ラッパーもムリ
C県中西部に、体育館のような広いスタジオがある。
血が流れているような外観が印象的で、爆発など火を使った過激な演出も可能なので様々な撮影に使われている。
そこで有名ラッパーのプロモーションビデオを撮影することになり、バックで踊るダンサー十人が集められた。ミリカさんもその一人だった。
ロケバスで待機中、ダンサーの女の子の一人が「ここはヤバいですよ」と話し出した。
彼女はこのスタジオは二度目で、前回来た時に地下にあるスタジオを見に行ったのだという。
「そこって撮影でも使うことがあるみたいで、見てみたかったんですけど、途中からウワッ、ムリってなって引き返しちゃったんです。真っ暗でヤバかったですよ」
この彼女の話を聞いて興味を持った者がいた。
前の座席に座っていた今回の撮影の主役であるラッパーだった。
「いいね。行こうよ、そこ」
スタジオは貸し切りなので地下の見学も自由である。
勇気のあるやつは来いよ――ラッパーの声掛けに四人のダンサーが乗っかった。
その中にミリカさんもいた。この話をした女の子は同行しなかった。
この日は地下のスタジオの撮影はなかった。
そのため、地下へ続く階段の先は真っ暗だった。
ラッパーを先頭にぞろぞろと階段を下りていく。
階段の途中まで照明はあるがなんとも頼りない光で、その先の地下は頼りない照明さえもなく、そこから世界が終わっているような暗さだった。
勢いでついてきてはみたものの、ミリカさんは暗所・閉所があまり得意ではない。パニックにならないかと心配になってきた。
「はーい、いまそっちにいきまーす」
地下スタジオのほうから男性の声が聞こえてきた。
その声にダンサーたちの緊張がやわらいだ。
明らかにスタッフのトーンだ。駆け上がってくる足音がする。
狭い階段なのでみんないったん立ち止まって道をあけ、スタッフが上がってくるのを待った。だが、一向に上がってこず、そのうち足音も止んだ。
「なに今日、地下でも撮んのかな? おーい」
下をのぞき込みながらラッパーが下りていく。
少し遅れてダンサーたちもついていく。
するとラッパーが引き返してきた。
「だめだめ、もどろ」
平静を装っていたが、顔が引きつっていた。
下りて行くと真っ暗で何も見えず、こんなところにスタッフがいるわけがないという。
その言葉にダンサーの子たちは震え上がり、地下見学は断念、走ってロケバスに戻った。
ミリカさんはすぐにスマホでスタジオについて調べてみた。
「うっそ」
スタジオのあった場所はもともと病院があり、しばらく廃墟として残っていた場所をスタジオにしていたことが判明した。
「待ってよ。病院の地下って……じゃあ、地下スタジオって元は……霊安室?」
地下から聞こえてきた男の言葉を思い出し、あれ以上、下りなくて本当によかったと心から思ったという。
※
このスタジオについて私も調べてみた。
確かにスタジオのある場所に病院はあったらしいが、このスタジオは廃病院を丸ごとスタジオにしたわけではなく、病院「も」入っていた複合施設の廃墟をスタジオにした――そんな情報が出てきた。
ミリカさんたちが下りようとした地下も霊安室ではなく、クラブや麻雀店が入っていたそうだ。