第四章 闇を切り裂く砲火



「夜間哨戒機から緊急連絡です!」

 イージス艦『はくば』の津島海将補のところへ通信室からもたらされた電文は、スプルーアンス艦隊の全容を示すものだった。

「沖縄本島の東方一六〇海里、戦艦多数。きただいとうじま付近に空母八隻を含む部隊あり。南大東島付近にも空母六。その他……」

 上陸兵員を乗せた輸送船団は、これまで発見されてはいない。タイムスリップによって消えたのであればいいのだが、護衛の艦隊よりも前方に突出しているとは考えにくく、後方に控えているのだろう。

 とりあえずは本格的な上陸侵攻はなさそうだが、それよりも、真っ先に迫り来る戦艦部隊のほうが問題だろう。

「それにしても、『大和』の神首席参謀からは何も言ってこないが……」

 旧軍にあって海軍一の切れ者といわれた神大佐は、不気味にも沈黙を守ったままだ。

 どのような決戦構想を練っているものか、時代による戦略思想の違う自衛隊の津島には窺い知ることができない。

 戦艦『大和』を含む九隻の菊水部隊は、海上自衛隊の二〇キロほど前方にあって特別な動きを見せてはいなかった。

 しかし、そろそろ何か手を打たないことには、圧倒的な戦力のアメリカ軍に対してますます不利になるのではなかろうか。

 そう思っていたところへ、菊水部隊の伊藤司令長官から通信があった。

「我、これより敵戦艦を迎撃す!」

 力強い電文だったが、航空自衛隊の傘の下から突出するのだとすると、いかに『大和』とて危険極まりないことになる。

 津島は即座に返電した。

「突出するも、沖縄本島より二〇〇海里以内を厳守されたし!」

 航空自衛隊の戦闘機にはもっと航続距離があるのだが、基地と反復しての支援となると二〇〇海里以内が好ましいのだ。一海里は約一・八キロである。

 レーダー員によれば、敵戦艦部隊は一〇〇海里以内に迫っていた。巡航速度でも四時間以内には会敵する距離だ。

 だが、三〇分待っても伊藤長官からの返事はなかった。津島のアドバイスが神首席参謀によって無視された可能性が考えられる。

 神首席参謀は強引なことで後世まで有名であり、成算のまったくない沖縄特攻へ菊水部隊を差し向けたのも神大佐だと伝えられているのだ。

「浅田一尉を呼べ!」

 津島は誰かを再び『大和』へ連絡員として差し向けようと考えた。

 下士官以下では、相手から軽く見られるため士官が望ましい。それも、『大和』のメンバーたちにみのある人物が適任だ。

 津島は一瞬、ぼうみさき沖の『大和』艦上で空襲を経験した上坂一尉を差し向けようと考えたのだが、防空班から須貝三尉を引き抜いたばかりだった。そこで、もう一人の『大和』経験士官である浅田一尉に白羽の矢を立てたのだ。

「浅田よ、申し訳ないが、また『大和』へ行ってくれ。戦闘のアドバイスなど必要ないが、航空自衛隊の傘の下から菊水部隊を出さないようにしてほしいのだ」

「承知しました。自分も戦艦同士の砲撃戦を見てみたいと思っていたところです」

「それならよかった。浅田ばかりにあちこちと忙しい思いをさせて済まんな」

「いえ、それもこれも任務ですから」

 浅田は気持ちよく引き受けて、ヘリで飛び立った。あとは、神のみぞ知るだ。

 津島はまだ不足と考えて、航空自衛隊のてん基地へ連絡した。

「戦闘機隊はナパーム弾を搭載し、指示あるまで待機せよ!」

 航空自衛隊から、すぐに確認の通信が返って来る。

「ナパーム弾搭載で間違いなきや?」

「間違いない。通常の対艦ミサイルを全部下ろしてナパーム弾を搭載せよ!」

 皆で知恵を絞った結果でも、ナパーム弾使用以上の名案は浮かばなかった。

 しかし、敵戦艦を撃沈に至らしめないナパーム弾では決して名案と呼べるものではない。

 一時的に戦闘力を奪うだけかもしれないし、使ってみないとわからないというのが本当のところだった。

「葛西艦長、あと一時間ほどでハープーン攻撃を開始する。目標は敵空母だ!」

 津島は次々と命令を発する。それは自分自身の不安感をぬぐうためでもあった。

 命令を受けて、葛西艦長が言った。

「ハープーン攻撃はわかりましたが、衛星誘導が使えませんから命中率は格段に落ちます。それに……」

「それに?」

「はい、レーダーで捉えている目標が多すぎますので、その中から空母だけを特定するのは困難かと……」

 レーダースクリーンに映し出させている敵は、無数と言っていいほどあった。しかもどれも同じ光点であり、大型艦だからといって大きな光点というわけではない。葛西艦長の指摘はたしかに間違ってはいない。

