メルマガの発行は火曜日です。ラストスパート志向の人ならきっと「火曜日に書けばいいや」と思うでしょう。そして、メルマガのことは置いておいて、月曜日までソフトウェアの開発にいそしみます。しかしラストスパートをかけても仕事は終わりませんから、火曜日にメルマガを書く時間が無くなります。そうして火曜日の深夜、満を持して「発行日延期のお詫び」と題したメールを配信する羽目になるわけです。
そうならないための、ロケットスタート志向です。メルマガの執筆を木曜日にやってしまうのはそういうことです。
スタートダッシュが大事だとはいえ、火曜から水曜の間に執筆することはしません。なぜならメルマガはネタ探しの期間が必要だからです。ネタ探しは大事な仕事ですが、とはいえ界王拳を使ってするものでもありません。ですので、ソフトウェア開発をやりつつ、流しの時間にネタ探しをします。そうすれば準備がととのった木曜日は、スムーズに執筆することができます。
これであなたの仕事は終わります。
では、大きな仕事に加えて小さな仕事を毎日しなければならない場合、どうすればいいでしょうか。ソフトウェアの開発を行いつつ、新しい技術の勉強をするといった場合です。実際に多くの人が勉強を続けられない現実を考えると、これは結構大変なことです。
こういう場合は、4章でお話しした基本の型の「流し」の時間に新しい技術の勉強をするだけです。あなたはすでに勉強をする時間も手に入れていたのです。
これであなたの勉強も終わります。
それでもうまくいかなかったら
再三にわたって「あなたの仕事は終わります」と言ってきましたが、時間術をカスタマイズして挑んでもなお、仕事が終わらないことがあります。
つまずきやすいポイントは次の3点です。
・集中力が足りない
・仕事が自分のキャパシティを超えている
・ほかの人の仕事が遅れている
まず集中力についてですが、最も効果的なのは朝型に切り替えることです。
朝に仕事をするメリットは、「メールをチェックする必要がない」「話しかけてくる人がいない」「外部要因の締め切りが設定できる」の3つでした。この3つによって集中力が研ぎ澄まされます。だから私は朝4時に起きるようにしています。詳しくは4章をもう一度ご覧ください。
ほかに朝型のいいところは、集中して仕事に取り組める時間が増えることです。
たとえば1時間早起きすれば、物理的に働ける時間は1時間増えます。また、早起きするためには早寝が必要になりますから、夕方以降のんびりと仕事をしたり、飲み会に費やしていた時間に仕事を頑張れます。
それはいいのですが、朝4時に起きるというのはなかなかハードルが高いと思います。ですので、まずは出社を1時間早めることから始めてみましょう。急ぎの仕事も終わらせている状態ならば、余裕を持って1時間早く寝て、1時間早く起きれば1時間早く出社できます。
出社1時間ならば会社にはまだ周りに人がいないので、集中して仕事をすることができます。1時間出社前にカフェで仕事をするのもいいでしょう。
そうして1時間の早起き習慣が体の芯まで身に付いたら、次に2時間早く寝て、2時間早起きすることを続けてみましょう。このような調子で、無理せず朝の仕事の時間を徐々に伸ばしていきます。
朝早く起きたら眠くて効率が逆に落ちると思う方もいるでしょうか。ところが本書は3章から4章にわたる2章分で積極的に昼寝を推奨しています。眠気に無理して立ち向かう必要はありません。仮眠を駆使して朝型の生活に馴れていきましょう。
ちなみに、人がある習慣を身に付けるには、平均で同じ行動を66日続ける必要があることが、ロンドン大学のフィリパ・ラリー博士(※1)らの研究でわかっています。平均ですので一概には言えませんが、ほぼ丸々2か月はかかるということです。ですから早起きの習慣を身に付けるにはまず「○時に起きる」と決め、それを2か月続けてみてください。
また、フィリパ・ラリー博士の研究では、たまに行動に失敗した(たとえば朝起きられなかった日があった)としても、それに気を病まずに気楽に続けた人が習慣化に成功しているそうです。
ですから、まず2か月間「○時に起きる」ことだけを気軽にやってみましょう。なかには早く寝られなかった日もあるでしょうが、ここでも完璧を目指さず、とりあえず○時に起きることは堅持しましょう。すると、体のリズムも勝手に合ってきます。
次にキャパシティについてですが、これはもう、無理だと思った仕事は納期延長を申し出るしかありません。
私の経験上、締め切りまで余裕を持っていれば、納期延長を申し出ても認められる可能性が高いです。反対に締め切り直前になって締め切り延長を申し出ても怒られるだけです。上司にとって、締め切り間際に自分の仕事を増やされるのは本当に迷惑なことだからです。私はそれを上司として働き始めてから、痛いほど実感してきました。だからこそ見積もりは非常に重要なのです。
「キャパシティなんて気合で乗り越えられる!」
そういった考えの人が一部にいるということもわかっています。
あなたは上司から与えられた仕事は、無理をしてでもなんとか引き受けようとします。たくさんの仕事を抱えて頑張っているあなたは、ビジネスマンとしての生きがいを感じます。そうして仕事を締め切りまでに終わらせたあなたは、上司から褒められ、出世にいい影響があったことを喜びます。
それはいいのですが、そうした努力の仕方は継続しません。そもそも今までそのやり方を続けてきた結果、あなたは疲弊しているわけですから、いいやり方であるはずがありません。
