100人に1人もできない「あること」とは?


 3章では私がどのようにして時間術を生み出していったのかをお伝えしてきました。この4章では、小学3年生の夏休みの後悔と、その1年後のリベンジを端緒にし、マイクロソフト退社後の企業経営の中で結実した、究極の時間術をお伝えします。

 この章の内容こそが、私が半生をかけて導き出した仕事の仕方の結論です。その名もロケットスタート時間術です。なんだか安直なネーミングだと思う方もいるかもしれませんが、まさにロケットスタートという言葉がぴったりな時間術なのです。


 今まで、たくさんの日米のエンジニアと仕事をしてきました。その中には私よりも明らかに賢いエンジニアもいましたし、ものすごい生産性でプログラムを作ってくれる馬力のあるエンジニアもいました。

 しかしそんな中でも、私が仕事をするうえで最も大切だと考えている「あること」をきちんとこなせる人は100人に1人もいませんでした。

 その「あること」とは、「常に締め切りを守ること」です。正確に言い換えれば、「常に締め切りを守れるような仕事の仕方をすること」です。

 2章のビル・ゲイツの例で話したとおり、あなたの仕事は、パーティーに花が間に合うよう花屋さんに予約をすることではなく、パーティーに花を間に合わせることです。期日に間に合うよう予約しても間に合うとは限りません。予期しないアクシデントが起こることを前提としなければならないのです。

 チームで仕事をする場合、どうしてもお互いが担当するタスクの間に依存関係が生じます。そんなときに、どれか一つのタスク完了の遅れがほかのタスクの完了に波及し、全体のスケジュールがさらに遅れる、という事態はソフトウェア開発の現場ではよく見られます。これはほかの一般的な職場でも頻繁に起こっていることでしょう。上司からすると、安請け合いして締め切りを守らない部下ほど、残念な気持ちにさせられるものはないのです。

 そんな状況をできるだけ回避するには、プロジェクトに関わる人全員が自分に割り当てられたタスクは「必ず期日以内に仕上げる」という強い意志を持って仕事にのぞむことが必要です。そもそも部下にとっては、上司に約束した納期に仕事を間に合わせることが仕事の第一の鉄則なのです。

「そんなこと言ったって、仕事の過程において予想不可能な事態に陥ることはよくあることで、締め切りを絶対に守ることなんて無理」と思う方もいるでしょう。たしかにそのとおりです。みなさんは怠慢が原因で締め切りを破ることなんてないはずですから、きっと締め切りを破るとしたら予測不可能な事態が原因だろうと思います。

 しかしスケジュールの立て方・仕事の進め方の段階から、締め切りを守ることの大切さをきちんと認識すれば、何があっても常に締め切りを守り続けることは十分に可能なのです。



「ラストスパート志向」が諸悪の根源


 大半の人が、スケジューリングの段階から大きな勘違いをして仕事に取り掛かっています。締め切りという言葉への典型的な誤った考え方は、次のようなものでしょう。


見積もりはあくまで見積もりでしかなく、予定どおりに仕事が進むとは限らない

締め切り目前に、徹夜でも何でもして頑張ることが大切

それでもどうしても締め切りに間に合わなかった場合は、その段階でスケジュールを変更してもらうしかない


 たとえば、このような意識を持っているエンジニアに、私があるソフトウェアの作成を依頼したとしましょう。するとそのエンジニアは、今までの経験から「3か月くらいでできると思います」と軽い気持ち(漠然とした見積もり)で答えます。

 多くの場合、この手のエンジニアはプロジェクトを甘く見て、最初の2か月くらいはのんびりとすごします。残り1か月くらいの「お尻に火がついた」状態になって頑張るのですが、あわてて作るためにスパゲッティコード(スパゲッティのように複雑に絡み合ってしまったプログラム)になってしまいます。

 残り2週間目くらいでソフトウェアはそこそこ動き始めますが、まだまだ機能は不十分だし、バグもたくさんあります。最後の1週間でバグの修正に取り掛かりますが、最後の最後になって基本設計上の欠陥が見つかります。しかし、いまさら後戻りはできないので、バグを回避するための、その場しのぎのパッチ(修正プログラム)を当てますが、そんなことをしているとますますプログラムが汚くなっていきます。

 最後は徹夜もしますが、寝不足でミスが続き、結局バグが取れずに締め切りの日になってしまいました。私には「申し訳ありません、できませんでした」と言うしかありません。

「じゃあどのくらいで完成するの」と聞くと、「あと2週間あれば大丈夫だと思います(根拠なし)」と答えます。しかし、2週間では根本的な変更などできるはずもなく、パッチにパッチを当て、目も当てられないようなプログラムになっていきます。

