最終章


 崩壊寸前の〈ベート・ゲート〉から、見知らぬ物体が飛び出す、その少し前。

 恵一は、白い空間にいた。

 床と壁の区別がなく、壁と天井の区別もつかない。しかし、浮いているわけではなく、足はしっかりとした床の感触を……言い換えれば自分の体重を伝えてくる。

 ――こんな空間に立ったことがあるような気がする。ずっと昔、子供のころに見た夢の中で……と、いうことは夢なのだろうか? いや、夢じゃない。おれの意識は完全に覚醒している。そもそも、なぜ、おれはこんなところにいるんだ?

 恵一は自分の記憶をたどった。

 ――おれは途上種族艦隊をひきいて、しゆくせいしやの恒星反応弾の飽和攻撃に立ち向かっていた。部下たちは持てるかぎりの力を振り絞って戦った。だが、駆逐艦も機動戦闘艇も、装弾数よりも多い敵をくいとめることはできない。そして、最後の手段……自らの生命と引き換えに戦っても、おれたちは結局、恒星反応弾をくいとめることはできなかった。

 恒星反応弾が太陽に突入したことを知ったあと、おれは残存艦を集合させて、生存者の捜索を行ない、デグル大将ひきいるケイローン軍第三軍の残存艦隊と合流し、表面爆発を起こす太陽から襲いくるであろう太陽風から退避するために土星の陰に避難した……そこまでの記憶はある。でも、そのあとの記憶がない。おれはどうなってしまったんだろう?

 そこまで考えたとき、恵一の意識の中に、地球人でもケイローンでもない、今までに感じとったことがない思念が呼びかけてきた。

『仲介者と名乗る意識と接触した個体はきみかね?』

 その思念はすっぱりと切り出されたように明確で、いっさいのきようざつぶつを含んでいなかった。澄みきった空気の中に、すぽんと浮かんだような、人間離れした思念だった。

 ――はい、わたしです。

『そうか、驚かなくていい。わたしは、銀河文明評議会の中で〝ジュバック〟と呼ばれる種族だ。われわれはきみたち途上種族の先祖が、両生類として地球上を這いまわっていたころに、銀河文明評議会に加わった、古い種族だ』

 ――もしかして、至高者オーバーロード……?

 思念は、小さく笑った。

『そうではない。われわれもまた、創られしものだ。ただ、ずっと古くに創られた、というだけで、きみたちと変わらない』

 ――ということは、仲介者が言っていたことは事実なのですね。

『大筋では間違ってはいない。きみは、この世界をどう思っている? 神聖にして不変のものか? それとも、より良いもの、より適性の優れたものとなるために、試行錯誤を繰り返し、常に変化するものか?』

 ――後者です。

『いっさいの逡巡なく言いきったな? 気に入った。きみの言うとおりだ。すべての生命の多様性と進化という名前の可能性。その壮大な実験場。それが、この世界だ。そして今から数十億年の昔、別の銀河に生まれたひとつの高度知性体……われらけんぞくが〝至高者オーバーロード〟と呼ぶ存在は、その考えをさらに一歩進めた。その進化の実験を、単一の種で行なえば進化は加速し、高度知性体へと成長する時間も短くなるのではないか? とね。そして、その実験場に選ばれたのが、この銀河系なのだ。

 自然発生的に生まれ、適者生存の原理によってゆっくりと淘汰を繰り返し、進化していったほかの銀河文明とは明らかに異なる文明がそこに生まれた。人類はほかの銀河系の知的生命体とは明らかに異なっている。だが、それもまたひとつの可能性だ。オーバーロードの実験はある意味成功した。オーバーロードが初期に手を加えた知的生命体は、オーバーロードを補佐することができるレベルにまで進化してのけたのだ。だが、オーバーロードの実験を知ったほかの高度知性体は、オーバーロードとその眷属を否定した。自然発生的に生まれ、自然に進化をとげた知的生命体の創り上げた文明ではない、という理由だ。彼らはオーバーロードを生命への裏切り者と呼び、オーバーロードを含むその実験体を実験場ごと消去することを決めた。われわれは粛清されねばならない、ということだ。われわれが彼らを〝粛清者〟と呼ぶのはそのためだ』

 ――わかりました……では、仲介者とは何者なのでしょう?

