カラオケ店にいるもの その二
黒島さんは同じ店で三年働いた。
正社員になるかという話もあって、前向きに考えているところだった。
バイトは黒島さん以外全員入れかわり、「二階中央の部屋」の話を知っているのは黒島さんとBの社員である店長の二人のみだった。その店長もまもなく他の店舗へと移動なので実質、黒島さん一人である。
それに「二階中央の部屋」は怪談というほどの話があるわけでもなく、二階中央の部屋に何かがいるという漠然とした内容の話が先輩らによってバイトたちに広められただけで、「壁の中の女」を見たというのも二人の女性客だけである。
説得力のない怪談なのだ。
黒島さん自身、「二階中央の部屋」の話などすっかり忘れていた。だから、もうこの怪談がこの店のバイトの子たちを脅かすことはない。
はずだった。
その日は荒天だった。
朝から雷と雨がひどく、客足は完全に途絶えた。
黒島さんは入って間もないバイトの女の子と二人きりだった。向こうはずっとスマホを弄っているので話しかけるタイミングもない。
天気はまだまだ悪くなると予報が出ていた。今日はこのまま閉店まで客が一人も来ない予感がしていた。
「さくらさん、二階の掃除をお願いしていい? もう今日は客来ないよ」
「はい」
返事はしたが、そわそわした様子でなかなか二階へ行こうとしない。
どうしたのと聞くと、
「変なこと頼んでもいいですか?」
横にいてもらうだけでいいので、一緒に二階へ来てほしいという。
一人で二階へ行くのが怖いらしい。
怖いって――まさか。
「だれかに、なにか聞いた?」
「なにかって、なにをですか?」
彼女はなにも知らないようだった。なにも知らないバイトの子にそんなことを急に言われるのは、ちょっと厭だった。
さくらさんの希望で掃除は分担してやらず、二人で同じ場所をやっていった。
見ていると、さくらさんは二階へ着いた途端、急にびくびくしだし、顔もこわばって、本当に二階が怖いのだなとわかる。その怖がり方が妙に引っかかる。
三十分ほどで掃除を終え、二人で一階へ戻ろうという時。
後ろから大きな音がした。
驚いて振り返ると、先ほど清掃道具をしまった部屋の扉が開いている。
中の掃除用具が倒れ込んでドアを押し開けたのか。
そんなに詰め込んではいなかった気がするが。
「大丈夫?」
さくらさんは目に涙をため、床に尻をついている。腰でも抜けたのか、立ち上がろうとして何度も膝をついている。
開け放たれた清掃用具入れの扉の陰、そこが嫌な感じがした。扉の陰から、今にも何かが出てきそうな予感がするのだ。
用具入れの隣が「二階中央の部屋」というのもすごく厭だ。
だが、起きない。
しばらく待っても、なにごとも起きそうにない。
扉を閉めに行こうと動くと、ガッと手を掴まれる。
「さくらさん?」
彼女の目は、黒島さんを見ていない。
その目線の先、数メートル先の床で赤や緑の光が点滅している。
二階は人が通るとセンサーが感知し、足元のライトが光る仕組みになっていた。
センサーはなにを感知しているのか。
ライトは点滅しながら、黒島さんたちのほうへ移動する。
そこになにかがいる。センサーがそう判断しているのだ。
逃げないと、と思っても足が動かない。
まさか、こんなに露骨な怪奇現象を自分が体験することになるとは。
ライトの点滅は、人が歩いてやって来るぐらいの速さで近づいて来る。
そして目の前まで来ると、黒島さんたちの手前で移動を止め、その場で点滅を続けた。
次になにが起きるのかと構えていたが、一分ほどそうしていてもなにも起こらない。
さくらさんがさっきから静かなので、大丈夫かなと見ると笑っている。
ぜぇ、ぜぇと喉を鳴らしながら目をぎょろぎょろさせて笑っているので、目の前にいる見えないなにかよりも、隣にいる入りたてのバイトの女の子に黒島さんは
この後、救急車が店に来た。黒島さんが呼んだ。
さくらさんは笑っていたのではなく、発作が出て過呼吸になっていた。
こんな目に遭ったから当然、さくらさんはバイトを辞めた。
黒島さんはちょっとホッとしたという。
さくらさんの発作で苦しんでいる顔は、三年前の女性客が見せた「壁の中の女」の真似の笑い顔にひどく似ていたからだ。