 結局2週間努力しても問題は解決せず、「根本的な問題の解決のためにあと2か月ください」と言い出します。しかたがないのでスケジュールの変更を認めると、時間に余裕があるので、また最初の1か月はのんびりしてしまいます。

 そうして最後の1か月でラストスパートをかけようとしますが、再び同じような状況に陥り、最後は徹夜の連続。再び寝不足のためにプログラムが汚くなり、バグが多発。結局、新しく設定した締め切りも逃してしまいました……。

 こんなことでは、プロの仕事とは言えません。この仕事の根底には「締め切り=努力目標」という考えがあり、「目標に向けて精一杯努力をすることが大切」という体育会的な姿勢があります。そして最も良くないのが「ラストスパート志向」です。多くの人が、「最初はのんびりしていても、最後に頑張ればなんとかなる」という根本的な誤ちを改めるところから始めないといけません。

 ラストスパート志向の一番の欠点は、最後の最後までそのタスクの本当の難易度がわからないという点にあります。どんな仕事でも、やってみないとわからない部分が必ずあるのです。

 だからラストスパート志向で仕事に取り組むと、仕事の後半に予想外のアクシデントが発生して、完了までの時間が延び、ほかの人に迷惑をかけてしまう可能性が出てくることを忘れてはいけません。これは1章でも2章でも何度もお話しした大事なことです。



まずは「締め切りは絶対に守るもの」と考える


 ではたとえば上司から「これ10日でやっといて」という仕事が降ってきたとき、どうすればいいでしょうか? 大切なことは、スケジューリングの段階から「締め切りは絶対に守るもの」という前提でのぞむことです。すると予定を立てる段階から、次のような真剣なやり方をとらざるを得なくなるはずです。


①「まずはどのくらいかかるかやってみるので、スケジュールの割り出しのために2日ください」と答えて仕事に取り掛かる(見積もりをするための調査期間をもらう)

②その2日をロケットスタート期間として使い、2日で「ほぼ完成」まで持っていく

③万が一、その2日で「ほぼ完成」まで持っていけなかった場合、これを「危機的な状況」と認識してスケジュールの見直しを交渉する


 まず①ですが、「締め切りは絶対に守るもの」ということを常に念頭に置いておけば、何も考えずに「だいたい10日くらいでできると思います」のようなあいまいな回答はできないはずです。

 当然ですが、仕事の最初の段階では見積もりすら不可能なタスクも多々あります。しかし、その手のものを、今までの経験をもとにざっくりと見積もるのはとても危険な行為です。そういう場合は、まずは上司から指定された期間の2割(この場合は2日間)を見積もりのための調査期間としてもらい、その期間、猛烈に仕事に取り掛かります。仕事の真の難易度を測定するためです。

 その間に「8割方できた」という感覚が得られたなら上司に「10日でやります」と伝えます。そこまで至らなかったら、相当難しい仕事と覚悟したほうがいいでしょう。上司に納期の延長を申し出るのは、早ければ早いほどいいわけですから、8割方できなかった場合は期日の延長を申し出ましょう。



スタートダッシュで一気に作る


 大切なのは、②で全力のスタートダッシュを行うことです。

『マリオカート』をやったことはあるでしょうか。『リッジレーサー』でも『グランツーリスモ』でもそうですが、あらゆるレーシングゲームにはスタートダッシュ(ロケットスタート)というテクニックがあります。

 スタート前の「3→2→1」のカウントダウンのあいだに、適切なタイミングでボタン操作をすることで、スタートと同時に圧倒的に加速でき、ほかを引き離すことができるテクニックです。これをイメージしてください。

「締め切りに迫られていないと頑張れない」のは多くの人々に共通する弱さですが、先に述べたように、仕事が終わらなくなる原因の9割は、締め切り間際の「ラストスパート」が原因です。

 ですから、10日でやるべきタスクだったら、その2割の2日間で8割終わらせるつもりで、プロジェクトの当初からロケットスタートをかけなければなりません。初期段階でのミスならば簡単に取り戻せますし、リカバリーの期間を十分に持つことができます。

 とにかくこの時期に集中して仕事をして、可能な限りのリスクを排除します。考えてから手を動かすのではなく、手を動かしながら考えてください。崖から飛び降りながら飛行機を組み立てるのです。

 作業を進めていって根本的な方向転換が必要だったら、この時期に行います。たとえばソフトウェアの開発ならアーキテクチャ(基本設計)の変更などです。何だか全然ダメなものができてしまったらもう一度ゼロからやり直します。健康だけには気をつけながら、全力疾走で仕事と向き合います。

