第三章 ピラミッドの謎



 ようやくピラミッドの一辺を踏破できた。

 ピラミッドの通路は左回りに造られていたが、ここまでのところ内部への入口や入口を出現させるためのスイッチなどは見つかっていない。

 ひたすらこうがんの回廊が続いているだけで、見つかったのは三体の兵士像だけである。

 三体目の兵士像は、明らかに黒人の特徴を持っていた。下半身よりもやや前に突き出した上半身と、それを支える吊り上がった筋肉質の臀部、かぶとに覆われていない頭髪は部分的にパンチパーマ状だった。

「これで、白人と黒人、それに黄色人種が揃ったことになるな」

 文部科学省から派遣された調査隊長の古田は、そこに何かの意味が込められているのではないかと考えた。

 案の定、そこから先には次の角まで兵士像は存在しなかった。

「最初の兵士像のところまで戻ろうと思うのだが」

 古田の意外な提案に、藤崎が言った。

「何か忘れ物でも?」

 最初の兵士像のところに大きな探査機器や不用品を置いてきたから、そう思ったのだろう。

「いや、忘れ物じゃない。行けばわかるよ」

 若宮に無用な反対をされたくないため、古田は多くを語らなかった。

 しかし若宮も黙って従ったところを見ると、夕刻が迫っているという理由だけではあるまい。若宮にも思うところがあるのだろう。

 最初の兵士像のところまで戻ったとき、今度は安藤由紀が言った。

「なにかしら強いメッセージを感じます。いえ、この像からではなく、この像を通して内部からの強いメッセージが!」

 誰もが由紀の邪魔をしないようにその場で待機する。外部からの出入口を発見した由紀の能力を認めている証拠であろう。

 口うるさい若宮でさえ、由紀がいなかったらピラミッドの壁面を破壊して内部へ入っていたはずなのだ。今では皮肉な言い方もすっかり影を潜めている。

「わかりました」

 めいもくしていた由紀が、目を開けた途端に古田に言った。

「私たちは黄色人種ですから、この兵士像を逆向きにしなくてはなりません」

「なぜかね?」

「引き返したところからもう少し行った先に、罠が仕掛けてあったはずなのです。私たちは、兵士像に見守ってもらうことでその罠を回避することができます」

「どんな罠なのかね?」

「わかりません。ですが、階段から落ちる程度の軽い罠ではなく、皆さんの命にかかわるような大きな罠であることはたしかです」

「まあ、ともかく兵士像を動かしてみようよ」

 とはいっても、台座は床に埋め込まれているので、ちょっとやそっとでは動かせそうにない。

 古田は、台座ではなく兵士像そのものに仕掛けがあるような気がした。

 先ほどは藤崎が調べてくれたのだが、今度は古田自身が台座に乗って兵士と並んでみた。

 さほど大柄ではない古田よりも、兵士像は一〇センチほど低かった。あちこち懐中電灯のライトを当ててみる。

 しかし、継ぎ目のない一体として彫り上げられている石像には、これといった特異な部分は見当たらなかった。

 ところが、台座を降りようとして少しよろめいたときだった。古田の手が兜の最上部でわずかに出っ張っている碁石ほどのものに触れた途端、兵士像がギィーッという音を立てて回転し始めたのだ。

 振り落とされそうになりあわてて台座から飛び降りた古田は、その様子を穴が開くほどに見詰めた。

「これも水圧を利用した装置なのか!」

 冒険ファンタジー映画などにはよく登場するシーンだが、実際の遺跡で目にしたのは初めてのことだった。

「ともかく、これで罠とやらは回避できるのだろう。さっさと次へ行こうじゃないか」

 若宮がふてくされたように言った。由紀のせいで、自分自身による新たな発見が何もできないことが不満なようである。

 反面、由紀を連れて来た古田の功績のほうは明らかなので、若宮にとっては面白くないのだろう。

 そもそも若宮にしてみれば、機材を調達してすでに調査を始めていたのだから、古田と由紀の存在がなければ、功績を独り占めして世界の考古学会に不動の地位を築けたかもしれないのだ。

 しかしその一方で、罠によって命を落としていたかもしれなかった。

 なぜならば、古田の見たところでも古代人の科学知識はなかなかのものだった。こういう水圧利用の仕掛けを作るには二一世紀でもなかなか難しいのだ。

 たとえば、水圧が強すぎると水がわずかな隙間から噴出してしまうし、水圧が弱いと動いてくれないのだ。適正な水圧値を計算するには並外れた物理学と数学の知識が必要になろう。二一世紀のコンピューターをもってしても、いくらかの誤差が出てしまうかもしれない。

