第二章
一
第一一管区海上保安本部の柳瀬浩幸一等海上保安正は、率いている五隻の巡視船隊から二〇キロ後方を、敵機の大群が通過するのを確認した。
追跡中である中国海軍の原子力潜水艦が那覇港への寄港を希望して針路を変えたために、運良く鉢合わせは逃れたが、敵機からは船隊の存在を直接視認できたはずである。
もっとも、敵の意識が、撃沈しても手柄にもならないひ弱な巡視船などではなく、戦艦『大和』にあることは言うまでもなかった。
しかし再びの空襲を覚悟しての追跡行動だっただけに、拍子抜けの感がある。
「まあよいか。敵もあれだけ撃墜されれば、我が隊を襲ってくるとは思えんしな」
心強いことに、巡視船隊の上空には常に二機のF15戦闘機が直援にあたっていた。
柳瀬が率いている巡視船は、以下の五隻である。
『りゅうきゅう』 三二二一トン 司令船
『くだか』 一二六八トン
『もとぶ』 一二六八トン
『はてるま』 九六五トン
『くにがみ』 九六五トン
柳瀬が座乗する司令船の『りゅうきゅう』は、救難用のヘリを一機を搭載している。
いずれの巡視船も四〇ミリから二〇ミリに至る機関砲を複数搭載していて、アメリカ軍の量産型である小型の駆逐艦に相当する。
備砲がないので敵艦相手に砲撃戦はできないが、潜水艦の探知と追跡能力にかけてはこの時代の駆逐艦よりも相当な進化を遂げていた。
加えて、機関砲は海上自衛隊の旧式になったものの払い下げではあったが、初速と貫徹力に優れているため、駆逐艦程度の装甲なら難なく撃ち破ることができた。
柳瀬ができることといえば、中国海軍の原潜に再び針路を変更してもらうことであった。なるべく戦場を迂回して無事に那覇港まで導くのが、今の役目だと思っている。
さらに、那覇港へ直接入港させるのではなくて、原潜の艦長をヘリでイージス艦『はくば』まで護送しなければならないのだ。
通信の結果、艦長の苗字が
中国の通信方法というのは、何万文字あるのかわからない漢字それぞれに割り当てられている数字を打つのである。
これは中国国内の電報にも用いられている方法で、原潜内には変換器があってもこちらにはないため、数字だけを眺めてもチンプンカンプンなのだった。
ちなみに、暗号文ともなればそれに一定の数字を加減乗除してあるのだから、無理に暗号変換しなくとも敵に解読されることはないだろうと思われた。
柳瀬にしてみれば、通常文がそのまま立派な暗号文として通用する。
艦長の苗字だけが判明したのはローマ字で送信してくれたからであり、ローマ字送信は送るほうに日本語を話せる者がいないからか、単語レベルでしか送れないらしい。
柳瀬の求めに応じて、原潜が針路を北に採った。戦場を大きく迂回する格好だ。
「それにしても、やけに従順な艦長だな」
柳瀬はまだ王艦長の意図を図りかねていた。行く場所が他にないとはいえ、あまりにも素直すぎる。日本とは軍事的にライバルである中国軍にしては、気持ちが悪いほどの従順さだ。
あるいは、日本よりももっとライバル意識を燃やしているアメリカという国に対して、補給後に戦いを挑もうとしているのかもしれない。
後者であることを祈りたいが、今の時点ではなんとも言えない。
「誰か中国語を話せる者はいないか」
通信室には一応の勉強をした者はいる。だが、柳瀬が求めているのは日常会話ができる者ではなく、通訳ができる人間だった。そういう者がいてくれれば『はくば』まで護送する際に役に立つし、柳瀬自身にしても王艦長の意図を確かめておきたかったのだ。
「二等海上保安士で、この『りゅうきゅう』に
航海士が答えた。
『りゅうきゅう』の乗員は六九名だ。船隊全体から捜さなければならないと思っていたところだったので、これなら話が早い。
「他に整備士は何人いる?」
「全部で四名おります」
「それなら一人引き抜いても困るまい」
ヘリは一機のみである。三名いれば交代番にも支障はないと思われる。
「すぐに呼んでくれ。いや、船長には私から言っておくよ」
船内の人事権は船長にあるが、『りゅうきゅう』の山下船長は戦闘前から勤務が連続していたので、今は仮眠中だった。
有明正志整備士が船橋へやってきたのは、潜水艦とともに再び針路を西へ変更した直後だった。
「中国の原潜を誘導中なのは知っていると思うが、艦長をイージス艦『はくば』まで護送しなくてはならなくなった。それで、通訳できる者が必要となったわけだ」
「自分でよろしければ」
まだ二〇代前半のようだが、有明は礼儀正しい青年だった。
「ところで、どこで中国語を?」
「祖父から教えられました。祖父は戦時中に台湾総督府の職員だったと聞いております」
「そうか、それはいいな」
