第五章 決死行



 坂を登りきった上で遺跡調査隊長たちを待っていたのは、これまで見たことのない文字が刻まれている大きな石版だった。

 石版の高さは三メートル余りあり、幅もゆうに二メートルを超え、一〇行ほどの文章が彫り込まれている。

 調査隊長の古田がこれまで発掘に携わってきた数々の遺跡にも石版はあったが、それらにはなにかしらの共通点を見出すことができたものだ。

 しかし、この石版は明らかに種類を異にしていた。書かれている意味はまったくわからないが、何かの警告文であることは、この石版を見た安藤由紀が蒼白い表情のまま固まってしまったことから想像できる。

「由紀さん!」

 古田が強い口調で呼びかけると、由紀はようやく我に返ったようだった。

「大丈夫ですか!」

「あ、いえ、なんだか石版にたましいを吸い取られそうな気がして……」

「やはりこの石版には……」

「はい。古代人のえいの結晶というか、後世の人類へのメッセージが刻まれているように感じます。でも、あまりいい内容ではなさそうです」

「たとえば?」

「人類のしゆうえんについてなど、でしょうか」

 今度は古田が絶句した。

 人類滅亡のときを書き留めてある石版は珍しくないが、この石版だけは真実を告げているような気がしたのだ。書き手が現代人よりも発達した科学の持ち主なのだから、そんな感じがしてならないのである。

「ひょっとすると、今回の遺跡浮上やタイムスリップのことも書かれているかもしれません」

 由紀が言ったことに、古田も同感だった。石版の解読に成功したなら、二一世紀へ戻る手立てがわかるかもしれない。

「藤崎君、石版の文字をスキャンして、ノートパソコンに保存しておいてくれないか」

「はい。立ち上がるまで少し待ってください」

 ノートパソコンには、古田が開発した古代文字の解析ソフトが組み込まれていた。

 さらに、エジプトの象形文字のように大方の意味がすでに解明されている場合は、解読ソフトとしても機能してくれるはずだった。

 一方、この石版に刻まれているのは、アラビア文字に似ていなくもない。ところどころに文字の空白があるのは、句点や読点のようなものなのだろう。

「立ち上がりました。今からスキャンします」

 ハンドスキャナーは、古田がパソコンのメーカーに頼んで特注で作らせたものだ。古くてかすれてしまった古文書や壁画なども、スキャンしてパソコンの中で鮮明に再生してくれる。

「隊長、終わりましたよ」

「じゃあ、エンターキーを押してから、シフトとファンクション12を押してくれたまえ」

「やりましたが、待機中になったままです」

「それでいいんだよ。時間はかかるだろうが、世界中の遺跡で発見された石版との共通点を洗い出してくれているはずだ。皆は結果が出るまで小休止していてくれたまえ」

 皆が床に腰を下ろした。古田のそばには由紀と藤崎が残って、ディスプレイ画面に何が現われるかと興味深そうに見詰めている。

 五分……一〇分……。さすがのパソコンも悪戦苦闘をしている。

 およそ二〇分ほど経ったとき、やっと画面が切り替わって部屋全体を明るく照らした。

 画面は英字で表示されていた。海外の遺跡を調査する場合のために、わざと英字にしてあるのだ。

「何と書いてあるのですか?」

 藤崎が古田に質問した。

「マヤ文字とアラビア文字との融合、もしくは原型とある。つまり両者は最初はひとつのもので、この文字がそれだという結論だな」

「下に小さく表示されているのは?」

「引き続き解読作業に入るだよ。エンターキーを押してくれ」

 藤崎がエンターキーを押すと、画面がまた待機中になって部屋全体が暗くなった。

 しかし、どこからか明かりが漏れているらしい。そういえば、ノートパソコンが起動する前も真っ暗ではなかったような気がする。

 結果を待つ間、古田は光源を探そうとして周囲の壁面と天井をグルリと見回してみた。

 すると、天井が今までとは違う色になっていることに気がついた。

「あれはヒカリゴケか?」

 発光することで知られるヒカリゴケらしい地衣植物が、天井一面を埋め尽くしている。かすかな光しかもたらしていないのは、長い年月の間にほとんど死滅したからなのだろう。

 古田の声で誰もが天井を見上げ、懐中電灯の明かりを集中させた。

 やはり、ヒカリゴケだった。しかもかなりの密生をしていたのか、あちこちが剝がれ落ちているにもかかわらず天井の地肌を見せている場所がまったくない。

 そのとき、ノートパソコンが解読終了の合図であるピンポンという軽やかなチャイム音を鳴らした。



「そろそろ艦隊がハープーン対艦ミサイルを発射する頃だな」

 P3C対潜哨戒機の機長である山田二尉が、明子から腕を放して腕時計を確認した。

 明子はずっと抱きしめていてほしかったのだが、今は無事に任務を終えることを何よりも優先しなければならない。

 明子の目の前で、レーダーのディスプレイ画面が赤い警告表示を点滅させていた。艦隊がハープーン対艦ミサイルを発射したとの警報である。

 実際にレーダー誘導をするのは、P3C対潜哨戒機がアメリカ軍空母部隊の上空へ差し掛かったときである。

 明子が画面を切り替えてみると、アメリカ軍の存在を意味する光点が無数に点滅していた。

「すごい数ね。昼間に窓から見たら、卒倒していたかもしれないわ」

 夜明けまでにはもう少し間があった。

 山田はコクピットへ戻ると、機内放送で全員に告げる。

「シートベルト着用! 対空砲火に注意せよ!」

 注意せよと言われてもどうしようもないのが対空砲火なのだが、明子はレーダー機材が対空砲火の炸裂ショックでラックから落ちて破損しないよう、マジックテープをラックのひきだしから取り出して固定した。

