「う……うん? ここは……」

 石造りの部屋に設置された簡素なベッド。そこに寝ねかされていたキリカさんがそう呟つぶやいたのは翌日の夕刻だった。

「お! キリカさん気が付いたか。さすがの回復力だな」

「……ダイチ? ここは……ん?」

 体を起こしたキリカさんは自分に倒たおれ込んで寝ね息いきを立てているティアに気が付いた。

「キリカさん丸一日寝てたからな。『キリカにここまでさせてしまったのは私の責任です』って聞かなくてね。不ふ眠みん不ふ休きゆうで看病してたよ」

「そ、そう……」

 キリカさんは照れたように優やさしく笑って、眠ねむるティアの頭を撫なでた。

「気にする事無いのにな……。迷めい惑わくくらい幾いくらでもかけてくれっての」

「はは……勝手にキリカさんの代弁しちゃったけど、やっぱ間ま違ちがってなかったか」

「どういう事?」

 キリカさんの疑問に答えるべく、気を失ってからの事を説明した。炎の女王ジュリアさんの登場と逃とう走そう劇。そして森の中で助けられた盗賊団の存在。

「ここは水神の森の中にある盗賊団デネルのアジト……なんだってさ」

「アジトね……頭領がアンダイルの王子とベルガの王女の盗賊団ってどういう事なの? 直接的な戦争はしてなくても互たがいにいがみ合う組織の代表同士じゃない」

「それをこれから聞く事になっている。君の意識が戻もどった後で」

「あ、貴方あなたは!」

 キリカさんは扉とびらから入って来たジュリアさんにベッド上に座ったまま敬礼をした。

「申し訳ありません、このような格好のまま。それに先の戦闘では至らぬ私まで救って頂いたようで……」

 恐きよう縮しゆくするキリカさんをジュリアさんは片手で制した。

「畏かしこまらなくても良い、君は立派に仕事をした。その代だい償しようがその姿なのだから……」

「は! 恐縮です」

 軍人ノリと言うか何と言うか。

 本来の王女と護衛師のやり取りってこんなもんなんでしょうね。普ふ段だんティアとキリカさんのやり取りを見る限り考えた事も無かったけど……。

「急ぐ必要は無いが、しばらくしたらホールまでティアリスを伴ともなって来てくれ。そこで盗賊団から話を聞く事になっている」

「ハイ! 承知いたしました」

 そう伝えるとジュリアさんは部屋から出て行った。その途と端たんにキリカさんは息を吐はく。

「ふー、緊きん張ちようした。まさか炎の女王に助けられる事になるなんて……」

「アリーシャが聞いたら血の涙なみだを流して羨うらやましがりそうな話だね」

「アリーシャ王女だけじゃないよ。炎の女王にどんだけファンがいると思う?」

 俺が冗じよう談だんめかして熱ねつ狂きよう的ファン代表の名を口にするとキリカさんは苦く笑しようした。

「でもさ、想像してたよりもずっと気さくな人だね」

「は? ジュリア王女の事?」

「うん、何だかんだ言っても妹も俺たちも助けてくれたし、俺には敬けい称しようを使わなくて良いなんて言ってくれたし……」

 俺がそう言うとキリカさんは呆あきれたように息を吐いた。

「前から思ってはいたけど、君は大物なのか何なのか分からなくなるね……」

 そんなやり取りをしているとキリカさんの膝ひざの上から「う……」と声がした。どうやら眠り姫ひめのお目覚めのようである。

「キ……リカ?」

「はあ~い」

 ボンヤリした目を向けていたティアだったが、目に光が戻ると同時に涙るい腺せんが決けつ壊かいした。

「キリカ! キリカ! ゴメンなさいゴメンなさい、私、私!!」

 正面から抱だき付いて泣きじゃくるティアの頭をポンポン叩たたいてやるキリカさん。

「大だい丈じよう夫ぶよ、私は大丈夫。ティアが看病してくれたからね」

「ギリガアアアア……」

 大泣きするティアに困った顔をこっちに向けるキリカさんだが、苦笑している辺り悪い気はしないらしいな。

 だが次の瞬しゆん間かん、俺とキリカさんはギョッとして部屋の扉に目を向けた。

 またまた感じた強きよう烈れつな殺気。それが誰だれのものなのか、最も早はや確かく認にんの必要も無さそうだ。

 閉まった扉の向こうから放たれる強烈な殺気。ただ今回に限って言うと、向いた方角は俺では無かった。

「ダイチ……私、何かやらかしたのかしら?」

 ティアの頭をよしよししながらキリカさんは顔を青くしていた。

「さあ……」

 気の利きいた事も思い付かず、俺はそう言うしか無かった。

 今の炎ほのおの女王ジュリアさんの殺気は完全にキリカさんへと向いていた。


    *


 アジトは水神の森の中に元々あった洞どう窟くつを土の魔ま法ほうで改造する事で造り上げたんだとか。その為ため自然にあった洞窟のわりに部屋数も多くかつ整っている。キリカさんが寝ていた部屋もその一つで、部屋の全すべてがホールへと直結する動線上にあった。

 俺たちが通されたホールは二~三十人なら余よ裕ゆうで集まれそうな程広いのだが、今は歩ほ哨しように立つ二~三人の連中しかいなかった。

 その中心部にアンダイルとベルガ、両国の王族が立っていた。

「ようこそ水神国へ。私は西水神国アンダイルの王子、ナシュレイ・T・アンダイル。……よければナッシュと呼んで下さい」

「東水神国ベルガの王女、マール・M・ベルガと申します。以後お見知りおきを……」

 二人ともワイルドな見た目に反して礼れい儀ぎ正しい自己紹しよう介かいである。

 こういう場合はこの場で一番上の者からだよね。俺がそんな思いでチラリとジュリアさんを見ると彼女はああ、という顔付きになった。

「顔見知りだし今いま更さらな気もするが……エルモント王国第一王女、ジュリア・E・カルヴァドスだ」

「エ、エルモント王国第三王女、ティアリス・E・カルヴァドスです。昨日は危ないところを助けて頂きありがとうございました……」

 ティアがお礼も交えて自己紹介すると、二人の王族の顔が驚おどろきに変わった。

「おお! では貴方あなたがあの!」

「戦乱の暗雲が立ち込めたエクレアとの同盟を成功させた救国の聖女!」

「は?……えええ! 聖女!!」

 色めき立つ二人にオロオロし始めるティア。どうやらティアの名声は国外の方にこそ広がっているようだ。……若じやつ干かんの誇こ張ちよう付きで。

「これは精霊様がもたらされた僥ぎよう倖こうかもしれない! 一いつ触しよく即そく発はつの水神国に救国の聖女が現れたとなれば!!」

「ええ! ひょっとすると!!」

「あ……あの、その噂うわさは間違って……」

 自分の評価に抵てい抗こうのあるティアが訂てい正せいしようとしているが、盛り上がる両国の王族は聞いてくれない。

 でもティアがこうやって評価を受ける事を誇ほこらしく思ってしまう。隣となりを見るとキリカさんもジュリアさんも、賞状を貰もらう我が子を見つめる親おや御ごさんのように優しげな瞳ひとみを……あれ? 今何かおかしくなかったか?

 俺は何か違い和わ感かんを覚えたが、深く考える前にキリカさんが肘ひじで突つっついてきた。

「ほらダイチ、自己紹介」

「あ……」

 すでにキリカさんも自己紹介を終えたようで、俺は慌あわてて頭を下げた。

「え~っと、エルモント王国の王宮庭園で働いてます、庭師のコウ・ダイチと申します。よろしくお願いします」

「「庭師?」」

 二人の目が同時に丸くなった。まあ、そりゃそうか。肩かた書がきを考えると他国へ王女たちに同行する者としては俺だけ浮ういている。

 しかし不思議そうにする二人にジュリアさんが口を挟はさんだ。

「彼はただの庭師ではありません。妹の才能を、魔法に限らず全て最大限に生かす事が出来る唯ゆい一いつの人物です。現在は所長を務める妹を補ほ佐さする為にカルヴァドス研究所の副所長を務めております」

 目が点になった。俺もティアもキリカさんも……。

 外交上の外面なのかもしれないが、身内とはいえ政敵に当たり、しかも嫌きらっているはずの妹に繫つながる俺を評価する言葉がこの人から聞かれるとは……。

 そこまで聞いたナッシュ王子は途端に真しん剣けんな顔になった。

「では、その優ゆう秀しゆうな庭師殿どのは何ゆえに、救国の聖女とこの国へ赴おもむいたのだろうか?」

「あの……ナシュレイ王子……その救国の聖女は……そろそろ」

 ティアが半泣きで呼び名について懇こん願がんする中、俺は正直に入国の目的を言う事にした。本当の目的は当然伏ふせて……。

「この国の水が聖水と言われるくらい美味うまいって聞いたからなんですけど……湖を見る限りではとても飲み水としての利用は無理そうですね……」

「そう……か。聖水が目的だったか……」

 ナッシュ王子は頭を抱かかえ、情けなさそうに言う。

「いや、わざわざご足労頂いたのに申し訳ない。数ヶ月前まではそれは美しい湖だったのだが……精せい霊れい様さまのお怒いかりに触ふれたのか、あの有様で」

「数ヶ月前までは綺き麗れいだった? 間違いなく?」

「ああ……飲み水として使用できる程ほど澄すんだ湖だったのだが……」

 ……やはりおかしい。何にも無くて数ヶ月前に急に汚お染せんが始まるのは。地球の基準で考えるなら数ヶ月前から大量の排はい水すいをする工場が稼か動どうを始めたとかが定番だが。

「アンダイルでもベルガでも……湖に排水する工場とかが出来たりしませんでした?」

 俺の突とつ然ぜんの質問に首を傾かしげる二人、当然俺の意図を知らないジュリアさんも同様に。

「排水する工場? 昔からある工場はあるが……」

「そうですね、ベルガも同じです。数ヶ月前となると……」

 やはり地球上の常識ではダメらしい。急激な排水が原因で湖の自じ浄じよう作さ用ようを超こえたのでないのなら……何らかのシステムがあるはずなんだが。

「庭師さん……どういう事なのでしょう?」

 マール王女の質問に俺は一いつ瞬しゆん躊ちゆう躇ちよする。その辺の話を水神国の人に話すと、またあの爺じいさんのように怒おこり出すんじゃないか?

 俺がそう思って躊躇ためらっていると、隣からティアがそっと手を握にぎった。

「大丈夫ですコウさん。あのお爺さんだって順序良く聞けば分かってくれたと思います」

 ティアの言葉に励はげまされ、俺は自分の考えるアオコ大量発生説を両国の王族とジュリアさんに説明することにした。説明を聞いている際は驚いていたようだが、

「あの緑の水の正体は植物で、しかも増ぞう殖しよくの原因が我々が日常で流している排水!? な、なるほど……確かに理に適かなっている」

「さすがは救国の聖女の補佐の方、私たちの知らない知識をお持ちです」

 予想外に二人ともちゃんと話を聞いてくれ、しかも理解を示してくれた。やっぱり聞く人によって違ちがうのかな?

