11  秘められない秘め事



 一人で自宅にいると、美登里さんのことを考えてしまう。もんもん と。

 彼女はあたしに触れてくれた。キスしてくれた。そして、軽くモーションかけて、あたしをワクワクさせてくれた。

 どれも、花野がしてくれなかったことだ。

 花野のことは、今でも愛しい。

 だけど、今や美登里さんは、もっと確実に、肉体を持った存在としてあたしを魅了していた。

 花野とのプレイは、かすみ みたいなものだ。彼女の肌に触れることすら許されていない。

 仙人じゃあるまいし、霞なんか食って生きてゆけるものか。

 花野は、あたしが真に希望することを少しもかなえてくれてない。あたしが奉仕しているだけ。

(本当は、花野だって、あたしがどうしたいか、わかってるんだよね? わかってて、すっとぼけてるんだよね?)

 ──ああ、いやだ。

 あんなに愛おしかった花野のことを、こんなふうに考えるようになってるなんて。

 かわいさ余って憎さ百倍、ではないか。

(美登里さんと話したいな)

 そう思ったときには、すでに電話に手が伸びていた。

(声を聞くだけでもいいんだ。あたし、きっと、元気になれるから……)

 心の中で言い訳しながら、美登里さんに電話をかけていた。

 言い訳するっていうことは、うしろめたく思っている証拠だ。

 だからこそ、電話から美登里さんの明るい声が聞こえてきたとき、あたしはたちまち焦っていた。

「もしもし? どうしたの、紗絵ちゃん?」

「す、すみませんっ。急に電話したりして」

「あら、いいのよ。で、ご用件は?」

 問われると、今度は美登里さんに対する罪悪感が湧いてきた。半端な気持ちで、半端な行動に出て、あたし……。

「えっと……特に、これといって用事はないんですけど……なのに、電話したりして、ごめんなさいっ」

「いいのよ。『声が聞きたかっただけ』ってやつでしょ?」

「は、はい。実は、そうです」

 美登里さんの言葉に、一気に心が軽くなったあたしは、素直にこたえることができた。

 やっぱり、彼女は素敵だ。

「あたし、美登里さんとお話しして、元気になりたくて……」

「あら。元気なくなってたのね? 週末にでも、うちに来ない? お勧めの日本酒、用意しとくわよ。紗絵ちゃん専用のぐい呑みも買ったことだし」

 美登里さん、誘ってくれてるの? 特別な意味で。

 それとも、あたしが期待しすぎてるだけ?

「おうかがいしても、いいんですか?」

「もちろんよ」

「でも……。でも、あたし……。実は、美登里さんのことが好きみたいです」

「そう。うれしいわ」

 一瞬、軽く受け流されるのかと思ったら、そうではなかった。

「このままいくと、変なことになっちゃうかも──っていう恐れが、紗絵ちゃんの心の中にはあるわけね?」

「変なことだなんて、思ってません。あたし、そうなってもいいと思ってますから。……いいえ。そうなりたいと思ってますから。美登里さんと」

(ああ、あたし、言っちゃった!)

 少しも戸惑う様子はなく、美登里さんはさらに斬り込んでくる。

「それって、恋人として? それとも、セックスフレンドとして?」

「それは──」

 あたし、美登里さんが恋人だったらいいのにって、何度も思った。でも、花野への思いも てられない。

 ここで、恋人になりたいなんてこたえるのは、不誠実だ。

 でも、セックスフレンドになりたいというのも、また、違う。自分の気持ちがもっと重いという自覚はある。

 口ごもってしまったあたしに、美登里さんは優しく言う。

「こたえてくれなくて、いいわ。あなた、花野ちゃんとのことが、辛いのね?」

「はい」

 正直にこたえたとたん、涙が出てきた。

(あたしの気持ち、やっと、わかってくれる人が……)

 だって、花野もエイジも全然わかってくれてないし、わかろうともしてくれなかったじゃないか!

