夜道、ついたり消えたりを繰り返す頼りない街灯の下で、かざりと手をつないで歩いていた。

 彼女の体を見ると、服もところどころやぶけて、腕や膝が傷だらけだった。ほおにも土がついている。飾が私の体を見て笑ってくるので、きっと自分も似たような状態になっているのだろう。

 飾が何かをしゃべって、私がそれに返す。音は聞こえない。視界が映画のカメラのアングルみたいに、自分たちを映したところで夢だと悟り、目覚めた。ストレスを感じたときや、強烈な記憶が焼きついたものは夢に見るのがクセだが、いまの夢はそのどれとも違っていた。過去の記憶の、どこにもない光景だった。

 飾と絶交してから、四日目の朝を迎える。



 髪を丁寧にほぐして、鏡の前で体を左右に揺らす。とかした髪がそれについてきて、クオリティーに満足して家を出る。

 通学前に書店に寄って、新発売の『ニュートン』を買ってから、講義には出ずそのままラボに向かう。普段の面倒な講義はもちろんだが、今日は正直、ラボに行くのにも気のりがしなかった。だが修理したばかりのソラのメンテナンスも済ませておきたくて、しかたなくドアを開ける。

「おはよ。はなちゃん」

 ソファに座り、コンビニで買った菓子パンをほおばる飾がいた。

「メロンパンおいしいよ? あ、しょっぱいのがよかったらソーセージパンも買ってきてあるけどどう? そもそもパンが嫌いならおにぎりでも……」

 飾の問いかけを無視して目の前を通り過ぎ、窓ぎわの実験スペースまで向かい、カバンと腰をおろす。

「もう、だめだよー華ちゃん。朝ごはんはちゃんと食べないと」

 この前のことなどなかったかのように。いや、むしろ意識していて、無理やりにでもいつも通りを演じるように、飾が笑って話題をふってくる。

 だから来たくなかったのだ。

 あれから一度もラボを訪れることはなく、メールもなかったから、性格的にそろそろここに戻ってきている気がした。どうせ私のほとぼりが冷めるまで待つとか、そのつもりだったのだろう。

 自分だけ、大人であるみたいに。

 私をあやすみたいに。

 その毛先も、マイペースな笑顔も、話題の種類も、いまはすべてがうっとうしい。

 流しの横にしまっておいたガスバーナーを取り出し、ほこりを払う。壁に設置された金属にホースをつなぐ。

「なにしてるの?」

 ホースのからみを直して、最大の距離まで移動できるようにする。戸棚にしまっておいたマッチを出して、バーナーのコック(栓)を回し、ガスを発生させる。口のあたりにマッチの火をかざし、点火させる。そのまま全開までコックを回し、火の勢いが最大になったところで持ち上げ、飾に近づいていく。

「ちょちょちょちょちょ! 危ないよっ、熱い熱い!」

「出ていけ。次は言わない」

 抵抗しようとする飾に、さらに火を近づける。何か先を続けようとしていたので、さらに距離をつめようとする。パンがはいった袋をちらかしたまま、カバンを抱えた飾があわてて外に逃げていった。

 ラボがいつもの静寂に戻る。そう、これが通常。これで正しい。当たり前の、あるべき姿に部屋が戻っただけ。飾はもともといなかった存在だ。もう、考えなくていい。

 実験スペースのクレードルに置いたソラの頭をなでて、起動させる。

『おはようございます、ハナ』

「体調はどう?」

『心地いい朝に腕を伸ばそうとしたら、どの腕もありませんでした』

「羽根のパーツは届くまでもう少しかかるみたいだから、待ってて」

 羽根がないドローンは少し不格好で、いまはただの高性能人工知能の物体にすぎない。ソラが頭を稼働して部屋を見渡す。

『カザリは今日はいないのですか?』

「あいつのことは忘れて。記憶データから削除して。そうしないと、私が直接また分解していじってやる」

『わかりました。ヨツヤカザリに関するログは削除します。深くは追求しないようにします。では今日は二人ですね?』

「私もちょうど退屈だから、遊んであげてもいいよ」

『さびしがり屋ですね。久々に知識ゲームでもしますか?』

 知識ゲームは、ソラとたまにする思考ゲームのひとつだ。互いに知識を披露して、相手が知らない場合は自分に10点加点で、相手は10点減点。持ち点が100で、先にゼロになったらそのひとの負け。要はクイズバトルだ。

「いいよ。ソラの知能のリハビリにもなるしね。途中でオーバーヒートしても助けないからそのつもりで」

『リハビリ中の私に負けたからって、前みたいにわんわん泣かないでくださいね?』

「一度も泣いてないし! ほらはやく、あんたから」

『ではひとつめ、宇宙飛行士が宇宙ステーションでどうやってトイレを済ませているかというと……』



 過ぎていく時間が久々に心地よかったのか、いつの間にか眠っていたらしい。体を起こし、ソラを見ると、頭部を緑色の光で点滅させて、いつ私に呼び出されてもいいようにスリープモードになっていた。そっと電源を切ってやる。