「ですが、中国の公用語の北京語とはかなり違う部分がありますから、その点が心配です」
有明によれば、中国は広いから方言の種類が日本よりも多いという。文法までが違っている場合もあるらしいので、通用するか否かは相手次第だという。
「それでもかまわん。相手にも随員がいるだろうから、そのうちの誰かと通じればいいのだしな」
「それで、自分はどうすれば?」
「そのときが来たら召集する。今は通信室へ赴いて、相手の情報をなるべく集めておいてくれたまえ」
有明二等海上保安士は、模範的な敬礼をしてから船橋を退出していった。
二
イージス艦『はくば』の火災の煙と焦げ臭い匂いとが、五インチ砲の砲塔内に陣取っている浅田一尉のところまで漂ってきた。
最初は戦闘に夢中のあまり気がつかなかったのだが、次第に濃くなる煙の色から火災の程度が窺い知れた。
一緒にいる部下の橋場一士などは、たまらず咳き込んでいる。
「小松三曹、艦内電話で被害状況を確かめてくれないか。弾薬への誘爆とミサイル誘導アンテナが心配なんだ」
小松三曹はいつも寡黙な男であった。必要以外のことは一切
小松が艦橋へ確かめた。
「今のところミサイル誘導アンテナには燃え移っていないようです。ただ、グラマンが消火班に向けて機銃掃射しようとしてくるので、燃えるに任せているような状態とか」
「それはまずいな」
砲をイージスシステムと連動させたままにして、消火班を指揮しようかと考えた。
だが、駆逐艦『初霜』や戦艦『大和』で経験した戦闘状況を思い出すとゾッとした。砲塔内から出ることさえためらわれるのだ。
海戦を直接見てみたいと一瞬でも考えた浅田は、あのとき思いとどまってよかったと今さらながら思う。
被弾した場所は、弾薬庫からもヘリ用燃料庫からもかなり離れていた。心配なのは被弾したすぐ横が第二艦橋で、その上部にミサイル誘導アンテナがあることだ。
浅田が迷っているうちに、後方に控えているヘリ空母『いせ』から発進した流星ヘリの編隊がやってきた。敵味方が入り混じっての空戦となったら、手動での射撃は味方を撃ってしまう恐れがある。ここは敵味方を瞬時に識別してくれるイージスシステムによる射撃でなくてはならない。
消火へ行くお膳立ては整っていた。あとは決断あるのみだ。
決断する前に、浅田にはもうひとつ確かめておきたいことがあった。
「小松三曹、消火班を指揮している者は?」
「聞いていませんが、今の時間が非番の者でしょうから通信室の誰かかと……」
「それじゃ消火がはかどらないわけだ」
通信兵は特別専門職なので、入隊してから基礎の戦闘訓練もそこそこに通信学校へ入学しなければならないため、たとえ士官でも大勢を指揮することには慣れていないはずだった。
「よしっ、俺が行ってくる。小松三曹、しばらくここを頼んだぞ」
「えっ、持ち場を離れたら……」
「いいんだよ。こういう場合には実戦を経験した士官が必要だろう。なにしろ俺たちは、この三日間で何度も経験させられたのだからな」
もちろん隊規違反なのはわかっていた。浅田が行っても確実に消火できるとは限らないものの、少なくとも通信士官に任せておくよりはいいだろう。
とはいえ、平時であれば浅田も上甲板の防火管理者として登録されているのだから、まったくの越権行為や隊規違反ではなかった。
浅田は小松の返事を待つまでもなく、砲塔後部の扉から外へと出た。
出た途端に、迷惑騒音をはるかに超えた敵機の爆音と菊水部隊の射撃音とが浅田の耳に飛び込んできた。
主に空襲を受けているのはやはり戦艦『大和』だったが、流星ヘリが海上自衛隊の直援に就いたこともあってか接近してくる敵機はまばらだ。
「行くほどのことはないかもしれないな」
この状況なら、グラマンからの機銃掃射を恐れて、消火作業がストップすることはないのではあるまいか。
しかし、適切な消火の訓練を受けている者が指揮しないことには、被害が広がってしまうこともある。
この際だ。甲板上から海戦の全貌を眺めてみたいという誘惑を満たすためにも行くべきであろう。
火災の場所は浅田のところから五〇メートルほど後方だった。一般と比べて遅いと認識している浅田の足で走っても、十数秒ほどの距離である。
「待ってろよ」
浅田は揺れる甲板の上を全力疾走した。
火災の煙がさっきよりも黒ずんでいる。
浅田が到着するまでに、大きな炎が今ぞとばかりに何度も
案の定、消火班を指揮していたのは定年間近の通信暗号長だった。消火訓練など参加したことがないに違いなく、班員がかえって混乱しているように見える。
例えば海水を
「貸せっ!」
浅田は非番の通信兵と思われる者からホースの一部分を奪い取ると、その者に向かって指示を出す。
