ゴミのように小さな魔力を極限まで絞しぼり込み、魔ま族ぞくをも屠ほふれる力を生み出す方法。それは同時に防ぼう御ぎよを一いつ切さい考えない戦い方で、どうやっても使う度たびに体を痛めていく。

 諸もろ刃はの剣つるぎなどという上等なものじゃない、れっきとした自殺行こう為いだこんなの……。

 だがこんな自殺行為に名を付けた酔すい狂きような奴やつがいた。断っておくが私じゃない。

 それは私を師し匠しようだなんて呼ぶ物好きな少年で、『グレイシス流剣けん術じゆつ』だなんて大層な名前を付けた。恥はずかしいから止やめろと言っても聞きはしない。

 そいつは私と同じく生まれ付き魔力が低く職業戦士には向かない奴だった。

 だが私は自分の技術を教える度、少年が戦い方を会え得とくする度に思わざるを得なかった。『この戦い方は、少年がグレイシス流と言う技術は、コイツの為ためにあったのだ』と。

 少年は数年で私よりも強くなり、当初目標にしていた大切な少女の隣となりどころか前に立って戦える程ほどにまで成長してみせた。

 その頃ころから……次し第だいに少年は人々に勇者と呼ばれるようになっていた。東大陸からの侵しん略りやくで疲ひ弊へいしていた人間たちは最後の希望を勇者とその仲間たちに託たくしたのだ。

 特とく殊しゆな移送ロードを作り、東大陸の最深部にいる魔ま王おうに狙ねらいを絞った奇き襲しゆう作戦。笑える事に〝仲間たち〟の中には私もいた。

 役立たずの、とっくに死んだはずの私がだ……。


 そして人間たちの希望を一身に受けて決行された作戦は…………失敗に終わった。


 誰だれが想像できる?

 十万はいる魔族の軍勢を避さけて辿たどり着いた魔王が十万の軍勢よりも強いだなんて……。

「クソ、まだ追って来る!」

「もう少しで人間界への移送ロードなのに!」

 魔王から逃にげる事が出来たのは奇き跡せき以外の何ものでもなかった。

 しかし傷だらけの体に鞭むち打うって、移送ロードを作り出した洞どう窟くつまで何とか辿り着いた時には、かわしたはずの十万の軍勢が背後に迫せまっていた。

 奇襲作戦に参加した仲間は五人。全員が満まん身しん創そう痍いで魔力も底を突いていた。

「とにかく移送ロードに急ぐんだ!」

 ライナスの言葉に洞窟へと駆かけ込む仲間たち、しかし背後から魔族の声が聞こえる。

「いたぞ! 人間共だ!!」「奴らこんな所に移送ロードを……」

 その声を聞いた瞬しゆん間かん、私は洞窟の前で足を止めた。

《気が付かれたか……》

 このままでは移送ロードを閉じる前に魔族共が西大陸へと来てしまう。特殊な移送ロードは中々作る事が出来ないように、閉じる事もすぐには出来ない。

 今回移送ロードを作成したのは西大陸の西せい端たん部、そんな事になったら移送ロードを逆利用されて西大陸は……いや、人間は終わりだ。

 そう思ってからの決断は速かった。

「ライナス! 向こうに着いたらロードを潰つぶせ。いいな!!」

「え?」

 叫さけびながら仲間が洞窟に入ったところを見計らい、岩いわ壁かべに剣を振るう。

「何やってんのよ! グレ姉! まさか……!!」

 崩くずれ出した岩の向こうから、自分の事を姉と慕したってくれた今や大だい賢けん者じやと呼ばれる少女の悲痛な叫びが聞こえる。一いつ瞬しゆんで私の行動の意味を悟ったらしい。

「師匠……師匠!! ダメだ、そんなの!!」

 同じく意図を察した勇者と二人慌あわてて戻もどろうとするが、仲間内では一番冷静な盗賊のお頭かしら、ナッシュが引き止めた。

「放して! グレ姉が! グレ姉が……!」

 悲痛な叫びに胸が痛む。

 なぜなら、私はその感情をよく知っていたからだ。

 力及およばず、無力感に悩なやまされ、何日も眠ねむれぬ夜を過ごす事になるだろうその気持ち。

 大切な者たちの本当の気持ちを最後に知った時の、余りに無知であった自分への激しい憎ぞう悪お。嗚お咽えつを感じる程の自分自身への殺意。

 そして……踏ふみ台にしてしまった命の為に自害すら許されない苦しみ。

 私はそれを知っていながら、今、彼らに同じ苦しみを与あたえようとしている。

「すまないな。私はお前たちを守る為に、何て言うつもりはない。ただ……怖こわいだけなんだよ。再び大切な者を失うのが……」

 自分を師匠と呼んでくれた少年。

 姉と慕ってくれた少女。

 どちらも抜ぬけ殻がらのように死に場所を求め彷徨さまよっていた私に、再び人間らしい温ぬくもりを与えてくれた大切な存在……失うのは見たくないのだ。

「私は知っている……これからお前らが背負う苦しみを。知った上で押し付ける、身勝手に……だからさ……」

 グレイシスは二本指を立てて最後に笑った。今まで見せた事もない極ごく上じようの笑え顔がおで。

「恨うらんでくれて構わない……さっさと忘れてしまえ、こんな『役立たず』」

「バ……バカヤローーーーー!!」

 轟ごう音おんと共に岩が崩れ落ちた瞬間、仲間の声は届かなくなった。苦く笑しようして岩を軽く叩たたく。

「バカヤロー……か。確かに……違ちがいない」

 そう呟いてから振り向いた先には、天地を埋うめ尽つくす程の魔族がひしめき合っていた。

 もう数えるのすら面めん倒どう臭くさい、そもそも元より魔ま力りよくで自分より劣おとる者は一人もいなかった。

「さあ……最後に一ひと刺さし……舞まわせてもらおうか……」

 愛用のレイピアを抜き放つと自らの魔力を集中、髪かみの毛程の細さにまで絞り込み刃は筋すじへと這はわせて行く……。そして高々と掲かかげて吼ほえた。

「我が名はグレイシス、またの名を《血けつ風ぷう戦せん姫き》!! 貴様らに侵略され滅ほろぼされた亡国の死に損ぞこないなり!! 己おのれと魔への憎悪で極きわめたこの剣けん技ぎ、とくと見るがいい!!」



 その後の事は、魔ま界かいでは伝説となった。

 鬼き神じんの如ごとき強さで、追っ手の魔族五千余りを屠った人間の戦士がいたと。

 その者は片かた腕うでを失い、片足を折られ、剣で貫つらぬかれ、矢で射られ、爪つめで裂さかれ、魔ま法ほうで焼かれても、致ち死し量を超こえる失血で目が見えなくなっても膝ひざを突かなかった。

 己と敵の流した血ち飛沫しぶきの中、それでも字の如く、笑い、舞い、吼える。

 いつしか追い詰つめていたはずの魔族たちが後ずさっていた。

「こ……こいつ……本当に人間なのか!?」

 一人の魔族の呟つぶやきは魔族たちの総意だった。

 何故なぜまだ動ける。何故まだ立っている。何故まだ生きている。

 そして何故まだ……笑っている!!