 ただただ驚きの連続だった。驚いてばかりの古田を、再び若宮がかせる。

「早く深部への入口を見つけないことには、日が暮れてしまうぞ」

 内部は昼も夜もなく真っ暗なのだが、今日だけで調査が終わるはずはないから、若宮は与那国島のキャンプ地へ戻る心配をしているのだ。

「それなら、今戻ろうか。興味深いものばかりに出会うから、先へ行くと日暮れまでに戻れなくなってしまいそうだからね」

 日没時には、警察の警備艇が上陸した浜まで迎えに来てくれることになっている。

「それがいいですわ。みなさんも疲れていらっしゃる様子ですし」

 由紀が賛成した。学生たちの表情も、戻ることに意義なしと訴えている。

「わかった。続きは明日だ」

 反対するかと思った若宮が、意外に呆気あつけなく折れた。



 イージス艦『はくば』の葛西艦長は、まだ眠りの足りないボーッとした頭を戦闘モードに切り替えるため、洗面所へ行って蛇口の下に頭を突っ込んだ。

 船の中での水は貴重品のため、飲料用以外は水を使っている。濾過水を頭から浴びたついでに顔も強く洗ってやると、ようやくスッキリ感が戻ってきた。

「そろそろ津島司令にも休んでもらわなくてはな」

 葛西と艦隊司令の津島海将補はタイムスリップしてからこのかた、ほとんど眠っていない。隊員は三交替制だが、艦隊司令と艦長に交替はない。

 通常時であれば副長と副司令が乗っているものなのだが、そもそもマラッカ海峡に出没する海賊退治という長期にわたる特殊任務であったことから、居住性などを考えて必要最低限の人員しか乗っていないのが現状だった。

 葛西が艦橋に戻ったとき、津島は通信文を読んでいた。

「おお、いいところへ戻ってきた。巡視船『りゅうきゅう』からの通信だよ。中国原潜の王艦長が味方してくれるとのことだ」

「本当ですか! これで戦いが長引いたとしても原子爆弾への抑止力になりますな」

「そう願いたいものだ。柳瀬一等海上保安正がどんな手を使って説得したものか、聞いてみたいものだな」

 海上自衛隊に所属している葛西と津島は、海上保安庁の柳瀬とはまったく面識がなかった。会って打ち合わせをしたかったのだが、そのチャンスをアメリカ軍が与えてくれなかったのだ。

 当然、葛西も柳瀬の名前だけは知っている。自衛隊は防衛省、海上保安庁は国土交通省の管轄だから会同する機会はないが、海上保安庁の手に負えない事件には海上自衛隊が出動することになっているので、各種の事件の情報電文だけはいつも目にしていた。

 葛西は、柳瀬の名前を津島から聞いて、提案したかったことを思い出した。

「司令、今後の巡視船隊の使い方なのですが、思い切って石垣島の諸隊を沖縄本島まで運搬してもらうというのはどうでしょうか」

「なるほど、陸自の重火器は無理だろうが、車両や兵員ならば海上保安庁の巡視船でも運べるな」

「航空燃料もぜひ運んでほしいところです」

「ならば、空自の部隊も移転させねばならんな。さっそく手配しよう」

 津島が通信兵を呼ぶために艦内電話のところまで行こうとしたとき、葛西が付け加えた。

「あ、それから、司令も少しはお休みください。睡眠不足の頭で間違った命令を出されても困りますからね」

「ははは、わかったよ。日没を迎えたら、何時間か眠らせてもらうことにするわ」

 もちろんその間は葛西が司令の代行をする。旧帝国海軍から引き継いだ伝統として、参謀には命令権が与えられていないのだ。

 津島司令が、電話ではなく直接に通信室まで出向くという。

「電話が不通でしたか」

「いや、少し体を動かしたいだけだ」

 艦隊司令という立場は、大変なものである。たとえば、戦闘中は艦橋の中で一歩も動かず直立不動の姿勢を貫かねばならないのだ。

 少し若い葛西でさえも膝と腰に負担がかかっておかしくなるのだから、あと少しで六〇歳を迎えようという津島のつらさはことのほかだろう。

「艦橋の留守はお任せください。どうせなら、そのまま司令公室へお引き取りになられては?」

「そうだな。では、そうさせてもらおう」

 特別な引き継ぎ事項などはなかった。今の葛西がすべきことは、戦記マニアの須貝三尉から沖縄戦に関する知識をなるべく多く得ておくことぐらいだ。

「須貝三尉、ちょっといいかな?」

 現在の須貝は津島司令の直属になっているので、本来なら葛西が命令して聞き出すことはできない。

 それでもつい先刻までは部下だったのだ。建前は建前として、須貝のほうもそのあたりはしっかり心得ている。

「スプルーアンス艦隊のことを詳しく知りたいのだ。何でもいい。思いついたことを片っ端から話してくれないか」

 二人のやり取りを小耳に挟んだ横田作戦参謀と井原情報参謀が寄ってくると、胸ポケットに仕舞ってあった手帳を広げてメモする態勢をとった。

 二人は津島司令から、砲戦開始時における菊水部隊への有効的な支援方法の確立という宿題をもらっていたのだ。

 須貝が語りだした。

「敵の戦力についてはご存じでしょうから省略して、まず最初に戦術から言いましょう」

 須貝によれば、沖縄の支援に赴いた菊水部隊と海上自衛隊への攻撃はもちろんのこと、陸上の防衛施設や民家への空襲と艦砲射撃をアメリカ軍は実施してくるという。

「民家へもだと!」

 明らかな国際法違反に、葛西は驚いた。

「はい。沖縄の民間人は防衛陣地の構築に協力しているとして、小学生や婦女子に至るまで戦闘機が機銃掃射をしてきます」

 そういえば、原子爆弾の是非ばかりが論議されてきたこの大戦だが、B29による都市への無差別爆撃にしても非人道的な行為である。二発の原子爆弾の投下も含め、都市への無差別爆撃によって一二〇万人の民間人が犠牲になっているのだ。

