5 英  雄


 それは、奔流だった。

 太いパイプから、どうどうと音を立てて流れ出るように、宇宙空間に開いた穴から宇宙船が途切れることなく出現する光景は、奔流としか言いようがなかった。

 宇宙空間に開いた穴は、地球の静止衛星軌道上に設置された固定ゲートだけではない。土星の衛星軌道に近い重力波の安定したポイントにケイローン軍第三軍の空間工兵隊が設置した四基の簡易ゲートからも、駆逐艦や軽巡航艦などの中小の艦船が次々に出現している。この簡易ゲートは文字どおり、一時的に使われる仮設のもので、ここを通過できる質量の耐久値がかぎられており、双方向転移はできない。いわば片道切符のようなゲートで、規定数に達すると、みずからが作り出した次元断層の重力波に耐えられず崩壊して次元断層に飲みこまれ消失してしまう、いわば使い捨てのゲートである。

 ゲートから出てきたケイローン軍第三軍緊急展開艦隊の艦船は、あらかじめ決められていたポジションに進み出て、その場で陣形を組み立てていく。まるでレンガを積み上げていくように、定位置にぴたり、ぴたり、と停止していくようすは、ケイローン軍第三軍の錬度の高さを物語っている。

 恵一の隣に並んですわり、管理エリアにある将校用食堂のテーブルから、壁面モニターに映し出されているリアルタイム画像を見ていたバーツがつぶやいた。

とうのように押し寄せて進撃する大軍と、練度の高い部隊……昔、こういう映像をプロパガンダ映画でよく見たけど、そういうのをリアルタイムで見ることになるとは思わなかったな……それよりも驚くのが、あの緊急展開艦隊を構成している将兵の半分以上が予備役の招集兵だということだ。ケイローンは国民皆兵の軍事国家で、街角のファーストフードのウェイトレスもコックも、すべての国民に従軍経験がある。いざとなればいくらでも動員できるとはいえ、あの練度はすごいな」

 感心するバーツに、恵一はうなずいてみせた。

「ケイローン人は十四歳で徴兵され、三年間高等教育と軍事教練を同時に受ける。その後は戦闘部隊以外の、地球で言うところの行政に関する仕事や民間企業にあたる仕事に就いた人間も、練度が落ちないように二週間に最低十二時間はシミュレーションで実戦とほとんど変わらない戦闘訓練を経験するそうだ……地球の軍国主義とか軍事国家とか言われてきたものとはレベルが違う。国民皆兵というよりも、国民皆傭兵と呼んだほうが正確だと思う」

「国民皆傭兵か、言い得て妙だな……しかし、太陽系防衛の最終局面でいきなり休暇を与えられるとは思わなかった。肝心なときに、現場から追い出されたみたいで、なんだか寂しいというか、複雑な気分だぜ……」

 バーツの笑いを含んだ言葉を聞きながら、恵一は、先遣艦隊の司令官であるスション少将と共に、ケイローン軍第三軍緊急展開艦隊の総司令官であるデグル上級大将と面談した時のことを思い出していた。


『遅くなってすまなかった』

 デグル大将が、恵一とスション少将に最初に発した言葉は謝罪の言葉だった。軍事国家であるケイローンにおける上級大将という地位は、国家元首とほぼ同等と言ってもいい。その地位の人間が、先遣艦隊の一司令官でしかないスション少将と、辺境の途上惑星の独立艦隊の司令官である恵一に謝罪したのだ。

『とんでもありません!』

 スション少将と恵一は同時に叫んだ。

『こうやって来ていただけただけで充分です!』

『ケイローンの母星系であるシュリシュクに直接侵攻を受けたのですから、シュリシュク防衛を優先し、それに全力を傾注するのは当然のことです! デグル閣下が謝罪するようなことではありません!』

 スション少将と恵一の言葉を聞いて、デグル大将は笑ってみせた。

『ケイローンは約束を守る。それだけのことだ。二人とも、よくがんばってくれた。撃破するたびに、以前の倍数となって攻めてくる敵の波状攻撃に対し、絶望せず戦い続けた諸君らの敢闘精神に、心から賛辞を送る。特にアリサカ少将は、経験の少ない途上種族でありながら、よくぞここまで持ちこたえた、〝魂の試練〟を切り抜けた実力の持ち主だけのことはある』

『ありがとうございます、しかし、これはすべて、親衛義勇軍艦隊、指導種族艦隊、途上種族艦隊、そして先遣艦隊の助力あってのことです。わたしは実力と呼べるようなものは持ち合わせておりませんし、わたしの力だけではとうてい持ちこたえられるものではありません。お褒めの言葉は、助力していただいたかたがたにこそ与えられるべきかと存じます』

 恵一の言葉を聞いたデグル大将は、静かにうなずいた。

『なるほど、謙虚だな。だがおごり高ぶるは愚かなれど、謙譲にすぎるもまた愚かなことだ。アリサカ少将は自分には実力はないと申したが、実力とは何か。それは、はっきり言ってしまえば他人の力だ。その者が危機に陥ったとき、その危機に駆けつけ、助力してくれる者の数、その数こそが実力だ。もしアリサカ少将が無能で、信頼するに足らぬ人物であれば、地球人類そのものも、無能で信頼するに値しない種族だと思われただろう。無能で信頼のおけぬ相手のために、自分の生命を賭して戦おうと思う者はいない。助ければいくらかの得になるという打算があるとすれば、なおさら助けようなどとは思わぬはずだ。能力でも、人間性でも、損得でもよい。助けてやりたい、そう思わせる何かを持っていればこそ、他者はその者を助ける。実力とは、その何かのことだ。つまりアリサカ少将、きみには実力があるのだ。そのことにきようを持て。矜持には責任がつきものだ、そして、それをあわせ持つ者を実力者と呼ぶのだ』