 窓に映る自分の髪を見て、うおお? と変な声が出る。

 とかしたはずの髪が結ばれて、三つ編みになっていた。先端にはピンクのリボンまでつけられている。寝ている間に私の髪にいたずらしたやつがいる。振り向くと、その正体がソファにくつろいで雑誌を読んでいた。

きょうさん」

「気持ちよく眠ってたから、起こすのも悪いと思って、髪をいじっておいた」

「起こしてくれたほうがマシでした。いまは何時ですか?」

「わたしの今日のスケジュールと、この表情と、あんたを訪ねた理由を推測したら、おのずと答えは出るんじゃない? 得意の観察をしてごらん」

「……ああ、ごめんなさい」

 たぶん今日は、杏子さんの講義があった日だ。それをさぼって居眠りをした私のもとにやってきて、髪をいじって雑誌を見る余裕があったのなら、三限が始まったあたりだろう。携帯を確認すると二時二十分だった。

「壊れたソラも直ったみたいね、よかった。講義に参加できていればもっとよかった」

「すみませんってば……」

「ま、来たのは説教のためだけじゃないんだけどね。報告が二つ」

「なんですか?」

「この前、華が気にかけていたことぶきななさんが、来月復学することになった。学年が同じになるはずだし、障害も残ってるから、よくしてあげなさい」

「……はあ」

「まさか放っておくつもりだった? どういう理由があるにせよ、少しは関わっていたのなら、華にも復学をサポートする義務があるよ」

「あれは巻き込まれただけだし、それにいまは……」

 言いかけて、にらまれたので口を閉じる。睨まれなくてもたぶん先は続けなかった。これ以上話せば、きっと飾の話題になっていたから。

「そういえば飾ちゃんは? 今日は来ないの?」

「…………」

 話さなくても飾の話題になった。

 変なところで目ざとい杏子さんだ。私がこのまま黙っていても、きっと反応で感づいて追及してくるに決まっていた。

「飾はもうここには来ません」

「え? どういうこと?」

「別に。なんでも」

「あ、もしかしてけんでもした?」

「……喧嘩じゃないです。あいつとは縁を切りました」

「あはは! 華が喧嘩だ! 友達と喧嘩だ!」

 私の話を聞きやしない。「信じられない、親に電話しなくちゃ!」とはしゃぎまくる。しばらくみそうもなかったので、三つ編みをほどくのに集中する。だから話すのが嫌だったんだ。そしてこの三つ編み、ほどけないぞ。

「まあ、飾ちゃんはいい子だし嫌いじゃなかったけど、もともと華とは少し違うタイプの人間だったもんね。ウマが合わなくなるのも無理ないと思ってたよ。一緒にいれば、それはそれでばっちりな感じもしたけど」

「結局どっちですか」

「華しだいってこと」

「飾がここを辞めたら、サークルはつぶれますか?」

 私も杏子さんに確認するべきことがあったのを、いままさに思い出して、いた。杏子さんはいたずらに笑って、こう答える。

「復学する琴吹さんでも誘ってみたら? そうしたらつぶれずにすむかもね」

 本気なのか冗談なのかわからない。たぶん、両方だ。

 私が琴吹さんにまた会って事情を話す、そんな姿を想像する。あのひとはうなずいてくれるだろうか。けど、方法のうちのひとつとしては、頭にいれておいたほうがいいかもしれない。それに不謹慎ではあるが、声が出せない彼女は、ある意味で飾とは真逆で私には都合がいいかもしれない。

「あ、忘れてた。報告二つ目」

 仕切りなおして杏子さんが言う。

「研究会のひとが、ロケットとヨウ化銀のほかにも以前から貸してるものがあるから、そろそろ返してほしいってさ。無・傷・で」

「無傷を嫌に強調しますね。そんなに借りてましたっけ? リストを持ってきてくれたら探しますよ」

「あいつならそう言うだろうって、向こうがリストを送ってきた」

 ちっ、と思わず舌打ちする。高校時代、杏子さんとともに実験を手伝った研究会。実験器具や材料、装置など、いくつか拝借しっぱなしなものがある。正直、心当たりがありすぎて覚えていない。そしてひとつも返したくない。

「まず映像投影に使うガラス製の……」

 そのとき、どちらかの携帯が鳴った。私のほうだった。都合がいいので思わずメールを開いて確認するフリをする。どうせ定期購読している雑誌のメールマガジンか何かだろうと思っていたら、相手は飾だった。見るつもりはなかったのに、思わず流れで確認してしまった。

