3 欺 瞞
『第十七次偵察プローブ、二百五十機中七機、目標座標に到達。データ収集を開始』
『データ搬出用超空間クーリエカプセル回収成功。これよりデータ解析に入ります』
『取得データの概要が出ました。転移点における質量さらに増大中。このままのペースで転移が続行された場合、転移中の艦隊すべてが転移終了するまで、あと二時間三十分と思われます。転移質量の詳細な解析結果は、判明しだい随時送ります』
『転移点周辺を防衛していると思われる
ケイローン軍先遣艦隊の残存艦隊と、親衛義勇軍の残存艦隊を再編成した暫定太陽系防衛艦隊を指揮しているスション少将の意識の中に、早期情報収集艦が収集した粛清者の転移地点の情報解析結果を、戦術支援AIがリアルタイムに送りこんでくる。早期情報収集艦は、ロングレンジセンサーを搭載した
早期情報収集艦艦隊から、転移点の粛清者に関する情報を受け取りながら、スション少将は小声で独り言をつぶやいた。
「粛清者は着々と転移中。そしてシュリシュクから親衛義勇軍の補充戦力が来るより早く、三万二千の予定数に達する……というわけか。〝情報伝達は勝利への基本にして必要不可欠なり〟……とはいえ、自分たちが不利な情報ばかり伝えられるのは、精神衛生上よくないな。何か、こう、希望が持てるような情報はないのか」
そのつぶやきを聞いていた戦術支援AIが、スション少将に情報を提示した。
『途上種族連合艦隊総司令官のアリサカ少将が戦線に復帰しました。途上種族艦隊は戦力再編を終え、出撃可能です』
『アバターの蘇生が終わったのか……ずいぶん早いな』
『レキシム閣下が急がせたそうです。それと、途上種族連合艦隊は対粛清者艦隊用戦力として位置づけられ、太陽系防衛艦隊に編入されることになりました、以後、あなたの指揮下に入ります』
『ああ、そうか、アリサカ少将の艦隊は恒星反応弾迎撃能力があるということで、リヒトル中将の指揮下からレキシム閣下の指揮下に移管されていたが、それを元に戻すということか。粛清者が通常艦隊を増強しつつあるこの状況で、艦隊戦遂行能力を持つ戦力の指揮権を分散させておくわけにはいかないからな……しかし、アリサカ少将のほうがわたしよりも先任のはずだぞ? わたしは第一先遣艦隊の指揮を執るために、戦時昇進で少将になったばかりだ』
『〝途上星系軍の将官は、階級に関係なく、常に上位星系の将官の指揮下に入る〟という訓令がありますので、それに従ったまでのことでは?』
『ケイローン星系は〝ラガン〟だが、地球は無位星系だ、ということか。この順位序列なんてのは、戦争時においては無意味だと思うのだが……上級種族の中には、そういうのが好きな
スション少将が思念の中で、半分諦めの混じったため息をついたとき、戦術支援AIが恵一から部隊展開についての意見具申メッセージが来ていることを告げた。
スション少将が恵一の意識空間とリンクを
『はじめまして。途上種族連合艦隊総司令のケイイチ・アリサカ少将です。わが途上種族連合艦隊は補給と再編成を終えており、いつでも出撃可能です。現在までの粛清者の転移状況に関するデータを受け取りました。現状の戦力差では、遠距離からの実体弾攻撃以外に有効な手段がないと思われますが、それ以外にもなんらかの方法で、敵の転移行動を遅延させる方法があるのではないかと
――儀礼的な修辞のやり取りに時間を費やす暇はない、ということか。上級種族の殿上人とは正反対だな……。
単刀直入に本題に入った恵一を、スション少将は好意的に受け止めた。
『現有戦力では、正面からの攻撃は無理だ、ということは理解しているな』
恵一はうなずいた。
『粛清者の通常艦隊戦力は、残存艦数と転移を終えたものの合計総数で、すでに一万五千隻を超えています。これに、残存の千発とすでに転移を終えた恒星反応弾四千発とを足した総数は約二万。対するわれわれは、ケイローン軍第三軍第一先遣艦隊と親衛義勇軍艦隊の残存艦、そして途上種族連合艦隊の総数を合わせても約八千。守りを固めた倍数の敵艦隊に正面から攻撃を仕掛けるのは自滅行為です』
『そのとおりだ。現状の戦況について、きみとわたしは共通の認識を持っているわけだな……その上で、敵の転移を遅滞させるために、われわれにどのような方策があるというのかね』
『概念図でご説明します』
恵一はそう答えると、スション少将の意識空間の中央指揮室の中にある作戦立案用指揮モニターに、太陽系防衛艦隊を構成する戦列艦艦隊や、雷撃艦隊などを意味するアイコンを配置し始めた。
