第一章 菊水の旗



「それにしても、あなたはどうして入口の場所がわかるのですか」

 文部科学省から海底遺跡の調査隊長としてぐにじま沖へ派遣された古田しようろう国立学術調査室長は、自らを巫女みこだと言っている安藤由紀の家系に何か特別な言い伝えでもあるのかと思って質問した。

 どう見てもただの主婦でしかなく、五歳になる慶太という子供をフェリーの中で世話していた姿は、巫女という神秘的な存在とはどうにも結びつかないのである。

「わかるのです。ただなんとなく」

 由紀が固い表情で答えた。

 だが、それでは答えにはなっていない。古田たちのように科学的な調査をしてきた者にとっては、もっと具体的な理由が聞きたいのだ。

 ではどう聞き出せばいいのだろうかと考えていると、由紀が言った。

「なんとなく、ではダメですか。でも、そうとしか言いようがないのです。私には、入口の場所がわかるというよりも、感じるのですから」

「感じる?」

「ええ、感じます。強く感じるのです。私に来てほしいと」

「ずいぶんオカルト的ですね。探査機器によれば、ここがピラミッドの入口とは思えないんですよ。先ほど若宮先輩たちが探し当てた場所のほうが入口なんじゃないのですか」

 先発隊としてピラミッドの調査をしていた若宮三郎東京大学教授と彼が大学内で主催している考古学研究会の学生たちが、国土交通省の地質調査隊から借用した探査機器を駆使した結果、由紀が言う場所の内部には空洞らしいものは見当たらないのである。

 もしもここにダイナマイトを仕掛けたとしても、推定で数メートルの厚さのある壁を壊せるとは思えないし、壊したならピラミッド壁面の強度が下がって崩壊する恐れさえあるのだ。

 そのとき、藤崎直行が話に割り込んできた。

 藤崎は若宮の教え子だが、卒業後も定職には就かず考古学研究会にときおり顔を出している青年である。古田から見ればかなりのお調子者で、考古学にはあまりふさわしくないと思われる若者だった。

「古田先生。この人から聞き出そうとしても無理ですよ。他人に漏らしてはいけない秘密を継承しているからこそ巫女なのでしょうから」

 どうやらこの藤崎は、考古学と冒険ファンタジーとをごちゃ混ぜにしているようだった。古田の質問の重要性がわかっていないのだ。

 ところが、考古学では古田の先輩にあたる若宮までが藤崎に同調して言った。

「古田よ。おまえが隊長だから仕方がないが、素人しろうとの女性を連れて来たあげくに皆を戸惑わせるつもりか。おい、音波探信儀はどういう結果を導き出したのだ?」

 そう言って、若宮が学生の一人に尋ねた。

 音波探信儀を操作している学生が、戸惑った表情で若宮に答える。

教授せんせい。何回やってみても結果は同じです。ここは分厚い石材による土台なので、とても出入口だとは思えませんよ」

 古田のほうが戸惑っていた。子供の世話を放り出してまで調査隊に志願した安藤由紀を信じたいとは思うものの、由紀の言い分と探査機器での調査結果があまりにもかけ離れているのだ。