「ロープだ!」
「は、はいっ」
通信兵が第二艦橋下の物置からロープを探して持ってくる。
丸く巻かれているロープの端でホースを舷側の
「おお、浅田も非番だったか。これは心強いな」
浅田は応とも否とも返事をしなかった。通信暗号長に迷惑がかかってはならないからだ。
「これで放水が途切れることはありません。まずはミサイル誘導アンテナを冷やしてください。熱で溶けると使い物にならなくなるんです」
「わかった。そうしよう」
返事を聞いて安心した浅田は、五インチ砲塔へ戻ろうと思った。『はくば』を狙ってくる敵機もなさそうだし、火災は誰が指揮しても時間の問題で鎮火する。
ふと、浅田は戦艦『大和』に目をやった。
敵は象に群れる蟻のごとく『大和』に群がっていた。流星ヘリの編隊が菊水部隊の直援に向かおうとしないのは、『大和』以下の
それを証明するように、上坂一尉が伝授してきたという弾幕射撃が実行されていて、とくに『大和』に攻撃を試みた敵機が炎上し霧散している。
しかも、軽巡『
だから、敵にも余裕があるようには見えなかった。浅田たちが知っている史実とは違い、航空機が戦艦を撃沈できるような構図とは明らかに別物であったからだ。
海上自衛隊の艦隊が空襲される恐れがなくなったので、浅田にとってはまったくの高みの見物になった。海戦の全貌を確認したいという念願が
それでも完全な満足でないのは、航空機対水上艦艇という太平洋戦争中に定着してしまったパターンに不満が残っているからだった。
本当に見てみたいのは、戦艦同士による砲撃戦なのだ。
それも、実現することのなかった『大和』とアメリカ軍の新型戦艦アイオワ級の決定戦なら、身体の芯からゾクゾクせずにはいられないだろう。
もちろん、『大和』に勝ってもらわねばならなかった。『はくば』以下の護衛艦隊がどんなに優れた近代兵器を搭載していようとも、戦艦相手に戦うようには考慮されていない。砲撃戦で巨弾を応酬することを前提とした建造物に、五インチ砲の豆鉄砲や小型の対艦ミサイルなどが通用するはずはないのだ。
浅田はわずかな満足感とともに、五インチ砲塔への帰路に就いた。やって来た甲斐あって、火災も鎮火の
三
地震によって海底から浮上した遺跡の調査隊長を文部科学省から任命されていた古田祥二郎は、ここで隊長らしい指示を初めて出した。
「さあ、日が暮れないうちに水を搔き出してしまおう」
三〇分ほど休んだのだから、と若い学生たちを再び作業にかき立てたのだ。
若宮の教え子にもかかわらず古田が遠慮しなくなったのは、安藤由紀に疑問視されたからかもしれなかった。
「古田さんが隊長なのに」
と由紀に言われたことだ。
それはともかくとして早くピラミッドの中へ入りたいという気持ちは、古田だけでなく若宮にも藤崎にも学生たちにも共通する願いであった。
しかし、水搔き作業など想定していなかったから、ポリバケツがひとつあるだけで、それぞれの携帯品であるスコップや飯盒といった小さなものでしか作業できなかったのだ。
そもそも海底から浮上したばかりの遺跡なのだから、ポンプ付きの排水装置くらい用意しておくべきだったのである。
本来なら古田以外の後発隊が必要な機材を揃えてやって来るはずだった。抜かったのは古田のせいでも若宮のせいでもない。
「おかしいなあ」
大学卒業後も仕事に就かず、ブラブラしているうちに若宮の考古学研究会に顔を出し、調査隊に加わることとなった藤崎直行が腰を伸ばしながら言った。
「この程度の水溜まりなのに、なぜ水かさが減らないんだ? それに気のせいかもしれないけど、休んでいる間に水が増えたような気がする」
古田は、そうかもしれないと思った。先ほどは大勢で水搔きしたのでいくらかは減ってくれたのだが、疲れが残っている今は一向に減ってくれる気配がないし、たしかに休んでいた間に増えたような気がする。
「中からの湧き水があるのかもしれない」
そう結論付けるのに時間は必要なかった。ピラミッドや石畳を形成している
若宮が由紀に言った。
「それは厄介だな。安藤さん、本当にこの中のレバーが入口を開けてくれるスイッチなのかい?」
いくら
由紀が困った表情で若宮に答えた。
「ええ、ここが一番強く感じますから……」
「何を感じるというのですか」
皆が作業の手を止めて、若宮と由紀の会話に聞き入った。
「何がと言われても困るのですが、中から何かが私を呼んでいるのは確実なのです。ここが入口だとちゃんと示してくれているのです」
「それなら、どうやってスイッチレバーを動かすんです? このままじゃ、いつまでも
若宮の口調には、古田が考古学にド
古田がこの場をフォローしようとしたとき、由紀が強い口調で言った。
