一九四三(昭和十八)年、九月一日、深夜──。

 サンフランシスコの沖合百キロの海域に伊一七八潜水艦が浮上した。

 艦橋に通信兵が上がってきて、探照灯に手をかけた。

 暗い地平線に、赤い光がチカチカとまたたいた。モールス信号になっている。

 伊一七八の通信兵が探照灯のしやへいばんを動かし、信号を返した。

「味方は、発射オーケーといっています」

 通信兵が、司令室の艦長の島崎敏明中佐に報告した。

「よし、やろう」

 と艦長は壁の時計を見て、副長の福井大尉にいった。

「わかりました」

 副長が発射係の兵に「魚雷、発射用意。一番、三番」と命じた。

「距離一二〇〇」

「発射」

 二本の魚雷がまず飛び出した。

 潜水艦は潜水して、潜望鏡で雷跡を追った。

 丸い小型のレーダースクリーンに魚雷が映じている。

 魚雷が爆発して、水柱が上がるのが見えた。

「どうだ」

 と島崎艦長がレーダー係にきいた。

 レーダースクリーンに点が生じ、それが次第に大きくなり固定した。

「はっきり見えています。成功です」

 と福井大尉がほっとした声を出した。

「よし」

 と島崎はいって、ふたたび魚雷そうてんを命じた。

 潜水艦は、右にかじを切りながら幾分前進。

 別の海域に向かって、第二撃を放った。

 魚雷が爆発し、ふたたびレーダーに船とまごう点を生じさせた。

「伊一七九、一八〇も発射しました。成功のようです」

「よかろう。以後の成功を祈ろう。さあ、急ぎ撤収するぞ。今、敵に見つかってしまったら、ふたもない」

 伊号潜水艦の艦隊は針路を変え、サンフランシスコ湾から遠ざかった──。



 タラワ環礁は、マキン環礁と並び、トラック環礁の東二千キロのギルバート諸島の一角だった。

 この環礁には日本海軍の陸戦隊・設営隊などを統合した特別根拠地隊七千七百人がいた。

 タラワ環礁のベチオ島には兵力四千八百、二十センチ砲二十門、九五式軽戦車十四両の主力が配備されていた。

 根拠地隊司令は上海シヤンハイ特別陸戦隊参謀長の経歴を持つ柴崎恵次少将だった。

 タラワ環礁は、南北五十キロ、東西三十キロの間に点在する八つの環礁から成っている。その南側に、ひっそりと南雲機動部隊がいた。

 空母『赤城』『加賀』『飛龍』『蒼龍』、戦艦『比叡』『霧島』、重巡『利根』『筑摩』、軽巡『阿武隈』。そのまわりを駆逐艦が警戒している。

 盛り上がる入道雲。風も感じられない。

 辺りはおおむね白昼の静けさに支配されていた。

 空母の群れも、偵察機をしようかいに向かわせた他は動きがない。

 ただし、甲板には零戦がずらりと並んでいた。出撃準備をしたまま、ひたすらふくしているのだった。

 戦艦・重巡群も、穏やかなラグーンの海面に艦影を映して静まり返っていた。

 入道雲はますます天にまばゆく、水平線には一点のかげりもない。

 旗艦『赤城』の艦橋では、南雲忠一長官が、訪ねてきた根拠地司令の柴崎少将と話していた。草鹿龍之介参謀長が間に立っている。

「ハワイが何とかなれば、それ以後、このタラワとマキン環礁は中部太平洋の要衝となるだろう」

 と草鹿参謀長がいった。

