6 反撃と反撃
ウィリアムは、まだ痛む右頬を押さえながら、ミコノスエリアにあるリゾートホテルのレストランの壁面に表示されている巨大なモニターを見つめていた。
モニターに映っているのは、ケイローン軍第三軍緊急展開艦隊が、圧倒的な火力で、太陽系外周部に展開した粛清者の艦隊を撃破していく光景だった。この映像はケイローン軍第三軍の早期情報収集艦が、プローブや光学ロングレンジセンサーで捉えた映像を、太陽系防衛軍総司令部が受けて、太陽系のほぼ全域にリアルタイムで配信しているものだった。
――リアルタイムの戦場生中継か……普通こういうライブカメラの映像といえば、固定カメラの映像で、構図は決まったまま動かない間延びした映像になるんだけど、ケイローンの広報とかは、〝魂の試練〟を娯楽映像にするくらい、戦争の見せかたを知っているから、こういったライブカメラ映像でもすごく構図とかが凝っていて、見ていて飽きない。戦争を見世物にすることに抵抗がある人もいるだろうけど、ケイローンみたいに、戦争が日常みたいな文化の種族にしてみれば、迫力のある戦闘シーンも日常のエンタテインメントと同じことなのかもしれない……。
「圧倒的だよな、ケイローン軍第三軍の新型戦艦は。やっぱり数をそろえてぶん殴るのが一番強いよな」
ウィリアムが振り返ると、そこにコーラの入ったカップを二つ手に持ったアレクサンダーが立っていた。
「やあ、アレク」
「ほらよ、コーラ持ってきてやったぜ。席を確保してくれたお礼だ」
「どうもありがとう。この時間に、レストランがこんなに混んでるとは思わなかった。まだ夕飯には早い時間なのにな……」
「水平線の向こうに落ちる夕日を見ながら食事をしたいって人間が多いんだろうね」
ウィルの向かいの席にすわったアレクは、そう言うと、ウィルの顔を見て言った。
「……まだ赤いな。エミリーのやつ、本気でひっぱたいたみたいだな。痛むか?」
「いや、いまはそうでもない……けど、アバターに蘇生して戻ってきたら、エミリーのやつ、泣きながら駆け寄って来たかと思ったら、なにも言わずに、いきなり、ばっちーんとビンタ食らわしやがるんだもんな。なにをするんだ! と怒鳴ったら、泣きながら、〝あんたがたたけって言ったんだ〟とかなんとかわけのわかんないこと言うし……いったいおれがなにをしたっていうんだよ……というか、このアバターになる前のぼくは、エミリーになにを言ったんだ?」
アレクサンダーは、少し困ったような表情になった。
「そういうのは、エミリー本人から聞いたほうがいいと思うんだが……」
「聞きたいんだけど、なんか知らないけど、あいつ、
そう言ってため息をついたウィルを見て、アレクサンダーは静かに聞いた。
「単刀直入に聞くよ。ウィル、きみはエミリーが好きなんだろう?」
「え?」
驚くウィリアムに、アレクサンダーはたたみかけた。
「昔は手がかかるだけで、くそ生意気な女の子だとしか思っていなかったけど、エミリーの攻撃的な性格は、実は虚勢で、本当は仲間が好きだけど、好きになった相手に裏切られたり、嫌われたりするかもしれない。それが嫌。だから最初から嫌われるようにふるまっていれば、裏切られることはない。そういう子なんだって、気がついたころから、ずっとエミリーが気になっていた……そうなんだろう?」
「そのとおりだ。でも誰にも言ってないのに、どうしてそれを……」
そこまで言ってからウィリアムは、何かに気がついたように、はっと目を見開いた。
「それって……もしかして、戦死する前のぼくが自分で言ったの?」
アレクサンダーはうなずいた。
「そうだ、きみは、みんなの前でエミリーに向かって、〝きみが好きだ!〟って告白したんだ」
「うそ……うわあ、すげえ勇気だ。って、ぼく自身のことなんだけど、今のぼくにはそんな勇気なんかないよ」
アレクサンダーは笑いながらうなずいた。
「だろうな。きみの前のきみも、そう言っていた。だから、死ぬ寸前に、エミリーに向かって言ったんだ。〝新しいぼくが来たら、ひっぱたいて、意気地なし!〟って言えってね」
ウィリアムは目を丸くした。
「うわあ、すげえ、かっこいい! まるで、ぼくじゃないみたいだ……それって、本当にぼくのアバターなのかな? 別人が混じってない?」
「いや、あいつは間違いなくウィル、おまえだったよ。自分が死ぬってことがわかっていても、泣きわめきもせずに、最後までみんなのことを気にかけて、戦術データを送り続けていた。おまえだって、もしあいつと同じ状況になれば、同じようにやってのけるはずだ。あいつには覚悟があった。ウィル、今のおまえにも覚悟はあるだろう?」
ウィリアムは言葉に詰まった。
――覚悟か……考えたことがなかったけど。ぼくの中にも、もう、そういった覚悟はできているのかもしれない。
考えこんでいるウィリアムを見て、アレクサンダーは言った。
「まあ、そういうわけだから、エミリーのところに行って、謝って、正々堂々と好きだって言ってこい。おまえならできる。というかおまえはそれをやったんだからな」
「わかった……じゃあ、これから行ってくる」
ウィリアムが、そう答えたとき。レストランの中がざわついた。
顔を上げて店内を見まわしたウィリアムは、客たちの視線が壁面のモニターに向いているのに気がついて、あわててモニターを見上げた。
そこには、
その理由に気がついたのだろう、アレクサンダーが、つぶやくように言った。
「すげえ、反撃を開始して、半日も過ぎていないのに、もう敵の半分以上を撃破しちまった。転移点の周囲を防衛していた粛清者の防衛艦隊は総崩れだ。もうすぐ転移点に、第三軍が突入するぞ。このままのペースだと、日付が変わるころには、粛清者の艦隊は全滅だ」
「全滅させれば、そこで終わりかな? 粛清者は太陽系侵攻をあきらめるのかな? それとも、今度は前回の倍数の六万五千隻の艦隊を送りこんでくるんだろうか?」
アレクサンダーは首を振った。
「それはわからない。でも、過去の粛清者の侵攻を受けた星系の中で、撃退に成功した戦いはすべて転移してきた粛清者を一隻残らず撃滅させている。全滅させた時点で粛清者は侵攻をあきらめるんだ。逆に防衛に失敗した星系防衛戦は、転移してきた粛清者の艦隊を全滅させられなかった戦いだ。たとえ百隻でも残せば、粛清者はあきらめることなく、戦力を増強し続ける。そして、人類側は積み重なった数の力の前に敗退している。そう考えると、ケイローン軍第三軍が転移点にいる粛清者を完全に撃破すれば、粛清者は太陽系侵攻をあきらめる可能性が高い。そうなれば
「あれだけ戦っても勝てなかったのに、ケイローン軍第三軍が来たら、あっというまか……ぼくたちの苦労ってなんだったんだろうな」
つぶやくように言ったウィリアムの言葉を聞いて、アレクサンダーは肩をすくめた。
「つまるところ、戦いの決着を決めるのは、戦力の差で、戦力とは質と量をかけ合わせたものだ。第三軍の戦列艦はすべて新型で、粛清者艦隊の耐ビームコーティングを無力化できる威力がある。そういう敵よりも高い質を持つ艦を敵よりも多くそろえた。質と量が敵に勝った。そういうことさ。おれたちの戦いは、その質を上げた新装備を生み出すためのデータを取るための戦いだったってことなんだろうな。でも、戦いはいたちごっこだ。おそらく粛清者は次の手を考え出すだろう。それが何かわからない。新型戦艦のビームでも貫けないさらに強力な耐ビームコーティングなのか、恒星反応弾の新型なのか。新兵器が効果的な時間は短い。銀河文明評議会は、きっとこの新型戦艦が通用しない敵を想定して、さらに強力な、質を上げた装備を研究しているだろう。そういう視点で見れば、すべての戦場は実験場で、すべての実戦は実験で、すべての兵士はモルモットにすぎない。でも、それは必然で、それに文句をいうのはお門違いだ」
ウィリアムはうなずいた。
「確かにそうだよな、家庭用の電化製品だって、市場に出して、新製品の不具合をなおしたり改良したりして、製品は洗練され高性能になっていく。でも、それは客をモルモットにしているわけじゃない。安全性に問題があるのは論外だけど、使い勝手や改良点は、実際に多くの人が使ってみなければ、不具合や改良すべきところは見えてこない。すべてのテクノロジーはそうやって進化していく……ってことだものな」
アレクサンダーはコーラのパックを持って、椅子から立ち上がった。
「さて、おまえの相談に乗ったわけだが、エミリーとの件はおまえの中で答えが出ているだろうから、おれはもう何も言わないし、なにもできない。ここから先は、おまえの覚悟が決める。おれはこれからホテルの中庭にあるバーベキューガーデンでやる、パーティという名前の馬鹿騒ぎの幹事なんでね、このへんで失礼するよ。中庭にあるプロジェクターに、粛清者の断末魔の光景を映し出して、それを見ながら最高に盛り上がるって計画を思いついたんだ。ホテルの支配人に交渉しなくちゃならない。エミリーと仲なおりしたら、顔を出せ。歓迎するぜ」
「ああ、わかった、忙しいのに相談に乗ってくれてありがとう」
椅子から立ち上がって礼を言うウィリアムに、アレクサンダーは右手を差し出した。
「いや、こっちこそ、頼ってもらえて嬉しかった。参謀の参謀がやれる機会はちょっとないからな」
「参謀? ぼくが?」
「ああ、立派な参謀さ。この戦いが終わったら、おそらくおまえはそっち方面の仕事に就く。機動戦闘艇パイロットよりも向いていると思う。じゃあな、待ってるぜ!」
アレクサンダーは、右手を差し出しかけて固まったウィリアムの右手をぎゅっと握ると、笑いながら去っていった。
――ぼくが参謀か……確かに、色々考えるのは好きだけど、戦術支援AIがあるから、もう参謀なんか必要ないんじゃないかな? でも、戦術支援AIは、過去のデータとかは示せるけど、それを組み合わせて新しい戦いかたとかを示してくれるわけじゃない。そういう部分が求められているってことなのかな?
