それから数日間、アンダイルとベルガの両国では大騒ぎだったが、徐々にその興奮は沈静化して行った。長年のいがみ合いの理由が一晩で無かった事になってしまったからといって、その〝長年〟が無くなる訳ではない。
その辺は時間をかけて個々で折り合いを付けていくべき事だ。
そしてナッシュ王子とマール王女は近日中に結婚の発表が決まったらしい。こちらも本当なら両国ともに時間をかけるべき事なのだが、マール王女の懐妊を考慮すると早く一緒になって貰わないとどちらにとっても示しがつかないのだとか……。
何か出来婚の典型みたいな話だな。
式の際はぜひとも出席して欲しいと王子から直々にお願いされ、王族であるジュリアさんとティアにも後々正式に書簡が送られるそうだ。
「もちろんコウ殿、君にもぜひとも出席して欲しい。〝救国の聖女の軍師〟に来ていただかなくては我々の気が済まない……」
ここ数日色々忙しいだろうに、わざわざ直接訪れた王子は俺にそんな事を言う。
「……俺は軍師なんて格好良い事何にもしてないっすよ? この国にとっては紛れも無く動乱を引き起こした犯罪者な訳だし?」
「何を言われるか!!」
「おお!?」
冗談めかしてそう言った途端、ナッシュ王子は怒ったように勢い込む。
「二カ国の橋渡しの為にあえて汚名を着て、更に湖の汚染を改善せしめたその手腕……本来ならば国を挙げて感謝を示すべき大偉業だと言うのに……」
拳を震わせ悔しそうに歯嚙みする王子。結局この人は真面目なんだろうな。
〝勇者一行のお仲間〟とはずいぶんと違う印象である。
俺はお玉を振り回して笑ってみせた。
「まあ気にする事ないっすよ? 今回に限って言えば公表なんかしたらむしろティアとジュリアさんが困る訳で……。あれだけ引っ搔き回したデネルの忍者隊が隣国の王女でした……なんてね」
「その組織自体が我々が作ったモノではないか……。その咎や責を君らに押し付けて……我々だけが……のうのうと……」
ますます沈んで行く王子、まったく……クソ真面目な王子だ。
「そう思うなら〝頭領〟? なるべくで良い……エルモントと仲良くするように考えてくれよ。礼っていうならそれで十分だと思うぜ?」
俺がそう言うとナッシュ王子は諦めたように息を吐いた。
「なるほど……君にとってはエルモントへのプラスが第一という事……いや……」
そう言葉を切った王子は盗賊の頭領の顔になってニヤリと笑う。
「〝ティアリス王女のプラス〟が第一だ……って訳だ」
「…………ほっといて下さい」
思いっきり図星を指されて顔が熱くなる。
アカシックレコードの未来を変える為にティアの評価を上げる。それが第一なのは間違いないが、それだけって事もない。
何だかんだ言ってもティアが評価されているのは見ていて嬉しい。
「ところで国王……親父さんたちへの報告はどうなったんです?」
話を変える目的で今回の最大懸案事項だった事を聞く。
さすがにどちらも国王をやっているだけあって、子供たちの不可解な行動に違和感があったらしい両国王には、今回の全てを話したらしい。
盗賊団デネルや水蛇も全てが水の精霊と結託して起こした芝居であった事を……。
最悪再び二カ国間の戦争も警戒していたのだが、聞いた途端王子は両手を広げてみせた。
「それがな……水面下で勝手な事をされていた事ですっかりいじけてしまってな。最近国境付近の場末の飲み屋でクダ巻いてる……」
「……え?」
「それはベルガ王も同じでな……最近同じ飲み屋で子供の愚痴ですっかり意気投合しちゃって……あれだけ難しかった両国王が変な同盟を結んでいるんだよ……」
……何だそりゃ? 結局国王たちにも分かりやすい共通の敵が必要だったのか?