 古田はもう一度由紀に確認した。

「本当にここが出入口なのですね」

 由紀がコックリとうなずいた。そして、壮大なピラミッドの斜面を形成しているひとつの岩に両手を当ててめいもくを始める。

「聞こえます。いいえ、心の中に響いてくるのです。中から私に助けを呼ぶ声が!」

 そう言った途端、由紀の身体が膝から崩れた。古田が支えてやらなかったなら、石畳の上に倒れ込んでいたところだ。

 古田の腕の中で、由紀は目を開けたまま気を失っていた。黒目が消えてしまっていて、白目をいている。

「いかん! 誰かシートを敷いてくれ」

 ともかく横に寝かせて落ち着かせなければならなかった。

 ゆっくりと横たえさせたとき、幸いにも由紀の意識がすぐさま戻った。

「済みません。私……」

「あ、起き上がらないで。少し身体を休ませてあげないと」

 由紀は寝不足なのではないかと古田は思った。昨晩、廃業した実家の温泉宿で古田をもてなすために、ほとんど眠れなかったのではなかろうか。

 加えて、出発したのが早朝というよりもまだ夜中であった。慶太の世話もあったろうし、疲れはピークに達していたはずである。

 ところがこのとき、由紀があたかも別人になったかのように言い始めた。

「私……、どうしてこんなところに?」

「え? あなた、まさか記憶が?」

「記憶は確かです。気を失って寝かされたこともわかります」

「あなたが、出入口はここだと言ったことは覚えていますか」

 途端に由紀が目を丸くした。まったく覚えていないらしい。

「私がそんなことを?」

「私が誰だかわかりますよね」

「古田先生です」

「じゃあ、あなたが私たちをここへ導いてきたことは?」

「えっ。噓でしょう。私がこんな場所なんか知っているはずがありませんもの」

 由紀が噓を言っているとは思えなかった。

 だが、からのフェリーの中で頭痛がすると言っていたときから、由紀が何かに取りかれているように古田は感じていた。

 いま、その憑きものが落ちたのだろうか。

「由紀さん、確認のために聞きますが、ピラミッドの出入口はどこなんですか」

 古田は努めて優しく質問してみた。

 すると、由紀が申し訳なさそうに答えた。

「そんなこと、私が知るはずがありません。私も初めて来た場所なのですから」



 那覇市内は騒然としていた。

 しろ英明沖縄県知事によって、沖縄県が一九四五年の同月同日にタイムスリップしたことが県民に報じられ、旧アメリカ軍の接近までが伝えられたのだ。

 そのため、道路は北部のくにがみ地区に向かう避難者たちで渋滞し、とくに国道五八号線と三二九号線では車同士による衝突事故などもあって、さらに渋滞の度を増していた。

 人々が国頭地区を避難場所に選んだ理由は、戦争の記憶に基づいてのものだった。

 ちょうど七〇年前の四月、旧アメリカ艦隊は海岸に押し寄せ、先発隊として派遣された六万名の上陸部隊で沖縄本島南部を一挙に押さえた。

 最終的に上陸したアメリカ軍は三〇万名にもなり、老人たちの記憶にはまだ鮮烈なものとして残っているという。

 国道の渋滞に加えて、陸上自衛隊の諸部隊が移動するために、高速道路である沖縄自動車道への一般車の乗り入れが規制されていた。

 沖縄本島に駐留している陸上自衛隊の諸部隊は、まるで住民たちと入れ替わるように那覇市内へ乗り入れるなり、無人になった家の庭にのうを積み上げて高射砲を設置していった。

 また防空壕がいたる場所に掘られ、掘り出された土が土囊用の袋に詰められたため、南国の風情を漂わせて美しかった市内の風景はわずか半日ほどで一変していた。

 とくに地対空ミサイルの発射陣地に選ばれた場所では邪魔になる樹木が伐採され、家屋の一部さえもが容赦なく取り壊された。

 さらには、高層のオフィスビルやマンションの部屋にも自衛隊員たちが鍵を壊して侵入した。

 彼らは対空機銃の設置場所として、そういうビルを選んだのである。

 ここに至っても、与那城知事は自衛隊の無法ぶりを非難することはできなかった。自衛隊への全面協力を惜しまないと表明した以上は、県民たちにも耐えてもらうしかないのだ。

 もっとも、軍事に素人の与那城知事でさえ、高層ビルの要塞化は当然だと思えた。

 七〇年前の日本軍はあっさりと那覇を占領されてしまったが、今回は必ず守り抜いてやるという自衛隊の心意気は充分に伝わってきている。

 もちろん、自衛隊が防衛陣地を構築したのは那覇市内ばかりではなかった。金武きやん湾となかぐすく湾沿岸にある沖縄市やうるま市といった都市でも同様で、とくにうるま市から海中道路で結ばれているじまはましまなどは全島が瞬く間に要塞化されていった。

 両島には地下壕要塞までが構築された。工兵隊が多くの土木作業の重機を運んできたかと思うと、二時間後にはざんごうだらけの島へと変貌していた。

 自衛隊の驚くばかりの土木技術と作業効率は、あらかじめ沖縄本島の有事を想定して駐留していた工兵隊が存在していたからだった。

 もともとは対中国軍を想定して自衛隊一の工兵部隊が派遣されていたのだが、彼らとて旧アメリカ軍と戦うことになろうとは思いもよらなかったであろう。

 一方、再編が進んで基地が嘉手納だけとなっていた在日米軍は、空軍がB29による爆撃で全滅したため、身の安全は陸軍部隊に委ねるしかなかった。

 しかし、この在日米軍の立場は微妙なものである。

「同じアメリカ人同士で戦えるか」

 在日米軍司令官のハワード准将が旧アメリカ軍への特使として出向いたまま消息を絶ってから、指揮を代行している情報部長のサマートン少佐は努めて中立を守ろうと決心していた。

 サマートン少佐は、陸軍部隊へ基地の防衛に専念するよう通達するとともに、基地の周囲に張り巡らされている鉄条網や金網フェンスだけでは不充分と考えて、その内側に空堀や塹壕を掘ることを命じた。

 ここでも、あっという間に命令が実現されつつあった。七〇年間の土木技術と機器の進歩がサマートン少佐の命令遂行を容易にしたのだ。

 滑走路以外の場所には無数の塹壕が掘られた。同時に防空壕の拡張と増設も開始され、本島の中ではとくに風光めいな場所から選ばれていた基地が、戦うための基地へと完全に変身していた。

 部下の一人が、サマートン少佐に建言した。

「滑走路にペンキで星条旗を描いてはどうでしょうか」

 聞いた途端、サマートンは危うく承諾しそうになった。

 たしかに名案ではあるのだが、この基地を利用しようとしてかえって旧軍が押し寄せてくるかもしれないし、利敵行為として日本の自衛隊から攻撃を受ける恐れも考えられないではない。