 とはいえ夜明け前に敵空母の飛行甲板を叩いておかなければ、『大和』は空襲の対処に忙殺されて本来の戦闘力を発揮できなくなる恐れがある。

「もっともだ。そこで、P3C対潜哨戒機を敵艦隊の上空まで飛ばして誘導させようと思うのだが」

「それなら命中率もアップするでしょうけれど、そのP3Cは無事ではないと思います」

「そうであろうな。対空砲火を集中的に浴びるのは避けられまい」

 自衛隊最初の戦死者が出るかもしれなかった。それでも命じなくてはならないところが、艦隊司令という立場にある者の苦悩である。

「では、なぜ?」

「大勢の島民を守るためだ。自衛隊員よりも先に島民に犠牲者を出してはならないからだよ」

 それこそが自衛隊の役割であった。もちろん葛西艦長もそこは理解していて、他に方法はないものかと津島に再考を促しただけなのである。

「わかりました。ハープーンの準備をさせましょう」

 葛西艦長が、悲痛な表情で了承した。



「まるで見たことのない動物ばかりだわ」

 安藤由紀は、部屋の周囲に陳列してある十数体の標本に目を見張った。

 古代の生物かといえば、そうではない。図鑑などにも載っていない動物ばかりなのだ。

 たとえば、正面の大型動物などは体格が由紀よりも大きいにもかかわらず、ウサギのような長い耳をして優しい目をしている。かといって巨大なウサギなのかといえば、鋭い爪と牙を持つ猛獣なのだ。

 また、左側の壁面のところにある標本は、ライオンのような顔でありながら象のような長い鼻を持ち、細長い尻尾は二メートルほどもある。

 副隊長の若宮が言った。

「これは、古代人が遺伝子を操作して作り出した動物たちかもしれんぞ」

 だとすれば、古代人の科学力はやはり現代人よりも優れていたのだろうか。

 隊長の古田が、若宮と違う意見を述べた。

「そういうことも考えられますが、他の惑星に棲息していた動物たちという可能性はないでしょうか」

 これは、古代人に現代人以上の科学力があったとする意見になる。惑星間移動ができたとすれば、地球から一番近くの月へやっと数人送っただけの人類など及ぶところではないからだ。

 しかし由紀は、二人とは違う印象を持った。

「いいえ、この動物たちは普通に生きていたのだと思いますわ。人工的な改良など施されずに、このままの姿で」

 由紀がそう思ったのは、遺伝子を操作したり異星からわざわざ連れてくるに足る理由が見当たらなかったからである。

 なにしろ、どう見ても家畜に適した動物には見えないのだ。人の役に立ちそうもない動物を、わざわざ作り出したり連れてきたりする必要などあるまい。

 由紀は確信した。この動物たちはムー大陸にしか棲息していなかった種で、なんらかの原因によって大陸が水没する際に、海水に侵されることのないピラミッドに収容されたに違いない。