 機はハープーンミサイルの飛来とほぼ同時に敵艦隊上空へ到達するよう、計算されたスピードで飛んでいる。

 あと三〇分もすれば、東の空が白み始める頃だ。

 そのとき、下方から重々しい砲撃音が轟いてきた。次の瞬間には、一〇〇メートルほど前方から派手な炸裂音が聞こえてきた。

 機が激しく揺れた。対空砲火が重なり合うようになると、円筒形の機体が捻じ曲げられてしまうような錯覚に襲われる。

 こういうときに備えて、明子はハンカチを嚙み締めていた。ここで悲鳴を上げてしまったら、だから女はダメだと言われかねないからだ。

 明子はわかっていた。女性の明子の志願が認められたのは、機長である山田がまず選ばれて、残りの人員選択が山田に一任されたからなのではなかろうかと。

 だから、山田も明子を選ぶときには苦悩したはずだった。明子を道連れにしたくないという気持ちと、最後だからこそ一緒にいたいという気持ちが何度もせめぎあったことだろう。

 そんな山田の気持ちに、明子はこたえなくてはならなかった。任務を完璧に遂行するばかりではない。全員を無事に帰還させるには、パイロットの技量に次いでレーダー員たる明子の判断にかかっているのである。

 窓から下を覗いて見ると、暗闇に包まれた海面のあちこちに真っ赤な閃光が走っていた。敵艦が対空砲火を撃ち上げたときの瞬間的な閃光であった。

 物量に乏しい日本軍なら、たった一機に対してこれほどの砲火を集中させることはなかったであろう。

 だが、物量を誇るアメリカ軍は惜しげもなく砲弾を撃ち上げてくる。

 砲弾が炸裂するたびに機体が左右によじれ、機体の素材であるジュラルミンがギシギシと金属的な悲鳴を上げる。

 突如、左側の窓が真っ赤に染まった。

「第四エンジンに被弾!」

 P3Cは四発のプロペラ機である。ひとつのエンジンがやられたとしてもあわてることはない。

 怖いのは類焼であった。他のエンジンへもそうだが、燃料タンクへの類焼は致命的な結果をもたらすからだ。

 第四エンジンは真っ赤な炎を噴き出していた。自然鎮火してくれる気配はない。

「ミサイルよ、早く飛んできて!」

 明子は祈った。今のところの被害なら、帰還になんの問題もないだろう。

 明子はハンカチを嚙み締めながら、キーボードを叩き続けた。

「ハープーンの到達時刻は五分四二秒後」

 と画面に表示された。

 あと六分近くもこんな状態が続くなんて、気がどうにかなりそうだ。

「左へ急旋回する! 注意せよ!」

 山田機長からの機内放送があった。

 と同時にP3Cは左へ大きく傾いたかと思うと、エレベーターに乗って降下したときのように身体全体から血の気がサーッと引いた。

「さすがだわ!」

 山田が機体を左へ旋回したまま横滑りさせたのだ。その挙動のせいか第四エンジンの火災が消えている。エンジンの復元は無理だろうが、これで類焼する心配はなくなった。

「ハープーンの到達時刻は三分二一秒後」

 かなりの時間が経過したように思ったのだが、まだ二分かそこいらしか経っていない。

 そのとき、前の席の通信士が大声で明子に伝えてきた。

「イージス艦『はくば』より伝言! 発射したハープーンは合計六四発なり!」

 三二発が二群に分けて発射されたというのである。

「そんな……」

 ディスプレイに表示されているのはあくまでも最初の群の到達時刻であって、第二群のものは表示されていない。

 明子が祈るような気持ちでそれを表示させてみると、第二群の到達時刻は約七分後であった。



「初弾、きよう!」

 夾叉とは文字通り敵艦を挟んで両側に着弾した状態のことで、照準が正確だったことを意味している。命中しなかったのは、風力などの影響によって弾道が微妙に狂ったからだ。

 戦艦『大和』の射撃は、アナログ的な照準にもかかわらず意外なほどに正確だった。

 浅田一尉はその正確さに驚きつつも、次弾の斉射を見守った。

「次発装塡!」

 有賀艦長の指示が、伝声管を通じて漏れ聞こえてくる。

 敵戦艦の主砲射程はまだ範囲外らしく、『大和』だけが一方的に主砲射撃を続けていた。

「撃てっ!」

 今度こそ浅田は首を前楯よりも低く引っ込めた。熱波のような爆風が、すぐさま浅田の髪の毛をかすめて通過した。

 通常、『大和』が主砲射撃を行なう際は、シールドのない対空射撃班のために一分前にはブザーで知らせることになっている。

 現在は対空班が配置に就いていない状態のために、警告なしでの射撃だった。

 敵戦艦は六隻。森下参謀長によれば、先頭から順に『コロラド』『ペンシルバニア』『ミシシッピー』『テネシー』『メリーランド』『ウェストバージニア』とのことで、そのうちの『ペンシルバニア』『ミシシッピー』『テネシー』は『大和』の主砲よりふた周り小さな三六センチ砲で、四〇センチ砲を備えているのは『コロラド』『メリーランド』『ウェストバージニア』だけだという。