『オーバーロードは、自分が作り出した生命体に、粛清者の精神攻撃が及ぶことを恐れた。粛清者の精神攻撃は、ひ弱な眷属の意識を一撃で無力化し、自由に操ることができる。そのため、オーバーロードは知的生命体としてもっとも重要なコミュニケーション手段を制限する遺伝子操作を行なわざるをえなかった。意思の疎通力を欠いた未熟な知的生命体は、たがいに力を合わせることよりも、たがいに競い合い、闘争し合うことになるだろう。だが、滅亡への道を歩むよりはマシだ。そして、結果的にこの措置が、この銀河系を粛清者の手から守ったのだ。眷属が繁殖し、進化し続けていることを、粛清者たちは知らなかった。そしてこの銀河系と眷属たちの存在を知ったとき、粛清者はうろたえた。感応波によるコミュニケーションが成立しない知的生物が存在することが理解できなかったのだ。事実、この銀河系以外の宇宙では、精神感応能力は知的生命体として進化するための必須条件であり、その能力を持たぬまま知的進化をとげた生物は存在しないのだから。

 そのため粛清者は、眷属の思念に接触できる〝仲介者〟と呼ばれる精神体を作り出した。それがきみと接触した種族だ』

 ――わかりました。しかし、粛清者の存在がほとんど、というかまったく知られていないのは、仲介者の呼びかけは届いていない、ということなのですね?

『そうだ、仲介者は、常に眷属に呼びかけている。だがその呼びかけは眷属の意識で認識されることはない。オーバーロードの創り上げた障壁は、ほぼ完璧に作用している。だが、時折、ごくまれに、その呼びかけが届いてしまうことがある』

 ――それが……わたしの受け取ったメッセージの正体なのですね。

『そうだ。だが、安心するがいい。彼らの呼びかけは、自我が完全に起ち上がっているときには、まったくその力を持たない。届くのは死ぬ寸前、自我が消失するときに、障壁が効力を失うためだと言われている。だが、それも潜在意識の中にわずかに力を及ぼす程度で、明確なメッセージとして受け取ることはできない。明確な意志を持ったままそのメッセージを聞くことができるのは、ごく少数なのだ。そして、きみのような才覚と能力を持った存在が、そのような因子を秘めていたというのは、まさしく偶然が偶然を呼んだというべきかもしれないな』

 ――では、わたしは排除されるのでしょうか?

 恵一の問いに、上級種族は笑いを含んだ思念を返した。

『いや、そのようなことはない。安心したまえ、むしろその逆だ。〝奇貨くべし〟――きみたちの文明ではそう呼ばれる名言がある。それと同じことだ』

 上級種族の思念と思念通話をしていた恵一は、この上級種族の思念の深さに感嘆した。

 この上級種族と名乗った相手は、自分のことを〝眷属〟と呼んだ。おそらく、銀河文明評議会の上級種族のあいだでは、それが人類を意味する言葉なのだろう。つまり、彼らはおれたち地球人類と同じようにこの銀河系に生まれた生命体なのだ。

 この上級種族は、オーバーロードではない。人類だ。しかし、長い時間の末に、オーバーロードの補佐をする地位にまでのぼりつめた、ということだ。オーバーロードは神ではない。この世界を創った造物主ではない。しかし、人類という生命を生み出したという点において、オーバーロードは神にも等しい。オーバーロードは、人類を生み出すのと同時に、人類に可能性を与えた。それは、いつの日か、神にもなれるという可能性だ。

