いつにもまして暑い日だった。藤倉は数日前に寝室でなくしたコインを探していた。たしかにこの部屋のテーブルに置いたはずだ。だがそれがない。何となく気になって探し始めた藤倉は、部屋の片隅で気味の悪いものを見つけた。
それは、ベッドの下、部屋の角の人目につかないところにあった。まるでただれた卵のような、雲のような、泡状のそれは、半透明で微かに透けていた。大きさは藤倉の手のひらぐらいだ。生きているのか、時折揺れている。
「うえ、なんだこりゃ、キモイ」
見つけた瞬間、藤倉は総毛だった。薄気味悪いことこの上ない。早く片してしまわなければ、床に染みが付きかねない。藤倉はコンビニでゴム手袋を購入すると、ごみ袋と雑誌を用意して除去に取り掛かった。両手にゴム手袋をはめ、ごみ袋の口を開けて泡状のものの傍らに置く。千切った雑誌を両手に持つと、身体をベッドの下に潜り込ませ、泡状のものを挟み込もうと手を伸ばした。もうすぐ触れる、その時だった。泡状のものが微かに揺れ、手袋越しに触れた。瞬間、藤倉の全身に電気が走った。
「ぐっ!?
藤倉は一言呻くと、全身を痙攣させた。一瞬にして肉棒が硬直し、射精する。自分の意志とはまったく関係なく、無理やり与えられた快楽により、搾り取られたようだった。だが気持ち悪くはなかった。むしろ今まで感じたことのない快感で脳が痺れるようだった。真っ白に溶けていく意識の中、泡状の中に何か暗く深い深淵を見たような気がした。
藤倉は意識を失った。

「……ここは?」
藤倉は目を覚ました。
いや、覚ましてはいなかった。自室にいたはずなのに世界は全く違った様相を呈していたからだ。薄暗い世界は上下の感覚がなかった。夜の星々の中に漂うように、周りは薄暗くところどころに星のようなものが瞬いていた。身体を動かそうともがくが、空気がひどく重く、生ぬるい。まるで粘度の高い液体の中にいるようだった。
そこに、ゆらりと白いものが現れた。
裸の女だった。
顔はわからない。まっ白な肌は半透明で、滑り輝いている。肌と同じ白く長い髪は、顔を隠していて表情が読めない。
女は藤倉の元にやってくると、寝そべる藤倉に身体を重ねた。ねっとりとした生ぬるい感触が伝わってくる。例えるなら、まるで女の熱く滑った膣の中に指を入れたような、そんな感覚だった。
「なにを……」
身体が重く動けない藤倉はなすがままだった。女は藤倉の上にぴったりと身体を重ねると、ゆっくりと動き始めた。触れている部分すべてが滑る。ローションでマット遊びをしているような気分になる。肉棒が刺激を受け、そそり立った。
「ううっ」
藤倉は思わず声を漏らす。女は上体を起こすと、いきり立つ肉棒に向かって自らの腰を沈めた。
「アハアアアアアアア」
人間とも獣ともつかぬ声が上がった。女は腰を振り始めた。名器の女でも玄人の女でも、ここまで気持ちのいい女はいないかもしれない。スライムの中に肉棒を差し入れたようだった。巨大な膣の中に身体全体がとらわれ、吸われるようだ。肉棒が、与えられる刺激によってびりびりと痺れる。藤倉は数分ともたずに果てた。女の中で自分の肉棒が息づき、射精しているのが見えた。
女はぶるぶると震えた。喜んでいるのか、白く半透明の肌が薄くピンク色に色づいたようだった。
ふと、声が聞こえた気がした。それは声というよりは、感覚のような、頭の中に響くものだった。
(いままでのものは気に入ったか?)
そう聞こえた気がした。いままでのもの? 藤倉は快楽で痺れる脳で考えた。もしかして、あの運か?
