今時のモテは信頼感とセットになっており、目の前にした相手を、つい〝コイツは敵か味方か〟というレンズをかけて眺めてしまうのです。
「敵」認定されてしまうと、取り返しのつかないことにもなりかねない。
貴乃花元親方は分かり易過ぎる例ですね。
彼は私のいた銀座のクラブによく来ていましたが、当時(10年以上前)からすでに心の間口は開いておらず、さらには錠前がいくつもかけられていた感じでした。
いろいろありましたからね。
たくさん、心を折ってきていそうです。
優しくて、実直なだけに、不器用さもある。
どちらが正しいか否かということよりも、あれだけこじれてしまうのは、生き方が不器用な証左です。
もしかすると、周りが敵にしか見えていないのかもしれません。
そうなってしまうと、自らの警戒心によって、そうではなかった者まで敵に回してしまったりもするのです。
そう。
この、「敵認定」をまず、しないことこそが、コミュニケーションの入り口であり鉄則なのです。
「○○するために、△△しよう」となると、明らかに努力が必要な気がしますね。
こういうときこそ自分の気持ちをしっかりと味方につけるべきなんです。
貴乃花親方のように、我慢もプツリと切れてしまうと、無理した分だけはね返ってきてしまいます。
例えば、「痩せるために、走ろう」とか、私的にはかなり無理なのね。
「痩せるために、炭水化物を夕食はとらない」のほうが、まぁやってみようかなとなりやすい。
「それだって、我慢していることには変わりないじゃん?」
と、なにかと怠けたい脳はすぐにイチャモンを付けてくるでしょう。
さらに考える。
この調子で、まずは自分が「嫌だ」と感じた相手を「敵認定しない」スキルを私は編み出しました。
夜の銀座には、いろいろな方法で稼いだ猛者たちがウヨウヨしていますからね。
お酒が入り、本性をあらわすとなると、まぁすごい。
「嫌だ嫌だ」「傷つきました」と言っていたら、自分の居場所はなくなります。
新人の頃は、「オーナーママに上り詰めるホステスは、太平洋レベルの広い心を持った大きい人間でないとなれないのだわ」と心の容量UPを目指したこともあったっけ。
でも、3日と保たずにギブアップ!
できるわけないのよ。
また、プライドを捨てて「合わせる」必要も、じつはなかったのです。
私はそのことを、ホリエモンこと堀江貴文氏との出会いによって、発見したのでした。
私の大切なお客様が、ホリエモンを接待するということで、会食の席に呼ばれたことがありました。
「赤坂の料亭で、クラブの同伴の時間には間に合わないと思うから、お休みとってもらえる? ついでにホステスっぽくない格好で来て。作家として紹介するから」
とのこと。
お客さんのなかには、同伴のお食事の時、一目でホステスとわかる女性の姿を恥ずかしがる人もいます。
銀座以外の場所では、特に浮いて見えますしね。
デイズニーランドの外に出ると、いきなりコスプレの衣装を「脱がなければ!」と思い立つのと似ているような。
私は、堀江貴文氏にとても興味がありました。
若くして(そういえば貴乃花親方と同い年)あれだけ世間を賑わした人ですからね。
フジテレビを乗っ取るとか、球団を買収するとか。
その当時はスゲ~。天地がひっくり返るような感覚でした。
超高級料亭に、堀江氏はパーカーとジーンズ姿というブレないファッションで、
そのセンスは、むしろ自信のあらわれかのように見えてしまうのは、有名人ならでは。
わぁ、本物のホリエモンだ!
