カラオケ店にいるもの その一



 カラオケボックスにまつわる怪談は多い。

 これは集めてみての印象なのだが、独立店よりも有名チェーン店のほうが、その手の話が豊富にあるように感じる。

 とくに多いと感じる有名カラオケ店があり、仮にBとする。

 なぜBには、その手の話が多いのだろうか。

 これまでに聞いた怪談の舞台となったBの各店舗を私は可能な範囲でだが調べてみた。

 怪談の「素」となった事件や事故が見つかればと期待をしたが、私の取材した怪談との因果関係を見出せそうな情報は見つけられなかった。

 立地にも問題があるように思えない。

 事件や場所が関係ないのならば、そこがBであることが重要なのかもしれない。


 次の話も、Bが舞台である。


 黒島さんは専門学生時代、広島のカラオケボックスでバイトをしていた。

「この店、出るよ」

 バイトで入ったばかりの頃、先輩から聞かされた。

 カラオケ店が入っているのはビルの一階と二階。

 二階中央の部屋に出るのだという。

 ばかばかしい与太話だと思って聞いていた。こんなにうるさくて明るい場所に幽霊はなかろうと。二階の部屋に出るというだけで他の情報もなく中身がまったくない。

 ただ、信じる信じないとは別に、そんな話を聞かされて楽しい気持ちにはなれない。

 二階を一人で掃除している時、もし今停電になったらと余計なことを考えてしまう。


 バイトをはじめて三カ月が経った頃。

 客から内線でこんな注文がきた。

「部屋を替えてほしいんですが……」

 二階中央の部屋の利用客からだった。

 替えてほしい理由は言ってこない。

 苦情という感じでもなかったので、こちらからも理由は聞かずに希望された部屋に案内した。


 それからひと月ほどして、また例の部屋の利用客が部屋を替えてほしいといってきた。

 今度は理由を聞いた。

「空いてるなら他の部屋がいいんで」

 よくわからない理由であった。

 先輩の話はまだ信じられなかったが、二階中央の部屋には何かがあるような気はした。


 その数日後。

 二階中央の部屋を利用していた二人の女性客が、わざわざ受付にまで来て部屋替えを頼んできた。

「あの、なにかありましたか?」

「あの部屋、なんですか?」

 女性客の一人が逆にたずねてきた。

 苦情ではなく、純粋な疑問のようであった。

「……と言いますと?」

「もう使わない方がいいんじゃないかって。でもそれじゃ商売にならないか」

 どういう意味なのだろう。この店にとってよくない部屋だと言っているのか。

 こうなってくると、あの部屋が彼女たちにとってどのように不都合であったのかを知りたくなってくる。

「なにか見たんですか?」

 バイトの女の子が聞きづらかったことを聞いてくれた。

 二人の女性客は顔を見合わせ、

「口で言うより見てもらった方が早いんじゃない?」

「たしかに――じゃあ、店員さんたちも一緒に行ってみます?」

 そんな展開になるとは思わなかった。

 見せられるものなら見せてほしいという気持ちはあったが、目の前の女性客たちがあまりに堂々と「見せてやる」という態度なので、もしかして本当に今から自分は見てしまうのかと緊張した。


 女性客二人とバイトの女の子と黒島さんの四人で、二階中央の部屋へ行った。

 先に黒島さんが部屋の中に入ってみたが、とくに変わったところはない。

 部屋の角にカラオケの機材とテレビを載せたスチール台がある。

 その横の三、四十センチ幅のスペースの壁を女性客の一人が指さす。

「ここです」

 その壁から女が見ていたのだと言う。

 黒島さんにはただの壁にしか見えない。

「この壁の前に、なにかいたんですか……」

 バイトの女の子は顔をこわばらせている。

「壁の前じゃないです。壁の中。中からこんな感じで――私たちのことを見て、ニタニタ笑っていたんです」

 女性客はパントマイムのように見えない壁にぺたりぺたりと両手をつけ、顔をぐうっと黒島さんに近づけた。

「歌っていない時は見えなくなるんです。でも歌い始めると出るんです」

「お客さんの歌があんまり上手なんで出てきちゃったとか?」

 バイトの女の子のおべんちゃらに、もう一人の女性客は不愉快だという顔をした。

「歌なんて関係ないです。なに言ってるんです?」

 そんなわけないでしょう?

 だってあれは、

「こんな顔していたんですよ?」

 もう一人の女性客も壁の中の女の真似をして見せた。

 黒島さんはぞっとした。

 女性客たちはまるで、彼女たちこそ壁の中にいた女、その本人であるかのように、ひどいニタニタ笑いを見せてきた。