『幽霊に襲われた。助けて。七号館の前にいます』

 七号館。

 以前、明智さんのときに寄った講義棟の付近。

 ひともめったに来ない場所だ。私自身も、あれ以来は一度も寄っていない。そこで幽霊に襲われた。メールを送り、助けを求めてきた。

うそに決まってる」

「どうしたの?」杏子さんが言った。

 なんでもない、と返そうとしたところで、飾ちゃんだと指摘される。どうしてわかるのだ。そんなにわかりやすい顔をしていたのか。

「行ってあげたら?」

「……リストはメールに送っておいてください」

 白衣を着ようかどうか迷い、結局、手に取る。杏子さんの脇をぬけて、ラボを出る。

 走ることはしなかった。あいつのためにあわててやる必要なんかない。どうせ、もし何かあっても、結局ひとりで対処する。私が来ないとわかっても、きっとあの食堂で会った友達を呼ぶだろう。そう言い聞かせているのに、なぜか、呼吸が荒くなる。体のペースに合わせた歩き方をしているのに、苦しかった。逃れるように、気付けば走りだす。ああ、結局、走ってしまっている。

 風にあおられ、白衣の裾がまくれる。重さにふられて思わずよろける。中庭をつっきり、講義棟の間の小路を抜ける。

「飾っ!? 襲われたって、なに!」

 七号館前の、雑草が生い茂る広場につくと同時、叫ぶ。

 女子が一人立っていて、髪型ですぐに飾だとわかった。振り向いたその顔が傷だらけで、血が垂れて、白目をむいているのを想像した。夢のなかで見た、傷を負った彼女の姿が浮かぶ。

 振り返った飾はうれしそうに、それから少し申し訳なさそうに笑った。

 その表情で、すべてを察した。

 嘘だった。

 だまされた。

 呼びつけるための、ただの口実だ。目の前の飾は成功に喜んでいる。

 怒鳴りつけたい衝動を抑えて、すぐに背を向けて、去ろうとした。

「待って! こうでもしないと、会ってくれないと思ったから!」

 今度は飾が叫んだ。後ろから近づいてくる気配があり、肩をつかまれると思ったので、警戒して振り返る。

 なんでだ。絶交をつきつけたじゃないか。明確な意思表示をしたじゃないか。それなのに、どうして関わろうとしてくる。

「華ちゃん、ごめんなさい。この前のソラのことで……」

「ソラは関係ない。近づくな。もう関わるな」

「じゃあどうして、そんなに怒ってるの? この前から変だよ」

「変なのはお前だ。私は悪くない。そもそも怒ってないし」

「うそ、怒ってる」

「怒ってないってば」

「怒ってるもん!」

 いやいま怒ってるのはお前だ、と突っ込みかけて、やめる。これではいつもの雑談や、やり取りと何も変わらない。言い争っているうちに、なあなあになって解決するとか、まさに飾のペースだ。そういうものはもうやめる。

「前からうっとうしかったんだ。ずっと我慢してた。それが限界になったから、縁を切ったんだ。もう放っておいてくれ」

「友達になれたのに、嫌だ」

「もともと小学生のときも友達にはなれなかったでしょ。あのときからわかってた」

「いまは違う」

「そういう頑固なところも、我慢してたの。それにあんたには、私以外にも友達はいる。私がいる意味なんてないでしょ」

 飾が黙ったのを合図に、去ろうとする。あと一歩で会話をする距離から離れられるといいうところで、ダッシュの音が聞こえてきた。振り向く前に肩をつかまれて、強引に向かい合わせにさせられる。

「なんだよ! 離してってば!」

「華ちゃんだけなんだよ、あたしが相談できるの! ほかの友達に言ったって、理解もしないし避けようとする。でも華ちゃんは違った。あの説明会の日に会ってから、信じてくれて、とても頼りになって。華ちゃんのそばにいると安心できて、私も落ち着いて幽霊と関われるんだ。だからお願い、嫌なところがあるなら直すから、だから……」

 だから。

 そういうのが、いやなんだってば。

 まっすぐな飾を見ていると、鏡に映るみたいに、自分の醜さが反射してくる。

 彼女のしていることを見ていると、自分が間違った生活や言葉を使っていることに気付かされる。幽霊と同じで、言葉や感情も、目には見えないはずなのに、確かに存在する。そういうものに、私はしばしば苦しめられる。

 独りじゃないなら、ずっとそばにいてくれるのか。

 裏切らずに、機械みたいにいてくれるのか。もう少しで、そんな勝手な言葉が出そうになる。こんなの初めてで、わからない。

「あんたの毛先」

「え?」

「生まれつきの天然パーマも入ってるだろうけど、その毛先の跳ね方は普通じゃない。日常的に、そうなる原因をつくっている。初めて会ったとき、私が悪夢にうなされてることを見抜いたよね。あれは自分にも経験があったから。毛先が跳ねるのは、夜、寝ている間に何度も寝がえりをうつから。眠っている間にうなされ、何度も体を動かし、もがく」