『了解しました。精進します』

 そう答えた恵一を見て、デグル大将はかたわらにある三次元立体モニターに表示されている、ケイローン軍の艦隊配置図を示した。

『わがケイローン軍第三軍緊急展開艦隊の主力は、先遣艦隊が装備していた新型戦艦と同形式の砲撃力が強化された新型戦艦二万隻だ。圧倒的火力により、敵をいっきに壊滅に追いこむことを目的に編成された。そしてそれとともに、恒星反応弾を撃破することを目的とした設計された、新型の高出力収束ビーム砲を搭載した防空型軽巡航艦を一万隻用意した。この恒星反応弾を迎撃可能な新型防空型巡航艦は、恒星反応弾の攻撃を受ける可能性がある中堅種族星系から配備要請が殺到しているのだが、すべてこの太陽系にまわした。攻撃を受ける恐れではなく、現に攻撃を受けている星系こそが、もっとも必要としているのだからな。そして残りの一万三千隻が、雷撃艦隊と、機動戦闘艇母艦、特務艦などだ。きわめてかたよった編成だが、現在攻略を受けているこの星系を守るための特別編成だ。すべての艦がそろうのは六時間後、そして八時間後にケイローン軍第三軍緊急展開艦隊はその総力をもって反攻を開始する』

 デグル大将の説明を聞きながら、恵一はモニターの外側に、びっしりと細かな文字で表示されている艦隊名を見つめて、自分たち途上種族艦隊の名前を探していた。だが、途上種族艦隊の名前はどこにもなかった。恵一の見ている視覚の中に見落としがないようにサポートしている戦術支援AIからの指摘も反応もない。

 不安になった恵一は、思わず聞いてしまった。

『おうかがいしてもよろしいでしょうか。わたしたち途上種族艦隊は、どちらに配置になっているのでしょうか? このリストの中に見あたらないのですが……』

『そうだ、この作戦計画に、きみたち途上種族艦隊の名前はない。途上種族艦隊だけではない。指導種族艦隊の名前も、親衛義勇軍の一部の艦隊の名前もないはずだ。今回の反攻作戦は、われわれと親衛義勇軍艦隊の一部だけで行なわれる』

『では、われわれは予備隊にまわる、ということでよろしいのですね?』

 デグル大将は、小さく首を振った。

『いや、きみたちは予備隊にも所属しない。待機でもない。きみたちには四十八時間の休暇が与えられることになっているのだ』

 恵一は驚いた。

『休暇ですか? では、われわれは、自分たちの星系である太陽系を守る最大規模の戦いを、その当事者でありながら参加することも許されず、宿舎でモニター越しに見ていなくてはならないというのですか?』

 デグル大将は、なだめるような口調で言った。

『きみの言いたいこともわかる。自分の恒星系を、自分の手で守ることなく、ほかの星系から来た助っ人に救ってもらわねばならないというのは、じくたるものがあるというのだろう。軍人としてきみの気持ちはよくわかる。だが、この太陽系防衛の戦いは、もはや単なる途上星系人類を守るための戦いではなくなっているのだ。銀河文明評議会は、この太陽系防衛戦を第一級星系侵略防衛戦として指定した。この太陽系における戦いは、地球人類、アロイス、そしてわれらケイローンのレベルではなく、さらにその上位種族が管轄する総力戦へとランクアップしたのだ。近いうちに、上級種族……ジュバックから諸君らに連絡があるだろう』

『ジュバックのかたがたが、われわれのもとに? 本当ですか!』

 デグル大将の言葉に驚いたように声を上げたのは、スション少将だった。

 その驚きようを見て、恵一は思った。

 ――末端の下っ端種族でしかないおれにはピンとこないが、ケイローンであるスション少将には、きっと、この件の凄さがわかるのだろう……。

 戦術支援AIが恵一の意識の中に、ジュバックと呼ばれる上級種族の情報を流しこんできた。

 どうやらジュバックという上級種族は、銀河系を構成する渦状肢のひとつエリルセナント線の中心部にあるガンダーマ星系を出身とする上級種族で、エリルセナント線内の九百に及ぶラガンクラスを統括管理するビンドールと呼ばれる上級種族のさらに上で、銀河文明評議会の幹部となるバサードと呼ばれるクラスらしい。

 ――戦術支援AIに銀河文明評議会内部の階層を教えられても、やはり想像もつかないが、スション少将やデグル大将の反応を見ていると。ジュバックというのは何千年に一回地上に降りてくる、雲の上に住む仙人のような存在なのかもしれない。

 恵一は意識の片隅でそんなことを考えながら、デグル大将の言葉を聞いていた。

『……とはいえ、上級種族のかたがたは、この太陽系防衛に直接関与するわけではない。実際に最前線で戦うのはわれわれであり、報告の優先順位が変わっただけで、指揮系統も今までの戦いとなんら変わることはない。この銀河系で無数に行なわれているしゆくせいしやとの戦いの中で、上級種族のかたがたが、たまたまこの太陽系防衛の戦いに目をとめた、というだけのことだ。しかし、上級種族のかたがたが、このような銀河辺境にある途上種族星系の防衛戦に関心を持つというのは、異例なことでもある。なんらかの便宜をはかっていただけると確約を受けたわけではないが、に見捨てることはないと思う。思わせぶりなことばかりですまんが、上級種族のかたがたはわれわれとは違う次元、違う価値観で世界を見ている。時として実に気まぐれに動くので予測できんのだ……』

 デグル大将はそこで言葉を切ると、あらためて恵一を正面から見据えて言った。

『ケイローン軍第三軍太陽系派遣緊急展開艦隊総司令官として、途上種族連合艦隊総司令官、アリサカ少将に命ずる。途上種族艦隊に所属するすべての将兵に対し、四十八時間の特別休養を命ずる。この期間中は、緊急事態命令が発せられるまで、いっさいの職務に就くことを禁ずる。この命令は、きみが途上種族艦隊司令部に戻ったときから発動する』

 そして、デグル大将は、ふっと表情を崩した。

『きみたちはよくやった。ここらで休んでもいいころだ。きみの部下の中には、太陽系を守り抜けばすべて終わるのだと考えている者がいるかもしれない。招集された迎撃型機動戦闘艇のパイロットたちにとってはそうかもしれないが、きみたちは違う。きみたちの戦いは終わったわけではない。粛清者がこの宇宙に存在するかぎり、人類の戦いは続く。きみたちは、地球というただひとつの惑星を守るために訓練されたわけではない。きみたちは、この銀河に生きるすべての人類を守るために訓練を受け、戦士となったのだ。それを忘れないでくれたまえ……わたしからは以上だ』