 流血に染まる双そう眸ぼうの奥で、笑い続ける〝人型の何か〟。

 致ち命めい傷しようなど最も早はや何十何百与えたかなんて分からない。しかしそれでも目の前の人間の形をした何かは倒たおれる気がしなかった。

「首だ……首を落とせ! いかに化け物でもそれなら……」

 その時魔族たちにはそれしか絶命させる手は残っていないように思えたのだ。

 出来なくては殺される……と。

 しかし終わりは突とつ然ぜん訪おとずれた。グレイシスを止めたのは、現れた魔王のたった一言。


「止めろ、もう良い。移送ロードは閉じられてしまった」


 魔力の流れの断絶。移送ロードの消しよう滅めつ。

 それは、即すなわち仲間の逃とう亡ぼうが成功したという事……。

 おかしな話だが、グレイシスは最悪の敵であるはずの者の声で安らぎを覚えた。

『ああ……そうか……。逃げ果おおせたか……』

 グレイシスは大量の魔族が囲む中、ようやく動きを止め……倒れ伏ふした。

 バシャリと立てた水音は自分が流した血ち溜だまり。グレイシスは『よく動けたものだ』と他人ひと事ごとのように思ってしまい、苦笑していた。

 血溜まりに沈しずむ彼女に魔王は無む警けい戒かいに歩み寄る。

「魔王様! 危険です!」

 反はん撃げきを警戒して警告する部下だが、魔王は首を振ふった。

「こやつに最早、私へ一ひと太刀たち浴びせる力は無い。いや、そもそもこやつの眼中には魔王など映っていない。私の事など、もうどうでも良い事らしい……」

 そう言う魔王の耳にかすかにグレイシスの声が聞こえた。

「やっと……守る事……出来たよ……」

 息も絶え絶え、焦しよう点てんも合っていない瞳ひとみ。だがそれはまるで誰かに報告しているようで、自じ慢まんしているようで……傷だらけでも満足げな笑顔だった。


    *


「…………………また、この夢か」

 俺は目を覚ました時、全身に汗あせをかいている事に気が付いた。

 この世界に来てから……正確にはルーチェに時見の魔法で〝ティアの最期〟を見せられて以来、たまにこの悪夢を見る。

 このままいけば、確実に起こる未来の姿を。

 全すべてを失い孤こ高こうの戦士となった後、得る事の出来た大切な者たちを守る為に死を選ぶ血風戦姫の生き様。

 最初はその戦士の姿が全くティアに結び付かなかった。

 だが、付き合いが長くなる度、あの娘この人となりを知る度に確信せざるを得なかった。

 あれは間ま違ちがいなくティアだと……。

 自信が持てず、自分を嫌きらい、後こう悔かいし、絶望し、それでも求めた大切な存在を命がけで守るそんな生き方。ネガティブさも優やさしさも……俺の良く知るティア本人なのだ。

 俺は正直グレイシスの生き様は嫌いじゃない。

 でも、だからこそ……何が何でも……。

「俺は……アンタを認めない……絶対に……」

 大事なものを失うところを見たくもない。俺だってアンタと一いつ緒しよなんだから。

 そのためにも今日の作戦を成功させようと決意してベッドから起き上がった。


    *


 日にち没ぼつをもうすぐ迎むかえようという時刻、夕日に照らされたデネル湖こ畔はんの水神の神しん殿でん前ではアンダイルとベルガの両軍が緊きん張ちようの面おも持もちで対たい峙じしていた。

 ついに本格的な戦争が始まってしまった……訳ではない。

 両軍ともに急にこの場に集まらざるを得なくなり、実際には戸と惑まどいの方が強かった。

 それもそのはず、両国の軍が集まっているのはいきなり届いた予告状が原因だからだ。

 それは王宮に届けられた手紙だけでなく、国中にこれ見よがしに立て札として設置されていたために隠いん匿とくも出来ず、国民たちの周知の出来事になってしまった。



西と東の水神国の皆みな々みな様さま。

両国がいがみ合い、余所よそ見みをしている隙すきに、

我々盗とう賊ぞく団デネルは水神の神殿の封ふう印いん解除の方法を発見致いたしました。

つきましては今夜、日没の時に水神の神殿に眠る精せい霊れいの宝玉を頂きに参ります。


新生盗賊団デネルより



 事の真相は分からない。しかし、水神の神殿が標的となれば両国ともに動かざるを得なかった。

 まあ、だからと言って長年険悪な関係を続けてきた両国が顔を合わせているのだ。心中穏おだやかであるはずもない。

 暗雲立ち込める空気の中、両軍兵士たちを割って前に出たのは両国の代表である国王、アンダイル王とベルガ王。どちらも初老の男性同士で、そしてどちらも眉み間けんに皺しわを寄せていた。

「……久しいな、ベルガの……」

「そうだな……アンダイルの……」

 形式的な場であれば敵対国家であっても敬けい称しようの〝王〟を付けるのが最低限の礼れい儀ぎであるはずだが、この場においては互たがいが互いを王とは呼ばない。

 隣りん国ごくの存在を認めないという意地の張り合い、根底にそれがある。

「盗賊団デネル……最近巷ちまたを騒がすコソ泥どろ集団と思っていれば、いやいや、ずいぶんと見てくれに拘こだわった派手な事を好むものよ。まるでアンダイルの連中のようだな……」

 ベルガ王の言葉はあからさまな挑ちよう発はつ、『盗賊団はお前らの差し金だろ』という分かりやすいものである。しかしアンダイル王は怒いかりの形相をムリヤリ笑顔にして言った。

「そのコソ泥どもは我が国でも悪事を働く連中でな。こうした中身の無い即そく物ぶつ的な、まるで幼子のような行動はベルガ特有の行動パターンだと確信しておったのだがな……」

