毒見役──暗殺の危険が高い要人を守るため、対象が口にするものを先に
それは
エルモント王国新種作物開発機関カルヴァドス研究所でも、そんな使命感を持ったモノノフたちが己が犠牲になろうと名乗りを上げる。
「王女を守護するのは
「何をおっしゃいますか。
騎士の手を制して、ブロンドのまだあどけなさが残るメイドさんが名乗りを上げる。
「何言ってんだ。メイドこそ王族の側近にして生活の
庭師のジャック先輩も
う

ん。
俺は、立派な事を言いつつ視線は俺の手元にある球体に
「あのさ。あくまでこれは毒見じゃなくて味見な訳で。試作品の『メロン』はこれ1個しか残っていない訳で……」
ピタリと動きを止めた、各部署の代表者たち。
そしてゴングも無いのに三人は、ガシッと同時に
「
「正確な情報
「その正確無比な情報のせいでこんな事になっているんだろうが! あんたらの報告書で分かった事は〝死ぬ
「なりません! 実は前回口に出来たメイドは少数、私は口にしていないのです! その連中の
三つの部署から確保の使命を下された三人の争いからは、どう考えても『
「……私たちの研究成果でこうなってしまうのは喜んで良い事なのでしょうか?」
「……悪くはないだろうけどな……」
前回のエクレア王国の『
特別な事件も無く品種改良に精を出していた俺こと
瓜があるなら『スイカ』や『メロン』が出来るんじゃないか?
我ながら単純な思考で《植物生育
余談だがこの世界のウリ科の植物は『地中に
それは味の上では問題無く、日本人の自分から見てもメロンとしてふさわしい
前に一度新種の
今回メロンの生育に成功した時も担当の王宮衛士隊四~五人がおり、彼らにお
どうもこの世界では、『甘みを
リンゴの時でさえ『
しかし味わった事の無い甘さに
「それこそリンゴのように木に生る実であれば良かったのに……コウさん、このメロンは本当に量産するのが難しいのでしょうか?」
「うーん。メロンもそうだけどリンゴだって市場に流通させるには数が限られているからな……ティアの《植物生育魔法》は一日に二回だから……」
ティアの魔法には
つまり基本的に木に生るリンゴであれば、一回で少なくとも二~三百個のリンゴが出来上がるのだが、この『桜島大根型メロン』に関しては一回に一個しか作れない。
ようはこの魔法は、開発には向いているのだが量産には向いていないのだ。
「何か勢いで作っちゃったけど、メロンもリンゴも糖度が高けりゃ高いほど害虫に
俺とティアが目の前で
「お~いダイチ……って……何やってんのアンタら?」
三人の諍いに目を丸くしたのはティアの親友であり、第三王女専属護衛師であるキリカさんであった。
「何て言いますか……メロン騒動?」
俺の言葉と手に持ったメロンで
「あの味わいは確かに
そう言いつつチラリとキリカさんが視線を送る先には、一つの
「ダイチ……モノは相談なんだけど、あの中身……まだある?」
「まさか前に
ジト目で俺が言うとキリカさんはごまかすように笑ってみせる。
「だって! あんな酒今まで味わった事無いんだもん。口当たりが良くってキューッと来てカーッとなるっていうかさ!」
「
ティアの魔法は『植物を一番生育した状態にする』もので、これは
平たく言うと植物から出来る発酵食品の熟成を
当然それは糖質を発酵させてアルコールにする、アレも例外ではなかった。
この世界でも
米から作る酒、つまり『日本酒』だ。
未成年である俺は飲酒経験なんて無いから出来の良し悪しの判断がつかなかったので、毎晩酒場で
おっさん
こっちの助言は右から左のようだ。
「あれも実験で作った物だから量は大して無いよ。あと一
「何ですって!!」
大げさに
「ダイチ、この『ニホンシュ』って酒はこの世界に革命を起こす
「はあ……」
「君がこの世界に来るまで、ここには酒がワインしかなかった!
「言いたい事は分かるけど……」
「さらに! 研究所で行っている品種改良に比べてティアの魔法も
「え? それってどういう……」
急に自分の名前を出されて口を
「いい? ティアの植物生育魔法は『一つの植物に対して』有効な魔法。でも発酵食品は全て別々の植物を加工した集合体じゃない?」
「あ……ああ確かに」
感心するよりも
「つまり! ティアの魔法は加工後の植物を『一つの植物』として
「あ……」
確かにその通りかもしれない。
味噌や醬油を仕込んだ段階で俺が用意したのは個人で造れる量だけだった。仮にキリカさんの
「相変わらず酒が
着眼点は物凄く良いのだが、気が付いた理由は無くなりそうな日本酒を増やす
「私、ある程度なら出資できる! だから湖
そこまでキリカさんがテンションマックスで自分の夢を語っていると、
「キリカ……飲み過ぎはダメよ?」
「あ……うん……ゴメン……」
うん、俺も同感。それじゃあさっき自分で叩き出したメロン騒動の連中と変わらん。
「ところでキリカさん、何か用事があったんじゃないの?」
ティアに
「あ……ああそうだった。ゴメン、ダイチにこれを持って来たんだった」
「……これは?」
そう言ってキリカさんは
表面には文字のような何かが
「エルモント王城セキュリティ……B、城内への通行証ですね」
「セキュリティカード!? そんなのがあったの!?」
「この通行証にはランクがあってね、SS、S、A、Bと分かれていて……平たく言うと一番低いランクね」