そこまで考えてから、ウィリアムは我に返った。
――いや、いま考えなくちゃいけないのは、ぼくのことじゃなくて、エミリーのことだ。アレクから聞いた話が本当なら、ぼくにも覚悟や勇気があるはずだ。同じ人間なんだから。きっと、きっかけがあれば、ぼくの中にある覚悟が目覚めるはずだ。自分の中に潜んでいる勇気の引き金を引く力、それが覚悟ってやつなんだ。
……とはいえ、拗ねて引きこもっているエミリーに正面から話しかけても、きっともっと拗ねるだけだ。機嫌が悪い時のあいつは、起爆装置つきの地雷なみの取り扱い注意物件だからな……まずはその起爆装置を取りはずさなくちゃいけない。
ウィリアムはしばらく考えこんでいたが、やがて、何かに気がついたのだろう、テーブルに作りつけになっている汎用端末を使って、何かを調べ始めた。
ウィリアムが、エミリーの宿泊先であるコテージにやってきたのは、それから一時間ほど過ぎてからのことだった。地球軍独立艦隊の一般将兵は、ホテルの本館と、それに併設しているコンドミニアムタイプのコテージにわかれて宿泊しており、エミリーを始めとする女性兵士のほとんどは、このコテージが宿泊先になっている。
コテージの玄関の手前にある小さなエントランスに立ったウィリアムは、目の前にあるコンシェルジュモニターに向かって、声をかけた。
「ウィリアム・マコーミック・スタームと申します。三号室に宿泊中のエミリーさんに会いたくて来ました。お取り次ぎをお願いします」
モニターの中に浮かび上がった、コンシェルジュドローンは、すまなそうに答えた。
『お客様から、いっさいの訪問者をお断りするようにことづかっております』
――やっぱりか……でも、そうなるのは予想ずみだ。
ウィリアムは、手に下げていた紙袋を持ち上げてモニターに示した。
「彼女のためにケーキを持ってきたんです。アイルランドふうのアップルクランブルケーキで、ホテルのパティシエに特別に作ってもらったんですが。そうですか、会えないなら仕方ありませんね、持って帰ります……」
そう言ったとたん、モニターの映像が切り替わって、不機嫌そうな顔のエミリーが現われた。
『なによ、ケーキでごまかす気?』
「ごまかすつもりはないよ。これは、きみがぼくの実家に来たとき、アップルパイを食べて、〝アイルランドにもおいしいアップルケーキがあるんだよ〟って話をしていたのを思い出して、作ってもらったんだ……」
そして、ウィリアムは、モニターに映るエミリーを正面から見つめて言った。
「ぼくは、きみに言わなくちゃいけないことがあるみたいだ。この新しいアバターになったぼくには、前のぼくが戦死する直前の記憶はない。そいつが、どんなことを言ったのか、どんなことをしたのか、ぼくは知らない。でも、ぼくはぼくだ。その言葉やその行動の理由は同じだ。前のぼくは覚悟を決めていて、今のぼくには覚悟がなかった。それだけの違いだ。だから、ぼくは覚悟を決めてきた……その言葉を言ってもいいかい?」
『ちょっと待って!』
モニターの中のエミリーが叫んだ。
『コンシェルジュに、ドアロックを開けるように言うわ……その言葉をモニター越しに聞きたくないから……』
「わかった」
ひと呼吸ほどの時間のあとで、コンシェルジュドローンの声がした。
『コテージのドアロックを解除しました。中にお入りください』
ミー! という小さなブザー音とともにコテージの玄関ドアの表示が青く変わった。ドアを開けてエントランスから中に入ると、目の前に地中海特有の白い漆喰で塗られた建物が二つ並んでいた。ウィリアムは一~三号室の表示のある左側の建物に向かい、矢印に従って階段を上がって二階の奥の部屋のドアの前に立った。
一回深呼吸をしてから、ドアをノックしようとして手を伸ばしたのと同時にドアが開いて、エミリーが立っていた。
目の前にウィリアムの握りこぶしがあるのに目を丸くしたエミリーは、あわてて、ばたん! とドアを閉めて叫んだ。
「なによ! 殴る気?」
「ちがうよ! ノックしようとしたら、そのタイミングでいきなりきみがドアを開けたんだよ! 殴ったりするもんか!」
二呼吸ほどの時間が過ぎて、ドアがそーっと開いた。三センチほどの隙間からエミリーがこっちを睨んでいる。
無言で見つめ合ったまま、ふたたび二呼吸ほどの時間が過ぎた。
最初に口を開いたのはウィリアムだった。
「ぼくのことが迷惑なら、ドアの前に、このケーキ置いて帰るから……」
「帰るな! このヘタレ野郎!」
エミリーに怒鳴られたウィリアムは、はっと目を見開いた。
――そうだ、ぼくはいつも、相手の迷惑になるかもしれない、という理由をつけて、いろいろなことに背中を向けてきた。でもそれは、本当は相手のためじゃない、自分のためだ。嫌なこと、自分が傷つきそうなこと、面倒なことから逃げる理由に相手を利用していただけだ。他人に迷惑をかけないことと、他人との関わりから逃げることは、似ているけど別なんだ。
ウィリアムは、一回深呼吸して、そして前を向いて、ドアの向こうにいるエミリーに向かって言った。
「ごめん、ぼくはヘタレだった。でも覚悟を決めて言う。ぼくはきみが好きだ。エミリー。このぼくになる前のぼくと、今のぼくは同じだ。なにひとつ変わっちゃいない。また戦死して新しいアバターになっても。全部のアバターを使いつくして、オリジナルのぼくになっても。オリジナルのぼくが死んで、人格だけがアバターに使われても、それは変わらない。自信を持って言えるよ、きみが好きだって……」
ウィリアムがそこまで言ったとき、ドアが、ばん! と開いた。目の前に顔を真っ赤にしたエミリーが立っていた。
「バカか! あんたは! よくもまあ、そんな恥ずかしいことを部屋の外で言えるな! これ以上恥ずかしい思いをしたくないから、早く部屋に入れ!」
「え? いいの?」
部屋の中から、エミリーではない女の子の声がした。
「いいわよ、エミリーがいいって言うなら、わたしは別に気にしないわ」
それは士官学校の同期生で、地球軍独立艦隊の戦列艦艦隊で砲撃特化型重巡航艦の艦長をやっているサチエ・ハマダだった。
リビングの真ん中にある籐製のベンチシートにすわったサチエは、おもしろそうにウィリアムを見て言った。
「お邪魔なら、わたしは出かけるけど?」
「え? あ、いや、その……」
どうしていいかわからずに、おたおたしているウィリアムの腕を、エミリーが引っ張って部屋に引っ張り入れた。
「別に邪魔じゃないよ、サチエ。こいつの持ってきたケーキ食わないか?」
エミリーは、そっけない態度を取っているが、耳の先が真っ赤だ。きっと照れくさくて仕方ないのだろう。
「アイルランドふうのアップルグランブルケーキって言ったわよね? わたし、食べたことないんだ。どんな味なの?」
「どんな味って……リンゴのケーキだよ?」
「それはわかってるけど、アイルランドふうってのがよくわかんないな……」
紙袋の中から取り出して、リビングのテーブルに置いたケーキの箱を覗きこんだエミリーとサチエが話をしているのを見ていたウィリアムに、エミリーが言った。
「なにをぼーっと突っ立っているのよ、すわんなよ!」
「え? あ、ああ、うん」
ウィリアムがリビングの椅子にすわるのと同時に。窓の外から、わあわあ、という大歓声が聞こえてきた。
「なんだろう?」「何かあったのかな?」
そう言いながら窓に駆け寄ったエミリーとサチエの後ろから窓の外を見ようとしたウィリアムは、はっと気がついた。
「汎用端末はどこ?」
「テーブルのところに、据え置き型があるはず」
エミリーの言葉どおり、リビングテーブルの天板にコンソールが作りつけになっていた。ウィリアムは、そのコンソールを操作して、リビングルームの壁面にあるモニターに、太陽系防衛軍総司令部が配信している戦況情報を映し出した。表示された画面の中に映し出されているのは、ケイローン軍第三軍が粛清者の防衛艦隊を突破し、彼らの聖域である転移点内に侵入したということを告げる文字だった。
「すごい! ついに転移点に突入したんだ! 今の大歓声は、このニュースを聞いた連中が、叫んだ声だったんだ!」
そのとき、ウィリアムと、エミリーと、サチエの個人用汎用端末が同時に、メッセージ受信の音を立てた。
「誰だろう?」「何か緊急事態?」「公用通信じゃないから違うと思う」
三人が、そう言ってそれぞれに覗きこんだ個人用汎用端末の中では、アレクサンダーが得意満面の笑顔で映っていた。