と、間違いなく私の瞳は輝いていたと思います。
私は「作家の檀れみさんです」紹介されたので、「お目に掛かれて嬉しいです」と言ったことは覚えています。
ところが……
次の瞬間……
えっ………。
これが、噂の、無視というやつですか。
ホリエモンは、私のことをまったく見ないのでした。ほんとうに、まるで、そこに存在していないかのように。
透明人間と化した(された?)私は、次々に出てくる懐石料理を黙々と食べ続けるしかなかったのです。
何のお役に立つこともできない私は、声をかけてくれたお客さんのことも気になり、居たたまれない気持ちでした。
そして、その食事の席はなんと4時間以上にも及んだのでした。
あー疲れた。
ようやく、お開きとなった時に、突然、ホリエモンは私のほうに顔を向け、言いました。
「ところで、君は何ができる人なの?」
と。
「作家だって言ったダロー!!!」
と言い返せば良かったと思ったのは、もちろん後のことで、その場は、「うぐっ」。言葉が出て来ません。
やっとの事で「幸せな生きかたを見つけるための本を書いています」と答えましたが、4時間も発声をしていなかったせいか、蚊の鳴くような声になってしまいました。
ホリエモンは、ふ~ん? ……みたいな顔をしただけで、その場を去りました。
これまでに、文句や嫌味を言われたり、からかわれたり、エッチなこと言われたりいろいろあったけれど、透明人間扱いをされたのは初めての経験です。
この時ほど自信をなくしたことはありませんでした。
「ホステス、もう辞めようかな……?」
と、真剣に考えもしました。
数日間は、お客さんたちに、「お、れみ、どうした? 元気ないな。男にフラれたか?」と心配されたりもして。
日頃は何でもネタにする私も、この時はその力も出なかったので、なんだかツマラナイ雰囲気のホステスになってしまっていたのでした。
このままじゃいけない。
自信を取り戻さなきゃ。
それにしても、どーして?
私は生まれも育ちも目黒なので、あらゆる寄生虫を扱う目黒寄生虫館の存在は知っていました。
銀座のクラブでも、住んでいるところを答えると、「目黒と言えば目黒寄生虫館だね!」とお客さんから返ってくるし、何でもデートスポットなのだとか。
私は何となく寄り付かなかったのですが、わざわざ行ったという方の多いこと!
寄生虫はところ変われば大人気なのです。
そして、この世に存在するものは、必ず何かの役割を担っているのです。
世の中にはいろんな生き物がいるんだよね。そのワケはよくわからないけれど。
そう考えた瞬間、私の脳みそに一縷の光が射したのです。
そう言えば、『図解 なんかへんな生きもの』って本、あったよね、と。
スマホで検索してみると、〈ツイッターで大反響! 今までになかった唯一無二の生きもの図説!〉などと書いてある。
さらには『ゆかいないきもの(秘)図鑑』『へんな生き物ずかん』『ざんねんないきもの事典』『せつない動物図鑑』『世界一ゆるい いきもの図鑑』と、いろいろある。
そうだよ、そうだよ、私は何をクヨクヨしていたんだ。
人間だって、いろいろいるのが当たり前なんだよ。
人間こそ、図鑑ができたら楽しいかもしれない。
コイツ合わない! コイツ、ヘン! と思う部分が愛おしく感じられるようになるかもしれない。
初めに、〝気が合いそうな人〟を味方、〝合わなそうな人〟を敵ととらえてしまうと、人間関係をとてつもなく狭いものになってしまうでしょう。
自分の中に相手をそのまま〝受け入れよう〟とすれば、警戒心や恐怖感、拒絶の感情が湧いてくるのは当然です。
それを心の弱さと思い、
キャラが立ってる人間図鑑を作っているコレクターとして、受け入れるように考えれば、むしろ大歓迎(のハズ)!
気持ちはラクになり、相手に対して心もオープンになる。
接している時は、観察中の札を心の扉のドアノブにかけておけば良い。
観察って、生態を知りたいからするのですよね。
こうすることによって、「君はありのままで良いんだよ」という大きな心とレベル感的には同等になれるのです。
慣れないうちは、あえて、プチ失礼をしておいてください。
自分の心のバランスが取れるのです。
本来だったら、「失礼ね! ずるいわね! 意地悪ね! エッチね!」という怒りや嘆きの感情を、「しょ~がないなぁ~もう! 図鑑認定!」と、ある意味愛情に落とし込むのですからね。
自分の心を守ってあげていないと続かないことだし、それは結果的に、相手のためにもなる。
ありのままだからこそ意味のある人として眺めることができるのです。
「アナタはありのままで良い」
「ありのままのアナタをもっと知りたい」
言われたことあります?
言葉に出さずともこんなムードが
心を開くのは時間の問題でしょう。恋にだって落ちてしまいそう。
この日を境に、私の銀座での売り上げが劇的に延びたのは言うまでもありません。
蛇足ですが、こんな私の状況でも、この後またホリエモンと食事を共にすることになったのです。
それはそれで、またおもしろい話なのですが、モテに関係なさすぎるのでまたいつか。
また誤解がないように言っておきますが、私はホリエモンにショックは受けたけれど、今もインタビュー記事など興味を持って進んで読んでいます。
やっぱりキャラが立っていて、オモシロイ!!!