「ですから、最低限でも艦載機のせんめつは成し遂げなければならないでしょう」

 須貝が次のことを話そうとしたとき、横田作戦参謀が質問した。

「我々の兵器で、敵戦艦を撃沈するすべはないものだろうか」



 中国海軍の原潜が再び潜航した。

 艦に戻ったのは王艦長だけで、二名の隋員は巡視船『りゅうきゅう』に残って有明一等海上保安士と雑談をしていた。

 船隊の指揮官である柳瀬一等海上保安正が話に加わろうとしたとき、イージス艦『はくば』の津島海将補から連絡があった。

「石垣島より本島へ、陸上自衛隊の輸送任務を引き受けられたし!」

 それこそ柳瀬が考えていたことだった。

 柳瀬は即座に承諾の返事をして、有明たちの話の中に混ぜてもらう。

 通訳の有明によれば、中国海軍兵士の大半は海軍に入隊して初めて海を見るという。

 奥地の農村部出身者は高度成長期にあっても貧しいままだというから、沿岸部への国内旅行などままならないのだろう。

 巡視船隊は、今は戦闘とは無縁なためにこうして雑談にふけることも可能であった。やがて日没を迎えれば空襲の心配すらないのだ。

 少しばかり風が出てきたようだった。近くを航行している『はてるま』の排煙が、北寄りの風によって南へとたなびいている。夜半には冷たい冬の戻り風が吹くかもしれない。



 真っ赤な太陽が東シナ海の水平線上に隠れようとしていた。

 金波銀波がまぶしいくらいに輝き、夕刻の海風に誘われて海面に小さな波が騒いでいる。ときおり飛来する真っ白な海鳥たちが、帰るべき場所を求めてまた去ってゆく。

 やがて太陽が完全に姿を沈めたとき、西側の低い空に宵の明星が輝き始めた。

 太陽も金星も、タイムスリップしようがしまいが何の変化もない。ただただ不変たる宇宙の法則に従って運行しているだけであり、戦争という人間の愚かでしかない営みとはまったく無縁のものだった。

 そして星々が存在を主張し始めたとき、その思いは一層強くなってゆく。

「明日こそが、本物の決戦だな」

 イージス艦『はくば』砲術長の浅田一尉は、舷側に立って漆黒の度を増してゆく海原を見詰めながらつぶやいた。

 これまでのところ、スプルーアンス艦隊が本気で攻撃してきたという印象はない。向こうでも何がしかの異変を感じているからか、あるいは自衛隊の実力を見極めようとしているからか、物量豊かなアメリカ軍らしからぬ中途半端な攻撃に終始していた。

 そんな中、本気とはどの程度のことなのだろうかと考えたとき、武者震いのような身震いが浅田の足元から突き上げてくる。

「満天の星空ですね」

 いつも寡黙な小松三曹が寄ってきて、珍しく自分から口を開いた。そして、タバコに火を付けて一服吸ったあとにフーッと吐く。

「そう、きれいな星空だ。邪魔をする人工の光が何もないからな」

「砲術長はずっとここに?」

「いや、非番になってから少し眠らせてもらったよ。おかげで気力が充実している気分だ」

「それはよかったです。私も少し眠りました」

 とりとめのない会話が続いた。ほんのひとときとはいえ、平和を感じているからこそできる会話であった。

 しかし、その平和な悠久とも思える時間の流れが簡単に断ち切られた。

 夜間哨戒のために陸上の基地から飛び立ったF22ラプター戦闘機が、独特の爆音を残して艦隊の上空をかすめ去ったからだ。

 F22ラプター戦闘機は敵のレーダーに反応しにくいステルス性能に優れた機体だが、数年前にアメリカが生産を打ち切ったため、日本がライセンスを買い取って国内生産しているという珍しい戦闘機であった。