「私がレバーを動かしてみます」
「なるほどね。遺跡を見守る巫女なら、動いてくれるというわけですか」
若宮の皮肉は止まらない。
由紀が水溜まりの中央部分まで進み、長靴の底で場所を探ってからしゃがみ込んだ。そして、水溜まりの中へ腕まくりをした右手を差し入れていった。
由紀は目を
「むうっ!」
一瞬、由紀が
と同時にピラミッドの壁面から足元へと、余震とはまったく異質の地響きが伝わってくる。
「おおっ!」
思わず壁面のほうを振り向いた古田の目に、人がやっと通れるほどの長方形の真っ暗な通路が飛び込んできた。
「藤崎君、どんなふうに開いたのだ!」
古田が見たときにはすでに開いたあとだったので、最初から壁面を向いていた藤崎に確かめた。
「それが……、石の扉が下へ落ちるような動きでした。古代にこんな仕掛けが作れただなんて、信じられませんよ」
「そうか。水圧を利用した仕掛けだったのだな」
古田はすぐに納得した。水溜まりの中にあるものは、水圧装置に雨などで溜まった余分な水分を逃がすための弁の役目をしているのだろう。
スイッチと考えていたものはスイッチではなかった。あくまでも巫女たる由紀が、内部の者の求めに応じて開かせたのである。
「一体どういう仕掛けなのだ! 安藤さん、あなたはスイッチをどう動かしたのかね?」
自分が作動させられなかった腹いせを、若宮が由紀にぶつけた。
だが、返答に困っている由紀の代わりに口を開いたのは藤崎だった。
「
もっともな意見だ。若宮が由紀を困らせてばかりいては、いつまで経っても良いチームワークなど形成されない。
「皆さん、行きますよ」
古田はまたもや隊長としての指示を出し、無用な議論に終止符を打った。
真っ先に動いたのは藤崎で、まだ納得のゆかない若宮が自然と最後尾になった。
四
空襲の心配のない海域へ出ると、中国海軍の原潜から国際海洋モールス信号での連絡があり、浮上すると言ってきた。
柳瀬一等海上保安正は、通信室の有明整備士に船橋に急いで来るよう伝えた。
有明二等海上保安士がやってきたとき、原潜はすでに浮上を終えていて、司令塔に真っ白な制服の幾人かが姿を現わしていた。
「カッター降ろせ!」
一〇〇メートルほどの距離まで近寄ってから、王艦長以下を『りゅうきゅう』へ招くためのカッターボートが一〇人の漕ぎ手とともにクレーンで海面へ降ろされる。
すぐさま艇長の掛け声が始まって、一〇人の漕ぎ手がオールを揃えて漕ぎ出した。最後尾の縁でメガホン片手に立っている艇長のそばには、通訳として有明保安士が控えていた。
三〇メートルほど漕ぎ出したとき、一機のF15イーグル戦闘機が約五〇〇メートルの上空をよぎった。
柳瀬が原潜の位置を逐一報告させていたので、いつでも支援に駆けつける態勢が整っていたのだろう。
原潜が浮上したのを知って、敵意を持ってはいないかと確かめにきたのだ。
柳瀬としても航空自衛隊の戦闘機が来てくれたことで安心できた。原潜があまりに従順だったので、まだ半信半疑だったのである。
王艦長以下を一旦海上保安庁の『りゅうきゅう』に収容し、そこからヘリで海上自衛隊のイージス艦『はくば』へ護送することになっていた。
しかし、『はくば』は戦闘中であった。武装していない救難用のヘリで行くのは危険が大きいので、艦隊司令の津島海将補からの指示があるまで『りゅうきゅう』で待機することになるだろう。
柳瀬は双眼鏡で王艦長の顔を確かめようと思った。それらしき服装の人物が司令塔に三人並んでいるが、中央にいる年配の人物が王艦長と思われる。
柳瀬は首から下げている双眼鏡ではなく、船橋に備え付けのもので確認してみた。口径が二〇センチあり、一〇〇メートルぐらいの距離ならテレビ画面のアップくらいには拡大してくれる。
王艦長らしい男は、隣の者と話し込んでいた。艦の留守を頼んでいるのか、はたまた海上自衛隊の責任者である津島海将補と面会したときのための事前打ち合わせをしているのだろうか。
横顔しか確認することはできなかったが、三〇分以内にはこちらへ到着するのだから、どうしても確かめなくてはならないことではない。
とはいえ、面構えなどからある程度の人物像は察することができるので、付け込まれないためにもできることなら確かめておきたかった。
やがて、カッターが原潜の舷側に到着すると、王艦長らしき人物は後ろ向きになってしまった。司令塔から甲板上へ出るためであろう。
一度姿が隠れて甲板上に再び現われたとき、柳瀬ははっきりと王艦長の表情を確認した。
いかにもコケ脅しにしか見えない八の字
「なるほどね。共産主義の中の特権階級ってわけか」