 つまり、このピラミッドはノアのはこぶねなのだ。

 とすると、ノアに相当する人物の白骨遺体がどこかにあってもおかしくはない。さきほどの白骨がそうなのだろうか。

 由紀は自分の意見を述べてみた。

 すると、真っ先に藤崎直行が賛成した。

「きっとそうですよ。あの遺体がノアだと思いますね」

 二人の考古学者も、由紀の意見のほうがより現実味があるとして方舟説に賛成した。

 ただし、ピラミッドの深部から由紀を呼んでいる者が別にいるとなると、あの白骨遺体はノアではないのだろう。

 藤崎がすべての動物標本を写真に収めた。若宮といえば、相変わらずバインダーの用紙に筆写している。

 珍しく若宮が、休憩しようと言った。

「ここは広いから休憩するにはいいぞ」

 朝が早かった由紀にとって、歓迎すべき提案であった。あの狭い通路よりも、心地よい眠りをもたらしてくれそうだ。

 古田が即座に賛成した。

「ここで朝を迎えよう。この先には休める場所がないかもしれないからね」

 話はまとまった。

 また皆でブルーシートを敷き、寝袋を広げる。

 眠りに入るのは簡単だった。ただ横になるだけで意識が遠のいてゆくからだ。それだけ疲れているのであろう。

 しばらくして、小さな余震を感じて由紀は目を覚ました。皆は昼間からの疲れで泥のように眠っている。

 よく見ると、若宮の寝袋がカラになっていた。

「用足しかしら」

 とりわけ不思議には思わなかった由紀は、起こしかけた上半身を寝袋の中へ再び沈めた。中からファスナーを閉めようとしたとき、由紀は思い出した。

「まさか!」

 そういえば、若宮が階段を通り過ぎた向こうの通路をしきりに気にしていた。お宝がどうとか言っていたのを思い出したのだ。

 由紀は手探りで懐中電灯を手繰り寄せると、眠っている皆を起こさないようにそっと階段を下りてみた。

 数歩行っただけで、通ってきた通路と反対側の闇の中で小さなライトが不規則に動き回っているのが見えた。

「やっぱり!」

 危険な場所だと教えておいたはずである。だからこそ若宮は、抜け駆けしようと皆に休憩を提案したのだ。

 早く止めさせなければならなかった。

 しかし何が出てくるかわからない場所で、大声を出すことははばかられる。

 かといって懐中電灯だけが頼りの闇の中では、走ることなどできない。

 前方のライトが突然消えた。若宮がどちらかへ曲がった証拠だ。

 由紀がようやく曲がり角付近まで来たとき、突然左手のほうから若宮の悲鳴が聞こえてきた。

「若宮教授せんせい、どうなさったのですか!」

 由紀は初めて大声を出した。

「うあーっ!」

 パシパシッという音がして付近一帯が一瞬明るくなったが、由紀が角を曲がったときには音も光もすでに消えていた。

「若宮教授!」

 若宮の叫び声がしたほうへ由紀がライトを当てると、闇の中から浮かび上がったのは、昼間にマイクロスコープで見たケルベロス像の足だった。

「あっ!」

 うろこ状の巨大なケルベロス像の足元に、若宮が倒れていた。

 しかも、全身の皮膚という皮膚が焼けただれていて、着衣からは焦げ臭い匂いを放っている。

 何人かが由紀の声で駆けつけてきた。

「どうしたのかね、こんなところで」

 古田隊長の問いにも由紀は声に出せなかった。ただ若宮の焼死体を指差すのが精一杯だった。

「ぐっ、これは感電死じゃないか!」

 古田がそう叫んでから、若宮の遺体から上のほうにライトを向けた。

 そこにぼんやりと浮かび上がったのは、犬のような格好をした巨大なケルベロスのおぞましき顔であった。



 浅田は戦艦『大和』に到着すると、艦橋へのタラップを駆け足で登った。

「伊藤長官、海上自衛隊の浅田一尉です。津島海将補の命令により、伝令として参りました」

 艦橋には他にも森下参謀長や有賀艦長などが並んで立っていた。神首席参謀は海図台の前にいたが、皆が一斉に浅田のほうを振り向いた。

「伝令とはご苦労。それで、いかなる用件であろうかな」

「はい。津島海将補が申しますに、菊水部隊には沖縄本島より二〇〇海里以内にて戦われますように、とのことであります」

「二〇〇海里だと?」

「はい。それが航空自衛隊が基地と反復して支援できる距離であります」

 ここで、神首席参謀が口を開いた。

「自衛隊機は、性能は高いが航続距離に難点があるというわけだな。我が零式艦上戦闘機であれば、一〇倍の航続距離を持っておるのにな」

 浅田はすかさず反論した。

「いえ、主力のF15イーグルの航続距離は零戦の比ではありません。二〇〇海里と申し上げましたのは、燃料やミサイルの補給上の問題でして、空中給油機を使いましたならハワイまででも行けます」

「おお、真珠湾を再び攻撃できるとな?」

「ですが、実際には無理です。一人乗りですのでパイロットの体力がもちませんので」

 実はそんなことはどうでもいい。とにかく戦艦『大和』以下の菊水部隊を、航空自衛隊の傘の下から出さないことが大事なのだ。

 伊藤長官が言った。

「敵戦艦部隊が接近中であると、貴艦より報告があった。我々は、我々として戦いやすい場所を選びたいのだが」

 伊藤長官が言うには、大型の『大和』が座礁する心配のない海域であることと、万一空襲が重なった場合でも全速力の回避運動ができる広い海域を選びたいとのことであった。

 つまり、本島から近ければ近いほど海図には記されていない小さな珊瑚礁帯があるので、なるべく遠くで迎撃したいというのである。

「おっしゃることはよくわかります。けれども、ここから一〇〇キロ以内には暗礁などありません。自衛隊が長年かけて調査いたしました」

「うむ。ならば、津島海将補の助言に従うとしよう。神大佐もそれでよいな?」

「異存はあいもはん。そん代わり上空のことは任せもすぞ」

「はい」

 これで役目は済んだ。

 しかし、『大和』に残って戦艦同士の砲撃戦を体験したいという気持ちが強い。

 浅田は一緒に艦橋まで来たヘリの副機長に告げた。

「私はしばらく残って見届ける。津島司令へはそう伝えてほしい。それから、一応は突出を思いとどまっていただけたとも」

 浅田は副機長を帰し、あらためて伊藤長官へ願い出た。

「しばらくここにいては邪魔でしょうか」

 伊藤長官が微笑ほほえみながら答えた。

「いや、邪魔なのは神君のほうだよ。わざわざ内地から監視のために来ているのだからね」

 すると、神大佐が子供のような膨れっ面をして言った。

「そげんこたあ、あいもはん!」

 皆が笑った。

 決戦前夜らしからぬなごみだった。



「感電死!」

 由紀はあまりにも衝撃的なことに、そう叫んだまま全身を硬直させた。

 あれほど警告しておいたのに、止め得なかった責任を感じずにはいられない。

「由紀さんの責任じゃない。若宮先輩が勝手に行動した結果なのだから、由紀さんは気にしちゃいけませんよ」

 古田隊長が、由紀の心情を計らって言ってくれる。

 しかし、死人が出たというのに、どうして他人ひとごとのように済ませることができようか。

「古田さん、私……」

「いや、ケルベロス像に触れてはならないと由紀さんは事前に警告していたはずだ。由紀さんに責任はない。あるとすれば、隊長の私にある」

「でも……」

 由紀は巫女みことしての責任も感じていた。この遺跡が巫女の所有物でないとはいえ、遺跡へ巫女以外の人間が入ることを許した責任はあろう。

 泣き出しそうなところへ、藤崎が言った。

「そうですよ、由紀さんの責任じゃありません」

 藤崎も、今にも泣き出しそうな顔をしていた。信頼していた恩師を失ったばかりか、考古学研究会の存続にも不安を感じているのだろう。

「ありがとう、みんな」

 由紀の目から涙がこぼれ落ちた。学生たちもみんな泣いている。

 古田だけはわりと冷静だった。

「みんな、こんな場合だが調査は続行したいと思う。警察へ届けようにも外に出るには壁面を爆破するしかないが、そんな時間ももったいない。どうかね、この際、感電事故ということにしては?」