『まず、先遣艦隊の主力戦列艦である新型大口径ビーム搭載戦艦を先頭にして突撃隊形を作ります。この戦列艦艦隊の任務は、恒星反応弾に偽装した迎撃用榴散弾が侵攻コース上にばらまいた高質量散弾を、ビーム砲で蒸発させ、雷撃艦隊の突破口を作ることにあります。大口径ビームによってこの空間に漂う高質量散弾を蒸発させ、突破口を開いたあと、雷撃艦隊に突撃を命じ、この突破口から粛清者の防衛艦隊に対し光子魚雷の雷撃を敢行します』
『ちょっと待ってくれ!』
スション少将が、たまりかねたように口を挟んだ。
『きみは先程、〝守りを固めた倍数の敵に正面から攻撃を仕掛けるのは自滅行為です〟と言ったばかりではないか。その作戦案はどう見ても正面攻撃以外のなにものでもないぞ』
『この光子魚雷攻撃は、粛清者側の防衛艦隊の射程外から行ない、雷撃艦隊は発射と同時に反転し即座に退避しますので、攻撃時の損害もさほど多くはなく、不測の事態のないかぎり、帰還時は無傷で帰投できるものと思われます』
恵一の言葉を聞いて、スション少将は
『たしかにそれならば損害はすくないが、戦果もあげられないのではないか』
『はい、この攻撃は見せかけのもので、粛清者艦隊に対するブラフ、要するに
『ブラフだと? 要するに、攻撃すると見せかけるだけ、ということか……しかし、粛清者はすべて精神感応状態にあり、完璧なコミュニケーションをとっていると思われる。そういう敵には、陽動作戦などの心理的な効果を前提にした作戦に意味はないと言われてきた。なのに、今回ここでそれをやる理由は何かね?』
『〝陽動作戦に意味はない〟……確かにそう言われてきました。士官学校で教わった銀河文明評議会の戦術要諦にも、そのようなことが書かれています。しかし、過去の戦歴を確認すると、通信の不備や事前の作戦伝達の不備により、一部の部隊だけが突出し、結果的に陽動とほぼ同じ結果になった記録があります。粛清者は明らかにこの陽動に反応した動きを見せていますが、銀河文明評議会側の司令部が、陽動という認識を持っていなかったために、こうした敵の動きは見逃されております。これは、わたしの個人的な考えですが、銀河文明評議会は、あえて正攻法の、いわゆる〝正しい戦いかた〟にこだわっているとしか思えません。まるで粛清者に対し、自らの正当性をアピールするかのような戦いかたです。確かに戦力が均衡している状況であれば、その正攻法の戦いかたも有効でしょう。しかし、この太陽系防衛戦のような、劣勢の中での戦いを遂行しなければならない場合、正攻法ではない、陽動、ブラフ、
『ふむ、そう言われてみればそうかもしれないが、果たして効果はあるのだろうか?』
そう言って考えこんだスション少将に、恵一は言葉を続けた。
『これは、あくまでもわたしの推論に過ぎませんが、異なる生物種族でも一種の精神感応によって意思の疎通をはかれる粛清者の文化は、他人を騙したり嘘をつくという欺瞞が成立しない、存在しない文化です。粛清者にとって、この戦いは〝正しい者が正義を掲げ、正直に正々堂々と戦う聖戦〟です。〝陽動で欺瞞し、待ち伏せ、罠にはめる〟という概念は彼らにはありません。だからこそ効果があると信じます』
『なるほど……一理あるな』
スション少将は考えこんだ。
『攻撃隊形を組んで突破口を開き、雷撃艦隊を突入させて光子魚雷を発射する……これだけを見れば、確かに〝攻勢を仕掛けてきた〟としか思わないだろう。そして、われわれが攻勢を仕掛けてきたと判断した粛清者は、防衛と迎撃のためのアクションを起こす……』
『先程申しましたように、これで、粛清者の転移が中断するかどうかは不明です。しかし、転移中の敵艦は、無防備な状態にあるため、退避のために転移作業を中断することは充分に考えられます。転移が遅延すれば、シュリシュクから到着する親衛義勇軍の補充戦力が間に合います。補充戦力がどれほど送られてくるのか、シュリシュク側が混乱しているので詳細な数字はわかりませんが、定数を回復するだけでも充分対抗できる戦力になります。問題は、この攻撃を受けて転移を中断した粛清者が、どんな反応を示すか予測がつかない、という点です。粛清者は現在もあの転移点付近の空域に、五千発近い恒星反応弾を保持しています。こちらの攻勢を受けて、転移を中断させる代わりに、恒星反応弾の大量同時発射に踏みきるかもしれません』
『こちらの時間稼ぎの攻撃に対し、向こうも転移作業の時間稼ぎとして、恒星反応弾を発射する可能性がある、ということか……』
スション少将は、しばらく無言で考えこんでいたが、やがて大きくうなずいた。
