って欲しかったから、わたしはひたすら働いていた。彼氏とも別れた。スカートなんてもうしばらく履いていない。

「素敵。きっと、世界一かわいい」

 わたしは彼女の手に、そっと触れる。服に触れられたら嘘がばれるから、それ以上は近づけない。

「どうしたの?」

 病室を出ない姉の肌は、相変わらず真っ白だ。わたしは寝不足で肌は荒れ、隈ができ、白髪も増えた。わたしはあちこちぼろぼろになっていく。だけど姉だけは変わらない。

「わたしたち、おんなじだよね」

 浅黒い自分の手を、真っ白い彼女の手に重ねて、わたしは言う。

「ええ。おんなじ。わたしたちは、誰よりも同じ」

 見えない目で、笑いながら姉は言う。

 わたしは彼女の中では、いつまでも自分にそっくりな双子の妹なのだ。

 

 

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poison sugar cookies 百合短編集

二○一九年五月十二日発行

小説・表紙デザイン:あいだ

 HP https://aida-a.jimdo.com/

 twitter @elsur00

表紙イラスト:紫のあ

 

 BL著作リスト―――

 

光りの水

 その水が心を満たしていくようだった。

 

 都内でサラリーマンをしている蒔田は、投身自殺はかったところを豊という年下の男に助けられる。

 

 弱っていた蒔田は、男の恋人に捨てられたと、誰にも言えなかったことを告白してしまう。蒔田は豊に惹かれながら、二度と会わないだろうとも思っていた。

 だが、蒔田はあるとき、社内で警備員をしている彼と再会する。

 動揺した蒔田は口止めをすることしか頭になく、豊にひどいことを言ってしまい――

 ゆるやかに心を通わせていく二人の穏やか・癒やし系ラブストーリー。

 

 

くらやみの友だち

 お前はイマジナリーフレンドだから、刺しても死なない。

 

「恋のはけ口」の続編短編と、主人公・弓生の兄が主人公の短編二篇を収録。

 

 東京で離れて暮らす哲司から「中間地点で待ち合わせよう」と連絡があり、弓生はある地方都市に出かけるが……恋のはけ口の二人が相変わらず嫌いあったり殺伐としながらいちゃいちゃしたりする「逢瀬のやり方」

 天才少年と言われながらも孤独に苦しむ乙彦は、真っ暗な音楽教室の一室で「友だち」と出会う。父は乙彦に友人などできるはずがないと、「イマジナリーフレンドだろう」と笑うのだが……

 もう一つの盲目な友情とその破滅「くらやみの友だち」

 

嘘とピグメント

 二度と「好き」とは言えない人を、まだ好きだった。

 

 高校一年の光央は、美術部長の有住に「好き」と言い続けていた。

 本当に彼が好きなわけではない。知人に脅されて、仕方なくついている嘘だった。

 有住は外見の整った優しい男だったが、相貌失認の光央には魅力がよくわからない。

 それでも少しずつ二人の交流は深まっていく。

 だがやがて決定的な形で光央の嘘がばれ、事件に巻き込まれた有住は消えない傷を負ってしまう――

 嘘だらけで破綻した、一方通行の切ないラブストーリー。

 

 

約束と拘束

 男子校から大学に進学した隼人は、彼女を作ろうと燃えていた。

 だが、好きになった女の子は必ず、隼人の幼馴染でイケメンの連を好きになったと口にする。

 邪魔をするなと隼人は釘を刺すのだが、連は「隼人に彼女は作らせない」と言ってキスをしてきて……

 連の嫌がらせに混乱しながらも、隼人には連のことを切り捨てられない、ある負い目があった。

 モテたい元野球部の大学生×幼馴染のイケメン襲い受、トラウマと執着の青春ラブストーリー。

 攻視点の「約束と拘束」、受視点のその後の話「花束と収束」収録。

 

 

方舟はもう来ない

 タキは光の差さない地下の部屋で暮らしている。

 部屋にやってくるのは、暴力をふるう「父」と、対照的に優しい「兄」のカイだけ。

 もう地上は戦争で滅びてしまい、ここからは出れないらしい。

 カイの語ることが、タキにとってはすべてだった。

 だが、ある日カイはタキに「すべてを忘れて逃げろ」と言い――信じていたはずの世界は裏返る。

 

 数年後、救出され普通の暮らしに戻ったタキは、自分を欺いたカイを復讐のため全力で探し出そうとする。

 何も知らず閉じ込められた主人公×孤独でけなげな嘘つきの「兄」、復讐と愛憎の物語。

 

すべての世界が終わるまで

 受験を目前にした高校三年生の和也は、唐突に年上の男に話しかけられる。

 二十歳くらいに見える男は、和也の幼馴染である翔だと名乗る。だが翔は和也より三歳年下であり、その男が翔であるはずはなかった。

 相手にしないでいた和也を、男は強引に連れ出す。彼は翔そっくりに和也のことを「かずくん」と呼び、ナイフを突き立てる。

 

「もう俺、かずくんを殺したくないよ」

 ヤンデレ幼馴染×ヒーローになれなかった男の子、世界を終わらせるための物語。

 

恋のはけ口

 哲司はいじめを受けている。主導者は、有名人の息子で、裏表のある西戸だった。

 哲司の救いは好きなアイドルと、ネットで親しくなった〝sor〟という男とのやり取りだった。

 哲司は西戸を憎み、逃げるようにsorとのやり取りにのめり込んでいく。

 だが、親しくなるうちに、会ったこともないsorから好きだと告白される。

 困惑する哲司に、sorは会おうと誘いを寄こすが――いじめられっ子×性格の悪い優等生、二人の愛憎の物語。

 

春より早く[増補版]

 顔も頭も良く何一つ不自由ない生活をしている高校三年生の春樹は、話したことのないクラスメイトから「思いやりがない」と吐き捨てられる。

 恥をかかされたと春樹は、彼、石和にやり返そうとむきになる。

 だが石和は転校生で、詳しいことは誰も知らなかった。

 春樹は石和にちょっかいをかけるも、無口な石和は邪険にするが――無口な謎の転校生×モテてプライドの高い高校生の青春物語。

(第九回小説ショコラ新人賞期待賞受賞作)

 本編にその後のデート話や、石和・かすみ視点の短編を加えた増補版です。通常版 もあります。

 

言葉の終わる国

 双子の妹を病気で失った陸は、彼女の婚約者・加川の様子を見に行かされる。

 どんくさく冴えない加川のことが、陸は以前から嫌いだった。

 日に日に衰弱していく加川は、死んだ妹の服を着てくれと陸に頼む。

 初めは拒絶した陸だが、加川のことを放っておけずにその服に袖を通す。……それから陸は、マンションの一室で女として飼い殺されている。

 真面目で純朴な、妹の元婚約者×遊び人のサラリーマン、切ない身代わりの恋愛物語。