「ほ……ほう……」

 対峙する両国国王の険悪な空気は瞬またたく間に自軍の兵士たちへと伝でん播ぱしていく。

 俺はその様子を遠目に眺ながめていたのだが、あんまり長い事放置すると危ない気がして来た……。

「険悪だな~。ラブラブな息子むすこたちとはえらい違いだ……」

「……その息子たちのスキャンダルは既すでにどちらも知っているのだ。その上で会話が出来ているだけ二人とも……まだ冷静だ」

 覗のぞき見たジュリアさんの言葉は幾いく多たの戦場を経験した者の言葉なのだろう。

 俺には今にも取っ組み合いを始めそうにしか見えないけど……。

「さあ……では日没と共に行動開始と行きますか……」

 俺が布越ごしのくぐもった声で言うと、ティアとジュリアさんは頷うなずくがキリカさんが戸惑いの声を上げる。

「……ダイチ、本当にやるの?」

 その声にはやる気を感じられない。いまいち腹をくくれていないようだった。

「何を言うのですキリカ! これは両国の為ために必要な事ですよ?」

「……そうだな、しかも今回我々は名も無き盗賊団。外交だの世せ間けん体ていだの……気にする必要はない……」

 そんな事を言って笑い合う、すでにノリノリの姉妹。キリカさんは諦あきらめの溜ため息いきを吐ついた。

「いつの間にか歩調を合わせちゃって……ったく……」


    *


 電灯なんて存在しないこの世界では日没後の闇やみは急速に訪れる。

 両軍の兵士たちがそれぞれ魔法を使って明かりを灯しだした頃ころ、その時は訪れた。

「ハハハハハハ……ハーッハハハハハハハハハ!!」

 闇やみ夜よに響ひびき渡わたる人を馬ば鹿かにしたような、まさに馬鹿笑い。

 兵士たちの間に緊張が走はしった。

「な、何なんだ!? いったい?」

「どこからだ? っていうか何なんだこの笑い声は!?」

 戸惑うアンダイルとベルガの兵士たち。しかし一人の兵士が正解を導き出した。

「上だ! 水神の神殿の上に人が!!」

 テンプレ通りの台詞せりふにその場にひしめき合う数千の兵士たちの視線が一いつ斉せいに、神殿の屋根の上へと向いた。

 いつの間にか上っていた月の明かりに照らされる四つの人ひと影かげ。その者たちは一様に異様な、見たことも無い服装にスカーフをなびかせて立っている。

 その格好を見て『忍にん者じや』を連想できる者はエルモントの庭師以外にはいなかった。

「き、貴様ら何者だ! 神聖な水神様の神殿に!!」

「何者……か。ならば答えよう……」

 その者たちは色いろ違ちがいのスカーフを着けているのだが、男性が一人に女性が三人の構成で……その者たちが一斉にポーズを付けて叫さけび出した。

「赤レツド忍ニン者ジヤ! 爆ばく炎えんの朱じゆ里り!!」

「……青ブルー忍ニン者ジヤ、疾しつ風ぷうのお霧きり……」

「緑グリーン忍ニン者ジヤ!! 深緑のお庭ていです!!」

「黄イエロー忍ニン者ジヤ、大地の耕こう!!」

「「「「四人揃そろって……忍者盗とう賊ぞく隊、デネル……推参!!」」」」

 ドドドーーーーーン……。

 最後に両軍に向けてそれぞれの配置でポーズを決めた瞬しゆん間かん、背後に大だい爆ばく発はつが起こった。

 大勢の兵士たちがその光景の意味が分からず、ただただ呆ぼう然ぜんとしていた。

 いち早く立ち直ったのは両軍の国王で、奇くしくも敵対国家の国王がこの瞬間、同じ事を言った。


「「全軍……あの道どう化けどもを打ち落とせ!!」」


    *


 急激に始まった魔ま力りよく弾だんの集中砲ほう火かに黄忍者の俺は反射的に伏ふせた。

「だああ、こらえ性しようが無いな!」

「当たり前でしょ! どうやったってこんな演出は相手を馬鹿にしているようにしか見えないでしょうが!!」

「こういうのは徹てつ底てい的に目立つ必要があるんだよ!」

 青忍者のキリカさんが文句を言う中、赤忍者のジュリアさんが両手を地面について両手の手てつ甲こうに付いた赤い宝石を光らせた。

「炎縛結界フレアフイールド!」

 ジュリアさんが唱えた瞬間、俺たちの周囲に赤色の透明な壁バリアが現れて魔力弾を弾はじき返した。嵐あらしの雨あま粒つぶがガラスに当たるような音が響き渡る。

「すげ……これも魔ま法ほう?」

 ちなみにさっきの爆発もジュリアさんの担当である。今回火気全ぜん般ぱんは彼女にお任せしたのだが、意外とノリノリで引き受けてくれている。

「……前に見せた炎レツ脚グレツ爆ドウオ壁ールとは違ちがう全方位完全防ぼう御ぎよ魔法だ。ただ全方位完全に防御出来るが術者が一時的に完全に動けなくなってしまうし……何より制限時間が短い」

 つまりこの魔法は単独では向かない魔法なのだろう。そう、一人の時には……だ。

 俺が視線を向けると、さっきまで乗り気じゃなさそうだったキリカさんがニヤリと凶きよう悪あくな笑えみを作って槍やりを握にぎった。

「ではここらで一つ、汚お名めい返上と行きましょうかね!」

 どうもアンダイルで体調不良の時に襲おそわれた事を根に持っていたようだ。これからこの人を相手取る兵士たちに同情せざるを得ない。

「待ってキリカ……」

 しかしそんな俺とは違って、ティアは心配そうな瞳ひとみでキリカさんを引き止めた。

「ん?」

「その……気を付けて……」

 前の事をまだ引きずっているようで、そんなティアの額にキリカさんは拳こぶしを軽く当てた。

「心配しないの。今日の私は体調万ばん全ぜん、百や二百は余よ裕ゆう余よ裕ゆう……」

 そんな事を言うキリカさんの横顔には夜や叉しやが見えた。

 …………ほんっと……同情します。


    *


 異変に気が付いたのがどちらの軍が先かは分からない。

 当然の事だが両軍ともに神しん殿でん前に展開出来る魔ま導どう士しの数には地形的に限りがある。魔導士が何百人いても、狭せまいその場所に展開出来る人員はせいぜい数十人程度。

