自販機ばあさん
「この話をするとみんな笑うんですが……」
以前、古木さんの住んでいたマンションの前に奇妙な自販機があった。
聞いたことのないメーカーの飲料ばかりで、オール百円と安価であるが、一度飲んだメロンソーダが微妙だったので、それ以来買っていない。
この自販機は古木さんが前を通ると、切れかけの蛍光灯のように明かりが明滅する。
離れたところで見ているとそうはなっていない。
古木さんがそばを通ると百発百中でパチンパチンと明滅し出す。
しかし、他の人が前を通ってもそうはならない。
部屋のベランダから自販機を見ると、たまにこちらに気づいたように明滅することもあるという。
はじめは気にしていなかったことも、ここまでくると違ってくる。主人が帰って喜ぶ犬みたいで、だんだん可愛くなってくるのだという。
「これを人に話すと、まあ、笑われますよね。あと心配されるか。後者が多いかも。でも、本当なんですよ。あとはまあ、静電気じゃないかって人に言われます。あ、やっぱりそう思いました? ですよね? いえ、いいんです。僕もそういうもんだろうって思ってはいたんで」
いつからかその自販機の横に、腰の曲がった高齢のホームレスが立つようになった。
いつもいるわけではなく、自販機の横に立つのは夜だけで、粉コーヒーが入っているようなガラス容器を抱え、たまにその容器の中に手を突っ込んで何かを食べていた。
ほっかむりをしており、魔女みたいに鼻が高いので外国の人かもしれないと思っていたという。
ある夜更け。
就寝しようと布団に入ってから、ふと自販機のお婆さんのことが気になった。
あのお婆さん、いつもあそこに立っているけど、なにしているんだろう。
あの場所で寝ているのだろうか。
「別に僕はおばあちゃん子でもないし、いつも見るなぁってくらいで、なんの親しみもなかったんですが、昨今のホームレスを虐め殺すみたいな輩は許せなかったので、ちょっと心配になったんです」
一服つけるついでにベランダに出て様子を見てみた。
お婆さんは自販機の横に立っていた。
数時間前に見た時と、まったく同じ位置、同じ姿勢である。
まさか、ずっとああして何もせずに立っているのか。
古木さんに気付いたのだろう。
自販機が明滅しはじめた。
それに合わせて、隣のお婆さんも明滅していた。
古木さんは反射的に部屋に引っ込んでカーテンをしっかりしめた。
しばらく、どういうことなのかと考えた。
「自販機とお婆さんが連動していたんです。目の錯覚かと思って何度か確認したんですが、やっぱり、なるんです。自販機の化身なんでしょうか」
古木さんが引っ越すまで、その自販機とお婆さんはずっと同じ場所にいたという。
今もその自販機が残っているのかはわからない。