「いや、それはまずかろう。ハワード准将なら賛成されたかもしれないが、私は反対だな」

「ですが、旧軍はまず陸上の飛行場を占領しようとしてくるでしょう。無益な戦いを避けるためにも、旧軍と敵対する意思がないことを示しておくべきです」

 そうだとは思う。サマートンとしても本当はそうしたいのだ。

 とはいうものの、あくまでも中立でなければ双方から攻撃されるであろう。

「星条旗ではなく、赤十字の旗でも描いておけ!」

 サマートンは、思うに任せない腹立ちを抑えることができずに、部下に向かって吐き捨てるように言った。

「ハッ、了解しました」

 部下が敬礼して立ち去った一時間後には、馬鹿正直にも滑走路の三カ所に赤十字の旗が大きく描かれていた。



「中国の原潜を追うぞ!」

 第一一管区海上保安部の一等海上保安正やな浩幸は、五隻の巡視船隊を指揮してスプルーアンス艦隊への監視活動をしていたのだが、ピケットラインと呼ばれるアメリカ艦隊の前衛監視部隊との交戦を無事に切り抜けた今、帰還する途上にあった。

 今後の予定としていしがきじまに駐留している陸上自衛隊の諸部隊を沖縄本島へ輸送する任務を引き受けようと考えていた矢先に、中国の原子力潜水艦を発見したのである。

 他国の原子力潜水艦がタイムスリップ後の世界に紛れ込んでいるということは、明らかにそれ以前に領海侵犯があったことを証明していた。

 そして、領海侵犯を取り締まることこそが海上保安庁の本来の職務であった。

「しかし、どこへ行くつもりなのか」

 原潜は、巡視船隊が先ほどまでアメリカの駆逐艦から攻撃を受けていた海域へと向かっていた。

 たしかにこの時代ではアメリカと中国は連合国同士だったが、それは二一世紀の中国海軍には当てはまらない。

 それとも、自衛隊が帝国海軍とコミュニケーションできたように、原潜はアメリカ軍の味方をするつもりなのだろうか。

 もしもそうであるならば、しき問題だった。なぜならば、中国原潜は核弾頭ミサイルを搭載しているかもしれないからである。

 あと四カ月もすればアメリカでも原子爆弾が完成するとはいえ、二一世紀の沖縄に使用されてはたまらない。

 その前になんとしてでも追いついて、かくの末に反転させなくてはなるまい。

 たとえ今のところはアメリカ軍に協力する意思がないとしても、出会ったときには協力するようになるだろう。中国の沿岸地域は日本の陸軍の勢力圏にあるのだから、原潜はアメリカ軍に協力する以外に行くべきところがないからだ。

 柳瀬は巡視船『りゅうきゅう』のソナー室から逐一報告を受けながら、原潜が潜んでいるあたりの海面と海図とを交互ににらんだ。

 原潜が向かっている先の海域は、先ほどまで柳瀬たちが敵駆逐艦隊と戦っていた場所だが、今もまだ、巡視船隊の支援にやってきた航空自衛隊の戦闘機隊が戦っているのだろう。ときおり砲声と爆発音のようなものが、かすかに轟いてくる。

