第七章 新世界へ



 菊水部隊は、スプルーアンス艦隊へ最後の決戦を挑もうとしていた。

 残敵掃討とでもいうべき気楽さが艦隊内にまんえんし始めてはいたものの、まだ最大の強敵が残っている。

『アイオワ』をはじめとする『ニュージャージー』『ミズーリ』『ウィスコンシン』らアイオワ級戦艦四隻だ。

 加えて、戦時中に就役した『アラバマ』『マサチューセッツ』『インディアナ』『サウスダコタ』といった新型戦艦もあなどれない相手であった。

 アイオワ級の四隻は三〇ノット以上の速力があり、四〇センチ長口径の主砲は『大和』の四六センチ砲にひつてきする威力がある。強敵というよりも難敵というべきだろう。

 空母部隊や輸送船団が大被害を受けたことによって退散してくれたならよかったのだが、鹿屋基地の索敵機がつい先刻も西進中の同部隊を発見している。

 自衛隊の支援なしで戦う相手としては、かなり厳しい。

 それでも『大和』以下九隻の艦隊は、針路を東に向けて難敵との決戦に臨んだ。

 本来であれば、ぶん水道から東シナ海へ出たあたりで敵の空襲によって全滅していたはずの艦隊である。

 そもそも、神重徳連合艦隊首席参謀が戦艦『大和』以下に無謀とも思える水上特攻を強いたのは、陛下の御言葉があったからだ。

 沖縄へアメリカ軍が侵攻したと聞いた陛下が、及川ろう軍令部総長を呼んで展望を求めたとき、及川が航空機による特攻のみを強調したため陛下が疑問を呈された。

「海軍にもう艦はないのか」と。

 その御言葉を拡大解釈して艦隊による特攻にまで強引に推し進めたのが、神大佐だった。

「陛下は艦隊の出撃をお望みです。よもや反対はなされますまいな」

 こういう調子で海軍首脳部を説き回ったのだから、誰も反対はできなかった。

 しかも、世界一の戦艦を内地で遊ばせたまま敗戦を迎えるということも、海軍首脳部たちには違和感があったのではなかろうか。

 ともあれ、水上特攻は実施された。艦隊司令官に任命されたのは、マリアナ、フィリピン、硫黄島などの防衛を果たせなかった責任を問われた伊藤整一軍令部次長である。

 伊藤中将は海軍の作戦を立案する軍令部から追い出され、水上特攻がほぼ決定的となっている最前線の司令官として着任した。左遷というよりも死地への追放に等しい。

 だからといって、伊藤中将が無能だったというわけではない。誰が軍令部の要職にあったとしても、マリアナ、フィリピン、硫黄島などの防衛が果たせたはずはないのだ。日米の圧倒的な物量の差は、個人の能力ではどうしようもないところまで来ていたのである。

 そして、伊藤中将を水上特攻へと向かわせることになった張本人の神大佐も、死に場所を求めて『大和』へやってきた。おまえたちだけを死なせはしない、との行動だ。

 結果的には日本軍の大勝といっていい戦いであった。たとえ菊水部隊が次の砲撃戦で全滅したとしても、大勝には変わりはない。

 しかし、日本にはその次がなかった。工業力にものを言わせて短期間に新たな艦艇を就役させたアメリカに比べ、日本の工業はB29による空襲や南方からの資源輸入が途絶えたことによって停止状態に追い込まれている。

 すなわち、菊水部隊の乗員のすべてが本当の意味での最後の決戦に臨もうとしていたわけである。



 安藤由紀は、殉職した夫のかつての上司であった航空自衛隊の前園達郎一佐に連絡を試みてみた。

 現在の前園一佐は石垣基地の司令になっていて、沖縄地域に駐留している陸海空の自衛隊員の中では、津島海将補に次ぐ地位と階級を有する人物だ。以前に何回か家に招いてホームパーティーを開いたことがあるので、由紀のことは覚えているはずである。