 すっかり現実に引き戻された浅田が、小松に言った。

「明日だな」

「ええ、すべては明日ですね」

 小松が、もう一服吸ってから吸殻を海中に投げ捨てる。

「なあ小松よ。この戦いは勝てるのかな? なんだか心配なんだ」

「いつもの砲術長らしくないですね。絶対に勝ちますよ。勝たなくてはなりません」

「そうだな。勝たなくてはならないよな」

 なぜ弱気になっているのか、浅田は自分でもわからない。ただ、平和なひとときに触れるたびにそういう感情が顔を出してくるのだ。

「砲塔へ戻ろうか」

 風が冷たくなってきた。まだ四月に入ったばかりだ。夜には北寄りの冬の戻り風が吹く。

 勤務時間までにはまだ二時間以上もあった。五インチ砲塔の内部には、現勤務の若い隊員三名が待機していた。

「邪魔するぞ」

 二人の訪問で、ただでさえ狭い砲塔内が一杯になった。

「何か変わったことは?」

「ありません。ですが、ずっと射撃訓練をしておりませんので明日が不安です」

「そうか……」

 不安なのは誰も同じだ。射撃をすることによって、その不安をふつしよくしたい気持ちはよくわかる。

 しかし、訓練というものは、艦隊単位でやらないと予期しない事故にも繫がりかねないのだ。

「訓練はできんが、風邪を引かないようにしておけよ。君たちは大切な戦力だからな」

「はい」

 浅田は若い隊員たちの元気な返事を聞いて、入隊したばかりの頃を思い出した。

 浅田が入隊したのはちょうど一〇年前であった。その頃はカッターボートを漕ぐ訓練ばかりをやらされたものだ。

 まともな艦隊勤務を経験したのは、海上自衛隊が海外派遣されるようになってからだ。小さな補給艦が最初の職場だった。

 以後、舞鶴第三護衛隊群所属の護衛艦『はまゆき』の内務班員を経て、完成したばかりのイージス艦『はくば』の戦闘員に転任となる。

『はくば』の砲術長に抜擢されたのは、二年前のことだ。小松三曹と橋場一士が他艦から赴任してきたのは、そのときのことだった。

 そんなことを考えていて、気がついた。狭い砲塔内に自分らがいては、邪魔になるだけではないか。

 浅田と小松三曹は砲塔から引き上げることにした。

 だが、ベッドへ戻ったところでとても眠れそうにはなかった。睡眠不足であるはずなのに、目がえ切ってしまっている。

「どうしましょうか」

 小松が、砲塔から出たはいいがどこへも足を向けられないまま苦笑する。

 浅田も思わず苦笑した。



 遺跡の調査隊が今日のところは引き上げようとしたとき、安藤由紀はピラミッドの出入口が閉じられていることに気がついた。

「あれっ、閉まっている」

 ずっと開いたままでいてくれる仕掛けではなかったらしい。

 かといって、内側から開けるにはどうしていいのかわからない。それらしいスイッチがどこにも見当たらないのだ。

 困った一行は、必死にスイッチを探した。

 壁、天井、床面などあらゆる場所に懐中電灯のライトを向けてみるのだが、どうしても見つからない。

「どうします?」

 古田隊長がまた隊長らしからぬ姿に戻っていた。困ったあげくに、先輩の若宮教授に判断を仰いでいるのだ。

「そうだな、最悪でも壁面を爆破すれば出られるのだから、この際、先へ進むっていうのはどうだ?」

「そうですね」

 由紀は少々がっかりした。朝が早かったので早く横になりたいのだ。

 とはいえ、こんな真っ暗な通路で休むのは嫌だった。まして壁面を破壊して外へ出るなど、巫女みことしてはもっと嫌だ。

「由紀さんにもスイッチのありかはわからないのかね?」

 古田隊長も、朝が早かったのでほんは外へ出て休みたいのだろう。最後の希望として由紀に質問してきた。

「済みません。深部から呼んでいる者が、私を外に出したくないのかもしれません」

「出入口が閉じられたのは、早く来いっていう意味でしょうかね?」

「かもしれません。でも、朝が早かったですから体力の限界です」

「ええ、私もですよ」

 二人のやり取りを聞いていた若宮が、会話に割り込んできた。

「こんなところで休むというのかね? 最悪の選択だな」

 若宮にも、以前のごうまんさが戻っていた。

 窮した由紀は、その素直さに好意を持った藤崎に救いを求めて視線を移してみた。

 由紀の求めを察知してか、藤崎が意見を述べた。

「二時間だけここで仮眠を取ることにしませんか。そしたら先へ進む元気が出るんじゃないかな」

 二時間というのは、若宮を納得させるためのギリギリの時間だ。

「わかった。二時間だけだぞ」

 若宮が折れた。

 石の通路の上にブルーシートが敷かれ、ゴツゴツとした背中の感触もかまわずに由紀はザックを枕に横になった。

 誰もがそうした。若宮も皆にならう。

 あっという間の二時間だった。

 それでも、わずか二時間の仮眠のおかげで頭はスッキリしたし、足も軽くなっている。