『わかった。そのブラフに賭けてみよう。実体弾の遠距離砲撃しかできないまま、なすすべもなく敵の数が増えていくという情報だけを受け取っている雷撃艦隊や、戦列艦艦隊の将兵の気分は最悪だからな。たとえブラフでも、動いたほうが気分がいい。ただちに行動計画を立案してくれ。わたしの名前で、太陽系防衛軍総司令官のレキシム閣下におうかがいを立てる』
『了解しました!』
答礼するのと同時にスション少将との思念リンクが解かれ、恵一の目の前に見慣れた艦隊旗艦であるヤタガラスの中央指揮室の風景が戻ってきた。恵一が旗艦として乗りこんでいるこの艦は、予備艦の中にあったほぼ同型ではあるものの一世代旧型の艦である。艦名は以前と同じ〝ヤタガラス〟と名づけられた。沈んだ
――新しい艦名で、〝
恵一はそんなことを意識の片隅で考えながら、自分の指揮下にある途上種族艦隊の各総司令官にリンクを繋いだ。
『途上種族連合艦隊総司令官のアリサカだ。諸君らも知ってのとおり、粛清者の転移はいまだ継続中であり、二時間三十分以内に、恒星反応弾四千発を含めた総計三万二千隻が新たに転移を完了する。しかし、太陽系防衛艦隊の主力である親衛義勇軍艦隊のリヒトル中将以下の幕僚と補充艦が到着するのは三時間後であり、ケイローン軍第三軍の応援部隊が到着するのはそのさらに四十八時間後である。そのため、わたしは敵の転移作業の妨害を行ない、これを遅滞させる欺瞞攻撃作戦を立案した。作戦の概要は、各艦隊が突撃隊形を組み、大口径ビーム砲を装備した戦列艦艦隊を先頭に立て、その後方に雷撃艦隊を配置し、粛清者の防衛艦隊に対し攻撃を開始する。前方の宇宙空間に存在する粛清者の迎撃用榴散弾が散布された高質量散弾の雲に対し、戦列艦艦隊のビーム砲の集中砲撃によって突破口を開けるのと同時に、雷撃艦隊は突撃を敢行して光子魚雷を発射し、反転帰投する。なお、この攻撃は、あくまでも攻撃態勢を粛清者に見せつけるために行なわれる。いわばブラフだ。粛清者が本格的な攻勢と判断し、転移を中断させることを目的とした遅滞戦闘であり、本当の攻勢ではない。だが、粛清者には本当の攻勢だと思わせなくてはならない。詳細な内容はデータベースに上げてあるので、各自それを見て、
恵一のメッセージが終わるのと同時に、即座に第一雷撃艦隊司令官のジョージ・ジェンキンス中佐から意見具申のメッセージが来た。
『第一雷撃艦隊司令のジェンキンスです。今回の攻撃は欺瞞攻撃とのことですが、発射する光子魚雷を欺瞞攻撃用にプログラミングしてはいかがでしょうか? 光子魚雷は反物質弾頭の一部を推進力としておりますが、弾頭のエネルギーのすべてを推進力にまわすとともに、速度も落として航続距離を今までの三倍に伸ばすのです。これを発射しますと、光子魚雷は粛清者の転移点の近くまで到達可能です。しかし、到達した時点で弾頭として敵艦を対消滅させるだけのエネルギーは残っておらず、消滅してしまいますが、充分な脅しになると思います』
恵一は、にやっと笑ってうなずいてみせた。
『了解した。それはおもしろい方法だな。詳しい仕様書とプログラミングの方法をデータベースに上げてくれ、ほかの艦隊の雷撃部隊で使用する光子魚雷も同じ仕様にして発射するように、わたしから伝達しておく』
ジェンキンスとの思念通話を終えると、次は遠距離砲撃戦用の砲撃特化型重巡航艦艦隊の司令官であるタフィ・ターハントからの意見具申だった。
『こちら砲撃特化型重巡航艦艦隊司令のタフィです。光子魚雷で欺瞞攻撃をかけるなら、それを前提にした遠距離砲戦を組み立ててみたいんだけど、どうかな?』
『具体的に言うとどんな戦いかただ? 現在行なっている遠距離砲戦と、どう違うのかを教えてくれないと、スション少将に意見具申ができない』
『説明するわ』
タフィの思念と同時に、三次元立体モニターの概念映像が恵一の意識空間に投影された。それは要するに、発射する実体弾に、センサーつき時限信管によって炸裂するタイミングを変えた高質量散弾を混ぜて、さらに速度差をつけて発射することで、雷撃艦隊のダミー光子魚雷を避けようとした粛清者の防衛艦隊の未来位置に実体弾と散弾を送りこむ、というものだった。概念モデルの中で、粛清者艦隊の視点になって部隊を動かした恵一は、舌を巻いた。どう動いても、タフィの撃った実体弾と交差するか、炸裂した散弾の中に突っこむのだ。
『これはおもしろい。ハンターと
