4 終わりなき戦い


 そのころ、木星軌道上にある太陽系防衛軍総司令部の中央指揮室では、部屋の中央に浮かぶ巨大な三次元立体モニターの中で、太陽系外縁部から太陽系の中心に向けて動き始めた無数のオレンジ色の光点を、レキシムが食い入るような目つきで見つめていた。

『冥王星防衛ラインより、E、F、G集団、各五千機が発進しました。H集団と、補充再編が終了したD集団が基地内待機、損害の多かったA、B、Cの各集団は現在補充再編中です』

『欺瞞攻撃作戦を遂行中だった太陽系防衛艦隊が、そのまま恒星反応弾迎撃部隊の戦力としてこちらの指揮下に入ります。各艦隊の戦列艦の攻撃目標の統制運用を開始。機動戦闘艇接敵までのあいだ、主砲にて迎撃にあたります』

『太陽系防衛艦隊及び途上種族連合艦隊所属の機動戦闘艇部隊は、母艦運用を含めてレキシム閣下の直轄部隊となります。現在情報リンクを構成中。構築終了まであと二十二秒』

 三次元立体モニターを見つめるレキシムの視界の中に、戦術支援AIが情報を投入するのと同時に、モニターの中に青と緑の光点が浮かび始めた。それは恒星反応弾迎撃任務にあたる各部隊の位置を示していた。

 ――迎撃型機動戦闘艇が一万五千機、それと通常艦隊が約七千四百隻。数だけを見れば圧倒的にわれわれが有利だ。だが、われわれが三千七百五十発の恒星反応弾の三千七百四十九発を破壊できても、最後の一発が太陽に到達してしまえば敗北する。百パーセントの勝利、パーフェクトゲーム以外はすべて負けいくさとなることを考えれば、数の優位はなんの気休めにもなりはしない。唯一の救いは、あの三千七百五十発の多くが、こちらの迎撃機を破壊するための榴散弾弾頭を搭載したものであり、すべてが真正の恒星反応弾ではない、ということだ。恒星反応弾に偽装した迎撃用榴散弾は、迎撃にあたる機動戦闘艇のパイロットにとっては災厄以外の何物でもないが、太陽系防衛という観点から見ればありがたい存在なのかもしれない。

 レキシムがそんなことを考えていると、戦術支援AIがロングレンジセンサーのオペレーターからの報告を伝えてきた。

『恒星反応弾が、前回の攻撃時と同様に五十発ごとに編隊を組み始めました。全部で七十五個の編隊となります』

『前回の千二百五十発の恒星反応弾の攻撃のさいの、榴散弾弾頭の割合は判明するか?』

『前回の攻撃のさいは、千二百五十発のうち、およそ千発が榴散弾弾頭でした、真正の恒星反応弾はおよそ二百五十発程度と思われます』

『四対一の割合……今回の三千七百五十発も同じ割合だとしたら、真正の恒星反応弾は七百五十発、残りの三千発が榴散弾弾頭というわけか……』

 レキシムが、そうつぶやいたとき、太陽系防衛艦隊のスション少将から報告が来た。

『太陽系防衛艦隊は迎撃地点に到着。これより各艦隊の戦列艦により、防衛空域に漂う高質量散弾の掃討をかねて、主砲と遠距離実体弾による迎撃を開始します』

『了解しました。各艦の攻撃目標の重複が起こらぬように、こちらの統一コードの下で統制射撃を行なってください。迎撃型機動戦闘艇部隊が目標に接近した時点で戦列艦の砲撃は中止しますので、統合管制システムとのリンクは忘れずにお願いします』

『了解しました!』

 スション少将の返答と同時に、太陽系防衛艦隊と途上種族連合艦隊の戦列艦艦隊の阻止砲撃が始まった。戦列艦艦隊から発射された無数のエネルギー束が、宇宙空間に漂う星間物質や高質量散弾を蒸発させる閃光をきらめかせながら、次々に恒星反応弾に命中し、ビーム砲の直撃を受けた恒星反応弾の編隊の中に、いくつもの閃光が走った。それは一撃で爆発した恒星反応弾の姿だった。耐ビームコーティングを施した恒星反応弾は、遠距離ビームの直撃を受けても即座に爆沈することはない。だがケイローン軍第三軍の先遣艦隊が装備している新型大型戦艦の大口径ビーム砲は、旧型戦艦の主砲の数倍のエネルギーを叩きこめるため、このビームの直撃を食らえば、いかに耐ビームコーティングを施していても、一撃で破壊されてしまうのだ。しかし、新型戦艦の数はかぎられており、戦列艦艦隊の大多数を占める従来型の戦艦の主砲では、直撃させても破壊することはできない。そのため、複数の艦でひとつの目標に向かって砲撃し、ビームを同時に直撃させることで耐ビームコーティングを過負荷に追いこみ、無力化させて破壊する統制射撃が行なわれていた。

 その統制射撃の効果が出始めたのは、遠距離砲撃が始まってしばらく過ぎたころだった。最初はまばらだった恒星反応弾の編隊の中の爆発の閃光が、時間が経過するに従って増え始めたのだ。

『コード二十三X二十八、爆発を確認! これでコード二十三編隊の半数を撃破!』

『コード十六Y〇三、爆発を確認! コード十六編隊の残りは十二発!』

 レキシムのもとに、早期情報収集艦からの戦果報告が次々に入ってくる。

『遠距離阻止砲撃の命中率が急によくなったのは、どういう理由ですか?』

 レキシムの質問に、戦術支援AIが応えた。

しゆくせいしやの防衛艦隊の妨害が少ないため、火力を集中できることが理由と思われます。過去における遠距離阻止砲撃は、粛清者側の防衛艦隊の遠距離ビームの直撃を受けないように、小刻みに艦を移動させつつ砲撃を行なっておりましたが、今回は定地点に静止しての砲撃ですので、命中率が飛躍的に上がりました。さらに、粛清者側の砲撃に対し対砲撃カウンターバツテリーを並行して行なう必要がないため、火力の集中が可能です』

『確かに、今回の迎撃は、敵の支援砲撃が少ないですね。これは欺瞞攻撃の成果というわけですか。欺瞞攻撃は敵の転移を中断させて侵攻を遅滞させるというのが主目的でしたが、思わぬ副産物を得た。粛清者にとって、予期していなかった攻撃……いわば奇襲のような効果があったのですね』