一三億人の人口中八〇万人しかいないという共産党員だからこそ特権階級である艦長になれたのだと柳瀬は推察した。中国海軍では原潜が主力艦なのだから、原潜の艦長は海軍の要職ということになるのだろう。
「よしっ!」
最初の一言こそ肝心だった。あまりに友好的に構えたら、日本という国が甘く見られてしまう。かといってこちらも尊大に構えたのでは、紛争のもとになる。
柳瀬の頭の中に、ほどよいところが出来上がっていた。
一行がカッターボートに移乗した。艇長の合図で、一〇名の漕ぎ手がオールを揃えて水中に入れる。
「一〇分ほどで到着か。おい、会議室に私の椅子を運んでおいてくれたまえ」
柳瀬は航海士の一人に指示をした。海上保安庁の船隊司令として赴任したときにあてがわれた自室の椅子を、会議室へ移動させるためだ。
会議室にあるのはステンレス製の折りたたみ式だったから、指示を受けた航海士が誤解をして言った。
「王艦長のために用意するのですね?」
「いや、私が座るのだよ」
航海士が、柳瀬の意図を図りかねて驚いていた。
五
戦艦『大和』に群がる敵機は、対空砲火を恐れてか遠目に魚雷や爆弾を投下した。
当然のごとく爆弾は舷側に水柱を出現させるだけで、魚雷は『大和』に回避する時間的余裕を与えてくれた。
それでも、爆弾や魚雷を回避するたびに『大和』は防空輪形陣の中心から外れてしまい、周囲で円陣を形成している護衛艦艇群からの支援を効果の薄いものにしてしまう。
その隙を狙って、何機かのヘルダイバー急降下爆撃機が、アベンジャー雷撃機が、勇敢にも肉薄してきた。
最初に命中した爆弾は第二砲塔の
空は『大和』の高角砲弾が描いた真っ黒な炸裂煙が無数に広がり、海面はその砲弾の破片によって細かな三角状の飛沫を絶えず飛び跳ねさせていた。
『大和』と同型の『武蔵』を半年前にフィリピン近海で沈めた経験から、アメリカ軍のパイロットたちは『大和』がとてつもないほど頑丈な艦だということを知っていた。
だから、魚雷も爆弾も左舷に集中させるようスプルーアンス大将から厳命されていた。
『武蔵』のときには両舷へ均等に損害を与えたばかりに手間取ってしまい、そのために他の艦にはろくな損害を与えることができず、結果として護衛空母部隊を悲惨な目に遭わせてしまったのだ。
ところが、明らかにフィリピン沖海戦のときとは対空戦闘の方法が違って見えた。『大和』は接近してくる一機一機に照準を合わせるのではなく、接近してきた機にだけ決められた空域に向けて射撃をしてきたのだ。
それはまるで、『武蔵』を仕留めた次の日の様相に似ていた。
翌日になってフィリピン北方の海域で発見した日本の空母部隊を空襲し、四隻の空母は撃沈できたが二隻の航空戦艦を無傷同然で逃がしてしまったときと同じである。
そのときの二隻の航空戦艦は今の『大和』と同様、弾幕射撃に徹していた。
すでに航空機有利の絶対的な信頼は失墜していると言えた。
ことに、後方に控えている見慣れない型の艦ばかりで編成されている艦隊には、先日の海戦では近寄ることもできなかった。接近するはるか以前にロケット弾らしいものが飛んできて、いかに
悪夢のような兵器に加え、プロペラが上部についている奇妙な格好の直援機が接近を許さなかった。さらに今、プロペラのまったくない超高速の戦闘機が、その艦隊の上空を完全に援護している。
「本当に日本軍なのか」
アメリカ軍のパイロットたちは、皆一様に疑問を感じた。
明らかに何かが違っていた。
半年前とは根本的に違う何かが。
まるで異次元からやってきた軍隊のように思えたのである。とにかく爆弾一発を命中させたことが奇蹟に近いのだ。
だが、後ろに控えている未知の艦隊が、先日の兵器使用を温存していたからこそ爆弾を命中させ得たものと知っていた。奴らは帰るべき母艦のみを
ならば、無駄とも思える空襲などやめて、引き上げて防衛に徹するべきではあるまいか。
奴らを仕留めるには、リー中将が提唱するように戦艦部隊のお出ましを願うより他にあるまい。
まだ爆弾や魚雷を投下していない機が、その場で海中投棄をして帰り支度を始める。
出撃前に比べると、五〇機ほど減っていた。それでもまだ軽い被害だったといえるだろう。
六
中国海軍原潜の王艦長は、思った以上に尊大な態度をとる人物だった。芝居がかった八の字髭が、それを如実に表わしている。
『りゅうきゅう』に到着した瞬間から、こんな小さな船に招くのかと不満をもらしたのが、通訳の有明保安士を通じてバレている。
柳瀬一等海上保安正は、努めて冷静になって会議室へと案内した。
そして、上等なレザー張り椅子に座ろうとする王艦長に待ったをかける。
「こちらの席へどうぞ。そこは私の席ですので」