「ただ、さっきも言ったけど……それでは時間が合わないんですよ。排水の方式が昔から変わってないなら汚染が始まったのが数ヶ月前ってのがおかしいですし……」

「確かにそうだ。それに君の話を聞くとアンダイルとベルガでそれぞれが主張している精霊様の怒りも信しん憑ぴよう性せいが無くなって来る……大体いがみ合いは何百年も続いているのだ」

「そうね……それならもっと前から湖が汚よごれているはず。精霊様の〝せい〟にするのは違う気がして来ましたわ」

 両国の二人が考え込み始めた。

「だからこそお聞きしたいんですけど……両国の国内で何か変わった事はありませんでしたか? 特とく殊しゆな施し設せつが出来たとか、特別な何かが流行はやったとか……」

 俺の質問に更さらに考え込み唸うなり出す二人。

「そうですね……数ヶ月前というと……小康状態だった国内に妙みように反アンダイルの思想が広まり出した頃ころでしょうか?」

「うちの国もだな。『隣りん国ごくに連なる全ての物を破は壊かいせよ』みたいなお題目で」

「隣国に連なる? 例えばどんな物ですか?」

「隣国の王家を象しよう徴ちようする紋もん様ようを焼き尽つくせと……アンダイルではベルガの紅あかいバラ、ベルガではアンダイルを象徴する白いバラの付く物は全てな……」

「紅いバラ? ではもしかして湖こ畔はんのバラの木に白しか無かったのは……」

 俺の疑問にナッシュ王子は頷うなずいた。

「ああ、それは反ベルガの連中が紅いバラを全て毟むしり取って街かい道どうで燃やした跡あとだな。バラの木は湖の影えい響きようか全て枯かれてしまったが……」

「ベルガでも花の色が逆なだけで全く同じです」

 何だろうこの違和感。両国内に急に広まり出した思想。

 昔からいがみ合っている両国なのだからどちらがやり出してもおかしくないかもしれないが……何か腑ふに落ちない。

「それで? それ程ほどまでにいがみ合う両国の王族である二人が、何ゆえにこんな所で盗とう賊ぞく団などと名乗っているのだ?」

 ジュリアさんの質問はもっともだ。だったらこの二人は何をしているんだ?

「おそらく歩哨に立つ連中は王国の兵士だろう。王族の前で身動き一つしない姿勢は立派だが、盗賊の手下としては不自然だからな……」

 知らないうちに観察されていた事に息を吞のむ歩哨の盗賊風兵士諸君。

「そういじめてくれるな炎の女王。彼らも本来は王宮の兵士、我々の思想に賛同しなければこんな所にはいなかった連中だ」

「思想?」

 ティアの呟つぶやきにナッシュ王子はコホンと咳せき払ばらいを一つする。

「それについては私とマールの出会いから話す事になるのだが……我々は何と言うか……幼おさな馴な染じみと言われる間あいだ柄がらでな……」

「幼馴染……」

 ピクリと眉まゆを動かすキリカさん。この人には男女の幼馴染は禁句に近い。

「王族としてそれぞれの国の教育を受けた私たちは、初めて水神の森で顔を合わせた子供の頃大ゲンカをしました。……でも大人たちに隠かくれて遊ぶのに水神の森は絶好の場所だったのです。幼い私たちは毎日顔を合わせるようになって……気が付いたらいつも一いつ緒しよに遊んでいました」

「そして……幼いながらに分からなくなったのだ。子供同士ではこんなに仲良く出来るのに、何ゆえ水神国は西と東に割れるまでにいがみ合うのか……とな。疑問を持った私とマールは二人で両国の諍いさかいの象徴、封ふう印いんされた水神の神しん殿でんへと赴いたのだ」

「水神の神殿って湖の中心の……爺さんが精霊が封印されてるって息巻いてたあの?」

 俺の言葉にナッシュ王子は頷いた。

「ああ、どちらの国も『そっちが封印した、悪いのは隣国だ』と譲ゆずらない封印の地。……だがその封印にはそれ自体に意味があったのだ」

「封印の意味?」

 俺の疑問に答えるように、マール王女が引き継ついで話す。

「堅かたく閉とざされていた石造りの扉とびらは、それこそ屈くつ強きような者たちが何人がかりで当たってもビクともしませんでした。でも……幼い私とナッシュが一緒に扉に触れた途と端たんに、あれほど重かった扉が羽のように軽かろやかに開いたのです」

「封印が解けた……という事なのか?」

 ジュリアさんの言葉にマール王女は首を横に振ふってみせた。

「少し違います。封印など元から無かったのです。ただ開け方が間ま違ちがっていただけ。両家に連なる血族の者が手を取り合い仲良く開けば良かったのです」

「ああ……なるほど」

 封印がされたと言われるのが国が分ぶん裂れつした時。湖畔にいた爺さんは隣国が腹いせにやったと息巻いていたが、この開閉法が正しいとすれば先人たちの想おもいは一つしかない。

「手を取り合い、いつの日か分裂した両国を一つに……この扉は先祖からのメッセージである事は子供であった我々にもよく分かった」

「実際の神殿内部はどうなっていたんですか?」

 興味本位で聞くとナッシュ王子は半笑いで手を広げてみせる。

「中央部に水の精霊様を象徴する水すい晶しようと噴ふん水すいがあるくらいで……あとは精霊様どころか何にも無かった。以来そこは我々にとって最高の遊び場になった訳だ……」

「私たちはそこで将来を誓ちかい合ったのです。いつか国を一つにし、共に生きようと……」

「わあ……」

 感動に目をキラキラさせるティア。キリカさんもジュリアさんも少し顔が上気している辺り無関心ではなさそうだ。

 いがみ合う両国の王子と王女、そりゃあ燃え上がるだろうね。

 気き恥はずかしさを吹ふき飛ばすようにジュリアさんは咳払いをする。

「ううん!! 盗賊団と名乗る組織を結成したのは……両国の抑よく止し力の為ためか?」

「はい、どちらの国でも戦せん端たんを開こうとする勢力が幅はばを利きかせています。そういった貴族や王族から軍資金を奪うばい、更に脱だつ税ぜいなどの黒い証しよう拠こを国家に流し失しつ脚きやくを狙ねらったり……褒ほめられたやり方ではありませんが……」

「私もマールも王族の肩かた書がきがある以上表立って行動が出来ない。恥はずかしながら現状でそのような行動を取ると拘こう留りゆうや最悪処しよ刑けいすらありうる」

「お……王族なのに処刑もありうるの?」

 俺の言葉に不本意そうに二人とも頷いた。つまりそこまで両国はこじれているのか。

「だからこそティアリス王女! 救国の聖女と言われる貴方あなたならばこの国の状態を打開する事が出来ないだろうか!?」

「え……ええ!?」

 急に話を振られて驚おどろきの声を上げるティア。

「私からもお願いします。表立って活動出来ない以上国家要よう請せいも出来ません。ゆえにアドバイスを頂くだけでも……何なに卒とぞ!!」

 真剣な眼まな差ざしで頭を下げるアンダイルのナッシュ王子とベルガのマール王女。

 普ふ段だんは自信など欠片かけらも持ち合わせないティアだが、こんな時にこの娘こがどうするのかは決まっている。困っている人を放っておける程、この娘は王女としては賢かしこくない。

 出来る出来ないに関係無く、考えも無しに言うはずだ。

「分かりました。私でよろしければ微び力りよくながらお手伝いいたします……」

 真剣な眼差しでそう言った。……ほら、やっぱり。

「ティアリス! お前は昨日何をしたのか、もう忘れたのか!?」

 俺とキリカさんがやっぱりなって顔をしているとジュリアさんから叱しつ責せきが飛んだ。

「主あるじの発言や行動は全すべて部下へと影響する。お前はその事を考えた上で発言しているのか!? 護衛師や庭師を巻き込む事を承知で!」

「そ……それは……」

 ジュリアさんの言葉は王族として、人の上に立つ者の心得として正論だ。自分の不用意な発言や行動は良きに付け悪しきに付け連なる者全てに影響を及およぼす。

 確かにティアはその辺について余り考えていない。

 ただ、だからこそこいつはティアなのだ。

「いいんすよジュリアさん、巻き込まれても。コイツが考え無しの単純思考なのは分かり切ってます。でも悪事を働こうとしている訳じゃないし……」

 俺が涙なみだぐむティアの頭に手の平をポンと置くとキリカさんも苦く笑しようして続く。

「昨日みたいにいきなり一人で無む茶ちやされるより遥はるかにマシですよ。それに……巻き込んでくれなくなったら……私はティアリス王女の護衛師を志願した意味を失います」

 キリカさんは柔やわらかいティアの頰ほおをプニプニ突つっつく。どっちも王女に対する態度としては完全に失格で不敬でしょうね。

「コウさん……キリカ……ゴメンなさい……」

「こういう時はありがとうでしょうが! もう……」

 俺たちのやり取りにジュリアさんは舌打ちをしつつ背を向けた。

「勝手にしろ。私は……休ませて頂く!」

 そう言い残すとジュリアさんは宛あてがわれた個室へと戻もどって行った。

 何だろう……最後の悔くやしそうな顔は?


    *


 水神の森のアジトに匿かくまわれた俺たちは、そのまま滞たい在ざいする事になった。

 一人一室準備できる程ほど部屋数が豊富なのだが、護衛師のキリカさんはティアと同室だ。

 ちなみに両国の王子と王女は日が落ちる前に自国へと戻って行った。何でも影かげ武む者しやを立てているらしいのだが、さすがに完全に任せる訳にはいかないらしい。

 そんな訳で今現在盗賊団デネルのアジトは数名の盗賊風兵士の方々がいるだけで、あとは客人の俺たちのみなのだ。

「他人をアジトに残して帰るって……盗賊としては危機感無いよな……」

 そんな事を呟きつつ自室の扉を開くと……木製のベッドの上に幼女がいた。

「こんばんは」

「……こんばんは」

 いつも脈みやく絡らくも無くいきなり現れる月明かりの女め神がみルーチェが、そこで寝ねそべっていた。

 俺は素す早ばやく部屋に入り、後ろ手で静かに扉を閉じた。

「また唐とう突とつだな……。唐突じゃない登場は今まで一度も無いけどさ」

「真夜中に来なかっただけ褒めて欲しいわ。これでも少しは気を遣つかったつもりなのよ?」

「気遣いねぇ……」

 俺は部屋に置いてあるたった一つの椅い子すに逆向きに座って背もたれに肘ひじを置く。

「んで? ここに来たって事は何か新しい事でも分かったのか?」

「もちろん……」

 そう言ってルーチェは「よっ」と起き上がってベッドの端はしに座る。

「貴方もこの国……水神国の内情は大体理解できたでしょ? アンダイルとベルガはいつ戦争起こしてもおかしくないくらい一いつ触しよく即そく発はつだって……」

「ああ、嫌いやっていう程ほどな……」

 この国に到とう着ちやくしてからのあらましを思い返すだけでゲンナリしてくる。

「このまま行けば両国は数年後に本格的な戦争を始める。そして悪い事にエルモント王国もこの水神国の内乱に加担しちゃうのよ」

「は!? エルモントまで……何で?」

「エルモント王国では王族の派は閥ばつ争いがこれから起こるのよ。王子派か王女派かで……」

「まさか……雷らい迅じんと炎ほのおの女王?」

「ええ……そして二つの派閥に分かれた勢力が水神国の別々の国に加担したとしたら、どうなると思う?」

「……代理戦争?」

 俺が出したくない答えを絞しぼり出すとルーチェは顔を引きつらせて頷うなずいた。

「王子派も王女派も、どちらも対立を煽あおる取り巻きたちが原因でね。そのうち国内でも内乱の空気が漂ただよい出す……」

「内乱!? あのジュリアさんが?」

 ルーチェが語るのはアカシックレコードでの未来の姿。でもここ数日見て来た炎の女王ジュリアさんがそんな事をする人物とは俺には思えなかった。

 どちらかと言えば情に流されやすいティアを戒いましめる、王族としての在り方を知っている、まさに質しつ実じつ剛ごう健けんな人物。仮に兄と対立したとしても国民に被ひ害がいを与あたえる内乱より、最小で終わる決けつ闘とうを選ぶ気がするんだが……。

「最終的には分裂しかかった国をまとめる目的で、国外に両派は閥ばつにとって〝共通の敵〟を作ろうと考えてしまう……ここまで来ればオチは読めるわよね?」

 自分が今のルーチェと同じように口元がひくついているのが分かる。

「……東大陸?」

「……正解」

 正直俺には『またか!』という思いが駆かけ巡めぐった。

 潰つぶしたはずの三つの火種も全てがその未来へと繫つながっていた。アカシックレコードはどうしても魔ま族ぞく侵しん攻こうの未来を変えたくないのか? それとも……。

「まさか……この未来にも闇やみ渡わたりが関かかわっているのか?」

「いいえ、あの性悪が関わってるのは〝ここ〟じゃない。残念だけどこの流れは黙だまっていても人間たちが起こす未来よ」

 つまり、違ちがうところで関わっているって事なのはうかがい知れる。

「アンダイルとベルガが本格的に戦端を開くのは数年後、でもその原因は開戦の数ヶ月前から湖の汚お染せんが始まった事が原因なのよ。『精せい霊れい様さまがお怒いかりだ。隣りん国ごくをいつまでものさばらせておくからだ』って」

 ルーチェの説明には意図的なおかしさを感じる部分があった。数年後に起こる戦争の理由が、開戦数ヶ月前に起こった湖の汚染だと?