『地球軍独立艦隊の士官学校第一期練習生の諸君に告げる。われわれは、この、満員のミコノスエリアにおいて、最大のバーベキューガーデンを抑えることに成功した! これよりガーデンパーティを始める! 施設の屋外にはプロジェクターを設置し、ケイローン軍第三軍の戦いぶりを見ることができるようにした! 諸君らもご存じのとおり、ケイローン軍第三軍はついに粛清者の転移点内に侵入し、そこで残敵を掃討中である! 完全勝利まであと少しだ! その瞬間を戦友たちと見守り、共に祝杯をあげようではないか! 諸君らの参加を待つ! 以上だ!』
そして、アレクサンダーの姿が汎用端末から消えた。
「どうする?」「行こうか?」
そう言って顔を見合わせたウィリアムとエミリーを見て、サチエが笑った。
「別に問題ないんじゃないの? エミリーがこの部屋に閉じこもっちゃった理由もなくなったしね!」
「理由?」
「あなたが理由よ。あなたが来ないと部屋から出ないって、駄々こねてたのよ、エミリーは」
「うるさいわね! ケーキあげないわよ!」
「いいわよ、ケーキはガーデンパーティから帰ってきたらもらうから」
「パーティから帰ってきてもあげないって言ってるのよ!」
「はいはい、わかったわかった。ウィルが来て照れてるのはわかってるんだから、エミリーも素直になんなさい」
サチエはそう言ったあとで、ウィリアムに向きなおった。
「あんたも彼氏になったんだから、しっかり、エミリーのエスコートやんなさい。ヘタレじゃないとこ見せなさいよ」
「わかった」
背筋を伸ばしてそう答えたウィリアムを見て、サチエはよしよし、とうなずいた。
リゾートホテルの中庭にあるバーベキューガーデンを貸し切って行なわれるガーデンパーティは、午後八時過ぎから始まった。
芝生の生えた中庭のあちこちに焚かれた
「よう! ウィル! エミリーも一緒、ということはうまくいった、ってことだな」
上機嫌のアレクサンダーに声をかけられたウィリアムは、にっこり笑って答えた
「うん、ありがとう。うまく言ったら、うまく行った……なんか言いかたが変だけど」
「気にすんな、結果オーライさ」
ウィリアムにそう言い返したあとで、アレクサンダーは少し真面目な顔になってエミリーに言った。
「な? 心配ないって言っただろ? ウィルはウィルだっただろ?」
「うん、ウィルはウィルだった。もうちょっとマシになってるかと思ったけど……」
そう答えたエミリーに、ウィリアムは聞いた。
「ヘタレなぼくは、嫌い?」
「うるさい! 嫌いなら、ここまでついてこないよ! 察しろ、バカ!」
そう言って顔を赤くするエミリーと、嬉しそうなウィリアムを見て、アレクサンダーは声を上げて笑った。
「ははは、ウィルも攻めるようになったなあ……まあなんだ、ウィル。きみたちを祝福するよ、楽しんでいってくれ!」
「ありがとう!」
「おれは、これからケイローン軍第三軍が粛清者を掃討しているようすをプロジェクターで映す準備に取りかからなきゃならない。粛清者の残存艦隊を完全掃討して、太陽系に残る敵の数がゼロになった瞬間に、シャンパンを開けてお祝いするから、用意しておいてくれよ」
アレクサンダーはそう言い残すと、バーベキューガーデンの隅のほうにある、スピーチ台のほうに歩いていった。
「太陽系に転移していた粛清者を全部やっつけたら、それで終わりなの? こんどは六万五千隻が攻めてくるってことはないのかな?」
隣にいたエミリーが、ウィリアムの顔を見上げて、不安そうに聞いた。
「どうなるかわからないけど、粛清者は、転移させた部隊が全滅すると、そこで侵攻をあきらめることが多かった。今回もそうなるんじゃないかって思ってる……多分に希望的観測だけどね」
「もし、つぎに六万五千隻の粛清者が転移してきたらどうなるの? ケイローン軍第三軍は四万隻しか残ってないよ?」
「デグル大将はそうなることを考えているんだと思う。だから、粛清者の転移点に攻めこんだんだ。太陽系の外周部で、転移しやすい重力波の干渉が少ない地点というのはかぎられる。転移させる質量が少なければ、短時間に生まれる惑星の相互干渉の影響で重力波の干渉が起きない地点を選んで転移できるけど、何万という数の艦隊を転移させるには時間がかかる。そういう長時間にわたって、重力波が安定しているエリアが必要だ。つまり、もし粛清者が次に六万五千隻の艦隊を太陽系に転移させようとするなら、あのエリアを使うしかないんだ。だから、あのエリアを取り囲んでいれば、粛清者がどんな大軍を送りこんできても、実体化した瞬間に破壊してしまえばいいってことさ」
エミリーはうなずいた。
「そうか、六万五千隻の粛清者艦隊と言っても、いちどに六万五千隻が全部出現するわけじゃなくて、細いトンネルの中から一列になって出てくるようなものだもんね。トンネルから出てきたモグラを一匹ずつたたくだけでいいから、敵の総数より少ない戦力でも充分戦えるってことか……」
「うん、デグル大将はそれを考えて、粛清者の転移点に突撃して、周辺空域を制圧しているんだと思う」
「でも、もし粛清者が、周辺の小さな転移点を利用して、分散させて転移してきたらどうするの? モルダー星系防衛戦のときみたいに……」
「戦力ってのは、集中して初めて効果がある。分散させれば、各個撃破されて終わりだよ。モルダー星系のときも、分散転移してきた敵の一カ所あたりの数はそんなに多くなかっただろう?」
エミリーは、感心したようにうなずいた。
「すごいな。上の人って、こういうときはああする、ああいうときはこうする、ってことをちゃんと考えてるんだね……機動戦闘艇の
「まあ、ざっくり言ってしまえば、そういうことかもね」
そう言って笑いながら、ウィリアムは頭の隅で考えていた。
――ありとあらゆる可能性を考えて、それに対処できるように手立てを考えておくというのが、戦いで勝利するためのセオリーだ。でも、たとえ百の攻めかたに対して百の守りかたを用意していても、敵が、こっちが思いもつかなかった百一番目の攻めかたで攻めてくれば負ける。いくつ思いつくのか、思いつけるのか、それが勝敗を決めるのかもしれない。
ウィリアムがそんなことを考えていると、突然バーベキューグリルの向こう側が明るくなって、有名な光学機器メーカーの立体ロゴが、空中に浮かぶように、ゆっくりとまわり始めた。それは、アレクサンダーが用意した空間プロジェクターが映し出したテストパターンの映像だった。
パーティ会場にいた人々の視線が集まる中で、アレクサンダーがスピーチ台に現われた。
『諸君! いよいよ粛清者の最期の時が迫った! ケイローン軍第三軍は順調に転移点の掃討を行なっている。残すところ、あと百隻を切った! いま、おれたちの目の前に、歴史的な瞬間が訪れようとしている! 長い太陽系防衛戦が今、終わろうとしている! さあ諸君、グラスを持て! シャンパンを持ってるヤツは、栓を緩めろ! 人類の勝利の瞬間が来るぞ!』
ウィリアムの前にすっと、グラスが出てきた。それはエミリーが用意したものだった。「え?」
いままで、そんな気遣いをされたことがなかったウィリアムが、半分あっけにとられていると、エミリーが不機嫌そうに言った。
「なにを驚いてんのよ! 早く取りなさいよ!」
「あ、ああ、ありがとう……」
慌ててグラスを受け取ったウィリアムを見て、エミリーが小さくため息をついた。
「あたし、今まで、こんなふうに男の子の世話を焼くのって、女が男に
「そう思ってもらえるように努力する……だから、言いたいことがあったらなんでも言ってくれていいよ」
ウィリアムの言葉に、エミリーは不機嫌そうにつぶやいた。
「いちいちカッコつけんな、バカ……」
相変わらず、口は悪かったが、エミリーのそんな態度が、すべて照れからくる反動だということに気がついてから、ウィリアムにはまったく気にならなくなっていた。
プロジェクターが映し出す、宇宙戦闘の画面の中で、粛清者の補給艦らしい大型艦が爆発し、画面の横に表示されている、残存艦のカウンターが、またひとつ減った。
「あと二十!」
「あと十九!」
「あと十八!」
コールと、口笛、歓声が渦を巻いている。気がつくと、リゾートホテルの客室のテラスに、宿泊している兵士たちが鈴なりになっていた。みんな、自分たちの部屋でモニターを見るよりも、中庭の大型映像のほうが盛り上がれると思ったのだろう。
――きっと、地球でも盛り上がっているんだろうな……いや、このエデンにいる将兵は、粛清者と直接戦っていたぶん、地球よりも盛り上がっているに違いない。
ウィリアムは間違っていた。地球でも、ケイローン軍第三軍の攻撃の光景は中継されており、地球の人々もモニターに釘づけだった。地下のシェルターに避難して、すでに一週間以上が過ぎ、避難民のあいだにそろそろ戻りたい、という不満を漏らす人が増えていた。そういう人々にとって、粛清者が完全に排除されるということは、そのままシェルターからの開放を意味すると受け取られていたのだ。