「柴崎、これからが大変だぞ」

「なんの。こんな遠方に封じ込められるのは我慢がならん。われわれはいつなんどきでもハワイに殴り込む心構えはできている。それが武人の本懐だろうが」

 と根拠地隊司令がほおをふくらませた。

「気の早いことをいうな」

 と南雲長官が制した。

「その前に段取りというものがあるのだ。『夢幻』艦隊は、もうサンフランシスコ沖に用意されたのだな」

「はい。バブルを散布した潜水艦隊ははやばやと撤収しています」

「六航戦は、もうロスアンゼルスに接近したろうか」

「恐らく二百キロまでは。敵に見つからなければいいのですが」

 六航戦は新しくできた空母『信濃』『大鳳』『雲龍』『天城』『葛城』を主力とする航空戦隊である。指揮官は大西滝治郎中将である。

「いよいよ、われわれも動かねばならんな」

 と南雲長官がいった。

「長官、ご成功をお祈りします」

 柴崎司令が敬礼して、一歩退いた。副官もそれにならった。

「われわれはこのタラワの地固めを進めます。これで失礼いたします」

「よろしく頼むよ。訪ねてくれてありがとう」

 南雲が柴崎根拠地隊司令の手を取った。

 柴崎の乗ったランチが『赤城』から離れていくのを見て、草鹿が南雲を見た。

「出撃準備はできているな」

 と南雲がいった。

「は」

「はじめようか」

 艦隊の出撃ラッパが鳴り響いた。



 タラワ環礁から遠く離れた、サンフランシスコの沿岸警備隊のレーダーが、艦影らしきものをとらえたのは、南雲が柴崎と話していたまさにそのときだった。

 港湾の海軍基地の高性能レーダーだった。距離百キロまで捉えることができる。

 当該海域に行動している米艦隊はなかった。

「敵艦隊、サンフランシスコに襲来」

 ただちに、航空隊が出撃した。

 内陸の陸上機も繰り出された。

 目標海域から七十キロにいた重巡部隊も突進する。

 潜水艦部隊も急行した。

 二百キロ離れたロスアンゼルスの陸上機もサンフランシスコ応援に繰り出した。空母『アンタネス』の艦載機も向かった。

『アンタネス』は、就役したばかりの四万八千トンの空母だった。

 繰り出した航空機の総勢は陸上機を加え五百機に達していた。いかなる艦隊をも壊滅可能な戦力だった。

 海域に一番先に到着したのは、空母『アンタネス』のゲイリー・ハニカット中佐指揮のドーントレスを主力とする攻撃隊四十機だった。


「とうとう、やつらは、本土をねらってきましたね」

 攻撃隊指揮官機ダグラスSBDドーントレスの後部搭乗席からショーン・ライデル少尉が、操縦しているゲイリー・ハニカット中佐にいった。

「ああ、俺たちの心配が的中だ。本部のお偉いさんたちは、敵の次の攻撃目標はハワイと決めていたのだからな。さあ、いよいよ決戦だ」

「しかし、やつらは馬鹿じゃないですかね」

 とライデル少尉がいった。

「まともにわが国の西海岸を攻撃できると思っているのでしょうか。北はシアトルから南はサンディエゴまで、海軍は鉄壁のまもりを敷いています。その昔、ペリー提督の鋼鉄の黒船に乗り移ろうとした愚かなサムライの小舟ではありませんか」