 由紀は大きく伸びをしてから立ち上がった。

「フアーッ」

 伸びと同時に大きな欠伸あくびが出る。

 皆は由紀よりも早く起きていた。由紀のあとから起きたのは古田隊長だけである。

 古田がまだ寝足りない顔をして言った。

「さて、準備はいいかな?」

 皆がうなずいた。

 一行は三体の兵士像を通り過ぎ、左へ折れている回廊へと出た。

 ここからは未知の場所であった。深部から呼んでいる者が罠があると教えているところは、もう少し先だ。

「ゆっくりと進んでください」

 由紀は隊長の古田に注文をつけた。

「ああ、わかっている」

 罠があるかもしれないということで、古田が先頭に立って他の者が犠牲にならないようにしている。

「僕が先に歩きましょうか」

 藤崎が先頭の古田を案じて言った。専門家にもしものことがあってはと、藤崎なりに考えたのだろう。

「いや、いい。人生これからの君に何かあっては申し訳ないからね」

 そういう意味では最年長の若宮が先頭に立つべきだろう。しかし、若宮はちゃっかりと最後尾にいた。

 もちろん、由紀はことさら幻滅を感じたりはしない。

 本当だったら、巫女である由紀こそが先頭に立つべきだからである。

 そもそも、深部から呼んでいる者が、由紀以外の人物の来訪を歓迎しているのかどうかもわからなかった。罠とは、外部からの招かれざる侵入者を排除するためのものであろう。

 だから、由紀が先頭に立てば罠は作動しないのではないかと思った。

「私が先に行きます」

 由紀が宣言したとき、若宮がさも当然そうに言った。

「それが自然だろう。このピラミッドと遺跡は、巫女が管理しているのだからな」

 管理という言葉は決して適切ではなかった。由紀はこれまで管理した覚えなどはない。

 だが、あえて反論はしなかった。言い返したところで何も変わらないからである。

 古田が承諾するより前に、由紀は古田を早足で追い抜いた。そして、そのまま再び追い抜かれないよう速度を保って前へ前へと進んでいった。

 しかし、左折した一辺の中ほどまで来たときになって嫌な感じが襲ってきた。なにやら胸が悪くなりそうな気配がするのだ。

 そのとき、藤崎が叫んだ。藤崎はいつの間にか古田を追い越して二番目に出ていた。

「あれは、白骨死体じゃないですか!」

 たしかに、向こうの暗闇の床面に、ぼんやりと白いものが浮かび上がっていた。



「夜間水上レーダーに反応あり!」

 航空哨戒が手薄になる夜間は、気を引き締めなければならないときである。

 須貝三尉は、横田作戦参謀と井原情報参謀への戦史にかかわるアドバイスを中断して、艦橋の窓から東の海を見た。

 海原には星々の輝きが映えていたが、レーダーに反応したばかりの敵影が見えるはずもない。

「横田参謀。戦艦部隊でしょうかね」

 須貝は不安になった。今まで戦史の詳細を二人の参謀に述べたものの、敵戦艦への有効な攻撃方法がまだ発見できてはいないのだ。

 合計一四隻もいる敵戦艦を、『大和』一隻だけに任せるのは無責任というものだろう。菊水部隊は沖縄に侵攻してくる敵を排除するよう命令されて出撃してきたとはいえ、今の沖縄は菊水部隊が守るべき沖縄ではないのである。

 今の沖縄は、自衛隊こそが防衛の責務を負うものなのだ。菊水部隊は、協力を依頼した同盟軍的な立場でしかないのである。

「まずいぞ! 須貝よ、本当に何か策はないものか」

 横田作戦参謀が、あせりのあまり須貝を急かせる。

 須貝としても、戦史を述べながらも自分の言葉の中にヒントがないかと探していたのだが、海上自衛隊の諸艦と兵器は戦艦などという敵を想定して造られてはいないだけに、須貝程度の下っ端が簡単に思いつくようなものではなかった。

 ただ、ハープーン対艦ミサイルを使えば、敵空母の飛行甲板に対して応急修理が不可能な程度の被害を与えることはできる。

 しかし、巨弾の撃ち合いを前提に分厚い装甲を有している戦艦というやつは、二一世紀の高性能ミサイルでも通用するかどうかわからない。

 いや、はっきり言ってミサイルは通用しないだろう。通用するとすれば、魚雷しかあるまい。

 ところが、各艦の保有魚雷は少ないばかりか、敵を追跡するホーミング魚雷といってもこの当時の酸素魚雷に比べると射程はかなり短く、射点に着く前に集中砲火を浴びて巨弾のじきになる可能性もある。

 また、砲撃戦というものを想定していない二一世紀の護衛艦は、軽量高速を重視するあまり最低限の装甲しか有していない。

 イージス艦『はくば』が昼間の戦闘で受けた爆弾による被害では、簡単に火災が発生して消火もままならないほどだった。開いた穴こそすでに応急修理されてはいるが、航空爆弾とは比べものにならない威力の巨弾が一発でも命中したなら、沈没も免れまい。運良く沈まなくても、戦闘不能及び航行不能だろう。

