川の底から



 数年前まで建設会社に勤めていた方から聞いた。

「私の仕事はしゅんせつといって河川の汚泥をさらう作業なんです。土砂が溜まりすぎると、川底が浅くなって水の流れが悪くなるんですよ。そんな時に大雨が降ったりしたらすぐ増水して決壊でしょ? そうならないための仕事です」

 浚いあげた泥の中からは不法に投棄された物がたくさん出てくる。自動車、バイク、仏壇、道路標識、金庫や大量のナンバープレートといった犯罪臭をまとう物まで様々。かなりの確率で死体も見つかるのだという。

「僕はまだ年数が浅かったんで動物のしか見てませんけどね。人間もぼちぼちあるそうですよ。でもそういう話を聞きたいわけじゃないんですよね。わかってます。これはそういう話じゃないんで――これは、ベテランの先輩から聞いた話で、うちの会社でのことじゃないんですが――」


 その先輩がある地方の小規模な河川工事に入ったばかりの時。

 浚った泥に人が埋まっている――そういって一人の若い社員が騒ぎ出したことがあった。

 川に流されて行方不明になった人が数年後に見つかることはよくある。その地域では大きな台風が来るたびに行方不明者が出ており、いまだに発見に至っていない人もいた。だから、発見されることはむしろ喜ばしいことなのだが――。

 引き揚げられた泥を見ると、二本の足のようなものがピーンとまっすぐ突き出ている。少し離れた箇所には手のようなものがある。仮にこれらを人間から生える手足だとして、その位置から頭部だろうと推測できる形状のでいかいもあった。

 どす黒い泥に覆われたそれは、泥をこねて作られた人形に見えた。

 確かに、泥の中に人の形をした物があるようだが、それだけで死体とするのは早計である。あわよくば騒ぎを起こそうと、まぎらわしい場所にマネキンを投棄するやからもいる。

 若者が騒いでいるそれも、ここまではっきりあからさまに人の形だと、逆に死体らしさがない。

 確認のために泥を取りはらってみた。

 その作業をはじめてすぐ、足のようなものがぐずぐずと崩れ落ちる。

 泥の中からろう化した死体や白骨は出てこなかった。

 ただの泥のかたまりだったのである。

 しかし、ホッとした顔をしているのはさっきまで騒いでいた若い社員だけで、陽焼け顔のベテランたちは面倒臭そうな顔をしている。その一人が言うには、このあたりの土地で長く仕事をしていると川に限らず、たまに似たようなものを拾いあげるという。

 そういう時は一人二人、熱を出して仕事を休むらしい。

 死体を見つけたなら遺族が救われるが、こういうものは誰も得をしないのだそうだ。