「お前は馬鹿に歴史に詳しいな」

 とハニカット中佐は笑った。

「やつらも、とうとう頭にきたのさ。さあ、思い知らせてやろうじゃないか」

 攻撃隊は鋭意、突進していった。

 敵機が待ち受けていて、今にも迎撃してくるに違いない。

 戦闘機の群れが戦闘態勢に入った。

 しかし──。

 いつまでたっても敵の迎撃機に遭遇しない。

「おかしいですよ」

 とライデル少尉がいった。

「こんなに長いこと、出会わないはずはありません」

「針路を間違えたか」

 とハニカット中佐はうめいた。

 策敵空域に入ってから三十分が経過していた。

「レーダーに映っていないか」

 ハニカット中佐が思わず振り返って、ライデル少尉にきいた。

「航空機は見えません。しかし、艦隊らしきものは確かに映っています。まもなく、海域です」

「うむ」

 レーダーにははっきりと、敵艦隊らしきものがそくされていた。

 だが。

 目的の海域に──。

「なんだ、あれは」

 ライデル少尉は海面を見下ろして、がくぜんとした。

 敵艦と見えたところに、何か白い物体があった。それが無数に広がっている。

「もっと下りてみよう」

 ハニカット中佐がいった。

 機は降下していく。

 それは巨大な白い泡だった。泡の集合体である。

 その大きさは、長さ三百メートルもあったろうか。ちょうど、艦船と同じ大きさになっているのだった。

 白い物体は、一キロ間隔ほどで、他に十個ほど見えていた。

「これは何でしょう」

 とライデル少尉は目を丸くした。

「うむ。とにかく攻撃だ」

 ハニカット中佐は、翼を振って僚機に攻撃を伝えた。操縦かんを引き、いつたん高度を上げてから、突っ込んだ。

 攻撃機の群れが一斉に降下してゆき──。

 爆弾投下。

 大量の五十キロ爆弾が白い標的に見事に吸い込まれていった。

 命中!

 途端に爆発が起こった。

 みず飛沫しぶきが上がった。飛沫と同調して、白い無数の泡が弾け散ったのである。

 爆発を中心として白い泡が波紋のように広がっていく。

 攻撃隊はあっけにとられたようになって、なおも攻撃を続けた。

 海面が広範囲にわたって泡立ち、やがてゆっくりと消えていった。

「こいつは、でっかいただの泡だ」

「しかし、レーダーには、はっきり映っています。ほら、今でもこうして──」

「幻だよ、これは。映ったのは中に含まれた金属片だ。化学変化で生じた泡を艦船のように見せたのだ」

「何のために」

「われわれを引きつけるため──」

 そこまでいって、ハニカット中佐は愕然となった。

「ただちに本部に連絡だ。この泡の艦隊はダミーなんだ」

「ということは──」

「恐らく──」

 ハニカット少佐の顔色はそうはくだった。

 米攻撃隊を離れた場所に引きつけるダミー艦隊となった泡の集合体は、伊号潜水艦の魚雷にしかけられた薬品だった。

 この液体はパルプを液化したもので、それが外気に触れると大きな泡を現出する。もともとこの物体はドイツで開発されたもので、潜水艦の外壁に張られ、レーダーをかくらんするためのものだった。

 泡はちょうど艦船一隻ほどの大きさとなり、それが集まれば十分艦隊に匹敵した大きさをレーダースクリーンに現出させる。

 そのときドーントレスの無線機が、カタカタと音を立てはじめた。

「ロスアンゼルスの司令部からです」

「サンフランシスコではないのか」

「いえ」

「なんということだ」

 とハニカット中佐はみした。

 無線機は、千キロ南に離れたロスアンゼルスが敵艦隊の攻撃を受けていると、あわただしく、伝えていた──。

「われわれは、敵のわなにかかった!」



「『夢幻』がこれほどうまくいくとは思っていなかったよ」

 六航戦旗艦『信濃』の艦橋で大西滝治郎中将がいった。

 六航戦はロスアンゼルスに接近して、艦砲射撃をかけたのだ。

 幸い、ロスアンゼルスはサンフランシスコ支援のため空軍を送り出してしまっていたので、警備が手薄になっていた。

 幻の艦隊がサンフランシスコに接近して、敵を引きつけている間に、ロスアンゼルスには巨大空母『信濃』『雲龍』『天城』『葛城』『大鳳』が接近し、そこから発進した艦載機の大群が市内を攻撃した。