『ありがとうございます。肝に銘じます!』

 恵一は敬礼を返した。そして思った。

 ――そうか、この休暇の意味がわかった。おれたちは、この太陽系防衛戦を特別な戦いだと信じこんできた。自分たちの家族や友人や、故郷や文化、地球という存在そのものを守り抜くための神聖な戦い――そんなふうに考えてきた。それは当然だ。でも、それが当然だと考えることが許されるのは、おれという存在の中にある地球人としての部分だけだ。

 おれという存在は、地球人であるのと同時に、銀河文明評議会に所属する人類という存在であり、自分の中に人類という視点を持たなければならないんだ。この休暇はそれを自分の中に創り上げる時間だということか。


「おれたちは、もう、地球人ですらないのかもしれないな……」

「え? なんだって?」

 バーツに聞き返されて、恵一はわれに返った。どうやら、思わず口に出してつぶやいていたらしい。

「あ、いや、なんでもない。ちょっと考えごとをしていたんだ……」

 恵一がそう答えたとき、二人がいる将校用食堂のテーブルに、ライラとオルガ、そしてタムイやラク、リー、タフィといった、いつものメンバーがやってきた。恵一以外はみんな私服である。

「よう、遅かったな」

 そう言って手を上げたバーツを見て、ライラが肩をすくめた。

「あたしたち機動戦闘艇部隊は、部下の数が多いのよ。この補給工作艦エデンが使えるのは四十八時間だけだけど、そのあいだの宿舎の割りふりとかいろいろやることがあるの。今回の休養は貸し切りじゃなくて、冥王星防衛ラインの部隊の人たちもいるしね」

「ご苦労さま。きみたちの宿舎はトランブランエリアだっけ?」

「そうよ、ちょうど新緑の季節よ。緑の山はいいわね」

 ライラの言葉に、隣にいたオルガがうなずいてみせた。

「トランブランエリアのオリジナルはカナダの山ですけど、あたくしの故郷のオーストリアの山岳部の景色によく似ていますわ。ケイイチもシティエリアなんかに泊まらないで、あたくしのロッジに泊まれば?」

「宿泊施設は満室だって聞いたけど?」

 恵一の答えを聞いたオルガは、ため息をついた。

「同じ部屋、同じベッドに泊まるって感覚が最初からないのね……」

「抜け駆けしようとしても無駄よ。こいつ、筋金入りのぼくねんじんなんだから」

 半分あきらめたようにライラがつぶやくと、バーツが割りこんできた。

「ミコノスエリアにあるおれの部屋に泊まれよ、ケイイチ。オーシャンビューのリゾートホテルの最上階だ、気分最高だぜ」

「男同士で同じ部屋に泊まれって……やっぱりあんたたち……」

「違うよ、変なウワサ立てんじゃねえよ!」

 バーツが吠えた。

「おれはほかの女の子の部屋に行って、そこで寝てるから、ベッドがいているって話だ! 話は最後まで聞け!」

 バーツとライラたちのやり取りを聞いていたタフィが、さらっと言った。

「あら、そうなの? わたしはてっきり酔っ払って道端で寝ちゃうから、ベッドが空くんだとばかり……」

「ひでえなあ……」

 ぼやくバーツを見て、恵一は笑った。

「まあ、そうやって馬鹿騒ぎする休暇もいいんじゃないか? ここんところずっと戦闘の繰り返しだったし。このエデンの中にある施設を全部楽しむには、四十八時間じゃ短すぎるけどな」

 恵一たちが今いるのは、泊地ベースではない。地球環境をそのまま持ってきた特別保養施設を持つ全長約三キロに及ぶ巨大な円筒形の宇宙船、補給工作艦エデンの船内だ。

 宇宙船を丸ごと収容して修理できる巨大なドックと、地球の保養地の環境をそのまま再現した二つの環境保養施設と、地球の繁華街のイメージをそのまま再現した都市型保養施設をひとつ持つこの宇宙船は、外惑星に勤務している宇宙軍の兵士たちのストレスを軽減させるために作られ、定期的にそれぞれの惑星軌道上の基地を巡回していたが、冥王星防衛ラインの建設に伴い、冥王星軌道上に固定され、招集パイロットの保養所として使われていた。

「前回ここに来た時はおれたちだけで貸し切りだったけど、今日は満室なのか、どうりで人の数が多いと思ったぜ」

 そう言ってリゾートウェアを着た人々が行き交う食堂の中を見まわしたバーツに、タムイがうなずいた。

「このエデンは今、冥王星防衛ラインに赴任している迎撃型機動戦闘艇パイロットの保養施設として使われている。常に順番待ちだそうだ。優先して使わせてもらえることに、感謝しなくてはならない」

「そりゃあ感謝しているさ。それにしても、おれやほかの連中とかはもう宿泊施設について私服に着替えているってのに、なんでケイイチだけ制服のままなんだ?」

「完全休養中は執務環境から隔離されるっていうんで、引き継ぎ事項が多くてね。ホテルにつく前にここに来たからさ」

 そう答えた恵一に、バーツが肩をすくめてみせた。

「制服姿のおまえを見ていると、せっかくの休暇の気分が台なしだ。話があるなら早く始めろよ、ケイイチ」

「ああ、悪かった。じゃあ手早く話す。先日、おれが新しいアバターに蘇生したときに見た夢についての話なんだ。蘇生時には夢を見ないというのが普通らしいが、おれのときは、一種の意識の混信のようなことが起きたらしい……」