 NTTで基地の番号を聞き、それから基地の代表電話に掛けてみる。

 女性のオペレーターが出た。婦人自衛官だ。

「前園司令をお願いします。安藤隆史の妻だと言っていただけたらわかると思います」

「申し訳ございません。ただいま自衛隊は緊急有事に備えておりますので、私用の電話はお繫ぎできません」

「私用ではありません! とても緊急の要件なのです!」

 航空自衛隊の者であれば、安藤隆史の名前は知っているはずだった。この婦人自衛官は夫の殉職後に入隊したと思われる。

「では、ご用件をお伺いして前園司令に確かめさせていただきます。その後、許可が出ましたらお繫ぎいたしますから……」

 由紀は焦燥感のあまり怒鳴っていた。

「そこに昔からいるオペレーターはいないの! いたら代わってちょうだい!」

 すると、交換台の責任者と思われる男性の声がした。

「代わりました。あらためてお聞きしますが、どちら様でしょうか」

「安藤隆史の妻です!」

 途端に男性の口調が変化した。

「あの安藤隆史一尉の奥様でしたか。これは失礼しました。すぐに前園司令へお繫ぎいたします」

 だが、それから五分ほども待たされた。会議中だったのかもしれない。

 とくに石垣基地は戦争と地震災害復興の両方を担当しているため、司令の前園はてんてこ舞いなのだろう。

 やがて、懐かしい声が聞こえてきた。

「本当に由紀さんなのですか」

「はい、安藤由紀です」

「お元気そうでなによりです。どうしておられるのかと、いつも心配をして……」

 由紀は長くなりそうな挨拶を遮って、単刀直入に言った。

「お気遣い感謝します。でも、今日は緊急の要件で電話をさせていただきました」

 由紀は話した。自分が巫女みこであることから始まって、なるべく前園司令にも理解できるよう、順を追って。

 だが、あまりにももどかしかった。由紀は途中を切り、結論をはっきりと言った。

「とにかく、タイムスリップを元に戻せるかもしれない方法が、ピラミッド内部の調査でわかったのです!」

「本当ですか!」

「はい。遺跡とピラミッドが海底から浮かび上がったのは、私たちへの警告です。何か大切な物、あるいは危険な物が近海に沈むのを阻止すれば、元に戻れるだろうと感じました」

「巫女としての直感です」

「いいえ、直感ではありません。明らかなメーセージを受け取ったのです」

「でも、それが何なのかはわからないわけですね」

「実はそれで困っていたのですが、ニュースで聞きました。中国の原子力潜水艦が核弾頭を搭載したまま沈没したとか」

「では、由紀さんはその核弾頭こそメッセージの核心だと?」

「そうだと思います」

 しばらく前園司令の無言が続いた。

「わかりました、由紀さん。津島海将補に必ず進言します。念のために調査隊のみなさんには石垣基地まで来ていただきましょう」

「念のため?」

「津島海将補は一人の意見で動いてくれるとは思えませんし、話のしんぴようせいを高めるためにも調査隊のみなさんの証言を求めてくるかもしれないからです」

「わかりました。でしたら、ヘリで迎えに来ていただけるのですね?」

「昼過ぎまでには向かわせますから、ピラミッドの付近から動かずに待っていてください」

 電話での話はここまでだった。

 迎えのヘリが来るまで皆が横になった。

 いつしか眠ってしまったのは仕方のないことだった。昨夜は二時間しか仮眠を取らず、緊張の連続だったからである。

 目が覚めたのは、迎えに来たヘリの爆音によってであった。



 津島海将補は、自分の後任にと考えていた航空自衛隊の前園一佐から連絡があったので、あまりのタイミングのよさに驚いた。

「こちらから連絡しようと思っていたところだったよ」

「津島海将補のお話はあとで伺うとして、まずはこちらの用件を聞いてほしいのです」

 津島にとって、前園の話は衝撃的なものだった。というよりも、信じられないというほうが適切かもしれない。

 だが、安藤由紀という女性をよく知っている前園のことだからいい加減な話ではなかろうし、前園本人も信頼するに足りる人物だ。

 そして何より、核弾頭の引き上げ回収は津島も考えていたことであり、実行案を練る段階にあったことでもある。遺跡調査隊の一行から話を聞くことは、やぶさかではない。

「できることなら、前園一佐も一緒に『はくば』まで来てもらいたい。君には別にこちらからお願いしたいこともあるのでな」

「承知しました。なんとか任務をやりくりして伺いましょう」

 自衛隊内の特別通信回線による電話を切ったあと、津島は回収に成功したあとの核弾頭をどうすべきかを考えた。

 津島が回収を思い立ったのは、アメリカ軍が数カ月後に開発を完了する原子爆弾への抑止力にしようと考えたからだが、安藤由紀という女性の話によれば、回収した核弾頭は保有ではなく処分しなくてはならないようなのだ。

