自分の恋人と自分の親友が自分の部屋でみだらな行為にふけっている現場を目撃してしまうという、ドラマや漫画でさんざん見飽きたお約束の展開に遭遇したわたしであるが、その後どうしたかというと、まずは当然ながら問答無用で二人を部屋からたたきだした。脱ぎ捨てられていた服もまりのトランクに突っ込んでドアの外へと放りだし、マンションの管理人に電話して、わいせつなかつこうをした不審な男女が建物内にいますと通報した。

 素っ裸同然の女とズボンをケツまで降ろした男という不審な男女はわたしの部屋のドアを叩いたり哀れっぽく呼びかけたりしていたが、駆けつけた管理人のおじさんに警察に通報するぞと言われると服と荷物をいだいて逃げていった。

 ドアののぞき穴からそれを確認するとわたしはインターフォンの受話器をあげ携帯電話の電源を切り、買ってきたビールとチューハイを一人であけた。

 飲みながら泣けてきて、ひさしぶりに高校生の頃みたいな大泣きをした。頭が痛くなるくらい泣いて疲れてそのまま眠り込み、翌日、入社以来はじめて無断で会社を休んだ。何しろ目は真っ赤に充血し目のまわりはぷっくりとれて、どんな分厚いメイクでもごまかしようがないほどひどい顔だったのである。

 濡れタオルを顔にあてて冷やしつつ、ビールやチューハイの空き缶やら食い散らかしたつまみの袋やらで惨状と化した部屋に一日閉じこもった。涙と一緒に心の中身まですべて体外に排出され、特に何も感じず何も考えず寝て過ごした。

 その翌日はさすがにもう無断欠勤はできなかったので出勤し、昨日は田舎の母が倒れてきゆうきよ帰省していまして、などと適当なことを言って上司と大野さんをごまかした。大野さんはおそらく女の勘というやつで何かしらわたしに負け犬的なにおいをぎ取ったのだろう、普段だったら社会人の自覚がうんぬんと嫌味の一つや二つ言いそうなところだが特に苦言も言わず、なんと三時のおやつタイムにはわたしにチョコレートをくれた。打ちひしがれた女に対しては大野さんは寛大な人だった。わたしは少し大野さんが好きになった。


 無視し続けていた都丸からの着信にようやく応じてやったのは二週間後の夜だ。

『ごめん。ごめんなさい。申し訳ない。酔っぱらった勢いで、出来心で、つい魔が差して、とにかくほんとに悪かった。許して、ぐさ。愛してる。ほんとお前だけだから。もうしない。誓う。永遠の愛を誓います。愛してるよ、千種』

 十年近くになるつきあいで何十回となくした浮気のことで都丸がここまで平謝りしてくるのは珍しいことだった。いつもだったらでかい態度で開きなおって、わたしの憤りが峠を越えて自然収束するまで放置しているくせに。

 愛してるよを連発されるとわたしも悪い気はしない。本当になんだってこんな馬鹿で駄目な男を好きになってしまったのだろう。しかし一番の馬鹿は都丸ではなく、そんな馬鹿を結局許してしまう自分だということがいい加減身に染みていたので、そのときはもうわたしの中にある感情は都丸に対する憤りよりも自分に対するあきれとあきらめだった。

「避妊はしたんだろうな?」

『しました。そこんとこは酔っててもぬかりなく』

「誇るなそんなことを」

 わたしが都丸に追及したのはそれだけだった。

 こういうどうしようもない馬鹿カップルが世の中にひと組くらい存在していても、まあいいのではないか。

 もしかしたら、どんなに都丸があっちへこっちへと他の女のあいだをふらふらしようとも最後にはやっぱりわたしが都丸の一番であるという、そのことがわたしの小さな虚栄心を満足させていて、それゆえにわたしは結局毎回こいつを許してしまうのかもしれない。ようするにわたしもある意味けっこうな性悪女なのである。

 あと何十回か何百回同じようなことを繰り返し、そのたびにわたしは京本さんのプロポーズを断ったことを心底後悔し自分に心底呆れ返って顔が腫れるくらい泣くのだろうけど、少なくとももうしばらくはこんな状態が続きそうである。