当然、王艦長が怪訝な顔をした。今にも怒り出しそうでもある。
だが、先に柳瀬がレザー張りに腰掛けてしまったので、王艦長も仕方なく柳瀬の勧めに従ってパイプ椅子に座った。
すぐさま柳瀬が外交の口火を切った。
「王艦長。勘違いされては困ります。我々海上保安庁は国際法に
途端に王艦長の顔が真っ赤になった。罪は罪としても、
王艦長が怒り出す寸前のところで、柳瀬は補足した。
「ですが、その前に重大な事実を認識していただかなくてはなりません。双方にとって大切なことだからです」
「何だ?」
「この沖縄地方が一九四五年の四月にタイムスリップしたことは、ご存じでしょうな?」
「何だと! タ、タイムスリップ?」
通訳の有明保安士も困ったことだろう。そういう中国語はまず使わないだけに、翻訳には苦労したに違いない。
いや、中国語として存在しているのかどうかも怪しい、タイムスリップとはあまりにも常識からかけ離れた現象なのだ。
柳瀬はさまざまな証拠を挙げて詳しく説明した。
衛星利用の通信ができなくなったこと、沖縄以外のラジオ放送が当時のものであること、スプルーアンス艦隊が沖縄に迫っていることなど、原潜でもとっくに確認しているはずの事象をいくつも列挙した。
「うーむ、やはりそうだったのか……」
「ですから、領海侵犯のことは私の権限にて特別に不問にいたしましょう。どうぞこちらへ」
柳瀬は立ち上がると、今まで座っていた席を王艦長へ譲った。
「ああ、やっと客として認めてもらえるというわけだな」
「いえ、あくまでも仮の処置です。後ほどヘリでご案内いたしますが、海上自衛隊の津島海将補が我々の総帥ですので、あなた方の処置は津島海将補が決めることになりましょう」
王艦長の表情が、急に不安げなものになった。自衛隊へ連行されるという意識が強いせいか、あるいは日本側に従わざるを得ない境遇だからか、王艦長から尊大さがすっかり失せて従順な子羊同然になっていた。
王艦長がつぶやくように言った。
「那覇への寄港許可がいただけたとして、その先はどうしたものだろう」
柳瀬は本音で答えた。
「どこへも行くことはありませんよ。世界中で二一世紀は沖縄だけですから、世界が元に戻るまで滞在なさったらいいのです」
「それならありがたい」
「ですが、ご存じのようにアメリカの大艦隊が押し寄せてきています。決して安住の地というわけではありませんけどね」
すると、尊大さが戻った上に
「ははは、たかが旧式のアメリカ軍ではありませんか。我が原潜にて退治してみせましょうぞ」
どうやら王艦長は、アメリカをライバル視している平均的な共産党員らしかった。
「お味方いただけるのですね。ならば、津島海将補もあなた方の沖縄滞在を認めることでしょう。ただし、核兵器の使用はなりませんよ」
「なぜかね? 核兵器を使えばあっという間に片付くではないか」
「数カ月後には、アメリカでも原子爆弾が完成するのです。ヒロシマとナガサキに投下したものですよ。アメリカ軍は必ずや報復してくるでしょうからね」
「おお、それでは意味がないよな。だが、通常兵器でもアメリカの奴らを
置かれた立場をすっかり忘れてしまったような王艦長の口調だったが、柳瀬は気にせず、空母だと答えた。
「なるほど、空母だな」
二一世紀では、アメリカの空母こそが世界をリードする軍事力の象徴だった。どこへでも出かけて空爆できる存在として、中国海軍ではもっとも警戒していたことだろう。
「よろしい。さっそく攻撃といこうじゃないか」
王艦長が今にも出撃しようとしたのは、戦果を手土産に海上自衛隊の津島海将補と会見しようとの明らかな計算からだろうか。
柳瀬は、津島海将補に許可を得てから、と王艦長に説明し、会議室の入口に立っている保安隊員の一人を通信室まで走らせた。
七
安藤由紀は、ピラミッドの内部へ一歩足を踏み入れた。
誰が一番に入るのか、という段階で若宮教授が由紀を指名したのだ。
「巫女だっていう人がいるんだから、その人に先頭に立ってもらわないとね」
まだ皮肉たっぷりの言葉だったが、たしかに巫女である由紀が先頭に立つぶんには罠などの仕掛けを回避できるような気がする。
確実というわけではないが、直感あるいは耳では聞こえない内部からの呼び声に賭けてみようと思ったのだ。
懐中電灯でなるべく遠くまで照らしてから、由紀は一歩ずつ前進した。内部の空間は想像していたよりも狭く、両側と天井は二メートルほどの幅と高さしかない。
壁面は花崗岩を積み上げただけのもので、装飾などは一切なかった。ただし、永いこと海底に沈んでいたにもかかわらず濡れている場所などはまったくない。ピラミッドがいかに気密性を重視して建造されたのかが窺い知れる。