 原潜としても、行く先に大艦隊が存在していることを知っているはずなのだ。それに、交戦中だということも。

「奴らの狙いは一体何なのだ?」

 肝心なことは、敵か味方か中立かということである。味方をしてくれるのであれば言うことはないし、中立なら日本の領海から退去してもらうだけでいい。

 しかし、敵ということになると、領海から追い払うだけでは済まなくなる。今のうちに攻撃手段を考えて、撃沈しておかなくてはならない存在であろう。

 巡視船『くだか』から緊急通信があった。

 船隊の先頭を走っている『くだか』は排水量が一二六八トンの中型船である。

「敵潜が潜望鏡深度まで浮上! 通信を試みる模様なり!」

 どこの誰と通信しようとしているのか。タイムスリップ後のこの世界には通信相手などいないはずなだけに、柳瀬は疑問に感じた。

「ひょっとして、潜りっぱなしだったのでタイムスリップがあったことを知らないのだろうか」

 だとすれば、知ったときにはどうするつもりなのだろう。

 敵か味方か、はたまた中立か。

 柳瀬はこちらからも通信を試みるべきだと思った。味方になってくれればこんなに心強い相手はいないからである。

 原潜への通信手段は、音波による海洋国際モールス信号だ。原潜に一番近い『くだか』のソナー装置を利用して、モールス信号を送ってやればいい。

 柳瀬が通信士をそばに呼びつけたとき、二機のF15戦闘機が船隊の上空を横切っていった。基地方向へ向かっているところからして、補給のための一時帰還のようである。

 その証拠に、かすかだった砲声がはっきりしたものになってきて、水平線の彼方に閃光さえ確認できるようになっていた。

「通信士、『くだか』へ職務命令を伝えよ!」

 柳瀬は通信士に、メモ帳に殴り書きしたものを引き裂いて手渡す。

 船隊指揮官からの命令は即座に実行された。

 まず『くだか』から原潜へ領海侵犯している事実を告げ、返答を待つ。

 次に、返答があった周波数に通信機を合わせるとともに、原潜の通信アンテナが海面上に突き出されるのを待つことになる。

 もともとどこかと通信しようとしていた中国の原潜が、ソナー通信に応じてすぐに返答してきた。

 たった今F15戦闘機が上空を横断したので、威嚇だと感じてくれたのかもしれない。

「領海侵犯は謝罪する。行き先は中部太平洋であり、日本に対する害意はない」

 予想通りの返答だった。

 しかし、『くだか』への一度きりの返答の後は通信がプッツリ途絶えた。

「混乱しているのか、それとも……」

 あまり考えたくはなかったが、タイムスリップのことを知った上での行動と思えてならない。

 なぜなら、本国との通信ができなくなったことは確認しているであろうし、傍受する通信内容といえば第二次大戦の頃のものが圧倒的に多いだろうからだ。

 とくに、旧アメリカ軍と日本軍のものが大気中を大量に飛び交っている。

 待つこと三〇分あまり。

 原潜から返答があった。

「那覇港への寄港を許可されたし」

 行き場がないと感じたのは当然であろう。原潜だから燃料の心配がないとはいえ、食料と水の備蓄には限りがある。今すぐに枯渇するわけではないにせよ、現在の彼らにとっては、日本の、しかも沖縄県だけが唯一頼れる場所であるはずなのだ。

「本部の許可を待たれたし」

 柳瀬は『りゅうきゅう』から直接回答した。

 少なくとも第一一管区海上保安本部の中西栄次本部長と自衛隊の津島裕海将補に許可を得ないことには、柳瀬の一存ではなんとも言えない。

 場合によっては、寄港希望者が中国の潜水艦だけに、与那城沖縄県知事の許可も必要なのかもしれなかった。



 海上自衛隊の津島海将補は、スプルーアンス艦隊との決戦に臨むにあたって、陸海空の全軍を統括している。与那城知事からも協力するむねの言葉を得てから、事実上の総司令官として責任の重い立場であった。

 ただし、旧帝国海軍との共同作戦である手前、努めて作戦立案のみに限定するつもりであり、戦いそのものは、その道のプロである伊藤整一第二艦隊司令長官やかみしげのり連合艦隊首席参謀に任せるつもりでいた。

 津島が率いているのは、以下の艦艇だ。


 イージス艦  『はくば』

 護衛艦    『しらぬい』『しぐれ』

 ミサイル護衛艦『あさま』

 ヘリ空母   『いせ』

 高速警備艇  『はやて』

 輸送艦    『おじか』


『はやて』と『おじか』を除いて、艦隊はすでに出撃を終えている。戦艦『大和』以下の第二艦隊から一〇キロ後方に陣取る隊形をき、津島司令自身はイージス艦『はくば』を旗艦として、その艦橋で指揮を執っていた。

 出撃直後に津島が命令したことは、海上自衛隊の艦にも菊水の旗を掲げさせることだった。

 菊水の旗に描かれているのは、絶望的な戦いと知りつつだい帝からの要請によってみなとがわの決戦に赴いたくすのまさしげの家紋である。

 これは第二艦隊の諸艦がいずれも艦尾になびかせているものであり、沖縄特攻作戦にふさわしい悲愴な旗印でもあった。

 海上自衛隊が掲げるのは第二艦隊にあった予備で、共同作戦を採るための意識統一のシンボルとして、津島が伊藤中将から貰い受けたものである。

 燃料と弾薬の補給のために、航空自衛隊の戦闘機が何度も上空を行き来する。

 その中を潜り抜けてきた巡視船隊からの通信電波に、津島は驚いた。

「危機を脱して引き上げてくれるものと思ったら、まだそのような海域に……」

 しかし、通信文の後半はさらに津島を驚愕させるものだった。

「中国の原潜か。寄港したいと言うからには、少なくとも敵ではあるまい」

 でき得ることなら味方にしたいものだが、核兵器を使わせろと言われても困るのは事実だ。

 中国の原潜が、核弾頭ミサイルを搭載しているのは周知の事実であり、実戦で使いたがるのは核保有国のエゴである。

 しかし、タイムスリップがこのまま元に戻らないとしたなら、数カ月後にはアメリカが原子爆弾の開発を終えて実戦に使用してくるのだから、抑止力としての核が必要になるかもしれない。

 いずれにせよ、寄港させる前に原潜の艦長を旗艦『はくば』に呼んで、津島と意見交換をしてからのことであった。

「寄港の許可を与える前に、艦長を『はくば』にお招きしたい。決して捕虜にするつもりはないと伝えていただきたい」

 津島は巡視船隊の柳瀬一等海上保安正へそう返答した。

 その直後、スプルーアンス艦隊の前衛でピケットラインと呼ばれている駆逐艦部隊を攻撃していた戦闘機隊の隊長から敵状の報告があった。

「敵をせんめつせり!」

 どうにか緒戦は圧倒的な勝利に終わったようである。

 ところが、次に送られてきた敵状報告には津島もさすがに憂慮した。

「敵本隊発見! 空母四隻からなるグループ多数あり! 戦艦以下の水上艦艇の数にいたっては無数なり! 詳細確認は不可!」

 数えられないほどの大艦隊だということであった。

 津島司令はかつて「硫黄島からの手紙」とか「父親たちの星条旗」といった映画を見たことがある。映画上で、日本軍が防衛する硫黄島へ押し寄せたのは紛れもなくスプルーアンス艦隊であり、それは水平線から手前の海面すべてを埋め尽くすほどの大艦隊だった。