「へー、ちなみにこれで進入できるのはどの辺までなの?」
俺の言葉を受けてキリカさんは懐から四つ折の羊皮紙を取り出して広げてみせた。
それは王城内部の見取り図で、それぞれ赤・黄・緑・青と色分けがされている。見取り図の外側から青緑黄赤の順番で、中心に行く程見取り図が雑になっている。
多分、情報流出を防ぐ為なのだろう。一番中心部の赤い部分はほぼ
「この見取り図で分かる通り……この青色で記された部分がBランクの進入許可場所」
そう言って指された見取り図の青色の部分には、ほとんどの部屋が記入されていた。
つまりこの辺はBランクの人間に知られても問題の無い部屋なのだろう。
ただこの見取り図の文字は読めないけど、記された部屋には見覚えがある。
「ん? ここは使用人用の台所、ここはメイドの待機室。こっちは庭師の
この城に庭師として就職してから今までで、記された部屋の大半がいつも出入りしている場所ばかりである。
「……あのキリカさん、それって別に今までと変わらないんじゃ?」
俺の言葉にキリカさんも
「私も
「は? それって……」
「今回晴れて君にかかっていた
「ああ、そう言えば……」
俺がこの世界に
キリカさんと
「正直なところ私だけじゃなく担当者の全員が忘れていたのよ、キミの罪状を。
「すみませんコウさん、私は今思い出しました……」
「心配すんな。俺も今まで忘れてたよ」
この辺についてはむしろ自分の落ち度だ。多分言われなければいつまでも気が付かなかった事だろう。あえて
「まあ君の言う通り
本来なら罪状が晴れて喜ばしいところなんだろうけど、そう言われても全然実感が
「でも考えてみれば今まで一度も一人で外出した事は無かったのか……」
自分の感覚ではツルんで買い物に行っていただけなのだが、今になって考えてみると確かに
「
不思議なものでそう考えると、急に一人で城下町に行くのも悪くない気がしてくる。
「ティア。今日の予定はもう終わりなんだよな?」
「え? ええ……リンゴの植樹とさっきのメロンで
「ああ、そうかリンゴもやってるのか。今何本くらい増えた?」
「大体五十本くらいでしょうか? リンゴを
前の昼食会でお
最近
実はリンゴについてのティアの功績は、王国の
そのリンゴが別の問題も引き起こしてるんだけど、それはまぁ別の話だ。
「よし! 市場調査もかねて出かけるかな」
ティアの魔力が尽きては研究所の作業もストップだし、今日は庭師の仕事も無かったはず。メロン
「コウさん、城下へ行かれるのですか?」
「ん? ああ。色々見ておきたい事もあるし……」
俺がそう言った
「コウさ~ん、お待たせしました」
城門前広場で待っている俺に明るく手を振るティア。長いライトグリーンの
それはどこから見ても
現代日本人の感覚ではこの世界は中世辺り。純白の衣類は高級品に当たり
ティアが今着ている衣服はその条件を満たすのに十分で、王女がお
「また……見事に王女には見えないな」
「そうですか?」
喜んでるし。
「やれやれ……これも
後ろから追い付いたキリカさんはそう言って
キリカさんはタンクトップにショートパンツと若干
「あの話の流れじゃ、ティアが一緒に行きたがるのは予想出来たでしょうに……」
ジト目で少々の皮肉を言うキリカさん。
「いや……確かにそうだけどさ」
「コウさん、ひょっとしてご
そう言って上目
「
「だから私もたまにはダイチも一人で出かけたいかな? と思っただけで……」
その答えにティアも
「いいじゃないですか。キリカはいつもコウさんと酒場に行っているのでしょう? 後で聞く
「あ~~~、それを引き合いに出されると……」
今度は皮肉に
たとえ親友同士と言ってもティアとキリカさんは主と護衛師だ。安全の確保が出来ない場所で一緒に酒を飲む訳には行かない。ましてやキリカさんは結構
「分かった分かった私の負け。夜の街に連れて行けとか言われないだけよっぽどマシだよ」
「分かればよいのです」
降参するキリカさんに「ふむ」と胸を張るティア。得意げな顔がちょっと
「じゃあそろそろ行こうか……」
俺がそう言った瞬間の事、ぞくりと背後から感じた何かに全身の毛が逆立った。
それは殺気。
燃えるようなオレンジ色の髪をショートに切り
明らかに
「だ……誰だ、あの人……」
流れる冷や
いつもとは違う
「ジュリア……姉上……様」
「ジュリア!? じゃああの人が……」
その名はこの世界の事情に
エルモント王国第一王女ジュリア──戦場を

俺たちの視線に気が付いたようで、ジュリア王女は
つまり、それほどの殺気だったのだ。
「な……何か睨まれてたよな?」
俺が
「第一王女である姉上様は
魔力が高くて当然の
「私がこのような格好をする事も気に入らないのだと思います。以前メイド服で歩いていた時にも睨まれましたし……」
そう言ったティアの顔は、笑っていた。張り付いたような
俺たちの前では外している笑顔の仮面。しかし
ただ……俺はティアのネガティブ意見に納得しかねた。
「あの王女……ティアじゃなくて俺を睨んでなかったか?」
*
エルモント城下町の市場は、《始まりの日》には客でごった返す場所だが、平日の昼過ぎは客足も
だがそこは商売人。通りかかった客がいればスイッチをオンにして売り込み始める。
「よう庭師のコウさん。今日は両手に花かい?
