スーツケース



 二年前、九条さんは自宅付近の大通りを、ごうおんを響かせてスーツケースを引く一団が川方面に向かっていくのを見た。

 十二、三人で、半数以上が髪の長いお爺さん。

 スーツケースにはビニール傘やアルミ鍋といったものがくくりつけてある。

 彼らがホームレスの集団なのだというのはわかったが――。

 スーツケースがわからない。

 安いものではないし、そうそう落ちているものでもない。

 流行なのだろうか。家財を運ぶのに便利だから?

 カラフルなスーツケースの一団からしばらく目が離せなかった。


 一カ月もせずに彼らと再会した。

 川の土手のコンクリート面にキャスター音を響かせている二人のホームレス。

 二人で一つのスーツケースを引いているので夫婦かと思ったが、どっちもお爺さんである。

 かと思ったら、ちょっと目を離したすきに五人になっている。

 十秒も目を離していないうちに三人のホームレスはどこから現れたのか。

 見通しのよい土手なので、いれば絶対に気づくはず。

 ――と、また目を離しているうちに二人になった。

 しかも、今度はさっきの人たちではない。違う組み合わせだ。

 え、じゃあ、他の三人はどこいった?

 目を離したすきに増えたり減ったりするなんて……。

 こんな手品みたいなものを見せられたら。

 もうスーツケースが怪しくて仕方がない。


 そんな奇妙な光景を見たことも九条さんはすっかり忘れていた。

 だから深夜の自宅付近のマンションのゴミ集積場に、ほぼ新品の二台のスーツケースが捨てられていても、もったいないな、売ったらいいのに、程度にしか思わなかった。

 立ち去ろうとした九条さんの耳は、なにかを聞いた。

 なんの音だ?

 どこからだ?

 捨てられているスーツケースの一つに耳を近づける。


 こふ、こふ、こふ、こふ、こふこふ、こふ、こふ、こふ、こふ、こふ、こふ、こふこふ、こふ、こふ、こふ、こふ、こふ、こふ、こふこふ、こふ、こふ、こふ、こふ、こふ、こふ、こふこふ、こふ、こふ、


 スーツケースの中から十人以上の呼吸が聞こえてきた。

 なぜあの時に、中身を確認せずに立ち去ってしまったのか。

 今はとても後悔しているという。