 それで本当に二一世紀へ戻れるのなら、核兵器など必要はない。戦後の日本は非核三原則に支えられ、戦争とは無縁の繁栄を築いてきたからである。

 しかし引き上げたあとの核弾頭を、保有するにしろ廃棄するにしろ、菊水部隊がアメリカ軍の新型戦艦部隊を排除してくれないことには回収作業に入れない。

 いや、勝ち目の薄い菊水部隊には任せておけなかった。自衛隊自らが出動して敵戦艦部隊をせんめつしなければならない。

 津島は、今度はこちらから前園宛に電話をする。

「普天間基地へ命じてほしい。今すぐにナパーム弾攻撃が必要なのだ」

 津島から直接命じても良かったのだが、退官して前園一佐を後任にと考えている津島は、航空自衛隊に限らず自衛隊全軍に対して前園から命令を伝えるようにしたかったのだ。

「まさか、津島海将補は辞任をお考えなのでは?」

 勘のいい男だった。

「そのとおりだよ。戦いのすうせいが見えてきたところで君と交代したい。私のこの願い、聞いてもらえるだろうか」

 前園が、少しの沈黙のあとに返事した。

「お話があるとは、そのことでしたか。承知しました。津島海将補の決意は固そうですので、あえて引き止めはいたしません」

「おお、そうか」

「ですが、後任を引き受けるについて、ひとつだけ条件があります」

「何かね。私にできることであれば……」

「たった今いただきましたナパーム弾攻撃命令ですが、私が総司令官ということでしたら実行いたしかねます」

「なぜだね?」

 津島は不思議でならなかった。それ以外に敵戦艦部隊を殲滅する方法があるのなら、教えてもらいたいものだ。

「理由は簡単です。我々が旧アメリカ軍と戦わなければならない理由がないからですよ」

「しかし、現にアメリカ軍は沖縄侵攻を目指してだな……」

「まだ攻撃を受けたわけではありません。B29による空襲にしたところで、在日米軍基地に限定した空爆でした。我々自衛隊は、専守防衛という理念を忘れてはならないと思います」

「それなら、攻撃されたときには反撃するのだな?」

「もちろんです。ナパーム弾はおろか、あらゆる兵器でもって沖縄県民の生命と財産を守るつもりです」

 津島は教えられた。津島がやったことはまさに専守防衛の理念を忘れていたものであり、決してめられることではなかった。あげくの果てには菊水部隊を利用しようとまで考え、それが歴史を大きく塗り替えてしまったのかもしれない。