「待ってくれ! 湖の汚染なんてとっくに起こっているじゃないか! 精霊様のお怒りなんてのも湖こ畔はんにいた地元の爺じいさんが言ってたし……」

 背筋に冷たいモノが走り抜ぬける。それはエクレアでもあった嫌な予感。

「そう、そこよ。時系列がまた乱れている」

「また事件が早まっているってことは……つまり……」

「ええ、闇渡りが関わっているのは多分ここ。湖の汚染を早める事で戦争の時期をあと数ヶ月に前まえ倒だおししたのよ……」

「……マジかよ」

 数ヶ月前と言えば俺がこの世界に召しよう喚かんされてティアが昼食会を成功させた頃ころだ。つまり闇渡りはその時からすでに水神国にちょっかい掛かけていたらしい。

「嬢じようちゃん、湖の汚染の原因……何か分かるか?」

 俺の言葉にルーチェは申し訳無さそうに首を振ふる。

「ゴメン、見当も付かないわ。貴方が言うように直接の原因は生活排はい水すいによるアオコの大量増ぞう殖しよくで多分正解だと思う。でも闇渡りがどう関わっているのかは……」

「……だろうな、クソ!」

 今のところ分かっている事は汚染が始まった同時期に妙みように隣国に対する排はい斥せき思想が強まった事だけだ。

「水神国の連中が言うように水の精霊でもいてくれればなぁ……」

 俺は頭を抱かかえて息を吐はいた。ナッシュ王子の話を聞く限り俺はこの国の精霊信しん仰こうは日本に存在する八百やお万よろずの神に似た考え方だと思っていた。形が無くともそこにある自然の存在に感謝する……そんな信仰なのだと。

 つまり精霊がこの世界に実際にいても、多分この国にはいないのだ。

「え? いるわよ水の精霊」

「は?……いるのか? この国に?」

 驚く俺にルーチェはしれっと答える。

「言い方を変えると水の精霊はどこにでもいる。正確にはこの国に水の精霊に呼び掛ける端たん末まつがあるのよ。ほら湖の中心にある神しん殿でんの中に」

「ああ! ナッシュ王子が言ってた神殿の水すい晶しようのオブジェか!」

 ナッシュ王子とマール王女が幼少期に遊んだ話にあった。それは象しよう徴ちよう以外に意味の無い物かと思っていたらしいが、そういう代しろ物ものだったのか!

「ただ……精霊は気まぐれな存在。端末を介かいして〝呼び出す〟んじゃなく〝呼び掛け〟て気が向いたら来てくれるかもしれない……そんな連中よ」

「……召喚とは違うってか?」

 俺は完全に強制的にこの世界に呼び込まれた気がするんだが。

「でも一度行く必要がありそうだな……水神神殿に……」

 水の専門家であろう精霊に話を聞ければ汚染の原因が分かるかもしれない。

「ったくよ~。問題が国政レベルに達したらオカンの出番は無いって言ったのは誰だれだよ」

「……それはゴメン。でもまだ開戦する決定的な情報が流れてないから……まだしばらくは大だい丈じよう夫ぶだと思うけど……」

「決定的な情報……何なんだそれ?」

 俺が聞くとルーチェは珍めずらしく口ごもって頰を搔かいた。

「あ~~う~~~ん……何と言いますかね……両国にとっての重要人物同士が……その……恋れん愛あい的な……スキャンダル的なゴニョゴニョ……」

「な……何だよハッキリしないな」

 俺が眉まゆをひそめているとルーチェが意を決したように顔を赤らめて俺に耳打ちした。

「あのね……」


    *


 その日の早朝の事、西水神国のアンダイル城を守る門番が欠伸あくびを嚙かみ殺していると一人の初老の男性が近付いて来た。

 静かに歩み寄る男に敵意は感じず、門番は比ひ較かく的てき落ち着いたトーンで声を掛けた。

「親父おやじさん、そこで止まってくれ」

 門番の言葉に素す直なおに従う初老の男性。素直に従い止まった事で門番は安心して話す。

「城に何か用かい? あいにく開門時間までまだ大分あるけど……」

 兵士がやんわりそう言うと、初老の男性は口を開いた。

「いえ、兵士殿どの。実はにわかには信じられぬ、良からぬ噂うわさを耳にしたもので……こうして参上した次し第だいなのですが……」

「良からぬ……噂?」

 その時門番の兵士は初老の男性の奇き妙みような点に気が付いた。

 確かにそこにいるはずなのに、今まさに自分と話しているはずなのに……その男性の顔が分からないのだ。

 ともすればそこにいるのに見落としそうなくらい……存在感が無い。

「実は……信じられぬ事なのですが……」

 初老の男性は顔も全く分からないのに……その瞬しゆん間かん、確かに笑った。


    *


 日が昇のぼってからしばらく……大体朝飯が終わったくらいの時間帯にナッシュ王子とマール王女はそれぞれの国からアジトへ戻もどって来た。

 すでに盗とう賊ぞく風のペアルックで仲良く一いつ緒しよに。

「おはようエルモントの皆みなさん。昨日はよく眠ねむれただろうか?」

「あ、おはようございます」

 丁度朝飯の片付けをしていたティアは笑え顔がおで挨あい拶さつ。俺はそれを確かく認にんすると禿はげカツラとちょび髭ひげを着けてアンダイルの王子に襲おそい掛かった。

「このバカチンがあああ!!」

 スパアアアアン……!

 フルスイングのハリセンは景気の良い音をナッシュ王子の頭で響ひびかせる。

「な、何をするか庭師!!」

 俺の強きよう襲しゆうに王子は驚きよう愕がくを露あらわにし、取り巻きの兵士たちが「貴様! 乱心したか!」などと殺気だって言ってくるが、俺は構わず王子の胸むな倉ぐらを摑つかんだ。

「何で順番を守らんかった! 何でこんな時期に手を出しちゃったんだよ!!」

 王子だけでなく王女も、そして取り巻きの兵士たちもあっけに取られた。

「こんな時期に敵対国家の王族同士で御ご懐かい妊にんなんて火に油どころじゃねーだろうがよ!」

「………………………は?」

 俺の言葉でホール内にどうしようもない静せい寂じやくが訪おとずれた。

 かろうじて動いた王子が王女を見つめると彼女は真っ赤になって俯うつむいた。

「……言い出せなくて……」

「「「「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」」」」」」

 その瞬間、アジト内で声が一いつ斉せいに爆ばく発はつした。

 口々に皆「めでたい」だの「おめでとうございます」だのはやし立てる。俺だって何も無ければそっちに加わりたかったけど、祝いムードなのはここが身内だからに過ぎない。

 俺は王子の胸倉をガクガクさせる。

「湖の汚染が広がっている今発覚したら、両国の王族が結ばれた事で精霊が怒おこったなんて暴論が出るとか考えなかったんかい!!」

「それは……」

 実際ルーチェの話すアカシックレコードでの戦争の引き金はそれなのだ。

「何でせめて国勢が安定するまで待てなかったんじゃあああ!!」

 俺がそう言うとナッシュ王子は胸倉を摑まれたまま言い返してきた。

「ならば聞くが……庭師よ! 貴様なら我が慢まん出来たと言うか!」

「……何?」

「幼い頃から常に一緒だった、自分好みの愛いとしくてたまらん女がそばに四六時中一緒にいるのだぞ? そんな状じよう況きようで男として我慢出来たのか……そう聞いている!!」

 そう言われると……。

 俺は上見て、右見て、下見て、ティアを見て……反射的に手を放してしまった。

 その途と端たん、王子が何やら勝ち誇ほこった顔付きになった。

「ほら見ろ……」

「!!!!!!!!!!!!」

 何を言われたのか思い至った瞬間、顔面が爆発した……ティアも一緒に。

「そそそそそそれとは話が、ちが、違うでしょうが!!」

「いいや違わんなぁ! お前も同じ状況であれば!!」

 ドガアアアアアアアアアア……。

 その瞬間ホールに響き渡わたる破は壊かい音に一いつ瞬しゆんで静寂が訪れた。

 そこには不ふ機き嫌げん全開にテーブルを蹴けっ飛ばし、岩いわ壁かべにぶつけて粉々にしてしまったジュリアさんが片足で立っていた。

「騒さわがしい……落ち着きなさい……」

「「はい……」」


    *


 あの後多少の一ひと悶もん着ちやくはあったものの、特にお咎とがめは無かった。

 しかし部屋に戻って寝ね転ころがる俺は落ち着かない気分だった。

 本音で言えば祝ってやりたい。でも今後の展開を知っているとそうもいかないのだ。

 ルーチェの語った水神国の物語は余りに重い悲劇だった。

 思い出してもあの展開には吐き気がしてくる。

「……ガキの誕生も祝ってやれない信仰なんて必要なのか?」

 何だか問題がゴッチャになってきた気がして溜ため息いきが漏もれる。結局は全すべて湖の汚お染せんが原因なのだろうが……。そんな事を考えていると、突とつ然ぜんドアからノックが聞こえた。

「庭師……いるか? 私だ」

「は? ジュリアさん?」

 少々びびりつつ扉とびらを開くと、そこにはいつもの五割増しで目付きの鋭するどいジュリアさんが立っていた。

「な、何すか?」

「……少し顔を貸してもらいたいのだが……良いだろうか?」

「つ、面つら貸せ……」

 何か不良に絡からまれた時を思い出すな……。

 急に校舎裏うらに連れて行かれて「俺の女に手を出すとは良い度胸だな!」なんてすごんできた不良上級生に「確かにイイ女ですね彼女。自分の男の為ために『料理教えて』なんて言うし、貞てい淑しゆくに見えるようにって髪かみも黒くして頑がん張ばってますもんねー。……それで? その男は、今、いったい、何をしている? 延々のろけ聞かされながら、てめえの女に料理教えている、哀あわれなこの俺にてめえはいったい何してんだああ!!」って言い返した思い出。

 不良上級生は土下座で謝っていたが……むなしい勝利だったな……。

「……どうした? 何やら遠くを見るような……」

「……お気になさらず」



 連れて行かれたのは校舎裏……ではなくアジトの外。

「君に少々話したい事があってね。……先日のパーティーの後、私だけでなく兄上とシルフィーにも届け物をしただろう?」

「ああ……メロンですか」

 確かに俺はティアの兄姉たちに三等分したメロンを届けている。色々感情を込めて。

「あの果実はもしかするとそれだけで国家交こう渉しようが出来るかもしれない程ほどの大変な発明だ」

「は……はあ、そうですか……」

 俺が生返事をするとジュリアさんは姿勢を正した。

「庭師、いやカルヴァドス研究所副所長コウ・ダイチ殿。実は折り入って君に頼たのみたい事があるのだ」

「頼みですか?」

「ああ、ティアリスの事だ」

 俺が意図を探さぐりあぐねていると、ジュリアさんは畳たたみ掛かけてきた。

「兄やシルフィーに先んじてティアリスと接せつ触しよくする為にどうしても君の協力が必要なのだ!」

 ……何だそれ? つまりティアに政治的な利用価値が出てきたから、他ほかの兄妹より先に良好な関係を築きたい……そういう事か?