 戦術支援AIに、そう返答したあとでレキシムは考えた。

 ――だが、こういった欺瞞戦法は、すぐに使えなくなる。欺瞞攻撃という戦法が粛清者側のデータベースに記録されるからだ。分析が進めば、いずれ粛清者側の戦術セオリーのひとつとして確立するだろう。そうなれば次は粛清者側が、こちらに対して欺瞞攻撃を使ってくる可能性もある。装備や兵器のように、戦法もまた進化し、変貌する。〝粛清者の連中は頭が固い上に寄り合い所帯なので、小まわりがきかない〟と今までは言われてきた。だが、ここ最近の粛清者の新兵器や戦術のサイクルの速さは驚くばかりだ。もしかしたら、粛清者側の上層部の方針に変化があったのかもしれない。いずれにしろ、この太陽系防衛戦は、今までの戦いかたとはまったく違う。銀河文明評議会のほうでも、この途上種族星系への関心が高いようだが、上級種族がなんらかの手を打ってくれないものだろうか。どんな手でもいい。それこそ猫の手でも孫の手でもいいから、なるべく早く来てほしいものだ。

 レキシムの黙考は、戦術支援AIの報告で途切れた。

『まもなく目標が遠距離阻止砲撃エリアからはずれ、機動戦闘艇部隊の迎撃エリアに入ります』

『了解しました。最終的に遠距離阻止砲撃戦で撃破に成功した恒星反応弾は何発ですか?』

『七百五十二発の破壊を確認しております』

 戦術支援AIの回答を聞いて、レキシムは目を見開いた。

『二十パーセントを超えたのですか! 遠距離阻止砲撃の戦果は、想像していた以上ですね。遠距離阻止砲撃を行なった、太陽系防衛艦隊と途上種族連合艦隊に所属する戦列艦の艦長たちに、わたしからの感謝の意を伝えてください』

『了解しました』

 戦術支援AIの返答を聞きながら、レキシムは三次元立体モニターを見上げた。球形のモニターの中を、赤いタグがいくつも動いているのが見える。それは飛翔する恒星反応弾の編隊ごとに付けられた編隊タグだった。よく見るとタグの長さがまちまちだ。長いタグもあれば短いタグもある。長さの違いは編隊を組んでいる恒星反応弾の残存数の違いであり、数量を視覚で判別できるようになっているのだ。実にアナログな表示だが、視覚だけで量的な多寡を直感的に把握できるという利点がある。

 タグの長さが半分ほどの編隊を見て、レキシムは思った。

 ――あの編隊を組んでいる恒星反応弾が、真正恒星反応弾であれば言うことはないのだが……果たしてどうなのか。実際に機動戦闘艇が接敵するまでわからない。編隊を解けば偽装した迎撃用榴散弾で、編隊を解かずに太陽に向かって飛び続ければ、そいつが本物だ。

 レキシムの見ているモニターの中では、無数の緑色の光点が、太陽系の中心に向けて飛び続ける赤いタグの群れに群がるように近づいていく。戦術支援AIが、レキシムの思念の中に、機動戦闘艇が接敵するまでの時間を送りこんでくる。接敵するまでの時間が、あと一分近くあることを確認したレキシムは、思念リンクを自分の直轄部隊となった太陽系防衛艦隊の機動戦闘艇母艦艦載機部隊の総指揮官であるラワン・ケイブン大佐と、途上種族連合艦隊の機動戦闘艇母艦艦載機部隊の総指揮官であるリー大佐に繋いだ。

『太陽系防衛軍総司令官のレキシムです。お二人の指揮する機動戦闘艇部隊は、冥王星防衛ライン付属の迎撃型機動戦闘艇が接敵したあとで、編隊をといた恒星反応弾を目標としていただきます』

『それはつまり、恒星反応弾に偽装した迎撃用榴散弾を破壊せよ、ということでよろしいのですね?』

 意識空間の中に立ったラワン大佐の質問に、レキシムはうなずいてみせた。

『そのとおりです。偽装した迎撃用榴散弾は、敵を察知すると編隊を解き、太陽系の中心部をめざすことなく自由行動に移り、敵に接近して自爆し高質量散弾を投射します。その機動力と行動パターンは、恒星反応弾というよりは機動戦闘艇に近い。迎撃型機動戦闘艇パイロットは、基礎訓練は終えていますが、教育カリキュラムは、初期は対艦攻撃、後期は恒星反応弾迎撃に特化しており、機動戦闘艇同士の格闘戦ドツグフアイトを経験したことはありません。彼らにとって自由行動をとる迎撃用榴散弾を迎撃するというのは、少々荷が重い仕事なのです』

『そこで機動戦闘艇同士の格闘戦の経験があるわれわれに、恒星反応弾に偽装した迎撃用榴散弾の迎撃任務を与えた、というわけですな……了解しました』

 レキシムとラワン大佐のやり取りを聞いていたリーは思った。

 ――格闘戦の経験の有無だけじゃない。前回の迎撃戦で、招集パイロットが乗った迎撃型機動戦闘艇は三十五パーセントに及ぶ損害を出した。招集パイロットにはアバターがない。死ねばそこで終わりだ。でも、おれたちにはアバターがある。たとえ戦死しても、もういちどやりなおせる。おれたちの死は、招集パイロットたちのそれよりも軽いということだ……いや、違うな。死の重さは同じだ。与えられた任務の重さが違うんだ。おれたちは、〝死んでもやり遂げろ!〟と言われている。それだけのことだ。

『途上種族連合艦隊所属機動戦闘艇部隊、了解しました!』

 リーはレキシムに向かって返答したあとで、リンクを部下である地球軍独立艦隊所属の機動戦闘艇の意識空間に繋いだ。

 太陽系防衛軍の迎撃管制システムから、まだ攻撃目標の指示を受けていないためだろう、意識空間にはどことなくのんびりした雰囲気が漂っている。

『今、モニター見てるんだけど、機動戦闘艇ならわかるけど、恒星反応弾が編隊を組んで飛んでくるってのは、どういう意図があるんだろうな? 恒星反応弾ってミサイルみたいなもんだろう?』

 共有意識空間の中で、第三分隊長のユージンがつぶやくと、その思念を聞いていた第二分隊長のメイが、あきれたように答えた。

『前回の冥王星防衛ラインの機動戦闘艇部隊が、恒星反応弾を迎撃したときのデータ、見てないの? あの編隊を組んでる恒星反応弾に偽装した迎撃用榴散弾にやられて、大損害を出したのよ?』