「わかった。君が到着したときに正式な引き継ぎとしよう。あとのことは絶対に口出しをしないと約束しよう」

 ようやく肩の荷が下りた感じがした。しばらくは陸上の基地でのんびりしたいと思う。

 ホッとしたついでに上甲板に降りてみると、暖かな春のそよ風が吹いていた。



 アメリカ軍の新型戦艦部隊が迫っていた。

 戦艦『大和』の水上レーダーが、その存在を捉えたのである。

 会敵まではおよそ一時間足らず。敵は『大和』と互角と見られるアイオワ級戦艦が四隻と、それに準ずる性能の戦艦が四隻であった。

 部隊を率いているリー中将は、頑固な提督として日本軍にも知られている。おそらくスプルーアンス大将の退却命令を無視しても、『大和』との決戦を求めているのだろう。

 戦艦同士の砲撃戦は、ことにリー中将のような古い海軍提督にとっては、戦闘ではなくロマンであり、勝負を度外視した熱きたましいのぶつかり合いだからである。

 やがて水平線上に敵戦艦部隊が顔を覗かせた。旗艦『アイオワ』を先頭に、一列単縦陣で迫ってくる。

 約一〇隻の駆逐艦が戦艦部隊に随伴していた。日本の艦隊を発見するなり、早々と左右に散開する。

 対する菊水部隊は、『大和』だけが直進し、軽巡『矢矧』が七隻の駆逐艦とともに左へと展開する。いつでも雷撃できる態勢だ。

「距離、三万二〇〇〇!」

 どちらの砲弾も充分に届く距離だったが、双方の提督とも戦艦同士の砲撃戦をできるだけ長く楽しみたいのか、射撃命令はまだ発しない。

 距離が次第に縮まってきた。春の日差しがアメリカ軍戦艦の艦上建造物にまぶしく反射している。

 はがねいろのアメリカ軍戦艦は、『大和』に劣らず美しい艦型をしていた。極限まで無駄を省き、機能美を誇って海原を圧している。

『大和』の主砲塔が照準を開始した。各砲塔が旋回し、砲身が上下して敵との距離を調節する。

「距離、二万五〇〇〇!」

 もう少しだった。あと少しで射撃のできる距離となる。

「距離、二万二〇〇〇!」

 戦艦にとって、もっとも得意とする砲戦距離に達した。この距離が戦艦の装甲の厚さを決定しているのであり、この距離が双方の海軍兵士につらい訓練を強いてきたのだ。

「撃てっ!」

 先に発砲したのは『大和』のほうだった。射程距離で余裕があるだけに、弾道は水平に近いものとなる。

 一方、アメリカ艦隊のほうはまだ特別な動きを見せなかった。悠々と直進を続けたまま、転針さえしようとしない。

 もちろん数を頼んでの余裕であることはわかっていた。わかっているからこそ、結果で教えてやらなければならない。

『大和』が放った初弾は、『アイオワ』のやや手前で巨大な水柱を噴き上げた。

 全体的な基本照準をしている艦橋最上階の村田大尉は、今が一番忙しいことだろう。砲戦距離となって、当然敵が変針するものとして合わせた照準が役に立たなかったのだ。

 だが、アメリカの艦隊はまだ発砲しなかった。戦艦『大和』のきようじんさを知るあまり、極限まで接近しようとの考えなのだろうか。

『大和』の照準修整が完了し、二斉射目が放たれた。昨日、アメリカ軍旧式戦艦部隊と交戦したとはいえ、残弾は充分に確保されている。

 二斉射目を放った直後、『アイオワ』が急に左へ転針した。また『大和』の照準を狂わせようという魂胆であり、老練なリー中将ならではの采配である。

 そのため、『大和』の砲弾はやや右に外れ、至近弾となって『アイオワ』の右舷に派手な水柱を出現せしめた。

 敵はそのまま『大和』の針路を妨害するような形で立ち塞がろうとする。

 それは、かつて東郷平八郎元帥がロシアのバルチック艦隊を迎え撃ったときのT字戦法に似ていた。違う点は、速力を落とそうとしていないところだ。

 そうはさせじと、日本の駆逐艦部隊が軽巡『矢矧』にならって次々と魚雷を発射しては反転した。

 双方合わせての隊形がT字を完成しつつあったとき、アメリカ軍戦艦部隊がようやく射撃を開始した。

 八隻合計の主砲数は七二門になる。『大和』の四六センチ砲より炸薬量が三〇パーセントも少ない四〇センチ砲ではあったが、『大和』の九門と比較すると数倍の威力を発揮するといっても過言ではない。

 ほどなく『大和』の周囲に無数の水柱が立った。本来であれば、どの艦の砲弾がどこへ着弾したかを確認するためにそれぞれ固有の色の着色弾を使用すべきであった。

 だが、アメリカ軍はそれをおこたった。怠ったために次の照準ができなくなる。どう修正していいのかわからないからだ。

 一瞬、無数の水柱のために視界を奪われた『大和』だったが、その間に砲弾の装塡を終えて新たな照準作業に移っていた。

 昨日、アメリカ軍旧式戦艦部隊との砲撃戦を経験している『大和』は、格好の射撃訓練をさせてもらったようなものだった。

 比べてアメリカの新型戦艦部隊は、空母の随伴が任務だったらしく対空射撃ばかりを経験し、実戦での主砲射撃経験は皆無に近い。

『大和』の射撃はもともと正確無比だった。これまでの二斉射はリー中将の采配によって外しはしたものの、本当ならば命中していたところだろう。

『大和』の三斉射目は、一発が見事に旗艦『アイオワ』の艦上に突き刺さった。命中した砲弾は両煙突の中間基部あたりで炸裂し、二本あるうちの後部煙突全体を吹き飛ばしていた。