 俺は……少しこの王女、炎ほのおの女王を買いかぶっていたようだ。

 要するにコイツも強ごう欲よく大臣と何にも変わらないらしい。

「……お断りします」

 俺の言葉にジュリアさんの目がスッと細くなった。

「何だと?」

「俺は副所長ですよ? ティアの協力を得たいならやり方が間ま違ちがってませんか?」

「……貴様」

 ジュリアさんの全身から殺気が膨ふくらみ出したのがド素人しろうとの俺にも分かった。ここ最近何度も感じた殺気……でも俺は冷めた感じで受け流す。本当に……どいつもコイツも……。

「そうか……あくまでも君は……あの娘この笑顔を独ひとり占じめしようと言うのだな……」

「………………………………はい?」

 ジュリアさんが膨ぼう大だいな殺気と共に発した言葉に俺の思考は一瞬停止した。

 今、何つった?

「そうやってメイドのあの娘も、白衣のあの娘も、浴衣ゆかたのあの娘も、町まち娘むすめのあの娘も……全て独り占めしようと言うのだな! ズルイではないか!!」

 そう言うとジュリアさんは俺の胸倉を摑んでガックンガックンし始めた。

「ちょちょちょちょっと! 何だいったい? 何なんだ?」

 何だ? 何なんだこの行動は? 俺は今まで何かを勘かん違ちがいしていたのか?

 そう言えば俺が今までこの人の殺気を受けた時は常にティアと一緒だった。

 一緒に町に出る時、パーティーで座らせてあげた時、落ち込む彼女を慰なぐさめた時。ついでに言うとキリカさんに殺気が向いたのは彼女がティアをよしよししている時だった。

 ま……まさか……この人……。

「ジュリアさん! アンタもしかしてティアの事が大好きなのか!? 本当は愛めでたくて仕方ないのか!?」

 俺の言葉にジュリアさんは炎よりも顔を赤くして更さらにヒートアップした。

「悪いかあああああああ!!」



「す……すまない……取り乱した……」

「あ……いえ……」

 時間を置く事でジュリアさんは冷静さを取り戻していた。

 地面に胡坐あぐらをかいている姿は最も早はや近所の威い勢せいの良い姉ちゃんのノリである。

「それで……どういう事なんですか? 俺はティアとキリカさんからの又また聞ぎきしか知らないから、ティアは役立たずとして家族から疎うとまれている印象しかなかったんですが……」

「うぐ!!」

「おまけに中でもジュリアさんからは一番嫌きらわれているってティアが……」

「グアガアアアア!! 誤解だアアアア!!」

 胸を押さえてバタバタのた打ち回るジュリアさん。何か色々突つき刺ささったらしい。

「王家に連なる者は総じて魔ま力りよくが高い。その事は知っているな?」

「はあ、前に聞きました。絶大な魔力で国民を守れる事が王族である必ひつ須す要件だって」

「そう……だがもう一つ王族には義務が生じるのだ」

「……もう一つ?」

 ジュリアさんは目の前に指を一つ立てて言った。

「絶大な魔力を行使できるがゆえに、王族は戦場に立つ義務があるのだ」

「な!!」

 それは知らなかった。ただそれが真実なら、まともな魔力も持ち合わせないティアなんて……。

「戦場だぞ? 雷らい迅じんと謳うたわれる兄上も私も何度死にかけた事か……。勇ゆう猛もうな大だい魔ま導どう士しとして名を馳はせた王おう妃ひ、母上が命を落としたのも戦場だった」

 思い出したくない思い出なのだろう。ジュリアさんの目が暗くなった。

「だからこそ、我らカルヴァドス王家は密ひそかに決意した。魔力の持ち合わせが少ないティアリスを絶対に戦場にやらない事を……」

 あっけに取られるとはこの事だ。

「……つまりティアに対して冷たかったのも、役立たずとして放っておいたのも……」

 ジュリアさんは大きく頷うなずいた。

「ああ、戦場へ赴おもむかない王族だ。仲良くしていては対外的にはどうしても王家が贔屓ひいきをしているように見られてしまう……。その代わりティアリスに耐たえ難がたい苦しみを与あたえていたのは分かっていたのだが……」

「まわりくでぇなあ! もう!!」

 俺は思わず絶ぜつ叫きようしてしまった。何なんだそれは!?

 つまりティアは家族にちょー愛されていたんじゃないか!

「そう言ってくれるな……こうして一応あの娘は戦場に行く事無く生き永らえているのだから……我々兄姉も何も無ければ今の関係を続けるつもりだった」

 そこまで言うとジュリアさんは目付きを変えた。

 喜びに満ちた、肉にく食しよく獣じゆう的な感じに。

「ところがだ! 最近ティアリスに劇的な変化があった……どこかの庭師のおかげでな。何と戦乱も起こさず国家間の同盟を結んでしまうという偉い業ぎようだ! つまり王族としてこの上なく立派な功績を挙げたのだ……我々兄姉は狂きよう喜き乱らん舞ぶした!」

「きょ、狂喜乱舞?」

「そうだ! そうなれば最早ティアリスと仲良くしてもあの娘が贔屓のそしりを受ける事は無い! つまり妹と仲良くしても良い! 感動に打ち震ふるえた……だけどそこで少々問題が起こってしまったのだ……」

「問題っていったいどんな?」

 個人的には、だったらさっさと仲良くすればと思うのだが……。

「誰だれが一番に妹に声を掛けるか……つまり誰が一番にティアリスを褒ほめるかでだ!!」

 力強く拳こぶしを握にぎり力説するジュリアさんである。俺は思いっきりズッコけた。

「お、おい……おいおい! ちょっと待ってジュリアさん? じゃあ何か? パーティー会場で兄姉三人で喧けん嘩かしてたのは……」

 ジュリアさんは決まりが悪そうに頰ほおを搔かいた。

「……一番にティアリスに声を掛けるのは誰かで……な。正直、君とキリカが諌いさめてくれて助かったぞ……」

「マジで? てっきり次期国王の座で争っているもんだとばっかり……」

 あの場では俺だけじゃなく皆みながそう思っていたはずだ。しかしジュリアさんは心外そうに眉まゆをひそめた。

「次期国王? そんなの兄上に決まっている」

「だって……才ある者は男女関係無く上に立つべきとか何とか……」

 キリカさんから聞いていた事をそのまま伝えると、ジュリアさんは腰こしに手をやり息を吐はき出した。

「兄上はそんな事を言って私に王位に就つけと言われるのだ。才なき者ならまだしも、才気溢あふれる兄上を差し置いて私が王座に就くのは間違っているだろ?」

 つまりキリカさんの情報は捉とらえ方が真逆で、兄姉揃そろって「そっちが相応ふさわしい」って言っていた訳だ……あ……あほくさい……。

「君が寄こしたメロンが『こんな凄すごい物を作った妹を褒めろ! 喧嘩してる場合か!』ってメッセージなのは……まあ……分かったけど……」

「あ~~~~そ~~~~~」

 暗に込めたメッセージもちゃんと伝わっていたらしい……気を遣つかって損した気分だ。

 この家族、周りがうるさいだけで魔ま法ほうさえなければアットホーム一家だったろうに……。

「……じゃあ、ジュリアさんが水神国に来た理由は?」

 ジュリアさんは俺の問いに「うっ」と呻うめいた。

「……早朝演習の後だが、挙動不ふ審しんなあの娘を見つけて……跡をつけたら水神国行きの馬車に乗り込んでいて……連れ戻もどすべきか迷ったのだが……その……デネル湖は私たち家族にとって思い出の地だし……あの娘の気持ちを考えると……」

「……引き止められなかったと……」

「うむ……いざとなれば私が助ければ良いかと……」

「……付いて来ちゃったと……」

「……うむ」

 予想はしていたが……やっぱりこの人、あの時一いつ緒しよに馬車に乗っていたらしい。

「それでよくティアに説教出来たね……姉貴らしくひっぱたいちゃったし……」

「言わないでくれえええ!! 自分でもやらかしたのは分かっているのだああ!!」

 両手で頭を抱かかえて悶もだえるジュリアさん。

 何かもう最初にあった恐きよう怖ふ心なんて微み塵じんも無い。

「……まあ、あれはあれで正論だったし」

「ああ! 思い出した!!」

 そう言ってジュリアさんはまた俺の胸むな倉ぐらを摑つかんだ。

「君は私がひっぱたいた後のフォローを取ったな! なぜそこを私に譲ゆずらない!!」

「はい?」

「叱しつ責せきからのフォロー、そしてそこから絆きずなを深めようという私の作戦が台無しではないか! キリカもキリカで『この娘と私は一いち蓮れん托たく生しよう』みたいなカッコいい事言ってティアリスのハートをがっちり摑んでるし! あれでは私には怖こわい姉上という印象しか残らないではないか!」

 またもやガックンガックンやられ、いい加減脳みそがシェイクされそう。

「ええ加減にしてくれ! アンタは炎ほのおの女王じゃねえ! 炎のシスコンだ!!」

「おお! 上等ではないか! その栄えい誉よ、謹つつしんで承うけたまわろうではないか!!」

「世間じゃ汚お名めいって言うんだバカタレ!!」

 この日エルモントの庭師と炎の女王の間に、極ごく秘ひ作戦に向けた変な同盟が結ばれた。

 その名も『ティアリスと仲良し作戦』……共同作戦の同盟と言うにはあまりにスケールの小さい事象ではあるのだが。



「あ~も~色々と問題を重ねないで貰もらいたいもんだけど……」

 俺が愚ぐ痴ちりつつアジトに戻ると、盗とう賊ぞく風の王子と兵士が慌あわてた様子で言い合っている。何かあったのだろうか?

 その二人は俺を見かけると血相を変えて詰つめ寄って来た。

「庭師! 貴様はマールの懐かい妊にんをいつどこで知ったのだ!?」

「え? あの……王女が悪阻つわりを起こしているのを見たからですよ」

 何やらただならぬ気配、俺は咄とつ嗟さに噓うそを吐つく事にした。まさか女め神がみから聞いたとは言えないし、言える雰ふん囲い気きでもない。

 俺の言葉で王子の表情から険が少し抜ぬける。

「そ、そうか……。考えてみれば君は入国からずっとこのアジトから動けていないしな」

「……何かあったんですか?」

 俺の問いに隣となりの兵士が教えてくれる。

「本日アンダイル側へ垂れ込みがあったのです。ナッシュ王子とマール王女が親しい間あいだ柄がらで、すでに王女は身み篭ごもっていると……」

「は……はあ!? だって発覚したのは今日、しかも……」

「そうだ、さっきの話だ。タイムラグを考えても情報が流れるには早過ぎる! 幸か不幸か仲間内に裏切り者がいない証明にはなるがな。残る可能性は君だけだったが……」

「まあ……それは分かります」

 王子も兵士も俺の事を疑っていいのかそうでないのか、判断が付かない眼まな差ざしだが、それは仕方が無い。俺が知り得たのは未来を知っていたからで……。

 そこに考えが至った瞬しゆん間かん、背筋を冷たいものが走り抜ける。

 そう……知っている者には、知っている者なら可能なのだ。

 その情報が開戦の発ほつ端たんになる事を知っている者には……。

「……その情報はいつ、どこから流れたんですか?」

「……今朝けさ方アンダイルの門番に初老の男性が話したらしいのだ。普ふ通つうのどこにでもいそうな町民だったらしい……ただ……」

「ただ?」

「直接話したはずなのに顔の印象が全く無いそうだ。見たはずなのに顔が分からないとか何とか……」

 やはりか……。俺にはそんな存在に心当たりがあった。

 直接手は出せなくても口なら出せる──それが奴やつらのやり口。戦せん端たんを開く材料が情報なのだとしたら、闇やみ渡わたりが関かかわらない訳がないじゃないか!