最近ではすっかり常連と化してしまっている俺に、魚屋の大将が明らかに余計な一言を加えて声を
「それは私では花にはならないと言いたいのかな、大将」
「花だなんて……そんな……」
笑っていない目で笑いながら
「今日は季節物の
「カツオ!?」
こっちの心情などお構いなしに始まった大将の売り込みに俺は反応してしまう。
何しろカツオは俺も大好きな魚だ。
「大将! 新鮮なの
急激に思い出されるカツオの味、本日の夕食は
俺は明るい未来(晩飯)を想像して
だが大将が手に持った〝それ〟は、俺の想像するカツオとは明らかに違った。
何というか……
「あの、大将。何かコイツ……やたらと
体表に
そんな俺の反応に大将は不思議そうに言う。
「そりゃあ《
「刺さりガツオ!?」
初ガツオや
「何だ知らんのか? 相変わらず料理の
ああ、またそのパターンか……。
この世界は現代日本と同じようで
「この刺さりガツオは群れで《風流》を泳ぐ回遊魚って
「……回遊魚なのは
少しの共通点に安心しかけたが、やはり甘かった。
「群れのスピードが
「だ……弾丸?」
「オマケにこの刺さりガツオはとにかく
「…………」
つまりこの鉄仮面みたいな厳つい顔付きは、ぶつかる前提で進化した
結構慣れて来たつもりだがさすが異世界、まだまだ驚かせてくれる。
「でも、そんなに危険ならどうやって
俺の質問に今まで後ろで成り行きを見守っていたティアがおずおずと口を開いた。
「確か刺さりガツオは前進しかしないから、
「おお、良く知ってるじゃねーか……ってどうした、コウさん?」
ティアの答えにズッコケてしまったが、まさかそれが正解だとは。何だその昔のコントみたいな
まぁ生態のギャップに突っ込んでいてはキリがない。俺は気を取り直して立ち上がった。
「問題なのは味の方だ。大将、二
そう俺が軽く言った次の
「あいよ、刺さりガツオ二尾ね……彼女はどうする? 一緒に買うならおまけするけど」
「「………………は?」」
何て言った? 今このおっさん、何て言った? カノジョ? カノジョって言ったか?
あの特定の男女が交際する時の女性側の呼び方。ステディとか別の呼び方もあるけど、一番正確な別名を言うならば『
「ん? 違うのかい? たまに一緒に来るキリカとは違って、何となくコウさんの横にいてしっくりくる
大将のその言葉で一緒にいる女性から自動的にキリカさんが抜ける。となると当然……。
思わずそっちを見ると向こうもこっちを
その瞬間二人して同時に顔面が
「たたたたたたた大将!! ななな何言い出すかな!!」
「そそそそそそうです!! 私たちは今はまだそんな関係では!!」
真っ赤になって反論するティアは完全に熱暴走中。おそらく、俺も同じようなもんだ。
しかし
「ほほう……『今はまだ』。それはつまり、今後は分からないと?」
「はう!? いいいいいいえ! そのあのそそそそそれは!!」
熱暴走で目を回し始めるティアの姿が非常に
「コウさん……今はそうじゃなくても狙ってる最中なんだろ? こうやって一緒に買い物に来る辺り……気が無いって事は無いんじゃないか?」
「そのパターンだと、キリカさんやメイドの方々も一緒に買い物に来てたからターゲットに
「うーん……キリカは元より城のメイド連中も何か仕事の延長的な……良く言えば仲間の
そう言って大将は
「そろそろ昼だし、どうせ昼飯に
「バ! そんな訳無いでしょ!!」
「そそそそそうです!! ご飯なら毎朝一緒に食べてますし!!」
……あ、バカ。
大将の言葉に
基本昼と夜の食事と違い、朝食は起きた時に
ティアが王女であり、王宮庭園の道具小屋に
案の定大将は
「ほう! つまりもう〝そんな仲〟なのか、そうなのか!? 何だいコウさん、中々隅に置けないなぁ。こんな
「「違います!!」」
必死の弁明をする俺たちの背後ではキリカさんが笑い転げていた。
少しは王女を助けなさい! 専属護衛師!!
*
「いやいや……大将なかなかいいリアクションしてくれたねぇ」
「…………」
パシパシと背中を
魚屋を後にしてからしばらく
何というか
ちらりと横目で見てみるとティアも丁度こっちを見ていて目が合う、そしてあわてて目を
な、何だこの状況は……。
熱くなった頭でそんな事を
「さあさあ、コイツが今エルモントで話題の果物。第三王女ティアリス・E・カルヴァドス様が自ら作られた
商店街の中央辺りに
「
商人はそう語っているものの、以前の囚人食のようなまずさを知る人々からは、
「本当に
「それに第三王女って言えば……」
中には
しかしその声とは正反対の声も聞こえ出す。それはすでにリンゴを食した人たちだ。
「いや、
「第三王女は本当に天才だ! こんな新たな食い物を生み出してしまったんだから」
それはリンゴへの賛辞であり、同時にティアに対する正当な評価だ。
そんな光景がこそばゆいのか、ティアは
「何か……恥ずかしいです……」
そんなティアの頭をポコンと叩いてキリカさんが笑った。
「な~に言ってんのよ。これは
余談だがこのリンゴ売り、実は王国
だがそんなリンゴに注目する群衆から
「銀貨十枚だと!?