「脳波にアンティラパターンが出た、とかなんとか言っていたわね。そのアンティラパターンってのは、どんなものなの?」

 ライラの質問に、恵一は首を振ってみせた。

「それが……よくわからないんだ。ケイローンクラスのデータベースをいろいろ調べてみたんだが、アンティラパターンについては、本当に基本的なことしか掲載されていない。そのパターンが出た人間は具体的にどのようなことになるのか、脳波パターンで見分ける方法とか、症例とかについての簡単なことしかわからないんだ。で、おれがきみたちに相談したいのは、このときにおれが見た夢のことなんだ。ちょっと変わった夢で、かなり時間が経過しているのに、夢の内容、会話の文言も、一言一句覚えているんだ」

「〝一言一句覚えている〟というのは普通じゃないな、どんな夢だ?」

 バーツの言葉を聞いて、ライラがうなずいた。

「そういえば、夢の内容を詳しく聞いてなかったわね、一言一句覚えているなら全部教えて」

「わかった……」

 恵一は語り始めた。最初に呼びかけられた時の、雑音だらけの思念が、ラジオのチューニングのように少しずつ合致していくようす。仲介者と名乗った存在が、とうとうと述べた粛清者側の価値観と、人類というものが、かつて粛清者側であったころの至高者オーバーロードが進化を促進させるために創り出した生命体である、という話。そして、その真実を知らせないために、人類は粛清者とのあいだにいっさいのコミュニケーションが取れないように創り出された生命体であり、唯一、仲介者だけが人類の意識に呼びかけることができるが、その呼びかけが受け取れる人類はほんのひと握りであるということ……。

「……という夢だ。みんなはどう思う?」

 語り終えた恵一はそう言うと、その場にいた仲間を見まわした。

 最初に口を開いたのはバーツだった。

「なんというか、その、こう言っちゃなんだが……その夢というのは今までおれたちが、〝人類は害虫なんじゃないか〟とか、〝遺伝子組み換え作物みたいなもんじゃないか〟とかいってた馬鹿話を再編集しただけみたいな気がするな……夢ってのは、脳の中にある記憶をつかさどる部分が、容量を確保するために古い記憶を消去してデフラグを行なっている現象だというのをどっかの本で読んだことがあるが、おまえが見たその〝仲介者〟とかいうヤツが出てくる夢も、そういったものの産物じゃないのか?」

 ライラもうなずいた。

「あたしもそんな気がする。あんまり気にすることはないんじゃないのかな?」

「でも、そういった現象にアンティラパターンという名前がついている、というところが気になりますわね。そもそもアバターというのは、軍人として最前線に出る人間にしか行なわれていない再生システムです。粛清者にもっとも接触する機会の多い人間に発生し、なんらかの問題というか、任務遂行に支障をきたすような案件でなければ、名前をつけて対応するようなことはしないと考えられますわ」

 オルガの言葉に、ラクが賛意を示した。

「アンティラパターンという名前をつけ、事案として対処しなければならないことについて、これほどまでに情報が少ないのが気になる。これは明らかに情報のコントロールが行なわれていると判断していいだろう。つまり、ケイイチの見た夢は、真実の情報を含んでおり、銀河文明評議会は、その情報が拡散することを望んでいない、ということになる」

 ラクの言葉に、バーツが反論した。

「でもよ、だとしたら、その夢を見たケイイチの記憶がそのままで、口どめも何もしないってのは、変じゃないか? 拡散されることを望んでいないのなら、銀河文明評議会はなんらかのアクションを起こすはずだろう?」

 その時、今まで黙って話を聞いていたタムイが口を開いた。

「情報の拡散が行なわれるには、その情報になんらかの裏づけが必要だ。記憶操作や口どめ行為は情報に裏づけを与える。〝その情報に真実が含まれているがゆえに、拡散防止策を取ったに違いない〟という裏づけだ。だが、なんの措置も取らなければ、この情報は一人の人間が見た夢の話で終わってしまう。情報の根源が夢でしかないとなれば、その情報の信用度はきわめて低い。もし信じる人間が存在したとしても、それはオカルトマニアとか、夢占いを信じるような人間で、体制に影響を及ぼすことはない。銀河文明評議会当局が、なんの手立ても講じないのは、そういう理由かもしれない」

「ということは、ケイイチの見た夢に出てくる〝仲介者〟ってのは、実在しているってことか?」

「ケイイチの見た夢の中で語られた内容の、どれが真実なのかはわからない。もしかしたら、まったく真実とは無縁の妄想であるがゆえに放置されたのかもしれない。しかし、わたしは妄想だとは思えない。なぜなら、整合性が取れすぎている。妄想というのはもっと、とりとめのない、説明のつかないたんしたものだ。ケイイチの夢の中で〝仲介者〟が語った内容は、現在の状況のすべてに説明がつく」

 バーツとタムイのやり取りを聞いていたライラが、ため息まじりに答えた。

「でも、ケイイチの見る夢って、あたしたちみたいな凡人が見るような、とりとめのない夢じゃないような気がするな。たとえば空を飛ぶ夢を見るとするじゃない。あたしが見る夢は、空を飛べることに理由なんかないわ、飛べるから飛べるのよ。でもケイイチが見る空飛ぶ夢は、なんか、こう、前提条件があってその条件がそろわないと飛べない、みたいな理屈っぽい夢じゃないかと思うのよ」

「夢の中までエクスキューズを求めるヤツなんているかよ」

 そう言って笑ったバーツに、恵一は素直に頭を下げた。

「ごめん、おれの見る夢はそういうのが多い。空を飛ぶための条件がいろいろあるし、飛んだあとも不具合が起きて飛べなくなって、もういちど飛ぶまでにいろいろな条件をクリアしなくちゃいけない……みたいな夢をよく見るんだ」

「ホントかよ! めんどくさいヤツだなあ……」

 あきれるバーツを見て、ライラが得意げな顔で言った。

「ほら見なさい、あたしの思ったとおりでしょ? だから、夢の中で現実の状況に全部説明がつくとしても、それはケイイチの性格から来るもので、夢の中で語られた情報が真実であることの証明にはならないわよね」