そして、ついに時は来た。
最後の一隻の防御スクリーンが、ケイローン軍第三軍の主砲の前に崩れ去り、艦体が爆発の光に包まれるのと同時に、残存関数を示すカウンターがゼロを刻んだ、その瞬間――。
「うぉおおおおおおお!」
「勝った! 勝ったぞ!」
「粛清者を全滅させたぞ! 太陽系は救われた! おれたちは勝ったぞ!」
「終わりだ! 戦争は終わりだ! 家に帰れる! 家に帰れるんだ!」
補給工作艦エデンの艦内が、人の声で揺れた。
すべての将兵が、叫び、飛び跳ね、踊り、たがいにビールやシャンパンをかけ合った。
「……勝ったんだね、あたしたち……」
歓喜の渦の中で走りまわり、跳ねまわる仲間たちを見つめて、エミリーが、ぽつん、と言った。
「うん、勝った……」
「あのさ……ウィル」
「なんだい?」
「ちゃんとした休暇がもらえたら、アイルランドに来ない? あたしの家はもうないし、ママもパパも、離婚してどこかに行っちゃったから紹介できないけど。子供のころ遊んだ街を案内してあげる」
「うん……ありがとう」
そう答えてから、ウィリアムは思った。
――エミリーにとって、自分が育ってきた環境は、引け目以外の何物でもないはずだ。それはいわば自分の弱点と言ってもいいだろう。誰にも触れられたくないものだったはずだ。でも、今、エミリーは、その自分の弱点を全部、ぼくに
大騒ぎする仲間を嬉しそうに見上げるエミリーの横顔を見て、ウィリアムは思った。
――ちびで、痩せっぽちで、意地っ張りの、誰にも懐かない性悪の子猫。最初に出会った時の、ぼくの印象はそれだった。どう見ても、最低最悪な
ぼんやりとそんなことを考えていたウィリアムの背中を、誰かが力いっぱいたたいた。
「ぐはっ!」
肺の中の空気が押し出されて、変な声が出た。振り返ると、そこにユージンが立っていた。もう完全に酔っ払っている。
「なんだよ、ウィル! 彼女の顔に見とれている場合かよ! カワイイ彼女ができて嬉しいのはわかるが、今は個人的な喜びはあとにして、地球人類のために喜べ!」
「なによそれ、皮肉?」
ユージンの言葉に、エミリーが突っかかった。
――まずい、またユージンとケンカになる!
ウィリアムはそう思った。だが、ユージンの反応はいつもと違っていた。
「皮肉じゃねえよ。本気でそう思っただけだ。エミリー、おまえ、最近カワイイぜ。昔とは正反対だ。やっぱり女の子はそうでなくちゃ」
ニコニコ笑いながら上機嫌で答えるユージンの顔を、エミリーはぽかん、と見つめていた。
「嘘だと思ったら、鏡を見てみな。目つきが違うだけで、女の子ってのは変わるんだ。さてと、酒が切れた。シャンパンじゃダメだな。男は黙ってウォッカだ! おーい、ウォッカはどこだ! 火に近づけたら燃えるぐらいのヤツだぞ!」
大声でわめきながらふらふらと去っていくユージンの背中を見て、エミリーはため息をついた。
「まったく、これだからロシア人ってのは……。〝ウォッカを飲んでない時のロシア人は単なるバカで、ウォッカを飲んだときのロシア人は酔っ払ったバカだ〟ってことわざどおりね」
「ひでえなあ……」
「ひどくもなんともないわ。だって、そのことわざを教えてくれたのが、ユージン本人なんだもの」
エミリーがさらっと答えたとき。戦場の実況をしていたプロジェクターの画面から、聞き覚えのある、そして一番聞きたくない警報音が響いてきた。
馬鹿騒ぎで盛り上がっていたパーティ会場が、凍りついた。それは、粛清者の転移を告げる転移警報の音だった。
補給工作艦エデンに渦巻いていた歓喜の声は、一瞬に怒号と
「くっそ! ふざけんなよ! なんで転移してきやがるんだよ!」
「いい加減にあきらめろよ! なんで太陽系ばかりこんなに狙うんだよ!」
「まだかよ、まだ戦わなくちゃならねえのかよ! おれ、実家にこれから帰るって言っちまったぜ?」
「もう嫌だ、おれ、動きたくねえ。もう無理、もう無理だ……」
喜びの波が大きかった分、その波が引いた時の気分は最悪だった。誰もが実況のモニターを睨みつけていた……そして、補給工作艦エデンの艦内に、緊急招集を告げる電子サイレン音が響き渡った。
「あのサイレンはなに?」
怯えたような目つきでそう聞いたエミリーに、ウィリアムはゆっくりと答えた。
「緊急非常呼集のサイレンだ。〝いかなる状態にあっても、迅速に職務に復帰せよ〟っていうやつだ……休暇は終わっちゃったみたいだね」
エミリーは黙って、大きなため息をひとつついた。
そのころ、木星軌道上にある太陽系防衛軍総司令部には、今までにない危機感が漂っていた。
『間違いないのですか? 本当に、それだけの質量が転移してくるというのですね?』
上ずったようなレキシムの声に、戦略支援AIの冷静な声が答えた。
『間違いありません。転移反応が確認されたのは、太陽系外周部の、約千三百カ所。それぞれの転移点で確認された質量は、およそ戦闘艦百隻です』
『転移点を表示しなさい』
『了解』
その応えと同時に、三次元立体モニターに千三百の赤い光点が映し出された。その点は、太陽系外周部だけでなく、冥王星の軌道近くにまで広がっている。
『こんなに近くまで!』
レキシムが驚いたとき。意識空間にデグル大将の意識が飛びこんできた。
『第三軍のデグルだ。状況は把握しているか?』
『はい、千三百の転移点から各百隻の転移が始まっています。ひとつひとつの転移数は少ないですが、その総数は十三万隻に及びます。転移点はいずれも重力波変動の小さなスポットで、長時間にわたって転移に使用できるものではなく、場所によっては百隻すべてを転移させることができないものもあると思われます』
デグル大将はいまいましげにうなずいた。
『粛清者は、〝戦力は集中してこそ意味がある〟というセオリーなど知らんようだな。だが、たった百隻の艦隊を各個撃破することは容易だが、時間がかかる。ましてやその百隻がすべて恒星反応弾だとすれば、迎撃はきわめて難しい。そちらの機動戦闘艇は何機出せる?』
『すぐに出せるのは即応態勢にあった四集団二万機。四時間以内なら、さらに二万機。八時間以内なら、土星軌道上に配備されている予備軍も動員できますのでそれにさらに四万機を出せます。しかし、機動戦闘艇八万機、と言えばかなりの戦力ですが、その内情といえば機体は旧式で、パイロットは招集されて短期間の訓練だけを受けた未熟な新兵、というのが正直なところです。ただ、士気は高く、その点は未熟な技量を補えるに足りると信じます』
『士気で補えるものもあれば、補えぬものもある。だが、士気が高いにこしたことはない。われわれは、これより粛清者の小規模艦隊を撃滅するために二千隻程度の機動艦隊を多数編成し、各個撃破を開始する。転移してきた一般艦隊はわれわれが対応する。きみたちは恒星反応弾迎撃にその総力をふり向けて欲しい』
『了解しました』
レキシムがデグル大将に敬礼を返したとき、早期情報収集艦から警報が飛びこんできた。
『警報! 警報! 新たに転移してきた千三百の転移点の約半数から恒星反応弾が出現中! 今回の侵攻は恒星反応弾の飽和攻撃の可能性大!』
『馬鹿な! 恒星反応弾の飽和攻撃だと? 十三万隻の敵艦隊の半数が恒星反応弾だとでも言うのか!』
デグル大将は叫んだ。だがレキシムは感づいていた。
『その可能性はあります! 恒星反応弾の飽和攻撃の可能性は、粛清者が恒星反応弾を初めて使用したモルダー星系防衛戦以来、常に指摘されていました。粛清者の過去の戦術の延長線上にある、もっとも有効と思われる戦術です。しかし、粛清者はまだいちども恒星反応弾の飽和攻撃を仕掛けてきませんでした。その理由はわかりません。おそらくはコスト的な問題で、大量生産できなかったのではないかと思われます。今回粛清者は、この太陽系だけではなく、シュリシュクを始めとしたほかの中堅種族の恒星系に対しても恒星反応弾を使用しましたが、いずれもその数は少なく、数百発程度です。おそらく試験的に使用したのだと思います。そして、試験の結果が出たのでしょう……』
『量産化にゴーサインが出た、ということか……』
『はい、飽和攻撃とは文字どおり数で圧倒し、迎撃戦力を無力化するものです。以前の倍数で攻めてきていた粛清者が、三万二千七百六十八隻の次の段階である六万五千五百三十六隻を飛ばして、十三万一千七十二隻を転移させてきたのは、この数の力を確実にするためだと思われます。彼らは決着をつけにきたのです。おそらくこの戦いが最終決戦となるでしょう』
デグル大将はうなずいた。