時間術を導入してもなお仕事が終わらない人は、今後受ける仕事の量を物理的に減らしていくしかありません。そのためにもまず、新しい仕事を振られたら、「それまでに終わるか検証したいので、まずは2日ください」と切り出すところから始めましょう。そのうえで、1日を横に切り、マルチタスクをやめ、20倍界王拳を使うなど駆使してください。
しかし、そうまでして2日後にほとんどの仕事を終えられていなかったら、その仕事は終わりません。その状況を続けていけば、あなたが疲れ果てていくことは火を見るより明らかです。ですからそのときは上司に「この仕事を10日で終わらせるのはとても難しいと思います」と正直に言いましょう。
あなたの仕事は規則を守ることではない
ここで少々話が脱線しますが、仕事を減らすためには、ときには会社の面倒な規則に違反することを覚悟で効率化を図る、という選択もあり得ます。
1章で「アメリカ人は意味を考える」という話がありましたよね。アメリカでは息子が熱を出して病院に送っているという理由があれば、速度制限を超えて走っても見逃されることがあります。そもそもあなたは本書の時間術を「会社での仕事の成果を上げるため」に用いているはずです。であれば、時間術の活用にとって障害となる会社の規則を免除してもらうよう動くことは、正当な行為です。
私が会社の規則を無視した一例として、「清掃員ジョーの話」というものがあります。
マイクロソフトでは、毎回プログラムを書き換えたときに、誰かほかのチームメンバーにチェックして名前を入力してもらうという規則がありました。それはいいのですが、問題は夜中すぎになるとチェックしてもらう同僚がいないということでした。当時私は昼夜を忘れて開発に熱中していたので、気づけばオフィスには私一人しかいなかったという日々が続いていたのです。
そこで思いついたのが、架空の清掃員・ジョーにプログラムをチェックしてもらうというジョークでした。プログラムの末尾に "code review by Janitor Joe" (清掃員ジョーによるコードレビュー済み)という文言を付け足したのです。というのも夜中にオフィスで働いていると聞こえるのは清掃員の掃除機の音だけで、それが印象的だったからです。
最初は冗談のつもりでしたが、残念なことにとくに誰にも注意されなかったので、それ以来毎日のように "code review by Janitor Joe" と書くのが日課になっていました。
少し経つと、事に気づいたほかのエンジニアが私のマネをするようになってしまいました。そのため「架空の人物によるコードレビューは禁止」という意味不明なルールが出来ました。しかし、そのころには開発も一段落していたので、その後は夜遅くまでオフィスに残って清掃員ジョーを召喚する必要もなくなりました。
この話で言いたいことは、会社の規則は最低限守るべきものにすぎないということです。上司に逆らってはいけないというのは暗黙の了解にすぎません。何か社会の論理や会社の規則のように考えている人もいますが、そんなことはありません。先ほど言ったように、会社のためになることならば、上司に逆らうことも大切です。
ちなみに数年後にWindowsチームのメンバーと出会ったとき、元同僚に「君は伝説を作った男だ」と言われました。「どういうこと?」と聞くと、どうやら架空の清掃員・ジョーをものすごい勢いで召喚していた人物として、マイクロソフト社内で語り継がれていたようです。
あなたの役割は規則を守ることではなく、仕事を終わらせることです。
ほかの人の仕事が遅れたら「モックアップ」を作る
話が脱線しました。最後に、ほかの人の仕事が遅れているときについてですが、じつはこれはあなた次第で改善することが可能です。
ふつう、ほかの人の仕事が遅れていると、「自分もゆっくり仕事しよう」と考えがちです。これは最悪です。せっかく自分の仕事を終わらせようとしているのに、ほかの人の動きに引きずられて自分の仕事を遅らせていたら、あなたの人生はまったくこれまでと変わらないことになってしまうからです。ではどうすればいいでしょうか。
まずはそもそも、「他人の仕事は遅れるもの」という認識を強く持つことからはじめましょう。4章の冒頭でお話しした「100人に1人もできないこと」が何だったかを思い出してみてください。100人に1人もできないことは「期限どおりに仕事を終わらせること」でした。すなわち、ほとんどの人が納期に仕事を間に合わせられないことは、容易に予想のつく誤差の一つです。そういう誤差にうまく対応するために、わざわざ流しの期間を設けているわけですから、その余裕を利用して対処していくことは当然です。
そういったマインドセットをあらかじめ持ちながら、人の仕事が終わらなかったときに私がするのは、簡単なモックアップを作ることです。モックアップとは、「完成間近の模型」のことです。
3章の「なんちゃってATOK」の話を覚えているでしょうか。私はATOK開発側のジャストシステムとマイクロソフト両方の機能のすり合わせが難しかったため、モックアップを作りました。それが漢字を10個ほどしか変換できない「なんちゃってATOK」でした。しかし、それがあれば、私はジャストシステムによる本物のATOKの完成を待たずに、Windows側の機能を実装することができました。これがモックアップの考え方です。