『チェックメイトパズルは、わたしも大好きよ。まあ、簡単な概念図で、実際には誤差が重なるからこんなふうにうまくはいかないと思うけど。それと高質量散弾に取りつける信管にAIが搭載できれば、もっと確実なタイミングで炸裂させることができるんだけど、過去にバイオチップが入った疑似人格以外のAIは粛清者に乗っ取られたって前例があるから、単純なセンサーと組み合わせた時限信管しか使えないのが残念ね』
『了解した。これなら意見具申できる。センサーと組み合わせた時限信管と発射タイミングの調整ができるように、各艦隊の遠距離砲戦が可能な艦に根まわししておいてくれ』
『了解!』
タフィとの意識通話を終えた恵一が、スション少将にジェンキンスとタフィのアイディアを意見具申したところ、太陽系防衛軍総司令官レキシム中将による欺瞞攻撃作戦へのゴーサインが出たことを、スション少将から教えられた。
『レキシム閣下は、粛清者の転移行動を遅滞させることができるなら、この作戦は大歓迎だ、とのことだ。ただし、この欺瞞攻撃が恒星反応弾の大量同時発射を招いた場合、太陽系防衛艦隊の残存艦隊と途上種族艦隊は、迎撃型機動戦闘艇と共に、恒星反応弾の迎撃任務にあたってほしいそうだ。〝引き金を引いてしまった責任を負え〟ということだな……この光子魚雷の推進デバイスのプログラム差し替えと、遠距離砲撃によるトラップの砲撃タイミング調整プログラムの組み立てが完了するのにかかる時間は?』
恵一は、意識の中に戦術支援AIが示した数字をそのまま告げた。
『すべての準備が終わるまでの所要予測時間は、六分三十秒です』
恵一の答えを聞いたスション少将は、大きくうなずいて言った。
『よし、では欺瞞攻撃作戦の作戦開始時間を、今より八分後とする』
『了解しました』
恵一は、そう応えると、思念通話のリンクを各艦隊の総司令官に広げて、思念を発した。
『途上種族連合艦隊総司令官アリサカ少将より、各艦隊司令官に告げる。各艦隊は大口径ビーム砲を搭載した戦列艦を先頭にして、円錐形突撃陣形を作れ。欺瞞攻撃作戦は、八分後に開始する!』
恵一の命令を受けて、途上種族艦隊に所属するサーチー星系軍、ウルム星系軍、そしてインブレス星系軍の各艦隊総司令官は、自分たちの艦隊の陣形を防御陣形から攻撃陣形へと変え始めた。どの艦隊も、すでに事前の作戦説明を受けた時点で各艦への指示が終わっていたのだろう。実にスムーズに陣形変換を行なっている。
恵一はインブレス星系軍の陣形変換がスムーズなことに少し驚いた。以前のインブレス星系軍艦隊は、艦と艦の間隔を均一にしたり、艦種を統一したりして、陣形を美しく見せる艦隊編成は得意だったが、実戦のさいに情勢の変化で迅速に陣形変更を行なう必要があるときには、臨機応変の動きができず、時間が必要だった。だが、今回は多少のぎこちなさは残るものの、以前に比べれば段違いのなめらかな動きを見せて陣形を変えていく。
――以前のインブレス星系軍は、〝定められた正しいやりかた、正しい答え、それを忠実にトレースすれば、すべてうまくいくはずだ、良い結果が出るはずだ〟という価値観に凝り固まっていた。でも、その〝良い結果〟というのは、さまざまな前提条件が存在した上での結果であって、前提条件というのは常に変化する。正しいやりかた、正しい答えだけを覚えてそれをトレースすれば、いつでも良い結果にたどり着くとはかぎらない。現実はペーパーテストのような簡単なものじゃない。結果を出せる正しいやりかた、正しい方法というのはひとつだけではないし、不変のものでもない。動かしてはいけない価値観というものはあるだろう。だが、自分を含めた、人々を幸福にするという結果を求めるために、自分の中にある価値観の一部を書き換えていくスキルは絶対に必要だ。インブレス星系軍の将兵も、それを理解し始めた、ということなのかもしれない。
作戦開始時間まで、四分を切ったころから、恵一の見ているモニター上に表示されている各艦隊の名前のついたタグの色が、陣形変換を終えたことを告げる準備完了報告のメッセージとともに青色に変わり始めた。そして、残り時間三分を切ったとき、すべての艦隊名を記したタグの色が青に染まった。
――いよいよだな。この欺瞞攻撃を粛清者がどう捉えるのか、興味がある。もしこの方法に効果があれば、粛清者との戦いかたにひとつの方向性を持たせることができるはずだ……問題は、銀河文明評議会が、正攻法じゃない汚い戦いかたを認めるかどうか、だな。
そこまで考えてから、恵一は自嘲するように小さく笑った。
