山本五十六の乗った零式輸送機は、横須賀を発った二日後、マニラ経由でマレー半島突端の大都市シンガポールに着いた。

 シンガポールは今では、日本の裏玄関として重要な役目を果していた。インドシナ半島の石油や鉄鉱石などの積出し港であることはもちろんである。

 英国支配時代、東洋の真珠とうたわれた風光めいな港は今や日本の軍政下にあったが、その明るさは保たれていたといっていいだろう。

 南雲艦隊の遠征でセイロンの英国軍もひつそく状態にあり、インド洋は日本軍の制空・制海権のもとにあった。

 山本に同行したのは連合艦隊参謀長の宇垣纏中将と参謀の渡辺安次中佐。政府側からは、外務省欧米課長の伊集院保彦次官と課員の飯島治郎の四名だった。

 山本の資格は海軍の代表であるとともに、総理大臣の全権代表だった。

 日独同盟の交渉相手としての有資格者ではあったが、表立っての役目はふたりの海軍パイロットを迎えに行くのとタイミングを会わせた、ヒトラー総統への表敬訪問であった。

 その役目は難しい。同盟なくして、同国との友好親善を世界に示そうというものだったのだから。

 シンガポールで今度は二式大艇に乗り換え、インド洋に乗り出した。

 モーリシャス島の南の海域で二式大艇は着水、ここで待機していた伊四〇六に移乗した。残念なことにスエズ運河はまだ英国のもので、通過できない。ロンメル元帥のドイツ軍もまだスエズは落とせずにいたのだった。

 ゆえに南アフリカ突端の喜望峰ケープタウンを回って大西洋に入る。

 ここから先は、大西洋──さすがの日本海軍の手もおよんでいない。アメリカとドイツのドッグファイトがつづく交戦海域だった。


 南仏の港ボルドーに着いたときには、横須賀を発って二十日が経過していた。

 ボルドーで一泊。翌朝、ゲーリング国家元帥差し回しのハインケルHe116でベルリンに直行した。護衛は十機のメッサーシュミットだった。

 ハインケルはもとドイツ国営空港ルフトハンザの四発の郵便機だったが、今では軍用に転用されていた。その行動範囲は大西洋や極東路線であったから、航続力は大きなものがあった。

 一行がベルリン空港に着いたのは、その日の夕刻──。

 すなわち、一九四三年十月二十日のことだった。



 ベルリン空港では、飛行機のタラップから車まで赤いカーペットが敷かれ、航空大臣のヘルマン・ゲーリング国家元帥と宣伝相のヨゼフ・ゲッベルスが迎えた。

「ようこそ、はるばるとおいでいただいた」

 ゲーリングは巨漢であった。

 ほおあごにも肉がつき、小さい目が食い込んだようになっている。突き出た腹はいまにも崩れ出しそうになっているが、かろうじてベルトが締めつけている。握手のため突き出された手の甲はむくんでいた。

「お出迎え、恐れ入ります」

 と山本は応じた。小柄な山本にとって、ゲーリングはまるで象のようだった。

 ナチに『元帥』が多いのは、ヒトラーが大盤振る舞いをしたからである。その結果、彼らと区別するため党の最古参であるゲーリングが要求したのは『国家元帥』という彼ひとりのための意味不明の称号である。ヒトラーはそれを苦笑いして認めたものである。

「総統がお待ちかねです」

 ゲッベルスは、さつそうと右手を突き出して握手を求め、魅惑の低音でささやくようにいってのけた。

 じようへいが祝砲を打ち上げる中を、山本たちは黒のオープンカーに乗った。

 前後を黒のリムジンに護衛されて市中に向かった。

 総統官邸のあるヴィルフェルム・シュトラーセの大通りの両側のビルにはナチの赤い垂れ布が降り、かぎ十字の旗がひるがえっていた。歩道の群衆は鉤十字と日の丸の小旗を盛大に打ち振っていた。

