六畳間のカーテン



「部屋のカーテンが勝手に開くんです」

 冬美さんは困り果てている。

 このカーテンは窓に掛けてあるものではない。

 次のような経緯で、部屋の入り口に掛けられたものである。


 数年前まで寝たきりの義母を自宅で介護していた。

 六畳一間を大きく占める介護用ベッド。その上が義母の居場所であった。

 はじめの頃はよく、

「ああ、部屋から出たい、外を歩きたい」

 そう言ってくれていたので、天気の良い日は車いすで公園や川沿いの道を散歩したが、次第にそれが冬美さんへの負担になると考えたのか、「出たい、歩きたい」の二語を口にしなくなっていった。

 その気遣いがだんだんと義母の中で意味が変わってきてしまい、「散歩に行きませんか」と誘ってもかたくなに車いすに乗るのを拒むようになった。

 そしてこれが末期になり、家どころか部屋から出るのも嫌がるようになってしまったのだ。

「息子が二人いるんですが、当時はまだどっちも小学生で、義母の状況をあまりわかっていなかったんです。『どうして、おばあちゃんは部屋に閉じ込められてるの?』なんて聞かれて困ったこともありました」


 六畳の部屋から義母が出るのは週に二度。訪問入浴介護が来た時だけである。

 この時はさすがに渋々とだが、部屋から出ることを受け入れていた。

 その出入りの際、少々わずらわしいことがあった。

 六畳の部屋には厚い開き戸があり、義母を運ぶ時によく引っかかるのだ。

 そこも含め、部屋を全体的にバリアフリー化したかったが、そのためには二日ほど、義母に部屋を空けてもらわなければならない。義母がそれを了承するとは思えない。

 そこで、自分たちで開き戸を取り外し、長押なげしにカーテンレールを取り付けて厚めのカーテンを扉の代わりとして掛けた。カーテンを厚めにしたのは子供の声がうるさかろうとの配慮である。

 おかげで、義母の出入りは楽になった。

 そのカーテンが、半分ほど開いていることがよくあった。

 義母がベッドから一人で下り、カーテンを開けることはない。

 その時は息子たちだと思った。

 義母からお小遣いをもらうため、部屋を出入りしているのをよく見たからだ。

 冬美さんは二人に「おばあちゃんの部屋を出る時はカーテンを閉めなさい」としっかり言い聞かせた。


 ある晩のこと。

 読書をしていると、シャッと音がし、「えっ」と振り返った。

 義母の部屋のカーテンが半分ほど開いている。

 カーテンレールをランナーがすべった音だった。カーテンが勢いよく開かれたのだ。

 だが、二人の息子は二階で寝ている。夫も入浴中であった。

 義母がベッドから下りて開けるわけがない。

 念のため見に行ったが、義母は静かに寝息を立てていた。起き上がった様子もなかった。


 ある時は、眠っている義母の様子を見に行き、部屋を出てカーテンをしっかりと閉めたことを確認してから行こうとした直後、後ろでシャッと開いた。

 そんなことが、義母が亡くなってからも続いているという。

 二日前にもあったそうだ。


 冬美さんは夫にも相談している。しかし、これがとても深刻な状況かもしれないということを、夫はまったくわかっていないのだそうだ。

「母さんが寂しがって開けるんだろ。大目に見てやれよ」

「なに言ってるの? これはお義母さんがいた時から起きてたじゃない」

「ああ、そうだな」

「わからないの? お義母さんじゃないのよ? 怖くないの?」

「んー、別に起きてることは大したことじゃないんだし、ほっとけばいいって」

 こんな調子で、まったく取り合ってくれない。

 せめて、カーテンを扉に戻そうと言っても、生返事ばかりでなかなか重い腰をあげてくれない。

 最近は、半分だけ開いたカーテンの奥の暗がりから視線を感じるという。

 義母のものではない、もっと厭な視線なのだそうだ。