 性的な面で、美登里さんは花野よりも、あたしに近い。あたしも、オナニストよりレズビアンの気持ちのほうが、よく理解できるし。

「ねえ、紗絵ちゃん。私もあなたに惹かれてる。だから、あなたの苦しみが軽減するのなら、私は喜んであなたとそういう関係になるわ。でも、紗絵ちゃん、あなた、あとで後悔しない?」

「しません」

 あたしは、きっぱりとこたえ、もう一度、言い直した。

「あたし、絶対に後悔しません」



 あたし、絶対に後悔しません。

 とは言ったものの、あたしの心は揺れていた。

(これは、花野に対する裏切りだ)

 そう思うたびに、あたしは自分に言い訳した。

(でも、花野との関係を維持して、彼女を満足させつづけるには、そういうことになってもいいんじゃない? だって、そもそも、美登里さんとあたしを引きあわせたのは、花野なんだし。美登里さんとあたしを深い仲にさせたのも、花野なんだし。それで、美登里さんとあたしが陰でいいことしてても、花野はそれを責められる立場じゃないよね?)

 言い訳が花野を批判するところまで発展してしまうのは、あたし自身、罪悪感があるからだ。

 で、結局、あたしはプラス思考で自分の心をなだめることになる。

(美登里さんと二人きりでそういうことをする仲になっても、少ししてから、それを花野に見せてオナニーのオカズにしてもらえば、いいんじゃない? 花野もきっと、喜んでくれるでしょうし)

 それって、罪滅ぼしができるどころか、あたしと美登里さんを引きあわせてくれた花野にも利益還元できるってことだ! あたしが悪く感じることなんて、ないんだ……!

 いろいろと頭の中で理屈をこねくりまわして、土曜日の夕方、あたしは美登里さん宅の最寄り駅の改札前で、彼女と待ち合わせした。

「ご飯、おごらせて」

 美登里さんは言い、あたしをイタリアンレストランに連れて行ってくれた。

「うちに日本酒を用意してるから、あまり呑みすぎないでね」

 言いながら、グラスワインもつけてくれた。

 食後のコーヒーを終え、それから、美登里さん宅へ。

 そこは、れい な1DKのマンションだった。

 室内は、よけいなものがなく、きれいに片づいている。

「シャワー、浴びる?」

「はい。うちを出る前に浴びてきたんですけど、ちょっと汗かいちゃったから、バスルーム、お借りしますね」

「汗ぐらい、いいじゃない」

「でも、なんか、気になって……」

ういうい しいところも、あるのね」

 だって、あたしと美登里さんは、今日が「初めて」のようなものだし。花野のうちでいろいろされたのは、単なるプレイだったし……。

「これ、使って」

 美登里さんはあたしにバスタオルを渡すと、脱衣所兼洗面所のドアを閉めた。

 シャワーを終えて、バスルームを出ると、脱衣かごの中から服が消えていた。

 ドアの向こうで、美登里さんが陽気に言う。

「そのバスタオルを体に巻いて、出てきて、私にその姿を見せて。でないと、服を返してあげないわよ」

「もうっ……」

 思わず、苦笑してしまう。

 指示通り、バスタオルを体に巻いて出て行くと、美登里さんはうれしそうな声をあげる。

「とってもセクシーね! そそられるわ!」

 そして、あたしをベッドまで導くと、いきなり押し倒した。

「わっ」

「いただきまーす!」

 美登里さんの手は、あたしのバスタオルを左右に開いてしまう。

「あっ」

 思わず、バスタオルに手を伸ばしたところで、両手首をつかまれ、シーツの上に押しつけられた。

「ああ……いいながめ。紗絵ちゃん、本当に、きれいな体してるわ」

「あ、あのっ。美登里さん、明かり、もう少し暗くしませんか?」

「だめよ。紗絵ちゃんが感じてる顔、ちゃんと見られなくなっちゃうから」

「じゃあ、美登里さんも脱いでくださいっ」

「でも、私、タチだから。紗絵ちゃんにご奉仕するのに、私が脱ぐ必要なんてないんじゃない?」

「それでも、あたしが、美登里さんの裸を見たいんですっ」

「じゃあ、あとで見せてあげる」

 両胸を、美登里さんの手に包まれた。とたんに、優しい快感が生じる。

「ああ……」

 性の花が、たちまち熱を帯びる。

「自分は全裸で、服を着た女に体をいじられるなんて、性的な悪さをされてる感じがして、興奮しない?」

「……はい。ちょっと、変な気分にはなります」

「じゃあ、紗絵ちゃん、マゾの素質は充分ね。今度、紗絵ちゃんを縛って、じっくりとかわいがりたいわ。すべてを晒した、恥ずかしいポーズで固定して、たっぷり時間をかけて……」