 ただし砲の威力は距離が縮まると増すものなので、装甲の厚さが世界一の『大和』といえども一万五〇〇〇メートル以内まで接近されると苦戦するらしい。

 とはいえ、『大和』は初弾から正確な射撃ができるのだから、今のところは心配ないということになる。

 次弾が敵の旗艦と思われる『コロラド』の中央部に命中した。砲弾は装甲を難なく突き破り、内部からの炸裂で外殻を吹き飛ばしたのがわかった。

 二カ所から火焰が上がったところを見ると、命中したのは二発らしい。

 浅田はワクワクする気持ちを抑えられなかった。たまらず、右隣で観戦している神首席参謀に話し掛けていた。

「やはり、『大和』の威力は絶大ですね!」

 誰が決めたというわけではないのだが、戦艦の装甲の厚さをどれくらいにするかという国際標準があるという。

 二万メートルの距離から放たれる自艦の砲弾に耐えられる厚さというのが一般的らしく、アメリカの戦艦は標準よりもやや厚めらしい。

 ということは、二万メートル以上の距離から放たれた敵弾なら『大和』が傷つくことは絶対にないというわけだ。

 そう思っていたら、神大佐が浅田の考えを否定した。話し掛けた内容への答えでもある。

「たしかに威力は絶大だが、防御力には不安があるのだ。ことに長大な艦首にはな」

 神の解説によると、戦艦の装甲はかなり分厚いために、艦全体に装甲を施すと重さで艦が水に浮かばなくなる可能性がある。

 そこで前後の主砲の間だけを重点的にカバーしているらしく、その部分を造船用語ではバイタルパートというそうだ。

 つまり、それ以外の部分は敵弾に対して無装甲同然であるため、防水区画を細分化することによって対処しているのだという。

 神が言うように、『大和』の艦首部分は長大だった。バイタルパートから外れた艦首に集中砲撃を受けると、大量の浸水が発生するらしい。

「そういえば……」

 浅田は戦艦『武蔵』と『大和』の最期の写真を見たことがあった。いずれも艦首から水没を始め、やがては沈没したのである。

 神大佐が補足した。

「初代の砲術長に選ばれたまゆずみ治夫大佐が、艦政本部へ何度も進言しておったよ。『大和』の艦首に木材チップなどの浮力材を詰め込めとな」

 艦政本部とは、軍艦の設計や兵器の調達を行なう海軍の重要部署のことだ。

「受け入れられなかったのですね?」

「そんなことをしたら、乗員の居住区画がなくなってしまうからだよ」

「それで、大丈夫なのですか」

「まあ、敵が気づかんうちは大丈夫だろう。相手が旧式戦艦部隊であればな」

「それ以外の敵と言うと?」

「開戦してから就役した新型戦艦が、八隻いるはずだ。それに、雷撃機や駆逐艦からの雷撃は要注意だろうな」

 夜間ゆえに、雷撃は奇襲同然の効果を生む。日本の酸素魚雷に比べると雷跡が鮮やかに浮かび上がるアメリカ軍の魚雷だが、間近まで迫らないと発見できないとしたら、闇は敵に利するだろう。

 しかし、味方の駆逐艦も相手に気づかれないうちに雷撃を敢行していた。闇の中での戦闘は、やはり五分五分なのかもしれない。

 浅田は再び観戦に戻った。

 直後に、三度目の斉射が行なわれる。

 腹の底に響き渡る重厚な砲声がしたかと思うと、直後には引っ込めていた浅田の頭上を爆風が駆け抜けてゆく。

『大和』が射撃をするたびに、あたりが閃光で真っ白になるほどだった。

 敵戦艦『コロラド』が、激しく炎上しながら脱落してゆく。『コロラド』の火災のおかげで、浅田の目でも敵の細部までがはっきり見えるようになった。駆逐艦一隻が消火と乗員の救助のために駆けつけつつある。

 ところが、その駆逐艦に日本軍が放った魚雷が立て続けに命中した。駆逐艦は瞬時に爆沈し、大きな水柱だけが残された。

「小物に当たってしまったようだね」

 伊藤司令長官が残念そうにつぶやいたが、残りの魚雷が二番艦の『ペンシルバニア』に当たったらしく派手な火柱を噴き上げた。

 そこへ『大和』の砲弾が降り注いだのだから、『ペンシルバニア』もたまらない。『ペンシルバニア』は後部艦橋と煙突を吹き飛ばされて、やや傾きながら明らかに速度を落とした。