 タムイはうなずいた。

「確かに証明にはならない。というよりも、夢の中の出来事に証明を求めるほうが間違っている。われわれがするべきことは、情報の出所がケイイチの夢である、ということを前提にした上で、夢の内容から有用な情報を得られるかどうか分析することであって、情報の確度を論証することではない。わたしがケイイチの夢の中にでてきた〝仲介者〟の存在を信じる根拠としては、〝すべての人類は罪深い存在だ〟と断じるその姿勢にある。ケイイチ、きみは洗礼を受けているか?」

 タムイにいきなり聞かれた恵一はあわてて聞き返した。

「洗礼って、キリスト教の? いや、受けていない。というか、日本人では洗礼を受けているキリスト教徒は少数派だよ。確か、総人口の十パーセントに満たないと思った。でもそれが何か関係あるのかい?」

「〝仲介者〟が人類を生まれながらに罪深い存在だと断じる姿勢に、わたしは〝原罪〟の概念を感じたのだ。ケイイチがキリスト教徒ならば、その概念は幼少期から植えつけられており、そういった価値観で物事を見る視点が構築されているだろう。だが、ケイイチはキリスト教徒ではない。〝原罪〟などという概念を刷りこまれる機会がなかったはずだ。だとすれば、その概念を語る存在が夢の中に出てきたとすれば、それは外部的要因ではないか、と考えるのだ」

「つまりタムイは、ケイイチの夢は〝仲介者〟とやらが、アバターとして覚醒中の意識の中に侵入してきた結果だ、と信じているわけですね?」

 そうたずねたオルガに、タムイは表情を変えずに答えた。

「そうだ、そのほうがおもしろいから。〝そんなものはすべて夢だ、意味がない。ありっこない、あるわけない〟――そう全否定しまえばそこで終わりだ。だがそこで、〝あるかもしれない〟と考えれば思考は続く。思考は続けることが重要なのだ」

 タムイの言葉を聞いていたバーツが、ため息まじりに答えた。

「はあ……タムイは哲学者だよなあ」

「哲学者ではない。思考実験が好きなだけだ」

 そう言って首を振ったタムイを見て、恵一は思った。

 ――思考実験か……確かに、思考を重ねることが目的ならば、情報を否定すべきじゃない。それはブレインストーミングの鉄則と同じことなんだ。何か問題に突き当たって打開策を考えるときは、ありとあらゆることを、〝ありえない〟と頭から否定するのではなく、〝ありえるかもしれない〟という視点で考えるんだ。〝ありえるかもしれない〟と考えることができれば、〝それがありえるとしたらどういう場合か〟と、その前提となるものを考えることができる。そうやって問題を一歩引いたところからさまざまな視点で見ることができれば、思いもよらない打開策が見つかることだってある。

 そこまで考えたとき、恵一はリーが一言も発していないことに気がついた。

「リーはどう思う?」

 恵一に声をかけられたリーは、少し驚いたような表情をみせたあとで、少し怒ったような口調でつぶやいた。

「どうって言われてもな……その〝仲介者〟とやらが言ったことが、本当だろうがなんだろうが、おれとしては戦うだけだ。悪の手先だろうが、害虫だろうが、そんなものは言わせておけばいい。やつらの言う正義に従う理由はない。逆に、ありがたいぐらいだ。やつらが人類を悪の存在だと決めつけてくれたんだ。なんの気兼ねもなく、悪のかぎりをつくしてやろうじゃないか」

 リーの答えを聞いた恵一は、思わず小さく笑った。

「おい、笑うことはないだろう!」

 怒ったリーを見て、恵一はあわてて頭を下げた。

「悪い。バカにして笑ったわけじゃない。おれと同じ結論だったんで、嬉しかっただけだ。なんだかんだ言っても、おれときみは似た者同士らしい」

「それを言うならおれだって、リーと同じだぜ? 〝おまえたちは存在しているだけで罪であり悪である。わかったか。わかったら、抵抗せずに死ね〟なんて言われて、はいそうですかなんて言うわけがねえ。徹底的に戦ってやるさ」

 横から割りこんできたバーツを見て、タフィがいたずらっぽく笑って言った。

「うんうん、嫉妬しちゃうわよねえ。わかるわかる」

「嫉妬じゃねえよ! おれも同じだ! って言いたいだけだ!」

「……というか、ここにいる全員の結論は同じだよね? 徹底抗戦あるのみ! 仲介者とかいうヤツがなんと言おうと、粛清者が正義で人類が悪であろうと、そんなことに関係なく、おれたちは生きていく。ケイイチの話は、〝人類にとって生きることは、戦うこととイコールで結ばれている〟ということを再確認しただけの話ってことでいいのかな?」

 ラクの質問に、恵一は小さくうなずいた。

「結論はそういうことだ。おれがみんなに話したかったのは、もし粛清者が〝われは正義なり〟という価値観で攻めてきているとしたら、その価値観そのものに、戦いかたのヒントがあるような気がするんだ」

「どういうこと? 〝正義はかならず勝つ。だから手を抜いても大丈夫〟みたいに、手を抜くに違いない、ってこと?」

 げんな顔をするライラに、恵一は首を振ってみせた。

「いや、粛清者はそこまで馬鹿じゃない。手を抜くとは思えない。おれが言いたいのは、そういう連中は、正攻法以外の攻撃方法を取らない、いや、取れないんじゃないと思うんだ。以前、粛清者のコミュニケーション手段について話をしたときに、精神感応という完全なコミュニケーション手段を持っている粛清者には、トラップとか奇襲とかそういった心理的かんせいを狙った作戦は使えないんじゃないかという話が出たよな。だけどおれは、逆にそういう相手だからこそ、こっちの仕掛けたトラップとか奇襲とかにはまるんじゃないかと考えたんだ」