「だ、だめですっ。ウッ……ああっ!」

 いきなり、性の部分に触れられ、体がビクンと跳ねてしまう。

「もう、濡れてるわよ。私に変なこと言われて、感じちゃったのよね?」

「ち、違いますっ」

 あたしの顔をじっと見つめ、軽く笑って「噓だわ」と言ってから、濡れた花弁の間に指をするりと侵入させてくる。

 粘膜を優しくこすられて、あたしはさらに甘い声をあげてしまう。

「いい声だわ。乳首もこんなに固くして」

 あたしの左の乳首をキュッと吸い、ひときわ高い声をあげさせてから、美登里さんは続ける。

「もう、こんなに濡らして……。かわいいわね。やっぱり、次は、拘束具で体の自由を奪って、ゆっくりとあなたを味わいたいわ。このきめの細かい肌には、黒革のかせ なんて、似合いそう。ボールギャグを嚙ませて、拒絶の言葉なんか口にできないようにしてあげて。快感を与えて、とことん乱して。あなたが泣いても、許してあげない。そうだわ。なんなら、私がアナル開発してあげてもいいのよ」

 美登里さんに耳許で妖しくささやかれ、あたしは、そんなふうにされている自分を想像し、さらに興奮してしまう。

(やだ……。あたし、やっぱり、マゾなの?)

 これ以上、美登里さんに変な声を聞かれないように、あたしは握った右手の甲を自分の口に押しつけた。

「んっ……。んんーっ!」

 やっぱり、声は洩れてしまう。

 ふふっと笑い、美登里さんは言う。

「そんなふうに、くぐもった声も、セクシーよ。とても」

 そして、今度はあたしの左乳首に口づけた。優しく舐められたかと思ったら、そっと吸われ、次には舌先が乳首を小突きまわし、今度は強めにキューッと吸われる。

 乳首に与えられる刺激の繊細な変化に、あたしの体は呼応し、性の泉から蜜を流す。

 右胸は、美登里さんの手に包まれ、揉みしだかれる。優しく、そして、激しく。時には、指と指の間に乳首をはさまれ、こすられたり。

「うんっ! ンンンーッ!」

 手の甲でふさいだ口からは、あいかわらず、いやらしい声が洩れてしまう。

 下半身のヘアをかき分けたり、つまんだり、花弁の外側や内側をたどったりしていた彼女の指が、突然、洞窟の入り口に狙いを定めた。

「ううーっ!」

 ゆっくりと、内部が満たされる。おそらく、中指に。

 花弁が、指と指の間にはさまれ、こすられる。優しい刺激がたまらない。

(ああ、気持ちいいっ……)

「うくぅっ!」

 今度は、クリトリスに触れられた。たぶん、それは親指。

 その快楽の種子は、すでに芽吹いて感度を増していた。触れられるたびに、電流のような快感がピリリと流れ、全身の細胞に伝わる。

「あっ! ああっ!」

 あまりの気持ちよさに、唇から手の甲が離れてしまった。なにかにすがりたくて、あたしは両手でシーツをギュッとつかんだ。

「アッ……ンンッ……」

 クリトリスを刺激する彼女の指に合わせて、声が出てしまう。

 ここに至り、あたしは、自分が全裸に かれていて、着衣のままの美登里さんに好きなようにされているという状況に、大いに興奮していたのだ。

「んぁっ! やっ……。そこ、感じすぎちゃうっ!」

「ふうん。ここをこうされるのが、好きなのね」

 美登里さんは言い、あたしのクリトリスを指の腹で転がすように刺激する。

「ンッ! アッ!」

 腰の深部で、エクスタシーの卵が生まれる。それは、凝縮された快感のかたまり。

 あたしの体が感じるごとに、その卵は大きくなってゆく。卵の外殻は、風船のように伸ばされ、薄くなってゆく。

 そして、内部では、マグマのように熱い快感がゆっくりと流動し──。

「あ……ああっ! ウウッ!」

 限界まで、張りつめている。

 爆発しそう!

