すいません
高場さんはその日、四年働いていたレストランを辞めた。
お世話になった先輩が店長ともめてしまい、店を辞めることになったからである。
営業時間前の店内のテーブルで、店長、先輩、そして高場さんの三人で最後の話し合いが行われた。
高場さんは店長に可愛がられていたし、信用もされていた。いろいろな場面で融通もしてくれた。昇給もしたので給料にも不満はない。
高場さんにとってこの店は悪くない環境の職場ではあった。
ただ、店長の人間性は好きではなかったし、もめた原因は誰が見ても店長が悪かった。
一方、先輩は新人のころからなにかと世話になってきたし、人間として好きだし、ここを辞めてなにか新たに始めるというのなら手伝いたかったし、一緒にやりたかった。
どちらがついていくべき人間なのかは比べるべくもない。
高場さんが辞めますというと、店長は「恩知らずが!」と怒りをむき出しにした。
手塩にかけて可愛がってやったバイトが、自分に反発して店を去ろうとしている人間についていこうとしていることに怒っていたのだ。
だが、すごい剣幕だったのは最初だけで、高場さんと先輩が店を出ていくとき、店長はしおらしく奥のテーブルでガックリ頭を垂れていた。
店を出た後、高場さんは先輩と今後のことを話し合う予定だった。
「あ、先輩すいません、店にスマホの充電器をおいてきちゃいました」
「取りに行くのか? 平気か?」
「別に刺されたりとかしませんよ。スタバで待っててください」
高場さんが走って店へ戻ると、もう営業時間のはずなのに店のドアに『準備中』の札が出されていた。
ドアベルが鳴らないよう、そうっと店内に入ると、幸いなことに店長はいなかった。
店の中は薄暗く、来ているはずのバイトの子たちがいない。
このたびのことでショックを受けて、勝手に定休日にしてしまったのだろうか。
スタッフルームへ行って充電器を回収した。
店長が戻ってくる前に店を出ようと入口へ向かおうとして、それが目に入ってしまった。
カウンターテーブルに並べて置かれた、自分と先輩の証明写真。
履歴書から
(こんなの剥がして並べて、どうする気だよ)
不吉なものを見てしまった気がした。
店長室のほうから引き出しを
(ヤッベ、店長いんのかよ)
やにわに店長室のドアが開いたので、高場さんは慌てて近くの観葉植物の陰に隠れた。
店長はぐすぐすと
抱えている物をカウンターにがらがらと落とすと、独り言を言いながら持ってきたハサミやカッターを品定めしている。
自分たちの写真とあれらの道具で、これから店長が何を始めるつもりなのか、高場さんはなんとなく予想がついてしまった。そして、予想通りのことが始まった。
店長は小学生の工作のような集中力で二人の写真を丁寧に切り刻んだかと思えば、「十六連射!」と叫びながらアイスピックで写真をカウンターごと突いた。
「あ、バーナー」
店長は思い出したように立つと厨房へ入った。
この隙に高場さんはドアベルが鳴らないようにそっと店を出て行った。
駅そばのスタバで先輩と合流し、先ほど見た光景を話した。
話しながら、今この瞬間も自分の写真が切られたり刺されたり焼かれたりしているのかと思うと落ち着かなかった。
「顔色悪いぞ、高場、大丈夫か」
「あいつ、僕たちに呪いをかけてましたよ」
「呪いなんて思い込みだよ。なんにもできないから俺らの写真に仕返ししてるだけだよ」
わかってますけど、そう言いかけて、高場さんはゲロを吐いた。
先輩に家まで送ってもらっている間に二度、吐いた。
自宅でも三回吐いて、こんなことは今までなかったことなので、高場さんは完全に店長にやられたと思って恐ろしくなった。
寝れば治るかと寝て起きてみたら、喉から胸にかけて違和感がある。
飲み込みたいのに飲み込み切れない異物が喉に詰まっているみたいで、病院にもかかったが
胸や喉に球があるような違和感はストレス球といわれるものらしい。
今まで縁のなかったメンタル系の病気になっていたことに衝撃を隠せなかった。
なにもかも、店長の呪いのせいだと思った。
目を閉じると、店長が自分の目をアイスピックで刺し貫くイメージが浮かぶ。
自分の顔のわら人形に釘を打ち込む店長を想像してしまう。
そんなさなか、歯を磨いていたら前歯が取れた。
今までで、これが一番怖かった。
高場さんは、このままでは本当に店長に呪い殺されると震える。
殺されるくらいなら、先に殺しに行こうと考えるまでに追い詰められていた。
「店長が入院したよ」
ある日、先輩から伝えられた。
前の店で働いているバイトが先輩に連絡をくれたのだという。
「自宅での火事らしいよ」
「け、けがの程度は!?」
「そんなにひどくないとは聞いてるが。まあ、あいつのことだから、なにしたって死なないとは思うけど……」
高場さんは先輩の電話を、半ばパニック状態で聞いていた。
もし、店長が亡くなるようなことになれば……。
自分にかけられた呪いはどうなるかと恐ろしくなったのである。
高場さんは入院先を教えてもらい、後日、店長に直接謝罪をしたという。
「許してくれました。写真に呪いをかけていたところも見ましたって正直に話したんです。そうしたら、体調もどんどん良くなっていきました。やっぱり、謝るって大事なことなんだなぁって」
「ちょっと、いいですか」
私は気になっていたことをたずねた。
「先輩も写真をいろいろされていたんですよね? でも、先輩にはなにも起こらないのは変だなとは思いませんでしたか? 先輩は謝ってはいないんですものね?」
正直に書けば私は高場さんのお話は「思い込み」の怖さだと思って聞いていた。
店長はもともと呪いなどかけてはおらず、すべて高場さんの思い込みから始まったことで、そして、思い込みで終わる話なのだと。
高場さんは笑いながら答えた。
「先輩に何も起こらなかったとは言ってませんよ。今、車椅子ですから」