 ようやく敵の三番艦である『ミシシッピー』が射撃を開始したのは、『コロラド』と『ペンシルバニア』が半ばまで水没した頃だった。

「来るぞ!」

 森下参謀長が浅田に注意を促した。

 これまではこちらの一方的な射撃による戦いだから安心だったが、敵弾が届くようになればある程度の被害は覚悟しなくてはなるまい。

 装甲とは敵弾が艦の内部で炸裂するのを防ぐためのものだから、いくら分厚い装甲が施されていても艦上建造物への被害は防げないのだ。

 だが、心配するほどではなかった。敵弾は『大和』のはるか手前に着水し、悲しいばかりの水柱を噴き上げただけだった。

 それもそうだろう。アメリカの旧式戦艦部隊は開戦のしよぱなに日本軍の真珠湾奇襲によって大破着底し、大戦中のほとんどの期間を修理に費やしていたからだ。それが復帰したのは一九四四年一〇月のレイテ海戦からだったが、輸送船団の護衛と陸上の日本軍陣地への艦砲射撃が主な任務だったため、実質的な実戦経験は皆無に等しいのだ。

 しかし、油断は禁物だった。まぐれ当たりということもある。

 浅田は日本の駆逐艦が再び魚雷攻撃を敢行するのではないかと期待したが、どうやら魚雷は新型戦艦部隊のために温存するつもりらしい。

 日本の駆逐艦が軽巡『矢矧』とともに突進し、炎上中の敵戦艦二隻を救助しようとしている敵駆逐艦に向けて主砲を発射した。

 その真上を双方の戦艦の巨弾が飛び交うのだから、浅田にとっては何もかもが壮大な驚きであった。

 あちこちの闇で真っ赤な閃光が走る。れんの炎が漆黒の海原を真っ赤に染めて、雷鳴にも似た主砲射撃の轟音がこだまする。

『大和』の斉射数を数えていた浅田だったが、途中でわからなくなるほどにれつな戦いであった。

 敵弾が右舷で至近弾となったとき、噴き上がった水柱の飛沫が夜戦艦橋を襲ってきた。

 神大佐は慣れたもので、飛沫がやってきたときにはすでに反対舷側に身を移動させていた。おかげで浅田が代わりにずぶ濡れとなる。

「ははは、残念だったな」

 神大佐が笑い、伊藤長官らも失笑している。

 笑いものにされたと一瞬腹も立ったが、やはり実戦経験の豊富な人物たちはきもが据わっている。至近距離に敵弾が落ちたというのに、驚かないばかりか笑い話のタネにしているのだ。

 ヘルメットから滴り落ちる海水越しに、浅田も思わず笑った。

「これも経験です。帰ったら仲間へ大いに自慢してやりますよ」

 ところが次の瞬間、少し前方でガツンという大きな音がした。森下参謀長が解説してくれる。

「一番か二番の砲塔に命中したのだろう。砲塔は最強の装甲を施してある場所だから、敵弾は海中に弾かれただろうけどね」

 明らかに普通の着弾とは違う水柱によって、その解説はすぐに証明された。

「森下参謀長。他に装甲のしっかりしている部分はどこなのでしょう?」

 浅田は参考のために尋ねてみた。

「前後の艦橋だったら直撃を受けてもビクともしないだろうね。ただ、煙突とマストはもろいな」

「もしも煙突に直撃されたら?」

「反対舷まで突き抜けてゆくだけだよ。もっとも煙が脇から出てくるから、かなり煙たいがね」

 なるほど、と思った。わざと薄紙のような造りにすることも、鉄鉱を節約した有効な防御方法というわけだったのだ。

 長大な艦首を除けば、『大和』はまさに完璧な設計のもとで建造された不沈艦であった。これならアメリカ軍の新型戦艦部隊との決戦でも引けをとらないであろう。

 浅田は心底そう思った。そして、そういう世界一の戦艦に乗って観戦しているのだという感激があらためて浅田の足元から突き上げてくる。

「もうすぐ夜明けだな」

 伊藤長官が双眼鏡を覗きながら言った。

「はい、日の出の時刻までは三〇分ほどです」

 女房役の森下参謀長が即座に答える。

「そういえば……」

 浅田は思い出した。夜が明けたら、支援のために航空自衛隊のF15イーグル戦闘機隊が敵戦艦にナパーム弾を投下するはずである。

 だが、その前に海上自衛隊の護衛艦隊が敵の航空攻撃を受け、敵空母部隊へのハープーン攻撃が失敗したら、味方のナパーム弾攻撃もままならなくなってしまう。

 強力な可燃性薬剤であるナパーム弾を抱えたままの機体が被弾でもすれば、F15はたちまちのうちに火ダルマとなってしまう。その前に敵の航空兵力をいでおくことが不可欠だ。

 またガツンという大きな音がした。今度は足元がジーンとしびれる感じがした。

「艦橋基部に被弾!」

 どこからか伊藤長官へ報告する声があった。

 なるほど、中枢部たる艦橋は頑丈に造られている。浅田が立っている夜戦艦橋は、直撃されない限り大丈夫なようだ。

『大和』の巨弾が『ミシシッピー』を捉えた。『ミシシッピー』の艦尾付近に命中したのだ。

 破片の飛び散る様子が浅田の目でも確認できたのは、東の空が白み始めていたからだった。



 ノートパソコンが解読完了のチャイム音を鳴らすと、思い思いの場所で腰をおろしていた学生たちも近くに集まってきた。

 由紀は、古田が早く英文を翻訳してくれないかと気をもみながら待った。

 古田がブツブツつぶやくように英文を口にし、読み終えたところで溜息をついた。

「ふーっ、タイムスリップのことは何も書かれていないな」

「で? 何が書いてあるのですか?」

 藤崎が待ちきれずに尋ねた。

「このピラミッドの建造目的のようなものだよ。いや、少し違うかな。実際に建造した者たちのことを記してあるんだ」

「実際に建造した者たち? 古代人じゃないのですか」

「異形の者としか書かれていない」

「異形の者……ね」

 藤崎が考え込んでしまった。

 何が書いてあったにせよ、由紀はコンピューターで解読できたことに嬉しさを感じていた。

「古田さん、よく解読できましたね」

「ええ、思ったとおりマヤ文字とアラビア文字の原型でしたからね、偶然に組み込んである解読ソフトで間に合ったというわけです。もっとも、これまで世界中で発見されている文字はすべて組み込んであるのですがね」