「…………ん?」「あれ?」「これは……?」
確かにこの世界における銀貨十枚はかなりの高額だ。
単純
なので俺たちが驚いたのは値段ではなく、その声を上げた人物の方で……。
「
「んな事言われてもこっちも商売だからなー」
「
「
「そこを何とか!! せめて銀貨一枚でも……」
「ダメだって……まいったな……」
「ならば銅貨五十枚分を……」
なおも食い下がり店のおっさんに
「……何してんすか……カロン長老……」
それは青年の姿をしてはいるが、
「お……おお! 久しいな庭師の……」
「火竜の長老様が人間社会の市場で食い物を値切ろうとしてるのはどうなんすか……」
ファンタジー世界の
「丁度いい、庭師よ! 君も
「店に迷惑かけてんじゃない!!」
その後、人間社会に毒されて急速に染まっている火竜の長老に、研究所で保存しているリンゴを幾つか
「いや~みっともないところを見せてしまったかな?」
「
「ア……ハハ……」
頭を
「だいたい……何で火竜の長老様が
「ああ、今日のエルモント行きの定期便は我の当番でな。
理由が観光バスの運転手が仕事中に余った時間を
俺がそんな事を考えているとティアが
「定期便って、もう始まっていたんですか?」
「何だエルモントの
エクレアの観光地化と
「まだまだエルモント国内では
かかか、と
高度な情報伝達手段が確立されている日本とは違って、異世界であるエルモント王国での情報伝達手段は基本的に口コミだ。
エクレア王国では大事件だった『
暴走した
俺だって現場にいなきゃ王女の名声を上げるための
まぁそれと同じで火竜の定期便の情報も、話半分程度にしか伝わっていないのだ。
『新たな
「まぁそれも、正確な情報が伝わるまでの
「エクレアの観光地化として話題性を持たせるにはもってこいだろ? その分じゃエクレア温泉の方は順調そうだな」
俺がそう言うと長老は太陽の方をチラリと見た。どうやら日の高さで時間の確認をしたらしい。
「立ち話も何だな。よければこれから昼飯でも一緒にどうだ?」
「お昼ですか?」
ティアが聞き返すと長老は
「最近エルモントで話題の食堂があるらしくてな。何でも
人間の──それも他国のグルメ情報に精通して、なおかつその国の王女一行を気軽に昼飯に
「リンゴの礼だ。今日は我が
*
「いらっしゃいませー……あらコウ
長老の言う話題の店で俺たちを
「ア……アリスさん? こんな所で何をなさっているのです?」
そこにいたのは本来は王宮のメイド長であるアリスさん。ただ服装はいつもと
今アリスさんを
昼食会の時に作ってから和装を気に入ったアリスさんに頼まれて、原案を製作したのは俺だ。だけど、作ったのは一着だけでその
アリスさんがここにいる事の方か、はたまた和メイド服に反応しているのかティアは目を丸くしている。
……そう言えばこの店についてはティアに言ってなかったっけ?
「実は食堂と
「実験場?」
「その通りですおう……いえ所長」
「ご存じの通りこの国では魔法による料理が
「あ……確かにそうですね」
この国で一番その
「この食堂は国内向けに調理の魅力、美味しさを伝え、コウ殿がもたらした美味しい料理を市民に浸透させようという……カルヴァドス研究所の実験の
ちなみにこの実験の発案者は、言いながらメガネを光らせてるアリスさん本人だ。
これも研究所の実験、王宮の仕事の一環としてアリスさんはメイド業務に組み込んでいる。当然店内にいる女性は全員メイドさんだ。良く見ると知った顔がちらほらと。
「実際リピーターも多くて
アリスさんは
俺の言いたいことに気付いたのか、アリスさんは
「実はその辺で少々困っておりまして……」
「何かあったんですか?」
「ここは実験的に構えた店だったものですから、こんなに繁盛するとは想定していなかったのです。集客率が上がると今の店内は
「あ~なるほど……」
確かにここはせいぜい小料理屋ぐらいのスペース。
「特に人気なのはトンジルとチュウカドンなのですが、開店して間もなくあっという間に売り切れてしまいます」
「何、チュウカドンが無いのか!? 仲間から絶品だと聞いて来たのに……」
「申し訳ございません。ドンブリの中でもチュウカドンは特に売り切れるのが早くて」
絶望の声を上げる長老にアリスさんは申し訳なさそうに謝罪する。
余り頭を下げないで下さい……
「そこでコウ殿、それに所長。モノは相談なのですが……この店、実験場としてだけで終わらせるのは余りに
「はあ……と言いますと?」
ティアの生返事にアリスさんの
「もっと業務拡張をしても良いと
つまり実験じゃなくて一
そんな風に盛り上がるアリスさんに横から声が掛かった。
「なあメイド長さん。話の腰を折って悪いが……そうなると今日はもうこの店のメニューは
この店を本日一番楽しみにして来た長老の悲しげな声にアリスさんはハッとする。
「あ……失礼しました。そうですね、通常メニューは全て
その
「でも試作品でしたらメニューではないのでお出し出来ますが……」
「「「試作品?」」」
それに心当たりのある俺以外の全員が顔を上げた。
「はい。コウ殿は未完成とおっしゃっていますが、お出ししてもよろしいですか?」
そう言ってアリスさんは俺に聞いてくる。別に俺がここの責任者ではないのだが……。
「良いんじゃないですか? 俺も
「……かしこまりました。少々お待ち下さい」
そう言って一礼したアリスさんは
「ダイチ、何なの試作品って?」
「ま、それは来てからのお楽しみって事で」
「ところでさっきの続きだけど、エクレアは今どんな感じなんすか? 温泉経営はもう始まっているんですよね?」
「順調なようだな。経済効果の細かい部分は知らんが、他国からの観光客は日を追うごとに増えているな」
「わあ、それは良かったです。アーちゃんも最近では毎日入浴しているそうですし」
長老の言葉に、まるで我が事のように目を
ちなみにアーちゃんとは
最初は〝他者の前で
「湯に
そこまで言ってもらえると俺も発案者として
「だが新たなものには必ず新しい問題が生じるもの。その事で最近エクレアの王女も頭を
「アーちゃんが困っているのですか!? お手紙には書かれていませんでしたのに……」
アリーシャはティアにとって初めての王族同士の友達、助けあう仲だ。困っているのなら助けてあげたいってところなのだろう。そして、それは俺だって同じだ。
「長老、新たな問題って何なんだ?」
俺もティアもキリカさんも、この場にいる関係者は
だが、長老は何故か遠い目でどこかを見つめ始める。
「ここ最近なのだが……エクレア国内の
「《鷹の瞳》?」
魔力を
「《鷹の瞳》だって? まさかエクレアはまだ
キリカさんの見解は余りに
それを察してかティアが補足してくれる。
「コウさんは個人個人得意な魔法属性が一つだという事はご存じですよね?」
「あ、ああ……」
その辺は以前キリカさんに聞いた。火の魔法が得意な魔導士は火の魔法を愛用し高める事が出来て、反対に水の魔法が苦手になるとか。
「《鷹の瞳》は、風と水の魔法を合わせる合成魔法の一種なんです」
「合成……そんな事が出来るのか?」
「五大魔法は
キリカさんは両手を広げて右に水の
「難しいのは小さい魔力を大きくするのではなく、大きい方を小さい魔力に加減する事よ。この辺の感覚は個人差があるから
「何十年……」
つまり、職人や芸術家の〝
「
戦場において重要……そんな魔法を習得しようとする魔導士がエクレアで……まさか本当に再び侵略戦争の
「で……その魔法って、いったいどんな?」
俺の
「どんなに遠くでも見る事の出来る魔法よ」
ガン!!