 街灯が、それらの様子を幻影のように映し出していた。

 ビルからビルにかけては横断幕が張られ、鉤十字と日の丸が並べられていた。

「どうした」

 と山本が宇垣参謀長に声をかけた。

「は」

 と宇垣はわれに返った表情をして、山本に照れたような笑みを浮かべた。

「いや、あまりにすごい歓迎ですので」

「まるでがいせん将軍のようだな」

「長官、やつらに踊らされませんよう」

 と後部座席から渡辺がいった。

「これもナチの得意技なのですから。イタリアのムッソリーニも……」

「わかっておる」

 と宇垣は怒ったようにいった。

「そんな技にかかるものか。長官をデブのイタリア男と一緒にするな」

 それに構わず渡辺はつづけた。

「まだ戦争の準備が整っておらず、二の足を踏んでいたイタリアのムッソリーニを戦争に引き込んだのは、ドイツにおける派手な歓迎式典でした。度重なるドイツ招待のたびに、ムッソリーニは大変な歓迎を受けたためときいております。ムッソリーニは引っ込みがつかず、目くらましを食らったのです」

「確かに凄まじい歓迎だな」

 と山本は穏やかにいった。

「だが、お互いに心しようではないか。なるほどドイツはわが国に格段の好意を示してくれている。いや好意以上だ。それでもわが国は断固、軍事同盟に引き込まれてはならないのだ。国家には行き方の違いが存在するのだから」

 総統官邸の門扉は開いたままで、SSの腕章を巻いて濃紺の軍服を着た男たちがずらりと並んで警備していた。

 門の正面には築山をへだてて、車寄せのバルコニーを備えた重厚なれん造りの官邸があった。三階建ての両翼を広げた建物の窓という窓にはこうこうと明かりがともり、バルコニーの左手にナチの赤い垂れ布が、右手には日章旗が下がっていた。

 バルコニーの上には楽団の姿があって照明を浴びていた。

 突然、重々しい旋律が流れだして山本たちは度肝を抜かれた。

 何と──君が代だった。

「うう」

 うめいたのは宇垣だった。



 オープンカーは車寄せに入り込んだ。玄関の前に閣僚が並び、その真ん中に外相のリッベントロップがいた。

「その節は」

 とリッベントロップは山本に握手を求めた。

「一足早く、戻っていました」

「さすがUボートは優秀ですな」

 と山本はいった。

 ゲッベルスの案内で、山本たちは建物に入った。

 そこは吹き抜けのフロアで、ナチの閣僚や軍人、その家族たちが、待ち構えていた。

 正面に階段がVの字形に延びており、突き当たりの踊り場に別の楽団がいた。

 山本たちが入っていくと、ここでも君が代が演奏された。

 群衆が一斉に拍手。歓声がとうのように沸きあがった。その中を山本たちは抜けていく。

 あまりの群衆に、進みは遅かった。

 君が代が終わり、いきなりワーグナーのローエングリンの序曲がはじまった。

 まったく突然のように、眼前にまぎれもないヒトラー総統が立った。

 隣にいるゲシュタポはヒムラー長官だった。

「ようこそ、山本提督」

 とヒトラーは右手を軽く挙げると、陽気にいって、山本に抱きついた。山本は日本式に頭を下げようとして、総統に抱きしめられた。

 万雷の拍手に山本も宇垣も目を白黒するだけだった。

 総統は先に立って、階段の左手奥のドアに向かった。

 扉をくぐるとそこは廊下で、それまでの拍手やけんそううそのように遠のいた。

 静寂が辺りを支配している。

 なにしろ古い建物だった。壁の照明もしよくだいを模した古いもので、壁の彫刻を浮き上がらせていた。反対にあかじゆうたんやみに沈むようだ。

 まるでロンドンの銀行のようだと、山本は思った。

 案内されたのは、丈高いオークの扉を持つ総統執務室だった。

 高い天井には聖ガブリエルのフレスコ画が描かれている。水晶のシャンデリアのまき散らす光の雨が、それをこの世のものならぬ悪魔的なものに感じさせている。

 窓は高く、そこから広場の群衆の歌声が聞こえてくる。総統のマホガニーの机は、鉤十字の垂れ布の掛かった壁を背に設けられていた。

 だが、総統は山本たちをえん形のテーブルに誘った。

 テーブルにはシャンペンの銀製バケツと、オードブル、果物の類が、グラスとともに置かれていた。

 山本の左隣に宇垣と渡辺、右側に外務省の伊集院と飯島。

 向かいのテーブルにはヒトラーを中心にゲッベルス、ゲーリングが、その左右にゲシュタポ長官のヒムラー、その部下のハイドリッヒ。海軍長官デーニッツ。提督のカナリス、陸軍のロンメル元帥が並んだ。見事なドイツ軍幹部の勢揃いだった。