「でも、こんなに簡単に解読できるなんて!」

「私も驚きましたよ。原型の文字だからこそ簡単に解読してくれたのだと思います」

 古田が、全文を詳しく日本語に翻訳してくれた。

「異形の者、天空より来たる。我々に知識と知恵を授け、代わりにみつぎものを要求せり。我ら水といくばくかの食料を差し出す。異形の者は感謝の意としてこれを建てて去る」

 藤崎が叫んだ。

「隊長、それじゃまるで宇宙人の訪問場面じゃないですか!」

「そうだね。世界中に残されている宇宙人の飛来伝説は、もしかするとこの石版の記述から伝わったのかもしれない」

「とすると、あの動物たちの標本は宇宙人が置いていったということに?」

「どちらとも言えないが、その可能性は低いだろう。宇宙船に余分な重量物を積むのは得じゃないからね。むしろ、人類に有益なように地球上の動物の遺伝子を組み替えたと考えるほうが自然だろうな」

 なんにせよ、ピラミッドが宇宙からの訪問者の置き土産だとしたら、巫女みこである由紀はどういう立場になるのだろうか。

 由紀は頭の中が混乱してきた。巫女である自分は、宇宙人から命じられてピラミッドの番をする者なのか、あるいはムーの皇帝に命ぜられた特別な職務にある者なのだろうか。

 古田に意見を求めると、古田は後者だろうと言った。

「ただね、由紀さん、たとえ皇帝が選んだ巫女にせよ、並みの者では務まらないだろうから、初代の巫女が宇宙人によって特別に遺伝子操作された可能性はあるかもしれないよ。第六感が他人よりも強かったり、予知能力にけたりしているのは、そのせいじゃないかな」

 遺伝子操作の効果は世代ごとに薄れてゆくだろうから、初代の巫女は相当な超能力者だったはずだと古田はいうのだ。

「なんとなくわかる気がします」

 由紀は遺伝子組み替え人間の子孫である自分の身がおぞましいものだとまでは思わなかった。すべてのことを教えてくれるのは、古田ではなく、このピラミッドの深部で由紀を呼んでいる者であろう。

「行きましょう。最深部へ」

 ここまで来たら、自分自身のためにも由紀を呼ぶ者に会って確かめなければならない。

「そうだな、行こう」

 古田が由紀を励ますように言った。



 ようやく最初のハープーンミサイル群が到達しつつあった。

 東の空が白み始め、おぼろげながらも眼下にはアメリカ艦隊のシルエットが徐々に浮かび上がってきている。

 下から見上げているアメリカ兵からも、P3C対潜哨戒機は肉眼でも確認できるようになっているのではなかろうか。

 そのとき、先ほど消火に成功したばかりの左翼の先端部分が、高角砲弾の炸裂によって千切れ飛んだ。機がいきなりバランスを崩して左へ大きく傾く。

 葛西明子はラックから落ちそうになったレーダースクリーンパネルを素早く手で支えると、自分自身が転げるのを防ぐために両足と背中とをラックの脚と座席とに突っ張らせた。

 ほどなくすると、山田機長の操縦が機を水平に直してくれた。明子は硬直させた体の力を抜くと、スクリーン画面に意識を集中させた。これからの数分間が勝負なのだ。

 画面の右下に黄色の点滅ゾーンが表示された。ハープーンミサイル群が誘導可能な距離になったことを意味しているのだ。

「落ち着いて!」

 明子は自分自身に言い聞かせた。

 まずは、海上にぼんやりと浮かび上がっているシルエット群の中から空母を特定しなくてはならない。

「そうよ、暗視スコープだわ!」

 出撃前の予備知識として、アメリカ軍の空母は四隻単位で行動していると聞かされている。

 すなわち、七群の空母部隊に分散しているはずで、それぞれを護衛の艦艇が取り巻いているのだろう。

 両眼用の暗視スコープを装着した明子は、画面と下界とを交互に観察してゆく。

「いたっ!」

 少しずつ明るくなってきたおかげで、上甲板が平坦な空母特有の艦形が簡単に識別できた。

「誘導をセット!」

 明子はひとつひとつの操作を、わざと口に出して間違えたり抜けがないようにした。

 敵空母の飛行甲板にはそれぞれ十数機の航空機が駐機されていた。おそらく暖気運転中であり、夜明けとともにグラマンF6F戦闘機などがP3C対潜哨戒機を目掛けて殺到してくるであろう。