俺は
「戦場では
新たな問題だの侵略戦争の兆しだのといろいろ考えたが……魔法の効能を聞いて
つまり《鷹の瞳》は〝望遠鏡〟の魔法なのだ。
俺の反応で長老は俺が察した事を理解したようである。
なるほど……それはアリーシャは頭を抱えるし、ティアに相談もしないだろうな。
「何でも
「あ~~~~そ~~~~~~」
何十年も心血注いで何の目的で魔法習得しようとしてんだか……その男共は。
「コウさん、どうかしたんですか?」
心配そうに言うティアは、本質に
「教えないのが
「そーっすね……」
習得困難な合成魔法。その魔法の利用方法が『
「まぁ
「はあ……」
極力明るめに言っておくがティアは今一
そんな話をしていると、厨房からアリスさんが
「ご
「「「ラーメン?」」」
俺以外の三人から聞き覚えの無い料理名に声が
そう、俺が現在メイドさんたちと再現しようとしているのがコレだ。日本人であるなら急に食いたくなる食べ物の代表格──ラーメン!
何とか米やら
食べ
だが初めてラーメンを目にした三人の目は見事に点になっていた。
「何なのだ? この熱いスープに浸かったパスタは?」
「上にあるのはハム?……いや肉だけど色が
「コウさん、もしかしてコレって」
「うん、似たもの食った事があるから分かるだろ? 昨日食った朝飯と
昨日の朝一緒に食った『うどん』を引き合いに出して説明しようと思ったのだが、ティアはその前の言葉に引っかかった。
「あ、朝飯……」
「あ、いや……」
その言葉でさっきの魚屋の一件を思い出してしまった。真っ赤になるティアに
「「…………………」」
「何をしとるのだ。お主ら……」
事情を知らない長老に事情を知っているキリカさんが言った。
「クックク……青春してるだけだからほっときましょう」
……うん、しばらくほっといて……。

食い方はうどんと同じ、スープから
しかし
「ほう、こいつは新しい。しかも
「うんうん、さっぱりしているのにしっかり味わいがあるっていうか……」
キリカさんも長老に続いてラーメンを
確かに
「やはり、まだ物足りませんか?」
アリスさんが俺の心情を代弁してくれた。
「いえ、すみません。悪いって事じゃないんです。ただ
「これは未完成なのですか? こんなに美味しいのに」
いぶしかげに言うティアの疑問はある意味もっともだ。俺も家庭で食べるラーメンならば文句は無いのだが。
「悪くはない……ただパンチが効いてないって言えばいいのかな?」
「パンチ……ですか?」
さすがに異世界の王女であるティアに対して、この言い方は余りに
「毎日食す物ならばコレでも良しと出来ますが、ごくたまに食する……それこそお店でお金を
アリスさんが分かりやすく解説してくれた。
「あっさりしているとダメなんですか?」
ティアの疑問は正しくもあり、
「一口でガツーンと来るようなインパクトが無いっていうか、どうしてもスープに一味足りないと言いますか……」
メイドさんたちの協力の下、色々試行
「やっぱり水かな?」
エルモント王国では原理は良く分からないが、水道と似たような魔導具の
ただこの魔道具から出てくる水が俺の求めるガッツリしたラーメンには合っていないようなのだ。水の種類で
試作品のラーメンを啜りつつ、それが異世界において『無いものねだり』である事を自覚した上で考えてしまう。
「……どうせならその辺の違いの分かる専門家でもいないもんかな……この世界に」
*
護衛師というのは
本来は本日の業務を終えているキリカだったが、ある『手紙』を預かったため、主の部屋を目指す。キリカは自分が今手に持った手紙を受け取った時の主ティアの反応を想像して
「ま~たテンパるんだろうな~」
それを思うとキリカは不思議な気分だった。
「本当に不思議な男だな……アレは」
出会ってからまだ数ヶ月足らず。だというのに今やティアにとっていなくてはならない存在となっている異世界の少年。料理や
だけど、その〝魔力が無い〟からこそ、自然と彼はティアの横にいる。
キリカは親友であるティアを守る為に護衛師を志した。
なのに自分よりも弱く、かつ魔力も無い男が自分よりもティアに寄り添っている……そんな現状に少しも自分が腹を立てていない事が本当に不思議だった。
考えるまでもなくそれは〝魔力で戦えるキリカ〟と〝魔力で戦えないティア〟の
ところがだ……コウ・ダイチが来てから、違う者が横にいるというのに二人には
最近ティアはしなくてもいい遠慮をしなくなったのだ。悪く言えば少しワガママになった。急に『私も城下町に行きたい!』と言い出すのは分かりやすい行動だろう。
遠慮なんてして欲しくなかったキリカは、そんな親友の変化が
「さ~て……明日は朝から大変だぞ? ダイチ……」
頭の後ろで手を組んで第三王女専属護衛師は人知れずほくそ
*
大広間の
「昼食会の時とは違って国内のパーティーだから大した規模じゃないなんて言ってたけどさ……正直
「本音を言えば私だって同じ気持ちよ。まあ、王族と
「繫がりって言われてもな……ていうか、いつまで俺らの背後に
「!!」
俺たちの背後に隠れているモノがビクリと動いた。
純白のドレスを
王族として
「だ、だってコウさん。私自分がパーティーの主役にだなんてなった事無いんですよ!?」
直系の王族、しかも国王の実子である王女としてはあるまじき言葉だ。
「戦勝会なんかは確かに
「そ……れは……」
ティアが消え入りそうな声になるとキリカさんが
「
まあ、それはそれでアリだ。一人
ただ問題なのはそのせいで王族ならば誰しもが通る、自分が賞賛の中心に立つ経験が無かった事だ。昼食会の時はあくまで