『わかった、ケイローンは約束した。〝魂の試練を勝ち抜いた種族は、ケイローンが庇護し、その生存圏を守る〟とな……今、その約束を果たす時が来たのだな。われわれは粛清者の小規模艦隊を
『よろしくお願いします!』
レキシムはデグル大将にそう応えたあとで、リンクを太陽系防衛軍の全将兵向けに切り替えた。
『こちらは太陽系防衛軍総司令官のレキシムです。ご存じのとおり、先程、太陽系外周部に粛清者艦隊が転移してまいりました。粛清者の総数は十三万、その半数以上が恒星反応弾と思われます。さまざまなデータを分析した結果、太陽系防衛軍総司令部は、この攻撃を恒星反応弾の飽和攻撃と断定しました! 飽和攻撃であれば、この恒星反応弾は榴散弾弾頭搭載型ではなく、真正弾頭である可能性が非常に高くなります! この戦いは太陽系防衛の最終決戦であり、絶対に負けられない戦いでもあります! 恒星反応弾を太陽に到達させてはなりません! ひとつ残らず撃破するのです! ただ今の時間をもって、太陽系防衛作戦Fプランを発動します! 地球連邦宇宙軍を含む、太陽系内のすべての防衛軍は、ただちに臨戦態勢に入り、防空データリンクの指示に従って目標を選択し、飛翔する恒星反応弾を確実に捕捉撃破してください、木星軌道の絶対防空圏内に、恒星反応弾の侵入を許してはなりません!』
レキシムの通達を、恵一は地球軍独立艦隊の
「Fプラン……ってどんな作戦だ?」
「最終決戦だよ、使えるもの、宇宙空間を飛べるものなら、作業艇でもコンテナ貨物船でも、とにかくすべての物と人を動員して、粛清者の恒星反応弾にぶつけてでも阻止する、という作戦さ」
「そうか……Fってのは、ファイナルの頭文字なんだな……」
連絡艇のソファや、ギャレーを撤去して、その代わりに床に増設された簡易シートにすわった二十代半ばの二人の若者が、そんな会話をしているのを聞きながら、恵一は作戦計画書を開いていた。
この将官用の連絡艇は、民間のビジネス用連絡艇と同じ、上質なソファや木質の内装を備えており、本来ならば、尉官クラスの士官や一般兵の搭乗は許されていない。だが、緊急事態ということで内装を取りはずし、簡易シートを装着してベースに向かう士官や、冥王星防衛ラインの基地に向かう迎撃型機動戦闘艇パイロットたちを乗せている。
「休暇は終わりか……あーくそ、不完全燃焼だ。もやもやする」
地球軍独立艦隊の機動戦闘艇パイロットであるユージンが、小声でぼやくと、後ろにすわっていた同僚のメイ・スタルヒンが、笑いながら言った。
「ユージンがもやもやするのは、摂取したアルコールを強制的に分解する酵素を飲んだせいじゃないの?」
「そうかもしれねえな。ウォッカ飲んで〝気分最高、空でも飛べるぜ!〟だったのを、こう、無理やり地面に引きずり降ろされるわけだからな……でもまあ、仕事となれば仕方ねえ。次の休暇を楽しみにして、がんばるしかねえな」
そう言って頭を掻くユージンを見て、メイが以外そうに言った。
「不完全燃焼だって不満そうだったから、もっと愚痴るんじゃないかと思ったけど、けっこう前向きなのね」
「不完全燃焼さ。でもよ、それって燃料が燃やしきれないでおれの中に残ってるってことだろう? そう考えれば次の休暇のとき、ガンガン燃やせる燃料が山ほどあるってことだ。より楽しい、より最高な休暇が待ってるってことだぜ。楽しい休暇を過ごす秘訣は、後悔しないように、あとあと引きずらないように、仕事をきっちりやってのけることだ、ってリー教官に教わってね。ずっとそれを実践してるってわけさ」
「へえ、脳みそまで筋肉だと思ったら、そうでもないのね」
「筋肉なら鍛えられる。つまり、脳みそまで筋肉なら、鍛えかたしだいでどんどん強くなる。それは褒め言葉だ」
ユージンはそう言うと、したり顔でうなずいた。
取りはずされずに残った将官用シートにすわって、執務机モニターで作戦計画書を読んでいた恵一は、画面を閉じると、目を閉じて考えこんだ。
――この十三万に及ぶ粛清者の転移は、完全に裏をかかれた。ケイローン軍第三軍ひきいるデグル大将は、粛清者の使った転移点エリアを抑えることで、かりに粛清者が倍数で転移してきても撃破できると考えた。しかし粛清者の取った戦法は、モルダー星系で使った小規模艦隊を多数同時に転移させてくる、というものだった。この戦法は、数の優勢という粛清者側にとって最大の利点を投げ捨てるに等しい。百隻単位で広範囲に分散させた艦隊は、各個撃破されて終わりだ。だが、この百隻単位、千三百カ所、というやりかたで転移してくるのが、すべて恒星反応弾、それも真正の反応弾だったらどうだろう?
まとまって、同じ方向から飛んでくる反応弾を迎撃するのは、簡単だ。大群がまとまっていれば、火砲の集中砲火の効果も高い。だが、千三百カ所から同時に、百発の反応弾が太陽に向かって飛び始めたとしたら、それをすべて同時にたたくことはできない。数の優位が、その時点で粛清者側に生じるのだ。
――粛清者は馬鹿じゃない。ちゃんと、どういう攻撃が効果的なのかを考え、その手をきっちりと打ってくる。でもおれは、負けるわけにはいかないんだ。
恵一は目を開いたとき、ウィリアムが声をかけてきた。
「お忙しいところ申しわけありません。質問、よろしいですか?」
横にいたエミリーが、あわててウィリアムの服の袖を引っ張った。
「ちょっと! ウィル!」
恵一は慌てて顔の前で手を振ってみせた。
「ああ、いいよ、今ならまだ時間がある。ベースに到着したら、走りまわらなきゃならないが今なら大丈夫だ。聞きたいことってなんだい?」
「ありがとうございます! 今回の粛清者の攻撃は、おそらく飽和攻撃を狙っているのだと思います。十三万すべてが恒星反応弾ではないと思いますが。半数としてもその数は六万五千発に及びます。ケイローン軍第三軍と親衛義勇軍艦隊、指導種族艦隊、途上種族艦隊の総数を合わせても、とうてい及びません。このような迎撃戦を、われわれはどのように戦えばいいのでしょうか?」
恵一は、少し考えたあとで、執務机のコンソールをたたき、三次元立体モニターの中に太陽系の概念図を表示させた。
「もっとも効果的なのは、まず何重にも防衛エリアを設定し、そのエリア内に迎撃部隊を配置する。そして目標を限定し、入ってきた目標を確実にそのエリア内で撃破する。それを各エリアごとに繰り返して敵の数を段階的に減らし、最終防衛ラインに到達する前にすべてを迎撃できればよし、できなければ、最終防衛ラインの配置部隊が体を張ってでもとめる、という多重防衛ラインを設定する方法だ。レキシム閣下の発令したFプランと言うのは、実はこの多重エリアを設定した迎撃計画なんだ……」
恵一はそこで言葉を切ると、執務机の三次元立体モニターの中に浮かぶ太陽系概念図の冥王星防衛ラインを指差して言葉を続けた。
「待機中だった部隊は、緊急発進し、すでに最前線のラインに配置されている。休暇中だったわれわれは、ベースにつきしだい、艦に乗りこみ、この冥王星防衛ラインの直前で配置につく。われわれの後ろにも何重にも防衛ラインが設置されている。敵の数は多いが気を取られることなく、目の前の敵を確実に破壊しろ。深追いはするな。はずしたら、次の目標をねらえ。
恵一がそこまで言ったとき、連絡艇の室内に、ベース到着を告げるインフォメーションが流れた。
「さあ、戦場に戻ってきたぞ。各自、自分の乗る艦に急げ! 地球軍独立艦隊は、五分後に発進する!」
「了解しました!」
ウィルをはじめとする、機動戦闘艇部隊のパイロットたちは、いっせいに敬礼した。
移動
パイロットの意識の中に、レキシムの思念が注ぎこまれてきた。
『あなたがた迎撃型機動戦闘艇パイロットを選別するにあたって、もっとも重要視されたもの――それは、運動神経でも空間把握能力でも、知識でもありません。それはただひとつ、逃げないこと。どんな逆境にあってもけっして逃げることなく踏みとどまることができること、それだったのです。
その選抜は間違ってはいませんでした。あなたがたは逃げなかった。訓練場に踏みとどまり、その全力をつくして戦いかたを学び続けました。長い人類と粛清者との戦いにおいて、これほどまでに不利な状況下に追いこまれ、何ひとつ希望の見い出せない戦いはありませんでした。そんな史上最悪の戦場の中で、それでもなお、戦い続けるあなたがたに、わたしは言うべき言葉を見つけられません。
もし、地球人類が生存し続け、地球文明が継続していくことができれば、その地球人の歴史に、あなたがたの名前と共に刻まれるべき言葉は〝英雄〟ただそれだけだとわたしは思います。この、最後の戦いにおいて、わたしはあなたがた地球人とともに戦えたことを、心の底から感謝します!