 飾の手が離れ、体が一歩、あとずさっていく。手で髪を見えなくしようとするが、当たり前のように、すべてを隠しきることなんてできない。

 ずっと黙っていた。隠そうとしているみたいだったから、あえて追及はしなかったけど、もうやめだ。それをつきつけてやることにした。

「会うたびに何かを食べている。移動中もよくおなかを鳴らしていた。ただ単に食欲が旺盛っていうわけじゃない。食べすぎていれば太るけど、あんたはむしろ、食べないと痩せてしまう。だから部屋も片付けているはずなのに、いつの間にかポテトチップスの袋で散らかったりする。そして夜中はストレスで吐いたりもする。悪夢の内容は、じょうぶつさせられなかった幽霊があんたをうらんでくる、とか?」

「……やめて」

「亡くなった祖母の名前を呼んで助けを求めるけど、部屋には誰もいない。この先ずっと、ひとりで幽霊と関わるしかない。大学進学をして少しはマシになってきたけど、まだ悪夢が続く日もある。だから成仏させられないと不安になる。取り乱す」

 お願いだから、とつぶやき、飾が耳をふさいでその場でうつむく。これでいい。飾ももう、私と関わりたいなんて思わなくなる。

 飾を置いて歩きだす。

 少しして、後ろから大声がした。振り返らなかった。

「華ちゃんの、バカーっ!」



 ラボでいくつかの実験をして、ストレス発散で薬品をひとしきりつくったあと戸棚にしまう。いくらかどうが落ち着いて、家に帰ることにする。サークルが解体されて部屋を追い出されるまでは、ソラはここに泊まらせておくつもりだった。

 背中にあたるゆうを感じながら、帰路につく。前にのびる影を延々と追い続ける。影のなかの自分が、どんな顔をしているかは知らない。

 大学を辞めて、資材を借りている研究会にそのままアシスタントとして入らせてもらうのはどうだろうか。知識には自信があるし、顔も利くから、もしかしたら本当に夢物語ではないような気がする。同学年の男女とも関わる必要がないし、誰かの存在を意識することもしなくていい。研究グループであれば、お互いに科学者であることは暗黙のうちだから、むしろ尊重しあえる。ノリと性欲だけで生きているような、大学の学生同士とはわけが違う。

「そうなったら、幸せかもなぁ……」

 声がもれて、思わずあたりを見回す。誰もいない。もし聞かれたとしても、きっと見えない幽霊にだけだ。もう見ることも、話しかけてくることもないだろう。

 いつか時間が過ぎたら、幽霊の存在証明について改めて研究してみてもいいかもしれない。まずはここ数か月の私が、ずっと幻覚症状に陥っていた可能性から検討してみたい。

 とりあえず、携帯から飾のアドレスを消した。

 これでもうへきえきしなくてすむ。アドレスの削除はやりすぎたかな、と一瞬だけ後悔がよぎる。

 夕食中に気持ちの切り替えについてさらに考える。髪を切ってみようかとも思った。いかにも新しい自分、という感じだ。余計なものはぜんぶ切り落として。中学生くらいから伸ばし続けているが、少しぐらいなら切ってみてもいいかもしれない。遠心力に揺れて、科学の秩序がいつも通り感じられる程度には残しておく。

 お風呂に入っているときに面倒くさくなって、結局、髪を切るのもやめた。部屋に戻ったところで携帯が鳴った。

 登録されていない番号だった。誰かに見られているような気配を感じて、見まわす。もちろんひとりであることを確認して、そっと電話に出た。

「もしもし?」

「華ちゃん!」

「か……」

 飾だった。

 そうだ、アドレスを消したから、表示されなかった。かつだった。いますぐに電話を切るべきだった。だが電話の奥の飾は何かに追い立てられている様子だった。

「お、お願い! 助けて! 襲われてて、動けなくて」

「今日の昼に同じことして誘い出したの覚えてる?」

 芸がないやつ。

 どうして同じ手にひっかかると思えるのか。

「違うの! 今度は本当で、いま交差点にいるんだけど説得に失敗して! お願いだから!」

「あんたの電話代の負担が心配だから切ってあげるね。ばいばーい」

 電話を切る。

 要領を得ない口ぶりは確かに昼間よりは迫力があったが、いまの私にはうさんくさい演技にしか聞こえなかった。番号の受信拒否をしようか迷って、携帯の電源を落とすことにした。

 パソコンを起動し、動画サイトでマサチューセッツ工科大の学生がアップした機械実験をひとしきり眺めてから、眠りについた。



 朝、玄関を開けると杏子さんがいた。インターホンを押そうとしていたらしく、ばったり目の前で遭遇する。通りに車が止まっていて、いままさにやってきたのがわかる。車でやってきて体力は使っていないはずなのに、妙に息を切らしていた。