――新しいアバターに蘇生したときに見た仲介者の夢に、かなり影響を受けてしまっているようだな……もっとも、あんなふうに一方的な正義をふりかざして、〝おまえらは悪の存在だ。絶滅させて当然だ。おまえらは自分たちが悪だと知って、なぜ抵抗する。無抵抗で滅んでいくことこそ正しい選択だ〟なんて言われりゃ、たとえ夢でもムカついて忘れられないのも無理はないけどな……。
恵一は、作戦開始時間に向かってカウントダウンしていく数字を眺めながら、意識の片隅で、そんなことを考えていた。やがて、カウントの数字がゼロになるのと同時に、太陽系防衛艦隊の残存艦隊と、途上種族連合艦隊はいっせいに前進を開始した。
最初に行動を起こしたのは、砲撃特化型重巡航艦艦隊だった。事前にタフィが組み立てたプログラムに沿って、リニアガンによる遠距離実体弾砲撃が始まると、砲撃特化型重巡航艦特有の細長く突き出したレールの先端から、うす紫色の光の輪が次々に広がって、宇宙空間に消えていく。それは宇宙空間に漂う空間物質が、リニアガンのエネルギーを浴び帯電した光だった。円錐形の陣形を組んでいる各艦隊の外周部に配置された砲撃特化型重巡航艦の放つ紫色の光の輪が、開いては消えていくその光景は、クリスマスツリーのイルミネーションのように見えた。
恵一の意識空間の中にある雑談チャンネルに、バーツがタフィに送った思念が流れてきた。
『あのリニアガンで発射された実体弾が、粛清者の艦隊のところに到達するのは、三分四十秒後か……三分四十秒後の敵艦の未来位置がわかるってのは、すげえよな。タフィは引退したら占い師になればいいんじゃないか?』
『オカルトじゃないわ。綿密な計算の結果よ。狙ってるわけじゃなくて、三分四十秒後に敵艦が存在している可能性がある位置を予測して、そこに実体弾を撃ちこんでるだけなの。〝へたな鉄砲も
『〝戦闘前に雑談をするってのはストレス軽減にいい〟って調査結果のレポートも出てるんだぜ? それに思考
バーツとタフィの会話にオルガが割りこんだ。
『バーツでも、ストレスがあるとは驚きましたわね』
『〝でも〟ってのは、なんだよ、〝でも〟ってのは……こう見えても、おれはおれでストレス溜めてんだぜ?』
『そのストレスの原因というのは、ケイイチが相手にしてくれないからではありませんか? 新しいアバターになって戻ってきたあと、いきなり前線復帰で、馬鹿話できる時間もありませんでしたから』
オルガの言葉にタフィが乗っかる。
『そっか、彼氏が素っ気ないと、ストレス溜まるもんねー』
『なんだよ、それ! おれがゲイだってウワサ広めてるのは、タフィかよ! 最近女の子に声かけても、みんな妙によそよそしいと思ったぜ……』
『〝地球軍独立艦隊の中ではもう誰も相手にしてくれないので、ほかの星系軍の女性士官に声をかけてる〟ってウワサは本当だったみたいね』
ライラも雜談に加わった。
『あ、いや、おれは途上種族同士の親睦を深めようと思ってだな……』
『ウルム星系は女性家長制で、地球とは男女の役割が正反対な文化だから、地球人の女の子にやるような声のかけかたをすれば、そりゃあ〝変なヤツだ〟としか思われないに決まってるじゃない。〝あの男は何者だ?〟ってライレーン准将から聞かれたときに、話を合わせるのが大変だったんだから……』
仲間たちが雜談レベルのリンクで交わしている思念会話を聞いて、恵一は思った。
――今までは戦死して新しいアバターになって戻ってきた連中を迎えて、馬鹿騒ぎがやれる時間的な余裕があった。その馬鹿騒ぎで、蘇生してきた人間と、仲間を失った人間の心の傷を癒やすことができた。確かに、おれたちは死んだとしても新しいアバターになって蘇生してくる。アバターの予備があるかぎり、おれたちがこの世界から消えることはない。でも、それを頭で理解していても、感情はそれを簡単には受け入れられない。死んだ本人は、死んだ瞬間のことを覚えていないから、それほどストレスは溜まらないだろうが、仲間が目の前で死んだ姿を見てしまったほうはそうじゃない。その恐怖は簡単に割り切れるものじゃない。感情の中に抱えるその傷を治すために、ああいった馬鹿騒ぎは必要なものなんだ。
『……バーツには悪いと思ってるよ』
ケイイチが思念を送ると。バーツからとまどったような思念が返ってきた。
『あ、いや、おまえが気にするようなことじゃない。タフィのやつが勝手におもしろがって言っただけだ。いそがしいのはわかってるから……』