「……また、先を越こされた……」

「……どういう事だ?」

 怪け訝げんそうに言う王子に構わず俺は言った。

「王子! アンダイル国内にはこの情報どの程度広がってるんだ?」

 急に勢い込む俺に若じやつ干かん引きつつも、王子が教えてくれる。

「国内にはまだ……王宮内部に流れている程度だ。だが、時間の問題だろうな……」

 ……だろうな。国内に、民衆に今のまま敵対国家同士の懐妊が知られれば、湖の汚お染せんと繫つなげられて一巻の終おわりだ。

 もう一刻の猶ゆう予よも無い!!

「……ナッシュ王子、水神の神しん殿でんって今から行ける?」

「神殿だと? なぜ今こんな時に……」

「いいから!!」

「……湖と神殿の所有は両国とも主張しているが、言った通り神殿の開け方を両国共に知らないからな。実際には放置状態で入る事はいつでも可能だ」

 アカシックレコードで示された戦端の原因をもう知られてしまった以上、湖の問題を早期解決するしか無い。何としてもこの世界の〝水の専門家〟に会わなくては……。

「庭師よ、いったい何をしようと言うのだ?」

 俺の真意を計りかねているようでナッシュ王子が聞いてくる。

「アンタの女とガキの未来がかかってんだ! 早々に水の精せい霊れいに会えなきゃ全すべて終わってしまう! アンダイルも、ベルガも、この世界もな!!」

「な……!」


    *


 結局水神の神殿へ到とう着ちやくしたのはその日の晩となった。

 メンバーは神殿の扉とびらの開け方に両国の王族が必要な事からナッシュ王子とマール王女、それに数人の兵士たち。そしてエルモントの面々全員である。

 ちなみに懐妊の噂うわさはベルガ側にもすでに流れていたようで、マール王女は下手をすると城に軟なん禁きんされる寸前だったようだ。

 アジトのホールに集まった盗賊団のメンバーは各おの々おの動きやすい格好をしていて、エルモントの連中は俺も含ふくめて大たい概がい動きやすい格好なのでいつもと大差はない。だがティアだけはちょっと違ちがっていた。

 大きめのバンダナを頭に巻いて、ベストに短パンといういわゆる盗賊ルックをしている。マール王女から衣装を色々借りて着たらしいのだが……何と言うか……。

「似合っているのに……ティアが着ると全く盗賊に見えないのは何でだろう……」

 どうしても可愛かわいいコスプレイヤーにしか見えない。俺の感想にキリカさんも頷うなずく。

「……盗賊ゴッコになっちゃう感じね。鋭するどさが足りないから」

「そうです? でも動きやすいですよ?」

 ティアは得意げにその場でクルクル回ってみせて……ジュリアさんと目が合った。

「あ……」

「……ふん」

 その瞬間ジュリアさんは息を吐いて物もの陰かげへと行ってしまった。その様子にティアが目に見えて肩かたを落とした。

「やはり……姉上様は私が気に入らないのですね……」

「ティア……」

 心配して後ろから肩を抱だくキリカさん。

 俺も何も知らなければ今の行動が不ふ機き嫌げんにしか見えなかったと思う。でも俺はあの人の本心を知ってしまった……多分今のは……。

「ちょーっとゴメン……」

 俺は物陰に隠かくれたジュリアさんを追いかけて……そしてそこの岩いわ壁かべに壁パンしまくる炎の女王を見た。

「ヤバイヤバイヤバイヤバイ……」

「アンタ何してんの?」

 俺が呆あきれて言うと、ジュリアさんはニヤついて真っ赤になった顔を上げた。

「か、か……可愛すぎる……」

「はあ?」

「あんな盗賊見た事ないぞ! 盗賊の討とう伐ばつは任務上今まで何度もやってきたが、あんなのがいたら私は有う無むを言わさず持って帰る!!」

「あのね……」

「いや! むしろ盗ぬすみに来て欲しい!! 私の部屋に直接そのまま!!」

「落ち着かんか!!」

 スパアアアンと俺はついにエルモントの英えい雄ゆう、炎の女王にまで突つっ込みを入れてしまった。俺の人生……これで良いのだろうか?

「……君、意外と容よう赦しやないね」

 叩たたいた頭をポリポリ搔かいて言うジュリアさん。若干嬉うれしそうなのは何故なぜだ?

「突っ込み所しか無いんだよ! だいたい……仲良くするのが目的なんだから、それをそのままティアに言ってやればいいじゃないか」

 基本的にティアは褒ほめられる事に耐たい性せいが無い。だからこそ効果的だと思うのだが。

 しかしジュリアさんは途と端たんに顔を青くした。

「ば、ばか者! そ、そんな事は出来ん!」

「な、なぜ?」

「今までアレだけ怖くて厳しい印象しか与あたえて来なかったのだ。いきなりそんな事したら気味悪がられるだろ……」

「……そうかな?」

 俺の感覚では多分単純に喜ぶと思うのだが?

「わ、私のような無骨な者があのように可か憐れんな妹の横に立つのは……難しいのだ……」

 あ~なるほど……一つ分かった。絶大な魔ま力りよくを保持した強く逞たくましい英雄であるジュリアさんだが、この本質的な自信の無さ、ネガティブさ……妹と、ティアとそっくりだ。

「……血は争えないね」

「ん? 何か言ったか?」

「いえ別に。ただ、さっきのジュリアさんの行動……またティアに誤解与えてますよ?」

「は!?」

 ジュリアさんの顔がショックに固まった。

「当たり前でしょうが。自分を見た途端に姉が不機嫌そうにあっち行っちゃったんだから」

「のおおおおおお!!」

 頭を抱かかえてのた打ち回るジュリアさん……面おも白しろい姉ちゃんだ。

 一しきり転げまわるとジュリアさんは俺の手をガッシリ両手で握にぎった。

「コウ君、よろしく頼たのむ! 兄上やシルフィーがいない今こそ千せん載ざい一いち遇ぐうのチャンスなのだ! 妹と仲良くなる為ために!!」

「あ~~分かってますよ。分かってるから燃える瞳ひとみで泣かんで貰もらえます!?」

 全く、色々と忙いそがしいというのに……。

 その時、俺は物陰からひょいと覗のぞいたライトグリーンの髪かみに気が付かなかった。

「ジュリア……姉上様……?」



 水神の神殿はデネル湖の中心、つまりアンダイルとベルガの境、旧水神国デネルの中央に位置するのだが、ナッシュ王子が言っていた通り闇やみ夜よに紛まぎれて近付く俺たちを咎とがめる者はいない。湖の中心にある島の神殿に至る一本の橋にも誰だれ一人おらず、がら空きの状態だった。

 難なく神殿の前まで到着した俺たちだったが、そこには想像よりも遥はるかに巨きよ大だいな神殿がそびえ立っていた。俺は近所の神社程度の物を想像していたのに、コレは学校の体育館並みに大きいんじゃないのか?

「でっかいな~」

 俺の率そつ直ちよくな感想に王子は少々得意げに言う。

「そうだろう? 幼少の頃ころの私とマールにとって、ここは誰にも邪じや魔まされない最高の遊び場でな」

「両国から私たちに賛同してくれた皆みなは元々ここで一いつ緒しよに遊んだ者たちなのですよ」

 懐なつかしそうに言うマール王女に同調する兵士諸君。

「つまり盗とう賊ぞく団デネルは悪ガキ連合なのか?」

「コウさん! 言い方が……」

 俺の感想を窘たしなめるティアだったが、王子と王女だけでなく取り巻きの兵士たち、デネルの全員が笑い出した。

「ハハハ……違いない。ガキの遊びの延長、その為に私たちは盗賊団を結成したのだ」

 そう言いナッシュ王子はマール王女の手を取って神殿の重そうな石の扉へ向かう。

「そうですね。願わくは、この子にもそんな友が出来る事を……」

 王女は反対の手でお腹なかを押さえてそう言った。

 願わくは……か。

 二つの国の二人の王族が同時に手を触ふれた瞬しゆん間かん、石の扉は大おお仰ぎような音も立てずに紙のようにスーッと外側に開いた。

「本当に……こんな重そうな扉が……」

 驚きよう愕がくしつつ神殿に一歩踏ふみ入れた俺は更さらに驚おどろく。そこは別世界であった。

 石造りの神殿内部は石自体が発光しているのか、あるいは別の方法なのか、魔力によるシステムだとは思うが電灯などあるはずの無い異世界において非常に明るい。

 そして廊ろう下かは川のように水が流れ、飛び石が奥へと続いている。室内なのに川を上るような造り。更に流れる水は湖の汚染からは考えられない程ほど、清く透とう明めいである。

 絶えず流れる水が光を反射する光景は他ほかにたとえようもなく……芸術だった。

「す……凄すごいです。建物の中にこれほどのものが……」

「言葉に……ならないね」

「あ、ああ……」

 俺を含めて今が初見のエルモントの連中はポカンと見み蕩とれてしまっていた。

「エルモントの客人たちよ。私らの至宝に感かん銘めいを受けてくれるのは嬉しいが……先を急ごう。時間は余り無いのだろう?」

「あ……そうっすね……」

 ナッシュ王子にそう言われて歩み出す俺たち。

 ただ、ティアだけはその光景にまだ呆ほうけたままだった。

 俺が出で遅おくれたティアに声を掛かけようと思うと、ジュリアさんが怒ど鳴なった。

「何をしているティアリス! 隊列を乱すな!」

「ハ、ハイ! 申し訳ありません!!」

 身を竦すくませ驚愕したティアは半泣きで慌あわてて動き出した。

 俺は無表情でジュリアさんをちょいちょいと手招きする。素す直なおにこっちに来たジュリアさんの顔は「やっちまった」と青くなっていた。

『……ジュリアさん?』

『分かっている……君の言いたい事は……』

『声掛かけるのは良いけど、何でもっと優やさしく言わないかな!? あの娘こ基本属性が小動物なんだからさ……』

 俺の指し摘てきに頭を抱える炎ほのおの女王。何かもうファン代表のアリーシャ辺りはガッカリしそうだな……。いや、あの王女なら受け入れるかな?

『私のナチュラルスタイルが軍人色の強いせいなのか……咄とつ嗟さだとどうもこんな感じになってしまって……』

『チャンスはまだ幾いくらでもある。いいかジュリアさん、笑え顔がおでとは言わない。ぶっきらぼうでも良いから不器用な優しさ……アンタのスタイルはそれで行きましょう!』

『お……おお、不器用な優しさだな。よし!!』

 人知れず気合いを入れるジュリアさん……本当に大だい丈じよう夫ぶかな?

