冴木は藤倉のベッドに腰掛けていた。黒いコルセットとガーターベルト姿のままだった。足を組みなおすと、その光景を眺めていた。
今、冴木の目前では、半透明のただれた卵のような泡状のようなものがぶよぶよと蠢いていた。すでに寝室の半分以上を埋め尽くすほどにまで成長していた。その中に、人の形をした何かが見える。
冴木は手を伸ばすと、泡状のものを撫ぜた。泡状のものは大きく痙攣すると、次第に表面が歪み始めた。ところどころが膨れ、へこみ、蠢き、這う。
セックス以外無表情な冴木が、笑みをこぼした。尚も撫でながら、愛おしそうに呟いた。
「おめでとう」
泡状のものが大きく波立った。泡の一部がぼこりとへこみ穴が開く。その奥から何か黒いものがせり上がってきた。もうすぐ姿が見える、そこまで来たとき、黒いものが勢いよく飛び出した。いや、産まれたのか。
どぶり、と床に生み出されたそれは、人間ほどの大きさをした生き物だった。黒い樹木のような姿をしている。太い四本の脚があり、枝のような触手が何本も生えていた。頭らしき部分には巨大な口がついている。乱杭歯がみっしりと生えていた。
「ウオオオオオオオン」
黒い生き物は、汚物のような粘液の中、吼えた。その声はどことなく藤倉の声に似ている。冴木は微笑みながら、黒い生き物の姿を見ていた。
「ウオオオオオオン」
再び吼えると、黒い生き物はぶるぶると身体を震わせ始めた。粘液の中、足をつっぱり身体を起こそうとするが、すぐに倒れてしまう。伸ばされた触手が細く縮み、ぽろぽろと崩れていく。何か様子がおかしい。
「ウオ……オン」
黒い生き物は微かに吼えた。大きく咳き込むと、ごぼりと何かを吐き出す。びしゃびしゃと床を汚したそれは、赤黒く変色した人間の内臓だった。また何かを吐き出した。今度は黒くとろけた細長い器官。
不完全だったのか、外の世界に適応できなかったのか。それとも初めからそうなる予定だったのか。
冴木は黒い生き物の頭を撫ぜた。
「さようなら」
「ウオオオオオオオオオオ」
黒い生き物は、最後の咆哮を上げた。触手を伸ばしどこかに飛ぼうと足を一歩踏み出した。瞬間、その足が溶けて崩れた。それが合図のように、足、身体、触手と、すべてがみるみるうちに溶け崩れていく。
後には泡立つ黒い液体と、いくつかの白い骨、そして藤倉が拾ってなくしたあのコインが落ちていた。
気づけば、部屋を埋め尽くしていたあの泡状のものの姿がない。いくばくかの粘液の跡を残し忽然と消えていた。
冴木は身支度を整えると、セカンドバッグから蒼いビロードの小袋とハンカチを取り出した。液体の中に漂うコインを拾うと、ハンカチで丁寧に拭き取り、小袋に入れた。冴木は大事そうに自分のセカンドバッグにしまうと、藤倉の部屋を後にした。