 そこまで考えたとき、恵一は、この上級種族の人間性に賭けてみようと考えた。恵一がそう考えた理由は簡単には説明できない。あえて理由をつけるとすれば、恵一にとって神とは、一神教の概念で言うところの絶対者ではなかったからだろう。

 恵一は思念を送った。

 ――お願いがあります。

 上級種族は驚いたようだった。

『ほう、要求をするのか。おもしろい。今まで無数の途上種族を見てきたが、そのようなことは初めてだ。きみは何を要求するのかな?』

 ――わたしが奇貨だとすれば、地球人類こそが、その奇貨を生み出す母体になるのではありませんか? わたしを奇貨としておくのならば、地球人類そのものもまた奇貨としておくに値するのではないのですか?

 恵一の思念を受けた上級種族は、少し考えこんだようだった。

『ふむ、そうか、きみの母星系は今、自衛戦闘の最中だったのだな。忘れていた。きみが母星系を守りたいと願う気持ちはわかる。だが、きみの存在は、その星系を特別視する理由にはならない。きみの星系の処遇は、すでに途上種族の育成プログラムの中に組みこまれており、中堅種族を取りまとめている監査種族の意向がすべてを決める。われわれには関係のないことだ……とはいえ、こうやって途上種族の精神的に未熟な個体と触れ合うのもなことだ。異例なことには、異例をもって応えてやるのも一興かもしれんな』

 上級種族の思念は、やってきたときと同じように、唐突にいなくなった。

 ――なんだか雲の上にいる仙人と話をしていたような気分だったな。実際、上級種族ともなると、下界のことなど気にもとめない仙人みたいなものなのかもしれない。

 ふたたび何もない白い空間に立った恵一がそう思ったとき、恵一の意識は、がくんと引き戻されるように現実の意識空間に戻った。

 そこは、ケイローン軍第三軍緊急展開艦隊総司令部の意識空間の中だった。

 目の前に立っていたデグル大将が、世にも珍しいものを見た、という目つきで恵一のことを見ていた。

『驚いた……途上種族が上級種族との個別会話をするなどというのは、過去に前例がない。ましてやその上級種族がバサードの位だとは……』

『それが、とてつもないことなのだ、ということはわかりますが、申しわけありません、途上種族であるわたしには、銀河文明評議会の階級が、いまひとつ理解できません。自分にまったく縁のない概念でしたので……』

 デグル大将はうなずいた。

『いや、無理もない。たとえて言うならば、神の右腕にあたる存在が、〝やあ、元気かい?〟と話しかけてきたようなものなのだ……そう言っても、おそらくこの、わたしが抱いている感慨は伝わらんだろうな……いや、責めているわけではない、その反対だ。きみを祝福したいぐらいだ。いくぶんかの嫉妬をこめてな』

『嫉妬だなんて!』

 驚く恵一を見て、デグル大将は笑った。

『実際、嫉妬もしたくなるというものだ……たった今、シュリシュクから連絡が来た。上級種族が、この太陽系防衛戦に介入するそうだ』

『介入? 脱出のための増援を送ってくれるのですか? それとも開拓惑星を?』

 デグル大将は首を振った。

『いや、違う。薬剤を送ってくれるらしい、アンチパイレツクスだと言っていた』

『解熱剤……?』

 恵一は、一瞬げんな顔をしたあとで、目を見開いた。

『それは、もしかして、太陽の表面爆発を押さえこむ……粛清者の恒星反応弾の効力を失わせる薬剤ですか!』

『詳しくはわからん。モルダー星系の事案を受けて、銀河文明評議会の上層部は、この薬剤の開発を進めていたそうだ。その試作品を、これから恒星反応弾攻撃を受けて恒星が暴走を開始した星系に、ゲートを使って直接打ちこむそうだ』