「ど、どうしたんですか? 研究会への返却物なら近いうちに用意し……」

「違う! あんたどうして電話に出ないのよ。家にもかけたのに」

 責めるような口調に、思わずあとずさる。携帯は昨日から電源を切っていた。家の電話は、鳴っていても私は出ないようにしている。唯一応答する両親は、昨日は二人とも旅行でいない。

 携帯の電源を入れて取り出して確認すると、着信が十件以上かかっていた。すべて杏子さんからだった。

「な、なんで」

「運ばれたの! ほら行くよ」

「どこに、というか何が運ばれて……」

 病院、と短く答え、杏子さんは私の腕をひっぱり、車に乗せようと歩きだす。何が起きているか理解できないまま、私はただ、杏子さんの言葉を聞くだけだった。

「飾ちゃんが昨日の夜、おおした。いまは病院にいる。事故に遭ったみたいで、意識がまだ戻ってないの」



 眠っている飾を見るのは初めてだった。

 出会ってからいろいろな彼女を見てきたつもりだったが、私はまだ、知らないことのほうが多いかもしれない。

 いまにも目を開けて、大声で驚かしてくるのではないかと想像してしまう。だけどそうはならない。寝息も立てず、目を閉じたまま、口も動かさず、この病室の空間になじむように、ベッドに落ちついている。

 体にかけられたシーツに折り目は少なく、本人が動いた形跡がない。

 口元の皮膚に呼吸器がつけられた線。つい最近、外された。髪の毛のいくつかが固まっている。汗か、もしくは血か。左腕に包帯。だけど怪我はきっとそこだけじゃない。シーツをひっくり返せばそういう包帯がきっと無数に巻かれている可能性も、なくはない。

「華、あなたもしかして、観察してる?」

 横にいる杏子さんが驚き、とがめるような声で言ってくる。指摘されるまで気付かず、あわてて飾から目をそらす。動揺するな。感情など見せるな。

 車に乗って病院まで来る間、体のあちこちが順番に震えた。けいれんに近かった。右手、左腕、太ももやまぶた。病室について飾を見たとき、切り倒した巨木で思いっきり殴られたような衝撃があった。頭のなかでは腰がくだけて、倒れて、目が回ったまま起きられないはずなのに、現実の体はそれに追いつかず、立ち尽くしているまま。ぽー、と左耳が鳴りだして、音が聞こえづらくなる。認めない。こんなのは認めない。

 杏子さんが耳の聞こえづらい左側に移動する。何かを話しだすが、案の定、まったく聞こえない。もしくは聞きたくない。

「昨日の夜、飾ちゃんから電話があったの。めったにこないから驚いちゃった。出てみたら、いきなり『助けてくれ』って。襲われたのか、もしくは事故にあったのか。わからないけれど、言われた交差点に向かったら、道の端で倒れてる彼女を見つけた」

 病室のドアがノックされる。杏子さんに遅れて振り向くと、女性が一人立っていた。杏子さんが女性と挨拶を交わし、その内容で飾の母親だとわかる。娘のいるここまで始発に乗ってきたのだという。

 せめて私も何か、一言でもしゃべろうと思うのに、声がかすれてうまくいかなかった。そうやっているうちに飾の母親が近づいてきて、私に小さく頭を下げてきた。目もとがすごく飾に似ていた。