 一方、『ウィスコンシン』から放たれた四〇センチ砲弾も、『大和』の短艇格納庫に命中して火災を生じせしめている。

 次第にれつさを増してくる砲撃戦はあたりの空気をしんかんさせ、その中を無数の巨弾が飛び交った。

 そのときである。日本の駆逐艦が発射した魚雷が、『マサチューセッツ』と『サウスダコタ』に二発ずつ命中したのだ。

 もとよりそれしきの被害で沈む近代的な戦艦などあり得ない。が、両艦は大量の浸水を許したために見る間に単縦陣から落伍してゆく。

 この点でも、リー中将は事前に艦隊速度をもっと落としておくべきだったろう。『大和』の四六センチ砲の威力を恐れるあまり、二七ノットという後ろの四隻に合わせた最高速力で走り続けたのは、リー中将の頭にあった古い戦法と実戦経験の不足が招いた結果だった。

 そしてさらには、『インディアナ』と『アラバマ』にも数発ずつの魚雷が命中して、両艦は落伍するとともにゆっくりと傾いていった。

 しかし、だからといって菊水部隊が特別有利になったわけではなかった。アメリカの駆逐艦が放った魚雷が、菊水部隊へも到達し始めたのだ。

 最初に犠牲となったのは、駆逐艦『霞』であった。『霞』は魚雷命中とともに大爆発を起こして、瞬時といっていいほどに爆沈した。

 次に犠牲になったのは、駆逐艦『浜風』だった。

『浜風』は爆発を起こしたが、沈没だけは免れて二〇度ほど右へ傾いたままで機関が停止する。

『浜風』の艦長が退艦命令を出したのは、被雷して一分も経たないうちだった。

 だが、『大和』の乗員たちが悔しがる暇はなかった。次に襲ってきた敵の斉射は、正確さを極めて左舷中央部で炸裂し、付近の機銃座を根こそぎ削り取ったからだ。

 四六センチ砲弾にも耐えられる艦中央部の装甲のおかげで内部炸裂は免れたものの、受けた衝撃は立っている者をぎ倒したほどだった。

 ところが、被害はそれだけでは済まされなかった。造艦の専門家だけが知っている大和型戦艦の弱点が露呈したのである。

 大和型の秘密の弱点とは、艦橋最上階にある方位盤室と各主砲塔とを結んでいる電路が、艦内部の奥深くではなく装甲のすぐ内側を通っていることである。

 そのため、敵弾命中によってびようの緩んだ装甲鈑が電路を圧迫し、照準のための情報伝達が途切れ途切れになってしまった。

 かつて同じ被害がレイテ海戦における戦艦『武蔵』を襲っていたのだが、『武蔵』はついに主砲射撃の機会に恵まれなかったため、弱点が表に出ることはなかった。

 しかも敵弾は、『大和』の乗員たちも知っている長大な艦首という弱点を襲ってきた。

『大和』の射撃間隔が四〇秒なのに対して、アメリカ戦艦は三〇秒だ。数の上でも勝っているアメリカ軍は、『大和』が抱えている悩みをよそに巨弾を容赦なく浴びせてくる。

 装甲のない『大和』の長大な艦首には、一発命中するごとに数百トンもの海水が雪崩なだれ込んでくる。立て続けに三発が命中したため、『大和』は前屈みになってお辞儀するような格好になった。