『ゲート一基を最後まで稼働状態にするように指示していた理由は、これだったのですね!』

『われわれがその理由を知らされたのは、ついさっきだ。われわれに指示されたのは、ゲートを維持せよ、ということだけだ』

 恵一の意識に、戦術支援AIが稼働中の〈ベート・ゲート〉のデータを送ってくる。

〈ベート・ゲート〉はまだ稼働中だった。しかし、恒星レーザーを受けて周囲の防衛システムは破壊されてしまっており、ゲート自身も激しい太陽風にさらされて、損傷が激しく、まさに風前のともしびという状態だった。

『まに合いません。その薬剤はいつ送られてくるのですか?』

 恵一が、そうたずねたそのとき。

 意識空間に、聞き覚えのある思念が響き渡った。

『ゲートを維持せよ!』

 それは圧倒的な力をもった思念だった。人類の思念とは思えない、念圧としか表現しようがないエネルギーを持った思念が、ケイローン軍第三軍の意識空間を支配した。

 その思念が支配したのは、ケイローン軍第三軍の意識空間だけではなかった。このとき、太陽系に存在した感応端末上のすべての意識空間を、この思念が支配した。

 だが、それは一瞬で、次の瞬間に、その思念は消えていた。

『今のは……ジュバックですか?』

 恵一が聞いたとき、レキシムの思念が飛びこんできた。

『はい、今の思念はジュバックのかたのものです。上級種族のかたが、直接、途上種族に呼びかけたのです。たった今、ゲートの総括管理官である部下に、万難を排してゲートを維持するように命じました! これは光明です! 地球は滅亡という結末を迎えずにすむかもしれません!』

 そのレキシムの思念が届くのと、ケイローン軍第三軍緊急展開艦隊総司令部の意識空間のモニターに映し出されていた〈ベート・ゲート〉の次元断層から、矢じりのようなものが飛び出すのは同時だった。高速で飛び出した物体のために、ゲート内の次元断層は周囲に小さな次元泡を飛び散らせ、一瞬に崩壊した。

 太陽嵐にさらされている側と反対から飛び出した矢じりのような物体は、その場でくるりと方向を変え、そのまま太陽に向けてとてつもない勢いで飛んで行った。

『あれが……解熱剤か……どんな物質でどんな原理で作用するのか想像すらつかんが……いてくれ、と願うだけだな』

 デグル大将が、そうつぶやいたとき、参謀からデグル大将にメッセージが入った。

『シュリシュクの総司令部から、メッセージが来ております。〝銀河文明評議会は、上級種族による会議を行ない、その結果、粛清者とのあいだに行なわれている生存戦争の方針を全面的に改定することを決した。詳細は通達として送付する〟とのことです』

『了解した』

 デグル大将は、そう返答すると恵一に向きなおった。

『太陽系防衛戦は、太陽に対し粛清者の恒星反応弾の突入を許した段階で終了した。太陽系防衛軍は組織を維持したまま、地球からの脱出支援任務に移行する……という予定だったが、この先の予定は未定となった。事態は大きく動きつつある。地球軍独立艦隊は現在の退避場所にて待機続行。打ちこまれた薬剤の反応の状況を見て、随時作戦行動に移れ』

『了解しました!』

 そう言って敬礼するのと同時に、恵一の思念はレキシムのいる太陽系防衛軍総司令部の意識空間に立っていた。

『ご苦労さまでした。ジュバックとの面会はいかがでしたか?』

 そう話しかけられた恵一は、小さく息を吐いた。これはレキシムとの公式の会談ではない。どちらかというと私的な雜談だ。堅苦しくなることはないだろう。

『そうですね、正直言って疲れました。なんというか、果てしなく賢く、なんでも見透かしてしまう老人と会話したような気分です』

 レキシムは微笑んだ。

『そう言われて、なんとなく想像がつきました。わたしたち指導種族ですら、会ったことのない存在ですからね……』

 そう言ったあとで、レキシムは少し驚いたように小さく声を上げた。

『おお……すばらしい!』

 怪訝な顔をする恵一を見て、レキシムは目の前の空間を指さすと、その場に数値がずらっと並んだ。それは太陽の観測データだった。

『もしかして……下がっているのですか?』

『そうです。粛清者の恒星反応弾によって引き起こされた爆発的な反応は、収まりつつあります! すごい効果です! このままの収束率で進めば、十二時間後には、太陽の活動は通常程度に戻ります!』

