鬼婆



 日本海側のTという町へ取材に行った際、宿泊先の旅館の主人と親しくなった。

 名刺代わりに自著を渡して来訪した目的を伝えると、ぜひ行って欲しいところがあるという。

 この町で生まれ育った主人が、幼少期からずっと気になっている場所があるらしい。

「行きたくても、私は絶対に行っちゃいけない場所なんです」

 含みのある言い方が気になった。


 明朝、その場所が見えるところまで案内してもらった。

 旅館から三十分ほど車で行くと、海が望める見晴らしの良い高台に出た。

「あそこです」

 主人が行きたくても行けない場所とは、沖合にぽつりとある小さな島だった。無人島だという。

「あの島には鬼婆がいるんだぞと、近所に住む婆さんからそれはもう毎日のように聞かされたもんです。子供のころは怖くってねぇ」

 私は感動していた。

 語り手の高齢化により、地域の伝承が次世代に語り継がれることは少なくなった。その土地に根付く伝承を調査するには、今は、すでに編まれている民俗資料から発掘するやり方が主になる。だから、このような原体験をお持ちの方と出会えるのは大変まれで貴重なことなのだ。

 私はメモを取りながら質問をしていった。

「この地域には元々、鬼婆伝説があったんですか?」

「いや、私は知らないですね」

 主人は趣味で地元の民俗誌などを調べているそうだが、無人島の鬼婆の話はいまだに見つけられていないという。

「子供がさらわれたとか、神隠しのような伝承もありませんか?」

てんの話ならあったかな。でも鬼婆の仕業とされるものは知らないですね」

 無人島の鬼婆は近所の婆さんの作り話だったのだろうか。それはそれで面白いが。

「なんであんなに怖かったのかなぁ」

 無人島の鬼婆が人をとって食うとか、子供を攫うというような話を、その婆さんからは聞いた覚えがないという。

 ただ「島には絶対に行くな」と釘を刺され、行けば絶対に怖い目に遭うぞと脅かされた。どんな目に遭うのかは話してくれなかったし、聞きたくもなかったという。

「鬼婆があの島にいるということが怖くて、海で隔たれていてもまったく安心できませんでしたね。いつか島を渡ってやって来るかもしれないってね。夕方になったら、どんなに楽しい遊びをしていてもパッとやめて、走って家まで帰っていましたから」


 そんな鬼婆のこともやがて忘れていき、大人になって、働くために都会へ出て、結婚をし、子を二人儲け、十年ほど前に家業の旅館を継ぐために地元へ帰った。

 その後、本格的に旅館を継ぐこととなり、この地で骨を埋める覚悟もできたので、自分の生まれ育ったこの土地のことをもっと知ろうと端から端までまわった。

 そして、この場所から鬼婆の無人島を数十年ぶりに見た。

 子供のころの思い出が、次から次へと蘇ってきたという。

 その記憶をたどって、鬼婆の話を聞かせてくれた婆さんの家を探してみた。

 婆さんの家は残っていたが、何十年も人の住んでいないお化け屋敷になっていた。

 表札もないので名前もわからない。

 親に聞いてみると、そんな婆さんなんか知らんという。

 あの家に住んでた婆さんだよといっても、知らん知らん、あの家はずっと空き家のまんまやといわれた。

 もう親も高齢なので忘れているのだろうと地元の友人に聞いてみたが、この町を一度も離れていない友人からも知らないといわれた。そんな話をお前から聞いたことがないと。

「婆さんちで友達とスイカや桃をたらふく食べた記憶もあるんですが、誰と行ったかを覚えていないんです。連絡つきそうなヤツにはみんな聞いてみたんですけどね……」

 婆さんの存在が住人たちの記憶から完全に風化してしまっただけなのか。

 婆さんも鬼婆の話も、幼少期の主人の想像が産んだものだったのか。

 今となっては確かめるすべはない。

「あの婆さんが鬼婆だったのかもしれません。島に帰っちゃったのかな」

 行くなと言われたので、たぶん、死ぬまで無人島には行くことはないだろうと主人はいった。