そもそも本日は、王女の功績を称える為に
そんな上流階級的な催しに、本来王宮庭園の庭師でしかない俺がいるのには理由がある。
話は数日前、朝方いつものようにティアを待っていたら、王宮から「みゃ



」と変な声を上げて道具小屋に待ち人が
何とか
この時点で彼女が俺に何を望んでいるかは察しが付いた。
カルヴァドス研究所所長任命の時と同様、人から高い評価を受ける事に
はい、回想
「しっかし
ティアは俺の呟きを受けて、
「そんな事はありません。エクレアとの同盟だって元はと言えばコウさんが国王と直接面会したから実現した事です。私はただアーちゃんとお友達になっただけなんですから」
「他国の王女様と同盟関係が出来る程
「ハイ……」
「いつまでそうしているつもりだ? お姫様……」
「うう~~分かってはいるのですが……」
彼女自身このままでは良くない事を理解はしているが、
「以前までは私が目立つ事はなかったので、ただ笑っていれば良かったのですが……」
それは以前の『笑顔の仮面』を着けていた
そんなティアを見かねたキリカさんが、溜息混じりに取り出した武器を俺に
「……またコレ? 王宮のパーティー中っすよ?」
「この際仕方がないわ。じゃないとこの娘、一生動かないわよ」
目線で『行け行け』と示すキリカさんに俺は
「たまにはキリカさんが行ったら?」
「私は護衛師よ? 守るのが仕事なの。突っ込みは任せるわ」
「ズリー……あ~~~ったくよ~~~~」
「あ……あの、二人とも何を?」
俺たちのヒソヒソ話に後ろで
俺はそのティアの
スパアアアアン! 「ピ!」
「ア……」「おお、ティアリス王女だ」「……真の美と才を知る者……ティアリス王女」
「あ……あの……」
尻を押さえつつ
少々
俺たち二人から『骨は拾ってやる』という視線を受けて、ティアはようやくぎこちなくも
「凄いものよね。年初めの時は誰一人この娘に近寄る貴族なんていなかったのに……」
「そんなに
俺の言葉にキリカさんは目だけで会場を示して言う。
「会場内でティアに近付かないでこっちを見ている連中がいるでしょ?
「ん?」
言われて意識してみると確かにそんな連中は多い。というか大半がそんな連中で
「あの辺の連中は結構あからさまにティアを悪く言っていた
「あーつまり今まで
「そういう事。同時に今回のティアの功績は魔力を武力として使っていない。魔力イコール武力と考える連中にとっては
「……何だそれ?
俺みたいに一切使えない異世界人と違って、ティアはエクレアの農業改革と
しかしどうもそういう事ではないらしい。俺の疑問にキリカさんは
「
「……つまり武力ではない事、自分たちでは挙げられない功績を認めたくないと? それで恨めしく
そんな中、四苦八苦しながら対応に追われるティアの前に、無視出来ない人物が現れた。
「ご
「御機嫌よう……大臣」
少しだけ顔を引きつらせ、ティアが返事をした相手はこの国で最もティアを蔑んでいたと思われる大臣──通称
本名も聞いた気がするが、気分的にコイツはもう俺の中で強欲大臣で通す事にする。
「さすがはティアリス王女でございますな。戦乱の
そんな大臣の言葉にティアの表情がスッと変わった。
「
自分一人の
しかし、ティアの言葉をよそに大臣はなおも歯が
そんな様子にキリカさんはあからさまにイラッとした表情を見せる。
「……この国で一番この娘を蔑んでいた奴がよくまあペラペラと」
「でもさキリカさん。俺少しだけコイツの事を見直した」
俺がそんな事を言うとキリカさんはますます
「……どこが? こんな
「うん、金の為なら
俺は周囲でヒソヒソ話すだけの連中を目で示して言う。
「古い考えと因習──
「……それ絶対褒めてないよね」
「うん、人間的には絶対マネしたくねーけど」
それから小一時間ばかりそんな事を入れ
「ごっくろうさん」
努めて明るく言うとティアが絞り出すような声で言う。
「ううう……本当に
以前ティアがしていたポーカーフェイスである『笑顔の仮面』。それが困難になった理由は簡単だ。感情を表に出さないのが笑顔の仮面だったのだろうが、元々ティアは感情の
だからむしろ『笑顔の仮面』を着けていた頃が不自然だったのだ。
一度でも感情を動かしてしまえば維持する事はティアには無理だと俺は思う。
だから
「まあ少し休みなよ。俺は飲み物でも取って来るから……」
俺はそう言って自然と彼女の手を取って、
「ありがとうございます。コウさん……」
だがその時、全身を寒けが走り
こ……これは!? 数日前も感じた……殺気!?
流れる
今日は自国の王女を称えるパーティーだ。当然来賓客には王家の者も
会場内にある集団は主に四つ、うち一つは一番小さいティアのものだったのだが、今では落ち着いて
一つは赤いセクシーなドレスを
そして他の二つの殺気を発する人物には見覚えが無かった。
一人は長身の男性、軍服を着たその姿はイケメンと言って差し
その三人の視線が確実に
三人とも俺が視線を向けるとすぐに自分の取り巻きとの
「な……何だったんだ? あの人たちは?」
「ジュリア王女は知っているでしょうけど……
俺の疑問にキリカさんが答えてくれた。彼女もただならぬ殺気を感じたようだ。
「……つまりアレが『
俺の
『雷迅』──それは絶大な雷の魔法を
「もう一人の女性はシルフィー王女、第二王女でもあるけどエルモント大聖堂の聖女を務める人物でもあるわ」
それは
つまり、あの三人はティアの実の兄姉たち……。
そんな連中が何でこっちを睨んでいた? さっきキリカさんが言っていた古い考え方、魔力を武力とは違う形で功績を挙げたティアが気に食わないのだろうか?