『十二時間で! でも……きっと地球はめちゃくちゃですね……』

 レキシムはうなずいた。

『そのとおりです。熱と放射線を浴びた地球の生態系は壊滅的被害を受けたはずです。蒸発した海が生んだ水蒸気の雲は地表を厚く覆い、太陽の光は届かず、寒冷の時間が続くでしょう。しかし、テラフォーミング技術をフル稼働させれば、地球環境がもとに戻るのに、さほど時間はかからないはずです。確かに、すべてのインフラを失った地球では、今までのような生活が続けられるわけではありません。しかし、希望の光は消えなかったのです。地球人はロストゲイアーにはならなかった。今はそれを喜ぶべきです』

『こんなものがあるならば、もっと早く送ってさえくれれば……』

 ……あれほどの数の人々が死なずにすんだ、と続けようとして、恵一はその思念を切り替えた。

 ――それは、言っても意味がないことだ。上級種族が撃ちこんだあの薬剤は、いわば抗生物質と同じだ。ペニシリンやストレプトマイシンという薬剤が、感染症や不治の病と言われた結核から、多くの人々の生命を救った。この薬ができたとき、人々はきっと今のおれと同じことを考え、同じことを言っただろう。こんなものがあるなら、もっと早く発見してくれれば、死なずにすんだ命があるのに……と。

 すべてはタイミングだ。世の中は、いつでも最良の結果を生み出せるように動いているわけではない。この〝解熱剤〟も、もしおれが仲介者の思念を受け取らずにいたら、上級種族の関心を引くこともなく、太陽系防衛戦に介入してもらえることもなかったに違いない。そうすれば、太陽の表面爆発はもっと大規模になり、長時間続いただろう。こうであればよかったのに、と思うのは仕方がない。でも。その理想の未来を正しいものとして現状を否定しても、何ひとつ良いことはない。与えられた手札で、何ができるかを考えねばならないんだ。

 レキシムの言葉は続いていた。

『これは先ほど、シュリシュクで連絡員をやっているシャロムから送られてきたものです。ご覧ください』

 そう言ってレキシムが指さした先に表示されたのは、〝試案・攻勢偵察艦隊〟という文字だった。

『これは……?』

『今、シュリシュクで進められているまったく新しい作戦行動部隊に関する情報です。これは今までのように、座して粛清者の攻撃を待つのではなく、こちらから粛清者が支配するほかの銀河系に赴き、粛清者側の情勢を偵察するという意図のもとに編成される部隊です。長距離を無補給で移動し、戦闘を含む作戦行動を取ることで粛清者側の体制を確認し、必要とあれば後方攪乱を行なうことを目的にしています。銀河文明評議会の上層部は、今までこのような攻勢作戦を認めませんでした。これはわたしの想像にすぎませんが、上層部は、粛清者とのあいだになんらかの落としどころを探していたのだと思います。その姿勢のために、何百年にも及ぶ硬直化した作戦展開の繰り返しとなっていたわけです。しかし、粛清者はその方針を転換しました。一種の馴れ合いとも呼べる十年一日のような戦いかたを捨て、さまざまな新兵器と新戦術を使ってくるようになりました。この原因がなんなのかわかりませんが、わたしは粛清者側の上級種族のあいだでなんらかの世代交代、もしくは権力関係の変動が生じたのではないかと思います。敵が変われば、こちらも変わらざるをえません。わたしは、この攻勢部隊計画が承認されることは間違いないと思います……』