『あ、いや、時間がないというのもそうなんだが、実は蘇生のときに、変な夢を見てね。脳波にアンティラパターンが出たとか言われて、いろいろ調べていたんで、おまえと話す時間がなくなってしまった、というのもあるんだ。おまえや、タムイとか、ラクとか、みんなと一緒にいろいろ話して、考えてほしいことがいっぱいあるから、この作戦が終わってひと段落ついたら、また馬鹿話して盛り上がろう』
『ああ、わかった、楽しみだ……でもよ、そのアンティラパターンって、なんだ? 今、ちょっと検索してみたけど、よくわからないぞ?』
思念の会話を聞いていたのだろう、タムイが話に加わってきた。
『それは、蘇生時の無意識領域に他者の思念が送りこまれてしまう現象らしい。いわゆる臨死体験とかいうのも、これが原因ではないかと言われている……詳細な症例についてはわたしの権限がおよぶデータベースでは検索に引っかからない。かなり専門的な分野のようだな……』
タムイがそこまで言ったとき、恵一の見ているモニターに表示されている作戦のタイムスケジュールの中にある戦列艦艦隊の発射予定時刻を示す数字が点滅し、作戦開始まで二十秒を切ったことを知らせ始めた。
『みんな、悪いが雜談はこれまでだ。詳しいことはこの作戦が終わったあとで、ゆっくりやろう。きみたちの意見を聞きたいこともいろいろあるからな』
『了解!』『了解した!』『了解よ!』『了解しましたわ!』
恵一と会話を交わしたバーツたちは、それぞれに返答を返すと、雜談チャンネルから抜けていった。最後に残ったのはライラだった。ライラは少しとまどったような感情とともに思念を送ってきた。
『ケイイチは、どこまで覚えてるの? っていうか、今の記憶はどれくらい前に戻っているの?』
『戦闘情報の記憶は、ほぼリアルタイムだよ。粛清者の浸透攻撃を受けて迎撃用榴散弾の直撃をくらったってことは覚えている……覚えているというよりもデータで知っている、という感覚で、自分が死んだときのことは覚えていないけどね。そういうプライベートエリアの記憶は、深層睡眠カプセルに入ったときまでしかない。あのカプセルに入ったときに、記憶が登録されるシステムになっているみたいだね』
ライラは、意識の中で、小さくため息をついた。
『ふう、そうなんだ。つまり、最初からやりなおし……ってわけね』
『やりなおしって……なんのことだ?』
『覚えてないならいいのよ、きわめてプライベートなことだから。この作戦が終わったら教えてあげるわ、いろいろと。じゃあね』
ライラは思わせぶりに微笑むと、チャンネルから抜けた。
――なんのことだろう? まあいいや。今はこの欺瞞攻撃作戦を成功させないとな。
恵一は気持を切り替えるように、一回深呼吸してから、目の前の三次元立体モニターを見つめた。作戦のタイムスケジュールは、戦列艦の主砲ビームによる一斉射撃の段階に移行していた。
カウントダウンしていた数字がゼロになるのと同時に、円錐形の陣形を組んで前進を続けていた各艦隊の尖った部分がいっせいに輝き、そこからいくつもの白い線が撃ち出された。その白い線がはるか彼方の宇宙空間を貫くと、そこに小さな無数のきらめきが生まれた。それはその空域に漂っている大口径ビームのエネルギーを浴びた高質量散弾が、一瞬でガス化したことを示すきらめきだった。
恵一の意識の中に戦術支援AIが、進路上に漂う高質量散弾の密度を立体映像の中に漂う白い点に模した、概念映像を送りこんでくる。その白い点は、撃ちこまれたビームによって次々に消えてゆき、白い無数の点の中に、トンネル状の空間を作り上げていく。
恵一は待機中の雷撃艦隊に思念を飛ばした。
『まもなく突破口が開く。このビーム砲の砲撃は粛清者のほうでも確認できたはずだ。反撃の砲撃が始まるに違いない。わがほうの艦隊はこの地点にとどまり、シールド艦を展開して、主砲砲撃と遠距離実体弾砲撃を継続して行ない、諸君らの雷撃の支援にあたる。しかし、数の上では劣勢であり、遠距離からのビーム砲の砲撃では、先遣艦隊の大口径ビーム砲を搭載した戦艦以外は敵戦艦へダメージを与えることはできないが、精いっぱいの支援砲撃を続ける、諸君らはその支援を信じて突撃を敢行し、光子魚雷を発射してほしい。この突撃に戦果はない。もしあるとしたら、無事に戻ってきた艦の数だ! 諸君らの武運を祈る! 雷撃艦隊、突撃開始!』
恵一の命令とともに、各艦隊の円錐形陣形の内部から、無数の小型艦が単縦陣を組んでいっせいに飛び出した。それは銀色に光る小魚の群れのように細長い紡錘形の集団となって、戦列艦が開けた高質量散弾の空隙に突っこんでいった。