『あ、いま思い出した。というかAIが思い出させてくれた。ありがとう、おれの戦術支援AI!』

『AIになにからなにまで任せて楽しようと思ってるから……戦闘のやりかたは覚えてるんでしょうね?』

『それはがっちり覚えてる。おれの存在理由だからな』

『当たり前のことを、ドヤ顔で言わないでよ』

 共有意識チャンネルにリーがリンクしたことを知ったのだろう、ユージンとメイの思念会話を聞いていたリーのところに、ウィリアムから質問が飛んできた。

『リー大隊長、質問があります。よろしいでしょうか?』

 リーはすばやく攻撃開始予定時間を確認した。タイムカウンターは、接敵までの時間が残り三十秒であることを告げていた。思考ブースト下ではおよそ三十分近くになる。

 ――ウィリアムの質問に応える時間は充分にあるな……。

 リーは意識の中で小さくうなずくとウィリアムに答えた。

『質問を許可する』

『ありがとうございます。目標の表示ですが、わたしのモニターには敵の恒星反応弾の編隊単位のコードしか表示されていません。以前の迎撃戦では、個別目標が指示され、その優先順位を示すリストも同時に表示されていたような気がするのですが?』

『おまえの疑問はもっともだ。なぜ表示されないのか。その理由は、まだわれわれの目標がどれなのか判別できないからだ。われわれの目標は恒星反応弾の中に混じっている迎撃用榴散弾だ。真正の恒星反応弾との違いは、編隊を組んでいる状態ではわからない。しかし迎撃機が近づくと、迎撃用榴散弾は編隊を解き、太陽をめざすことなく、こちらの迎撃機に対し攻撃的な針路を取る。つまり、目標がわれわれに示されるのは、敵が編隊を解いたときだ。それまでは表示されない』

 リーの返答を聞いたウィリアムはすばやくその状況を脳内に思い浮かべた。

 ――編隊を解いて、恒星反応弾に偽装していた迎撃用榴散弾がこっちに向かってくる。そこに実体弾を叩きこんで破壊しろってことだよな? でも、迎撃用榴散弾は、射程内に敵、つまりぼくたちが乗る機動戦闘艇が入ってくれば、自爆して機動戦闘艇に向けて高質量散弾を撒き散らす。散弾を発射する前、自爆する前に破壊するためには、迎撃用榴散弾が機動戦闘艇を認識する前に、かなり遠距離から実体弾を発射して命中させなくてはならない。そして、迎撃用榴散弾の数は多い。こっちが狙っているあいだに別の迎撃用榴散弾が、予想すらしない方角から迫ってくるかもしれない。狙いをつけることができるタイミングはほんの一瞬で、少しでも気を緩めれば一巻の終わり、ということか……。

 ウィリアムは答えた。

『編隊を解いて自由行動を取るようになった迎撃用榴散弾の中に飛びこんで、相手の自爆と発射する散弾に巻きこまれないように飛びながら、敵を撃破するのは簡単な話じゃありませんね……』

『そうだ、だからわれわれがやるんだ。おまえらならできる。おれはそう信じている。要するにそういうことだ』

 リーは、こともなげにそう言うと、笑ってみせた。

『わかりました。リー隊長の言葉を信じることにします』

 ウィリアムがそう答えたとき、今まで黙って会話を聞いていたエミリーが口を挟んだ。『なにバカなこと言ってんのよ。だからあんたはドン臭ウィルって言われるんじゃない! あんたが信じなきゃいけないのは、リー隊長の言葉なんかじゃない! 自分の腕だ!』

『あ、いや……でも』

『でももなにもないの! あんたが本当に使えないドジでのろまなバカだったら、今ごろここにはいないわ。とっくにアバター使いつくしておしまいよ! あんたのアバターはあといくつ残ってるの? 三つだよね? あたしやリー隊長のほうが少ないじゃん! 自分の腕を信じてガンガン行くべきよ!』

 ウィリアムを激励するエミリーの言葉を聞いていたリーは、苦笑い混じりの微笑みを浮かべて言った。

『エミリーの言うとおりだ。冥王星防衛ラインの主力である迎撃型機動戦闘艇は、おれたちが乗る艦載型機動戦闘艇に比べれば三世代以上古い機体だ。反撃してこない真正の恒星反応弾ならさほど苦労することなく迎撃できても、自由行動を取って反撃してくる恒星反応弾に偽装した迎撃用榴散弾の迎撃は難しい。まして、それに乗りこんでいるパイロットにはアバターはない。戦死してしまえばそこで終わりだ』

『だから、おれたちがその代わりに死ね、ということですか?』

『そうだ。はっきり言ってしまえばそういうことだ。おれたちにはアバターがある。それはなんのためなのか、考えたことはあるか?』

『士官学校で、アリサカ少将に……当時は教官でしたけど……言われたことがあります。やり遂げなくてはならない任務があるときは、たとえ何回死んでもやり遂げなくてはならない。アバターはそのためにある……と』

『そういうことだ。地球を守るというのは、その〝やり遂げなくてはならないこと〟だ。それに異存はあるか?』

『ありません!』

『いい返事だ。接敵予想時間まで、あと二十秒を切った。この戦いは、まわりに気を配らないとやられる。エミリーの面倒をしっかり見ろ。じゃあな』

『了解しました!』

 ウィリアムの返事と、それにかぶさるように聞こえてきた、『なんであたしがあんたに面倒見られなきゃならないのよ!』というエミリーの思念を聞きながら、リーは思念リンクを途上種族連合艦隊の機動戦闘艇部隊指揮官とのチャンネルに切り替えた。

 途上種族艦隊に所属しているほかの星系軍の機動戦闘艇部隊の指揮官は、みな中佐であるが先任であるリーが総指揮官になるのに、なんの問題もなかった。また、もし他星系に先任の部隊指揮官がいた場合でも、太陽系防衛戦では恵一ひきいる地球軍独立艦隊が教導艦隊として指定されているため、他の星系軍との共同作戦の場合、地球軍独立艦隊の機動戦闘艇部隊の指揮官であるリーが、総指揮官として上職扱いとなるのである。