 もちろんあれはコンピューター・グラフィックだが、実際にスプルーアンス艦隊を目にすることができない津島にとっては、充分すぎるほどの鮮烈な情報記録として脳裏に焼きついていた。

「あのような大艦隊を相手に、果たしてミサイルや弾薬が足りるのだろうか」

 タイムスリップしたために、今後の補給は一切望めないのだ。輸送艦『おじか』の在庫が尽きたときと陸上基地の航空燃料などが底をついたときが、降伏を余儀なくされるときである。

 だが、降伏するつもりなら最初から戦うべきではない。それはかつて与那城知事から聞かされた論法であり、津島はそれを一貫して否定してきたといういきさつがある。

 津島は、迫り来るスプルーアンス艦隊のおぞましさに思わず身震いした。日本はアメリカの物量に負けたとよく聞かされたものだが、まさにそうなのだ。

 ある一定の物量差が生じたなら、どんな策略も、どんな優秀な兵器も、どんな名将も通用しなくなる。だから日本はカミカゼなどという特攻に走らざるを得なかったのであろう。

 津島の頭に、核攻撃の誘惑が一瞬よぎった。中国の原潜に核攻撃の許可を与えるという甘美な禁じ手である。

「いや……」

 それだけは断じてならなかった。そんなことをしたら、在日米軍が黙ってはいまい。おそらく基地内に密かに格納している核爆弾を、沖縄県民の頭上に落としてくるであろう。

 そんなことを考えていたとき、戦艦『大和』に内地から派遣されてきた神重徳首席参謀から連絡があった。神大佐は海軍一の切れ者として有名なのだが、目上の者を目上の者とは思わないところがあったということでも有名な人物である。

 神大佐からの通信は、次のようなものだった。

「目標の第一は敵空母なり! 空母のみを敵と考えていただきたい!」

 それには津島も異存はなかったものの、いかにも高飛車な物言いだった。

 だが、相手は戦争のプロだ。海戦の実質的な指揮権を渡すことに抵抗はない。

 とはいえ、海上自衛隊の実力を本当に認識しているのであれば、もう少し柔らかに、命令口調ではなく依頼形式の電文であってもいいのではなかろうか。

「まあ、いいか。多数の艦載機を撃墜するには弾薬やミサイルの在庫を気にしなくてはならないが、母艦を沈めてしまえば、艦載機は戻るところがなくなっていずれは消滅してくれる」

 津島が危惧していたことへの答えでもあった。

「敵の水上艦艇は菊水部隊にお任せあれ」

 ということなのだろう。

 ならば、気が楽になる。ハープーンミサイルの限界射程である一五〇キロ以内まで敵空母へ接近できれば、撃沈できないまでも、飛行甲板の修復が不可能な程度の被害なら与えられるはずだからだ。