 とはいえ、そんな程度で沈没に結びつく『大和』ではない。大破はしても、分厚い装甲で囲ってあるバイタルパートの内部で砲弾を炸裂させなければ、撃沈に結びつかないのだ。

 方位盤室での電路が装甲鈑で圧迫されたために起きた方位盤室からの情報不伝達は、三基ある主砲塔に各自照準を強いることとなった。

 当然、低い位置からの照準ではあるし、方位盤室の一五メートル測距儀とは違って各砲に備えられている短い測距儀では照準の正確さにやや欠けてしまう。

 これまで『アイオワ』へ一発命中させただけだったため、余計に悔しさが残る。

 いや、その分だけ各主砲塔の砲手たちが発奮した。せめてまだ無事なアイオワ級戦艦四隻と、相討ちもしくは道連れにしてやらないことには気が済まない。

 めいめいの主砲塔が独自に射撃を開始した。しかも、ときには一門だけの射撃で照準を確かめ、三門同時の射撃へと繫げてゆく。

 ようやく『アイオワ』に二発目の命中弾が生じた。今度命中した箇所は第一砲塔のてんがいである。

 突如として、『アイオワ』の前半分が大爆発を起こした。『アイオワ』の装甲では『大和』の四六センチ砲弾には耐えられず、命中弾は砲塔内で炸裂して給弾機に並んでいた砲弾をも誘爆させたのだ。

 それがすぐそばの第二砲塔まで波及して、『アイオワ』は一気に艦首を水没させた。

 残っているアメリカ軍戦艦は、『ニュージャージー』『ミズーリ』『ウィスコンシン』の三隻のみだ。

 他は沈没したわけではなかったが、まだ戦闘力を保有しているのはこのアイオワ級三隻だけといってもいい。

 敵味方の合計四隻は、ほぼ残弾を撃ち尽くすまで砲撃戦を繰り広げた。

 ようやく戦いが終了したのは日没を迎えたからであって、はっきりと決着を見たわけではない。

 だが、『大和』の艦首は半ば水没していて内地までのえいこうは不可能であった。たとえ曳航できたとしても、修理を終えた頃には原子爆弾の投下によって、日本の敗戦が決定していることだろう。

 一方、アメリカ軍のほうもたった一隻の戦艦を相手にしたにしては、被害は甚大だった。最後まで残っていた三隻も穴だらけの鋼のかたまりと化していて、解体する運命を待つばかりだ。

 この日の水平線に沈み行く夕日は、なぜかいつもよりも真っ赤に染まっていた。



「変なことを言わないでよ、お父さん」

 津島裕が自衛隊で現役だった頃の話をしたところ、高校生の娘からひんしゆくを買った。

 娘は夕食の後片付けをしていて、津島は新聞を広げている。

「日本が戦争に負けただなんて、馬鹿なことを言わないで。小学生だって、社会の時間に歴史は習っているのよ。負けたのは日本じゃなくてアメリカでしょ?」

 津島は一瞬、娘が何を言っているのか理解できなかった。

 あれから総司令官を辞任して陸上勤務に着任した津島は、中国の原子力潜水艦が海中に残した核弾頭の回収任務に成功した。

 そして、その夜半に余震とはいえないほどの大きな揺れが襲ってきて、朝になってみたら与那国島の遺跡はまた海中に戻っていた。

 しかも内地との連絡が復活していたのだ。

 皆で抱き合いながら喜んだのを覚えている。

 だが、日本が勝ったなどという話は、どういう意味だろうか。自衛隊が戦いに干渉しすぎてしまったために、歴史が塗り替えられてしまったのだろうか。

 津島は確かめずにいられなかった。そのため、まだ石垣基地の司令におさまっている前園達郎一佐に電話をしてみた。

 驚いた。前園一佐も同じようなことを言ったのである。

「私も息子に言われましたよ。ラバウルで空襲にあって戦死したはずの祖父が一昨年亡くなったので、三回忌の法事をどうするのかってね」

「あの戦争で日本が勝ったという話は?」

「ええ、さんざん息子の講義を受けました。勝ったというのはオーバーで、講和を結んだらしいのですが、学校の教師が勝ったも同然というような言い方をするので、まだ中学生の息子はすっかり勝ったものだと思い込んでいるようです」