「長旅のあと、すぐにお休みいただくのが礼儀とは思ったのですが、総統が一刻も早く山本提督とじかにお話ししたいということで、こんな席を設けさせていただきました。あしからずご了解ください」

 とゲッベルスが口火を切った。

「なんの」

 と山本はドイツ語でいった。

「わたくしも、一刻も早く総統にはお会いしたかった。このような機会を設けていただいて感謝しております」

 りゆうちようとはとてもいえないが、十分に用を成す言葉だった。

「いやあ、提督」

 と両手を広げたのはヒトラー総統だった。前髪を振り立て、その下から覗く目にはひとなつこい笑みが浮かんでいた。

 宇垣は思わず背筋がぞくぞくっとするのを覚えた。

 ヒトラーへの恐怖ではなく、難なく人を引きつけてしまうこの魅力におびえたのだった。悪魔の誘いというやつか。

「あなたは日露戦争の東郷元帥以来の大英雄だ。なにしろ、太平洋において、あのアメリカ海軍をめちゃめちゃにやっつけてしまった」

 とヒトラーがまくしたてた。

「その日のずる国の英雄とこうしてお会いできるのは、なによりの喜びとするところである。翻ってわがドイツもまた欧州において破竹の勢いで、国力を伸ばしてきた。オーストリアを併合し、チェコも分割するのに血を流すことなく、フランス占領に要した日数はわずか数日である。そしてソ連と英国は陥落寸前だ。わが国は西の、日本は東の大国となった。これが手を結ぶなら、地球をまたにかけた大帝国が生まれることになろう。今、日本帝国の最高軍事指導者がこうして、わが国にお出でいただいた。世界はここまで来たのだ。そうは思われませんか」

 ヒトラーはそういって、山本の顔をうかがった。

「確かにドイツとわが国の善戦で、世界は変わってしまいました。だが、アメリカは変わることはないでしょう。ことアメリカに関しては、われわれは敵対した状態のままではいられないのです」

「なぜ、そんなことを思う」

 とヒトラーは険しい口調になった。

「アメリカはもはやおしまいだ。あの国はかんなきまでにたたき伏せられた。しかもあそこはたくさんの民族の吹きまりだ。なんとアフリカから連れてきた奴隷まで混じっているのだ。誇りも富もずたずただ。いずれ国中が分裂して、収まりがつかなくなるだろう。そのときこそわれわれが乗り込んで統一するのだ」

「総統に、たとえの話でおうかがいする」

 と宇垣がいった。

「アメリカを退治したあかつきには、ドイツと日本はいったいどういう形であの国を支配しようというのか」

「あまり、たとえの話に答えたくはないのだが、それは決まっているではないか。アメリカは西と東の半分に分けて、われわれ二国が分割統治するのだ」

「して、日独二国の関係はどうするおつもりか」

「それは──」

 と口を挟んだのはゲッベルスだった。

「われわれは永久に友邦です。永久に二国のままいるでしょう」

「あまり信じられませんな。わが国には天皇陛下が、ドイツには総統がおられる。しかも、ドイツはゲルマン民族のみが生き残るべき民族と主張しておられるではありませんか。日本人はゲルマン民族ではありません。ここのところをいかなる解釈なされますや」

「なんということを」

 とヒトラーが前髪を振り乱して怒声を発した。目がさっきまでの笑みとは打って変わって、ギラギラと輝いている。

「ゲルマンは世界にかんたる民族。そして日本民族もヤマトタケルの時代から東洋の盟主で鳴らした優秀な民族だ。甲乙はつけがたい。ともにアメリカを支配するのに不都合はない。現に日本海軍は八千キロのとうを乗り越え大西洋に侵入、果敢にもワシントン、ニューヨークを攻撃した。その攻撃に助力できたことを、わが国のUボート艦隊を代表して喜びとするものだ」