この雷撃艦隊の突撃を察知したのだろう、粛清者側の防衛艦隊に配備されている戦列艦が主砲を発射し始めた。白熱した巨大な棒のような大口径のビームが至近距離を通り過ぎていくたびに、雷撃艦隊を構成する軽巡航艦や駆逐艦などの小型艦の貧弱なシールドが、ビームの荷電重粒子に負荷を与えられて、青から赤、黄色へと虹のような色調変化を起こす。
雷撃艦隊の先頭集団に位置している第二雷撃艦隊司令であるゾーヤ中佐は、自分が乗りこんでいる第二雷撃艦隊旗艦の重巡航艦カリーニンの指揮室から、後方に続く軽巡航艦と駆逐艦五隻の艦長に短く思念を送った。
『この距離なら重巡のシールドは、敵の主砲の直撃を受けても耐えられる! わたしの後ろにぴったりついてきな! はみ出すなよ!』
『了解!』
五番艦の駆逐艦アケボノの艦長である
――おれたちが発射する光子魚雷は、いわば狩りの勢子だ。粛清者は、おれたちが発射した光子魚雷が途中で消滅しないのを見て、回避行動を取るだろう。しかしそのとき、その回避先には、遠距離実体弾が待ち構えている。でもそれはあくまでも理想形で、そんなにうまくいくとはかぎらないんじゃないのかな? タイミングが少しでもずれたら、なんの意味もない。アリサカ少将が立案した作戦だから、大丈夫だとは思うけど、あまりにも精緻すぎるような気がする……。
その依田の不安を感じ取ったのだろう、ゾーヤ中佐の思念が飛びこんできた。
『この作戦はタイミングが重要だってことは伝えたな? すべての段取りがパズルのピースのようにぴったりはまることが大事だと。それをプレッシャーに感じて、〝おれがドジを踏んだら全部ダメになる〟なんて不安になっちまってるヤツもいるようだが、安心しろ。すべてのものごとには誤差がある。人間は神様でもなけりゃ、機械でもない。寸分の狂いもなくきっちりできるヤツなんかいるわけがない。だから、すべての計画には、クリアランスが組みこまれている。どの段階でミスや誤差が生じても、それにどう対処すればいいか、リカバリーする方法が並行して立案されている。逆に言うなら、それが組みこまれていない計画はすべて机上の空論だ! だから安心して、自分がなすべきことをなし遂げろ! この作戦は、戦果が問題じゃない。粛清者の連中を引っ掻きまわすだけでいい。敵のビームは、われわれのために散弾を掃除してくれていると考えろ。そう考えれば気も楽だろう? さあ、行くぞ!』
第二雷撃艦隊は、さらに加速すると、光子魚雷発射ポイントに向けて突き進んだ。
依田の見ているモニターの中に、周囲でいくつもの閃光がまたたき、あっというまに後落していくのが見えた。それは粛清者の防御砲火の直撃を受け、爆沈する仲間の
――やられてしまった仲間のことが、どうでもいいわけじゃない。仲間の運命に意識を振り向けるのは、この戦いが終わったあとでいい。優先順位が違うだけのことだ! 今は、自分のなすべきことだけを考えるんだ!
依田の意識の中に、最初の発射ポイントまであと二秒、というメッセージが飛びこんできた。光子魚雷の発射方位が正確に入力されているかどうか、もういちどプログラムを再確認して、その数字に間違いがないことを確かめたあとで、魚雷発射スイッチに手を伸ばし、指先にあるスイッチの感覚を確認しながら依田は思った。
――思考ブースト中は物理的な動きがタイミングに追従しきれない。発射システムは思考波と連動して動く。この、おれが触っているスイッチはギミックのようなものだが、やはり身体の動きを伴わないと、人間というのは納得できず、大脳が思考波を生み出さないそうだ。人間が本当に頭脳労働だけで生きていけるようになるには、まだまだ時間がかかるってことなんだろうな……。
思考ブーストがかかっている状態の二秒は、主観時間で約二分になる。依田は視覚の中で流れるようにカウントダウンしていく三つの数字を見ていた。一番目の数字は発射までの時間。二つ目の数字は発射地点までの距離。そして三番目の数字は、発射された光子魚雷の効果が出なかった場合に、再度発射する発射ポイントまでの距離を示している。この最初の数字と二番目の数字が同時にゼロになったときが光子魚雷の発射のタイミングだ。依田が乗りこんでいる駆逐艦アケボノの速度や針路などの操艦は、すべて乗組員ドローンが担当しており、依田は発射のタイミングだけを担当すればよい。とはいえ、それがもっとも重要な役目であることは言うまでもない。
粛清者の転移地点に近づくにしたがって、粛清者の防衛艦隊の阻止砲火も
――まだだ、まだ沈むわけにはいかない! 光子魚雷をぶっ放すまで、おれは、おれの艦は沈まないんだ! まだか! まだ発射ポイントに到達しないのか!