 そんな状じよう況きよう下、魔力弾の集中砲火が急に止まった。

 後方の兵士たちが何が起こったのか理解出来ないでいると、前衛で魔力弾を撃っていた魔導士たちが両軍ともに一斉に倒たおれ臥ふした。

 その向こう側、水神の神殿前に青忍者を名乗る女性が槍を携たずさえて佇たたずんでいた。

「個人的にはベルガ側には全く恨うらみはないけれど……まあ、この際運が悪かったと思って頂ちよう戴だい」

「な……にを言って……」

 青忍者の言葉に同調したように兵士たちの周囲で小石や木の葉など、軽い物が浮うかび上がり始める。

「……溜たまりに溜まった私の鬱うつ憤ぷん……晴らすの手伝って貰もらうわよ!」

 急激に膨ふくれ上がる殺気。兵士たちは慌あわてて剣けんを抜ぬいて応戦しようとする。

 だが、その時にはもう遅おそい。

 前にいたはずの青忍者は舞まい上がった小石や木の葉を踏ふみ台に、すでに自分たちの上空へと舞まっていた。

「バカ! 上! いや後ろだ!!」

「え!?」

「遅い!!」

「が!」「ごあ!!」

 青忍者を見失った兵士たちには折せつ角かくの仲間の助言も理解が追い付かない。背後に回った青忍者の正確な攻こう撃げきに一気に五~六人が昏こん倒とうしてしまった。

「遅い、遅い、遅い! 訓練が足りないわよ水神国兵士諸君!!」

 直後に空中で方向転てん換かん、上と思えば正面、下と思えば真横、見えているが狭い神殿前のせいで後衛は助けられず、目が追い着かない前衛はドンドン駆く逐ちくされて行く。

 それほどまでに青忍者は速く、そして強い。

 後方で指示していた部隊長がその様に決断を下した。

「味方の多少の被ひ害がいは止やむをえん。魔導士隊! 前衛諸もろ共とも……」

 しかし部隊長の言葉は遮ぎられた。

「……戦術としては正しい。だが承服は出来かねるな……」

「……は?」

「はあああああああああ!!」

 真横からいきなり聞こえた〝赤忍者〟の声。部隊長が思考する間も無く、赤忍者は大地を右足で思いっきり踏み付けた。

 その瞬間、ボコンという轟ごう音おんと共に地面がめくり上がって数十人の兵士たちを巻き込んだ。

「だああああ!」「うわあああ!!」「何だ! 何が起こっている!?」

 ほとんどの兵士たちは自分たちの地面がいきなり無くなったようにしか感じられず、途と端たんにパニックを起こしてしまう。

「戦場で……余所よそ見みしている暇ひまなど無いぞ!」

「「「ぐお、おおおおおおお!!」」」

 その間にも赤忍者は次の行動に移り、一発の体当たりで二~三人をまとめて吹っ飛ばす。

 武器を持つ兵士たちが相手にならない程ほどの徒と手しゆ空くう拳けん、神殿前に配置された兵士たちは数分もしない内に大地に倒れ臥していた。

 地に足を着けないしなやかな動きの青忍者と、大地を踏みしめ踏み込みを主体にした体術を駆く使しする赤忍者。相反するはずの動きがまるで曲芸のように映はえる。

 余よ裕ゆうの面おも持もちで赤と青の忍者は背中を合わせて笑った。

「やるな……ブルー……」

「そちらこそ……レッド……」

 呼吸一つ乱さず、まるで良い運動でもしたかような言葉。

 両軍の兵士たちはすっかり二人の化け物じみた強さに吞のまれてしまっていた。

「ば……馬鹿な……デネルとは……こんなに強かったのか?」

「……今まで実力行使は一度も無かったのに……」

 そんな緊きん張ちようの中、神殿側からゆっくりと緑と黄の忍者が近付いて来た。

 赤と青だけでも相手にならないのに更さらに加わった二人はどれだけ強いのか? そんな緊張が両国に走り抜ける。

「レッド、ブルー、その辺で良いだろう……」

 四人中唯ゆい一いつの男の声に二人は振ふり向かずに反応する。

「首しゆ尾びはどう? イエロー」

 赤忍者の言葉に、黄忍者は笑いつつ手に持ったズダ袋ぶくろから美しく輝かがやく一つの水すい晶しようを取り出した。

「あ……あれは! ま、まさか!! 伝説の『水すい神じんの瞳ひとみ』!」

「何だと!! あれが水神、精せい霊れい様さまのお力を封ふうじたという伝説の……」

 両国の国王が同種の驚おどろきの声を上げた。

 数百年前、国が分ぶん裂れつした時期を境に両国共に神殿内部へ入る事が出来なくなった。

 まさか自分たちの子供が頻ひん繁ぱんに出入りしていたなど知る由よしもないアンダイル、ベルガの両国国王は歴史上の記録でしか内部の事を知る事が出来ない。

 ゆえに歪わい曲きよくされ、脚きやく色しよくされた伝説を鵜う吞のみにするしかなかったのだ。

〝神殿の最深部には水の精霊を封じた水晶が安置されている〟という伝説を。

 そして、知らないという事実を〝知っている〟黄忍者はニヤリと笑って水晶を高々と掲かかげてみせた。

 月光に晒さらされて水晶は青白く、怪あやしい輝きを放つ。

「フハハハハハ! 見よ、この水神の瞳の神こう々ごうしき輝きを! これこそ貴様ら水神国が西と東に分かれてまでいがみ合い、憎にくみ合い欲ほつした水の精霊の象しよう徴ちようだ!!」

 水神国の兵士たちに緊張が走る。

 水の精霊は水神国において絶対的な存在だ。その象徴が得体の知れない盗とう賊ぞくの手に渡わたっているのだから……。

「水の精霊を封じ込めたというこの水晶……闇やみに捌さばけば幾いくらになるのか……見当も付かないな……」

 下げ卑びた笑みを作る黄忍者に両軍のどちらからとも無く罵ば声せいが飛んでくる。

「ふざけるな! 精霊様を返せ!!」

「貴様! 水神様を売るだと!! 何と下げ劣れつな!!」

 どちらの国であっても精霊を侮ぶ辱じよくする目の前の盗賊を許せない思いは変わらないらしく、両軍共に誰だれに同調したのかも分からず「そうだそうだ!」「ふざけるな!」なんて罵声が大きくなって行く。