藤倉は女の腰に手を当てた。柔らかく弾力の強いゼリーのような肌触りだ。
「ああ、気に入ったよ」
そうか、とでも言うように女が震える。
(では、さらに与えよう)
ただし、と女が続ける。
(我に害を与えなければ)
女が上体を倒した。顔なき顔が藤倉の目の前に迫る。
(約束するか)
白い髪が揺れた。そこには目鼻の代わりに星が、暗闇に輝く銀河のようなものが見えた。藤倉は総毛だった。叫ぶように返事をする。
「約束する! 約束する!」
女の顔が藤倉の顔と重なった。
「うわあああああ!」
瞬間、藤倉は自分の叫び声で目が覚めた。みるとベッドの上だ。短パンが湿っている。匂いからして精液のようだった。
慌ててベッドから降りると、下を覗いた。ベッドの下の片隅で、ただれた泡状のものがゆるゆると揺れていた。半透明の中で何かが蠢いた。
あの夢は本当だったのだろうか? とりあえず落ち着こうと、藤倉は脱衣所に向かった。着替えようとシャツを脱いだ時、ふと鏡に映った自分が見えた。何か違和感がある。何がどう違うのかまではわからないが、何となく精気に満ちた顔をしている。そういえば身体も軽い。
藤倉は着替えると、またベッド下を覗いた。泡状のものはやはりそこにあった。
微かに揺れるその泡は、藤倉にはなんだか女のように思えた。



「藤倉さぁん、洋服貸してもらえますぅ?」
三根が甘えた声を出して隣で横になっている藤倉に寄り添った。大きい双丘が藤倉の腕に押し付けられる。
藤倉はベッドでタバコをふかしていた。ひととおりセックスした後の一服は格別美味い。
「んー、いいよ。好きなの着なよ。勝手に開けていいから」
藤倉はクローゼットを指差した。三根はベッドから降りるとクローゼットを開け、物色し始めた。
「藤倉さんてば、乱暴にするんだもの、お洋服が破けちゃったじゃないですかぁ」
「悪い悪い。あんまり三根がカワイイからさ、ついこう、獣になっちゃったっていうか」
「弁償してくださいよぉ?」
無難そうなTシャツを選びながら、三根は振り向いた。頬を膨らませ、じっとりと藤倉を見ている。
「ああ、夕飯までまだ時間あるし、外食ついでに買い物に行こう。好きなもの買ってやるよ」
「わぁい! 藤倉さんだぁいすきぃ!」
三根は顔を輝かせると、飛び上がった。子犬のようにはしゃぎながら、あれやこれやとブランド名を羅列し始めた。すべてを買うつもりなのかわからないが、どれも高級ブランドだ。
藤倉は小さくため息をついた。現金な女だ、と思う。大きな胸は好みだが、いかんせん性格がうざったい。ことあるごとにいろいろなものを藤倉にねだるのだ。近頃はとくにうっとうしく感じる。藤倉は新しいタバコに火をつけると、深く吸い込んだ。目を閉じてゆっくりと煙を吐き出す。何事にもあっさりとした冴木が懐かしい。今頃何をしているだろうか。
「きゃあっ!」
突然、三根が声を上げた。
見れば、三根が幾枚かのシャツを握ったまま硬直しがくがくと震えている。視線を追うと、ベッドの端を凝視していた。
「どうした、三根」
「なんか気持ち悪いものがベッドの下にあるのぉっ! ネコくらいおっきぃのぉ! 藤倉さん、早く捨ててぇ!」
三根が後ろ手に何か探すしぐさをする。そういえばベッドの下にはあの泡状のやつがいたはずだ。藤倉は起き上がると、三根をなだめようとした。
「ああ、それなら別にだいじょ……」
「いやぁぁん!」
三根は手につかんだものをそれに向かって投げつけた。ベッドサイドの床に物が投げこまれていく。最初は衣服だったが、次第に固いものに変わっていく。タバコ、ライター、雑誌。そして、ガラス製の大きな灰皿。
「やめろ!」
「……え?」
藤倉は三根を突き飛ばした。不意を突かれた三根は態勢を崩し、よろけてテーブルに倒れ込んだ。鈍い音と共にヒキガエルを踏んだような声が響く。大きな物が倒れる音と共に、灰皿がごとりと床に落ちた。
「み、三根……?」
ベッドの端に倒れ込んだ三根はぴくりともしない。藤倉は恐る恐る近づくと、目を見開いたままの三根が倒れていた。後頭部から血が溢れている。あっというまに血だまりができた。
「ひ、いっ!」
藤倉は後ずさった。故意ではなかったとはいえ、人を殺してしまった。いや、まだ生きているかもしれない。だが……。このめんどくさい女は俺を一生離さないだろう、この一件をたてにとって。
藤倉は頭を抱えた。このまま死体を処理するか。でもどうやって? 考えがぐるぐると回るばかりで一向にまとまらない。その間にも三根の身体は冷たくなって行った。