俺がそんな事を考えていると、いつの間にか会場の中央で三人の兄姉たちが取り巻きを引き連れて
「ジュリア、それにシルフィー。いい加減、例の件をハッキリさせようではないか」
先に口を開いたのは王子だ。しかしジュリア王女が
「ならば兄上、
ジュリア王女の一言で会場内に冷たい
王子はジュリア王女の言葉にスッと目を細めた。
「何を言い出すかと思えば……ジュリアよ、それこそこういう時は長男である私が先に立つのが筋であろう?」
「お持ち下さいお二人とも。兄上も姉上も戦乱の英雄、
おっとりとした口調なのに一歩も引かない話し方である。会場内の不穏な空気が更に
「な、何だ? ティアの兄貴たちって……もしかして仲悪いの?」
「王位継承権で
王位継承権、また根深そうな問題だ。地球上の歴史でも王位を
「今はシュトゥルム王子とジュリア王女が争ってるってもっぱらの
言い争いはなおもヒートアップして「それはダメだ!」「兄上には任せられません!」など声が
俺は正直
今日は妹が初めて王族として認められ、開かれたパーティーじゃないのか?
戦場での
そして椅子に座ったティアが悲しげに
妹の晴れ
「……キリカさん、あれ貸して」
「あれ?……ああ、なるほど」
そう言ってキリカさんは二つ取り出して自分も〝それ〟を
「キリカさん?」
どこから二つ出したとかそんな疑問は置いといて、キリカさんの行動に
「前にも言ったでしょ? 次やる時は私も
「……ラジャー」
額に
なるほど
ざわつく会場の中、俺とキリカさんは──。
ドバアアアアアアアン…………。
二人同時にフルスイングで思いっきりハリセンをテーブルの上に
言い争いをしていた兄姉たちも、取り巻きの貴族たちも、そして椅子に座ったティアですら目を丸くしてこっちを見ている。
俺はそれを自覚した上で、立場や不敬なんて知った事かとばかりに大声で言った。
「スミマセ


ン!! 主役を
*
その後のパーティーは表面上は一応
正直今回こそは不敬罪での
王族を含めた上層階級をまとめてハエ呼ばわりした事に
職業上キリカさんはあの後室長からお小言があったらしいけど、
まあ、問題なのはやはりティアだった。
パーティーが終了したのは日が落ちた後、色々落ち着くためにも道具小屋に連れて来たのだが……さっきからずっとシュンとした表情で俯いている。
「ゴメンな……
本日のアレは自分でも頭に血が上っていたと思う。
ティアだって王女としての立場がある。自分の取り巻き、しかも
だがティアは俺の言葉にキョトンとした目で顔を上げた。
「何でコウさんが謝るんです? 私は
「へ?」
「むしろありがとうございます。おかげで少しだけスカッとしました」
そう言ってニッコリと笑うティア。……あ、あら? そんな感じ?
「でも……やはり、兄上様も姉上様も……私の事を認めては下さらないのですね……」
ああ……なるほど、落ち込む原因はそういう事か。
元来ティアは引っ込み思案で自己主張の強い
それでも今回は自分の功績が認められた上で開かれたパーティーだったのだ。今まで
いや、そんな難しい事じゃない。
兄ちゃん姉ちゃんに
それからしばらく、
だが、不意にティアが思い付いたように顔を上げこっちを向いた。
「……そう言えばコウさん。コウさんのご家族ってどういう方たちなんですか?」
「んあ? 俺の家族?」
「はい、そう言えば聞いた事がありませんでした」
「家族って言っても……ごく
「リンゴの
一転して明るい表情になったティアを見て、それが
実家はリンゴ農家である事。リンゴ栽培を幼少期から手伝わされた事。
そこから『銀足のオカン』になった
「コウさん、ご兄弟は?」
「兄貴が一人いるよ。
「お兄様がいらっしゃったのですね」
両手を合わせてテンションを上げる彼女に俺は後ろ頭をボリボリ
「お兄様なんて上等なもんじゃねーよ。ケンカばっかしてた覚えしかないし。ゲームとかマンガを取り合ったり、チャンネル争いしたり。最後は親父に
「まあ……」
ティアはそう言ってクスクスと笑い始めた。
「コウさんのお兄様は……その、ご実家に帰って来る事は無いのですか? 都会に出られたのですよね?」
「今年の春先に一回、花見の時季に帰って来たよ。『花見酒だけは地元に帰らないとな』なーんて分かったような事言ってたけどな」
「花見……ですか?」
俺の言葉にティアが急に小首を
「言葉のままならお花を見るのですよね。でもお花を見ながらお酒を飲むのですか?」
……あーそう言えば花見って文化も日本特有だって聞いた事はあるな。そもそも桜って
どう説明しても想像させるのは難しい……と、そこで俺は日本からこの世界に持ち込んだ私物の中に打って付けの物がある事を思い出した。
「確かカバンのポケットに……ああ、あったあった」
それは押し花で作られた手作りの
「……これは、お花ですね?」
ピンク色の花弁を持つ一輪の花。日本人であるなら
「そいつは桜って言って、俺の故郷ではポピュラーな春の花なんだよ」
「
多分、今ティアの頭の中では一輪の花を見て酒を飲む情景が
「この花はあくまでも一部、桜は木の全体に花を付ける植物なんだよ。想像してみな? いつも見ている樹木の枝がこの花で

「!! 木全体にこのお花が!?」
「凄いですね……そんな見事なお花なら……ぜひ見てみたいです」
実はその願いを
「その栞に
「本当ですか!!」
分かりやすくテンションが上がるティア。植物生育の