 敵が水平線上に現われるまで、二時間ほどと思われた。そのわずかな時間の間に、須貝たちは何か決め手になることを考えなくてはならない。

 どうしても案をひねり出せないうちに、津島司令が仮眠を中断して艦橋へ戻ってきた。

「敵の位置は?」

 津島が、艦橋の奥側でスクリーンを見詰めているレーダー員に確認した。

「ほぼ真東です。距離と敵の速度からしますと、数時間以内には会敵するでしょう」

 夜間水上レーダーは、昼間用のものに比べると探査範囲が狭い。ただし、見張員が目視できない夜間ではより精密な探査が必要なので、長い波長の電波を高出力で放っていた。

 夜間水上レーダーの本来の使用目的は、夜間における潜水艦の発見であった。海面上に突き出た潜望鏡を捉えるためである。

「南東の方角に、艦影二!」

 またレーダー員から報告があった。

 今度は潜水艦のようだった。須貝が持っている知識によれば、旧アメリカ海軍の潜水艦は必ず二隻一組で行動している。

「司令、それはきっと潜水艦ですよ」

「そうだろうな。いくらかの水上部隊を差し向けて、こちらの対艦戦闘能力を探ってから潜水艦でこちらの全容を偵察か……」

「いえ、アメリカの潜水艦は、海上自衛隊の諸艦を狙っているのだと思います。とくにヘリ空母『いせ』が目標ではないでしょうか」

 敵の艦載機は流星ヘリに手も足も出なかったのだから、母艦ごと葬ろうとする可能性は大だ。

「わかった。『いせ』には高速警備艇『はやて』を差し向けよう」

『はやて』は輸送艦『おじか』とともに那覇港にある。艦隊は航空自衛隊の傘の下から出ないようにしているので、敵潜水艦よりも早く駆けつけられるだろう。

 潜水艦退治であれば、護衛艦よりも『はやて』のほうが軽快で適任である。

 津島司令が伝令員に電文のメモを持たせ、通信室まで走らせてから三人に言った。

「ところで、敵戦艦への対応なのだが……」

 その話題を聞きつけて、今まで伝声管で艦内の各所へ指示を送っていた葛西艦長が寄ってきた。

 三人寄ればもんじゆの知恵とはいうが、五人寄ったのだからいい知恵が浮かんでも良さそうなものだ。

 葛西艦長が冷静な口調で言った。

「敵の第一目標はやはり『大和』でしょうな。スプルーアンス大将は、我々海上自衛隊の諸艦を軽巡洋艦か駆逐艦程度としか見ていないでしょうから」

「そうだと思う。しかし、『大和』一隻に負担はかけられない。なんとか支援できないものかと、こうして頭を悩ませているのだが」

 津島司令が、これまでのところを葛西艦長に説明した。二人の参謀に津島が案の捻出を命じたのは、葛西がまだ仮眠中のときである。

 すると、葛西艦長が微笑ほほえみながら言う。

「ないことはないですよ。ただ、敵の陣容がまだ正確にイメージできませんので……」

「いや、何でもいいから言ってみてくれ。皆で実行案への仕上げができるかもしれん」

「では申し上げますが……」

 葛西艦長の案とは、航空自衛隊によるナパーム弾攻撃であった。

 ナパーム弾とは可燃性の極めて高い薬品を内蔵した焼夷弾で、火災を発生させて広範囲を焼き尽くす目的でアメリカ軍が開発したものである。

 ベトナム戦争では、敵が潜むジャングルを焼き払うために枯葉材と併用して用いられている。

 ただし、今では旧式な兵器として実戦配備から外され、密かに倉庫に眠ったままだという。

「ナパーム弾か……」

 津島司令が腕組みをして考え込み、そのまま伸ばした親指をあごに当てる。

 須貝には妙案だと思えた。装甲を破れなくとも大火災に発展させられるのなら、弾火薬庫への引火もあり得るかもしれないからだ。

 しかし、津島は渋い顔のままである。ナパーム弾の在庫がそれほど多くないからなのかもしれない。

 ようやく腕組みを解いた津島司令が、表情を晴らすことなく言った。

「たしかに有効ではある。準備はさせよう。だがな……」

 津島司令の口調からすると、どうやらナパーム弾そのものの問題ではなく、他に決定打となりそうなものを求めているのではあるまいか。

 とはいえ、集まっている全員の思考はそこで完全に停止してしまった。



 中国海軍原子力潜水艦の王艦長は、赤外線潜望鏡の画面の中に信じられないものを見た。

「何だ、あれは!」

 まさしく前時代の遺物とも呼べる大型の戦艦であった。

 しかも何隻もが単縦陣で堂々と航行し、巡洋艦や駆逐艦を多数従えている。

「これが時空転移?」

 レーダーでは大艦隊の存在を確認していたものの、こうして自分の目で確認するまではどうしても信じることができなかったのだ。

 だが、紛れもなく七〇年も前のアメリカ艦隊が同じ世界に存在している。

「あれを持って来い!」

 王艦長が部下に命じて持ってこさせたのは、核弾頭ミサイルの発射スイッチが入った黒漆の小箱であった。蓋には見事な竜の図柄が金箔押しされている。

 いざとなったら、これを使うつもりだった。

「この時代だからこそ我が中国とアメリカは同じ連合軍だが、戦後の世界情勢を考えるとまるでアメリカの一人舞台じゃないか。我が中国が世界の覇者となるためにも、ここでアメリカを簡単に勝たせてはなるまい」

 すぐに核兵器を使おうとは思わないが、日本の自衛隊が危うくなったときには使うしかないだろう。

 王艦長が座乗して指揮しているのは、実はハン級ではなくシン級原子力潜水艦であった。ただ外見が似ていることと主機関が同等であることから、外国の艦からはソナー反応で漢級と判断されることが多かった。

 晋級は漢級から発展した艦だが、漢級は機関音が外に漏れることから、晋級では居住スペースを義性にして防音材を外殻の内側に装備してあった。

 晋級は、装備として弾道ミサイル発射筒を一二基搭載していた。現在積載している核弾頭は三発だが、空いている発射筒から潜航したままでも対空対艦ミサイルの発射が可能であった。