 そうして、実際に指定の2割の時間がすぎた段階で、仕事がどのくらい完了しているかをできるだけ客観的に判断します。8割方終わっていればスケジュールどおりに進んでいると考えていいでしょう。6割くらいしか終わっていなかったらかなりの危機感を持つべきです。その段階で万が一、完成度が6割未満だった場合は、③のとおり、「締め切りまでに完成できない可能性がある」と判断し、上司に状況を説明してスケジュールの見直しをしてもらいましょう。

 締め切り直前ではなく、締め切りよりもはるか前に、期日に間に合わせられるかどうかを見極めることが大事なのです。この段階で「まだ2割しか時間を使っていないから大丈夫」と思うのは大間違いです。全力疾走で2割の期間を使って、まだ「ほぼ完成(8割方完成)」の状態に持っていけてないのだったら、かなりの確率で締め切りには間に合わないと判断すべきです。

 逆にその時点で8割方完成していれば、上司に「10日のスケジュールで大丈夫です」と伝え、残りの2割の「完成にまで持っていく仕事」を残りの8日間をかけてゆったりと行っていきます。余裕があればその期間に、次の仕事の準備を進めたりもします。

 この段階で大切なのは、「全力で仕事と向き合う」ではなく「仕事の完成度を高める」であることを強く意識して向き合うことです。8割の時間を使って2割の仕事をこなすわけですから「仕事が終わらないわけがない」という余裕が生まれます。心地いいほど完璧なスラックの獲得です。



見積もるには、とにかくやってみることだ


 ここまでが、私が実践している仕事との向き合い方の全貌です。一言で言えば「時間に余裕があるときにこそ全力疾走で仕事し、締め切りが近づいたら流す」という働き方です。

 仕事に対する姿勢を根本的に変えなければならないので簡単な話ではありませんが、確実に効果があることを保証するので、なるべく多くの方におすすめしたいと思っています。


 ロケットスタート時間術の概要をわかっていただけたところで、ここからは仕事術の背景にある考え方まで踏み込んで、みなさんに深く理解してもらいましょう。

 具体的な見積もりの仕方は、「最初の2日で仕事の8割を終わらせる」でした。

 これが鉄則です。最初の2日というのは締め切りまでの期間によって適宜変わります。締め切りが10日後の仕事なら2日間、5日後なら1日、3日後なら半日、1日なら3時間というように、大体全体の2割程度の期間です。とにかく猛ダッシュのロケットスタートを切ることが重要です。

 なぜそんなハードなスタートダッシュを切るのかというと、あなたのラストスパート志向を矯正するには、そのくらいハードなことをしないといけないからです。人生を変えたいのであれば、今後あなたは、徹底的にロケットスタート型に舵を切るべきです。

 ちなみにロケットスタートを実践するときのコツですが、前倒しで取り掛かることです。仕事が決まったら、すぐにやってください。

 人は誰しも無意識のうちに不安を抱えながら仕事をしています。締め切りに間に合うかどうかを恐れているからです。ですから、取り掛かる時期が早ければ早いほど不安は小さくなります。取り掛かりを前倒しし、華麗なロケットスタートを切れば、仕事のほとんどが期限の2割程度の時間で終わります。

 その瞬間を体験したとき、あなたの目から見えている景色は180度変わっていることでしょう。ぜひその快感を体感してみてください。

 仕事の提出を前倒すのではありません。取り掛かりの時期をこそ前倒すのです。



徹夜は仕事がノッているときにしろ


 徹夜は、いわゆるラストスパートの一種として、締め切り間際の恒例的行事になっている人が多いようです。みなさんも経験がおありかと思います。

 徹夜が良くないことは、すでに1章でお話ししました。徹夜をするせいで仕事の効率は落ち、締め切りが近いこともあって集中できず、結果仕事は終わらないし自身も疲弊するばかりです。

 したがって徹夜はするべきではありません。ですが例外があります。それは仕事がノッているときです。じつは私は、仕事を始める最初の2日間のうちに徹夜をすることがあります。

 意外に思われるかもしれません。しかしこれは私の仕事の仕方を象徴する、ある意味でこの時間術のコアになる部分です。

 とにかく最初の2日間に8割終わらせることを目標にロケットスタートを切ります。私は大体、この期間にソフトウェアの大まかな設計を作り上げます。企画書を書いている人は、この期間に企画書の大枠を書き上げます。マーケティングプランの構築をしている人は、そのプラン全体の構築を行います。作曲やライティングをしている人は、枝葉を気にせず一気に最後まで書き上げます。考えてから手を動かすのではなく、手を動かしながら考えるのです。