 しかし黄忍者はどこ吹ふく風で水晶をポンポンお手玉し始めた。

「何を言い出すかと思えば……下劣じゃない盗賊なんていると思ってんのかい? 大事なのは精霊よりも金だぜ?」

 しかし……そんな風に兵士たちを小こ馬ば鹿かにして笑っていた黄忍者の手から、水晶が滑すべり落ちた。

「あ……」「あ……!」「「「「「「「「ああああああああああ!!!!!!」」」」」」」」

 声を上げたのは誰だったのか……それはもう分からない。というかそんな事は最も早はやどうでも良い。水神国の民たみにとって伝説であり、初めてお目見えした『水神の瞳』は乾かわいた音を立てて砕くだけ散った。

 そして、割れた破は片へんが一いつ瞬しゆん強い光を放ち……消える。

 ………………数千人はひしめき合っていたはずの湖こ畔はんに恐おそろしい程の静せい寂じやくが訪おとずれた。

「…………やっちゃった」

 そんな静寂の中、アッサリと軽い口調で言う黄忍者。

 のんきな口調にイラッとして両国全軍の言いようのない怒いかりが燃え上がり始めたが、次の瞬しゆん間かんにはその怒りも霧む散さんしてしまった。なぜなら、

「な……何だあれは!?」「見ろ! デネル湖が!!」

 突とつ然ぜんデネル湖の中心部から渦うずが起こり始めたのだ。そして大渦の中心から爆ばく音おんと大量の水みず飛沫しぶきを上げて巨きよ大だいな何かが姿を現す。

「キシャアアアアアアア!!」

 甲かん高だかい奇き声せいを上げるそれはドラゴン並みの巨きよ体たいを誇ほこる生物だった。体表は鱗うろこではなくテラテラと光こう沢たくのあるものに覆おおわれ、巨大な顎あごには上下二本ずつの強大な牙きば。赤く鋭するどい瞳からは理性というものが感じられない。

「サ、サ、サ……水蛇サーペントだあああああああ!!」

「な、何で!? 何でデネル湖に水蛇が!?」

 兵士たちから悲鳴に近い声が上がる。

 水蛇──一説ではドラゴンと同一視される事もある巨大な蛇。湖や沼ぬまなどを棲息場所に好み、更に縄なわ張ばり意識が強く近寄る生き物には容よう赦しや無く攻撃を加える獰どう猛もうな魔ま獣じゆう。

 驚きよう愕がくしたのは両国の国王も一いつ緒しよで、目の前の光景を口を開けっ放しで見ていた。

「何なのだ……あの巨大な水蛇は……」

「デネル湖にあんなモノがいるなど……伝承には何も……」

 あっけにとられる国王たち。しかし答えを寄こしたのは意外な人物だった。

 その者は自分たち以上にパニックを起こした声で言う。

「おおい! アンダイルでもベルガでもどっちでも良い、説明しろ!! 何で水の精霊が封じられた水晶を割ったらあんな化け物が出てくんだよ!?」

 その手前勝手な黄忍者の声に両国国王はハッとした。

「ま、まさか……封ふう印いんされていたのは精霊様ではなく……」

「あの……巨大な水蛇だった……と?」

 国王たちの呟つぶやきに黄忍者はあからさまにガッカリしてみせた。

「……何だよ、二カ国が血ち眼まなこになるどんなにスゲーお宝かと思えば……伝承も当てにならないもんだな……」

 そんな愚ぐ痴ちを言っていると、赤・青・緑の忍者たちが慌てて後ろを指差した。

「イエロー後ろ!!」

「ん?」

 黄忍者が何げなく振り向くと、そこにはさっきまで結構遠くにいると思っていた水蛇の巨大な顔面があった。

「………………はい……?」

「キシャアアアアアア!!」

 何とかごまかそうとする黄忍者だったが、一瞬で他ほかの仲間たちと一緒に地面ごとゴボンと巨大な顎に飲み込まれてしまった。あれだけ強力な力を誇った赤と青の忍者とともに。

 更に水蛇はあっけにとられている両国の兵士たちに襲おそい掛かかって来る。

「「「「「「「うわああああああああああ!!」」」」」」」

 蜘蛛くもの子を散らす如ごとく逃にげまどう兵士たちへ体ごと突つっ込み、地面に大穴を空ける。巨大な尾おの一ひと振ふりで樹木を根こそぎなぎ倒たおす。

「引け引け~!!」「これでは勝負にならない!!」

 パニックを起こす両国の兵士たち。実際にそのパワーは人間が相手に出来るものではない。まさに自然そのものの脅きよう威いであった。

 アンダイル、ベルガ両国の国王もこの状じよう況きように一時退たい避ひの命を出そうとする。

 しかしその時、パニックを起こして逃げまどう兵士たちへ良く通る声がかかった。

「うろたえるな水神国の兵士たちよ!」

「あの水蛇を野放しにしてしまってはアンダイルもベルガもありません! 湖対岸の両国は全すべて破は壊かいされてしまいます!!」

 いつからそこいたのか、その声は先ほど盗賊たちがいた水神の神しん殿でん前から聞こえた。

「あれは……」「あの方は……」

 そこにいたのは西水神国アンダイル第一王子ナシュレイ・T・アンダイルと東水神国ベルガ第四王女マール・M・ベルガであった。

「ナッシュ……お前は……」

「マール! 今までどこに行っておった!!」

 両国王共に二人に関する〝自分の子供が隣りん国ごくの王族と親密である〟という報は耳にしており、いきなり二人での登場に動どう揺ようする。

 しかし王子も王女も父の発言を無視して声を上げた。

「アンダイルとベルガの兵士たちよ! 数百年前に隣国が封じたという精霊様の伝承……それはこの状況を見るに、誤りであったようだ!!」

「封じた存在が精霊様でなく、あの凶きよう悪あくな水蛇だったとすれば扉とびらが何なに人びとにも開けなかった理由も納なつ得とくがいきます。封印はご先祖様からの〝絶対に開けてはならない〟というメッセージだったのです!!」

 数千の兵士たちからどよめきが起こる。今まで自分たちが信じて従っていた事を、自分たちが仕える王族が否定したのだ。反射的に否定の言葉を紡つむごうとするが、現状は王子たちの言葉の通りであり、兵士たちは葛かつ藤とうの末に思考停止に陥おちいり動けなくなってしまった。