 まだショックから立ち直れない皆は、古田の提案に答えるどころではなかった。

 藤崎がかなり間を置いてから言った。

「それがいいですね。機材の操作を誤ったことにして、先へ行きましょう。警察への届けはあとでもいいと思います」

 学生たちが泣きながらうなずいた。

「では、若宮教授の遺体を入口の扉のところまで運ぼう。手を貸してくれ」

 古田が言った。

「あ、それから、絶対にこの像に触れるなよ」

 学生たちは無言のまま若宮の遺体を運んだ。入口のところで遺体がブルーシートで包まれた。

「悪いですが、しばらくの間ここで待っててください」

 古田の合掌に合わせて、皆が若宮の遺体に手を合わせた。

 それから一行は吹っ切れたように標本室へ戻ると、再び先を目指した。

 ショックを和らげるために標本室で少し休んでからの出発であった。

 歩き出したとき、藤崎が言う。

「それにしても、人間を感電死させるほどの電圧を生む力があるなんて、どういう仕掛けになっているんでしょうね?」

 由紀もその点には驚いていた。

 古田が答えた。

「それを解明するのが調査の目的でもあるんだ。あの場所には巨大なケルベロス像が二体あっただけだったから、答えはもっと上のほうにあるのだと思うよ」

 二体のケルベロス像はまるで神社のこまいぬのように向き合っていて、片方が口を大きく開け、もう片方は口を閉ざしていた。

「狛犬……、そうよ。きっとあれが狛犬の原型なんだわ!」

 由紀は思わず叫んだ。

 古田がげんな顔で由紀に言う。

「狛犬だって! そうか、そういえばそんな感じがしましたね。ということは、この遺跡の住人たちは明らかに日本人の先祖ということだな」

「ええ、日本人の私が巫女なのですから、そうだと思います」

 由紀の実家では何代かごとに、不思議な予知能力を備えた女の子が生まれたという。古代人が、日本人もしくはりゆうきゆうじんの先祖であるのは間違いないところだろう。

 標本室から階段の反対へ出たところから、また回廊になっていた。天井は今までの回廊よりも一段と低く、幅も狭い。断面で表わすと、二メートル角の正方形の中を歩いていることになろうか。

 やがて、回廊は上りの斜面になった。闇に目が慣れたせいか、皆の姿が輪郭として見えるようになってきた。

「なんだか、明るくなってきませんか」

 藤崎が言った。

「ええ、私も感じていたところです」

 由紀は、目が慣れたせいではないことを悟っていた。多分、上り切ったところには何らかの照明があるに違いない。

「やっぱりそうか。気のせいじゃなかったんだ」

 だが、由紀を呼んでいる者の所在は、そこではなかった。呼ぶ声はまだずっと奥深いところから聞こえているのだ。

 ところが、皆が上り切ったところにも驚くべき事象が待ち受けていたのである。



「なるほど、日本の自衛隊がビビッているのも当たり前だな」

 中国海軍原子力潜水艦の王艦長は、赤外線潜望鏡から見える東の水平線上に、アメリカ軍の小型空母部隊を発見した。

 いわゆる貨物船を戦時改造したという護衛空母だったが、二列縦隊で六隻もいるとさすがに脅威を感じた。しかも数隻の駆逐艦が周囲を警戒しているのだ。

 海上保安庁の柳瀬一等海上保安正から聞いていたところでは、アメリカ軍には少なくともこのような護衛空母部隊が二群存在しているとのことだった。

 一群でも六隻合わせると三〇〇機近い航空兵力を搭載していることになるのだから、自衛隊でなくとも脅威に感じるのは無理からぬことだ。

 しかし、王艦長には三発の核兵器という切り札がある。この最後の手段があるのだから、それを持たない自衛隊と比べると、余裕の点ではかなりの開きがあった。

「魚雷は装塡済みだな?」

「はい」

 水雷長に艦内電話で確認すると、王艦長は発射のタイミングを図りに入った。

 目標を追跡命中してくれるホーミング魚雷はあるのだが、残念ながら中国製のものはまだその性能を信頼することができない。実験結果でも五分五分の成果しか上げていないため、実戦配備されているホーミング魚雷の多くはフランス製だった。

 しかも高価なために配備数が少ないのだ。

 ホーミング魚雷は正規空母を目標にするときまで取っておきたかった。

「四……三……二……」

 敵空母が潜望鏡スクリーンのクロスターゲットと重なった。

「五番六番、発射!」

 王艦長は二発だけで充分と考えた。元が貨物船なのだから、撃沈できないまでも戦線離脱は確実なはずだ。正規空母を相手にするときまでは、限りある魚雷数を無駄にはしたくない。

