未知夢



 健人さんは自宅で転倒し、近くにあった座椅子に後頭部を強打した。

 座椅子のフレームの金属パイプがぼんくぼへまともに入り、味わったことのない痛みに、しばらく身動きが取れなくなった。

 うずくまったままそっと後頭部に触れた。

 出血はないが前よりへこんでいる気がして恐ろしい。

 骨にひびが入っていてもおかしくない痛みだ。脳は平気だろうか。

「下手に動くと死ぬと思って、じっとしたまま動かなかったんです」

 母親も兄弟も出かけていて留守である。スマホは三階の自分の部屋。取りに行くのは無理だった。

 この危機的状況をだれにも伝えることができない焦りと苛立ち、このまま死ぬかもしれないという不安と恐怖。こわい、こわい、こわい、自然に声に出していた。

 自宅の電話が鳴った。

 家族からなら救いの電話だが、この時間帯に家にかけてくるのはセールスの電話の可能性が高い。動けば死ぬかもしれないこの状況、電話を取るべきか、取らぬべきか、この選択が運命の分かれ道だと真剣に考えた。

 一分、二分と経ってもまだ電話は鳴り続けている。

 家族からかもしれない。

 なんとか這っていって受話器を取った。

「大丈夫か?」

 父親だった。

 今の状況を話すと、父親は仕事を早引きして帰ってきてくれた。

 その後、病院で検査を受けると軽い打撲と診断された。後頭部はへこんでいなかった。

「電話は何の用だったの?」

 落ち着いてから健人さんは聞いた。

 電話に出て聞いた第一声が「大丈夫か?」だった。それが気になったのだ。

 父親は言いづらそうに答える。

「夢だよ」

 仕事中、急に眠くなって半分夢を見ているような状態に陥った。

 職場にいながら自宅にもいるような不思議な感覚になり、健人さんのことを考えると、うずくまっている健人さんの姿が見えた。健人さんは怪我をしており、まったく動かない。そんな夢を見たので心配になって電話をかけたという。

「それ予知夢じゃん」

「そんなたいしたもんじゃない。ただの虫のしらせだよ。でもおれのそういうのは、なぜだかよく当たるんだよな……」

 父親は複雑な表情をしていた。


 その晩。

「ちょっといいか」

 就寝前に父親に呼ばれた。

 大事な話があるから聞いてほしいという。

「やっぱり言っておいたほうがいいと思ってな」

「なに、あらたまって」

「本当はもっと違うものを見た。いやたぶん、五年か十年先だけど」

 予知夢の話である。

 父親は幾度か言い淀んで、スマンと小声で言ってから告げた。

「おまえの頭、つぶれてたわ」


「あんな感じの親父は見たことないんで、前にもこういうことがあったのかもなって。本人も『よく当たる』って言ってましたし。けっこう怖いですよ」

 予知から間もなく、五年が経とうとしている。