 王艦長は覚悟を決め、まだ完全には信じられない光景を映し出している潜望鏡画面を見続ける。

「全門魚雷装塡!」

 王艦長の命令で、六門の発射管に五三センチ魚雷が装塡される。

 狙うのは空母であった。戦後のアメリカ軍の象徴として、なにしろ空母は絶大な威圧感を示す存在だ。

 ところが、柳瀬一等海上保安正を通じて聞かされた海上自衛隊からの要望は、戦艦の撃沈であった。空母は海上自衛隊と航空自衛隊が始末するというのである。

「そうはさせるか」

 一番の手柄を自衛隊が取ってしまうつもりだと思った。

「空母こそが我々の獲物なのだ」

 共産中国では建前は平等だから、いい暮らしをしようと思うと手柄が必要である。手柄によって特権階級入りができるのだから、元の世界に戻ったとき、軍事的なライバルであるアメリカの戦力を削いでおいたという功績が認められることは間違いない。

「戦艦六隻に巡洋艦が八隻か。あとはザコが一〇隻あまり……と」

 二一世紀の潜水艦がこの時代の駆逐艦に撃沈される確率は、ほとんどゼロに等しい。なぜなら、駆逐艦が投下する爆雷の炸裂深度は最大でも六〇メートルだからであり、潜航深度が一八〇メートル以上の晋級原潜には届かないからだ。