ふと、ベッド下から何かが伸びた。半透明でぶよぶよとしたそれは、泡状のものだった。見れば三根が言ったとおりネコほどの大きさに成長していた。泡状のものは微かに震えながら身体を細く伸ばすと、三根の身体に触れた。
泡状のものが微かに震えた。震えていた身体は顫動する動きに変わる。三根の身体が微かに動いた。少しずつ泡状のものに飲み込まれえていく。それはひどくゆっくりとした動きだった。一時間かけて三根の身体を飲み込んだ泡状のものは、げっぷをするように大きく震えた。表面が微かに虹色に変わる。放心していた藤倉は、はっとした。そこにはもう三根の姿はなく、血だまりの跡もなかった。泡状のものが微かに震えた。なぜだかわからないが、喜んでいるような気がした。
「うまいのか、おまえ」
藤倉は恐る恐る手を伸ばすと、泡状のものに触れた。かすかに温かく、滑っている。途端、全身に電気が走った。
「うっ!」
藤倉は一言呻くと、全身を痙攣させた。またも一瞬にして肉棒が硬直し、射精した。藤倉は裸でいたため、吐き出された精液は泡状のものに降りかかった。
泡状のものは喜ぶように精液を吸い取った。半透明の体内に溶けていくのが見える。今回は気絶こそしなかったが、腰ががくがくと震え、頭が真っ白になっていた。セックスやオナニーとは比べ物にならないほどの快感がここにある。藤倉は病み付きになりそうだった。
「待ってろよ、お前。もっとうまいもの持ってきてやる」
泡状のものはぶるぶると震えた。まるで喜んでいるかのように。

味をしめた藤倉は、足がつかないように慎重に獲物を選んだ。三根のように同じ大学ではまずい。地元でもまずい。人が多い場所で、見ず知らずの奴を捕まえなければならない。
藤倉は地下鉄に乗り夜の街に出ると、ナンパをしては女を集めた。元々ナンパは嫌いだった。初めてのナンパでひどい女に当たった。金を巻き上げられるどころか裁判沙汰寸前まで行き、親の知るところとなった。そんな手痛い目にあってからは、その辺の見も知らない女とする気にはなれなかった。だが今は好き嫌いを論じている場合ではない。自分とは縁もゆかりもない餌が必要なのだ。成功云々にかかわらず、ナンパをしなければならない。
久しぶりにしたナンパは、気が抜けるほどあっさりと成功した。これもあのバカツキのおかげか、そう思うと納得できた。何回か回数をこなすうちに、今度は相手から声をかけてくることが多くなった。藤倉が裏道を歩けば、男女問わず声をかけてきた。玄人も、素人も、だ。何となく男も連れ帰ったりもしたが、セックスはせず、すぐに餌にした。
藤倉はナンパが成功すると餌を連れて帰宅した。まず酒を飲ませてほどよく酔わせると、セックスをする。たいていの女は絶頂と共に気絶をするので、生きたまま泡状のものに与えた。餌が男の場合は泥酔させたり首を絞めたりして気絶させ、与えた。
泡状のものは、餌を食らうたびに喜び震え、成長した。
そのたびに藤倉の姿も少しずつ変わっていった。どこがどう、というはっきりとした変化ではなかったが、肌の色つやがよくなっているとでもいうのか。身体が軽く、弾むようだった。身体の奥底から自信がみなぎり、何でもできるような気分だった。精気のみなぎりが目に見えないのが不思議なくらいだった。
泡状のものに餌を与えた後は、裸になり傍で寝るのが常だった。藤倉がそっと泡状のものに触れると、そのたびに激しい快感に襲われ、射精した。そのまま眠りに落ちると、以前見た滑った顔のない女が現れ、藤倉と交わった。現実でも夢の中でも、藤倉は満たされていた。
藤倉の目の前で、餌として食われ死んでいく男や女たち。時折甘い声を上げるものや、まるで絶頂を迎えるような恍惚の表情で死んでいくものがいた。彼らは何を見て、何を感じているのだろうか。
藤倉はある思いにとらわれはじめていた。自分の隣で微かに揺らぐ泡状のものに寄り添いながら思う。自分もこれに食われたら、触れたときの絶頂よりも、夢の中で女と交わう絶頂よりも、気持ちいいのだろうか? ある日、泡状のものに食われいく男に自分を重ねてみた。男は射精しながら食われていた。飲み込まれ消化されながらも、快楽の表情を満面に浮かべ、気持ちいいぞとでも言うように藤倉に見せつける。
自分もいつかその絶頂を体験してみたい……。どれほどの絶頂なのか……。藤倉は下半身に血が集まるのを感じた。