 あせる気持ちを極力抑えながら、明子は新たな空母を発見するたびにハープーン対艦ミサイルを二発ずつ誘導セットしていった。

 セットが完了したハープーンミサイルは、その後は、誰も手を加えなくても確実に目標へ命中してくれるのだ。

 明子は次々とセットを完了させていった。

 しかし、最初のミサイル群だけでは半数も撃破できないことが判明する。

「ああっ、しまった!」

 飛行甲板を使用不能にするだけなら一発ずつでも充分だったのだ。セットのやり直しは可能だが、ハープーンミサイルはすぐそばまで来ている。とても全部のやり直しはできない。

「山田機長!」

 明子はレシーバーの機内通信で山田を呼び出した。

「どうした! 何か不具合でも発生したか!」

 明子の任務そのものが出撃意義の軸だったので、山田の口調は心配に満ちたものだった。

「いえ、不具合ではありません。セットの配分に失敗しました」

 詳しく述べている時間はなかった。誘導セット未完了のハープーン対艦ミサイルを、しやべりながらもセットし続ける。

 山田が言った。

「配分などどうでもいい! 敵の航空兵力を半減させたら成功だと思え!」

 明子の気持ちが一度に楽になった。

「セット完了しました!」

 明子の報告に、機長の山田は機を一気に上昇させた。対空砲火の届かない八〇〇〇メートルの高度まで上昇し、次のハープーン群が来るまで待機するのだ。

 ホッとした途端に、のどがカラカラなのに気がついた。緊張のあまり唾液の分泌が停止していたからだ。

 座席のポケット部分にマジックテープで固定しておいたペットボトルの緑茶をラッパ飲みする。

 飲み終えて東の空を眺めると、わずかに浮かんでいる雲が鮮やかな朝焼けに染まっている。

「もうすぐ夜明けね」

 それは敵戦闘機の飛来も意味していた。

 だから、明子の休憩はそこまでだった。急上昇中の機体の中で、ジェットコースターの滑走にも似た感覚を受けながら、次のハープーン群をセットしなくてはならないのだ。黄色の点滅ゾーンが再び活動を始めている。

 明るくなってきたので、暗視スコープは必要なくなっていた。先ほどよりもかなり彼方まで見渡せるので、セットする時間は短くて済みそうだ。

「セット開始!」

 画面にはすでにセットを終えた目標が青い点で表示されているので、赤の点だけをセットすればいい。

 しかも、今回は事前にほとんどの空母の位置を把握済みなので、単純配分するだけでいい。

 マウス操作によって目標とミサイルのひとつずつを交互にクリックするだけで、自動的にセットされる仕組みだ。

 明子は手早くクリックを続ける。ときには焦りのためにカーソルが外れ、やり直しになった。

「焦らないの!」

 自分に怒りをぶつける。

 明子の作業が完了すれば帰還できるだけに、余計に焦ってしまうのだ。

 最後のクリックを終えた。

「機長、全部完了しました!」

「よしっ、これより帰還!」

 敵空母から、グラマンとおぼしき戦闘機が発艦を始めていた。

「早く命中して!」

 遅くなればなるほど、多くのグラマンが飛んで来るのだ。祈らずにはいられない。

 ハープーン対艦ミサイルによる戦果を見届けたいという気持ちもあるが、山田機長と将来の約束を交わした上は無事に帰還することのほうが先決である。

 P3Cは上昇を続けながら、旋回して針路を反転させた。あとは、味方の戦闘機隊の傘の下まで到達するのが先か、グラマンの追撃が先かの競争だ。

 本来、四発のプロペラ機であるP3C対潜哨戒機の最大速度は、単発で小型のF6Fよりも速い。だが、ミサイル誘導のための特別装備を施されたこの機体の速度はグラマンと互角だった。

 運を信じるしかなかった。

 その間にも対空砲火を集中して浴びせられた。それでなくとも左翼の一部が欠損しているP3Cは、砲弾の炸裂のたびにバランスを崩して失速しそうになる。

 支援のためのF22ラプター戦闘機が普天間基地から発進する約束の時刻は、すでに五分も過ぎていた。

 そのとき突然、腕時計を確認していた明子は真下からの強い衝撃を受けた。まるで座席ごとどこかへ放り出されるようなショックだ。

「垂直尾翼、欠損!」

 機の後部にいる対潜哨戒員の報告がレシーバーから聞こえてきた。

「冗談でしょう!」

 垂直尾翼がなくなったら、針路を定めることができなくなってしまう。

 だが、山田機長にあわてた様子はなかった。さすがに特殊任務の機長に選ばれただけあって、落ち着いている。

「了解! 万全を尽くすから安心してほしい」

 こんな緊急時にもかかわらず、柔らかな口調だった。

 だが、グラマンの一機が早くも追いすがっていた。

 もともとP3C対潜哨戒機に搭載されている武器というのは、対潜魚雷と爆雷が主のため対艦ミサイルは少数である。今回の特殊任務に際しては少しでも身軽にするために、それらも搭載していない。