『ところで古池だけどさ』

 その名前をだされて胸がうずいた。トランクと一緒に叩きだして以来わたしは鞠子の行方を知らない。知ろうともしていなかった。

『実家に帰ってるらしいぞ。うっしーが見かけたって』

「うっしーが?」

 高校時代に隣のクラスだったうっしーこと牛山くんと都丸とは犬猿の仲だったのだが、わたしが知らないうちに妙に仲良くなっており、今では卒業後もときどき連絡を取っている唯一の同窓生らしい。一方のわたしはうっしーとはすっかり疎遠になっていた。うっしーは関東の大学を卒業後Uターンして地元で就職したと聞いている。

「そう……」

『お前、会いに行けば? 俺が言うのもなんだけど』

「まったくだよ。あんたが言うのもなんだよ。余計なお世話」

 そんなやりとりをして電話を切った。

 マンションまで会いに来ると都丸は言ったが断った。都丸の顔を見たかったが(一発くらい、いや十発くらい引っぱたいてやってもいいだろうし)、役が決まった公演のけいで普段以上に忙しい日々を送っているだろうし。金に困った頃にひょっこり来るだろう。


 わたしから鞠子に会いに行く気はなかった。

 鞠子が転がり込んでくる前の平凡なOL生活に戻り、リストラまでの猶予を指折り数えつつ八時間の労働をこなし、駅ビルをぶらついてマンションに帰り、たいていの日は駅のデリカかコンビニの弁当で夕食にし、携帯ゲーム機をぴこぴこいじったり就職情報誌を眺めたりして夜を過ごした。

 そんな日々がひと月近く続いたある夜、帰宅するとマンションの集合郵便受けに分厚い封筒が一通突っ込まれていた。

 差出人は書いていなかったが、消印から読み取れる差出郵便局はわたしの故郷のものだった。封筒をあけると諭吉さんが印刷された札束がひと束とバラのお札が二、三十枚ばかり地元の地方新聞に無雑作にくるまれていたのでぎょっとした。普通郵便でこんなものを送りつけてくるとは、なんて無防備な。

 新聞の包みをひっくり返して見ると、包みの表にマジックで『残ったぶん、あげる』と書いてあった。

 冗談ではない。こんな出所不明の大金を押しつけられたってむしろ迷惑である。

 翌日、わたしは有給休暇を使い(今度は無断欠勤ではない。母の具合がまた悪くなったのでと会社に事前に連絡した。お母さんごめん)、厳重に封をしなおした札束と一泊ぶんの荷物をボストンバッグに詰めて特急列車に乗った。わたしの地元へ向かう特急列車はよくミステリイ小説で時刻表のトリックを使った殺人事件の舞台になったりするので、めったに手にしない大金が入ったかばんを若干気が気でない思いで抱えて、故郷まで二時間。

 駅から目的の住所まではタクシーに乗った。

「その先ですよ」

 地元に明るい運転手さんが目的地の目の前にぴたりとつけてくれ、タクシーを降りた道の反対側が、鞠子の実家だった。意外にも都丸の実家に比較的近い。

 そこはこぢんまりとした喫茶店だった。

 たいして新しくもなく、

『カラオケあります

『ランチセット

  ナポリタン+サラダ+コーヒー 六〇〇円

  エビピラフ+サラダ+コーヒー 六五〇円』

 なんていう手書きの貼り紙がガラス扉に貼ってある。ガラス扉の中は薄暗くて店内は見えず、扉の脇にある小さなショウウィンドウに飾られているスパゲッティやらピラフやらの塩化ビニール製の食品サンプルはほこりで黒ずんでいてぜんぜん美味おいしそうに見えないという、一見さんが立ち寄るにはかなり気後れする印象の喫茶店だ。小さな商店街や住宅地に一つや二つはある、近所の顔見知りを常連客に持つような店だろう。