二〇メートルほど進んだときだった。前方に何かの像が立っていた。
「あれは?」
古田隊長が由紀に尋ねた。
由紀が正体を知る
由紀はしばらく目を瞑り、自分を招いている者から答えを聞き出そうとした。
だが、何も伝わってこない。
「ただの石像のようです。そばまで行けばわかるでしょう」
無責任のようではあるものの、危険な感じはまったくしなかった。
石像は、古代の兵士を彫刻したものだった。高さが三〇センチほどの正方形の台座の上に立てられているため背が高く見えたが、実際の身長は一五〇センチ前後だろう。
「藤崎君、メジャーで身長を計ってくれないか」
隊長の古田が指示をした。勝手に連れて来た由紀が壁面を破壊することなく内部への道を示したことから、古田は隊長としての完全な指導権を握ったようである。
「身長は一五二センチですね」
兵士の石像は、野球のホームベース型の楯と幅広の剣を手にしていた。楯は左半身を
甲羅のような
注目すべきは下半身で、ズボンではなく巻きスカート状のものだった。
しかし、兵士であるにもかかわらず穏和な表情をしている。由紀には遺跡に関する知識などはほとんどないが、侵入者を拒むための兵士の像は一様に怖い顔をしているものだと思っていた。
「これは大発見だぞ!」
若宮が、兵士像の顔を懐中電灯で照らした途端に叫んだ。
「おい藤崎、写真だ、写真!」
藤崎という青年は若宮の助手という役目だけあって、いつもこき使われていた。
ストロボが三回光った。学生たちも携帯電話に画像を納めている。
だが、ここで大きな問題が生じた。
この兵士の像をなんとかしないことには先へ進めないのである。兵士像は通路の中央にあって両脇から人は通れるのだが、探査機器などを載せた台車が通れないのだ。
兵士像の台座はただ置かれているのではなく、床に埋め込まれているようだった。
「破壊して進もうか」
若宮は言ったが、隊長の古田が猛反対した。
「ダメですよ、先輩。探査機器を置いていくべきでしょう」
入口が見つかったからには、探査機器はこの先不要と思われるが、まだ隠し扉などがあった場合必要になるかもしれなかった。だが、かといって像を破壊するのは不吉な予感がする。
由紀は古田の意見に賛成した。
「若宮
「まあ、どこかに兵士像を動かす装置があるかもしれんしな。わかったよ、巫女のあんたを信じてみよう」
若宮が決して本心から言ったのではないことは由紀にもわかった。破壊しながら奥深くまで行くのは素人でもできることだから、考古学者としての自分の名を惜しんだに違いあるまい。
一行は探査機器を兵士像の横に置くと、背負っているザックの中身を、着替えや食料といったものから探査に最低限必要なものに入れ替えた。
「さあ、準備はOKですよ。由紀さん、お願いします」
藤崎は軽い感じのする青年だったが、素直で明るいところが由紀には好感が持てた。
「はい、では行きましょうか」
先は長かった。ピラミッドの底辺がおよそ一二〇メートルなのだから、まだ一辺の四分の一程度しか進んではいないはずだ。
にもかかわらず、またもや兵士像が出現した。どうやら等間隔に置いてあるらしい。
しかし、今度の兵士像は少し表情が違っていた。先ほどの像は日本人というかアジア系の顔だったのに、今度の像は明らかに西洋人なのだ。鼻筋は高く、身長も一七〇センチはある。
古田が由紀に解説するように言った。
「なるほどね。この遺跡が伝説のムー大陸の一部だということが、この兵士像のおかげで証明できそうだよ。この先にもさまざまな民族の先祖にあたる兵士像があるとすれば、世界中を支配していた帝国だったという証拠になるだろうな」
いささか興奮気味の古田の口調に、若宮が水を差した。
「そうとは限らんぞ。なぜなら、世界中を支配していたのなら、兵士ではなく奴隷の像としてさまざまな民族の祖先が描かれているはずだ。むしろ、ムー大陸がひとつの国だけで治められていたのではないという証拠だろう」
「いや、しかし……」
「ローマ帝国を思い出せ。ローマの兵士はローマ人だけで、征服された側は奴隷だったのだ。いつ反乱を起こすかわからない他民族に、武器を持たせる馬鹿はおるまい」
たしかに若宮の説のほうが現実的だった。とはいえ、それは由紀たちが歴史の時間で習った範囲でのことであって、ムー帝国が被支配者たちに寛容ではなかったという証拠にはならない気がする。
いずれにせよ、まだ内部へ入ったばかりなのだ。どちらの説も断言するには早すぎるのではなかろうか。
藤崎が二人の議論を治めた。由紀が言いたかったことを伝えてくれる。
「まあまあ、この段階での議論はよしましょうよ。まだ先は長いのですからね」
八
「敵は空襲の途中で退却したみたいだな」