 機銃などはそもそも皆無だった。敵戦闘機からの襲撃には、ひたすら逃げるしか能がない機なのだ。

「お願い!」

 いかにも女性らしい甘えた願いが、どうしても口から出てしまう。やっぱり女はダメだ、と男性の自衛官たちから言われても仕方がない。

 グラマンが飛来したおかげで対空砲火がピタリと止んでくれたのはよかったのだが、直進しかできない大型機が逃れる方法などどこにあろう。

「所詮はこういう運命なのね」

 縁談が取り消されなかったら、奇しくも今日が挙式の日だった。そんな日に戦死するなんて、あまりにも整合性のとれた運命ではないか。

 しかも、新たに結婚の約束をした男性と結ばれないままに……。

 そう思ったときから明子の腹は据わった。もうレーダー員席にいる必要はないので、後部まで行って垂直尾翼の欠損状態を確かめることにしたのだ。

 なるほど、垂直尾翼の上半分以上がむしり取られていた。これでは針路を定めることなどできそうにない。

 そのとき、P3Cの真後ろにピタリと着いたグラマンが機銃を発射してきた。プスプスという音を立てて銃弾が機体にめり込んでくる。

 外殻を貫通した銃弾が、明子を掠めてソノ・ブイ投下装置に当たった。装置に当たって跳ね返った銃弾が、無慈悲にも対潜哨戒員を襲う。

「うあーっ!」

 通路に真っ赤な鮮血がほとばしった。対潜哨戒員の右手は、ダラリと垂れ下がったままだ。

 おそらく、自衛隊で最初の戦死者であろう。明子とは別の基地から志願してきた隊員だったので話したことはなかったが、全員の無事な帰還を夢に描いていただけに悔し涙がこぼれてくる。

「見てなさいよ!」

 明子は即座に一計を案じた。一方的にやられるばかりではないことを、グラマンに教えてやるのだ。

「切り離しのレバーはどこっ!」

 明子が探したのは、機の最後部に細長く突き出しているMADと呼ばれる対潜用の磁気探知機を切り離すためのレバーだった。

「あった!」

 明子は思いっきりレバーを引いた。

 それによってMADがスルスルと後方へ置き去りにされていったと思うと、迫り来るグラマンと正面衝突した。

「やった!」

 MADの長さはグラマンの半分ほどもある。それがぶつかってきたのだ。プロペラが破損し両翼がひしゃげてしまったグラマンは、途端に失速を起こして落ちてゆく。

 だが、すぐに別のグラマンが迫ってきた。MADのあった機体後部が丸い小窓のように開いてしまっているため、明子のいる所からはグラマンが直接見える。

 二機目のグラマンが射撃を開始した。今度は銃弾を遮ってくれる部分がないので、明子はとつに機材の陰へと転がった。

 銃弾が通路の床で次々と跳ね上がった。生きた心地がしない。

「このままじゃ……」

 もちろんいいはずなどない。

 床に転がった明子の目に、壁面に固定されている消火器が映った。

「よしっ!」

 明子は銃撃の途絶えたタイミングを見計らって、消火器のノズルを機体後部に開いた穴に向けて一気にレバーを引いた。

 白濁した泡が、拡散しながら機の後方へと流れた。それがP3Cに追いすがろうとしていたグラマンを襲い、パイロット席の風防ガラスにベッタリと張り付いた。

 すっかり視界を奪われたグラマンは、P3Cへの追突を避けるために速度を落とさなくてはならなかった。

 ようやく安心できる状態になったとき、山田機長からレシーバーを通じて機内連絡があった。

「後方の海上を見てみるがいい。ハープーンが次々と命中しているぞ」

 機外に落ちないように注意しながら丸い部分から下界を見てみると、ハープーン対艦ミサイルが敵空母の飛行甲板に次々と命中して火災を発生させていた。

 駐機中のものや発進直前だった航空機が海中に吹き飛ばされたり、搭載している魚雷や爆弾が誘爆を起こしていた。

 おそらく、どの空母も応急修理では回復できないと思われた。一旦ハワイまで引き返して、本格的な修理をしなければならないだろう。

 明子は立ち上がってレーダー員席に戻ろうとした。だが、なぜか力が入らなかった。見ると、いつの間にか右足の足首付近から、鮮血が床に流れ出していた。

「あはは……」

 やはり、自分はそういう運命だったのか。

 意識が次第に遠のく中、レシーバーから山田機長の弾む声がした。

「聞いているかい! 君のお手柄だよ!」



『ミシシッピー』に続いて、『大和』は『テネシー』にも命中弾を与えた。両艦はたちまちのうちに炎上を始めた。

 直後、『テネシー』が大爆発を起こした。機銃座や高角砲座などが爆発とともに吹き飛んでいる。

 明らかに弾火薬庫の爆発だとわかった。『大和』の艦内から万歳のどよめきが湧き起こった。

 嬉しいニュースはまだ続いた。

「敵旗艦の沈没を確認!」

 報告してきたのは、艦橋最上階の方位盤室に陣取っていた村田大尉だった。低い位置にある夜戦艦橋から確認できないことも、最上階からは見えるらしい。

「長官、上へ移りましょう」

 すっかり夜が明けたことで、森下参謀長が伊藤中将に進言した。

「そうだね。一時的に指揮の空白ができるが、射撃は村田君に任せておけば大丈夫だろう」

 浅田一尉は村田大尉とは面識がなかったが、海軍一のひきがね引きとして海上自衛隊でも伝説の人物として語り伝えられていることは知っていた。

 この時代の主砲射撃の引金は引き方によって微妙に弾道が狂ったようで、村田大尉は独自の訓練器具を考案し、それを常に右手からは離さず、箸を左手に持ってご飯を食べたという。