 話しているうちに勢いが和らいで、百万両の笑みが支配した。

「ご協力、感謝いたします」

 と山本がいった。

「そこでだ──」

 とヒトラーはあらためて山本たち日本側の陣容を見回した。

「このあたりで、われわれの悲願を達成してもよろしいのではないか。つまり日独同盟をここで正式に結ぼうではないか」

「お言葉ですが、この件に関しましてはすでにお断りしてあります。その理由は、再三、オットー大使やリッベントロップ外相に申し上げてある。わが国は万世一系の天皇の元に統率された平和を愛する国であります。願うのは太平洋の波穏やかならんということ。アメリカを征服しようなどとは考えておりません。ゆえに今次のアメリカとの戦いでは、折りを見て講和を結ぼうと考えております」

「勝利を目前に手を引こうというのか」

 ゲーリングが馬鹿にしたようにいった。しかしその小さな目には凶暴な光が宿っていた。殺意を帯びた豚の目だ、と宇垣は思った。

「そんな弱腰はアメリカに見破られるぞ。そうなったら負けるのはそちらのほうだ。そんな軟弱な者がひとりで何ができるというのだ」

「ヘルマン」

 とヒトラーがゲーリングをたしなめた。

「国家元帥、そんな強い言葉を使ってはいけない。山本提督、日本が平和を愛する国であることは十分理解しているつもりだ。わが国はなるほど、アメリカ征服にまで意欲を燃やしている。だが、それは仕方のないことだ。わがドイツの国力は、攻撃こそ最大の防御として成り立っているからだ。いたずらな弱腰はドイツの衰退を招くだろう。とはいえアメリカ打倒までは、日本とわが国は目標をいつにしているのではないかな。この辺で手を結ぼうではないか」

「それは──」

 といおうとする山本を総統は手を挙げて制した。

「いやいや、返事はあとにしていただこう。これよりドイツ国内に、日本の特使の方々をご案内しよう。その上でご返事をいただこうではないか。いつまでご滞在いただけるのかな」

 まるでなびかぬ恋人にプロポーズした若者のようだ。

「二週間を予定しております」

 と山本はいった。

「あまり艦隊を留守にすることはできませんので」

「よくわかりました」

 とゲッベルスがいった。

「それなら、急ぎましょう」

 そこまでいって、ヒトラーはポンポンと手を打った。

 隣室に通じるドアがSSの手で引き開けられた。

 そこにふたりの若者が立っていた。

「春日大尉であります」

「市村一飛曹であります」

 ふたりは直立不動で名乗った。

「貴様たちか」

 と渡辺参謀が目を丸くした。

 ふたりは、「長官」「参謀長」といって、両手を挙げ、駆け寄ってきた。

 渡辺がふたりの肩を抱きしめた。

「無事だったか」

「はい」

「この通り」

 それからふたりは参謀長と山本に向き直った。

「おまえたちの勇敢な戦いぶりはすでに報告を得ている。よくがんばったな」

 と山本がいった。

「長官」

 とふたりは感涙にむせんだ。

「総統」

 と山本はヒトラーたちに向かって、かかとを合わせ、頭を下げた。

「ふたりのパイロットに対する丁重なおもてなし、山本、深く感謝いたすものです。貴国のわが国に対するご好意、重ねて感じ入ります」

「それなら──」

 と口を挟もうとするゲーリングをヒトラーは再度抑えた。

「これなるふたりの兵士はまことに勇敢にアメリカ東海岸を攻撃したが、不幸にも翼に被弾しておった。だが不幸はそこまでで、勝利の女神ワルキューレは彼らの上に輝いたのだ。わが氷山空母『オーディン』の甲板に着陸することができた。わが国はこの英雄をわが国の戦う若者と同様にみなし、礼を尽くしてまいったのです。あれからはドイツ国内を案内させていただいた。諸君、ライン川から見た古城はどうだったかな。ローレライの歌声は聞こえたのかな」