『地球軍独立艦隊所属機動戦闘艇部隊指揮官より、各星系軍艦隊所属機動戦闘艇部隊指揮官に告げる。レキシム閣下からの指示は、さきほどわたしの思念リンクで傍受していたことと思う。わたしから付け加えることは特にない。あえて付け足すとすれば、この太陽系は、われわれ地球軍独立艦隊の将兵の故郷であり、ここでわれわれが戦うのは、義務である。だが、諸君らはそうではない。諸君らはこの太陽系で戦った経験値とノウハウを諸君らの星系に持ち帰らねばならない。〝生きて還る〟――それが諸君らの義務である。それを忘れないでほしい。わたしからは以上だ』

 リーのメッセージが終わるのと同時に、サーチー星系軍の機動戦闘艇部隊指揮官である、アラミス中佐が返信のメッセージを飛ばしてきた。

『サーチー星系軍、了解! しかしひとつだけ訂正させてください。〝この太陽系でわれわれサーチー星系軍の将兵が戦うのは義務ではない〟という部分です。その〝義務〟って単語を〝権利〟と言い換えさせていただきたい。あのシュリシュクで行なわれた〝魂の試練〟以来、あなたがた地球軍独立艦隊はわれわれのあこがれの対象だった。途上種族艦隊としてあなたがたと共に、あなたがたの星系を守る戦いに参加できると聞いたとき、わがサーチー星系軍の兵士は全員一致で志願しました。そして今、われわれは、こうしてここでともに翼を並べて飛び、ともに粛清者を倒している。これは、ここで戦えるのは、〝権利〟なのです! 志願したが選ばれなかったほかのどの星系の連中にも経験できない、われわれだけの〝権利〟! あなたがたは、ここで戦って犠牲を出すわれわれのことを、後ろめたく思う必要もなければ、責任を感じる必要もないのです。なぜなら、われわれは自分の意思で、志願して、好き勝手にここに来て、ここで戦っているのです。ほかの星系の連中はどうだか知りませんが、少なくともサーチー星系に関しては、そう言いきれます! くどいようですが、もういちど言っておきます。われわれは好きでここに来た。そして好きに戦っている。そういうことです』

 ――結構ノリがいい男だな。サーチー星系人というのは、どことなくラテン系に近いのかもしれないな。

 リーがそんなことを考えていると、ウルム星系軍の機動戦闘艇部隊指揮官マクエロイ中佐のメッセージが飛んできた。

『ウルム星系軍のマクエロイです。サーチー星系軍のアラミス中佐が、〝ほかの星系のことは知らんが〟とかなんとか言っていたが、ウルム星系軍とて同じこと。ここでこうやって戦えるのは権利であり名誉であります。ウルム星系に戻るのは、わが艦隊総司令官であるライレーン准将一人で充分! われらは、そのための捨て石となる覚悟を持ってウルム星系を出てきた者ばかり! もし生きて戻れたら、母として子らにこの戦いのいさおしを語って聞かせましょうぞ!』

 ――ウルム星系は女性家長制で、地球の文化の男と女の役割が逆転していて、軍人は固定身分制みたいな星系文化だから、なんだか言いまわしが古風で中世の騎士のようだな。このマクエロイ中佐とオルガは、話が合って飲み仲間だというのが、なんとなくわかるな。

 リーが、そんな感慨を抱いていると、最後にインブレス星系軍のカラブリア中佐のメッセージが来た。

『われわれインブレス星系軍は、きみたちよりも百年近く前に銀河文明評議会に接触を受け、粛清者との防衛戦も何度となく経験している。だが、この地球防衛戦は、過去の、どの戦いとも違う。敵の戦いかたもそうだが、それに対抗する手段を次々に編み出す地球軍独立艦隊の発想力と実行力――そのすべてが、われわれにとっては革新的だ。そしてわかったのだ。なぜわれわれインブレス星系軍が今の地位に甘んじているのか、その理由が。時間を積んだだけの経験にはなんの意味もないのだ。経験を基礎として応用し、成果を積み上げねばならない。敬意は成果によってのみ得られるのだ。われわれは井の中のかわずだった。インブレス星系人が、この先どのように生きるべきか。その答えは聖典の中にはない。ここにあるのだ。この太陽系に! 地球軍独立艦隊の将兵は、わがインブレス星系軍にとって師であり、この太陽系は学びだ。この戦いは苦役でも義務でもない。われわれにとってかけがえない学習のための機会なのだ。それを忘れないでほしい』

 ――真面目だが融通がきかないインブレス星系軍らしい返事だな。しかし、異なる文化を持っていても、なんとなく親しみのある雰囲気を感じる。たとえ口でひどい悪態をついていても、あとを引くことがない。執念深さとか陰湿さとは無縁の軽快さは、機戦闘艇パイロットに共通のものなのかもしれない。

 リーはそんなことを考えながら、三つの星系の指揮官にメッセージを返した。

『了解しました。では、あなたがたを仲間と信じて、これより遠慮なく命じます……』

 そして、リーは敬語ではなく、仲間内に向ける思念へと調子を変えた。

『目標は無数の散弾を発射する迎撃用榴散弾だ。機動戦闘艇を撃破することを主目的として作られた兵器、いわば、おれたちを殺すために作られた兵器だ! その兵器に機動戦闘艇で立ち向かうというのは、殺されに行くようなものだ! はっきり言って愚か者だ。馬鹿と言ってもいいだろう。だが、いま地球が求めているのは、その愚か者で馬鹿たちだ! 目標が表示されるのと同時に、戦闘開始だ。さあ行くぞ!』

『了解! 愚か者、行きます!』『了解! 馬鹿で結構!』『了解です!』

 三つの途上種族星系の機動戦闘艇部隊指揮官は短く応えると、意識空間のリンクからはずれた。そして、冥王星防衛ラインの迎撃型機動戦闘艇が接敵するのと同時に、各五十発で編成された七十五個の編隊のうち、およそ五十個がいっせいに編隊をといて、自由行動に移った。

 リーのモニターに、百を超える赤い数字がいっきに並んだ。それは太陽系防衛軍総司令部の管制指揮室が、リーひきいる地球軍独立艦隊の機動戦闘艇部隊に割りふった目標のコードだった。

『遠くのやつは構うな! 手前の目標からつぶしていくぞ! 自爆させるのも撃墜と同じことのように見えるが、散弾は少なければ少ないほどいい。なるべく自爆させる前に破壊しろ! 攻撃開始!』