 ナッシュ王子は構わずに続ける。

「アンダイルとベルガ……いや、水神国の兵士諸君! 数百年の伝承が誤りであったのなら、数百年に及およぶ我々の諍いさかいそのものが誤りだったのだ!!」

「「「「「「「「「「!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」

 それはこの国において最も禁きん忌きとされるべき言葉だ。

 不用意に発言し認めれば、王族ですら死罪もありうる危険な言葉。

 しかし王子に続いて王女も声を上げる。

「皆みなわだかまりはあるでしょう。納得の行かぬ者もいる事でしょう。しかし、今その事に拘こだわっていては……両国共に滅ほろびてしまいます!」

 そして大勢の兵士、国民の前でナッシュ王子とマール王女、敵対国家同士の王子と王女が手を握にぎり合った。

 自分たちの常識では今までありえなかった光景に兵士たちから戸と惑まどいの声が上がる。

 国王たちに至っては子供たちの行動に言葉を失っていた。

「水神国全軍、強要などしない!! しかし我々に賛同し、水神国を、人々を守らんとする誇り高き戦士がいるならば……力を貸してくれ!!」

 そう言ってナッシュ王子とマール王女は握り合うのとは反対の手を水蛇へとかざして火の魔ま力りよく弾だんを放ち出す。

「「炎砲弾フアイヤーボムズ!!」」

 王族に名を連ねる二人は一いつ般ぱん人よりは魔ま力りよくが高い。水蛇に着ちやく弾だんした魔ま法ほうはそれなりの威い力りよくを誇っている。しかしそれでも水蛇の巨体に大したダメージは無いようだった。むしろ水蛇に気付かれてしまったようで、湖面を滑るように王子たちの下もとへ向かって来る。

「王子危険です!!」「王女様! 下がって下さい!!」

 周辺の兵士たちから悲痛な声が上がる。しかしそれでも二人は手を離はなさず、頑かたくなに、共に魔法攻撃を続ける。

 二人の攻撃をものともせずに水蛇は前進を続け、あと一歩という距きよ離りまで接近してきた。大きく口を開いた水蛇は先ほどの盗賊たちと同じように二人を飲み込もうと笑ったように見えた。

 しかし、二人が飲み込まれるより前に、

「「撃うてえええええええええ!!」」

 どちらが先だったのか、そんな事はどうでも良い事。

 両国王の怒ど号ごうに呼応するかのように、湖対岸に配置されていた兵士たちの魔力弾が一いつ斉せいに水蛇を目め掛がけて撃ち込まれた。

「キュワアアアアアア!!」

 続々と着弾する無数の魔力弾に水蛇はたまらず悲痛な声を上げて湖へと潜もぐって行く。

「父上!」「お父様!」

 笑え顔がおでそれぞれの父たち、国王を見た王子と王女の視線の先には、どちらも苦にが虫むしを嚙かみ潰つぶした顔があった。

「今は……強大な水蛇の殲せん滅めつが先だ! 全軍、ベルガと協力し攻撃に当たれ!!」

「実に不本意だが……止やむをえん!! 一時休戦、ベルガの兵士たちよ、アンダイルに後おくれを取るな!!」

「「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」」」」」」」

 両国王の号令に湖を揺ゆるがす程ほどの怒号が響ひびき渡わたる。

 不承不承ながらも協力せざるをえない状況、それはアンダイル、ベルガ双そう方ほう共に分かってはいたのだった。魔力の着弾を嫌いやがり湖底に潜った水蛇だったが、呼吸はそうも続かないようで一定時間で再び姿を現す。その度たびに声が上がる。

「そっちだアンダイル! そっちに行った!」

「鈍どん臭くさいな! 早く撃て!!」

「やかましい! 黙だまってろベルガ!!」

 まさにもぐら叩たたきの様相、しかしそのうち痺しびれを切らした水蛇が再び兵士たちに襲い掛かり始める。

 体ごとぶつかって来る巨大な水蛇は凄すさまじく、湖こ畔はんごと轟ごう音おんと共に抉えぐり取って行く。

「「「うわああああああ!!」」」

「大だい丈じよう夫ぶかベルガの!!」

「なめんな……この程度……!」

 両国が協力しての攻撃、最初は効果があったと思われたのだが、攻撃の度に湖に潜り突とつ然ぜん襲おそい掛かる水蛇の動きは的確で、次し第だいに効果が見られなくなって来た。

「ク……水面が天然の盾たてになっているのだ。これでは……」

「何か……数百年前にもあの水蛇を封ふうじる事が出来たと言うなら……何か方法が……」

 押され始める戦せん況きようにマール王女が嘆なげいた時だった。


 突とつ然ぜん、盗とう賊ぞくたちに砕くだかれた水すい晶しようの破は片へんが強きよう烈れつな光を放ち出したのだ。


「な、何ですかこの光は!?」

「まさか、また!? 別の化け物が!?」

 今だって対処出来ていないのに更さらなる化け物なんて冗じよう談だんではない。兵士だけではなく、国王たちにも悲鳴に似た嘆きが漏もれる。

 だが、強烈な光が晴れた時……そこに佇たたずんでいたのは化け物とは程遠い姿だった。

 透すき通るような水色の服に青白く美しい、人魚を思わせる一人の女性がそこにいた。

 女性は口を開くと良く通る声で話し始める。

「やっと……二つに分かれた国の血に連なる者が、手を取り合う時が来たようですね……」

「な……何者なのだ……そなたは……」

 いつの間か傍そばに来ていたアンダイル国王が警けい戒かい心しんを全開にそう言うと、女性は閉じていた目をおもむろに見開く。

 その瞬しゆん間かん、隠かくされていた膨ぼう大だいな魔力が露あらわになった。

「な! 何だ!! このありえない魔力は!!」

 目まの当たりにしただけでアンダイル国王は腰こしを抜ぬかしてしまった。王族の自分でも実現不可能な魔力を持った女性。得体の知れない何かに冷や汗あせが止まらなくなる。

「私は水を司つかさどる……水そのもの……。清らかなる水の精せい霊れい……シミズ……」

 それは水神国にとっては絶対的と言える存在。おいそれと名乗ってはいけない者の名。

 普ふ通つうであれば不敬罪の適用もありえるのだが、人ではありえない魔力が虚きよ偽ぎではない事を証明している。

 突とつ然ぜんの精霊の登場に腰を抜かす国王と取り巻きの兵士たちを他所よそに、ナッシュ王子とマール王女は膝ひざを突いて頭こうべを垂れる。

「精霊様……あの水晶が割れた後にあの巨きよ大だい水蛇サーペントが現れました。しかし水蛇が封じられていた水晶から貴方あなた様さまが現れた……これは一体?」

 ナッシュ王子の質問に精霊シミズはスッと目を細めた。

「かつて数百年前、この地にあの水蛇が現れました。しかし水蛇を打だ倒とうする為ために必要であったアンダイル、ベルガに連なる王家はいがみ合っていてとても協力を得られる状態では無かった……。ゆえに私は水蛇を自らの力で封じるに至った……」