 三百機を超える零戦と艦攻・艦爆の連合隊である。

 ロスアンゼルスの中でも一番激しい爆撃にさらされたのは、なんと映画の都ハリウッドだった。

 日本の攻撃目的は実利的なものではない。

 目標はアメリカがうろたえること──。

 アメリカ本土が攻撃を受けたという意味合いのほうが大きいのだった。

 すでにワシントンとニューヨークが爆撃を受けている。これが、西海岸の都市もまた爆撃を受けたとあっては、アメリカ政府の威信はまったく地に落ちる。

 ハリウッドの大手撮影所のひとつ、ワーナーブラザースでは映画『カサブランカ』の撮影中だった。

いて、サム。もう一度──」

 カサブランカのリックの店。巡り合ったエルザが、黒人のピアニストに、懐かしい曲の演奏を頼む。

 この曲が流れると、主人公のリックがあらわれるはずだった。

 ドリー・ウイルソンの『アズ・タイム・ゴーズ・バイ』の旋律が流れる。

『キッスはキッス、ため息はため息、大切なのは愛……』

 ところが、リックがあらわれる代わりに、スタジオの上空に飛来したのは日本の九七艦攻だった。

 投下された八十キロ爆弾が落ちたのは近くの電源設備だったが、爆風はスタジオの壁を破ってリックの店のセットを炎上させた。

 リック(ハンフリー・ボガード)が、スタジオを飛び出ると、れんの炎を背景に拳をふるって、天を睨みつけた。

 日本の攻撃機は、ワーナー、MGM、パラマウント、二十世紀フォックス、ユニヴァーサル、コロンビア、RKOラジオピクチャー、リパブリックの広大なスタジオを一箇所ずつ、爆撃したものである。

 映画はアメリカ文化の象徴。それを日本海軍は狙ったのだった。

 母隊である大西艦隊は攻撃を終えて、さっさと撤収に移った。

 まもなく──。

 市の警備艦隊の主力がサンフランシスコからもどってきて、追撃をはじめた。

 怒り狂った艦隊が追い迫る。

 ところが、このままでは夜に入ってしまう。夜間の追撃は難しい。

 ロスアンゼルスの海軍司令部は、オアフ島真珠湾のニミッツ提督に支援の艦隊を出すよう迫った。背に腹は代えられぬ、最後の策であったといえる──。



 しかし──。

「とんでもない。支援に艦隊を出すことなんかできない」

 というのが米太平洋艦隊司令長官ニミッツ提督の返答だった。

「真珠湾には、もはや余分の艦隊は残っていない。これを繰り出してしまったなら、真珠湾の防衛は大いに心もとない」

 事実、真珠湾にいるのは重巡が六隻、正規空母はゼロ、補助空母が四隻あるきりだ。戦艦もなかった。

(こんな、警備隊程度の艦隊を繰り出して、どうして敵を迎え撃てるというのか)

 第一、艦隊が出払った後に、日本が攻撃をしかけてきたら、オアフ島はどうなってしまうのか。

 すでに、ダッチハーバーが日本艦隊に攻撃を受けたとき、ニミッツは泣く泣くミッドウェーで訓練していた新造空母四隻を追手として派遣した。このとき、敵の罠にみすみすまって全空母を失ってしまったのだ。

 それを繰り返したくはなかった。

 ニミッツ提督はロスアンゼルスの司令部からの申し入れには、断固として拒否の返答をした。

 だが──。

 すぐに海軍長官キング提督名義の依頼が入った。

 こちらのほうは、ワシントンの命令である──。

『ただちに艦隊を出撃させ、日本艦隊を迎撃壊滅せよ』

 というものだった。

 言うはやすい!