『了解!』

 リーの指示に、短く答えた地球軍独立艦隊の機動戦闘艇部隊のパイロットたちは、恒星反応弾の編隊に向かっていっきに加速を開始した。

『ウィル! どれを狙えばいいの? 指示して!』

 エミリーの言葉に、ウィリアムは慌てて、意識空間の三次元立体モニターに戦術支援AIが表示した七つの目標のデータを確認した。戦術支援AIは、攻撃可能、もしくは優先順位の高い目標を示すだけで、どれを選択するかは、小隊長のウィリアムの仕事だ。

 ――奥の四発は? ダメだ。そこに撃ちこむことはできるけど、あれだけ遠いと命中率は下がる。確実に仕留めるなら手前の三つのどれかだ。

 モニターに表示されているデータで、表示された目標が小刻みに方向を変えているのがわかる。

 ――迎撃用榴散弾は自由度が高いとは言え、ここまで小刻みに動かれると、〝針路を予測してその未来位置に向けて実体弾を発射して命中させる〟というのは難しい。どうすればいいんだろう? そう言えば、こいつらはなんでこんなに小刻みに動いているんだ? まるで何かを探しているみたいだ……。

 そこまで考えたとき、ウィリアムはあることを思いついた。

 ――そうか、探しているなら、見つけさせてやればいいんだ! おとりを作って、そいつを発見させる。そうすればその囮に向かって直進するはずだ。囮は射程距離に入る前に逃げる。敵が自爆してばら撒く散弾の散布界を見切れば、逃げきることは可能だ! 確かバルンデコイがあったはずだよな?

 ウィリアムは、すばやく自分とドローンの僚機であるヒューイとデューイの機動戦闘艇が搭載している装備品のリストを確認した。

 ――あった、光学センサー用のバルンデコイが四機と、赤外線フレアーデコイと重力波グラビトンデコイがそれぞれ一機! 迎撃用榴散弾が、どんなセンサーでこっちを認識しているのかわからないから、両方とも使って、確かめるしかない!

 ウィリアムは思念リンクを通じて、リーに作戦計画を報告した。

『囮になる機は、デコイを引き連れて密集編隊で、やや遅い速度で直進します。迎撃用榴散弾がどんなセンサーを用いているのかはわかりませんが、目標の選択はより効果の大きいほうを、つまり単独よりは複数の目標を狙うはずです。囮を発見した敵は、自爆して撒き散らす散弾の射程まで最短距離をとって接近するでしょう。その直線の未来位置に向かって僚機が実体弾を発射すれば命中率は飛躍的に高くなるはずです!』

『確かに有効な戦術のように思えるが、問題は囮になる機の安全をどうはかるか、というところだな。その戦術にあるは、粛清者の迎撃用榴散弾の射程距離、つまりどれくらいの距離まで近づいたら自爆するのか、そのデータがないということだ。迎撃用榴散弾が自由行動を取って攻撃に転じた前回の戦闘は、乱戦となったため記録されているデータには射程距離の幅がありすぎる』

『確かに明確な射程距離を判別できるデータはありません。しかし散弾がどのくらいの速度で飛び、どれくらい広がるのか、というデータはあります。それを回避システムに入力して、戦術支援AIの補助を受ければ、回避は可能だとりよういたします!』

『わかった、やってみる価値はありそうだ。問題は誰が囮役をやるか、だが……』

『それは当然、立案者のわたしが……』

 ウィリアムがそこまで言いかけたとき、エミリーの思念が割りこんできた。

『なにをバカなこと言ってんのよ。あんたみたいなドン臭い人間に、囮なんてできるわけないじゃん! そういうのは、もっとすばしっこくて小まわりがきくあたしみたいな人間の役目なの!』

『違うよ。囮ってのは、すばやく逃げまわるようなヤツじゃダメなんだ。こう、ドン臭くて、もたもたしていて、ぼーっとなにも考えずに飛んでいるように見えなきゃ。そして敵に、〝あ、こいつなら楽勝で落とせる〟って思わせるようじゃないと。そう考えたら、それをやれるのはぼく以外にいない。それに、ぼくはただドン臭いだけじゃない。生き残るために必死に考えて、そして生き残ってきた百戦錬磨のドン臭野郎だ。生き残るための経験値を積んだドン臭野郎をナメるな!』

 ウィリアムに言い返されたエミリーは、少し困ったような感情が混じった思念を返した。

『それはそうだけど……』

『それに、ぼくは逃げまわるのは得意だけど、攻撃のほうはまったくダメだ。確実に戦果を上げることができるきみのような人間こそ攻撃にまわるべきだ。そして、ぼくを狙っている敵を破壊してくれ。そうすればぼくは生き残れる』

 エミリーは、少し考えこんだあとで、納得したようだった。

『わかった。じゃあ、あたしは攻撃にまわる。あんたを狙うやつを、一匹残さず叩きつぶしてあんたを守る!』

 ウィリアムとエミリーのやり取りを聞いていたリーが、やれやれ、という口調で応えた。

『わかった。ウィルの戦術を試してみよう。言っておくが、おまえらだけで戦争しているんじゃないからな。まわりも見ろよ、エミリー』

『わかりました! まわりをよく見て、ウィルに近づくやつは、確実に息の根をとめてやります!』

『そういう意味じゃないんだが……まあ、それでもいいか。ウィル、やられるなよ! おまえの取得したデータしだいで、今後の戦いかたが変わるかもしれないんだからな!』

『了解しました! では、囮、行きます!』

 ウィリアムはそう返答するのと同時に、機体の左右の格納スペースからバルンデコイを二個発射した。ほぼ同時に、同じ分隊のドローンパイロットであるヒューイとデューイもバルンデコイを一個ずつ発射した。デコイは即座に機動戦闘艇そっくりの姿に膨れ上がった。シルエットはほとんどそのままで、サイズだけが少し小さいこのデコイは、敵の光学センサーを攪乱させるために作られたもので、有線式の牽引装置を兼ねた操縦装置が付いており、機動戦闘艇の後方で敵の照準を攪乱させるために、かなり複雑な動きをさせることができる。通常は一個しか搭載しないのだが、用心深いウィリアムは、もしものときのために二個搭載していたのだ。

 三機編隊で飛んでいたウィリアムの分隊は、あっというまに七機になった。

『次にフレアーデコイとグラビトンデコイを発射する! ヒューイはフレアーデコイを引き連れて四時の方向に。デューイはグラビトンデコイを引き連れて八時の方向にブレイクしてくれ! 迎撃用榴散弾がどっちに食いつくか確認するんだ!』

『了解!』

 ウィリアムの二人の部下ドローンは短く答えると、それぞれ赤外線を発するデコイと、機動戦闘艇と同質量の重力波反応を示すデコイを牽引して左後方と右後方に分かれた。

 ――さあどっちだ? 迎撃用榴散弾は、どれに向かって飛んでいくんだ? ぼくか? フレアーデコイを引き連れたヒューイか? それとも、グラビトンデコイを引き連れたデューイか?