「おまえが急に欺瞞作戦をやろうと言い出した理由はそれか!」

 合点がいったというふうにうなずいたバーツを見て、恵一は言葉を続けた。

「これは、あの欺瞞攻撃をスション少将に意見具申したときにも言ったことなんだけどな、異なる生物種族でも一種の精神感応によって意思の疎通をはかれる粛清者の文化は、他人を騙したり嘘をつくという欺瞞が成立しない、存在しない文化だ。そして粛清者にとって、この戦いは正しい者が正義を掲げて正直に正々堂々と戦う聖戦だ。そこに、陽動や待ち伏せで罠にはめるという戦いかたは存在しない。でも、人類は違う。人類は同じ人類どうしで、騙し合い、裏をかき合い、罠を仕掛け合ってきた。人類にはそういうあくらつで黒い戦いかたのスキルが山のようにある。粛清者と同じやりかたで戦う必要はない。悪の手先は悪の手先らしい戦いかたをすればいい。裏をかき、弱い敵や防衛の薄い補給路をたたき、即座に逃げる。どうせ、何をやったところで、おれたち人類は全宇宙の知的生物から憎まれ、嫌われる運命にある。だったら、とことん憎まれ、とことん忌み嫌われてやろうじゃないか。言うならば、〝憎め恨め! 憎まれ恨まれることこそが、人類としてもっとも名誉なことだ!〟ってかんじかな」

 ライラとオルガが、顔を見合わせた。

「うわぁ……完全に悪の秘密結社のノリだわ」

「さんざん悪巧みして、悪いことをして、最後に正義の味方にこてんぱんにやっつけられる、マンガやアニメの中に出てくる悪役みたいですわね」

「でもよ、それでもいいんじゃねえの? ほら、よく言うじゃないか、正義の反対は悪じゃなくて別の正義だ、って……」

 そう答えたバーツを見て、オルガは言った。

「悪の秘密結社の戦闘員に慣れているあなたと違って、あたくしはそういう存在になることに慣れていませんの。あなたと一緒にしないでください」

「なんだよ、それ!」

 唇を尖らせて不満そうな顔をするバーツを見て、ラクが笑いながら言った。

「あれ? バーツはいつも、〝おれはチョイ悪だぜ〟って自慢してなかったっけ?」

「〝チョイ悪〟ってのは、悪の秘密結社の下っ端のことじゃねえ!」

「まあ、それくらいにして、この集まりもそろそろお開きにしよう。四十八時間しかないのに、もう二時間も使ってしまった……」

 恵一の言葉を聞いて、その場にいた全員がうなずいた。

「了解!」

「じゃあ、ホテルに戻って着替えるとするか!」

「あとで、遊びに行っていい?」

「水着持ってるか? あ、いや、ホテルの中に店があるから大丈夫か……」

「着替えたら、連絡よこせ。晩メシでも一緒に食おうぜ」

「わかった、じゃあね」

 恵一は、集まっていたいつものメンバーと、そんな会話を交わしながら、将校用の食堂を出て、管理棟のエントランスホールを抜け、エデンの艦内にある各エリアを結ぶ、小さな路面電車のような、コミュータートラムの駅に向かった。

 駅には人があふれていた。その人々が恵一を見て慌てて敬礼するのを見て、恵一は自分が制服を着たままだったことに気がついた。

 ――いけない、管理棟の中の更衣室で私服に着替えるのを忘れていた! リゾート地区には、制服や階級を示すものを持ちこむのは禁止されているんだった!

 恵一は制服の上着を脱ぎ、トラム駅の施設の中にあるトイレで、はずしたネクタイと脱いだ制服の上着をラゲッジバッグの中に突っこんだ。ズボンと灰色の制服のシャツのままだが、襟のボタンを二つはずしてラフな格好にすれば、まだ目立たないだろう。

 そう考えたのだが、トイレの鏡に写った自分の姿は、単にだらしない軍人にしか見えなかった。

 ――ラゲッジバッグに私服のシャツやズボンも入っているけど、再圧縮する手間がめんどくさいし、まあしかたがない。これでも、少将の階級章をつけた制服を着て歩きまわるよりはマシだろう。さっさとホテルに行ってそこで着替えよう。

 恵一はそんなことを考えながらトイレを出ると、トラムの駅に向かった。ホテルのあるシティエリア方面に向かうトラムはすぐにやってきた。車内はそこそこ混んでおり、真ん中に背中合わせにすわる形で置かれているベンチシートは満席だった。恵一はドアの脇にあるポールにつかまって、窓の外を見ることにした。

 管理棟駅を出たトラムは、すぐに短いトンネルに入った。窓の外が暗くなって、明るくなるのと同時に、恵一の目の前に緑一色に染まった森が広がった。

 明るい初夏の日差しの下に、微妙に色の違う緑の若葉のモザイクがどこまでも広がっている。ところどころに立つ濃い緑色の木は針葉樹だろう。木々の合間を縫うように流れる小川の底の小石まで見える透き通った水が、日差しを浴びて実に涼しげだ。

 山の中腹にあるトンネルから出てきたトラムは、湖と、そのまわりにあるコテージを見下ろしながら、大きなカーブを描いてゆっくりとやますそに降りていく。

――エデンに来たのも久しぶりだな。ライラが言っていたけど、カナダの森林地帯を再現したトランブランエリアの初夏の季節ってのは、本当にきれいだな。以前来たときは秋の終わりで紅葉が見事だったけど、新緑の季節の森もいいな。

 トランブランエリアを抜けて短いトンネルを抜けると、そこはエーゲ海の環境をそのまま持ってきたミコノスエリアだ。夏の日差しの中に白い砂浜と青い海が広がっているのが見える。

 ――ここはいつでも夏のままなんだな。考えてみれば海のリゾートなんだから、夏のままの環境を維持するのは当たり前だ。誰が好き好んで冷たい冬の海を泳ぐもんか。

 ミコノスエリアを抜けたトラムは、短いトンネルを過ぎて、シティエリアに入った。

 最初に通過した町並みはリオデジャネイロの町角を再現しており、リオデジャネイロと地続きで、次の区画が東京になっている。

 見慣れた日本語の看板が立ち並ぶ町並みを見た恵一の心のなかに、ふっとノスタルジーに似た感情が生まれた。

 ――ここは本当の東京じゃない。おれの生まれた町じゃないけど、やっぱり心惹かれるものがあるよな……ちょっと降りてみようかな。ホテルにチェックインしてからでもいいけど、この昼下がりのがらんとした下町の雰囲気は、今じゃないと味わえないし……よし、降りよう。ちょっとこのあたりをぶらついて、それからホテルに入ってもいいじゃないか。

