444



 ジュンさんが民族学校へ通っていたころ、修学旅行で北朝鮮の平壌ピョンヤンにあるホテルに宿泊した。これはその時に体験したことである。


 風呂に入ってからの自由時間、友達と二人でホテル内を散策した。

 構造は中央が円筒状でそこがエレベーターであり、円筒に沿って緩やかなカーブを描いて部屋の扉が並ぶ。新しくも古くも見えない。とってつけたような明るい色の壁の塗装は、ムラがあって触るとボコボコとしていた。

 学校が貸し切っている三階を見て回っていると、前方にスーツの男性の背中が見えた。

「シッ、先生だ」

 二人はこっそり後ろから近づいて先生を驚かそうと考えた。

 すると先生は、ふいに二人の視界から消えた。

 先のカーブを曲がったのである。

 追いつこうと二人は小走りでカーブを曲がる。

 ところが、先生はすでに十メートルほど先のカーブの手前を歩いており、またスッとカーブに入って消える。

 二人が背後から近づいていることに気づいているのだろう。二人の視界から消えたその一瞬のあいだに、走って先のカーブに移動したに違いない。そして、気づいていない素振りで何事もなかったように歩いて見せているのだ。

 二人はニヤリと笑みを交わす。そう来るなら、追いかけっこだ。

 しかし、先生は上手に逃げる。後ろ姿がカーブに吸い込まれ、追いつこうと二人が走ると、先生はもう次のカーブの手前を歩いている。それが何度か繰り返される。

 ジュンさんは違和感を覚えた。

 よく生徒と一緒にふざけてくれる先生ではあるが、こんな他愛もない追いかけっこにいつまでも付き合うほど暇でもないはずだ。もう十分以上こうしてただエレベーターのまわりをぐるぐる回って、自分たちと追いかけっこをしている。

 ほんとうにあれは先生なのか。

 次第に不安になってきた。

 思えば、際立って特徴のある後ろ姿ではない。

 先生の着ていたスーツの色も覚えていない。

 ただ大人がいるというだけで、それを先生だと思い込んでいた。

 友達もげんな表情を浮かべている。

 ジュンさんたちは本気で走って背中を追いかけた。

 たった今〝先生〟が入っていったカーブを曲がる。すぐそこにいるはずだ。

 二人は足にブレーキをかける。

 いない。スーツの後ろ姿がない。

 先のカーブを歩いてもいない。

 消えたのである。

 近くの部屋に飛び込んだ?

 いや。そばに部屋はあるが、先生や生徒の部屋でないことはひと目でわかった。

 その部屋はドアノブが取り外され、赤色のビニールテープでドアの四辺を何重にも目張りされている。

 完全に塞がれた部屋だった。

 部屋の番号を見て、ジュンさんはその数字を読み上げる。

「444……」

 怪談話に出てきそうな、あからさまに不吉な数字の並びである。

 その数字を見ながら友達は、ジュンさんに聞いた。

「ここって、三階だよな?」


 消えた男は何者だったのか。《444》の部屋では何があったのか。

 このホテルが知ってはならないものをはらんでいそうで、聞きたくても誰にも聞くことができなかったという。