 平常心を取り戻した津島は、中国原潜の艦長との対面に意識を移した。



 安藤由紀は、それでもピラミッド内部への入口がここだと感じていた。

 由紀の意識をコントロールしていた憑きものは落ちたようだが、それでもなお強い信念として脳裏に刻まれている。

 由紀は、ふと足元の水溜まりに注意を払った。永らく海底にあったため、大量の海水が遺跡のあちこちのくぼみなどに残っているからだ。

 由紀の足元には直径が三メートルほどの濁った水溜まりが広がっていて、長靴の足首のあたりまで海水をたたえていた。

「ああっ、ここです! この水溜まりの下に出入口への仕掛けがあるはずです!」

 初めて見るはずなのに、以前に一度訪れたように感じることを既視感デジヤビユというらしい。

 このとき由紀の感じたものが、その既視感であった。遠い先祖の巫女だった人物の記憶が、DNAとして彼女に受け継がれているのかもしれない。

 考古学研究会の卒業生だという藤崎直行が、真っ先に由紀の言葉に反応した。

「水溜まりとは気がつかなかったな。レーダー波が反射してしまうから、実際には機器探査していない部分だからね」

 それに反して、古田祥二郎と若宮三郎の両博士の反応は冷たかった。いかにも学者然として、由紀の素人意見を疑い始めていたのだ。

 由紀とて確証があるわけではなかった。

 しかし、明らかに何者かが由紀を呼んでいるのだ。ピラミッドの内部へと誘っているのだ。

「壁面のどこかにスイッチのようなものはありませんかね」

 藤崎が、反応の冷たい両博士に向かって言った。

「スイッチだと?」

 若宮の反応はとくに低かった。藤崎の発言を、まるで冒険ファンタジー映画じゃないのだぞとでも言わんばかりである。

 それに比べて、フェリーでコミュニケーションをとってきた古田のほうはいくらかましだった。

「若宮先輩、とにかくスイッチらしきものを手分けして探してみましょうよ。古代人だって、内部へ入るのにいちいち爆破していたわけではないでしょうからね」

「まあ、隊長がそう言うのなら探してみよう」

 由紀を入れて総勢九人が、壁面だけでなく石畳の床面に注意を向けた。

 由紀は長靴の底で濁った海水の水溜まりの中を探ってみた。なにかの突起物や小さくて深く窪んだ部分があれば、スイッチだと思われるからだ。

「あっ!」

 足にさらなる窪みの端が引っ掛かった。

 その窪みは、一辺が一〇センチ程度のほとんど正確な正方形だが、深さまではわからない。

「ここに何かあります!」

 由紀は皆へ大きな声で知らせた。

 全員が由紀のところへ集まってきた。海水が濁っていて様子がわからないため、藤崎がしゃがみこんで手を突っ込んだ。

教授せんせい、中にレバーのようなものがありますよ」

 藤崎が教授せんせいと呼んだ相手は、隊長の古田ではなく東京大学の若宮教授のほうだった。民俗考古学が専門だという。

「どれどれ」

 若宮も藤崎の隣にしゃがみこみ、手探りで目的のものを確認する。

「たしかにこれは何かを操作するためのレバーだぞ。引いてみるから、全員下がって!」

 由紀はあわてて五メートルほど離れた。由紀のすぐ横には古田が寄ってきて、若宮たちとピラミッドの壁面とを交互に眺めながら変化が起きるのを待っている。

「やるぞ!」

 若宮が真っ赤な顔になりながら、全身に力を込めた。

 だが、何事も起きない。

「ダメだ。海水のためにびついているのか、動きそうにない」

 ということは、レバーは鉄などの金属製なのだろうか。

「みんなで海水を搔き出そう。すべてはそれからだ!」

 若宮がまるで隊長のような口調で言った。

 由紀はまだ若宮にはみがないが、フェリーで一緒だった古田がなぜ隊長としての権限を発動しないのかと不思議に感じた。

 それを質問しようとしたとき、疑問を察したように古田が言った。

「由紀さんが不思議に思うのも無理はありませんね。でもね、若宮教授は考古学会では大先輩ですし、探査の機材を調達してくれたのも彼なのです。隊員たちだって彼の教え子ですから、和を乱すような真似はしたくないのですよ」

 由紀にもそう心得てほしい、というような口調だった。

「それにね、的確な指示をした者に反論する必要はないでしょう。彼が間違ったことをしたときにはちゃんと言いますよ」

 由紀は一応安心した。古田が隊長だからこそ調査隊に加われたのであり、古田の立場を心配していたのである。

 由紀も海水の搔き出しを手伝った。はんごうを取り出して、水をすくっては遠くへ撒き散らす。

 だが、そんな調子だから、わずか直径三メートルほどの水溜まりとはいえ目に見えて減ってくれることはない。

 一時間も続けると、全員がヘトヘトになった。

「続きは休憩をとってからにしましょう」

 古田が言っても、誰もが返事もできずにただうなずいただけであった。



 海上自衛隊イージス艦『はくば』の防空班長である上坂雅人一尉は、砲術長である浅田誠一尉と交代で、艦橋最上部で肉眼による見張りに加わっていた。

 見張員は上坂を含めて四名。不必要かと思われる後方へも注意を凝らす。空ばかりではなく敵潜水艦への備えである。

「あと一時間ほどで、巡視船隊が交戦していた海域だな」

 上坂は腕時計で時刻を確認した。針は午後二時少し前を指している。

「須貝二曹!」

 上坂は見張り台の上から、はるか下のほうでCIWS高性能機関砲の点検をしていた須貝信春二曹に呼びかけた。

「あっ、班長。なにかありましたか」

 須貝が思わず見上げる。

「ピケットラインと機動部隊の本隊とは、どれほどの距離が空いているのだ?」

 須貝二曹はいわゆる戦記マニアである。とくに第二次世界大戦中の世界中の海軍には精通していて、艦名を言えば、排水量から最大速度、兵装や乗員数までそらんじているほどだ。

 もちろん海戦の経過や艦隊の編成までも頭の中に仕舞ってあるので、こういうときには重宝する部下だった。

「だいたい一二〇キロ前後です!」

 須貝が元気な声で答えた。

「一二〇キロか……」

 巡視船隊が交戦していたあたりまで行けば、ハープーンミサイルを発射して敵空母の飛行甲板を修復不能なまでにしてやれる。

 ハープーンの最大射程は一五〇キロだが、衛星からの誘導ができない今のこの世界では正確を期すために、せめてレーダー誘導ができる一二〇キロぐらいまでには近づきたいところだ。