ただ、今すぐにでも桜を生み出しかねない彼女に俺は水を差しておく。
「ただ……そいつが春の花だってのはさっきも言ったろ? 今は秋の半ば、誕生させてもすぐに散っちゃうだろうな」
「あ……そうなんですか……」
「春先になったら生み出そうぜ? その時は弁当でも用意してさ……」
「……はい、楽しみにしてますね」
俺は桜の栞をティアにそのままあげる事にした。
「でも良いですね……ご家族との思い出……」
そう
「こんな私ですが……あるんですよ? 家族の思い出」
「へえ……」
「お母様がまだご存命の
家族の話はティアにとってデリケートな話題、今日は特にそうだ。でも彼女は聞いて欲しいのだろう。楽しいのか悲しいのか……はっきりしない表情で話を続ける。
「
「………………」
「いつから……なのでしょうね……仲良く出来なくなったのは……」
また悲しげに
俺は泣きそうな彼女の頭からティアラをひょいと取ってやった。
「……コウさん?」
不思議そうな顔をしたティアの目の前で俺は
「難しく考えるねぇ、王女のティアリスさんは。俺の知っているメイドで所長のティアちゃんはもっと単純思考だぜ?」
「それは……
俺の無礼な物言いにティアは
「昔はどうだった……じゃなくて、ティアがどうしたいかが大事なんだろ?」
「え?」
「だったらどうしたいかだけを考えようぜ? 兄貴や姉貴と仲良くなりたいってんならそれだけをよ。俺なら……魔法以外の事だったら何でも協力するから」
「……コウさんの方がよっぽど単純思考じゃないですか?」
「うるせーよ……自覚はあるんだからほっとけ」
そう言うとティアはクスリと笑って、
「でも……ありがとうございます。よろしくお願いしますね、軍師様」
それからしばらくしてティアは王宮へと帰って行った。
キリカさんは小屋の前で待っていてくれたらしく、帰り
「なかなか格好良い事言うじゃない? 『俺なら何でも協力してやる』だなんて……。な~んで
「!! 来てたのか、
いったいいつの間にそこにいたのか。俺をこの世界に引き込んだ張本人である月明かりの
「……どこから見てた?」
「ん~……貴方が桜の栞を彼女に
「グ……」
つまりティアにのみしゃべっていたつもりの言葉を
「『ティアがどうしたいかが大事なんだろ?』なんて……言う時は言うわね~」
「だああああああ!!」
俺は顔から火が出そうになってその場に
第三者から冷静に言われると、より恥ずかしい!!
俺がそんな風に
「ほっほっほ……。や~初めて貴方に勝った気がするわ~」
……今なら
しばらくそのネタで幼女に
「相変わらずお
口ではそう言いつつも、
「んで、今日は何の用だ? 何か
この女神が俺をこの世界に引き込んだ理由は、アカシックレコードに刻まれた『
女神としてはまだ未熟な彼女はアカシックレコードの最初と最後しか読み取る事が出来ず、今は日夜解読できるように
「
「……三つ目には余り
「結果が全て、勝てば官軍よ! コレを見て
そう言うとルーチェは手の平をかざして光を照射、空間に光の
そこに映し出されたのは緑色の
現在の
「……ジュリア王女?
そりゃあ元々姉妹なのだから似ていても不思議は無いのだが、昼間いわれの無い殺気を放っていた人物とティアの未来の姿が似ているのは……何か
「……それで? 血風戦姫がどうしたのさ?」
「気が付かない? 顔を良く見て……
「左……あ!!」
そう言われて俺は初めて気が付いた。そこにあった物が無くなっている事に。
「顔面にあった三本の
以前は確かに痛々しく張り付いていた
「あの傷は
そうだ、そもそも前回エクレアでの事件で『アリーシャが生贄になる未来』を潰したのだから同時に『グランツが魔竜になる未来』も潰した事になる。つまり……。
「歴史が変わり始めているって事だな! このまま行けばティアの運命も……」
俺が最終的に変えようとしているのはティアの死に
しかし興奮気味の俺をルーチェは冷静に
「落ち着きなさいよ、あくまで変わったのは顔の傷だけ。結末が変わっていないのはこの姿で分かるでしょ?」
「ぐ……確かにな」
ティアの運命が全て変わったなら、そもそも十年後の姿が血風戦姫な訳はないのだ。
「おまけに今回少しでも良い兆しが見えた事は、
「闇渡りか……」
ルーチェを
だが、人間の『
そいつらはルーチェのようなより良い未来を目指す『改編者』や、
「残る火種は後一つ『水神国の内乱』。あの性悪女が手を……いえ、口を出さない訳はないでしょうね……」
よっぽど闇渡りが気に食わないようで、ルーチェは
「爪嚙むのは
「ア……ごめん。つい……」
恥ずかしそうに親指を
「水神国の内乱についての解読はまだ不完全なのだけれどね」
そんなルーチェが話した地名に俺は引っかかった。
「水神国って言ったよな? 確かさっきティアからも聞いた国の名前のような……」
「さっき……ああ、そうそうティアリス王女の思い出の場所よ。聖水が国の重要資源でもあるデネル湖がある水神国ベルガとアンダイル……」
「聖水だって? 何か
「うん? 私には違いが良く分からないけど……何でも水の
汲み取る所で微妙に違う味……もしかすると一つの湖なのに場所によって性質の違う水が湧いているって事か?
地球上ではありえない事だがここは異世界、空飛ぶ魚や
「一応、内乱までの期間は二年以上ある事にはなっているわ」
「一応……な」
「なら、趣味と実益を
俺は頭を
「今後の火種の情報収集とラーメンの材料探しに……!!」