 神しん殿でんの内部は飛び石を一つずつ踏んで行くようになっていて、先行する王子は身重の王女を気き遣づかい手を取って仲良く進んで行く。

 運動神経に定評のあるキリカさんとジュリアさんも問題なく、俺もそんなに苦労はしていないのだが……やっぱりというかティアが少々遅おくれがちであった。

 一歩一歩大して距きよ離りが離はなれていない飛び石を両足を揃そろえて跳んでいる。はっきり言って見ていて危なっかしい。

「よいっしょ! ん~……よっと!」

「ティア、大丈夫?」

「大丈夫です……よっと!」

 キリカさんの心配を他所よそに笑うティア。だがそれから何個目かの飛び石で、お約束のように着地で足を滑すべらせた。

「あ……」

「ティア!!」「危ない!!」

 俺とキリカさんが慌てて駆かけ寄ろうとすると、ジュリアさんがティアの手をガッシリと摑つかんだ。

「あ、姉上様……」

「気を付けんかバカ者! お前一人が負傷すればどれほど隊が遅れると思っている!!」

「……申し訳……ありません……」

 またもや怒鳴られて、今度は目に涙なみだを溜ためるティア。その瞬間、

 スパアアアアン……「ぐわ!」

 俺は有無を言わせずジュリアさんの脳天にハリセンを落とした。

「コウ……さん?」

「ダイチ! 貴方あなた……」

「ちょっとこっち来て下さい!」

「あ、ああ……」

 俺の行動に驚愕する二人を尻しり目めに俺はジュリアさんを物もの陰かげに引っ張り込んだ。

『アンタ一体何やってんの!? マジで今のは神タイミングじゃねえか! ぶっきらぼうに《気を付けろ》って言うだけで不器用な姉の優しさを演出出来たのに!!』

 頭を押さえるジュリアさんは涙目になっていた。正直少々ティアとだぶる。

『分かってはいるのだが、どうしても危ないって思うと……』

 危機が死に直結する戦場の英えい雄ゆうならではの染しみ付いたクセなのだろうか? 一いつ般ぱん社会での軍人ノリは弊へい害がいを生むだけだと思うけど……。

『このままじゃティアと仲良くするのは無理なんじゃ……』

 俺の呟つぶやきにジュリアさんはカッと目を見開いて俺の両手を摑んだ。

『そんな! 見捨てないでくれ!! 同じ轍てつは二度と踏まんと約束する!!』

『だあああ分かったから泣くな! そして手を握り締しめるな! 折れる折れる!!』

 炎ドラゴ龍ニツク・爪クローで増ぞう幅ふくされたジュリアさんのパワーに俺の両手はメキメキと悲鳴を上げていた。

「ジュリア姉上様とコウさん……一体何をなさっているのでしょう?」

「さあ?……というかいつの間にか仲良くなってない?」

 護衛師の呟きにティアは少々頰ほおを膨ふくらませていた。


    *


 水の精せい霊れいを象しよう徴ちようした水すい晶しようのオブジェ、それは両国の王子と王女が幼少期を共に遊び、将来を誓ちかい合った場所、神殿の一番奥にあった。

 神殿内の水は全すべてここから流れているようで、人工的な泉から綺き麗れいな水が湧わき出している。その様が一番美しく見えるように部屋全体が計算して造られているようだ。

 ただ、部屋に入った時気になったのはそこじゃなかった。

「何者だ!」

 そこに佇たたずむ人物をこの国で神殿内部を知る数少ない者である王子も知らないらしい。

 流れる髪は白に近い水色、清せい楚そなドレスを着ているのだが不思議な透とう明めい感かんがある。

 間ま違ちがいなく美人なのに何故なぜだか人間的な魅み力りよくを感じない。たとえるなら大自然の美しさを目まの当たりにしたような……。

 まるで人魚を髣ほう髴ふつとさせる女性は瞳をゆっくりと開く。双そう眸ぼうは水の如ごとき輝かがやきを放つ。

 その瞬間キリカさんとジュリアさんは冷や汗あせを流して構えた。

「な!? どうしたんだよ二人とも……」

「君は何も感じないのか!?」

 そう言われて周囲を確かく認にんすると俺以外の全員が警けい戒かいを露あらわにしていた。何かいきなり仲間外れな気分である。

「コウさん、この女性……人の魔ま力りよくではあり得ません。ジュリア姉上様より、お父様より……いえ、火か竜りゆうの方々よりも遥かに大きい……」

 ティアの呟きにキリカさんも同調する。

「何なの? 湖なんて問題じゃない……大海を前にしたみたいなバカげた魔力……」

 そうか、違ちがいは魔力。俺には魔力の才が一いつ切さい無いからその辺の事を認識できない。銃じゆうを凶きよう器きと思えない赤子と同じようなものか。

「ようこそいらっしゃいました。異界よりの旅人よ……」

 俺以外の皆が圧あつ倒とうされるほどの魔力を持った女性はよく通る声でそう言った。

 警戒する大半の者には意味が理解出来ないようだが、この場においてその言葉の意味を理解出来る者が三人いる。ティアとキリカさんと……そして俺だ。

 自然と二人の視線が俺を向いた。

 そう、この場で『異界の旅人』に当てはまるのは召しよう喚かんされた者、俺しかいない。ティアにもキリカさんにも極力公表しない方が良いと言われているが、この場で隠かくしだてしても意味は無いだろう。彼女の言葉の意味が分からず問いただそうとするナッシュ王子を制して俺は前へと出た。

「俺に……何か用でしょうか?」

「魔力を持たぬ、魔力を知らぬ、しかし知識に富む人間。私は水と共に生きる水そのものの存在、水の精霊……私は貴方を待っていました」

「水の精霊……じゃあアンタが……」

「精霊様……」「精霊様だと!?」

 俺が感かん慨がい無く呟くとその瞬間、信しん仰こう心篤あつい水神国の連中は王子王女含ふくめてその場に平へい伏ふくしてしまった。

「あ、あの?」

 水の精霊は困ったようにオロオロするが、水神国の連中は動かない。

「精霊様! 此こ度たびは夜半にもかかわらず無礼にも訪問し、真に申し訳ございません。私はアンダイルの第一王子ナシュレイと申します……」

「度たび重なるご無礼平にご容よう赦しやを……わ、私はベルガの第四王女マールと……」

「あ~も~いいから止やめてくれない? そういうの!!」

「……え?」

 いきなり軽くなった口調に驚いて水神国の連中が顔を上げると、水の精霊は噴ふん水すいの縁ふちに座って腕うで組ぐみをしていた。

「せっかく威い厳げんたっぷりに相手しようと思ってたのに……堅かた苦くるしくてやってられないわ」

 プンプンと音が聞こえそうにむくれる水の精霊、どうやらこっちが素すのようだな。

「だいたいナッシュもマールも初めて会った訳じゃないでしょ? 私も一いつ緒しよに遊んだのよ? 小さい頃ころ」

「「は?」」二人の驚おどろきの声が被かぶる。

「分からない? 忘れちゃった? 沢たく山さんいた遊び友達の中に紛まぎれてこの神殿で……」

「……あ! 確かにいた。青い髪かみの女の子……」

 ナッシュ王子は言われて思い出したようだ。

 何か都市伝説にありそうな話だな。皆みなで一緒に遊んでいる時、気が付くと一緒に遊んでいた女の子。大人になって思い出すと皆も覚えているのに誰だれかは分からない……みたいな。

「し、しかし……あの時にこんな膨ぼう大だいな魔力を有した子なんて……」

 まだ納なつ得とくいかないようで、ナッシュ王子は疑問を口にする。

「魔力を下げるのは簡単。私は水そのもの、小さくちぎればいいのだから……ホラ」

 そう言って水の精霊は小さい少女の姿に変わった。

 俺には単純に大人が子供に変わったようにしか見えなかったが、魔力を知覚できるこの世界の人たちには違う印象を与あたえたようで「魔力が小さくなった……」「こんな事が……」なんて驚きよう愕がくしている。

「まだ納得いかない? 私は水そのもの、水ある所に必ずいる……だからここであった事はみんな知ってるよ?」

「え?」

「貴方たちがここで遊んだ事も、二人がここで喧けん嘩かしたのも、ナッシュが熱い愛の告白をしたのも、貴方が強ごう引いんにマールを……」

「ワーー! 分かった、分かりました! 信じますからその先は勘かん弁べんして下さい!!」

 大おお慌あわてで止めに入るナッシュ王子は耳まで真っ赤になっていた。どうやらトップシークレットらしいが、同時にマール王女も真っ赤になっている辺り予想が出来てしまう。

「……んで? 精霊さん、俺に用事って何なんだ? どっちかと言うと俺が頼たのみに来たつもりだったんだけど……」

 黙だまっていると話が進まない。俺は口を挟はさんだ。

「ああ、うんそうそう。貴方だけがこの世界の常識から外れた知識を持って湖の汚お染せんについて正確に把は握あくしているようだしね」

 水の精霊の言葉にナッシュ王子がハッとする。

「で、では湖の汚染はやはり貴方のお怒いかりでは……」

 水の精霊は腰こしに手をやり頰を膨らませる。

「失礼ね。私は水の精霊、水そのものの存在。水はただそこにあるだけよ。聖水か汚お水すいか決めているのはそこに生きる者であって私じゃないわ……」

 つまり精霊にとっては聖水も汚水も水は水、どうでも良い事らしい。

「はっきり言わせて貰もらうけど、私にとってはアンダイルもベルガもどうでもいいの。だけど私をダシに戦争を起こされるのはいい迷めい惑わくよ!」

「「申し訳ありません……」」

 それぞれの国を代表して謝罪する両国王族。この二人はむしろマシな方でしょうけど。

「そこで君に頼みたいんだけど……」

「はあ……汚染をどうにかしろと?」

「そうなのよ。言った通り私は水そのもの、人にとって何が良くて何が悪いか……そんなの分からないの。原因を把握している貴方なら何とか出来るでしょ?」

「マジですか……俺はそれを聞きにここに来たのに……」

 俺はショックの余り膝ひざを突いてしまう。専門家である水の精霊が俺に頼むって……じゃあもうお手上げじゃないか……。

「コウさん! 大だい丈じよう夫ぶですか?」

 ティアが心配してくれるが反応出来ない。

 もうこうなったらナッシュ王子とマール王女をエルモントに亡命させて貰うか? 外交上色々あるだろうけどジュリアさんなら納得してくれるだろうし……。

「え~? 君にも分からない? 解決策……」

 俺が妥だ協きよう策を考えていると水の精霊はガッカリしたように言う。

「……汚染の原因は分かってますけど今まで何で浄じよう化かされていたか、なんて……」

「ん~そうか~。バラの花がみんな枯かれてから湖が緑になったな~とは思っていたけど」

「…………………何?」

 水の精霊が言ったその一言。それが俺の脳のう裏りに響ひびき渡わたった。

「ちょっと待って……バラが枯れたのは湖の汚染より後じゃなく前?」

「うん、数ヶ月前から急に……」

「精霊さん、つかぬ事を聞くけど……バラの花が枯れた理由、分かります?」

 俺の質問に首を傾かしげる精霊。

「ん~~? 理由……私植物は専門外であんまり詳くわしくないんだけど……」

「何でも良いんです。枯れる前にあった変化でも何でも……」

 俺の言葉に水の精霊は手を打った。

「ああ、そう言えば枯れる前にアンダイルは白一色、ベルガは赤一色になってたね。紅白が綺麗だったのに」

 精霊の答えで俺は真相に近付いた気がした。汚染が始まったのは数ヶ月前、その頃に両国で流行はやった下らない風潮。それがもしも意図的に流されたのなら……。

「ナッシュ王子、それにマール王女。紅白のバラの片方の色を隣りん国ごく排はい斥せきを謳うたう連中が毟むしり取ったのは数ヶ月前ですよね?」

 急に話を振ふられてうろたえる王子と王女。

「……あ、ああ、確かにそうだ。大通りで盛大に燃やす輩やからがいたのはその頃だ」

「ベルガも同じです。隣りん国ごくの象徴を許すな……と」

 やっぱり……俺は自分の考えに確証が持てて来た。

 仮にこの世界のバラの花が湖の浄化装置だったなら。紅白の花が、吸収した汚水を処理する重要な役割を担になう、それこそ電気分解浄じよう水すい器きのプラスとマイナスみたいな物だったとしたら……片側を失う事で吸収した毒素を分解できずに枯れてしまうのでは?