「伊藤長官、お願いがあります」

 浅田は村田にどうしても会ってみたくなった。戦いが終わればゆっくり会えるのだろうが、戦闘中の村田を見てみたかったのだ。

「方位盤室へ行くことをお許し願います」

 伊藤長官が微笑ほほえみながら言った。

「きっとそう言うだろうと思っていたよ。だが、方位盤室は狭いから、村田大尉の邪魔をしないようにな。それから、決して君から話し掛けてはいけないよ。村田大尉は集中力を要する役目に就いているのだからね」

「はい、断じて邪魔はいたしませんし、すぐに戻って参ります」

「じゃあ、村田大尉に叱られないよう、神君が一緒してくれたまえ」

 浅田には、伊藤長官があっさり承認してくれたわけがわかった。連合艦隊司令部から派遣されたお目付け役の神大佐が煙たいので、ほんのわずかな時間でもていよく追い払いたいのだろう。

 神が一瞬驚いたのは、いかに連合艦隊から派遣された神でも、戦闘中の方位盤室へ入ることは本来許されることではないからだ。

「承知しました。向こうの邪魔にならぬうちに戻って参ります」

 だが、エレベーターで最上階へ着いたとき、先に下りた神大佐が村田大尉に一喝された。

「馬鹿もん! 連合艦隊の参謀たる者が、時と場所をわきまえんか!」

 村田のほうが神よりも三階級も下である。しかも、泣く子も黙るほどの神大佐を叱り飛ばすとは、村田大尉も肝が据わった人物であった。

「村田よ、そう怒るな。ほら、珍しい客人だぞ」

 神に紹介されて、浅田は敬礼しながら自己紹介した。

「ほほう、君が海上自衛隊から派遣されたという人物か。ゆっくり話をしてみたいと思っていたが、今はダメだな。あと二隻仕留めにゃならんからな」

「ここで見学させていただきます」

「馬鹿野郎! 気が散るじゃねえか! 早く艦橋へ戻れ。話はあとだ」

 神大佐もタジタジで、引き上げるしかなかった。とはいえ、村田大尉の口調には自衛隊へのけいの念がこもっていて、決して不快に感じたわけではない。むしろ酒でも飲みながらひと晩語り尽くしたいほどの人物のように思われた。

 浅田と神が昼戦艦橋へ戻るまでの間に、村田は残る『メリーランド』と『ウェストバージニア』にもそれぞれ数発の命中弾を与えていた。

 撃沈したのは六隻のうち一隻だけだったが、必ずしも撃沈する必要のない戦いだと村田大尉も心得ているところが嬉しかった。

 もう、この戦艦部隊は菊水部隊の敵ではない。

「浅田一尉よ、もうひとつ嬉しい知らせだ」

 森下参謀長がイージス艦『はくば』からの通信文を渡してくれた。漢字とカタカナとの混合文なので読みにくいが、ハープーンミサイルで敵空母の飛行甲板を使用不能にした、とある。

「ハープーンとは、どのような兵器なのかね?」

 伊藤長官が浅田に尋ねてきた。

「射程が一五〇キロほどの対艦用ミサイルです。哨戒機からのレーダー誘導によってほぼ真上から命中しますから、撃沈できないまでも空母の飛行甲板を突き破って機体格納室で炸裂し、飛行甲板をめくり上げるほどの威力があります」

「しかし、空母だけをどうして狙えるのかな?」

「目標は敵上空で待機している哨戒機が決めますので、外すことはありません」

「なるほどな。七〇年という間には、兵器もずいぶん進歩しているようだね。それを聞いて安心したよ。陛下が戦後もご無事でおられるというのもやっと納得できる」

 伊藤長官は、こうした戦果を上げ得たとしても最後には日本が負けるという予想を覆すまでには至っていないのだろう。ただ、戦後がかえって繁栄しているとの浅田の説明を、兵器の進歩によってようやく納得できたようである。

 残る敵は何隻かの正規空母と八隻の新型戦艦部隊、そして六隻一群の護衛空母部隊のみだ。

 だが、護衛の艦艇を含めると、それでも大兵力であるのに間違いはなかった。



 イージス艦『はくば』の葛西艦長が娘明子の戦死の知らせを受け取ったのは、ハープーン攻撃が成功して艦全体が喜びに沸いている最中であった。

「そうか。明子が……」

 予感していたとはいえ、肉親を奪われた悲しみはこのうえなく大きい。

 だがそれは、この時代に生きた人々が等しく味わったであろう悲しみでもあった。

「葛西艦長、済まん」

 艦隊司令の津島海将補が、脱帽して葛西に頭を下げた。

「いえ、司令の責任ではありません。娘でなければ他の誰かが犠牲になったのでしょうから、艦長の責任では……」

 ありませんと言いたいのに、最後のほうは言葉にならなかった。

 ただ、せめてもの救いは、金武湾に無事着水を果たしたP3C対潜哨戒機の中から明子の遺体が収容されたことであった。

 戦時中にはほとんどの遺体が収容できず、代わりに戦地の石ころが遺族へ届けられたというから、葛西は他よりも恵まれていると思うしかないだろう。

 二一世紀で毎日見ていた太陽が、この時代でも少しも違うところなく東の水平線から顔を出したところだった。