 からんという音を立ててガラス扉があいた。

「ごちそうさん」

 と言いながら、常連客らしい中年の男性が店からでてきた。

「ありがとうございましたあ」

 それを見送って店内から姿を見せたのが、鞠子だった。

 彼女の姿にわたしは若干の衝撃を受けた。一瞬鞠子の母親、鈴子さんかと思ったくらいだが、確かに鞠子本人だった。

 髪を後ろで一つに結び、コーヒーブランドのサービス品みたいなダサめなナイロンエプロンをかけ、中途半端な長さのソックスにかかとの低い合皮のサンダル履き。

 わたしの印象にある、地元の若者とはあきらかに違うあか抜けた魅力を備えた鞠子と同一人物だとはにわかに信じられない。ごくごく普通のこのへんの女の子と変わりない姿だった。

「鞠ちゃん、いつまでこっちぃいるだ?」

 帰り際に常連のおじさんに問いかけられ、鞠子はわたしに見せるような小悪魔的な雰囲気などない、ごく自然な笑顔でそれに応じる。

「うーん、わかんない。もうしばらくはいるよ」

「鞠ちゃんがいりゃあ、鈴ちゃんも助かるらに。俺も張りぇだでなあ」

「ありがと、おじさん」

 道の反対側に立っているわたしの姿に鞠子が気がついたのは、おじさんを見送って店内に戻ろうとしたときだった。わたしと目があうなり鞠子はおじさんに向けていた自然な笑顔をあからさまに強張らせ、

「千種……?」

「鞠子の実家って、喫茶店だったのね」

「あっ、これはえっと、違うの、実はわたしここに売られてきて」

 なんなんだその意味不明の言い訳は。実家の店を手伝っている姿をそんなにわたしに見られたくなかったのか。鞠子は両手でぐちゃぐちゃとエプロンのすそを握りしめたりしながら挙動不審気味に視線をさまよわせたあと、巣穴に逃げ込むプレーリードッグのごとく店の奥に引っ込んでガラス扉を閉めてしまった。

「ちょっ……鞠子?」

 いきなり道に取り残されるかつこうになったわたしは途方に暮れて立ち尽くした。しかしこのまま帰ったのではなんのためにわざわざ帰省してきたのかわからない。小走りで道を渡って店に近づいた。

 閉ざされたガラス扉をあけてひょこっと頭を突っ込むと、

「いらっしゃいませ……あら」

 外からの見た目どおり店内は薄暗く雑然としており、しかしそんな店の中でも鞠子似の華やかな美人であることはわかる鞠子の母親、鈴子さんが、カウンターの奥からわたしの姿を認めて目を丸くした。鞠子の姿は店内になかった。

 お母さんと一対一で対面することになってしまいわたしは緊張しつつ、

「こんにちは。わたし、鞠子……さんの、高校のときの」

「まあ、ごめんなさいね。鞠子ったら今なんだか慌てて裏からでていっちゃって」

 さっきの鞠子と同じくらいおろおろして応じる鈴子さん。よく似た母娘だ。鞠子がしていたコーヒーブランドのエプロンがしわくちゃのままカウンターチェアに引っかけられていた。何故逃げる、鞠子……。

 放置されたエプロンを苦々しくにらみつつ途方に暮れるわたしに、「あの」と鈴子さんがおずおずと言った。微苦笑を浮かべた表情は歳を取った鞠子をほう彿ふつとさせた。

「もしかしたらあなた、千種いづみさん?」


 わたしは鈴子さんからくれぐれもよろしくお願いしますと鞠子のことで頭をさげられてしまったのだった。

 高校時代、鞠子はよく鈴子さんにわたしのことを話していたのだそうだ。こっちの学校に転校してきてからなかなか友だちができなかった引っ込み思案の鞠子が、仲のいい子ができたと楽しそうに学校のことを話すようになった。それがわたしだったという。

 あけっぴろげで物じしなくて自由奔放でのぞき趣味の、あの鞠子が引っ込み思案? 正直言ってわたしには冗談にしか聞こえない。どうやら家庭での鞠子とわたしが知っている外での鞠子とのあいだには大きなギャップがあるようだった。家での鞠子がおとなしい子猫の皮をかぶっていたのか、それともおくびような子猫がわたしの前では大きく強く魅力的にあろうとライオンの皮をかぶって虚勢を張っていたのか。