「そういう事か……汚染が広がった理由はそれだ! 汚水を処理してくれるバラの花が機能不全になったんだ!」

 だとすると今回闇やみ渡わたりが関わったのは〝隣国の象徴を排斥する行動を先導〟する事だ。バラの花を合法的に毟らせたのだ。バラの浄じよう水すい機能まで知った上で……。

「コウさん、何か分かったんですね!」

 ティアが何やら我が事のように嬉うれしそうに言う。

「ああ! 精霊さん、バラの木で生き残っている部分がどこかに無いか? 幹でも根っこでも良いから!」

「バラの幹や根っこ? そんな物どうするの?」

「いいから頼む!」

「ふ~ん、分かったわよ……」

 俺の頼みに水の精せい霊れいは水に飛び込んで見えなくなった。

 そして余り時間を空けず、精霊は手に何かを握にぎって浮ふ上じようして来た。

「これがデネル湖で唯ゆい一いつ生き残っていた根っこの一部よ。他ほかはみんな腐くさっちゃってた」

「これは……レンコン? バラの根じゃ……」

 精霊が渡してきたのは煮に物もので美味おいしい、俺はきんぴらが好きな奴やつにそっくりなのだが。

「それが湖にあるバラの根っこ。貴方あなたの常識は知らなーい」

 水の精霊はニヤニヤして泉の縁に肘ひじを突く。

 ああ、つまりこの世界での常識か。

 レンコンは沼ぬま地ちなんかに生えるハスの地ち下か茎けい、空いた穴は水を通す為ための物。つまりこの世界のバラはココから水を吸収排はい出しゆつしていたって事か……。

 湖の浄化システムがバラの木すなわち植物。

 そして目の前で小首を傾げるのは植物生育には無敵の王女。

「……見えて来たな……解決策!!」

「本当ですかコウさん!」

「庭師よ、それは真まことか!!」

 皆が色めき立つ中、俺は自分の考えを語る。生活排はい水すいを処理していたバラの木が紅白の片側を無くしたせいで起こったアオコの増ぞう殖しよく。

「なるほど……つまり結局は人間たちが自分で自分の首を絞しめていたのですね」

「汚染でバラが枯れたのではなく、バラが枯れたから汚染が広がったのか……」

 難しい顔で唸うなるマール王女とナッシュ王子、そこに誘ゆう導どうした存在もあるのだが、そこは伏ふせておく。

「ではコウさん、もしかするとそのバラの根っこに私が植物成育魔ま法ほうを使えば……」

「おそらく湖の汚染は改善するだろうな……」

 俺の考えに察しが付いたようでティアがテンションを上げる。

「コウさん、では善は急げです! 早さつ速そくその根っこをデネル湖に……」

「待て、慌あわてんな」

「ピ!」

 俺が以前教えた諺ことわざを言い、今にも神しん殿でんから飛び出そうと振り返ったティアのバンダナの結び目を俺は引っ張った。

「何するんですか……」

「今回は急がば回れだ! ナッシュ王子、それにマール王女」

 少しずれたバンダナを直すティアを無視して俺は両国の王族二人へ聞く。

「仮に今、湖の汚染が改善されたとして……水神国の、アンダイルとベルガの諍いさかいは無くなるのだろうか?」

 俺の言葉に両国王族の顔は目に見えて暗くなる。

「それは……無くならないだろうな。元々両国に分ぶん裂れつした理由は王家の継けい承しよう権問題で王族内部で起きた諍いを発ほつ端たんとしている……元を辿たどれば精霊様は無関係だ」

「争いの原因を棚たな上あげにして何百年もいがみ合いを続ける為に精霊様をダシにしているのです。情けない話ですがここで湖が綺き麗れいに戻もどっても〝我が国の祈いのりが通じたのだ〟と両国共に主張するに決まっています」

「でしょうね……」

 何しろ闇渡りは事件を早めたのであって作り出した訳じゃない。この国にあった元々の問題を利用したに過ぎない。今回の湖の汚染は黙っていても数年後には起こった事なのだ。

 俺にとってはこの国の内乱があったままでは困るのだ。

 このままではエルモントに飛び火がある……ってのは勿もち論ろんある。

 ただ、俺の直情的な感情はもっと単純だった。

 俺はこの場に集まっている連中が嫌きらいじゃない。国同士の争いを食い止めようと結成された盗とう賊ぞく団デネル、妹が心配で付いて来たジュリアさん、主あるじを死ぬ思いで追いかけて来たキリカさん、そして……珍めずらしくワガママを実行したティア。

 この場にいる全員にこのままでは不幸が訪おとずれるのだ。

「……何かないか……二カ国が手を結べる何か……」

「どうしたのだコウ君、さっきからブツブツと……」

 心配したジュリアさんが話しかけて来た。脇わきでティアが小さく「コウ君?」と呟つぶやいた気がしたが……?

「ジュリアさん、戦争を起こしそうな程ほどいがみ合った国同士が仲直りする方法……なんて……無いかな」

 俺がそう言うとジュリアさんは半ば呆あきれたように腰に手をやる。

「そんな都合の良いもの……あれば教えて貰いたいものだ」

「だよね……」

「戦争状態を回かい避ひする為にはどちらも妥協、つまりはどこかで折れる必要がある。〝こっちが正しい、そっちが間ま違ちがっている〟とどちらも妥協しないのであれば回避は難しい。上手うまく行っても膠こう着ちやく状態がせいぜいだな……」

 戦場の英えい雄ゆうジュリアさんならではの意見、多分今までもそんな事があったのだろう。

「どっちにとっても益えきがない事が分かっていても〝自分は悪くない〟と思っているうちはどうしても折れる事は難しい。正当性、自分たちの正義を振りかざすプライドが一番の壁かべだな……」

 チラリと両国王族の二人を見ると俯うつむいてしまっている。ジュリアさんの言葉は胸に痛いものばかりなんだろうな。

「くそ……湖浄じよう化かの目め処どが立ったというのに……」

「戦争は結局個人のケンカのようにはいかない。残念だがな……」

 その声は諦てい念ねんの感情を含ふくんでいた。英雄、炎ほのおの女王と言われる彼女だって好き好んで戦場を駆かけて来たのではないようだ。避さけられれば避けたかった戦いもあったのだろう。

「確かにな……個人のケンカもそれはそれで厄やつ介かいだけどな……」

 俺は何となく日本で高校生していた頃ころを思い出した。

 敵対する女子同士を親友にまで昇しよう華かさせた方法を。

「あ……そうか、今必要なのは相手に対する妥協じゃない……自分にとっての妥協……」

 個人レベルのケンカの仲ちゆう裁さい方法、ケンカしている本人たちを強制的に妥協せしめる為に必要だったモノの存在。

「ある……あるぞ! アンダイルとベルガを強制的に一つに出来るショック療りよう法ほうが!!」

 俺の叫さけびに全員が目を丸くした。

「ほ、本当に、本当にか!? 二カ国の内乱を終わらせる事が出来るのか!?」

 勢い込むナッシュ王子、しかし俺は手で制して言う。

「それは分からないよ。それこそ今後のアンタらの課題、俺が提示出来るのはきっかけだけなんだから……」

「む……それはそうだな……」

 一気に表情を引き締しめるナッシュ王子、こういうところはやはり王族だな。

「ただ、それには必要なモノが幾いくつかあるんだけど……」

「必要なモノ? 何だそれは!?」

「何でも言って下さい。我々に出来る事でしたら何でも……」

 勢い込む二カ国の王族……いや盗賊団デネルの頭領の二人。この二人が〝何でも〟と言うのであれば、大だい丈じよう夫ぶだろう。

 俺はニヤッと笑って言った。

「あんたらの悪ガキ連合、盗賊団デネルは今から俺たちが貰もらい受ける!」

「「は?」」

 その後俺は作戦の概がい要ようを伝える。

 最初のうちは皆みな半信半疑で聞いていたが、次し第だいに盛り上がりを見せ始めた。

「それはまた……大だい胆たんな作戦と言うか……」

「さすがは救国の聖女の補ほ佐さ、考える事が違ちがいますね……」

「それは違いますマール王女」

 そう王女が呟くとティアが口を挟はさんだ。

「私は救国の聖女ではありません。エクレアでも本当に同盟を結んだ救国の英雄は……」

「ハイハイ、その辺にしようね」

「むぐ!」

 俺はティアの口を後ろから塞ふさいでやった。

「いいじゃんティアが救国の聖女で。実際今までも決め手になったのはティアの魔法であって俺の実力じゃない」

「むごふふぁ、ほうはん!!(ですが、コウさん!!)」

「俺は結果が出ればそれで良いの。過程を人に任せて自分は結果だけを誇ほこる……なんて出来るもんかい」

「ふぉんな……(そんな……)」

 振ふり返ったティアの目が泣きそうになっている。あ~も~そういう顔しないの!

 俺たちのやり取りを見て王子と王女が苦く笑しようを漏もらした。

「なるほど……君たちは〝二人合わせて〟な訳だな、これは失礼した庭師……いやコウ・ダイチ殿どの」

「奇くしくも盗賊団デネルは私たち二人が頭領の組織。頭領の座はあなた方にお譲ゆずりいたしましょう」

 そう言いつつナッシュ王子は俺に短たん剣けんを渡わたし、マール王女がティアにペンダントをかけてあげた。

「これより盗賊団デネルはこの二人に託たくす! 皆異存は無いな!!」

「「「「「「おおおおおおおおお!!!」」」」」」

 デネルの連中だけでなくキリカさんも手を上げて雄お叫たけびを上げる。

 俺は盛り上がる全員を前に短刀を抜ぬいて片手で掲かかげてみせた。

「いいか! 盗賊団デネルは悪ガキの集まりから始まった、ガキの戯ざれ言ごとの延長だ。俺たちは悪ガキだ。頭の固い大人振ぶってる連中に一ひと泡あわ吹ふかす、その為にいる!!」

 俺はオロオロとしているティアの背中を押した。

「!……こ、今回がデネルの最後の仕事だ! や……やろうども、最後のいたずらだ。きばっていこうじぇ……」

「「「「「「お……おおおおおおおおおお!!!」」」」」」

 この場のノリで俺が考えた台詞せりふだったけど最後の最後で嚙かみやがった。

 やっぱこの娘こに荒あらくれ者の台詞は無理があったかな?

「なかなか楽しそうじゃない?」

 泉の縁ふちに頰ほお杖づえ突いて寝ねそべる水の精せい霊れいはニヤニヤ笑っていた。

「他人ひと事ごとじゃ困るぞ精霊さん。アンタには決め手をやって貰うんだから……」

 今回の俺の思い付きは水の精霊の全面協力が必要なのだ。

「分かってるって。面おも白しろそうだしね……ところで異界の旅人さん」

「何だよ水の精霊さん」

「それ、言いにくいでしょ? いちいち水の精霊って〝の〟が入ってつっかえるし……」

「ん……まあ確かに……」

 そこまで気にしていなかったが、指し摘てきされると確かに気になってしまう。

「もう一つお願いがあるんだけど……貴方あなたに私の名前を付けて欲しいのよ」

「名前?」

 その瞬しゆん間かん周囲がざわつく。「精霊への名付け!?」「まさか本当に人間が契けい約やく!?」なんて妙みような興奮があるというか……。横を見るとティアもキリカさんも、ジュリアさんまで驚きよう愕がくの余り目を丸くしていた。

「な、何か大変な事なのそれ?」

「コ、コウさん……事の重大さ分かってます? 精霊の名付けは契約の証あかし。歴史上の大だい魔ま導どう士しですら成し得なかった事なんですよ?」

「は? そんなに大変な事なの? 大自然に対してたかが人間が付けた名前が?」

 俺がそう言って再び精霊さんを見ると彼女は両手を広げて苦笑していた。

「な~んて魔ま法ほうが常識のこの世界では魔ま力りよくに意味を持たせてそんな事を考えちゃうのよ。実際は君の言う通り、どんな名で呼んだって契約になんかなんないわよ」

「そりゃそうだよね……」

「え!? 違うのですか!?」

 むしろ横で聞いていたティアが驚おどろいた。

「当たり前、私は水そのもの、大自然における水、人に益をもたらす事もあれば害を及およぼす事もある。人が自然を契約で縛しばるなんて出来る訳ないわ」

「はあ、そうなんですか……」

 本人に否定されたもののいまいち納なつ得とくの行かない表情、それは周囲の人間全すべてに言えた。

「まーこんな感じよ。この世界の住人は魔力に結び付けて強い意味を自分たちで持っちゃう。そんなのまた水神国に諍いさかいの種を残す事になるでしょ? だから君に軽い気持ちで付けて欲しいの。君の国の名前を」