 ウィリアムが固唾を呑んで見つめているモニターの中に浮かんだ七つのオレンジ色の光点が、いっせいに動いた!

 ――こいつらの進行方向のその延長上にいるのは……ぼくだ! こいつらは光学センサーで目標を選択しているんだ!

 ウィリアムは、地球軍独立艦隊所属のすべての機動戦闘艇パイロットの思念に呼びかける広域共通系チャンネルにリンクを繋いで叫んだ。

『粛清者の迎撃用榴散弾は、光学センサーを用いて目標の位置を確認しているものと思われる! 照準を合わせられたと判断した場合は、バルンデコイを放出し、敵を攪乱して脱出せよ! バルンデコイは有効! 繰り返す! バルンデコイは効果あり!』

 ――よし! 注意喚起は終わった。ほかの星系の連中や、冥王星防衛ラインの機動戦闘艇部隊には、リー隊長から情報がいくだろう。次は囮役だ!

 ウィリアムの機体の後方から二発、そして進行方向にまわりこむような形で残りの一発が飛んできていた。

『手前の三発が、ぼくを狙っている! 直線軌道だ、落とせ!』

『了解!』

 エミリーの思念が飛ぶのと同時に、後方から追いかけて来ていた二発が粉々に砕け散った。

 ――やった! とウィリアムが思念を発するより早く、斜め右側からまわりこもうとしていた一発が砕けた。

『すげえ、この距離で百発百中かよ!』

 ユージンの驚く思念に、メイが応えた。

『女の子の愛の力は無限大だからね、ナメてんじゃないよ! 驚くヒマがあったら、ウィルを追いかけ始めた、後ろの四機を狙いなさい!』

『へいへい、わかりましたよ……まったく、なんでうちの中隊の女の子は、みんなこんなに強いんだよ』

『お手本の隊長がオルガ中佐とライラ中佐だもの、当然よ! さあ、無駄話してるヒマはないわよ!』

 メイの言うとおりだった。最初に目標として指定された七発の迎撃用榴散弾のうち、先行する三発が破壊されたのを確認したのだろう、後方から追っていた四発は、針路を上下左右に振りながら、ウィリアムの機体に向かい始めた。

 ――直進すると簡単に撃墜されるということを学習したみたいだな。ということは、あいつにはAIのようなものが搭載されている、ということか。デコイが有効な時間は、思ったよりも短いかもしれない。

 ウィリアムは牽引している四個のデコイを、ジグザグに飛ばせるように戦術支援AIに命じ、自分が乗っている機動戦闘艇をさらに加速させ、追ってくる迎撃用榴散弾を引き離そうとした。だが、後方に四個のバルンデコイを牽引しているため、加速が遅く、なかなか引き離せない。

 ――くそ、デコイは敵の目を引きつけるには有効だが、いざ囮になってから逃げるとなるとデメリットのほうが大きいな。切り離したほうがいいかもしれない。そう言えば肝心の、真正恒星反応弾の迎撃のほうはどうなっているんだろう?

 ウィリアムは意識空間に投影されている三次元立体モニターの倍率を下げて、かんに切り替えた。機動戦闘艇の接近を受けても編隊をとかなかった二十五個の編隊は、まっすぐ太陽系の中心部に向かって飛んでいる。その二十五個の編隊の周囲を個別に自由行動するおよそ二千発が取り巻き、真正恒星反応弾と思われる編隊に先まわりする形で接近する迎撃型機動戦闘艇部隊に向かって自爆攻撃を始めている。

 ――あの二十五個の編隊を構成している恒星反応弾のすべてが、真正の恒星反応弾ではないはずだ。ぼくが粛清者なら、編隊の中に直衛部隊として偽装した迎撃用榴散弾を配置させておく。

 ウィリアムがそんなことを考えたとき、戦術支援AIが警告を発した。

『迎撃用榴散弾接近! 危険です!』

 後方警戒モニターの中に接近してくる迎撃用榴散弾の位置と、それが炸裂した場合に投射される高質量散弾の到達予想範囲が表示されており、ウィリアムが乗っている機体は、完全にその範囲内にあった。

『やった! 命中!』

 エミリーの思念にユージンの思念が重なった。

『はずした! ウィル! 逃げろ!』

 後方警戒モニターの中に迫っていた四発の迎撃用榴散弾のうち二発が消えた。だが、残りの二発が迫っていた。

 ――やばい!

 ウィリアムはすばやくコンソールを叩いてバルンデコイの牽引索を切断し、それと同時に、スティックを大きく倒して機体をひねった。

 後方に牽引していた四個のバルンデコイは、事前に打ちこまれたプログラムどおり、小刻みに機体を揺らしながら、ウィリアムの機体の脇を通り過ぎて、そのまま直進していく。

 後方警戒モニターに表示されている散弾の到達範囲から、ウィリアムの機体がほんのわずかはずれかけたのと、後方から迫っていた残りの二発の迎撃用榴散弾が少しだけ時間差をつけて炸裂するのは、ほぼ同時だった。

 亜光速で飛びすぎていく高質量散弾は、思考ブーストがかかっている視神経でも捉えることはできない。ウィリアムが見たのは、切り離されて後落していった四個のバルンデコイが、跡形もなく消滅した瞬間だった。

 後方警戒センサーが悲鳴じみた警報音を上げ、接近警報の質量カウンターがいっきに赤い表示のところまで跳ね上がった。

 ――来るッ!

 高質量散弾の重力波に、高速で飛翔中のウィリアムの機体が揺さぶられる。重力波センサーは、高質量散弾がすぐ脇を通り抜けていったことを示している。

 ――すり抜けたか?