 五月の連休に立ち寄った母校にわたしは再び足を向けた。

 夏休みに入っていたが、部活帰りの在校生の姿がちらほら見られた。わたしたちの在校中にはまだ二年と三年が着ていたセーラー服はもう跡形もなく姿を消し、みの薄いブレザーの制服姿の後輩たちが時折りこっちに奇異な視線を向けつつすれ違う。わたしは彼らと逆行して校舎へと向かう坂をのぼっていった。

 在校時にはまだ旧校舎だった西校舎も新しい近代的な校舎に建て替えられたあとで、当時はぴかぴかしていた新校舎のほうが今では古びて見えるくらいだった。

 新しい西校舎の脇を抜けて校舎裏の雑木林のほうへとまわってみると、予想はしていたことだが、そこに建っていた平屋の木造建築、清水会館はすでに解体されており、建物の名残りを示す石段だけがいくつか地面にうずもれるようにして置き去りにされていた。もうこの建物の陰でい引きする高校生はいないのだということに一抹の寂しさを覚えた。

 石段のざんがいの一つに、在校生の制服姿ではない人影が座っていた。

 湿り気を含んだ土の地面を歩きにくいきやしやなパンプスで踏んでわたしはそちらに近づき、少し距離をあけて彼女の横に座った。わたしに気がついても鞠子はもう逃げなかった。

 夏の盛りだったが雑木林に射すれ陽はやわらかで、昔の印象に残っている、地面を焼けただれさせるような強烈さは感じない。

 チーチョチョチョ、ツィツィツィ。

 チーチョチョチョ、ツィツィツィ。

 頭の上でキセキレイが澄んだ声でさえずっている。「せーよー、ふぁーい、おー、せーよー、ふぁーい、おー」遠くグラウンドのほうから届く野球部のランニングのかけ声をそれから少しのあいだぼんやりと聞いていた。

 土で汚れたパンプスのつま先に視線を落としてやがてわたしのほうから口を開いた。

「お金、お母さんに渡しといたから」

「千種にあげたのに」

「いらない」

「怪しいお金じゃないよ。タモリは殺してないよ」

「わかってるよ」

 すげなくわたしが答えると鞠子は不満げに口を閉ざし、またしばらく沈黙が降りた。

 強盗殺人犯で逃亡中だなんていう鞠子の方便をもちろんわたしは最初から真に受けていなかった。高校時代のように鞠子の言葉が魔力を帯びてわたしをとりこにすることはなかった。鞠子の噓が下手になったせいか、わたしが噓に引っかからない大人になったせいか。たぶんその両方だろう。

「わたしねえ、クラブで働いてたの。キャバクラ嬢っていうやつ?」

 微妙な沈黙の時間が過ぎてから、今度は鞠子のほうから口を開いた。

「キャバクラ?」

 また適当な噓を言っているのではないか。一瞬そう勘ぐってわたしは鞠子のほうを見る。しかし鞠子の横顔を見て、そんな疑念は消えた。

 軽く空を仰いで小さなめ息を吐く鞠子の横顔には少し疲れた、ていねんのようなものが見て取れた。

 年相応の大人びた表情が鞠子の中での七年間を表していた。鞠子の七年間も決して空白ではなく、少女から大人になる過程でのそれなりの苦労やあきらめがあったのだろうと、今ならわかる。

「けっこう高級のね、社長さんとかお医者さんとか都議の人とか、そういう偉い人が来るようなクラブにいたこともあるのよ。わたし馬鹿だから会社や政治の話はさっぱりだったけど、お客さんにはかわいがられたし、売れっ子だったのよ」

「じゃあ、赤川社長のこと知ってるって……」

「うん。噓じゃないよ。社長もわたしのお客さんだったんだもん。メアドだって本当に知ってるよ。真理子さんの話もよく聞いてた」

 鞠子が赤川真理子をかたったのが行きあたりばったりの思いつきではなく、それなりの根拠にもとづいてのことだったとは。奇跡的な一致だろうとばかり思っていたのだが。こんなことで感心するのもなんだがわたしは少々鞠子を侮っていたようだ。