 手を動かしたら何も考えられないじゃないかと思うかもしれません。しかしそれを否定する言葉があります。「案ずるより産むが易し」。手を動かせば頭も動くのです。頭が動くかどうかというメタレベルの思考ばかり続けているから、ベタレベルの思考ができなくなるのです。言い訳とか、不安とか、疲れているからとか、馴れていないからとか、そんなことはどうでもいいので「8割完成」という一つのゴールに向かって爆進してください。

 8割終わらせることができれば、締め切りまでにはほぼ確実に終わるはずです。つまり言ってしまえば8割終われば仕事は終わったようなものです。

 このロケットスタートの2日間は、私はメールもフェイスブックもやりません。不本意に時間を取られかねないものはすべてシャットアウトします。普段仕事の合間に何げなくやってしまう、コーヒーを淹れてみたり、散歩に出てみたりといったこともしません。とにかく仕事のことだけ考え続けます。

 もっと言えば、最初の2日間は同僚や上司からごはんに誘われても断ります。メールもチェックしないわけですから、2日間は完全に現実から去った仙人のようになっています。そして3日目に人間界に現われるというわけです。

 2日間くらいなら、同僚や上司を無視していてもなんとか関係が修復できます。2日間というのは、人間関係を破壊しないギリギリのラインなのです。だから私は2日間はメールもごはんの誘いも無視して仕事をします。

 逆に、2日間の付き合いの悪さ程度で疎遠になってしまうような人がいたら、そもそもその人とは長続きしない関係だったと割り切るべきでしょう。しかし大抵の人であれば、2日間嫌な奴になっていたとしても、関係は取り戻せます。

 要するに、煮詰まったときの徹夜はしてはいけません。ただロケットスタートと同時にノリノリで徹夜をするのは十分ありです。スタートダッシュでなくても、仕事がノッているときがあれば、それこそが徹夜をするチャンスです。

 ただし、やりたくもないのにやむをえず徹夜をするのだけはやめましょう。そもそも、無駄な徹夜をしなくても済むような仕事の仕方が正しいのです。



仕事は最速で終わらせてはいけない


 そうして2日で仕事の8割を終わらせたあなたは、このペースなら3日で終わるのではないかと考えます。3日でその仕事を終わらせて、上司に提出するのが今までの仕事の進め方でしょう。なるべく早く提出したほうが上司からの評価も高いだろうと。

 私の考えではそれは間違いです。なぜなら3日で終わらせると、続けざまに次の仕事を依頼されるからです。しかも上司は、「前の仕事を3日で終わらせたんだから、この仕事も3日で終わるだろう」と期待し、締め切りをもっと早く設定したりします。

 それこそが大いなる間違いです。最初の2日間あなたは全力で仕事をしたわけです。たしかにもう1日くらいなら頑張れなくもないでしょう。実際そうして今まで体力勝負で乗り切ってきた方もいると思います。

 けれども永遠に全力で働き続けることは絶対に無理です。1章でお話しした、アメリカのとある病院の話を思い出してください。あの病院がきりきり舞いになっていたのは全員が常にもう全力を出していたからでした。逆説的ですが、いつも全力を出していると、真の実力を発揮できなくなるのです。

 ですから、スタートダッシュで仕事の8割が終わったからといって、そのままのスピードで仕事を終わらせてはいけません。3日間頑張って完全に消耗した挙句、間断なく仕事を振られるようだったら3日目は休んでいたほうがましです。

 仕事を早く終わらせることよりも、仕事を安定して続けることを意識すべきです。結果、焦って仕事をしていたときよりも早く、しかも高い完成度で終わるようになるのです。

 1章で「スラック」と「トンネリング」という言葉を紹介しました。スラックとは余裕のことです。スラックを持っていると仕事の効率が上がっていきます。2日で8割終わらせるというのは、スラックを意図的に獲得するための戦略です。8割終われば、残りの期間は流しで仕事をすることができるからです。そのことを忘れて3日で仕事を終わらせようとすると、そこはもう暗いトンネルの中です。仕事が終わるころには休む間もなく次の仕事を回され、先の見えない状態に陥ります。すなわちトンネリングです。

 スラックの確保こそ、ロケットスタート時間術の最大の鍵です。あなたの仕事が終わらなかったのは、余裕を確保していなかったからなのです。


 ここまでの仕事のやり方を図にすると、次のようになります。