「次だ!」

 命中を確認する前だが、矢継ぎ早に発射してしまわないことには駆逐艦がやってきて邪魔をされてしまう。

「四番三番、発射!」

 空いた発射管には、即座に予備魚雷が装塡されていく。

「二番一番、発射!」

 これで全門発射したわけだが、敵空母はあと三隻残っている。

「クソッ、間に合わないぞ!」

 夜間ゆえに敵駆逐艦も命中するまで気づかないだろうが、残りの三隻は二列縦隊の向こう側に位置しているため、狙うにはこちらの位置を変えなければならなかった。

「針路南南東! 急げ!」

 転舵して間もないうちに、最初の二発の命中が確認できた。敵空母は大爆発のあとに火災を発生させ、見る間に傾いてゆく。

 護衛の駆逐艦たちが、あわててこちらに向かってきた。

「一旦潜航するぞ! 深度八〇だ!」

 爆雷攻撃は恐れる必要がないが、潜望鏡深度のこのままでは砲撃を食らってしまう。高い水密性が必要な潜水艦は、わずかな衝撃でも致命傷になるのだ。

 深度八〇メートルは、この時代の六〇メートルで炸裂する爆雷の影響から逃れるギリギリの深さであった。そのギリギリの深度にしたのは、再び攻撃できるまでの浮上時間を短縮したいがためである。

 二隻目にも命中した。命中音が潜航中の艦内に伝わってくる。

「フン、この時代ではアメリカ軍でもソナー性能はよくないようだな。駆逐艦が見当違いの場所へ向かっているぞ」

 コンピューターの画面が、潜望鏡深度のときに割り出した敵艦の針路予想を表示していた。魚雷が進んでくる先をたどるのは、駆逐艦にとっては当然のことだ。

「ならば、もっとかくらんしてやるか」

 潜航中に敵から逃れる手段として、潜水艦は擬似パルスなどを発する擬似信号筒というものを何発か搭載している。

 それは魚雷状の格好をしていて、スクリューによって潜水艦程度の水中速力で走るようにできていた。わざと見つかりやすいように、発射の五分後から不規則なパルスを発するのだ。

「ようし、一番は擬似信号筒に換装だ!」

 駆逐艦さえ遠くへ去ってくれれば、残っている三隻は容易に始末できる。

 ほどなく換装完了の報告があった。と、同時に三隻目にも命中した音が伝わってきた。

「一番、発射!」

 擬似信号筒が発射管を飛び出し、南西の方角へ向かって八ノットの速度でゆるやかに突き進んでゆく。

 そして約五分後からは、不規則な信号や音を発し始めた。

 それはまるで潜水艦がそこにいるかのような錯覚を起こさせるもので、この時代の駆逐艦の聴音員をたぶらかすには充分であろう。

 案の定、駆逐艦らのスクリュー音がその方向へと導かれ始めた。明らかに原潜から遠ざかり、やがては虚ろな爆雷の炸裂音が轟いてくる。

「成功だ! 残っているヤツを仕留めよう」

 王艦長は潜望鏡深度を命じた。

 潜望鏡の先端が海面上に顔を出したとき、三隻の敵空母が水平線上で燃え盛っているのが見えた。

 残っている駆逐艦は三隻だったが、被害を受けた空母の乗員救助にあたっているらしく、王艦長の原潜を攻撃する余裕はなさそうだ。

 原潜は水中二五ノットという高速を生かしてなるべく逆側へと回りこむと、三隻の目標に向けて二発ずつを発射した。

「よしっ。これで党の幹部入りは間違いなしだぞ」

 王艦長は時空の歪みが元に戻ったときのことを考えると、興奮を抑えきれずに床を二回も強く踏み鳴らした。



 普天間基地から一機のP3C対潜哨戒機が飛び立った。

 普天間基地は在日米軍の再編成のときに日本へ返還されたのだが、以後は民間と航空自衛隊の共用飛行場として運用されている。

 タイムスリップ以降は民間機の離発着はなく、沖縄県内の離島への連絡便も途絶えていた。

 P3Cの乗員に選ばれた一一名は、いずれも志願者たちであった。独身で子供のいない者が志願できる条件だったのだが、どういうわけか女性隊員が一人選ばれていた。

 その女性、葛西明子はイージス艦『はくば』の葛西艦長の次女である。

 明子はサッカーの日本代表が試合をするときには日の丸を持ってスタジアムに応援に駆けつけるほどのサッカーファンであり、愛国心旺盛な二二歳だった。

 明子が父親に内緒でこの危険な任務に志願したのは、決まっていた縁談が昨年の暮れに破談になったのが大きな要因だった。

 本当ならば今日が挙式の日だった。相手の男性の浮気という裏切りさえなければ、今頃は二一世紀の東京で、両親にこれまで育ててもらった感謝の言葉を述べていたであろう。

 破談になっていなければ父の正一郎は挙式に出るために東京に残っていたはずで、『はくば』へ赴任する予定だったとしてもタイムスリップという事象には巻き込まれずに済んだはずだった。

 破談になったばかりに、父娘の運命は大きくもてあそばれたのだ。

 明子が婦人自衛官の採用試験を受けるとき、母や姉が猛反対する中を父だけは賛成してくれた。

 経済不況のために就職先がなかなか決まらないという世情も、父を賛成に導いたのかもしれない。また、危険が伴う職務としての自衛官の父を家族の中で唯一理解していたのが明子だったから、父も明子の進路に賛成してくれたのだと思う。

