足に――



 須賀さんにはひと回り歳のはなれた妹がいて、年に一度、姉妹で旅行に行く。

 近場の温泉宿で美味しい料理とマッサージでリラックスというのが定例だが、その年の夏は奮発して南の島へと飛び立った。

 初日は観光タクシーで島内を巡り、二日目はゴルフを楽しんでから居酒屋で郷土料理にしたつづみを打った。

 午後十一時ごろに店を出て、酔い醒ましに歩いてホテルへ戻ることにしたが、大通りはナンパ目的の派手でうるさい車が目立つ。人目を忍べる裏路地を探していると窓明かりもまばらな住宅地の小道を見つけ、探検気分でそこに入っていった。

 道は迷路のように枝分かれし、家らしい家も見えなくなって、どこへ向かっているのかもわからなくなった。

 しばらく歩いていると姉妹の耳に、ざあざあと水の流れる音が聞こえてきた。

「小さい滝でもあるのかな?」

「こんな場所に? そんなのガイドブックで見なかったけど」

「きっと小さすぎて載ってなかったんだよ」

「地元の人しか知らないパワースポットとかね」

 水音は自分たちの進んでいる方から聞こえる。

 このまま歩いて行けば、いずれたどり着く距離だ。

 姉妹はわくわくしていた。

 妖怪じみた樹木が絡み合う細道は街灯もまばらで暗かった。

 ずいぶんな悪路である。足元が見えないため自分の踏んでいるのが地面なのか木の根っこなのかもわからない。サンダルの底からぼこぼことした感触だけが伝わる。

 水音の源泉らしきものはまだ見えてこないが、水音だけは確実に近づいている。

 途中、案内板のようなものがあったが明かりがないので読めない。案内板があるということは、やはりなにかはあるようだが、そのなにかは一向に見えてこず、ざあざあという音だけがもう間近にまで来ていた。

「あれ」

 二人は道路に出た。

 すると、目前にまで迫っていた水の音は逃げるように遠のいていった。

 目の前をタクシーが通りすぎていく。一気に興が冷めてしまった。

「滝は? パワースポットは? あの水の音なに? ねぇ、私たち化かされた?」

 妹を見ると、幽霊でも見たような顔で須賀さんの足元を見ている。

「あ、あしっ、あしひぃっ」

 須賀さんは自分の足元を見た。

 なにかを踏んでいる。

 黒い毛布の切れ端のようなものだ。

 毛の生えた獣の死骸に見えた。

 その横腹を須賀さんの足がずっぽりと踏み貫いている。そこからこぼれたものか、あたりには明太子や塩辛みたいなものがちらばっていた。

「ぎゃあっ」と叫んだ須賀さんは、それを振り払おうとくうを蹴りまくったが、足に絡みついていてなかなか取れない。姉妹でパニックになりながら、ぼろきれのようなそれを引きずってホテルまで走った。

 何度も腰が抜けそうになりながら、やっとのことでホテルに着いた。

 足に絡みついていたぼろきれのようなものは途中で落ちたのか、もう消えていた。

 どこでついたものか、姉妹の腕には引っかかれたような四本の筋が白く残っていた。


 妹には、ズタボロの猫の死体に見えていたらしい。

 しかし、須賀さんの目には今まで見たことのない生き物に見えた。

「ほんとに死骸だったのかなって。私のこと、ジッと見ていたような気がするんです」

 その顔ははくせいのように、目と口をカッと開いたまま固まっていたが、開いた口の奥底でちろりと舌が動いたようにも見えたのだそうだ。