「そうか……」

 津島は一度に力が抜けた。

 二一世紀に戻れたのはいいが、もとの二一世紀ではなかったのである。自分のせいで、生きていたはずの人が死んでいたり、死んだはずの人が生きていたりする。

 当分の間は、さまざまなことを覚えるのに大変な努力を要することだろう。

 しかし、葛西正一郎艦長の娘明子が普通のOLとしてこの世界で生きていてくれたのは、嬉しい誤算だった。

 津島はそう思うことで、平穏な余生を過ごせそうな気がした。



 安藤由紀が那覇の自宅へ戻ると、意外な人物が出迎えてくれた。

「あなた!」

 殉職したはずの夫隆史だったのである。

「どうして!」

「君こそ長い間家を空けたままで、どうしていたんだ?」

 由紀の目から思わず大粒の涙がこぼれた。

「きっと、夫の復活が遺跡を核爆発から守ったごほうなのね」

 そう思った瞬間、慶太にも会いたくなった。三人が揃っての家族なのだ。

「ねえ、慶太の面倒をずっとみていてくれたの?」

「もちろんだよ。今は保育園に行っている。あとで迎えに行ってやれば喜ぶぞ」

 由紀は思いっきり夫に甘えようと胸に飛び込んだ。こういうことができるのは、慶太がいない今のうちだ。

「本当にどうしたっていうんだ? 買い物に行って来るって出て行ったきり、四日間も家を空けていたんだからな」

「やっぱり四日間だったのね」

 夫は首をかしげているが、どうせ話したところで信じてもらえないだろう。

 それよりも、三人での新しい生活に早く慣れることだった。西表島へのフェリー代金のためにした借金も、できれば今日のうちに返してしまいたい。

 隆史から離れた由紀は、ハンドバッグの中の預金通帳を広げてみた。

「えーっ!」

 額を確認して驚いたあとに、すぐに察した。

 以前の世界で由紀の家庭が比較的裕福だったのは、隆史の殉職に伴って高額の補償金が支払われたからだった。

 ところが、この世界では隆史が生きているのだからそんなものはないのだ。以前の新婚時代と同じように家系のやりくりには苦労させられそうだった。

「どうしよう」

 借金を返せないと、担保として車を取られてしまうのだ。

「えっ、車?」

 由紀は思い出した。

 車を買ったときに玄関の前を屋根付きのカーポートにしたはずなのに、今通ってきた前庭は花壇のままだった。

「車がどうかしたのかい? 僕だって欲しいけど、住宅ローンの支払いで精一杯だからなあ。車を買うなんて余裕はないだろうな」

 急におかしさが込み上げてきた。だとすると、あの高利貸しもこの世に存在していないのかもしれないではないか。

 試しに名刺のところへ電話をしてみた。

 すると、出た相手は那覇警察署の総合案内をしている女性だった。



 古田祥二郎は、東京に着いてからというもの自宅に籠もったきり外へ出ようとはしなかった。電話にも出ていない。

 文部科学省へ顔を出して調査の結果を報告しなければならないのだが、報告したところでおそらく誰も信じてはくれないだろう。

 いや、文部科学省が古田に調査を依頼したこと自体が幻なのかもしれないのだ。

 何日か経ったとき、安藤由紀から電話があった。携帯電話に掛かってきたので相手がすぐにわかり、由紀なら安心して話せると思って出てみた。

「古田隊長、お元気でしょうか」

「え、ええ……」

「おかげさまで夫にまた会えました。今は以前のように三人での生活です」

「それはよかったですね」

「慶太が古田隊長にお礼が言いたいそうですので、ちょっと代わりますね」

 由紀はそう言って、慶太に代わった。

「古田のおじちゃん、あのときはありがとう。冒険に行くみたいでとっても楽しかったよ。でも、パパは全然信じてくれないんだ。どうしてなのかな? ずっとママとボクだけの二人きりにさせたくせに……」

 子供の声を聞いて、古田の声も少しはなごんだ。まだこの世界のことがわからず、怖くて外出する気にはなれないが、あのとき一緒にピラミッドの中を調査した仲間であれば、同じ戸惑いと不安を抱えているはずだから理解しあえるかもしれないと思ったのだ。

「古田のおじちゃん、今度の日曜日ね、ママが遊びに来ませんかだって」

 行きたい。由紀と慶太に会えば、勇気が湧いてくるような気がする。

「必ず行くよ。ママにそう伝えておいてくれ」

 電話を切ったあと、古田はほのぼのとした気分に包まれた。

 もう大丈夫だ。これでもう、出かけることも電話に出ることもできる。

 しかし、間を置かずに掛かってきた電話が、古田の憂鬱をまた増幅させた。

「こらっ、古田! 何日無断欠勤するつもりだ! 学長なんかカンカンだぞ!」

 声の主は、調査隊長としての古田の統率力不足によって事故死させてしまったはずの先輩、若宮三郎東京大学教授だった。



(異空自衛隊 完)