ハナっちゃんで笑う



 新川さんの親類筋に舌を噛んで亡くなった方がいる。

「僕が生まれて、すぐくらいです。父方のほうの人ですけど、父も数えるほどしか会ったことがないって言ってました」

 親や親戚たちはその人を「ハナっちゃん」と呼んでいた。

 法事などで親戚の集まりがあると、よくハナっちゃんの話題で盛り上がっているので存在は知っていたが、写真を見たことがないので顔は知らず、本名も知らない。しばらく女性だと思っていたくらいだ。

 親戚たちの会話から見えてくる人物像は、ものを言わず、いつも下を向いていて、人の話を聞いているのかいないのか、ずっと頷いている。たまに喋ると、その喋り方に特徴があるのでみんなが笑ってしまい、また喋らなくなる。

 ひと付き合いのできない人であったらしい。普段は年老いた父親と二人で田舎の古民家に引きこもって、親戚との繋がりもほぼなかったそうだ。

 生前は話題にのぼることなどなかったが、死後はその死のインパクトの強さからか、ハナっちゃんは親戚たちの間の語り草となっていた。

「ハナっちゃんはバカな死に方をしたものよな」

 だれかがそう話し出せば、あっという間に笑いが広がって盛り上がる。その横で新川さんは、これって笑ってもいい話なのかと首をかしげていたが、笑って話しているのは爺さん婆さんたちである。彼らにとって死は身近なものだから、この手の話を不謹慎とも感じず、笑えてしまうものなのかもしれないなと思った。

 ハナっちゃんの話は必ず場が盛り上がるので、爺さん婆さんたちはすぐにこの話題にもっていこうとする。親戚が集うたびにハナっちゃんの名を耳にしていたので、新川さんは会ったこともない人だったが、少しずつ関心を抱きはじめた。もっとも興味をひかれていたのは、やはり死の理由だ。

 なぜ舌を噛むという変わった死に方をしたのか。

 どうやら自死ではないらしい。転ぶとか転落したとか、その拍子に舌を噛んでしまって……出血多量? ショック死? それとも、その怪我にばい菌が入って、舌が炎症でも起こしたのか。昔ならそんなことでも死んでしまうかもしれない。でも、そんな話をこうして笑えるものだろうか。

 あるいはもっと違う死の理由なのか。親戚たちに死に様を笑い話にされるような理由があるのか。横で聞いているかぎりでは、笑いの要素は見つからない。

 思い切って、笑っている親戚たちに聞いてみようとも考えた。

 笑い話にするくらいなので不謹慎だと叱られることもあるまい。ただ、ハナっちゃんの話題で盛り上がっているのは長老たちだ。その中に若い自分が割って入って訊ねるというのも、どうも気が引ける。なにしろ、ハナっちゃんは自分とはかすりもしない人物である。

 人の死をあざわらう親戚たちを不快に感じていたというのもあった。こいつらの仲間にはなりたくないという気持ちがどこかにあったのかもしれない。ハナっちゃんの死について、訊ねることはなかった。


 ある年の法事。

 いつも通り、親戚たちはハナっちゃんの話で盛り上がった。

 この日は長老たちではなく、初老の叔父がその話題で場を沸かせていた。珍しいことではなく、長老たちに次いでハナっちゃんの話で大笑いするのは、いつもこの叔父だった。

 まるで長老たちからはつを継いだかのように座の中心となって、ハナっちゃんの死を笑った。酒も入ってじょうぜつになり、まるで演説みたいな状態になっていたが、やがてその饒舌な喋りがとろけだした。喋り方が変になる。

 すると、

「よっ」

「待ってました!」

 歌舞伎の大向こうのような声が飛び交う。

 叔父は、ハナっちゃんの特徴ある喋りを真似しているのだ。

「そうそう、そっくり!」

 笑いが巻き起こる中、叔父はご機嫌な顔のままコロンと後ろに転がった。

 みんなが笑う。叔父は転がったままロレロレと口真似を続けていた。

 数日後、その叔父がのうこうそくで入院したことを知った。

 叔父が親戚たちに披露していたのは、ハナっちゃんの口真似ではなかったのだ。