「大学の、飾の友達? 心配かけてごめんなさいね。あの子、たまにこういう大怪我をするときがあるから。今回も心配はしてないけど、一応来たの」

 心配をしていないのは嘘だとわかった。証明するのに六つの手がかりがあったが、杏子さんと目が合い、追及するのをやめた。

「飾と大学で仲良くしてくれてありがとう。あの子、私や旦那には何も報告してこないから。仕事が忙しくて、あの子が小さいときにあまり関わってあげられなかった」

「……おさんの家によく通いつめていたって聞いてます」

「そうよ。あの子にとってお祖母ちゃんは心の支えだった。亡くなった今でも、私たちに必死に懇願して、家を残すように頼んできたくらいだったもの」

 飾にとっての祖母への思いは、きっと私が想像していたよりも、ずっと重く、大切なものだった。私はつい昨日、それを踏みにじってしまった。

 飾の母親と交代で、そのまま病室を出る。ふらついたのか、何度か杏子さんに腕を取られながら進んだ。気付いたころには車に乗っていた。

「大学まで送って」

「……家じゃなくていいの? 今日くらい講義は休んでも」

「ラボに行きたいの」

 車のなかで、覚えていた会話はそれだけだった。

 また意識が飛んで、きっと何かをいろいろ考えていて、体のしぐさのひとつにでも自分の感情があらわれないように、必死に隠そうとつとめた。

 ラボのドアを開けると、そこに飾はいなかった。

 ひとのいない、空っぽの部屋だ。私はまたひとりになる。一人に。独りに。

 病室で会った、飾の母親との会話を思い出す。仲良くしてくれてありがとう。いいえ、違うんです。私は飾にふさわしくありません。

 いつまでもなかに入ろうとしない私を心配したのか、杏子さんが肩に手を置いてきた。それで耐えきれなくなった。

「……私のせいだ」

「華?」

「私が! 助けに行かなかったから!」

 叫んで、杏子さんの服をつかんで、暴れようとする体を必死におさえた。杏子さんは私を抱きとめてくれた。涙があふれると、服にしみていった。

「電話があって、でも、どうせ嘘だろうと思って。つまらない意地で無視しちゃった。飾がああなったのは、私のせいだ。私が信じてあげなかったから……」

 眠っている飾を見て。

 自分の愚かさを、またしてもつきつけられる。屈辱なんかよりもずっと大きい、罪悪感。後悔。時間が戻ればと、非科学的な妄想まで始めてしまいかねない、動揺。

 泣き続けると、体に力が入らなくなっていた。声をあげて泣いたのはいつ以来だろう。昔の家で、階段の上にあらわれた幽霊と出会ったときが初めてだ。

 膝が床につきそうになって、杏子さんがソファまで移動させてくれた。杏子さんは支離滅裂な私の訴えを、ざんを、ぜんぶ聞いてくれた。

「私の行動はぜんぜん、合理性に欠けてたし、自分勝手で、誰も得なんかしなくて。意地を張るなんて、非科学的なことも……」

 落ちつきはじめた私に、杏子さんがいてくる。

「飾ちゃんは、華にとってどんな存在」

「どんな、って」

「どういう種類の人? 他人? 迷惑なひと? 実験相手? 利益でつながるビジネスな関係? サークルの人員を埋めるだけの駒?」

 違う。どれも違う。

 それを杏子さんに訴えたくて、思わず子どもみたいに首を横にぶんぶんと振ってしまう。知性のかけらもなくて、まったく私らしくない。けど。

 出会ったときと、いまでは、感情の種類も、抱く感想も変容している。

 それを言うのがなんだか恥ずかしくて。

 認めるのが負けのように思えて。

 大学生にもなって、そしてきっとこれからも、年を取るごとに使わなくなっていくだろう、その表現。

 青臭さと、心強さがごちゃまぜになって。本人の前じゃ面と向かって言えない。

 でもそれはやっぱり、正直な気持ちで。

「友達」

 飾は。

 とつぜん、サークルにやってきて、幽霊を見せつけてきた彼女は。

「友達だよ」

 できればこれからも、そういう関係でいられたらいい。

 もしも許されるなら。

 利益が見合うからとか、脅されて仕方なくとか、そういうのではなくて、もっと純粋に、友達として飾を助けてあげたい。一緒にいたい。そばにいたい。

「華は自分の行動を非科学的だって否定したけどね、友達と喧嘩をすることは当たり前で、別に非科学的なことじゃない」

 科学とは、つきつめれば世の中の仕組みのことで、当たり前に存在している法則を語る学問だ。

 涙はもうとまり、いまは少し目が熱く、赤くはれているのを感じる。

「いまの華にできることは、飾ちゃんが起きたときに、まっ先にそばにいてあげること。飾ちゃんはあなたと話したがっている」

「どうしてわかるの?」

 今回のことで恨んでいるかもしれない。

 もういい、と、見限ったかもしれない。

 飾は絶交を受け入れてしまったかもしれない。

「あなたみたいに観察したのよ」

 杏子さんがおどけるように笑って、続ける。答えを聞けばなるほど、確かにそれは明確な手掛かりかもしれなかった。

「救急車が来て運ばれていくまでの間、飾ちゃんは誰の名前を呼んでいたと思う?」

 耳鳴りはもう消えていた。

 少しでも長く、飾のそばにいよう。



 病院のロビーで琴吹さんに会った。そういえば、彼女もここで入院していたのだった。飾のことでいっぱいになり、意識を向けていなかった。

 痩せていた体形も適度に太って普通になり、髪も整って、病院着から私服にもなっていた。退院はまだ先だけど、病院内や庭の散歩が許されたそうだ。会話をするための手帳は厚みをましていて、推定でいまでは三冊目になっていた。

『誰かのお見舞い?』

「はい。友達の」

 数日前、杏子さんにサークルへの入会を琴吹さんに勧めればどうかと言われていたのを思い出す。誘えばもしかしたら、本当に応えてくれたかもしれない。だけど口にはせず、琴吹さんとそのまま別れた。

 飾の病室に通いつめて三日がった。受け付けの何人かにはもう顔を覚えられていて、飾の名前を出さなくても見舞いの出入りを許可されるようになった。

 待っている間、サイエンス誌を読みふけった。病室の棚に五冊目が置かれたころ、飾がようやく目を覚ました。

 看護師を呼ぼうと病室を出かけたところで、飾にとめられた。服をつかむ腕の力は、はっきりとしていて、その強さに安心する。少し強すぎるくらいだ。

 飾と目が合う。シーツに顔の半分がくるまっているので、口元までが見えない。表情がわからないので、浮かびあがるはずの感情も不透明。

「華ちゃんは、えっちだ」

「え?」

「ひとの寝顔を見てたなんて、えっちだ」

「……いや、あんたね」

 恥ずかしがっていた。感情が読めないと思っていたら、隠していただけだった。恥じていただけだった。普段はがさつなくせに、どうしてここで顔を赤くするのかがわからなかった。そんなことより怪我して運ばれたんだぞ。などとあきれて、うっかりいつものペースになりかける。だけどその前にするべきことがある。