車の話でたとえてみましょう。
あなたはエンジンの開発担当者で、ロケットスタートを仕掛けて期限どおりにエンジンをほぼ完成のところまで組み上げました。しかし、シャーシ(車体)の作成担当者がいっこうに仕事を終わらせず、エンジンとシャーシの接合部分の規格が決まらないため、あなたが担当する接合部分の作成ができません。
そんなときはとりあえず他人の動きは無視して、自分が進められることを淡々とこなしていきます。私なら木や粘土、発泡スチロールなどを駆使してでもシャーシの模型を組み上げます。モックアップです。そうしてその模型に合う結合部分をとりあえず作っておきます。あとは、自分が進められるほかの仕事を進めながら、シャーシの完成を待つだけです。
これは2章の「課題を分割してカレーライスを作る」という話の応用編です。相手が仕事を終わらせないことと、あなたの仕事が進められないことは、厳密に考えると別の問題です。だから、相手の仕事が上がってこなくても、何とか自分の仕事が進められないか徹底的に考え、自分にできる仕事を進めていくのです。
相手が遅れたからといって、現時点での自分の仕事の納期に少しの余裕を持てたことを喜んではいけません。なぜなら次の仕事の着手に遅れることで、将来のあなたがスラックを失ってしまうからです。
そうは言っても、確かに相手の仕事が遅れることで、その仕事自体がなくなるほどの痛手になる場合もあります。そこまできそうだったら、さすがに私もその人の仕事を流しの期間を使ってやってしまいます。ただしそのような事態が続くようなら、パートナーを変えるか、他部署への異動も検討するべきでしょう。私自身3章でお話ししたとおり、次世代OSの制作をいっこうに進めないカイロのチームから自ら声を挙げて離れ、シカゴのチームでWindows95を開発・発売にまでこぎつけたのですから。
自ら声を挙げて自分が移りたいチームに異動する方法は、6章で詳しくお話しします。
あと、あまりに仕事が遅い人には、本書をそっとその人のデスクの上に置いておくのも一つの手ではあるでしょう……。
結局、まず仕事が来たら
本章ではすでに仕事に追われている人が、時間術を導入するための考え方について見てきました。大きくは次の3点に集約されます。
・大きな仕事は縦に切り分ける
・複数の仕事が並行するときは、1日を横に切り分ける
・それでもダメなら納期延長を申し出る
まず可能な人は、とりあえず2日待ってもらいましょう。「来週の金曜日までにお願い」と頼まれたら、「仕事が終わるかどうか判断したいので、2日間待っていただけませんか」とお願いするのです。つまりこれが4章でお話しした見積もりという行為です。
しかし多くの仕事は10日では完了しません。数か月から1年以上かかる仕事はたくさんあります。
そんなときは、仕事を10日~14日程度で終わる小さな仕事に切り分けましょう。切り分けることで、4章で紹介した時間術を適用することができます。これが縦に切り分けるという作業です。
また、多くの仕事は一つひとつ順番にやってくるわけではありません。複数の仕事を同時並行的にやらなければならないことのほうが多いのではないでしょうか。
そんなときは、抱えている仕事の数ごとに1日を切り分けていきます。3つの仕事の締め切りが同じころに迫っているとしたら、1日を3つに切り分けます。3つに分かれた時間を、それぞれ通常の1日ととらえて仕事をします。これが横に切り分けるという作業です。
また朝型に生活習慣を変え、仮眠を駆使することで、集中できる時間を物理的に増やしていきましょう。
以上で私の持つ時間術のノウハウは、すべて余すところなく伝え切りました。本書のミッションはおおむね達成されたとみて良いでしょう。おめでとうございます。あなたの仕事が終わることを願っています。
本章でお伝えした各項目は、一般の人がロケットスタート時間術を導入するときにつまずきがちなポイントそれぞれについて詳しく解説したものです。本書の方法を試してみて、うまくいかないことがあったら、つまずいていそうな部分の解説を読みなおしてみてください。思いつく限りの注意点も細かく書き込んでいます。必ずこの時間術をあなたの仕事に導入することができるはずです。
しかし、私にはまだほかに伝えたいことがあります。それは、仕事をするうえで考えてほしいことであり、これからあなたが新しい人生を歩むうえで向き合っておいたほうがいいと断言できることです。
それはこの本を書くことになった私自身の人生から得た教訓めいた側面も持っています。やや説教臭いと思われるかもしれませんが、ここまで私の語りに付き合ってきてくれたあなただからこそ、最後まで読んでほしいと願って書きました。それが次の6章です。
いささか抽象的な紹介になってしまいました。煩わしい宣伝文句はこのくらいにして、最後の章へと進んでいただければと思います。
(※1)Phillippa Lally, Cornelia H. M. van Jaarsveld, Henry W. W. Potts and Jane Wardle, October 2010, How are habits formed: Modelling habit formation in the real world, European Journal of Social Psychology, Vol 40 Issue 6