俺は舞い散るサクラの花びらを見上げて息を吐いた。
現在俺たちは水神の神殿の前、巨木にまで成長したサクラの木の下にいる。
エルモント帰国までしばらく時間があったので、以前ティアが希望していた花見をしようという事になったのだ。季節的にはズレまくっているがその辺はご愛嬌。
舞い散るサクラ吹雪は日本のそれと何ら変わりなく、美しく澄み切ったデネル湖の湖面に映えて何とも言えない光景を生み出している。
俺はそんな光景の中、一人寸胴鍋の前に立っていた。
そして他の皆はサクラの木の下で思い思いに木のボウルをドンブリ代わりに麵を啜っている。かねて作りたかったガッツリした味わいのラーメンだが、さすがは水の精霊の七色の水差し、見事に俺好みのスープに合った水が傾けただけで出てくる。
俺は早速作ったラーメンを皆に振舞っていた。
「う……美味い……美味すぎる!!」
「なるほど……確かにエルモントでコウさんが言っていた〝ぱんちが無い〟って意味が分かります。これに比べると確かに前のは〝ぱんち〟がありません」
キリカさんと一緒になって麵を啜っているティアも、説明し辛かった表現を自分なりに理解したようだ。
ラーメンを食っている連中は他にもいて、中にはデネルで盗賊に扮していた兵士諸君もいたりする。今回彼らには群集を誘導するサクラをやって貰っていた。
何人かジュリアさんに巻き込まれたみたいで謝罪されていたが、「炎の女王の一撃を受けただなんて末代まで自慢できる」なんて男前な事を言っていた。
そんな集団の中で一番異彩を放っているのは……その炎の女王だったりする。
あっという間に木のボウルを空にして俺のところにダッシュで来た。
「コウ君! おかわり頂戴!! こ、こんな食べ物……初めてだ!!」
ラーメンをすっかり気に入ったようでジュリアさんは既に三杯を完食している。この人体型のワリに物凄く大食らいだったのだ。
炎龍爪による身体能力向上はとにかく体内のエネルギーを消費させる。そのせいで滅茶苦茶腹が減るらしいのだ。
「はえ~な……三杯目から五分掛かってないぞ……」
俺が麵をちゃっちゃと湯切りしてスープに合わせ、メンマとチャーシューを載せた瞬間、「おまち」を言う前に俺の手元からラーメンが消え失せた。
見ると既に数メートル先のベンチで麵を啜るジュリアさんの姿が……。
うお~い……行儀悪いぞ王女様……。
「美味い……美味いぞティアリス!!」
啜ると言うか、搔き込むジュリアさんに隣のティアは苦笑していた。
「お行儀悪いですよ。お姉ちゃん……」
「「お姉ちゃんだと(ですって)!!」」
その瞬間、今回やたらと感じる事の多かった類の殺気がいきなり膨れ上がり、二人分の絶叫が辺りに木霊した。
「な、何だあ?」
見るとティアとジュリアさんの目の前に佇む二人の男女……あれって……。
二人を目にした瞬間、珍しくジュリアさんが青くなって木のボウルを落とした。
既に中身が空なのはさすがである。
「あ、兄上……シルフィー……なぜここに……?」
怒りの形相を浮かべる二人はティアとジュリアさんの実の家族、シュトゥルム王子とシルフィー王女である。
「ああ、私が連絡したのだ。さすがに非公式に隣国の王女が訪問しているのは問題だと思ったものでな……」
ナッシュ王子が歩み寄りながら説明すると、ジュリアさんは小声で、しかし確かに「余計な事を……」と呟いた。
後ずさるジュリアさんに二人は怒りの形相で摑みかかる。
「ジュリアお前! 抜け駆けしやがったなあああ!! お姉ちゃんだとおおおお!!」
「お姉様! わたくしがティアリスとお出かけ出来る日をどれほど心待ちにしていたとお思いですか!? 何ゆえわたくしも誘って下さらなかったのです!?」
「不可抗力だ、不可抗力! たまたまの偶然が重なったからこうなった訳で……」
唐突に始まる末の妹を巡る兄姉ゲンカ……遠巻きに苦笑するティアは困ったような、でも嬉しいような微妙な表情である。
それはどこから見ても仲の良い家族の姿だった。
「まったく……これだけティアが愛されていたんなら、俺が介入する必要も無かったんじゃないのかね……」
「謙遜なさいますねぇ……救世主様?」
独り言のつもりだった言葉に返事が返って来て、俺はその声にゾッとした。
さっきまで近くにいたナッシュ王子以外、傍には誰もいなかったのに……。