機動戦闘艇部隊、攻撃開始!』
そのレキシムの言葉とともに、太陽系防衛の最後の戦いが始まった。
最初に迎撃を開始したのはケイローン軍第三軍の緊急展開艦隊だった。新型戦艦の主砲が、宇宙空間を切り裂き、そこに無数の閃光が生まれる。それは主砲の直撃を受けて爆発する恒星反応弾の姿だった。だが、主砲のビームをすり抜ける反応弾も多く、彼らが迎撃できたのは一万七千発にすぎなかった。
ケイローン軍第三軍の迎撃網をすり抜けた恒星反応弾を次に迎え撃ったのは、冥王星防衛ラインから緊急発進した。迎撃型機動戦闘艇部隊二万機だった。彼らは横一列の陣形を組んで、飛来する恒星反応弾を迎え撃った。
『目標残数はおよそ四万九千発。太陽系中心部に向けて進行中!』
『榴散弾弾頭搭載型は確認されていません、すべてが真正恒星反応弾と
『了解!』
迎撃型機動戦闘艇パイロットたちは、短く応えると、突撃を開始した。
宇宙空間に、ふたたび無数の閃光がまたたいた。
木星軌道上の太陽系防衛軍総司令部の総合指揮室にある三次元立体モニターには、太陽系の中心部に向かって動き続ける無数の、まさに無数としか言いようのない数のオレンジ色の光点が映し出されていた。
モニターの中を夕焼けの色に染めるその光点は、群れと言うよりも、雲に近かった。
――この概念図を見て、楽観的になれる人間はおそらくこの世に存在しないだろう。もしこれで太陽系防衛に成功したら、それは奇跡としか言いようがない。だが、われわれはその奇跡が起きると信じている。奇跡とは、願うものではない。起こすものなのだ。
レキシムの思いとは関係なく、戦術支援AIが状況を報告する。
『第二防衛エリアに展開した迎撃型機動戦闘艇部隊が、一万三千発の撃破に成功。残存数およそ三万六千発です』
『まもなく、第三防衛エリアに入ります。迎撃部隊は親衛義勇軍艦隊及び指導種族艦隊です』
光学センサーに捉えられた、おびただしい数のビームの白い線が、宇宙空間を切り裂いて伸びていく光景がモニターに映った。
ふたたび閃光がきらめく。艦隊から発進した機動戦闘艇が、反応弾に向かって発射した実体弾が、命中する映像も映し出されるが、撃破に成功した数は明らかに少なかった。
――一般艦隊は、恒星反応弾迎撃には不向きだ。迎撃に有効な機動戦闘艇の数も母艦に積載されているだけしかない。だが、彼らは義務を果たした。
『残存数は?』
戦略支援AIの答えは驚くべきものだった。
『残りの転移中の敵も、すべて恒星反応弾であると判明しました! 残存数はおよそ七万発です!』
『なんだと? 転移してきた十三万すべてが恒星反応弾だというのか!』
『一般艦隊の反応はありません、すべてが恒星反応弾と思われます』
それを聞いたレキシムは、多重エリアによって、敵の数を減らす戦術の限界を知った。
一発でも多くの敵を破壊する。それしか、地球を救うすべはない。ここに至って、レキシムは、ついに最後の命令を発した。
『各艦隊、各部隊のエリアにおける統制を解く! 目標管制データを利用し、各個に迎撃に当たれ! 全火器の使用を許可する! 一発でも多くの反応弾を破壊するんだ!」
そして、大混戦が始まった。
恵一は、自分の指揮下にある地球軍独立艦隊の将兵に向かって思念を飛ばした。
『こちらは地球軍独立艦隊総司令官、ケイイチ・アリサカである。諸君らが士官学校生および練習生として学び、兵士として〝魂の試練〟を戦い、そして遠くモルダー星系で粛清者と戦ってきたその経験を生かすのは、この戦いのためである!
これから行なわれる戦いの中で、諸君らの脳裏に、みずからの生命と引き換えに敵を倒そうという意識が生まれるかもしれない。アバターという手段があるがゆえに、われわれはときとして、みずからの生命に執着心をなくす。だが、踏みとどまってほしい! 諸君らの自爆攻撃を見て、奮い立った迎撃型機動戦闘艇部隊のパイロットが、諸君らのあとに続くかもしれないのだ! 彼らとわれわれとでは死というものへの重さが違う! 熱狂は
諸君! 戦え! 故郷のために戦え! 父と母のために戦え! 友と愛する者のために戦え! 生まれ育った故郷のために戦え! 山を、海を、川を、自分が生まれ育ってきた大地を、目に焼きつけたすべての光景のために戦え! われわれが守るのは日常である! どこにでもある、ありふれた、なんの変哲もない日常である! 今日と同じ明日、明日と同じ
その命令を受けた地球軍独立艦隊は、粛清者の放った恒星反応弾の群れへと突進した。
戦列艦の放つ無数のビームが宇宙空間を切り裂き、その合間に雷撃艦隊の放った何万という数の光子魚雷が突き進んでいく。破壊される実体弾の閃光の中を機動戦闘艇が舞うように飛びすぎていく。その戦いの最前線は、冥王星軌道のすぐそばまで迫っていた。
落としても落としても、恒星反応弾はやってきた。
そしてついにそのときがきた。
『ダメだ! 落とせない! 落とさなきゃいけないのに! 落とす方法がない!』
『地球が! 地球が!』
『わたしの家、わたしの家族、わたしの友達、全部守る! わたしが守ってやる! だから、神様! わたしにあと一発! あと一発でいいから実体弾をちょうだい!』
『光子魚雷残弾なし! 迎撃用散弾、残弾なし! 本艦は最後の手段をもって敵反応弾を阻止する! 願わくば、脱出装置が誰かに見つかりますように!』
『撃て! なぜ撃たない! ビーム砲の加熱だと? かまうもんか! 爆発したってあいつをとめる! リミッター解除! 主砲発射!』
恵一の意識空間の中を、部下たちの思念が渦を巻いて流れていく。その誰もが悲鳴を上げていた。
モニターに並ぶ各艦の表示には、ずらりと〝残弾なし〟、〝戦闘手段なし〟を示す赤いアイコンがまたたいていた。
――もはやこれまでか……地球人類はロストゲイアーとして、生きていかねばならないのか……われわれはケイローンの
そう考えた恵一が部下に呼びかけようとしたそのとき。目の前で、すべての光子魚雷を撃ちつくした駆逐艦と軽巡航艦が、恒星反応弾に向かって体あたりをした。
『まて! 早まるな! われわれは死ぬわけにはいかないんだ! 地球人類がふたたび這い上がるために、おれたちは必要なんだ! やめろ! やめるんだ!』
だが、体あたりはとまらなかった。一隻、また一隻と、恒星反応弾に向かって突っこんでいく。
恵一には、彼らの気持がわかった。痛いほどわかった。立場が同じなら、恵一もまた、体あたりを選択しただろう。目の前の一発、この一発の反応弾を見すごせば、それで地球が破滅する。それを知って、やすやすと見すごせる人間はいない。ましてや自分にそれをとめる手段、最後の手段があると知っていれば、それを選んだだろう。
だが、恵一は最高司令官であり、地球人類という存在を太陽系外の人類の視点で見なければならない立場だった。その立場は、それを認めることが許されないものだった。
恵一の静止をふりきって恒星反応弾に突っこんでいく地球軍独立艦隊の行動は、それをまのあたりにした者たちに熱狂を呼び起こし、集団心理によって、一種の高揚感をもたらした。