「お金、いっぱい稼いだの。いっぱいいっぱい。気がついたら三千万円も貯金があって、そのときにね、なんだか急に、今の仕事、嫌になって。わたし、東京にでてきてこんなことがやりたかったのかなあって。マンション引き払って荷物も処分して、貯金全部おろして、全部ぱーって使ってやろうと思って、でも一人じゃあ使い道ってあんまりなかったのね。五月に、なんとなくこっちに帰ってきて、学校に寄ってみてね。千種のことを思いだしてた」

 五月の連休、わたしが見かけた人影はやはり鞠子だったのだ。

「……それで、わたしのところに来たの?」

「うん」

 うなずいて、鞠子ははじめてわたしのほうに顔を向けた。

「千種にすごく、会いたくなったんだあ」

 笑って彼女はそう言った。午後の木洩れ陽が鞠子の頰をやわらかな黄金きん色に染めあげて、それはとてもれいな微笑みだった。ブラックホールみたいな黒々とした引力を持った、高校時代の底の見えない笑い方とは違う、ちようが混じったやわらかな笑み。けれどあの頃とは別種の深みを新たに備えた、魅力的な笑みだった。

 変わっていないと思っていたけど、やはり鞠子もそれなりに大人になったのだ。七年たったのだ。そのあいだに鞠子もわたしと同じように、少なからず疲れたつまらない大人になってしまっていたのだ。

 そのことがわたしを少し落胆させ、しかし同時にそんな鞠子を以前よりも身近に感じ、いとおしくも思った。

 鞠子はもうわたしを退屈な日常から連れだしてくれる魔法使いではなくなってしまった。精いっぱいの噓で武装したところで、わたしも鞠子も、今はもうイチゴミルクみたいな甘い夢だけに浸っていることはできない大人になってしまった。

 それから夕暮れどきまで、わたしたちは清水会館跡で互いの七年間について話した。二ヶ月近く同居しておいて今さらという感じではあるが、互いのそれまでについてわたしたちは話題にしたことがなかったのだ。職場の嫌味な先輩のことや、東京の物価の高さを愚痴ったりもした。七年前、まだこの場所に建物があった頃、昼休みにこの石段に座ってイチゴミルクをちびちびすすりながら二人で過ごしたときと同じように。

 けれどあの頃あった建物がなくなってもう二度と戻ってくることはないように、わたしたちはすでにここを巣立ってしまい、二度とあの頃に戻ることはできない。時間の経過という喪失感を抱えながら、いろんなことを諦めながら、ときには買い物やエステでストレス発散したりしながら、朝になったら目覚ましをとめてベッドからいだしてその日をやりくりしないといけない。

「帰ろう。明日も仕事だあ」

 野球部の練習の声もすっかり聞こえなくなった頃、軽く伸びをしてわたしは腰をあげた。勢いをつけて跳ねるように鞠子も立ちあがった。

「わたしもそろそろ仕事、探さないとなあ」

「お母さんのお店、ずっとは手伝わないの?」

「もうしばらくはいる。でも、たぶんまた東京に行くよ」

 彩度の落ちはじめた夏空の下を二人並んで歩きだす。昔はローファーで踏んでいた土の地面を、ここにはもう似あわない大人の靴で突っかかり気味に踏みながら。

 いつか東京で再会したときには鞠子はたぶんもう新しい仕事を見つけ、意外ときっちりしたOLをやっていたりして、逆に会社をリストラされたわたしが鞠子の部屋に転がり込んだりして。そんなこともあるかもしれない。

「ところで千種、怒ってる?」

「都丸のこと? 怒ってるよ」

「ごめん……」

「避妊はしたんだろうな?」

「したよ。そこんとこは酔っててもぬかりなく」

「誇るなそんなことを」

 部活帰りの後輩の女子生徒が二人、はしゃぎあいながらわたしたちを追い越して坂を駆けおりていった。黒のブレザーにタータンチェックの短いスカートのすそをはためかせ、十代のまばゆい素脚を露出して。

 一瞬だけ、それが紺色のセーラー服姿の、七年前のわたしと鞠子の後ろ姿に見えた。華奢で色白で学校一の神秘的なぼうを持つ少女と、けばけばしいアイメイクで一分の隙なく目のまわりを武装した少女。

 二人の少女はくすくす笑いあいながらローファーのつま先で軽やかに跳ねて、黄昏に沈みはじめた坂道の風景に消えていった。