 トラムはゆっくりと停止し、ブザー音とともにドアが開いた。恵一が降り立った駅は、小さな改札口を持つ、白いペンキで塗られた二階建ての駅舎で、東京都内というよりも、鎌倉あたりの江ノ島電鉄にありそうな雰囲気の駅だった。

 ――東京エリアだけど、東京にあるものに限定してるわけじゃないんだ。いわば日本の都市の最大公約数、テーマパークみたいなものなんだな。

 駅の待合室に面したところに設けられた立ち食いそばの店から漂ってくるカツオの匂いを嗅ぎながら、恵一は駅を出てあたりを見まわした。牛丼屋とハンバーガーのチェーン店の看板、電柱、中層階のビルが立ち並ぶ狭い路地。

 ――ああ、なんだか東京の私鉄沿線の駅前感そのままだな。どこかそのへんで、中学校時代の同級生にばったり出会って、「よう、久しぶり!」とか声をかけられてもおかしくないような……。

 恵一がそんなことを考えていると、いきなり声をかけられた。

「お久しぶりです! アリサカ……少将」

「え?」

 驚いた恵一が振り返ると、そこに、フリルのついた白いワンピース姿の色白の女の子が立っていた。

「え? あれ? きみは……」

「お忘れですか? カラムです! カラム・リューゲルです! ほら、アルケミスでルームメイトだったことのある」

 恵一の記憶の中に浮かんだ、若いアロイスの顔が目の前の女の子に重なった。

「あ、ああ、そうか、カラムか! そんな格好しているから、気がつかなかった……って、なんで、女の子の格好をしてるんだ?」

「仲間とゲームをやって負けてしまいまして、今日は地球人の女の子の格好と口調ですごさないといけないんです……そんなに変ですか?」

 そう言って自分の姿を見下ろすカラムを見て、恵一は慌てて首を振った。

「いや、そんなことない。普通に女の子に見えるよ。だから最初、きみが誰だかわからなかったんだ」

「ああ、そうなんですか。安心しました!」

 カラムがホッとしたように答えたのを見た恵一は、少し離れたところで、こっちを見つめている四人のアロイスに気がついた。地球人の服を着ていると、ほとんど見分けがつかない。中性的な面立ちでそれとわかるが、同じような雰囲気の地球人もいる。

「あそこにいるのは、同僚の人たち?」

 恵一の視線を追ったカラムはうなずいた。

「はい、同じ指導種族艦隊の、機動戦闘艇のパイロット仲間です。地球の保養施設で休暇をすごすんだから、地球人になりきってみようって盛り上がっちゃって……やっぱり変ですか?」

「いや、そんなことはないよ。大丈夫、ちょっと見ただけじゃ見分けがつかないから」

「そうですか、よかった……」

 カラムはそう言うと、仲間を手招きして呼んだ。

「みんな、そんなところで見てないで、こっちにおいでよ」

 呼ばれたアロイスたちはたがいに顔を見合わせたあとで、おっかなびっくり近づいてきた。

「は、はじめまして……指導種族艦隊所属第一機動戦闘艇部隊のルルクル・シンタル中尉です……」

 こわばった表情で挨拶を始めたシンタルと名乗ったアロイスに、恵一は笑いながら言った。

「このレクレーションエリアでは、階級とか所属は無縁だよ。いちいち敬礼したり、階級で動いていたら、息苦しくてしかたがないだろう?」

「あっ、はい、申しわけありません!」

「だから、そういうのはなし。おれは恵一、アリサカ・ケイイチだ。よろしく」

 恵一は自分のことを〝おれ〟と呼ぶことにした。

「はいっ! 存じ上げておりま……いえ、知っています。その……アリサカ閣下、いえ、アリサカ……さんは、有名人ですので」

 一所懸命言葉を選ぶ若いアロイスを見て、恵一は優しく微笑んだ。

「そんなに堅苦しく考えないでもいいよ。軍務を離れれば、おれはただの地球人だからね。普通に仲間と話すように接してくれれば……」

 シンタルは、ふう、と大きくため息をついてから笑った。

「よかった……本当にカラムの言うとおりなんですね。アリサカ少将は、優しくて、威張ったような素振りは見せない、尊敬できる人だって、いつも自慢しているんですよ?」

「ちょっと! シンタル! よけいなこと言うなよ!」

 カラムがそう言うと、横にいたアロイスが、笑いながら言った。

「ほらほら、言葉遣いが乱暴だぞ。おまえは今日一日、地球の日本の女の子っぽくすごさなきゃいけないんだからな。言葉遣いに気をつけろよ」

「なんで、こんなめんどくさいんだろう。日本だけですよね、女の子の言葉遣いがあるなんて」

 不満げな顔をするカラムに、恵一は笑ってみせた。

「女性と男性で人称が変わったり、助詞が変わったりする言語もあるけど、日本は特有だね。ギャップ萌えってのもあるけど、でもその格好には、かわいい言葉遣いのほうが似合ってるね」

「そ、そうですか……じゃあ、もう少し続けてみます……」

 ケイイチの言葉を聞いたカラムは、どこか嬉しそうに答えた。

「アリサカ閣下……じゃなかった、アリサカさんは、このあとどちらに行かれるのですか?」

 そう聞いてきたシンタルに、恵一は首を振ってみせた。

「いや、予定はない。おれは東京出身なので、このエデンの中に作られた東京に興味があって、ここでトラムを降りただけさ。少し歩きまわってみようかと思ってね」

「じゃあ、ご一緒しませんか? わたしたち地球は初めてですし、東京も初めてなので……」

 そう言ったシンタルを見て、カラムがあわてて言った。

「ダメだよ、シンタル! アリサカさんの格好見ればわかるでしょ? まだホテルにチェックインしてないんだよ?」

 カラムに言われて、シンタルは初めて気がついたようだった。

「あ、そうか、申しわけありませんでした! 気がつかずに、ずうずうしいお願いを……」

 恵一は首を振った。

「いや、いいよ、確かにチェックインはまだだけど、東京の街を案内するくらいなら大丈夫さ。ホントの東京と違って、ミニチュアというか、ダイジェスト版みたいなものだしね」