「聞こえました」

 といったのは市村一飛曹だった。顔が輝いている。

「総統の並々ならぬご好意、深く感謝いたすものです」

「なんの、なんの」

 とヒトラーはまんざらでもない表情をした。

「春日大尉、きみはどうだ」

 とヒトラーはきいた。

「総統のおもてなし、自分も感謝いたします」

 と春日大尉はいったが、そのぶっきらぼうな態度に宇垣は顔を上げた。ドイツ側は気づかない風だった。装ったのかもしれない。

「長官にはぜひとも、わが私邸でありナチ党ようらんの地である北ババリアのベルヒテスガーデンにご招待いたそう。それから、そうだハイデルベルヒはどうかな」

 とヒトラーは笑顔でもみ手をした。

「せっかくですので、お願いがあるのですが。お許しいただけるなら、わたしにはぜひ拝見したいところがあるのです」

 と山本はいった。

「ほう。といわれると」

「ドイツ東部軍の様子を見せていただきたいのです」

「ほう」

 とゲッベルスが顔を上げた。

「貴国は今、ソ連と戦火を交えこうちやく状態にあります。その陣容を見せていただければ、今後のわれわれの戦いの教えにもなると思うのです」

「なるほど、それはその通りだ」

 とヒトラーが満足そうに両手を打った。

「よろしい、明日さっそくポーランド国境の『おおかみの巣』にご案内しよう。ハルダー元帥に頼もうか。まあ、今宵はパーティでごあいさつをいただいたのち、ゆっくりとお休みいただきたい。げいひんかんとも思ったが、町中をごらんいただいたほうがよろしいと考え、町中のホテルをご用意した」

「ご心配、恐れ入ります」



 歓迎パーティに出席したあと、山本たちがホテル・ヒンデンブルクに入ったときには深夜近くになっていた。

 ひとしきり再会の挨拶が繰り返された。

「一飛曹、ドイツの歓迎はなかなか感じがよかったらしいな」

 と宇垣が市村一飛曹にいった。

「はあ、ほとほと感服しました。さすがヒトラー総統です」

「そいつは甘いといったろうが」

 と春日大尉が不機嫌な表情でいった。

「ナチはさめだ。食らいつくことを決して忘れない。われわれを大切にしたように見えて、その実、見せてはならない場所を注意深く避けておった」

「しかし、こうして山本長官と方々がおいでになり、しかも総統は東部軍の陣地を長官にお見せするといったではありませんか」

「その通りだな」

 と山本がいった。

「明日は、ポーランド国境に向かう。ドイツが果してまことにソ連を屈伏させ得るのかどうか、わかるだろう」



 山本たち一行と案内役のハルダー元帥たちの乗ったユンカースがベルリン空港を出発したのは、翌朝七時のことだった。

 あさもやの中を発った旅客機が、ポーランドとの国境を越えたときには、朝日はポーランドの田園風景と農家の町並みを明るく照らしだしていた。

 見はるかす田園風景。

 畑と森影の連なりを機上から見下ろして、ハルダーは得意そうにいった。

「ポーランドの征服には数日しかかかりませんでした。戦車と飛行機によるわが電撃作戦の前に、なにしろポーランドは騎兵まで繰り出したのですからな。馬ですよ、馬。まるでドン・キホーテだ。彼らは間違いなく勇敢でしたが、愚かでもあったのです」

「その電撃作戦はフランス侵攻でも用いられたのですね」

 市村一飛曹が目を輝かせていった。

「さよう。フランスの自慢のマジノ線は何の役にも立ちませんでした。フランスはあっさりと落ち、敗残の軍はダンケルクからドーバー海峡を渡って逃げていったのです」

 ハルダー元帥は得意そうだった。

「それなら、なぜ英国が落ちないのです」

 と宇垣がきいた。

「まったく」

 とハルダーは悔しそうな顔をした。

「事実、落ちる寸前までいったのです。残念なのはわがメッサーシュミットやユンカースが、ロンドンまでようやくとどく程度しか航続力がなかったのです。英国のスピットファイアは正直いって勇敢に戦いましたよ。だが、それももうお終いです。わが国にはV2がある。カレーの海岸には今では百基を超えるV2基地が設けられ、総攻撃を開始しようとしています。もう少しなのです」

「V2は、そんなに飛ぶのですか」

「これまでは百キロが限度でしたが、百五十キロまで射程距離が延びた改良型ができています。これからお見せするのは、その改良型です」

「ほう」

 と山本が笑顔を見せた。

「目下の敵はソ連ですよ。ポーランドとの国境にV2移動基地を八十部隊配備しました。その一部をごらんいただこうというのです。これをもってすれば、ソ連軍はどっと敗走することでしょう」

 とハルダーの参謀長コスタ大佐が顎を上げた。

「楽しみですな。ぜひ拝見したいものです」

 山本が、近づいてきた緑豊かな地上を見下ろしていった。