「我々に恐れをなしたというところでしょう。先日から実力を見せつけておきましたからね」
津島海将補が語りかけたのは、横田慎吾作戦参謀だった。傍らには井原常吉情報参謀が控えている。
井原情報参謀が言った。
「だからこそ、警戒しないといけません。敵はきっと水上艦艇を前面に押し進めてきますよ。戦艦や重巡洋艦など、我々の兵器では歯が立たない艦艇群です」
思い込みが強い横田より、いつも冷静な井原のほうに津島は信頼を置いていた。史上空前の大艦隊を
とくにスプルーアンス大将のように名将として後世まで伝えられている人物であれば、無駄な犠牲を避けただけであろう。恐れをなしたなどというのは、あまりにも傲慢な考え方だ。
だが、横田を注意するようなことはしなかった。いつものことであり、津島が取捨選択を誤らなければいい話だからだ。出撃中に意見するなどというのは、相手のモチベーションを下げるだけなのだ。
「戦艦部隊とは厄介だな。『大和』に任せるしかないが、『大和』一隻だけでは対処しきれまい」
昨日戦記マニアの須貝二曹から聞いた戦史によれば、敵は戦艦だけで一四隻、巡洋艦ともなると三〇隻近くいるという。
「井原よ、砲撃戦中に我々が『大和』の支援ができるとしたなら、何だろうか」
「そうですね。今回の空襲ではせっかくSM3対空ミサイルの使用を節約して大部分を確保しておいたのですから、それで敵機を一切排除してあげることではないでしょうか。砲撃に集中してもらうために」
「いや、それだけでは『大和』の負担が大きすぎる。いかに『大和』といえども、一四隻もの敵戦艦を一度には相手できんだろう」
大和の四六センチ砲は世界一の射程と威力を誇っている。装甲の厚さも世界一で、通常ならばどんな戦艦も寄せつけない。
だが、接近戦となると話は別だった。
一万メートル以内の接近戦になると、砲の威力は格段に増すため『大和』の装甲といえども安心はできないのである。
とくに『大和』の主砲塔は三基しかないので、最大でも三方向の敵にしか相手にできないわけで、敵が多方向から迫ってきた場合には接近戦に持ち込まれる可能性がある。
「横田と井原に命ずる。積極的な『大和』への支援策を今のうちに考えよ。もちろん航空自衛隊の戦力も含んでの上だ」
そう告げると津島は二人の参謀から離れ、会話の相手として参謀たちの代わりに須貝二曹を艦橋へ呼んだ。
「お呼びでしょうか」
須貝は息を切らしていた。艦長ではなく艦隊司令からの直々の呼び出しなので、CIWS高性能機関砲塔から駆け足で来たに違いない。
「須貝二曹、非番の者から一名に君の代わりをさせるから、君は私へのアドバイザーとしてこれからは艦橋にいてほしい」
「承知しました。お役に立てるのでしたら光栄です!」
「ついては、下士官という立場では艦橋勤務に具合が悪いので、二階級特進の三尉として艦橋付き士官を命ずる」
旧帝国海軍から受け継がれているしきたりがあって、艦の中枢というべき艦橋で勤務する者はそれなりの階級でなければならないのだ。
「ええっ、俺が三尉ですか!」
須貝自身が驚いていた。あまりにも唐突だったために、自衛官としての礼節を欠いた態度と発言になってしまった。
「不満かね?」
「とんでもないです! ありがたいと思っております。ただ、三〇分ほど時間をいただけないでしょうか。これまでお世話になりました上坂一尉に挨拶して参りたいと思いますので」
「よかろう、当然のことだ。しかしなるべく早く戻って来てくれよな」
須貝が敬礼をして退出した。
一方、津島にはこの件に関してもう一人了解を得なくてはならない人物がいた。艦内の人事権は艦長にあるので、葛西正一郎艦長に承諾を得ないことには正式な昇進と転属にはならないのだ。
そう思ったところへ、仮眠を終えた葛西艦長が艦橋へ戻ってきた。
「葛西艦長、勝手なことをしてしまったと先に謝っておくのだが……」
津島は葛西に仔細を話した。
すると、葛西が
「私のほうこそ須貝をいつ艦橋へ呼ぼうかと迷っておったのです。ただ、司令からそうした要望がありませんでしたので、ためらっておりました」
「ためらうのは当然であったろうな。戦史に詳しいというだけで二階級も特進させたら、他の隊員に申し訳ないと思うのは当たり前だよ」
「ですから、司令からの特別な計らいという形にしたかったのです」
「いや、私のほうこそ今まで艦長に遠慮して言い出せなかったのだよ。もっとも、須貝はずっと『大和』へ赴任中だったがね」
これで胸のつかえが下りた。
しかし、二人の参謀たちからの建言はまだなかった。
次の戦いは正念場、しかもかなり不利な状況であると、津島は感じずにはいられなかった。