 ウィリアムがそう思ったその瞬間――

 衝撃と破壊音と警報と、戦術支援AIの『急生モード移行!』というメッセージと、エミリーが名前を呼ぶ声が全部同時に襲いかかってきた。そして次の瞬間……ウィリアムの意識はブラックアウトした。


 ――誰かが遠くでぼくの名前を呼んでいる。あれは誰の声だろう? 泣いているのかな? 母さんかな? いや……違うな。母さんじゃない。でも、誰なんだろう? 泣きながらぼくの名前を呼んでいるのは……。

 ウィリアムの意識が戻るのと同時に、意識の中にエミリーの思念が飛びこんできた。

『ウィル! 返事をして! ウィル! 生きてるんでしょ? 早く意識を戻して! 誰か教えて! 生命維持装置の遠隔操作ができない! 覚醒波を送れないの! こうやって呼びかけるしかないの?』

 ウィリアムのぼやけた視界の中で、赤やオレンジの光点がいくつもまたたいている。それが機体のコンディションを示すモニターの中の警告表示だと気づくのに、少し時間がかかった。やがて、ぼんやりとした視界の中で少しずつピントが合ってくるのと同時に、意識のほうもしっかりとしてきた。

『こちらウィリアムです。やられてしまったようです……』

『ウィル! ウィルね? どんな状況? 脱出装置は? 使えるなら脱出装置を作動させて、コックピットカプセルを射出して! あたしが回収するから!』

 ウィリアムはコンソールに表示されている機体の機能モニターの画面を確認した。


推進機……破損/機能停止。

慣性吸収装置……破損/機能停止。

生命維持装置……損傷/自己修復不能。

脱出装置……破損/機能停止。

セーフモードシステム……稼働中。


『くそ! だめだ! 脱出装置は動かない。機能停止だ! 生命維持装置も破損している……バックアップのジェネレーターがエネルギーを補充しているから、あと少しは生きられるけど、回路が破損していて、機能がどんどん落ちている。ぼくはこの壊れた機体の中に閉じこめられたまま死ぬことになりそうだな……』

『バカ! なんであきらめるのよ! なんとかすればいいじゃない! 考えなさいよ! あんたはいつも、どんなときでも、考えて、解決策を見つけてきたじゃない!』

『システム修復デバイスが動けば、破壊された機体構造物を切断してカプセルを機体から切り離せるんだけど、そのデバイスが格納ユニットごと吹っ飛んでる。打つ手なしだ……』

 ウィリアムの答えを聞いたエミリーが答えた。

『わかったわ、じゃあ、あたしがなんとかする! ちょっと待ってて』

『なんとかするって、ここは戦場だぞ、もたもたしていたら、敵にやられる! ぼくのことは放っておけ! きみは一発でも多くの恒星反応弾を落とすんだ!』

『もう実体弾がないの。四発全部使っちゃったから、だからもう戦いたくても戦えないわ! 今、バルンデコイを射出して牽引索を伸ばしたわ。こいつをあんたの機体に引っかけて、牽引して泊地ベースに戻るから!』

 エミリーの言葉が終わらないうちに、ウィリアムの機体に何があたる音が、コックピットのシートを伝わって聞こえてきた。そしてそれと同時に、機体の慣性が変わり、ウィリアムの身体が、シートに押し付けられた。身体にかかったGで、肺の中の空気が押し出され背骨のどこかがペキペキと音を立てる。

「うぐう……」

 肺から押し出された空気が、うめき声となって口から出た。

 思念通話は音声を聞き取ることはできないが、ウィリアムの苦痛の感情は伝わったのだろう、エミリーが慌てたように聞いてきた。

『どうしたの? なにかあった?』

『慣性吸収装置が壊れているから……機体の方向が変わったときの慣性が、モロに来たんだ……相対速度がほぼ同じだから、エミリーから見れば、ぼくの機体は漂流しているように見えるかもしれないけど、実際には、光速の二十パーセント以上の速度で移動しているんだ。牽引して戻るのは無理だ。機体が耐えられても、中のぼくが耐えられない……』

『いっきに方向を変えないで、ゆっくり大きな半円を描くようにして、方向を変えればなんとかなるわ! あきらめないで!』

 エミリーの思念を受けながら、ウィリアムは、機体の状況を示すモニターに表示されている事実を伝えようかどうかちゆうちよした。それは、〝生命維持装置があと数分で停止する〟という表示だった。

 ――必死に、ぼくを助けようとしてくれているエミリーに、こんなことを告げるのは、残酷すぎる。でも今は戦争で、ここは戦場だ。エミリーにはもっとやらなくちゃいけないことがある。ぼくのアバターは、まだ余裕がある。また戻ってこられる。

 ウィリアムは小さくうなずくと、エミリーに思念を送った。

『エミリー、よく聞いてくれ。機体の状態なんだが、どうやらもう持ちそうにない。生命維持装置の機能がどんどん低下していて、生存可能環境を維持できるのは、あと二分くらいらしい』

『……どういうこと?』

『コックピットカプセルの中の酸素や温度を維持できていないってことなんだ。いわば、ぼくは水槽の中の熱帯魚みたいなもので、水槽に穴が開いて、ポンプで水を入れているんだけど、汲み入れる水より流れ出す水のほうが多くて、水位がどんどん下がっている、ってことなんだと思う』

『なんとかなんないの? 穴が開いているところにパッチをあてるとか!』

『コックピットカプセルには充填ジェル層があるから、小さなクラックとかが生じてもジェルがふさぐけど、それでも充填しきれないような損傷があるんだと思う。自動修復システムが搭載してあった充填ボンベを三本全部注ぎこんだけど、流出がとまらない……ぼくはもう戻れない。ここは戦場だ。安全地帯じゃない。そして戦闘はまだ続いている。ぼくにかまうな。きみは牽引索を切断して母艦に戻り、実体弾を補充して、一発でも多くの恒星反応弾を落とすんだ!』

『やだ! そんなことできない! 無理だ! だって、ウィルは生きてるじゃない! 生きて、そこにいるじゃない! 見捨ててなんか行けない! 行けるわけがない!』

『行かなきゃダメなんだ。ぼくはもう戦えない。だから、ぼくの代わりにきみが戦うんだ。ぼくの代わりに、地球を……ぼくの家族を守ってくれ……』

 エミリーは叫んだ。泣きながら叫んだ。

『ふざけんな! なんで、そんなこと言えるの! あんたバカか? 死ぬのが怖くないのかよ!』

『嫌だし……怖いさ……震えが来るくらい怖い。泣き叫んで暴れたいくらい怖いし嫌だ。こんな形で終わりたくない。でも、ぼくにはアバターがある。アバターがぼくの記憶を引き継いで、やりなおしてくれる。それを信じているから、まだ救われるんだ。それがなかったら、とっくに泣きわめいているさ……さあ、エミリー、行ってくれ。ぼくはアバターで戻ってくる。ちょっと記憶を失っているけど、ぼくはぼくだ。安心してくれ……』