「そう……言われてもね……」

 急にそんな事を言われても迷ってしまう。

 確かに魔力の概がい念ねんがそもそも無い俺が名付けるのは適当かもしれないけど……見た目は美しい人魚、西洋風な外見の水の精霊なのだ。

 俺の国の名……って言われても……。

「まさか清し水みずさんでもないでしょうし……」

 しかし俺がそう呟いた時、精霊さんの耳がピクリと動いた。

「シミズ? 何それどういう意味?」

「あん? 清らかな水って書いて清水。俺の故郷ではポピュラーだけど……」

 俺はそう言って流そうと思ったのだが、水の精霊の瞳ひとみが今まで以上の輝かがやきを放つ。

「シミズ……清らかな水……シミズ。良いです、良いじゃない! 気に入った!!」

「…………は?」

 一いつ瞬しゆん頭が真っ白になる。しかし水の精霊さんは構わず皆の前で高らかに宣言した。

「水神国の民たみ、並びにエルモントの王家の皆みな様さまを前に私は宣言しましょう。本日この時より私はシミズ。清らかなる水の精霊シミズです!」

「「「「「「おおおおおおおおおお!!!」」」」」」

 さっきと同じくらいの大だい歓かん声せいに俺は慌あわてて精霊の手を引いた。

「ちょ、ちょ、ちょ! それで良いのかアンタ!!」

 慌てて止めに入った俺だったが、精霊はむしろ心外そうに言う。

「何よ。何か問題なの? 君の世界の、君の国ではそんなに変わった名前なの?」

「い、いや……そんな事はない。むしろ普ふ通つう過ぎるくらいポピュラーな立派な名前なんだけど……その……」

「ならいいじゃない。私は凄すごく気に入ったわ!!」

 おかしくはない。決しておかしくはないんだけど……あの西洋風の外見から考えると……何かやっちまった感が……。

 テルギルギウス大陸に初の漢字を名に持った精霊が生まれた瞬間だった。


    *


 水神の神しん殿でんからアジトへ戻もどり、俺はティアと作戦会議をしていた。

 今回の……というか今回も作戦の要かなめはティアなのだ。他ほかに誰だれもいなくなったホールは壁かべにもたれて欠伸あくびを嚙み殺すキリカさんがいるだけで、俺たちしかいない。

「……なるほど、つまり私がコウさんに貰ったコレが重要なんですね?」

 水の精霊清水さんから貰ったレンコン似のバラの根ともう一つ、今回はこの二つが必要不可欠なのだ。

「ティアがそれを持っていてくれて助かったけどな……」

「だって……これはコウさんに貰ったお守りですから……」

 ティアはそれを優やさしく握にぎって微笑ほほえむ。

 あんまり屈くつ託たく無くそういう事を言わないで欲しい……俺は直視出来ずそっぽを向いた。

「そ……それはそうと……出来そうか? 魔法の時間差発動ってヤツ……」

「あんまり長い時間は自信無いですね……。長くてもコウさんがお味み噌そ汁しる作ってくれるくらいの時間しか……」

「あ~そんなもんか……」

 困ったように小首を傾かしげるティアの表現はやたらと庶しよ民みん的で、でも時計の概念の無いこの世界では的確である。

「という事は……十~十五分くらい……ギリギリかな?」

「すみません……私が未熟なばかりに……」

 また沈しずみそうになるティアの頭に俺は丸めた紙をポコンと落とした。

「ふえ?」

「落ち込むんじゃない。そもそもこの作戦はティアの魔法が無ければ思いも付かなかったんだぞ? 胸を張れ、胸!」

「う、うえ?……こう、ですかね?」

 俺に言われて少し偉えらそうに胸を張ってみるティア。それは子供が必死に背せ伸のびしているように見えて……。

「うん、ティアには全く似合わないな」

「コウさん、ひどいです!」

 そんな事をしているとホールに入ってくる人の気配がした。

 歩ほ哨しように立つキリカさんは、視線を投げるけど特に何もしない。

「コウ君、今ちょっと良いだろうか?」

「あ……はい」

 そこにいたのは真しん剣けんな表情のジュリアさん。多分そろそろ来る頃ころだとは思っていた。

「ティア……少しゴメン」

「あ……」

 ティアに断りを入れて、俺はジュリアさんに連れられてホール前の通路に移動する。

 腕うで組ぐみして壁にもたれるジュリアさんは真剣だが警けい戒かいしている風でもないようだ。

「異界の旅人、確か水の精霊は君をそう呼んだ……」

「やっぱり……それですよね」

 あれだけ堂々と名指しされたのだ。バレない訳はないよな……。

 俺は頭を搔かいて虚きよ偽ぎを交えて話すことにした。

「原因は分かりませんけど、数ヶ月前に俺は別の世界からエルモントに……正確にはティアの私室に召しよう喚かんされた異世界人です」

「なるほど……むしろ合が点てんが行った。君の言動や性質、魔力を持たない体、何よりも魔ま術じゆつ的ではない知識と技術。他国というだけではさすがに説明が付かなかったからな……」

「すみません、ティアとキリカさんにあまり公表しない方が良いって言われてて……」

「……それは賢明だな」

 ジュリアさんはふむっと呟つぶやいた。

「……やっぱり……可愛かわいい妹の傍そばに得体の知れない異世界人は望ましくないですか?」

 俺が半ば笑いながら言うと、ジュリアさんは苦く笑しようで返す。

「バカを言え。妹にあれだけの事をさせておいて、今いま更さら出身が異世界程度で解任など出来るか。ティアリスに対する責任は取って貰もらわないと……それに」

「それに?」

「今君にいなくなられては私が困る。目的を果たすまでは近くにいて貰わないと」

 その瞬間、ホールから甲かん高だかい叫さけび声が響ひびいた。

「ダメです!!」

 そこにはこれ以上なく顔面を紅潮させて目に涙なみだを溜ためたティアが立っていた。

 いつの間にかこっちに来ていたらしい。

「ティア?」「ティアリス?」

 あまりの剣けん幕まくに面めん食くらってしまう俺とジュリアさん。しかしティアは止まらず、かまわず、まくし立てる。

「あ、姉上様! 確かにわた、私は未熟な役立たずです。自分自身の身も守れず、あげくにキリカを倒たおれさせる程ほどダメな王女です!」

「ティアリス……それは……」

「魔力に至っては姉上様の足元にも及びません。……でも……でも……だからって!」

 初めてジュリアさんがティアリスに圧あつ倒とうされたその時、ティアは叫んだ。


「だからって、それでも! それでもコウさんだけは譲ゆずれません!! コウさんの傍は、コウさんのお隣となりは私の場所です!!」


 …………痛い程の静せい寂じやくが訪おとずれた……。

 え? 今……この娘こ、何を言った? 何やら物もの凄すごい事を言わなかったか?

 何か勘かん違ちがいしているようで……勘違いから何やら物凄く恥はずかしい何かを?

 理解が及んだ瞬しゆん間かん、ジュリアさんが耐たえ切れなくなったようで大だい爆ばく笑しようを始めた。

「アハハハハハハ!! ハハハハハハ!! ティアリス貴方言う時は言うね!! アハハハハハハハハハ!!!」

 腹を抱かかえてのたうつジュリアさんにティアは赤い顔のまま不満げだ。

「な、何が可笑おかしいんですか!」

 しかしそんなティアに構わずジュリアさんは俺の肩かたをバシバシ叩たたく。

「ヒ、ヒ、ヒ、ハハハハハ……いやいやコウ君。ククク……うちの妹は可愛いだろ?」

「……答えなきゃいけませんか……」

 はっきり言って、俺は今ティアの顔を直視出来ない。頭が沸ふつ騰とうして爆ばく発はつしそうな気分だ。

 コイツ……多分最近ジュリアさんと密談しているのを何やら勘違いしているようだ。

 その勘違いから何を口走ってんだよ!!

「いや、コウ君、これは私が悪かった。やはりこういう事に人の手を借りようと思ったのは間ま違ちがいだったな」

 まだ収まらない笑いを堪こらえつつジュリアさんはティアに近付くと、音も無くひょいっと首根っこを摑つかんで担かつぎ上げた。

「え?」

「悪いけど、ちょっと妹は借りてくよ。今のティアリスに比べれば私の悩なやみなんてどうって事ないね」

「だったら最初っから……あ~も~勝手にしてくれ……」

「コ、コウさ~ん?」

 いまいち状じよう況きようを飲み込めずジュリアさんの背中でブラブラ揺ゆられるティア。

 ただもう俺にはティアを構ってやる余よ裕ゆうは無かった。


    *


「ええ!! では姉上様がコウさんに近付いた目的って……」

「その通り。ティアリスと仲良くなる為ための相談に乗って貰っていた」

 アジト内に宛あてがわれた部屋にジュリアはティアを連れて来て事の真相を伝えた。

 本当は妹に自分の心情を吐と露ろする事が気き恥はずかしく、そして怖こわかったジュリアだったのだが、妹のやらかした、ある意味勇気ある発言に自分の戸と惑まどいなんてどうでも良くなってしまった。今までの迷いが何だったのかと思える程あっさりとジュリアは妹に話していた。

 真相を聞いた途と端たんに、ティアは顔どころか全身が真っ赤になって湯気を立ち昇のぼらせる。

「で……では……では、わ、私は勘違いで?」

 ジュリアは意地悪く笑ってみせた。

「いい啖たん呵かであったな。〝コウさんのお隣は私の場所です〟だったか?」

「みゃあああああああああ!!」

 部屋の椅い子すに座ったままティアは頭を抱えて丸まってしまった。

 その様には、長年見続けた笑え顔がおの仮面を付けた王女の面おも影かげなどどこにも無い。

 何年も前、ジュリア自身もまだ幼かった、王おう妃ひもまだ存命だったあの日。家族で訪れたデネル湖の湖こ畔はんで共に遊んだ妹を髣ほう髴ふつとさせる無む邪じや気きな姿だった。

 ジュリアはそんな丸まった妹の姿が愛いとおしくなり、思わず正面から抱だきしめた。

 守る為に離はなれたのに妹を傷付ける結果になってしまった家族の誓ちかい。

 理由があったとしても傷付けた自分が今更妹に触ふれて良いのか?

 そんな思いで自分から行動を起こす事が怖くて仕方なかったというのに……。

「本当に……何を怖がっていたのかな……私は……」

「姉……上……様?」

 ビックリして見上げたティアが見たのは照れ笑いを浮うかべる初めて見る姉の顔。

「白状しようか? 実は私はずっと、ず~っとお前をこうして抱きしめたかったのだ。最近はお前は良く笑うようになったが、その笑顔のほとんどがコウ君に向いていただろ? 私はそれが羨うらやましくて妬ねたましくて仕方がなかったのだ」

「……姉上様……だったら……だったら最初から……そう言って下されば……」

「コウ君にも言われたよ、それ。でも、どうしても……お前にどう思われているのか……怖くてな……」

「あ……」

 正直な気持ちを吐露する姉の優やさしげな顔、それだけでティアは〝自分が嫌きらわれている〟なんて思い込みがくだらない妄もう想そうだった事を理解した。

 強く、恐おそろしく、優ゆう秀しゆうであるとしか思っていなかった姉の本心に触れた気がしたのだ。

『何だ……炎ほのおの女王だって……姉上様だって私と同じだったんだ……』

 それからしばらく姉妹同士の会話になった。女子トークという程砕くだけた会話ではないものの、それでも長年のわだかまりを解消するのは十分なおしゃべりを。

「ところでティアリス……一つお願いがあるのだが……」

「……何でしょう?」

 ジュリアは少々赤くなりつつ鼻の頭を搔いた。

「その……私の事をだな……。その……お姉ちゃんと呼んでは貰えないだろうか?」

「え?」

 唐とう突とつに言われて目を丸くするティアにジュリアは慌あわてて手をバタつかせる。

「い、いや! 嫌いやなら良いんだ。強制する気はさらさら……」

 慌てる姉に妹はクスリと笑った。

「分かりました。……お姉ちゃん」

 その日、水神の森全土に炎の女王の勝ち鬨どきの声が響き渡わたった。

「うおっしゃああああああああああああああ!!」