(もう、だめっ……!)

 体がビクンと跳ねた。

 と同時に、快感の卵が破裂した。

「アアアァーッ」

 快感が、体中を暴れまわる。それこそ、頭のてっぺんから、爪先まで。

 あたしの体を翻弄し、反応を引き出す。

 全身は固まったままガクガクと震え、あたしは声を抑えることができない。

(気持ち……よすぎるっ……!)

 やがて、強烈な快感はスーッと引いて、天に昇っていった。

 あとに残るのは、心地よい倦怠感。

「はぁ……」

 あたしは深く息をついた。

「とってもセクシーで素敵だったわよ、紗絵ちゃん」

 美登里さんは、優しく髪を撫でてくれる。

 そして、うっとりと宙を見つめているとき──。

 突然、あたしの耳は、不自然な場所からの物音をとらえた。

 クローゼットの中で、ガタンと。比較的重いものが床か壁にぶつかったような……。

 そのクローゼットの扉は、微妙に開いている。その隙間に、あたしは妙な気配を感じ、跳び起きた。

「紗絵ちゃん!」

 美登里さんに腕をつかまれたけど、あたしはその腕を振りほどき、クローゼットの扉を左右に開いた。

「あーっ……!」

 愛らしい声をあげたのは、花野で……。

 そう。

 なぜか、花野が、クローゼットの中にいたのである。右手はパンツの中、左手はシャツの下に突っ込んで。

「な、な、な、なにやってるのっ?」

 すると、花野は誇らしげにこたえた。

「オナニー!」

 なんと、彼女はあたしと美登里さんのセックスを盗み見し、自慰に及んでいたのだ!

 浮気がバレた! いや、これは本当に浮気なのか? すでに、あたしは、美登里さんとは花野のご要望に従ってセックスしてるわけで、ということは「公認の仲」みたいなものじゃないか?

 混乱しながらも、あたしは、ほぼ反射的に言い訳を始めていた。

「あ、あのっ。こ、これは……。今日はたまたま、美登里さんといいことしたい気分で、だから、正確には、いつものあたしじゃなくて……。いや、それより、なんで、花野がこんなところにいるのっ? どういうことっ? ねえ、美登里さん、どういうことなんですっ?」

「紗絵ちゃんと愛しあうなら、花野ちゃんもお呼びして、オナニーしていただかなくちゃと思って」

「けど、美登里さん、今日はあたしと二人きりで──っていうことでしたよねっ?」

「実はね、私、花野ちゃんに見られてると、すごく興奮するの。彼女のいち な視線って、すごくいいじゃない!」

(美登里さん、そういう性癖だったんだ……!)

 この人に常識的な感覚を期待してたあたしが、間違っていたのか。

 あたしは落胆のあまり脱力しそうになりながらも、美登里さんに確認する。

「それで、最初から、美登里さん、花野を呼んで、ここに隠れさせていたわけですか?」

「まあ、ね。だまして、ごめんなさいね」

 あまり悪いと思ってないように聞こえるんですけど……。

 たぶん、美登里さん自身は、あたしがここまで美登里さんに本気で惹かれてるとは思ってないんだ。

 そりゃ、そうだよね。あたしは花野に別れを告げることもできず、美登里さんに身をまかせたのだから。

「んっ……んっ……」

 花野はクローゼットの中から出てくることなく、そのままオナニーを続行。

「花野ちゃん、まだ、いってなかったの?」

 美登里さんに問われ、花野は息をはずませてこたえる。

「いいえっ。一度、いってますっ……。これは第二ラウンドですっ。でも……あと、ちょっとで……」

 あたしは事務的に美登里さんに言う。

「シャワー、お借りしますね」

 部屋を出ようとしたところで、花野の必死な声が追いかけてきた。

「待ってっ! あたし、今、紗絵の裸をオカズにしてるんだからっ。行かないでっ! こっち向いてっ! あたしに見せてぇっ!」

「…………」

 あたしはあらが えなかった。

 愛しい花野の自慰のオカズになるべく、振り返ることしか、できなかった。