『嫌だ! だって、そのウィルは、あんたじゃない! あたしのことを好きだって言ってくれたウィルじゃない! あたしのことをなんとも思ってない、うざい女だとしか思ってないウィルかもしれないじゃないか! あんたじゃなきゃ嫌だ、あんたを連れて帰る! あたしにとって、あんただけが本当のウィルなんだ!』

 ウィリアムは、一回深呼吸してから、ゆっくりと思念メッセージを送った。

『心配いらないよ、エミリー……たとえ、昔のぼくであっても、きみが好きだってことは、変わらない……そりゃあ、知り合ったばかりのころのぼくだったら、わからない。あのころのぼくは、きみをうざくて、どうしようもない女の子だとしか考えていなかったから。でも、一緒に戦って気がついたんだ。きみが他人に噛みつくのは、誰にでも攻撃的なのは、裏切られるのが怖いからだ……ってね。きみは、本当は誰にも嫌われたくないんだ。みんなのことが好きなんだ。でも、その好きな相手に嫌われるのが怖いし、好きになって、信じた相手に裏切られるのが怖いんだ。だから、どうせ嫌われるなら、最初から嫌われ者になってしまえばいい。信じて裏切られるのが嫌なら、信じなければいい。そう自分で自分に言い聞かせて、とげを身にまとって、丸まったハリネズミみたいになった子なんだって、気がついたんだ……それに気がついてからは、きみが気になって仕方がなかった。時折見せる表情とか、休暇の途中で大西洋を渡って、ぼくの家にきたときのきみの笑顔を見たとき、ぼくは本当に嬉しかった。あのときから、いつかきみに言おうって……きみが好きだって言おうと決めていたんだ。でも、ぼくは意気地なしだった、なにも言えないまま、時間が過ぎて、そしてきみが、リー隊長ときみたちが粛清者の迎撃用榴散弾にやられたとき、ぼくは後悔した。もしアバターがなければ、ぼくは永遠にきみになにも伝えることができなかったままになってしまうところだった。だから……だから、きみがアバターになって戻ってきたとき、きみに言ったんだ、好きだよ……って』

 エミリーは泣いていた。

『バカやろう。なんで、なんでこんなところでそんなこと言うのよ! みんな聞いてるんだよ! もっと考えなさいよ!』

『そんなこと知るもんか。どうせ死ぬんだ。最後に言いたいことくらい言わせろよ! とにかく、ぼくの新しいアバターは、きっと、きみに好きだって言いたいのに言えないまま、うじうじしているころのぼくだと思う。だから、ぼくの新しいアバターが戻ってきたら、横っつらひっぱたいて、〝男らしく言え!〟って、かつを入れてやってくれ。それだけが望みだ……』

 ウィリアムの見ているコンソールの赤い警告表示が点滅を始めた。それは、残り時間がもう少なくなっていることを示すサインだった。

『警告表示が点滅を始めた……もう残り時間が少ない。酸欠で死ぬのか、凍死するのかわからないけど、こういうときに苦しまないで安楽死させてくれるシステムがあるから、心配しないでいいよ……このシステムだけが壊れなかったってのは、皮肉だね』

『ウィル!』

『泣くなよ。このぼくは、ぼくという人格の入れ物なんだ。入れ物が壊れるだけだって考えるんだ。ぼくはどこかほかの場所にいて、死んだわけじゃない、そう考えるんだ。そうじゃないと辛すぎる……じゃあ、このぼくはさようならだね。新しいぼくをよろしく頼む……』

 そして……ウィリアムの意識が、すっと消えた。

 それは、真っ暗な部屋の片隅を照らしていた蝋燭の炎が燃えつきるような感覚だった。『嫌だ! ウィル! 戻ってきて! 戻ってこい! このバカ! かっこつけんな!』

 ウィリアムのいなくなった意識空間に、エミリーの叫びだけが響いた。


 粛清者の三千七百五十発に及ぶ恒星反応弾攻撃は、太陽系防衛艦隊と途上種族連合艦隊の阻止砲撃と、二万機を超える冥王星防衛ラインの迎撃型機動戦闘艇の迎撃により、すべて撃破された。しかしこの迎撃戦で、太陽系防衛軍は、五千機を超える損害を出すに至った。そしてその迎撃型機動戦闘艇の犠牲者の中には、恒星反応弾の撃破に成功しながらも榴散弾から逃げきれなかった、セルゲイの小隊の第一分隊長フォンセカも含まれていた。

 こうして恒星反応弾の迎撃を終えたとき、転移点には、二万五千隻の粛清者艦隊が転移を終えていた。

 三次元立体モニターに浮かぶ無数の赤い光点を見つめて、恵一は、喉の渇きを感じていた。

 ――今までにない戦力だな。あの圧倒的な数でゴリ押しされれば、今の太陽系防衛艦隊では押し返すどころか支えることもできないだろう。迎撃型機動戦闘艇の数では勝っているが、正面から重装備の艦隊に攻撃を仕掛けても、数の力で押し返せるのは一瞬で、補充のきかない機動戦闘艇部隊は、あっというまに消耗してしまうだろう。そこに恒星反応弾を撃ちこまれれば、太陽系はそれで終わりだ。どうする? どうすればいいんだ?

 そこまで考えたとき、恵一ははっと気づいた。

 ――そうだ! 増援だ! 親衛義勇軍の補充部隊とリヒトル中将たちが戻ってくるはずじゃなかったのか? どうしたんだ? なぜ遅れているんだ? まに合わないぞ?

 その疑問に答えるかのように、将兵一人ひとりに思念を伝える全体共通系思念チャンネルをつうじて、レキシムの思念が届いた。

『太陽系防衛艦隊の諸君、お待たせした。補充艦隊が到着した。少々遅れたが、遅れたのには理由がある。補充艦隊はケイローン軍第三軍の緊急展開艦隊を伴っており、遅れはそのために生じた。なお、このケイローン軍第三軍緊急展開艦隊の戦力は、総数四万三千隻である!』

 このレキシムのメッセージが流れた瞬間、太陽系防衛の任についていたすべての人間、将兵だけではない、民間人も含め、すべての人々の歓喜の声が、意識空間に充満した。