 だが、タイムスリップによっていきなり戦時中に放り出されたとき、明子は自分の運命が二転三転していることを感じた。

「二一世紀にはもう戻れないかもしれない」

 その思いは強い。戻れるなどと誰が保証してくれるだろうか。

「私が死んだら父は嘆き悲しむかもしれないけれど、気持ちはきっとわかってくれる」

 最後に一度だけ会いたかったが、互いに国防を担うものとして、父も明子の戦死は覚悟しているはずだ。

 いや、自衛官というのはそうでなくてはならなかった。日々いたずらに国民の血税を使って戦争ごっこをしているわけではないのだ。

 P3C機内での明子の役目は、レーダー誘導員と決められた。護衛艦隊から発射されるハープーン対艦ミサイル群を、敵空母へと命中誘導させるという重要な役目である。

 他の一〇名の搭乗員たちは、明子も含めて沖縄駐留の諸部隊からの寄せ集めだった。明子が葛西艦長の娘であることを知る者は、明子と同じ石垣基地から志願したP3C機長の山田二尉だけであった。

「葛西二士、ちょっといいかね」

 山田機長が操縦を副機長に任せて、レーダー員席までやってきた。コクピットの後ろが通信員の席で、その後ろがレーダー員席だ。

「はい。なんでしょう?」

「親父さんと別れの通信をしたければ、今のうちにしておくんだな」

 機内にいるのは皆独身で、それぞれの故郷に家族がいるから、全員がタイムスリップによって七〇年という時空を隔てて家族と別れているのだ。家族が一緒にタイムスリップしてしまったのは明子だけであった。

「いえ、父も自衛隊の要職にある者ですから、私の死は覚悟しているはずです。それに……」

 別れの通信などすれば、父が動揺してイージス艦『はくば』における判断を誤るかもしれない。

 それに、明子だけが私用で通信するなど許されるはずがなかった。たとえ機長の許可があったとしてもだ。

「わかった。君の覚悟のほどは皆の見本にすべきだよ」

「山田機長こそ、最後のメッセージを伝えたい人はいないのですか」

 三二歳で独身というのは男性として珍しくはないが、非番のときに通う飲み屋あたりに馴染みの女性がいてもおかしくはない。山田機長は優しくて包容力があり、いかにも女性にモテそうな感じの男性だ。ルックスも悪くない。精悍な容貌は、明子でもときには心をときめかせることがあるほどだ。

「いいや、その必要はないのさ。だって、一番大切に想う人と一緒に最後の出撃をしているのだからね」

「えっ!」

「そうだよ。最後だから伝えておきたかった。もしも無事に戻れたなら、僕と結婚してくれないかな」

 途端に、どうしようもなく山田機長のことが好きになった。好きを通り越して愛している。

 いや、それでも足りなかった。愛してるなどという俗な表現では言い足りないほどに、身体の芯までがとろけてしまいそうな感覚に襲われていた。

「ああっ!」

 涙腺が空になってしまうほどの涙があふれ出てくる。こんな時と状況でなければ、どんなに幸せだったことだろう。

 とはいえ、これまでの明子の人生の中では紛れもなく今が一番輝いていた。輝きすぎて、あっという間に燃え尽きてしまいそうなほどだ。

 この瞬間から、明子には生への執着が芽生え始めていた。御国のため、沖縄県民のために美しく散りたいという捨て鉢な考えを押しのけ、たった今湧き上がった希望が明子の心全体を支配しようともがき始めている。

「ありがとう、機長。私、とても嬉しいです」

 明子が最後まで言わないうちに、山田機長の腕が明子の上半身を優しく包んでいた。



 イージス艦『はくば』の葛西艦長は、ハープーン対艦ミサイルの敵空母への誘導を担うP3C対潜哨戒機の乗員に、娘の明子が志願したであろうことは予想がついていた。

 父親の職業を至高のものとして全面的に理解してくれた明子のことである。旺盛な愛国心と責任感の強さから、おそらく真っ先に手を上げたのではなかろうか。

 葛西はしかし、志願者の中から女性が除外されることを願っていた。

 いつの時代のどこの国でもそうだが、女性兵士をあえて最前線へ投入することなどないはずだ。

 それが唯一の希望だった。次の海戦で『はくば』とともに葛西は人生という舞台から退場するかもしれないが、せめて明子だけは生き残ってなんとか二一世紀へ戻ってほしかった。

 もしも明子までが死んだなら、誰が葛西の死に様を伝えてくれるというのだろうか。

 葛西はP3Cへ確認の通信を行ないたいという誘惑をこらえて、むしろ忘れるために次々と艦内へ指示を伝達する。

「ハープーンの点検報告をせよ!」

「夜間見張員を増員!」

 葛西の焦燥にも似た感情は、津島司令に伝わらないわけがなかった。

「葛西よ、もしかして娘さんのことを心配しているのか」

 葛西は答えなかった。いや、答えられなかった。

「やはりそうか。万一のことがあれば、私を恨んでくれてもいいのだぞ」

 葛西は津島の覚悟のほどを、初めて見た気がした。恨むもなにも、それは葛西と津島の二人ともが生き残っての話だろう。

 津島司令も死を覚悟していたとは、少なからず驚かされた。沖縄の防衛に自信ありげだったこれまでの態度からは、想像すらできなかったのだ。

 とはいえ、最高司令官たる者は、いかに自信がなくとも部下に対してはそうあるべきなのだろう。動揺がさらなる動揺を生まないためにも、自信満々な顔をしていなくてはならないのが上に立つ者の責務なのだ。

