日の丸の旗
これも昭仁さんの体験した、戦後間もないころの話である。
学生時代、泊まりに行った親戚の家で叔母に叱られたことがあった。
理由は忘れてしまったそうだが、よほど叔母の怒りを買ったようで、陽が暮れ、夜が迫ろうという刻限、明かりも持たされず「一人で帰れ」と叩き出されたのである。
ムリだと思った。
山を越えねばならないが、普通に歩いて半日以上かかる道のりであるし、それでは帰り着くのは真夜中だ。もちろんそれは無事に帰り着ければの話である。草深いので道がわかりづらく、野犬の糞もたくさん落ちている。
さすがに叔母も預かった子を外に放り出してそのままということはないだろう。そのうち、ちゃんと迎えにやって来てくれるはずだ。
ならば、へたに進まずに待っていた方がいい。
昭仁さんは道端に座って、叔母が追いかけて来てくれるのを待った。
すると、叔母の家とは反対方面の道から、なにやら大きなものがこちらに向かってくる。
大きく見えたものは広げられた旗だった。
日の丸の旗を肩に担いだ大人の男である。
見たことがないほど大きく立派な旗であったが、純粋な日の丸ではなく、白地の箇所に血でもなすりつけたような跡がいくつもある。
まだ距離はあったが、男の放つ強い気迫のようなものをぴりぴりと感じる。
その恐ろしさに耐えられず、傍らの
汚れた日章旗を掲げた男は、小さな歩みでゆっくりと向かってくる。
目の前を通る時、その顔を見て声をあげそうになった。
その人は叔父――自分を叱って外に放り出した叔母の旦那とそっくりなのだ。
いや、本人だ。
数えるほどしか会ったことはないが、弟たちも大変世話になったのでその顔はよく覚えていた。
だが、すでに亡くなっているはずである。
亡くなっている叔父が、歩いているのだ。
息を止めて、通り過ぎるのをじっと待った。道の向こうに見えなくなるまで、昭仁さんの両手と膝は震えが止まらなかった。
しばらくして、叔父が去っていったほうから叔母が歩いて来るのが見えた。
冷静になって昭仁さんを迎えに来たのである。
叔父に兄弟はいるかと叔母に聞いたが、三人いたが皆、亡くなっているとのことだった。