 謝らなくちゃいけないのに。まず、何から話していいかがわからなかった。

 どんな言葉から始めれば、許してもらえるかがわからなかった。

 不安だった。ひとに謝るのが、これほど怖いなんて知らなかった。私に嘘をついてまで呼び出し、謝ろうとしていた飾も、もしかしたらこんな気持ちだったのかもしれない。

 信じてあげられなくてごめん。見放してごめん。かけつけられなくてごめん。後悔してる。いろいろ言葉は頭に浮かぶのに、口をついて出たのは、自分の話だった。

「小学生のころ、一度だけ幽霊を見たんだ」

 杏子さんにも、信じてもらえなかった親にさえも、もう語っていない話。

 たった一度だけ、幽霊に遭遇した話。

 幼いころ、どこかのクラスメートに、否定された話。

「自分の家で。階段の上に少年が立ってて、腕も変な方向に曲がってて。トイレに行こうと思ってたら、その子が落ちてきたんだ」

 幽霊を認めないために、自分を孤独に追いやったそれを否定するために、科学にのめりこんできた。当時、そんなきっかけをくれた相手に、また同じ話をする。私が話し終えて、今度は飾が口を開く。

「お祖母ちゃんが言ってた。幽霊がえるのは、本当は特別なことじゃないって。本来はみんなが平等に、この力を持ってるはずなんだって。小さいころはみんな視えていて、気配も感じるひとだっていて、大人になるごとにその力や記憶が消えていくんだって」

「そう、なんだ」

「だから華ちゃんが、小さいころに視ていたのは、おかしいことでもなんでもないよ。怖かったよね。あのとき、そばにいてあげられなくて、本当にごめん」

 おかしいことでも、なんでもないよ。

 今度の飾はそう答えてくれた。

 怖かっよね、と。そばにいてあげられなくてごめん、と。寄り添ってくれた。

 違うのに。謝らなくちゃいけないのは、いまは私のほうなのに。それなのに、自分勝手な私は、嬉しいだなんて思ってしまう。

 頭に巻かれた包帯がかゆいのか、手でいじりながら、飾が続ける。

「前にも話したけど、幽霊が見えるようになって、成仏を手伝うようになった。ずっと他人の成仏を手伝ってたお祖母ちゃんからもらった力だから、自分も同じようにしなくちゃって思ってた。いろんなところで幽霊に会って、そのたびに話を聞いてた」

 それは、いまの飾をつくった原点の記憶。

「だけどうまくいくことのほうが少なくて、苦しかった。いろいろトラブルにもなって、受験どころじゃなくなって、一年間浪人もしちゃった」

 そんな祖母の存在を持ち出して、一度は飾を傷つけようともした。

 幽霊が見える四ツ谷飾は、特別な人間なんかじゃない。誰もがするように笑い、ときには驚き、戸惑い、そして悲しみ、怒り、喜ぶ。

 そして話は、とうとう今回の怪我の話題になる。

「幽霊が見えるようになった高校から、大学に入るまでの二年間で、成仏させられなかった幽霊はたくさんいて。なかでもこの近くの交差点にいる女の子。その子は何年もあそこにいて、危険なんて言葉じゃ済まない存在になってた」

 交差点。

 飾がおびえ、避け続けていた交差点。

 助けを求めてきた電話のなかにも、同じ言葉があった。

 琴吹さんを探しに通ったとき、私に話しかけてきたのも、女の子の声だった。どす黒い声。耳にしたとき、真っ暗の密閉された箱のなかに閉じ込められたような、不安な気持ちにさせられた。

「前にも一度失敗していて、そのときも今回ほどじゃなかったけど、怪我もした。それで怖くなって、それきり近づかなくなっちゃったの。でも心残りはずっとあって、だから大学も、交差点から近い場所にした」

 それどころか、一人暮らしの部屋も近い場所にある。

 つかず離れず、そうやって避け続けていた交差点の少女と飾が再びたいしたのは、きっと私に原因がある。喧嘩をして、もう協力が得られないと思ったのかもしれない。あせりがつのって、自分ひとりでも成仏させることができるはずだと、少女のもとへ行ったのかもしれない。飾はそういう人間だ。