 しかも水中速力が二五ノットもあるのだから、速力が四〇ノット以上出せる駆逐艦でなければ投下した爆雷が自艦の真下になって巻き添えを食ってしまうのだ。

「ふふふ、アメリカが威張っていられるのはここまでだ。戦後の国際覇権は我が中国のものだよ」

 この部隊をやり過ごせば、その後ろにはきっと空母がウヨウヨいるはずだった。柳瀬海上保安正によると、アメリカの空母は三〇隻以上いるのだという。

 やがて、アメリカの戦艦部隊が二〇キロ以内にまで接近してきた。

「潜航! 深度一〇〇!」

 一〇〇メートル潜れば爆雷の被害はないし、二五ノットの最大速力も維持できる。

 案の定、アメリカの駆逐艦二隻が王艦長らの原潜の存在に気づいて全力疾走してきた。

 王艦長は海面から潜望鏡を引っ込めて、潜航に備える。

 潜航時は艦が前に傾斜するので、王艦長は潜望鏡の持ち手レバーに摑まった。

 やがて、真上方向で爆雷の炸裂音がした。もちろん被害などはまったくない。

 原潜は潜航しながら針路をそのまま直進させ、戦艦部隊の真下をすり抜けた。

「さて、追いかけて来るかどうか……」

 重要な任務があるのなら、追っては来ないだろう。後ろの部隊にも護衛艦がいるはずだからだ。

 やはり駆逐艦は追っては来なかった。おそらく潜水艦の存在を後続の部隊に報告しただけで、そのまま遠ざかっていったのだ。

 駆逐艦が発していたソナーのパルスが消えたとき、王艦長は再び潜望鏡深度への浮上を命じた。



「人骨ですよ!」

 藤崎がそばまで行って、後ろの皆に報告した。

 調査隊長の古田は、急に不安な気持ちに捉われた。

「人骨とはせないな」

 まだ遺跡全体の調査を始めたばかりだが、遺跡が海底に沈んでいた時点でも人骨が発見されたという報告などなかったのだ。

 もしも古代人のものであれば、DNA鑑定によって世界のどの民族の先祖なのかがわかるであろう。

 いや、この際は古代人のものでなければならない。もしこの人骨が現代人のものだとしたなら、どうやってピラミッド内まで紛れ込んだのかが説明できなくなるからだ。

 しかし、もっと不思議だったのは、内部が海水に満たされていたような形跡がないにもかかわらず、着衣や持ち物らしいものが何ひとつ残っていないことだった。

「この人物は真っ裸のままで内部へ入り、ここでちたのか!」

「そんなことって!」

 安藤由紀が叫んだように、いくら古代人でも着衣は身につけていたであろう。

 このとき、最後尾から追いついた若宮が言った。

「簡単な推理じゃないか。この人物はおそらく初潮を迎える前の若い女性で、ピラミッドの完成とともに神へのいけにえとして人柱にされたのだよ」

「まさか!」

 由紀がまた叫んだ。女性としては耐えがたい話だからだ。

 古田は、若宮の説に全面的に賛成はできなかった。一理あるとはいえ、古代人だからといって必ずしも人柱などという風習があるとは限らない。

 むしろ、ピラミッドを建設するほどの科学力があるのだから、神への人柱などというのはそぐわない気がした。

 しかし、古田はあえて若宮とは争わなかった。そんなことはあとでいくらでも議論すればいい。今は早く安藤由紀が行きたがっている場所へ到達することだ。

 古田は、人骨の中から手指の小さな骨を選んでビニール袋へ採取した。そしてカメラにも収めて合掌する。

「DNA鑑定が済めば、間違いなく戻してあげるからな」

 古田のつぶやきが、由紀だけには聞こえたようだ。

「ええ、そうしてあげてください」

「約束しますよ」

 そう言ってから、古田はここで気がついた。

「あれっ? 由紀さんの頭痛は治ったのですか。とても明るい表情になってますよ」

「はい。ピラミッドの中へ入ってから、なぜかピタリと治まってるんです。呼び声にこたえたからでしょうか」

「きっとそうですよ。そうなると、なお早く行ってあげなけりゃ」

 今度こそ古田が先頭に立った。由紀の表情からしても、罠は回避できたようである。

 次の角までは何も目ぼしいものはなかった。花崗岩の壁面と、床と天井とがひたすら続いているだけだ。

 二回目の角を曲がったとき、これまでの味気ない回廊とはまったく違った通路が闇の中へと延びていた。

「これは!」

 見えたのは懐中電灯の明かりに近い部分だけだが、壁一面を壁画が飾っているようだった。

 誰もが思わず足を止めていた。

 ここからが本丸であることを、嫌でも意識させられたからだろう。

 そう、ピラミッドを城にたとえたなら、まさしく城主がいる本丸であった。

 藤崎がしきりにシャッターを切る。壁画として描かれているのは、くびながりゆうと大勢の人間が格闘している場面だった。

「まさか? 恐竜と人間が同じ時代に存在しただって!」

 古代生物学の常識ではあり得ない話だった。人類が登場したのは、少なくとも恐竜が絶滅してから五〇〇〇万年後といわれているのだ。

 実際、世界各地で発見された恐竜の化石と人骨を、炭素一四法や最新のルネッセンス法などで解析した結果ではそう出ている。化石が出てきた地層も、同じような結果なのである。

 にもかかわらず、このような壁画が描かれているのはどうしてなのだろう。

 人類と恐竜とが共存していたとの説も、あるにはある。だが、科学的な年代検証からではなくこのような壁画の発見によってささやかれる学説なので、正式に認められていないことはもちろんだ。

 だが、そんなこともあとから考えればいい。早く深部を見てみたい。

 古田は足を早めた。両側の壁面へ均等に懐中電灯の明かりを振り分けながら、闇の中へと突き進む。

「待て、古田」

 若宮の声が回廊の中でこだました。

 そういえば、いつの間にか天井が高くなっていた。

「どうしました?」

「ちょっとこの絵を見てみろ」

 古田は若宮のところまで戻り、若宮が指差している壁画を見た。

「馬鹿な! こんなことはあり得ない!」

 描かれていたのは、紛れもなくジェット戦闘機を真上から見たものだった。その横にはパイロットらしき服装をした人物が微笑んでいる。

 縮尺比が正確かどうかはわからないが、同じだとすれば小型の戦闘機ということになる。

 このような、年代にそぐわない現代的な遺物のことを学会ではオーパーツと呼ぶ。

「世界各地の遺跡で、絵ではなくこれと同じものが粘土模型で発見されている」

 若宮が言った。

 古田もそれは知っているが、こうして古代のオーパーツを目にしたのは初めてのことであった。

 若宮が、バインダーに挟んだ紙にオーパーツの壁画を筆写した。そして、紙の下部に古田の署名を求める。

「古田がサインをしてくれたら、文部科学省のお墨付きというわけだからな」

 ねつぞうではないのだから、古田に断わる理由はなかった。

 古田はサインを書き込み、皆に先へ行くよう促す。

「発見物は帰りに調査することにしよう。体力があるうちに深部までたどり着きたいからな」

 それなら、ということで全員が足を早めた。何があろうと帰りにゆっくり観察すればいいわけだ。

 やがて、上へ向かう階段があった。ここで回廊が途切れたわけではなく、通路も奥まで続いている。

「上か下か、隊長が決めてくれ」

 若宮が言った。

 古田は即座に由紀に尋ねた。

「どちらですか」

「上ですね。内部の最上階で私を呼ぶ者がいるのです」

「このまま下の通路を行くとどうなります?」

「罠があります。いえ、そんな気がするのです」

 若宮が苦笑した。

「内部が迷路になっているだと? 巫女とはいえ、初めて来たはずだが」

「はい。初めてですし、地震の前にはピラミッドの存在そのものも知りませんでした」

「だったら、罠というのはどうかな? 意外なお宝があるかもしれないじゃないか」

「お宝?」

「古代人の財宝だよ。お宝が発見できれば、一躍世界的な有名人だぞ」

 この人はそんな目的で来たのかと一瞬思った。

 しかし、財宝を求めるのが一概に悪いとは思わない。それもひとつのロマンだろう。

 ただ、遺跡の調査を任されている学者としてはふさわしい発言ではないであろう。

「どうかしたかね」

「いいえ、なんでもありません」

 由紀が俯き加減にかぶりを振った。

 古田は見かねて、隊長としての権限を発動する。

「上へ行きます。みなさんついて来てください」

 そう言って階段を登り始めると、藤崎が最初について来た。

 そして、由紀、学生たちと続く。

 若宮も名残り惜しそうに奥へ続く闇を眺めてから、階段を一歩登り始めた。

 階段の上で皆を待っていたものは、数々の動物の標本だった。