「せ……精霊様が自ら封ふう印いんに……」

「俺たちが……いがみ合っていたせいで?」

 兵士たちの呟つぶやきに国王は居い心地ごこち悪そうに目を逸そらした。

「では……精霊様は湖を守る為に……」

 マール王女の言葉に精霊シミズは頷うなずく。

「しかし……数百年の月日は長かったようです。封印は次第に綻ほころび、湖は汚お染せんされ、神殿に盗とう賊ぞくの侵しん入にゆうを許してしまった……」

 申し訳無さそうにうな垂れる精霊、しかしナッシュ王子がはっきりと言う。

「何をおっしゃいますか! いがみ合いを続け、あげくに崇すう拝はいする精霊様に負担をかけていたのは我々です! 数百年に及ぶ精霊様のご苦労、今こそ断たち切る時です!」

「その通りです精霊シミズ様。今こそ我々二つの王家が団結する時なのです!」

 そう同調するマール王女。

 二人の物言いに異論を挟はさむ者はいない。国王でさえも傍ぼう観かんしていた。

 それを確かく認にんした精霊シミズは顔を上げて宣言する。

「さあ……今こそ両国のわだかまりを超こえて手を取り合う時。アンダイル家に連なる王子ナシュレイ、ベルガ家に連なる王女マール……共に大地へ手を重ねるのです……」

「大地に……」「手を……?」

 言葉の意味が飲み込めず戸惑う二人。しかしその時、巨大な水蛇がこちらに目掛けて向かって来た。

「さあ早く! アンダイルの白とベルガの赤、数百年前には叶かなわなかった共きよう闘とうの色しき彩さいを今こそこのデネル湖に!!」

 促うながされるままに慌あわてて王子と王女は目の前の地面に両手を重ね合わせた。


 その時、精霊シミズの腕うでに光る腕時計が十五分を示した。


「……時間、ぴったりね」


 精霊が何やら呟いたその瞬間、王子と王女の目の前の地面が光ったかと思うと、そこから急激な速さで成長をし始める一本の樹木。

 アンダイル、ベルガの両兵士たちが驚きよう愕がくする中、バキバキと音を立てて現れたそれは、両国の共闘を象しよう徴ちようするように赤と白のバラの中間色のピンク色の花が木全体を覆おおいつくすように咲さき誇ほこっていた。

 その様は何とも恐おそろしく、そして美しい。

「な、何なんだ……この木は……」

「凄すごい……こんな花……見た事ない……」

 驚おどろきを露にする兵士たち……それもそのはず、水神国だけではなく、この世界では見る事の出来ないはずの花なのだから。

 急成長を果たした巨大な木から、ピンク色の花弁が風に舞まい、散り始める。

 それは湖全体を覆い尽つくすように広がって行く。

 そんな美しい光景の中、水中に潜っていた水蛇が苦しげに身を捩よじらせ始めた。

「キュイイイイイイイ!! キシャアアアアアア!!」

 水蛇を包み込んだ花弁、それが水蛇に苦痛を与あたえているのは明らかだった。

「今です……水神国の民たみ。この木は魔まを打ち払はらう聖なる木『サクラ』です。聖なる力で動きを止められている内に……」

 精霊の言葉にナッシュ王子とマール王女は顔を上げて、声を張り上げた。

 繫つないだ手を高々と掲かかげて……。

「「水神国全軍! 敵水蛇に向けて……全力攻撃、撃てえええええええ!!」」

「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」」」」」」

 両国兵士たちから上がった怒号と共に、湖を真っ赤に染めるほどの魔力弾が水蛇に向けて一斉に放たれた。

「キャアアアアアアアアアアアア!!」

 水中へ逃にげる事も出来ず、全すべての火力魔法の直ちよく撃げきを食くらった水蛇は断だん末まつ魔まの叫さけびと共に眩まばゆい光を放ち、そして爆ばく発はつ四散した。

 湖を囲んでいた兵士たちには何が起こったのか最初理解が及およばなかった。

 しかし水蛇の爆発で撒まき上がった膨大な水が降り注ぎ、ずぶ濡ぬれになった時、どこからともなく声が上がった。

「やった……やったぞ! 勝ったんだ!!」

「倒たおした!! 俺たち倒したんだ! あの化け物を!!」

 いつしかその声は伝でん播ぱして行き、ずぶ濡れの兵士たちは口々に喜びを爆発させる。

「やったのか!? 俺たちが、あの化け物を!?」

「畜ちく生しよう!! やったぜ!!」

 喜び合い称たたえ合う、共に戦った兵士たちに最も早はやアンダイルもベルガも無かった。

 皆みなが皆、笑い合い喜び合う。そしてそんな戦勝ムードの中、一人の兵士が声を上げた。

「見ろ!! デネル湖のバラが……」

 湖畔にあった枯かれ果ててしまっていた紅白のバラ。それらが一いつ斉せいに咲き始め、どんどんと湖畔を覆い尽くして行く……まるで両国の勝利を称えるように。

 そして……同時に緑色に染まっていた湖が急速に青く透き通った、数ヶ月前まで見ていた美しいデネル湖へと戻もどって行く。

「奇き跡せき……だ」

「こ、こんな奇跡が……」

 呆ぼう然ぜんと両国の国王が揃そろって呟くと、兵士たちが再び歓かん声せいを上げて盛り上がる。

「奇跡だーーーーー!! 精霊様の奇跡が起きたーーーーー!!」

「両国の団結が起こした奇跡だーーー!!」

 口々にそんな事を言い盛り上がる兵士たち。

 ただ、そんな雰ふん囲い気きの中、ナッシュ王子とマール王女は互たがいに手を握にぎり合ったまま、湖の対岸を見つめていた。

「奇跡……か」


    *


「いえっくしょい! んにゃろ~」

 秋口に差し掛かかるこの時季の寒中水泳は最悪である。

 濡れて衣装が張り付いた女性陣じんのセクシーショットがご褒ほう美びといえばご褒美なんだが……。準備しておいた乾かわいたタオルで頭を拭ふいているティアが「くちん!」と可愛かわいらしいくしゃみをする。