 レキシムの言葉を聞いていた恵一は、静かに答えた。

『わが地球軍独立艦隊はその作戦行動部隊に志願すべきだ、ということなのですね?』

 レキシムはうなずいた。

『さすがですね……そのとおりです。銀河文明評議会は、その種族の貢献度に応じて支援のレベルを決定します。〝汗と血を流したものにこそ、相応の報酬を与えよ〟というのが銀河文明評議会のポリシーです。恒星反応弾によって、壊滅的な被害を受けた地球を、ふたたび緑と青い星に戻すには、強力な支援が必要です。そしてその支援を得るためにもっとも近い道が、この作戦行動部隊に志願することなのです』

 レキシムの言葉を聞いていた恵一はゆっくりと言った。

『〝無料の朝食はない〟――地球連邦政府はそう言われて宇宙軍士官学校を作り、そしてわたしはその士官学校の一期生となりました。わたしたちは戦い、そしてボロボロになってしまいましたが、なんとか地球を守り抜きました。でも、結局のところは変わらないのですね。どんな立場になろうとも、そんなに時間がたとうとも、〝自分の朝食の代金は、結局自分が払わなくてはならない〟……そういうことなのですね』

『不満ですか?』

 そう聞いたレキシムに、恵一は首を振ってみせた。

『いいえ、逆です。粛清者に一矢報いることができるのならば、喜んで朝食の代金を払いましょう……そうですね、向こう二年分くらい払ってみせます』

『期待しています』

 レキシムはそう言うと、にっこりと笑った。


 地球の復興はこの日から始まった。一面の泥と焼け野原となった地表に人々が戻れるようになるのに、どれくらいかかるのか、そしてテラフォーミングによる環境の回復と、壊滅した生態系の復旧が完全に終わり、青と緑の地球に戻るのがいつになるのか、それはまだ、誰にもわからなかった。

 だが、それができることを、人々は信じていた。


 太陽の表面爆発によって、地球が灼かれて一年が過ぎたこの日。木星の惑星軌道上に浮かぶ訓練コロニーのアルケミスは、新しい士官学校練習生八百名を受け入れていた。宿舎の割りあてが終わり、支給された真新しい練習生の制服に着替えた少年少女たちは、期待と不安の入り混じった表情で、メインホールの壇上に向かう若い男を見つめていた。一見気弱そうで貧弱に見えたその男が、壇上に立って背筋を伸ばしたとき、新入生から、おお……という感嘆のつぶやきが漏れた。

 気弱そうに見えた貧弱な男の印象は、その瞬間に自信にあふれた力強い男のそれへと変わった。若い男は背筋を伸ばしたまま、張りのある声で話し始めた。

「新入生の諸君! 訓練コロニー・アルケミスへようこそ! わたしがきみたちを指導する教務主任教官のウィリアム・マコーミック・スタームだ。わたしの年齢は十八歳であり、諸君らとは三歳しか離れていない。しかし、その三年間は粛清者との戦いの三年間であり、わたしはそのあいだに二度の戦死を経験している。アバターシステムがなければ、わたしは、ここにいないだろう。死を恐れるな、とは言わない。だが世の中には命をかけてやり遂げなくてはならない仕事もあるのだということを理解してほしい。諸君らに対し、宇宙軍士官学校一期生であり、現在攻勢偵察艦隊の指揮官として遠く離れたほかの銀河におもむいている、ケイイチ・アリサカ少将より贈られた言葉を述べる――〝諸君らは可能性である。何を成し遂げるか、それは未知数であり空欄だ。それを何で埋めるかは諸君らの努力と学習が決めるだろう〟。わたしからは以上だ! ただちに解散し、三分以内に自分の所属する教場に集合せよ! 分かれ!」

 ウィリアムの号令を聞いた新入生たちは、たがいの顔を見合わせたあとで、いっせいに走り出した。士官学校練習生としての生活が、今、始まろうとしていた。