 ならば、葛西も悲しい顔をしていてはならなかった。いつものように笑顔で部下たちに接し、不必要な指示を無闇に与えてはならない。

「司令、申し訳ありません。私が間違っておりました」

「何のことだ?」

「いいえ、心の中のモヤモヤが吹き飛んだだけです。それよりも司令、中国の原潜がやってくれましたよ。我々の要望とは違いましたが、どうやら小型の護衛空母を六隻も撃沈してくれたようなのです」

 その報告は、少し前に夜間哨戒機からもたらされたものだった。明子のことばかり考えていたので、司令への報告がおろそかになっていたのだ。

「戦艦ではなく空母か。まあ、悪くはないか。敵に混乱を引き起こす役目は充分に果たしてくれているようだからな」

 中国の原潜がこのまま敵の空母を全滅させてくれれば、明子を死なせずに済むかもしれないという淡い期待が頭を持ち上げた。

 津島司令が、葛西の心情をまるでおもんぱかったように言った。

「潜航中の原潜とは連絡がつかぬし、王艦長は我々の要望を受け入れる意思はなさそうだ。きっとこのあとも空母を狙い続けるのだろうな」

「そう願いたいものです」

 葛西は正直に心の中を暴露した。そして、P3C対潜哨戒機が艦隊の上空を通り過ぎていった先の東の空を艦橋の窓越しに眺めた。

 東の空にはまだ星が輝いていた。あと二時間もすれば白み始めるだろう。ハープーンミサイルでの攻撃はその前に行なわなくてはならないから、明子の人生はあと二時間以内に凝縮されるのだ。

 葛西は覚悟を決めた。自分自身の覚悟はとっくに決まっているから、明子の分まで含めあらためて決意する。

「絶対に泣きはせぬからな!」



「敵戦艦発見!」

 戦艦『大和』の夜間見張員が叫んだ。

 夜間見張員の養成は、完全に光を遮断した部屋で二週間過ごさせ、闇の中で将棋が指せるほどにまで目を慣れさせるという。

 今、視力にすると五・〇という驚異的な目が、水平線上に出現した敵戦艦の特徴ある三脚マスト群を発見していた。

 浅田一尉も目を凝らしてみたが、浅田の目では海と空との境界線すら判別できない。星々の輝きが海面にも映し出されているからだ。

 この時代の航空機が夜間飛行を控えるのは、こういう事象に惑わされて海中に突っ込む恐れがあるからだった。

 ことに新米のパイロットなどは、旋回を終えたときに上下の感覚を失って空か海かがわからなくなることもあるという。

 ともあれ、期待と不安が同時に湧き起こった瞬間だった。世界一の戦艦『大和』といえども、多数の敵戦艦を相手に戦えるかどうかは戦史にも例がないのだ。

 伊藤長官が針路変更を命じた。有賀艦長がそれに応じて転舵を命ずる。

「取り舵一杯!」

 左へ九〇度折れるのは、後部の三番砲塔も戦闘に参加させるためだった。

「敵戦艦は六隻なり!」

 見張員が敵の詳細を報告してくる。

 もちろん六隻の戦艦のほかにも一〇隻余の駆逐艦が随伴しているはずであった。

「総員配置!」

「徹甲弾、装塡!」

「照準開始!」

 有賀艦長の号令によって自慢の四六センチ主砲塔が回転し、砲身がやや上に向けられる。

 ただ、艦橋最上階に陣取っている方位盤室の村田大尉の視力は、夜間見張員ほどではないはずだから探照灯照射による主砲射撃になるのだろう。

 発見したのは三脚マストとのことだから、真珠湾攻撃で着底したものを引き上げ修理した旧式戦艦部隊に違いあるまい。

 修理されるまでかごマストだったものを三脚マストに変更したのは、いくら戦史にうとい浅田でも知っている。

「第一副砲、星弾装塡!」

 有賀艦長が命じた星弾とは照明弾のことで、敵の背後上空で炸裂させることにより、味方の姿は闇の中に隠したままで敵のみを浮かび上がらせるという効果がある。

「星弾、発射!」

 やや重厚な衝撃とともに星弾が撃ち出され、見事に敵の背後上空で弾けた。

 弾けたあとの星弾は、蒼白く燃焼して広い範囲に光を供給しながらフラフラと下降してゆく。

 闇の中から浮かび上がったのは、まさしく三脚マストが特徴のアメリカ軍旧式戦艦群だった。

 星弾が海中へ没するまでの時間はそう長くはない。

 浅田は今か今かと射撃開始を待っていたが、伊藤中将からの戦闘開始命令はまだない。

 浅田は菊水部隊の先頭を走っている軽巡『矢矧』に目を向けてみた。

『矢矧』も星弾によって浮かび上がった一隻だが、影絵のようなシルエットとしてしか見ることができないため、砲戦に加わろうとしているのか、はたまた雷撃での支援を考えているのかはわからない。

「まだ遠いですな。長官は今のうちに夜戦艦橋へお移りになられますか」

 有賀艦長が伊藤中将に尋ねた。

 夜戦艦橋は昼戦艦橋の一階下の部分にある。夜間では低い位置から見たほうが空と海との区別がつきやすいことから、レーダーが発達する以前には必要不可欠な設備であった。

 まだ遠いとは浅田には意外だった。四六センチ砲の射程距離なら水平線の向こう側まで届くのに、それでも撃たないということはレーダー射撃の制度が格段に劣っているのだろう。