その熱狂は、そのまま迎撃型機動戦闘艇パイロットに伝播していった。
『くそ! まだ来やがるのかよ! もうとっくに実体弾は撃ちつくしちまった! こうなりゃ最後の武器だ!』
ランドルフの思念に不穏なものを感じたのだろう、セルゲイが思念を飛ばした。
『ランドルフ、帰還を許可する。補給にもどれ』
セルゲイの言葉を聞いたランドルフは叫んだ。
『戻っていたら、まに合わねえ! ここでくいとめなきゃ、地球は終わりだ!』
セルゲイは嫌な予感がした。
『ランドルフ、何をする気だ?』
『実体弾がなくたって、ようは、あの反応弾の足どめができりゃいいんだろ? こうなりゃ、頭から突っこんでやるよ!』
『よせ、やめろ、勝手は許さない!』
『隊長が許さなくても、おれをとめる方法はねえはずだ。いいかい、セルゲイ小隊長。あんたは生きて帰るんだ。婚約者さんによろしくな!』
『やめろ、それは無意味だ!』
『無意味じゃねえよ! おれの人生に意味があるとしたら、今、この瞬間にここにいて、このためにあったんだとおれは思う。たいした人生じゃなかったけどよ。こんなおれだって、好きになった女もいたんだぜ。あの
セルゲイの見ている前で、恒星反応弾が白く輝き……そして意識空間の中から、ランドルフの思念が、ぽん、と音を立てたように消えた。それはまるで、落とし穴に落ちたかのような唐突な消えかただった。
『ランドルフ……』
セルゲイはしばらく無言だった。そしてもういちど、セルゲイはランドルフの名前を呼んだ。
『ランドルフ……すまない、わたしは、きみのあとを追うことはできない……わたしはニナと約束したのだ、必ず還ると……その約束を破るわけには行かないのだ……』
サカモトの思念が飛びこんできた。
『セルゲイ隊長、自分を責める必要なんかないですよ。ランドルフは自分の意思で、自分の力で、地球を守ろうとしただけなんです。誰かに強制されたわけでも、脅されたわけでもありません。そうですね、セルゲイ隊長が、もし、ランドルフに借りがあるとお考えなら……忘れないでやってください。そして、結婚して子供が生まれたら、その子にランドルフの話をしてやってください……お父さんは昔、英雄たちと戦ったんだって……』
『わかった、そうしよう、それがわたしにできる唯一のことなのだろう……』
サカモトの思念は続いていた。
『その、子供に話して聞かせるお話の中に、ついででいいんで、おれの名前も一緒にお願いできますか?』
『サカモト……まさか、おまえまで!』
『慣性吸収装置を使いきっちゃったんですよ。もう減速もできなけりゃ、方向変換もできないんです。まっすぐ飛ぶだけ。もう戻れません』
『たとえそんな状態でもなんとかなる! 整備機と等速で飛べば、慣性吸収装置の交換は可能なはずだ!』
サカモトは笑った。
『確かにそれは可能でしょうけど、今は戦闘中です。整備機がここまで飛んでくるころには、太陽系の外縁部を越えて、彗星の巣のあたりまで飛んでいってしまってますよ。脱出装置で脱出しても、慣性飛行しますから同じようなものです』
『でも、何か手立てはあるはずだ! あきらめるな!』
『いろいろ考えたんですがね……今が戦闘中でなけりゃ助かったんでしょうが、まあ仕方ありません。最後に反応弾一発、道連れにしてやります。微細な方向転換くらいならできますからね!』
『わたしは認めない。わたしは認めないぞ!』
『ええ、わかってます。セルゲイ隊長はきっと認めてくれないだろうって思ってました。では最後に、歌を歌いながら行きます!』
そして、サカモトの歌うアニメソングが音声通信回路に流れ始めた。少し調子のはずれたその歌が、なんというアニメの主題歌なのか、セルゲイは知らなかった。ただ、〝愛と勇気だけが友達だ〟という歌詞の一節が、セルゲイの心に残った。
そして、サカモトの歌う歌がすっととぎれ、一発の恒星反応弾が光とともに消えていった。たった今まで、意識空間に存在していたサカモトの思念は、もうどこにもなかった。
『わたしだけになってしまった……わたしだけに……』
そのとき、セルゲイは自分の頬を伝う涙に気がついた。それはセルゲイが生まれてから今まで、いちどとして流したことのない涙だった。
セルゲイはつぶやいた。
「ニナ……わたしはきみに生きて還ると約束した。わたしが死に場所に選んだのはここではない……きみのところだ……きみはわたしを受け入れてくれるだろうか? 卑怯者、死にぞこないと罵声を浴びせられ、裏切り者と呼ばれ続けるであろう、このわたしを……」
セルゲイは歯を食いしばり、泣いた。機動戦闘艇が基地に帰還するまでのあいだ、セルゲイは泣き続けた。
冥王星防衛ライン上の戦闘は続いていた、太陽系外周部の千三百カ所に百発単位で転移してきた恒星反応弾は、実体化すると同時に太陽をめざして加速する。それは百発単位の波状攻撃が、千三百回続くのと同じことだ。
地球軍独立艦隊は、すでに残り二百隻を切っていた。実体弾がつきた機動戦闘艇。光子魚雷がつきた駆逐艦や軽巡航艦。そして主砲の耐久度の限界を越えて発射不能になった戦艦。次々に飛来する恒星反応弾を撃破するすべを失った地球軍独立艦隊の将兵たちは、最後の手段をとった。みずからの乗りこむ機体や艦体を用いた物理的阻止行動……要するに体あたりである。恵一は、いくどとなくそれを制止した。〝坑命行為として、軍法会議に処す〟という脅しすら使った。だが、そのすべてはむだだった。
アバターによる復活が、彼らの死に対する抵抗力の敷居を下げていたことは否定できない。そして同時に、迎撃型機動戦闘艇の喪失数も増え続けていた。アバターを持たない迎撃型機動戦闘艇パイロットにとって、体あたり攻撃は死を意味する。パイロットたちはそれを理解していた。そしてそれを理解した上で、みずからが操る機体で、恒星反応弾を阻止しようとした。それを、地球軍独立艦隊の将兵が引き起こした集団ヒステリーにまきこまれたものだ、と断じるのはたやすい。それが彼らをその行為に向かわせた理由のひとつであることは間違いない。しかし最大の理由は、アロイスが、多くの人類の中から彼らを選抜したさいの基準である心理的要素のひとつ――〝逃げない人間〟であったことが最大の理由だろう。
彼らは逃げなかった。彼らはその
そして、〝彼らと恵一たちは義務を果たした〟と言っていいだろう。冥王星防衛ライン上を突破できた恒星反応弾の数は二千五百九十七発であり、彼らは九十八パーセント以上の恒星反応弾を撃破してのけたのである。
木星軌道上にある太陽系防衛軍総司令部の中央指揮室で、その事実を知ったレキシムは大きくため息をついた。
――十三万発の恒星反応弾の九十八パーセントという数字を誰が予想しただろう? この防衛戦が始まったときわたしは思った、〝奇跡とは願うものではなく、作り出すものだ〟と……彼らが九十八パーセント以上創り上げた、この奇跡――無駄にしてなるものか!
