赤い日
自宅の押し入れを整理していると、ここ数年分のカレンダーが出てきた。
華織さんはその日にあったことをカレンダーにこと細やかに書き残し、それを日記代わりにしていた。だから捨てずに残してあったのだ。
二〇一七年から、同じ年のカレンダーが二部ずつある。
一部は息子さん専用で、はじめから日記帳として使わせていたものだ。
小学二年生から書かせているが、はじめは一文字一文字が大きく、その日の枠から大きくはみ出している。アイスをたべた、マリオであそんだ、ママにおこられた。書いてあることがかわいい。
赤色の色鉛筆で、きれいに枠からはみ出さずに塗られていた。
息子を呼び、これはなんなのと聞くと、本人はどうして塗りつぶしたのか覚えていないと答えた。だが、あとになって思い出したようで、そこははじめから赤く塗られていたので何も書かなかったのだといった。
その日に何かがあったのかもしれない。
華織さんは自分のカレンダーと照らし合わせてみたが、赤く塗らねばならないようなことは書かれていなかった。
二〇一九年の夏、華織さんの実家に家族で行った時だった。
「あー!」という声が聞こえ、息子がキッチンに飛び込んできた。
夕食の準備をしている華織さんに「あった!」といって、腕を引っ張ってどこかへ連れて行こうとする。
どこに行くかと思えばトイレで、壁にかかっているカレンダーを見せられる。
息子のカレンダーにあったような赤く塗りつぶした日があった。しかも先週。塗り方、色の濃さ、息子のカレンダーにあったものと同じに見える。
息子の悪戯かと一瞬思ったが、親に確認したほうが早い。
「トイレのカレンダーさ、赤いところの日って、あれなに?」
華織さんは母親にたずねた。すると母親は、
「さあ、お父さんに聞いて」
たぶん、趣味の釣りに関係あるのではないかという。
ところが父親に聞くと、
「母さんだろ?」
何年か前から「赤い日があるな」と思っていたが、母親は父親が、父親は母親が塗ったものだと思っていたらしい。
華織さんは家族を集め、
「この日なんだと思う?」と率直な意見を聞いた。
答えられる家族はおらず、ただ厭な空気になってこの話題は終了した。
華織さんの家のカレンダーに今のところ新たな《赤い日》は増えていない。
実家に電話で聞いたら「あれ以来見ていない」と言われたが、実はかなり怪しんでいる。