「かけつけられなくて、ごめん」

 うつむきかけて、でもそれもやめて、まっすぐ飾の目を見て言った。私の反応が意外だったのか、飾は目を見開いている。それから優しい顔になった。

「あたしのほうこそ、ごめん。ソラのことも、適当な感じで仲直りしようとしたことも。嘘をついて無理やり呼び出したことも。小学生のころ、傷つけたことも」

「飾……」

「華ちゃんは、特別な存在だよ。知識が豊富だからじゃない、幽霊の成仏を手伝ってくれるからでもない。出会ったころから、鏡で自分の顔を見るみたいに、なんだかそわそわして、あたし、ほっとするんだ。小学生のころと、そしていま、再会できたのは、ぜったいに運命だよ」

 運命だなんて。

 口にした回数も数えられるくらいの、めったに使わない、突飛で恥ずかしい言葉。

 だけど飾が口にすると、本当にそれが存在するみたいに思えてくる。不思議だった。

 運命、と飾が自分の言葉を言いなおし、それから見つめ合う。いまになって恥ずかしさがこみあげたのか、それからぷっと噴き出す。こらえきれず、笑い声が響く。気付けば私も笑っていた。

 飾がふと、手を差し出してきた。服をつかんできたさっきとは違い、私にその手に触れるのを、まとめるような仕草。

「もしも怖くなかったら」飾が言った。

 私は数秒もしないうちに、飾の手を取っていた。

 それからすぐ、窓の近くで浮かんでいるお年寄りの男性が見えた。こちらを見向きもせず、すぐに通り過ぎて行ってしまう。

 別の所に視線を向けると、今度は五十代くらいの女性が、壁をすり抜けてくるのが見えた。窓の外で浮いていた男性と同じく、こちらを見ることなく、ただよい、そのまま壁の奥へ消えてしまう。

「そうか、ここは……」

「うん。病院。ひとの死が一番近い所にある場所」

 だから当たり前のように、幽霊がただよっている。病室にいるだけでも、すでに二人も視えた。視線を向ければ、必ず会えるような場所。飾にとっての病院とは、そういう場所なのだ。

「怖くはないの?」私が訊いた。

「怖いよ。といっても、幽霊にじゃなくて、何もできないと思い知るのが。たくさんいて、わたし一人じゃとても足りない。だから病院にくるたびに、無力さをかみしめる」

 この前の琴吹さんのお見舞いのときは、そんな雰囲気をじんも出していなかったから、気付けなかった。

 私はしばらく飾の手を握り続けた。通り過ぎていく多くの幽霊を、ただながめていた。無力さも、一緒にかみしめられたらいい。そう思った。

 少しして、看護師がドアを開けて中に入ってきた。そこで手を離す。一度部屋を追いだされ、検査を終えた飾と再び病室で会う。

 開口一番、訊くことは決まっていた。

「名前を教えて」

「え?」

「交差点にいる、あの女の子の名前。何年も悩んできたのなら、もういろいろ調べてはいるんでしょ」

「……みやまえしずかちゃん。生まれたころから父親がいなくて、お母さんも事故で亡くなってる」

「宮前しずかは、その母親の事故で一緒に亡くなった?」

 飾がうなずく。

「あの交差点で。ずっとうずくまってる。夜河さんよりもずっと長くて、交差点の周辺以外へはもう出られない」

 長くとどまる幽霊は、正常な自我をゆるやかに失い、そして活動範囲を制限されていく。夜河さんの暴走した光景と、そんな彼女よりもこの世にいるのが長いという言葉が、頭にひびく。

「未練は死因のこと? それとも別のもの?」

「それにずっと悩んでる。しずかちゃんの未練をどうしても解消してあげられなくて、いつも失敗している。絶対にかなわないことだから」

「どういう意味?」

「しずかちゃんの未練は、お母さんに会うこと。だけどお母さんは……」

「もうこの世にいない」

 死の原因を調べる。

 たかったという流星群を見せる。

 思い出せない死の記憶を呼び起こさせる。

 いままで遭遇してきたなかでも、最も困難な未練。

 すでにこの世にいない人間と、遭遇させる。

 それは一見、不可能なことのように思える。けれど考えることをやめなければ、仮説と検証、観察と試行を繰り返せば、科学はいつだって道を用意してくれている。今回も私は、自分のやり方で関わってやろう。

「ひとつだけ、手が浮かんだ」

「ええっ? そんないきなり?」

「だから飾は、早く怪我を治しなさい」

「ねえ、どうやってやるの? 何か方法があるの? しずかちゃんを説得するの? どんなやり方で? ねえ、ねえ、ねえ、ねえ」

「元気いっぱいだなお前!」

 冗談は置いておき、興奮した飾をベッドに倒し、寝かせる。

 ともあれ作戦を実現するには、準備も時間も必要だった。飾にも手伝ってもらわなければいけない。すがるような目を向けてくる彼女に、せめてヒントを残してやろうと思い、去りぎわにこう言ってやった。

 方法はひとつ。



「母親の幽霊を、つくりだす」