 今のところ敵が空襲してくる気配はなかった。先ほどの海戦によって敵編隊が壊滅したからであろうが、そんな程度の艦載機数ではないはずなのだ。

 須貝によれば、アメリカ軍の艦載機はスプルーアンス艦隊と二群の護衛空母部隊を合わせて一五〇〇機ほどだという。

 菊水部隊への空襲とさっきの海戦で失ったと思われる二〇〇機ほどを差し引いたとしても、敵はまだ一三〇〇機も保有している勘定だった。

「空母上に待機中のところをハープーンで撃破できれば一番いいのだが……」

 そうはなるまい。そろそろ敵も本気で空襲を加えてくるはずだ。

 案の定、レーダー員から報告があった。

「敵編隊の接近を確認!」

 直後には、イージス艦『はくば』の西さい正一郎艦長から指示が飛ぶ。

「総員配置!」

「対空戦闘用意!」

 名残り惜しかったが、見晴らしのいい場所から急いで降りなくてはならなかった。上坂はラッタルを伝い降りたところで、須貝二曹以下に命令した。

「SM3対空ミサイル発射準備!」

 艦隊勤務は完全な三交替だが、戦闘となれば非番の者も駆り出される。彼らが担当するのは消火や救護で、誰かが負傷して欠員が生じた場合には交代する。

 あわただしく動き回る須貝たちの横で、上坂は双眼鏡を目に当てた。

 東の空にはまだ変化はなく、小さな綿のような雲がいくつか浮かんでいるだけである。

 一方、艦の揺れは穏やかな空とは対照的だった。少し風が出てきたせいか、ちょっと前までいでいた海面が騒がしくなっている。

 双眼鏡を下ろした上坂は、CIWS高性能機関砲の砲塔内へ入った。二〇ミリ炸裂弾を毎分六〇〇〇発も発射できる機関砲である。

 しかも、多目標と敵味方とを個別に同時識別できるイージスシステムと完全連動しているため、無駄な弾を撃つこともない。

 しかし一門こっきりしかないから、さまざまな方角から多数の敵機が同時に迫ってきた場合には不安があった。

 それを補うのがSM3対空ミサイルで、射程は八〇キロ前後と短いものの、自艦のはるか手前で撃ち落とせるという点では心強い兵器だった。

「敵編隊は四群なり!」

 レーダー室からの報告が、砲塔内のスピーカーから流れた。

「待っているこの瞬間が一番イヤですね」

 須貝二曹が言った。

 六名ばかりの砲塔人員だから、自然と家族的になる。とりわけ須貝は上坂を実の兄のように慕ってくれていたし、戦艦『大和』へ乗り移ったときにはれつな空襲を経験して苦楽を共にした仲であった。

 上坂が緊張のあまり返答をためらっていると、須貝がまた言った。

「ところで、捕虜にしたグラマンのパイロットですけど、何か聞き出せたのでしょうかね?」

 菊水部隊が、パラシュート脱出したパイロットを捕らえて『大和』に回収したはずだった。二人は入れ替わりに『はくば』に帰還したので、その後のことはわからない。

「さあな」

 自らの緊張をほぐすためにも、上坂は答えた。

 おそらく、敵の陣容など聞かないほうがいいのではないかと思われる。聞き出したところで史上空前の大艦隊であることには変わりがないし、むしろ恐怖心が増すだけではなかろうか。

 会話がそこで途切れたとき、見張員の叫び声がした。

「敵編隊発見!」

 肉眼で確認できるようになると数分で上空までやってくるのだが、敵は『大和』を主目標としているだろうから気が楽といえば楽だった。

 ところが、砲塔内から観測窓を通じて確認したところでは、それは編隊などという甘い存在ではなかった。敵機は空を埋め尽くし、不気味なまでの爆音の響きを放っていたのである。



 非番だった浅田一尉だが、総員配置の艦長命令で五インチ砲の砲塔内に待機していた。

 頼りとする小松勇作三曹と橋場良夫一士を従え、長砲身の五インチ単装砲を操作した。

 砲身が敵編隊と向かい合い、いつでも射撃できる態勢が整っている。

 海上自衛隊の五インチ砲は、対空と対艦の両用砲である。だが、対空砲弾は旧海軍のような巨大な花火を思わせる三式弾ではなく、付近の敵を察知して炸裂するVT信管の砲弾だった。

「来るぞ!」

 浅田たちの意気は高い。何度も実戦を経験させられたおかげで、きもは据わっていた。

 やがて、空一面を埋め尽くす敵群が機種を識別できるまでに迫ってきた。爆音が重なり合って、とてもではないが会話などできやしない。

 そういう場合のために、画用紙大のホワイトボードが用意されていた。それに書き込んで命令を伝えるのである。

 ただしイージスシステムが敵を識別したときには、勝手に砲塔が回転し、勝手に射撃を開始してくれる。それは上坂一尉のCIWSでも同じである。

 だから、浅田たちがしなければならないことといえば、各種の機器やメーターなどが正しく作動しているかどうかを確認することだけだ。

 とくに付近に被弾があった場合には、デリケートな電子機器などは誤作動するか停止してしまう恐れがあった。

 爆音がいよいよ大きくなってきた。浅田のところからは見えないが、SM3対空ミサイルの発射音がする。

 シュルシュルという音だ。

 直後に、上空ですさまじい爆発音がした。何機かに命中したのだろう。

 そうしている間に、砲塔が回転した。浅田がロックを掛けない限り、イージスシステムが優先されるようになっている。手動で射撃をしたいときにのみロックをするのだ。

 だが、今はまだイージスシステムのお世話になるべき状態だった。とくに高速で飛び回る航空機が相手では、手動では照準が追いつかない。

 ほどなく、砲身が勝手に射撃を開始した。戦艦『大和』の四六センチ砲には及ぶべくもないが、五インチ砲でも発射音は腹に響く。

「そういえば、この五インチ砲はアメリカ製だったよな」

 戦艦『大和』の主砲に見られるように、日本は大口径砲の開発には伝統的に優れていたが、小口径のものはアメリカに軍配が上がった。命中精度と発射間隔において、とくにアメリカ製のものは優れていた。

