鬼圧



 玲美さんが島根にある友人の実家へ泊まりに行った時のこと。

 夕食をご馳走になっている時、友人の母親から「経験ある?」と訊ねられた。

 玲美さんは質問の意図をちゃんと理解していた。

 事前に友人から「うちのマミィー霊感あるんだよ」と聞いていたのだ。

 つまり、経験とは性的なほうの意味ではなく、霊的な経験、霊体験があるかと聞かれているのである。

「ないです」と玲美さんは答えた。

「じゃあ、話しておいたほうがいいかもね」

 友人の母親・咲江さんは、この家の立地の話をし出した。

 友人宅は住宅地の端にあり、周辺に民家は数えるほどしかない。

 近くには古い葬祭場がある。

 葬祭場のまわりには三軒の民家があり、その中の一軒は家の正面玄関が葬儀場の正面入り口に面しているという。その一軒とは、この友人宅である。

「なにが言いたいかというと、うちの入り口と葬祭場の入り口はまっすぐ繋がっていて、入り口は出口でもあるから、葬祭場から出てきたものが、この家にまっすぐ入ってきちゃうってこと」

 咲江さんは、しれっとした顔で言う。

 仮通夜は故人と遺族が過ごす最後の夜であるが、住宅地がそれほど離れていないこともあって、遺族は自宅に帰ってしまう。そのため、葬祭場に残された故人が寂しがってこの友人宅に来ることがあるのだそうだ。

「といっても、すたすたと歩いて入って来るわけじゃないの」

 まず、家で飼っている犬が急に激しく吠え出す。

 玄関ドアが開く音がする。

 ドアが開くと気圧で一瞬カーテンが膨らむ。

 そういうことが起き出したら、入ってきているのだという。

 玲美さんはおそるおそるたずねた。

「それって……なにか悪いことが起きたり、変な物を見ちゃったりとかは……」

 ないない、と咲江さんは笑いながら手を振る。

「なにかあったら、ここに住んでないから」

 すると、友人宅のコーギーが急にバフッバフッと吠え出した。

 玄関の方からガチャッとドアの開く音がする。

 室内をぬるい空気が流れていき、玲美さんの肌を舐めていく。

「えっ? なに? なにこれ?」

 咲江さんは「ほらね」という顔をしていた。