首無し地蔵



 タクシー運転手の平賀さんから聞いた。


 四十年前の十代後半のころであるという。

 平賀さんは地元のヤンチャ仲間と毎晩、明け方まで遊びほうけていた。

 遊ぶといっても金などないし、金を使って遊ぶような場所もない。

 町内をひたすらボロい車で走りまわるだけがこのころの唯一の遊びであった。

「このへんも、そのころは今よりもっと田舎でしたからね。夜なんてだぁれも歩いてないんですよ。人の目がないから私たちもやりたい放題、運転も乱暴なもんでした。暴走族の走りみたいなもんです」

 地元をふた巡りほどした、夜の二時ごろ。

 平賀さんは道路に座りこんで仲間たちと一服つけていた。

 道路脇には火の見やぐらが立っている。

 紫煙を目で追いながらなんとなく見上げると、上の方に白いものが動いている。

 風にさらわれた洗濯物でも引っかかっているのか。

 それが少しずつ、上に、上にと移動しているので、立ち上がってよく目をこらす。

 あれは、子供だ。

 白い服を着た子供が、ヤモリのような動きで火の見櫓を上っている。

「おお、見ぃ、子供がおるぞ」

 指をさし、興奮気味に仲間に伝える。

 あほ、なぁにをいっとんなぁ――はじめはそんな反応だったが、子供の姿を見るとみんな口をぽかんと開けて驚いていた。

「なにをしとんよ、ありゃ」

「ユウレイか?」

 子供はみんなが目視できた。だから幽霊を見た怖さというより、珍しいものを見たという興奮があった。

 約八メートルの火の見櫓をこんな真夜中に一人で這い上る子供。

 異様な光景だった。

 そのままじっと子供を見ていたのか、消えるかして見失ったのか。

 この後のことはまったく覚えていないという。


 それから数年が経ち、平賀さんは仕事の関係で地元の寺の住職と会う場があった。

 あの夜の体験について、いつか本職にたずねてみたいと考えていたので好機であった。

 平賀さんから話を聞いて、住職は次のようなことを教えてくれた。

 火の見櫓のそばの道路は昔から事故が多く、子供が何人も亡くなっている。

 立て続けに事故があって亡くなったのか、大きな事故で複数人が犠牲となったのか、そういうことはわからないが、あそこはよく子供の死ぬ場所であると聞いている。

 だから、火の見櫓で見たという子供もおそらく事故の犠牲者だろう、と住職はいった。

 それを聞いた時、自分たちの暴走行為が子供を呼び寄せたのではないかと平賀さんは考えた。自分を轢き殺した車だと思って出てくるのかもしれないと。

 だが、火の見櫓を上る意味は、いくら考えてもわからなかったという。


「お客さん、今、そこを通りますよ」

 子供を見たという現場である。

 青々と広がる田んぼを分かつ灰色の道路。

 ここから平賀さんは子供を見上げたのだ。

 もう火の見櫓はなかったが。

 一瞬、道路脇に地蔵堂が見えた。

 気になったが、向かうべきところがあるので止めてはもらわなかった。


 翌日、私は仕事用の撮影を終え、滞在先の旅館まで歩いていた。

 道の途中で小さな地蔵堂を見つけ、この道路が昨日、タクシーで通った道だと気づいた。

 お堂の中には、一体のお地蔵さんがある。

 それ自体はこれといって特徴のない、どこにでもあるお地蔵さんである。

 だが、そのまわりに、見たことのない石仏が複数体転がっている。

 首から下は地蔵さんを模して作った感はあるが、首から上は違う。

 みんな子供の顔をしている。

 薄白い顔。穴のような暗い目。

 生気のない子供の首をのせたいびつな石仏が、雑に放り出されている。

 一体は首がなく、その身体は赤く塗られていた。

 これは、交通事故の犠牲となった子供たちの供養のために、だれかが作ったものだろうか。

 その割には、あまりに扱いがぞんざいで、不気味であった。