 浅田はアメリカの兵器でアメリカ軍を迎え撃つことにタイムスリップの皮肉を感じたが、毎分六発という砲弾装塡速度には充分な頼もしさを感じていた。

 いや、本来の性能は五秒に一発であり、一〇秒に一発という仕様にしてあるのは他国への売却用だからであった。

 ズシンと腹に響く射撃音が数発続いたあと、照準器に付いている丸いランプが緑色から赤色に変わった。イージスシステムが途切れたことを意味しているのだ。

「照準始めっ!」

 口での命令など聞こえないことも忘れて、浅田はイージスシステムとの連動をロックする。

 それを見ていた小松三曹と橋場一士が、聞こえなかった命令に反応して仰角ハンドルと旋回ハンドルを回し始めた。ボタンでの電動操作もできるが、微調整ができないための手動操作だ。

 照準器のクロスターゲットの中に、敵機が飛び込んできた。浅田はすかさず発射ボタンを押す。

 単発の射撃ではあったが、敵急降下爆撃機のすぐそばで砲弾が炸裂し、見事に敵機を巻き添えにした。

「次っ!」

 こういうときこそチームワークと経験が試される。目標の方位をいちいち伝えなくても、二人の部下は艦にとって一番脅威となりそうな目標に砲身を向けてくれた。

 二人が選んだのは雷撃機であった。アベンジャーという下っ腹が異様に膨らんだやつである。

「撃てっ!」

 再び砲弾が勢いよく放たれると、アベンジャー雷撃機はじんになって砕け散った。

「班長、緑ランプです!」

 橋場が注意を促すために浅田の肩を叩き、照準器のランプを指差した。

 浅田がロックを解除すると、砲塔が三人を乗せたまま大きく回転を始めた。

 今でこそ浅田も慣れたが、イージスシステムにばかり任せていると、とくに航空機を相手にしたときには頻繁に回転するので乗り物酔いのような症状に陥ることがある。

 しかも、砲塔の回転速度は旧海軍の艦艇のものとは比べものにならないスピードで、どの方位へも一秒以内に向くのだから、体勢を維持するのが大変だった。

 浅田は、砲塔の外に出て海戦の全容を眺めてみたいという誘惑にかられた。砲塔の内部からでは、ほんの一部しか見えないからである。

 もちろん、それがどんなに危険なことかは承知の上でのことだ。

 だが、そんなことができようはずはなかった。砲手がいなくなって射撃ができなくなるばかりか、総員配置という命令に背くことにもなる。

 巡視船『りゅうきゅう』に乗っていたときのほうが刺激的だった。あのときは船橋ブリツジから海戦全体を見渡せたのだ。

 当然だが、浅田は外に出たい気持ちをグッとこらえ、目の前の戦闘に集中することにした。

 弾倉が空になって射撃が途切れないよう、機器のデジタルメーターを確認する。

 その間にも砲身は射撃を続けており、これまで何機を撃墜できたのかは不明だが、ズシンという射撃の衝撃が伝わってくる。

 突然、それ以上の衝撃が襲ってきた。浅田は思わず砲手席の椅子から放り出されそうになった。

 おそらく、どこかに被弾したのだろう。揺れからすると、魚雷ではなく爆弾だ。

 二一世紀の艦艇は視認できる距離での砲撃戦など想定されていないため、旧海軍の艦艇ほどの装甲を有してはいない。一発の爆弾でも、致命傷になることは充分に考えられる。

 しばらくすると、砲塔内後部壁面のスピーカーを通じて内務班長から報告があった。

「後部艦橋左舷側甲板に爆弾命中!」

 すぐ上には各種のミサイルを目標まで誘導するための誘導アンテナがあるのだが、もし破壊されたらイージスシステムによるミサイル発射はできなくなる。

 こちらから問い合わせができないのがもどかしかった。

 ほどなく、第二報が流れてきた。

「被害は上甲板のみにて他所に損傷なし!」

 ホッとしたところへ、続きがあった。

「ただし火災発生中なり!」

 早く消火しないと、ミサイル誘導アンテナに燃え移ってしまう。

 しかし、浅田は消火班ではない。非番の者たちがその任にあたることになっている。

 イージス艦『はくば』のイージスシステムが半減するかどうかの瀬戸際に、浅田はまたしてももどかしさを感じずにはいられなかった。