声のした寸胴鍋の下に目を向けると、そこには髪を両側で縛った十歳前後の少女がいた。
多分アンダイルかベルガ、どちらかの町の娘なのだろうが……目の前にしているのにいるのかいないのか分からないくらい存在感が希薄で、しかも表情が全く分からない。
「本来の歴史ではティアリス王女が家族の本心を知るのは家族の死の直前……その事で彼女は生涯消える事のない後悔と絶望を味わう予定でした。なのに彼女は今回その事実を知る事になった……これがどういう事か分かりませんか?」
「……何が言いたい……闇渡り!」
自然と流れる冷や汗と共に自然と口調が荒くなる。そんな俺を見て少女に乗り移った闇渡りは、表情が分からないのに……確かに笑った。
「いえ、元よりエクレアとの同盟が成されなければカルヴァドスの兄姉はティアリスに本心を明かす事は無かった。エクレアの同盟は昼食会の成功が無ければ実現しなかった……。貴方は見事に悲劇を喜劇に変えたのです……」
「それは……どうも……」
俺にとっては良い情報のはずなのに、コイツの口から言われると全く嬉しくない。
「……で、何しに来やがった……?」
俺が警戒の言葉で睨みつけると闇渡りは少女の体でおどけてみせた。
「おや、何をそんなに警戒なさっているのです? 貴方は見事に四つの火種を消してしまった。私は今回も完敗です。勝者を称えに参ったのみですよ?」
「……親父の教えでね。女は怖い生き物だけど、一番怖いのは怒ったり泣いたりしている奴じゃない……何があっても常に笑っている女には一番気を付けろってな」
「ほほう~それはそれは……」
親父が口にしていたのは暗に母ちゃんに対する惚気でしかなかったが、正直今は笑えない。そもそもコイツの腹の底が全く分からない。
だいたい、操作していたはずの情報の流し方に既に疑問が残る。
本気で二カ国の内戦を促すのなら〝俺が入国するよりも前に情報を流す〟のが正解のはずだ。にもかかわらず、明らかにコイツは俺が事件に関与するのを待っていた。
本気を感じられず、遊ばれているようにしか思えない。
「なかなか……貴方もやり難い相手ですよ? ここに至っても私への警戒を解かないのですから……さすがはオカン……」
「……そいつはどうも……」
「近いうちに再び見えましょう救世主様。私の望む悲劇と貴方の喜劇、果たしてアカシックレコードが選ぶ物語はどちらでしょうか……」
芝居がかった言葉を言った直後、幼女の体が突然糸が切れたように倒れた。
慌てて受け止めると、その少女の顔は……やはり普通の、どこにでもいそうな町の子にしか見えなかった。
最後に何やらケチが付いた気分になった。
俺は自分の分のラーメンをちゃちゃっと作って、気分転換の清涼剤を求めた。今後の自分のモチベーションの為にも……。
その清涼剤は兄姉ゲンカを遠巻きにして、長椅子に腰掛けて小さな口でラーメンを啜っていた……のだが、俺の姿を見るなり真っ赤になってそっぽを向いてしまった。
実を言うとここ数日ティアとまともに口をきけていない。原因は……まあティアのあの発言がきっかけだったのだが……やはりこのままなのも……な。
俺は意を決してティアへ近付いて長椅子の隣にドッカリと腰を下ろした。
明らかにティアはそっぽを向きながらもビクつくのが分かるが、その辺はお互い様だ。俺は俺で自分の心臓がありえない速度でバクバクいっている自覚がある。
「コ……コウさん……あの……」
しどろもどろに何かを言おうとするティア。だけどここは俺から言うべきなのだろう。
数日前の彼女の発言に対する回答を……。
羞恥で震える唇をムリヤリ押さえ込んで、嚙まないように言う。
「お……俺の隣は……ティアの場所……なんだろ?」
「いえ!! それは……その……」
慌てふためくティアの顔を正面から見据え……やっぱり正面は無理だ! 情けないが視線は逸らさせていただく!
「だったら……だったらティアの隣は……俺の場所だ……」
「は……はい?」
素っ頓狂な声を上げるティアは顔どころか全身に至るまで真っ赤である。俺自身もありえない程体が熱くなっているのが分かる。

こ……これは……恥ずかしい!!
「問題あるか!?」
羞恥心をごまかす為に言った俺の声は完全に裏返っていた。
そんな俺の情けない声にティアは真っ赤になりながらも、いつもと同じか、それ以上の笑顔で答えた。
「いえ……ありません……」