体感時間で二分間に感じるはずのリアルタイムの二秒が、依田には、二十分になったかのように感じられた。
そして、ついに、一番目と二番目のカウントダウンの表示が、すべてゼロに変わった、その瞬間――依田は大声で叫び声を上げながら、光子魚雷の発射スイッチを押した。
『いっけええぇええ!』
その叫びと同時に、駆逐艦アケボノの魚雷発射管に装填されていた光子魚雷が、まばゆい光の帯を引きながらいっせいに飛び出した。
『光子魚雷、全弾発射! 次発装填に入ります! 次発発射可能となるのは、十五秒後です!』
『艦隊針路、百七十度変針! 艦隊は反転しつつ、突撃針路よりはずれます!』
ドローンの言葉のとおり、第二雷撃艦隊は、二百発に及ぶ光子魚雷を発射すると、ただちに変針し戦線から離脱する針路に入った。次発装填された次の光子魚雷は、最初に発射した光子魚雷の針路と到達距離を確認してから発射するための予備である。
光子魚雷は弾頭と推進力のエネルギー源である反物質を封じこめている中立フィールドの
早期情報収集艦隊から恵一のもとに、〝転移地点を防衛していた粛清者の艦隊の中に、爆発と思われる閃光がいくつもまたたき始めた〟という一報が入ったのは、その直後だった。
『やったな、タフィ! 遠距離実体弾が命中したぞ!』
バーツの思念に、タフィは応えた。
『まだわからないわ。効果はあったみたいだけど……』
『効果があったのは間違いない。その証拠に、敵が撃つ迎撃ビームの量が半減している!』
バーツの言葉のとおりだった。粛清者の防衛艦隊が発射していたおびただしいビームの雨が、パタリとやんだのだ。そして、その直後、早期情報収集艦隊から、恵一が待ち望んでいた報告が来た。
『第十八次プローブ、探索空域に到達しました! 転移空域における質量実体化の数値が低下しています! 粛清者の転移は、中断しているものと思われます』
その報告を受けたスション少将は、恵一にメッセージを送った。
『どれほどの時間が稼げるかは、まだわからないが、粛清者の転移作業は中断している。確実に時間を稼いだのだ。遅滞行動として効果的だったことは間違いない! 作戦は成功とみていいだろう。よくやった!』
『ありがとうございます。しかし、このあと粛清者がどのような行動を起こすのか、予測がつきません。各艦隊は現在の位置にとどまり、粛清者艦隊の動きに備えるべきと思われます』
恵一がそう返答した、そのとき――早期情報収集艦から警報が発せられた。
『警報! 恒星反応弾と思われる飛翔体が動き出しました! その数、およそ三千七百五十! 今までで最大数です!』
――くそ! やっぱりそっちが動いたか!
恵一は、胸の中で舌打ちをすると、即座にスション少将に意見具申を行なった。
『粛清者艦隊の転移点への欺瞞攻撃作戦は一時中止し、恒星反応弾迎撃部隊の支援にまわるべきと思料します!』
スション少将は、うなずいた。
『今、レキシム閣下から支援要請が来た。欺瞞攻撃作戦は中止。各艦隊は、突撃陣形を保ったまま恒星反応弾迎撃態勢に入るものとする!』
『了解!』
恵一はそう応えるのと同時に、思念通話のリンクを指揮下にある全艦隊の司令官に繋ぎ、命令を下した。
『各艦隊は、突撃陣形のまま迎撃ポイントまで前進し、戦列艦の主砲にて恒星反応弾の迎撃にあたれ。機動戦闘艇母艦は、待機中の機動戦闘艇を発進させ、恒星反応弾を迎撃せよ。攻撃目標の選出、及び部隊行動については、木星軌道上の太陽系防衛軍総司令部の統合指揮管制システムとリンクし、その指示に従え! 各艦隊、前進開始!』
恵一の指揮下にある、地球軍独立艦隊を始めとする四つの途上種族艦隊は、それぞれに円錐形の突撃陣形を組んだまま、ゆっくりと前進を始めた。
三次元立体モニターの中で動き始めたおよそ四千個のオレンジ色の光点を見つめて、恵一はつぶやいた。
『三千七百五十発の恒星反応弾か……あの中にある本当の恒星反応弾が、一発でも太陽に撃ちこまれれば、太陽系は終わりだ。太陽系防衛の正念場だな……』