「本当にいいんですか? お気をつかわせているなら、申しわけなくて……」

 おずおずと聞いてきたカラムに、恵一は笑ってみせた。

「気をつかってなんかいないよ。カラムに東京を案内できるなら大歓迎さ。だって昔、きみは言ってたじゃないか、地球に降りておれの故郷を見てみたいって」

「そんなこと言ってましたっけ……あ、いえ、見たくないって意味じゃなくて、見たくてしかたがないというか、アリサカ少将のことに興味があるというか……あああ、馬鹿だ、わたし、なに言ってるんだろう! 聞かなかったことにしてください!」

 顔を真っ赤にして、ばたばたと手を振りまわすカラムを見て、恵一は思った。

 ――なんだか、女子高生と会話しているみたいな気分だな……アロイスは細身だから幼く見えるせいもあるんだろうけど……。


 駅前で、四人のアロイスに囲まれて話をしている恵一の姿を、遠くから見ている男たちの姿があった。

「見ろよ、エリートさまがいるぜ」

 ランドルフの指さす先を見たサカモトは、思わず小声でつぶやいた。

「本当だ。あれはアリサカ少将だな。地球軍独立艦隊の司令官だ」

「そういえば、地球軍独立艦隊とか指導種族艦隊の乗組員も休暇をもらって、このエデンに来ているって話を聞いたな」

 そう答えたセルゲイに、ランドルフが言った。

「死んでも代わりがあって、いくら死んでもかまわないあいつらにとって、戦争なんてのはゲームみたいなモンなんだろうな。フォンセカは死んじまったっていうのに、あいつらはああやって、女の子とイチャイチャできる……あいつらにとって戦争ってのは、きっと天国みたいなモンなんだろうよ!」

 憎々しげにつぶやいたランドルフを見て、セルゲイがたしなめるように言った。

「ランドルフよ、おまえは本気でそう思っているのか? 死んでも代わりがあるということは、死んでも死んでも生き返って、また戦場に送りこまれて戦わされる日々が続くということだ。それのどこが天国なのだ? それこそを地獄と言うのではないのか? ランドルフよ、おまえが十六、七のころにそんな環境に放りこまれて、戦うことしか許されなかったら、おまえはその生活に耐えられたか? わたしだったら耐えられない……」

 セルゲイの言葉を聞いて、ランドルフは下を向いた。

「わかってるよ、あんたの言いたいことは。あいつらのほうが、おれたちなんかよりずっと責任が重くて、だからこそ、アバターが与えられて、死んでも死んでも戦い続けなくちゃならないってことも、みんなわかってる! でもよ、たとえ戦いしかない日々でもそれは生きてるってことじゃねえか! 生きてりゃ次がある、明日がある。でもよ、死んじまったものはそこで終わりじゃねえか! フォンセカには、ああやって、女の子と楽しく話す機会は永遠に来ねえんだ。そう考えたら、言わずにはいられなかった……それだけだ」「そうか。ランドルフの気持ちもわからないことはないが、どんなに思っても、もうフォンセカには届かないのだから、気持ちを切り替えて、この休暇を楽しむことだ」

 セルゲイの言葉を聞いたランドルフは。ため息をついた。

「はあ……あんたはいいよ、セルゲイ隊長。あんたみたいに割り切れたら、人生はずいぶんと楽なんだろうな……」

「それほど楽ではない」

「比喩だよ、返事しなくていいよ! サカモト! おまえの言っていた牛丼とやらを食わせる店に早く連れていけ! セルゲイ隊長と話をしてると、日が暮れちまう!」

「こっちだよ。牛丼を食わせる店はチェーン店で、似ているけど注文のシステムが少し違うんだ、慣れていないうちは、食券で注文する店のほうがいいかもしれないな。あの店だ。味噌汁もついてくる」

「へえ、そりゃあ楽しみだ」

 そんなことを言い合いながら進んでいくサカモトとランドルフの後ろを歩きながら、セルゲイは戦死したフォンセカのことを考えていた。

 ――わたしは指揮官として、彼の家族にメッセージを送らねばならない。だが、わたしはフォンセカのことを何も知らない。知っているのは出身地と、家族がいるということだけだ。わたしたちはおたがいに、自分の身の上を詳しく話したことはない。

 あたりさわりのない言葉を並べ、〝彼は英雄だった〟と締めくくればいいのかもしれない。戦死公報につけるメッセージの多くは、そういった紋切り型の定型文だった。このように書きなさいと示された手本をなぞったようなものばかりだ。

 だが、その理由が今わかった。それしか書きようがないのだ。ほかに何を書けというのだ。たった一人で茫漠たる宇宙空間を飛び続けるときの不安を、孤独を、どうやって伝えることができる。粛清者の恒星反応弾に向かって突っこんでいくときの恐怖と、心のどこかにある快感を、どう書けばいいのだ。

 いや、違う。そんなことを伝えてもなんの意味もない。わたしがするべきことは、残された彼の家族に、彼という存在はなんのために在ったのか、その理由を語ることなのだ。

 彼という存在は決して無意味ではない。かれは無為に死んでいったわけではないということを伝える――それこそがわたしのなすべきことなのだ。

 勇敢であった。英雄的であった。それはおためごかしでもなんでもない。ここに、彼が存在していた、それこそが英雄だったことのあかしなのだ。

 前を歩いていくサカモトとランドルフの背中を見て、セルゲイは思った。

 ――そして、彼らもまた英雄だ。このわたしも英雄なのだ。生きて還れた者も、生きて還れなかった者も、すべて英雄なのだ。誰かを守ろうと願い、想い、動いた者、そしてあきらめぬ者は、すべて英雄なのだ。


 補給工作艦エデンの中の時間が、ゆっくりと過ぎはじめたそのころ。冥王星防衛ラインの外側では、展開を終えたケイローン軍第三軍緊急展開艦隊の総反撃が始まろうとしていた。