深い霧



 天野さんの住む町が濃霧に包まれたことがあった。

 伸ばした腕の指先が見えぬほど濃く、前から来る人と何度もぶつかりそうになる。

 スポーツジムに向かうところであったが急に面倒になり、そばに公園があるのでそこで一服してから帰ることにした。時刻は午前十一時ぐらいだった。

 向こうのほうで小さい子供たちのはしゃぐ声が聞こえる。

 霧の中を、たまに小さい子が走る姿が見え隠れする。

 二歳とか三歳とか、それぐらいの――。保育園の散歩だろうか。

 真っ白でほとんど何も見えないこんな中を、よく遊ばせるものだなと見ていた。

 五分もいなかった。

 急に子供たちが静かになった。

 なんだろうと様子をうかがっていたが、もう子供の声は聞こえない。

 どうやら、公園内にはもう子供たちはいないようだった。

 あんなに騒いでいたのに、こんなに静かに去るなんて。

 よほど引率の先生が優秀なのだなと思った。

 霧がだんだんと晴れていく。

 そろそろ帰るかとベンチを立った。

「え。なんだよこれ」

 天野さんのエナメルのスポーツバッグに小さな手の跡がついていた。

 子供が近づいてきた気配などなかった。

 ゾッとする。

 そういえば、引率の先生の声は一度も聞こえなかった。