 というより、帝国海軍がレーダーを大型艦艇に装備したのはたしかレイテ海戦からだと記憶しているので、レーダー射撃の訓練がまだ不足しているのかもしれない。

 敵の数が多いので、無駄になりやすい射撃を控えていることは浅田にも理解できた。

 しかし、それではせっかくの長射程が生かされないことになる。『大和』の素晴らしいところのひとつは、敵の弾が届かない距離から一方的にダメージを与えられることではなかったか。

 しかし、浅田ごときが口出しするのは憚られた。浅田の考えていることは二一世紀のイージスシステムやレーダー性能があってこそ可能なのであり、この時代の兵器の運用はやはりこの時代の人間でなくてはできないこともある。

 ただ、敵戦艦の備砲は最大でも四〇センチ砲なのだから、敵のほうから最初に攻撃してくることはなさそうだ。

 ようやく最上階の方位盤室から村田大尉の報告があった。

「照準完了!」

 それを待っていたかのように、伊藤長官が有賀艦長に告げた。

「これより第二艦隊司令部は、全員夜戦艦橋へ移動する」

 伊藤長官が有賀艦長にそう言ってから、浅田のほうを見た。一緒に来るか、と誘っている。

 浅田は一瞬迷った。

 伊藤長官らがどのような指示を出しながら戦うかを見たい反面、戦いの全貌を観察するには今の場所以上のところはない。

 だが、夜戦艦橋へ一緒に移ることに決めた。勝手には立ち入れない場所だけに、行ってみたいという気持ちのほうが強かったのだ。

 いや、せっかく『大和』へ来たのだから艦内の隅々まで見てみたかった。タイムスリップなどという現象がなかったなら、写真かDVDでしかお目にかかれない、伝説ともいうべき世界一の戦艦なのだ。

「ご一緒します」

 浅田はためらうことなく言った。

「そうか。しかし、ここほど安全ではないから気をつけろよ」

 伊藤長官の言葉の意味は、行ってみてから初めて理解できた。

 夜戦艦橋というところは、乗員のハンモックを丸めたものを防弾壁としているだけの露天の場所だった。腰ほどの高さまでしかない前楯に白いハンモックを丸めたものがロープで結わえられているだけなのだ。

 どれだけの防弾効果があるものか、浅田はたちまちのうちに不安に駆られた。

 その一方で、防弾服やヘルメットを着用するでもないのに、伊藤長官や森下参謀長などの幕僚たちはそれでも平然と立ち並んでいた。

 まったく、一発でも付近に食らったら砲弾の破片などで重傷は免れまい。重傷で済めばよいが、手足を吹き飛ばされたり命を失うこともあるのではないか。

 森下参謀長が浅田にそっと耳打ちした。

「どうだね。あまり居心地のいい場所ではないだろう?」

「あ、はい。我々の世界では考えられないことです」

 浅田は、防弾服の上にライフジャケットを着込んでいるからまだいいが、他の者はよく平然としていられるものだと思う。

「であろうな。しかし、夜戦艦橋がこうした場所であるのには意味があるんだ。普段偉そうにしている我々司令部要員が自らを危険にさらすことで、乗員たちの負けられないという気持ちをじやつさせているのだよ」

「えっ? 負けると思って戦っている乗員などいるのですか」

「とくに今回の出撃なんかはそうだろうね。もともと勝算のない出撃だったからな。もっとも、神君だけは勝算ありと踏んでいたらしいが」

 浅田は神大佐の話を聞いてみたくなった。この戦いにどういう勝算を見出したのでしょうか、と。

 だが、神大佐に確かめる暇はなかった。伊藤長官が攻撃開始の号令を発したからである。

「第二艦隊、攻撃開始せよ!」

 夜間隊形を採って『大和』よりも先行していた四隻の駆逐艦が、一斉にダッシュする。そして九〇度左へ回頭するやいなや、次々と魚雷を発射してゆく。

 と同時に、『大和』の四六センチ砲九門が一斉に吠えた。

 浅田は森下参謀長の手で頭を上から押さえつけられながら、かろうじて主砲発射の爆風から逃れることができた。

「馬鹿もん! 長官の戦闘開始の合図だぞ! 前楯に隠れないと頭だけどこかへ飛んでいたところだ!」

 森下の口調が、先ほどとは一転していた。まるで頑固親父のような口調だが、浅田の身を気遣ってくれた気持ちがビンビン伝わってくる。

「済みません」

「いや、いいのだ。射撃を見ていたい気持ちはわかるからな。でもな、砲弾が敵に届くまでは一分以上あるのだから、爆風が走り去ってから見ても遅くはないのだよ」

 昔、海軍にいたという祖父から聞いたことがあった。戦艦の砲弾は動体視力のよい者であれば、見えるものだという。

 もちろん昼間に限られることだろうが、それほどにスピードが遅いというわけだ。イージス艦のピストル並みの砲弾速度が当たり前になっている浅田には何もかもが勝手が違った。

 発射された九発の四六センチ砲弾は闇を切り裂き、敵戦艦に向けて突き進んでいった。

 発射からおよそ一分二〇秒後、敵の先頭艦を挟むように大きな水柱が何本も出現した。