そして、レキシムは感応端末を通じて、木星軌道上に待機していた地球連邦宇宙軍艦隊に命令を発した。
『諸君も見ていたとおり、冥王星防衛ラインの将兵は、その義務を果たしました! これからは諸君らが義務を果たす番です。残った敵の数、決して多くはない! なんとしてでも阻止し、地球を守るのです! 地球連邦宇宙軍艦隊、戦闘開始!』
レキシムの命令を受けて、地球連邦宇宙軍の旗艦である戦艦ウォースパイトを始めとする艦艇が前進を開始した。木星軌道上の最終防衛ラインに配備されていた地球連邦宇宙軍の艦隊を構成する艦艇は、戦艦も、巡航艦も、駆逐艦も、すべて太陽系内における作戦行動だけを想定したものであった。これらの艦艇には、ゲートを使ってほかの星系におもむき、そこで戦闘することは考慮されておらず。兵装にいたっては、配備された当時は二線級のレベルだったが、粛清者との戦いによって新型艦艇の出力や防御力が加速度的に進んだ結果、今となっては遺物としか言いようのないレベルである。
戦艦ウォースパイトは、全長二百五十メートル。四十二門のビーム主砲を持ち、敵のビームを防ぐシールドも備えている大型戦艦ではあるが、製造されたのはおよそ百年ほどまえの旧式艦で、運用するのに五十名近い乗組員を必要とする。たった一人で運用可能な恵一たちの乗りこむ戦艦とは比較にもならないほど旧式である。これは地球連邦が成立し、銀河文明評議会に加盟したさいに、星系国家としての体裁を作るためにアロイスが与えた装備をいまだに使っているからである。選抜され粛清者の侵攻に備えた宇宙軍士官学校で訓練された恵一たちと違い、旧世代の人類で構成され、旧態依然とした地球の指揮教育訓練を受けた将兵で構成された地球連邦宇宙軍では、新型装備は扱えなかったのだ。
旗艦のブリッジに立った地球連邦宇宙軍司令長官であるキーファ・ラーケッテン元帥は、感応端末と音声を通じて、部下の将兵に呼びかけた。
『地球連邦宇宙軍司令長官から、各乗組員に告げる! われわれは地球防衛の最後の砦である。亜光速で飛来する恒星反応弾に対し、われわれは有効な迎撃手段を持たない。われわれが唯一使えるのは、物理的障壁のみである! 最新鋭の宇宙船に乗りこみ、最先端の兵器で戦うはずだったわが地球連邦宇宙軍が、実戦でできることは、レンガをぶつけることだけだった、というこの事実に、
その命令が終わるのと同時に、陣形を組んだ地球連邦宇宙軍艦隊の中から、さまざまな形の小型艦が進み出てきた。それは旧式の連絡艇や哨戒艇、そして駆逐艦や軽巡航艦などの雑多な小型艦艇の群れだった。
『遠隔操縦システムに移行。回航要員、ただちに艦を離れよ』
命令が飛び、それぞれの艦から次々に脱出カプセルが放出され、随伴していた救命回収艇がカプセルを収容していく。
『全艦艇の回航要員の脱出を確認!』
『第一次ピケット艦艦隊、迎撃ポイントに向かって加速開始! 太陽系防衛軍管制システムとのリンクを確認しろ! 敵反応弾の軌道に合わせて、その鼻っ
太陽系防衛軍総司令部から送られてきた恒星反応弾の予想進路座標に合わせて、ピケット艦が所定の位置に向かい始めた。ピケット艦は、遠隔操縦装置で恒星反応弾にぶつけるための
旗艦のブリッジで見守る参謀と司令長官の意識空間に、モニターオペレーターの思念が響く
『恒星反応弾到達まであと三秒!』
『推進機全開! 突撃開始!』
命令とともに、ピケット艦が蹴飛ばされたように加速を開始した。推進機だけは、新型のものが取りつけられているのだ。
『弾着……今!』
その言葉とともに、木星軌道上にいくつもの閃光がまたたいた。
『阻止成功! 第一波百十七発をすべて撃破しました!』
地球連邦宇宙軍の艦艇の中に、乗組員の歓声が響き渡った。だが、それは長続きしなかった。歓声が収まらないうちにモニターオペレーターの思念が投げこまれた。
『恒星反応弾、第二波来ます! 総数二百五十三発!』
『さっきの倍か! よし! 第二次ピケット艦艦隊、阻止行動開始!』
命令を受けて、ふたたび雑多な作業艇などの群れが動き始めた。
恒星反応弾の波状行為撃は続いた。少ない時は数十発。多い時は百を超える数の恒星反応弾が立て続けにやってきた。
ピケット艦をぶつける、という物理的阻止作戦は、第二十四波まで阻止に成功した。しかし、最後の攻撃である第二十五波を検知したとき、すでにピケット艦は底をつき、明らかに数が足りなくなっていた。
『残存推定艦艇数百八。第二十五波の総数も百八発です!』
『ということは、これが最後か! この百八発さえ防げれば、地球は助かるんだな?』
『後続する恒星反応弾のデータはありません。冥王星防衛ラインからも情報は入っておりません。この集団が最後です!』
そのことを知った地球連邦宇宙軍の司令長官であるラーケッテン元帥は、旗艦である戦艦ウォースパイトの艦長に対し、乗組員に総員退艦を命じた。
「きみたちは降りたまえ、この艦はわたし一人で充分だ」
その命令を受けた艦長は抗議した。
「長官! 申しわけありません、この艦はわたしの艦です、やすやすとお渡しするわけにはまいりません!」
「なるほど、〝この老嬢はおれの女だから手を出すな〟ということか。だがな、艦長。この艦は地球連邦宇宙軍に配属になったとき、わたしが最初に乗りこんだ艦だ。いわばわたしの幼馴染のようなものでね。悪いが、返してもらいたい。扱いかたはよく知っている。動かすだけならわたしにもできる。だからきみも退艦したまえ」
艦長は首を振った。
「そうはまいりません。長官には生きて、この事態の収拾をつけていただく責任があります。長官こそ退艦をお急ぎください」
司令長官は笑った。
「地球連邦軍は、変わらねばならんのだ。わたしのような老人がいつまでも生き延びているのがいけない。これからの地球連邦軍は、アリサカ少将のような人材のもとに再編され、地球防衛だけでなく、銀河文明評議会の中で、地球人の利益のために働かねばならない。わたしのような旧世代の軍人は、もはや存在しているだけで害悪なのだ」
「しかし……」
「急げ! 時間がない!」
司令長官は艦長を叱責した。
「わかりました、では、退艦します……」
「そんな顔をするな、妻も二年前に死んだ。息子もとっくに家を出て、宇宙開発の仕事をしている。孫娘は十四歳になって、アロイスの選抜考査を受け、一次試験をパスした。願わくば、わたしのあとをついで士官学校に入り、軍人として地球のために働いてもらいたいが、それは祖父のエゴだろう。もはや思い残すことはない。わたしは地球を守るために地球連邦宇宙軍に志願し、今までやってきた。わたしの目的は、いま果たせるのだ」
艦長は、司令長官の顔を正面から見つめ、黙って敬礼すると、くるりと背を向けて、ブリッジから出ていった。数十秒後、コンソールの艦内モニター表示に、脱出カプセルが作動したことを告げる表示が出たことを確認したラーケッテン司令長官は、大きく息を吐いた。
「これでよし……と」
誰に言うでもなくそうつぶやいたとき、艦隊内通信に次々に通信が入った。
『こちら駆逐艦ゾンダー、おともします!』
『こちら重巡航艦アルハゲリンスク、ともにまいります』
『こちら重雷装軽巡航艦キタカミ、後方にあり!』
ラーケッテン長官は艦長席にすわり、艦隊内通信のマイクに向かって言った。
「諸君らの厚意はありがたいが、これ以上の犠牲はいらない。この戦いで人類は若者を殺しすぎた。きみたちの未来をここで奪うわけにはいかない。追従は認めない。戻りたまえ」
艦隊内通信からは、笑い声が戻ってきた。
『おいおい、かっこつけんなよ、泣き虫キーファ。おまえさんが行くならおれもいくぜ。おまえさんは元帥、おれは中佐どまりだが、それが同期ってもんじゃないのか?』
『若い連中は全部降ろした。ここの連中は全部おまえさんと同期の老兵ばっかりだ。機関士としての技術も、いまとなってはもう伝承できないし、おれが生き残っても特に意味がないんでね』
『ああ、そうだ、技術革新で、おれたちオンボロ宇宙船乗りは、もう居場所がない。お役に立てるのはこれくらいだ』
『招集兵のパイロットたちが、命をかけて戦ったんだぜ。軍人として給料もらって二十何年生きてきたおれが、おめおめと生き残ったんじゃ、恥ずかしくてよ……』
『ああそうだ、もう軍法会議も怖くねえぞ!』
艦隊内無線から笑い声が聞こえてきた。
ラーケッテン長官は、大きくため息をついたあとで言った。
『よしわかった! 連邦宇宙軍士官学校一期生総代、キーファ・ラーケッテン、この艦隊の指揮を執る! ついてこい!』
『了解!』
『足腰にガタが来ちまって、駆け足はついていけねえが、
『その意気だ!』
ラーケッテン長官は、にやっと笑ってそう返すと、戦艦ウォースパイトのエンジンのコントロールレバーに手を伸ばした。
――宇宙戦艦の艦長席にすわって、地球防衛戦を戦う……子供のころの夢がいまかなうのだ。何も思い残すことはない……。
『第二十五波接近中! 総数百八発! ピケット艦は前進を開始してください!』
戦術支援AIの指示を受けて、司令長官がゆっくりとコントロールレバーを押すと、旧式戦艦はぐんぐん加速を始めた。
「おお、これはすごい。新型推進機の威力は化け物だな……」
ラーケッテン長官は、玩具を与えられた子供のような表情でつぶやくと、正面の照準モニターを見つめた。
雑多な艦を下僕のように引き連れて、巨大な年老いた宇宙戦艦が宇宙空間を突き進んで行く。
『弾着まで、あと三秒……二秒……一秒』
旗艦である戦艦ウォースパイトの乗組員たちは、そのカウントダウンを救命艇や救命カプセルの中で聞いていた。
旗艦艦長は、顔の前で両手を組んで祈った。
――頼む、これで阻止してくれ! これで阻止できなかったら、太陽系は終わりだ……。
このとき、太陽系にいるすべての将兵が、この、戦艦ウォースパイトに率いられる老兵たちの乗りこんだ旧式艦の艦隊を見つめていた。
そして、カウントダウンが終わった。
次の瞬間。ピケット艦隊があった場所に、いくつもの閃光がまたたいた。
『命中! 命中! 命中!』
『やったぞ!』
『阻止成功か?』
意識空間に、歓声と悲鳴が入り交じったような思念が爆発した。このとき、この意識空間に接続していたすべての将兵の思念が、戦術支援AIの報告を待っていた。
そして、戦術支援AIの報告は、すべての将兵の希望を打ち砕いた。
『恒星反応弾八発が太陽に向かって進行中。太陽突入まで、あと四十五秒です』
悲鳴と怒号が渦巻いた。
『うわあああああああああ!』
『ふざけんなぁああ!』
『とめろ! 誰かあれをとめろ!』
『あああああ、行っちまう! 反応弾が行っちまう!』
その怒号と悲鳴は、四十五秒間続き。そして、意識空間を絶望が支配した。