「大丈夫かコウ君。ほら、火に当たると良い」

 ジュリアさんが手を下にかざすと、ボンと焚たき火程度の小さな炎ほのおが発生する。

「お~~~ありがたい……」

「さすがにこの季節の水行はこたえるわねぇ~」

「暖かいです、お姉ちゃん……」

「そうかそうか……ふ、ふふふふふふ……」

 丁度良い火加減だったのにティアの〝お姉ちゃん〟発言に急激に猛たけり始める炎。

「あち、あちちちち!! ちょっと火力強いってば……おい聞けシスコン!!」

 そんな事をしていると、遠くから大勢の人々の歓声が聞こえて来る。

「どうやら……上手うまく行ったみたいだね……」

「良かったです。これで二つの国が仲良くなれば……ひくち!」

 キリカさんの呟きに同調しつつティアがまたくしゃみをした。

 そしてジュリアさんは手をかざして火力を微び調ちよう整せいしつつその場に座り込んだ。何だか水すい晶しように手をかざしている怪あやしい呪じゆ術じゆつ師しみたいにも見えるが……。

「……それにしても良くこんな方法を思い付いたものだ。戦争を起こしかけている二カ国を強ごう引いんに共闘させる為に〝共通の強大な敵〟を用意するなど……」

「……参考資料があったから……」

「ほう……そんな軍略書があるならぜひ私も見てみたいが……」

「それは……止やめておいた方がいいです……」

 俺は苦にが笑わらいをしつつ曖あい昧まいにごまかした。

 まさか参考資料が〝三角関係のいざこざ〟とは言えない。

 一人の男を巡めぐって争う二人の女子を、二人以外にも手広くやっていたリア充じゆう男を敵と認にん識しきさせる事で共闘させた事があったのだ。

 ……今考えると当時の俺も〝リア充〟の存在に頭に血が上っていたようだ。

 女子二人の怒いかりの反はん撃げきを食らったそのリア充が、その後日本でも有数の禅ぜん寺でらに〝逃げ込んだ〟話を聞いてやり過ぎだったんじゃ? と今では思う。

 ようするに今回はアンダイルとベルガの〝共通の敵〟を、俺たちコスプレ忍にん者じや隊と水蛇サーペントが担になったのだ。そしてアンダイルとベルガが共闘した結果、水の精せい霊れいが湖を浄じよう化かしてくれたという結果を演出したのだ。

 ちなみに演出の大役を果たしたサクラとバラは、勿もち論ろんティアの植物生育魔ま法ほうによるものだ。サクラは俺が水神の神しん殿でん前でバカやっている間に緑忍者のティアがこっそり仕し掛かけた。たまたま今回ティアがお守りと言って俺のあげたサクラの種を持っていたから実行出来た訳だが……。

 紅白のバラは地球上のそれとは違ちがうハスに似た生態系で、更さらに元々デネル湖に生息していたバラは一本の地ち下か茎けいで繫がっていた一つの植物だったらしい。だからティアが魔法をかけた瞬しゆん間かん、バラの地下茎は湖全体へと広がり、栄養分過か剰じような汚お水すいを急激に吸収して更に加速度的に生育、結果湖の汚お染せんがあっという間に改善されたというカラクリだ。

「ま~後はナッシュ王子とマール王女次し第だいかな? 今回の事件で懐かい妊にんの情報がプラスに傾かたむけば良いんだけど……」

 湖の汚染と同時期に発覚した場合〝アンダイルとベルガの王族が通じたせいで水の精霊が怒おこった〟という超ちよう理論が発生、結果として開戦するのが本来の流れだった。

 でも、今回の騒さわぎで〝アンダイルとベルガが協力したおかげで精霊が湖を綺き麗れいにしてくれた〟という流れになったとは思う……のだが……。

「大だい丈じよう夫ぶじゃな~い? アレだけの人の前で手を取り合った二人よ? 懐妊が発覚して〝やっぱ無し〟とはどっちの国王も言えないでしょ?」

 その声は湖の方からである。

 水の精霊シミズさんが湖面に浮ういているのか、歩いているのか……とにかくそこにいた。

「これ返すわ異界の旅人。貴方あなたの言う通り時を正確に知るには便利ね、それ……」

 今回ティアの植物生育魔法を時間差で発現させる必要があった為ためにシミズさんに貸していた腕時計、それを彼女は投げて寄こした。

「……それにしてもシミズさん? さすがにあの水蛇サーペントはやり過ぎだったんじゃないの? 貴方の演出なのを先に知っていた私たちでさえビビッたわよ」

「それは……同感です」

 キリカさんの愚ぐ痴ちにティアが半笑いで同調した。

「いやいや~その場のノリって言いますか……勢いっていうか……そもそも思いっきり目立てって言ってたのは彼だし……」

 当然あの水蛇もシミズさんの演出だ。二カ国共に驚くくらいの化け物をとのお願いは確かにしたけど……。水から作られた水蛇に飲み込まれた俺たちはずぶ濡れになってしまった。

 女性陣全員の目が俺へと集中する……あのね……。

「ものには限度があるだろーが。結果オーライではあったが……ぶわっくし!!」

 話の最中でもくしゃみが止まらない……んにゃろー。

『アハハ……ゴメンゴメン。でもおかげで二カ国の緊きん張ちよう状態も少しは良くなるでしょ。ありがとね、エルモントのみんな……』

 そう言われると何にも言えない……さすが水の精霊、水に流すのが上手い……。

 そんなくだらない事を考えていると、シミズさんは湖に手を突つっ込んで何やら取り出してみせる。それは何の変へん哲てつもない水差しのように見えた。

『折せつ角かくデネル湖に来て、これだけ働かせておいて手ぶらじゃ何だしね……君にはこれをあげましょう。おそらく君が今最も欲しいと思われる一品』

「俺が欲しかった物? この水差しが?」

 いまいち意味を飲み込めずにいると、シミズさんはクスリと笑った。

『この水差しは貴方が今欲しいと思う水が出て来る……名前は七色の水差し。貴方はこのデネル湖に水を求めて来たのではなかった?』

「ああ! そうだった!!」

 シミズさんにそう言われて俺はようやく思い出した。今回の表向きの目的は『ラーメンのスープに合う水』を探す事だった。

 水神国に到とう着ちやくしてから今まで、ズーッと裏の目的にばかり奔ほん走そうしていて……すっかり忘れてしまっていた。

 望んでいた事を望むべき相手に教えられてしまうとは……何とも間ま抜ぬけな話である。

 俺は頭を搔かきつつ精霊シミズさんから水差しを受け取った。

「サンキュー、シミズさん。これで理想のラーメンが作れそうだ……」

 月光に晒さらされた湖面には無数のサクラの花びらが浮かんでいた。