 ニミッツは腹を立てた。

 海軍長官といえば、組織の頂点に位置する。これに抵抗することは、命令拒否ということになり、解任は当然予想されることだった。

 ニミッツはそれを覚悟で、出撃命令をふたたび拒否したのだった。

 解任なら、解任でも構わない。

 反逆罪か。

 それならそれでいい。

 自分はオアフ島の最期をりたくはなかった。

 しかし、さらなる通達がニミッツの抵抗心を奪った。

 なんと、それは大統領命令だった。

『敵艦隊は米本土を狙った凶賊である。これを壊滅するのは米海軍の誇りにかかわる問題である。ただちに敵攻撃に当たれ』

 大統領命令ときた。

 今度は、逆らうことはできない。

 ついに、ニミッツはなけなしの艦隊に出撃命令をくだしたのだった。

 かつて日本に開国を迫った黒船艦隊指揮官と同じ名である重巡『ペリー』を旗艦とする八隻の重巡部隊が、十五隻の駆逐艦とともに出撃した。

 ロスアンゼルス攻撃を終えた敵艦隊は、南西に針路を取っている。ガダルカナル基地に逃げ込もうとしているのだろうか。

 真珠湾からなら、その手前に回り込んで捕捉することができる。

 しかし、日本艦隊は五隻の空母からなる航空艦隊である。

 それに対抗することが重巡部隊に果して可能なのかどうか。



 ともあれ──。

 真珠湾を送り出された重巡部隊の指揮官チャールズ・ウドマイア少将は、旗艦『ペリー』の艦橋で、重苦しい気持ちを日本軍に対する怒りで打ち消して、気負い立っていた。

 彼にはニミッツの気持ちがよくわかっていた。

 自分たちは最後の真珠湾艦隊だ。

 捨て身の攻撃。

 絶対に、負けるわけにいかない。

 さっきから、無線ではひっきりなしに、敵艦隊の位置が報告されてくる。サンフランシスコとロスアンゼルスの艦隊が追い回しているのだった。

 ウドマイア艦隊は、艦隊速度二十五ノットの高速で、交戦が予測される海域に向かった──。



 一方──。

「とうとう追い詰めたぞ」

 ロスアンゼルス警備艦隊の司令官ボイス・スコット少将は、高揚した気分に身をまかせていた。旗艦は空母『ジョージ・ワシントン』以下四隻の空母。戦艦三隻に重巡が四隻。

 相手は空母五隻の航空戦隊だ。

 ゆうやみの中──。

 一機、二機、三機──。

 空母からは続々とグラマンが発艦していく。艦の赤い標識灯がへびいちごのようだ。

 とうとう、六十キロ先に日本の艦隊を追い詰めたのだ。

 スコット少将は大きく深呼吸して、喜びをみしめた。

 しかし、そのとき──。

「敵機、真上」

 いきなり、見張りの緊迫した声が飛んだ。

「艦攻です」

「なんだと」

 九七艦攻の群れがあかねいろに染まる雲間から逆落としに攻撃をかけてきた。護衛は零戦だ。

「全部撃ち落とせ!」

 対空砲火が一斉に張られた。

 夕闇の中で、まるでやりぶすまのように火の玉が中空に弾け続けた。

 零戦が落ちていく。

「やったぞ」

 だが──。

 九七艦攻から投じられた魚雷が、『ジョージ・ワシントン』のげんそくに向かって突進、さくれつした。


 さらに──。

 三十キロ離れた空域ではグラマンと、六航戦から迎撃のために出撃した零戦が互角に戦っていた。

 サンフランシスコとロスアンゼルスの警備隊が共同した作戦なので、米機の数は四百機を超えていたろう。

 それに対して、日本の六航戦の機数は五百機といったところだ。目減りしているので、行動可能な機はほぼ四百五十機。

 米機の攻撃隊は、ついに艦隊を突き止めた。

 空母はわずかの直援機を除き、四百五十機のうちほとんどが、米機の迎撃にあたっていた。

「司令、このままでは」

「もう少しの辛抱だ」

 大西司令官がいった。

 艦隊の対空砲火は今では夜空を引き裂かんばかりだ。

 六航戦の空母はすべて被弾していた。そのうち四隻は消火が追いつかず、甲板は使えない。わずかに『信濃』『葛城』の甲板だけが、応急措置で使用可能になっていた。だが、幸いなことに、まだ航行不能の艦は出ていない。



「とうとう、とどめを刺す時が来た」

 米艦隊の司令官スコット少将はいった。

『ジョージ・ワシントン』からはなおも艦載機が発艦をつづけ、重巡群の砲火が闇夜をつんざいた。

 数キロ離れた日本の艦船が炎を噴き上げた。

 水平線が炎上している。

 そのときである。

 新たに姿をあらわした艦載機が、一斉に『ジョージ・ワシントン』をはじめとするスコット艦隊に襲いかかった。

「こいつらは、どこから来たのだ」

 スコット少将はうめいた。



「どうにか間に合ったようだな」

 南雲長官は空母『赤城』の甲板で、双眼鏡を手にしていた。

 遠くで空中戦を演じる航空機の群れが見える。新たに『蒼龍』『飛龍』から、攻撃隊が発艦していった。いよいよ機動部隊が到着したのだった。

「しかし、味方も被害は大きいようです」

 と草鹿参謀長が渋い表情でいった。

「その分だけ、大西くんは、敵戦力を引きつけてくれたのだ」

 南雲は感嘆していった。

「これで、敵艦隊は壊滅ですな」

「このまま戦えばな。敵が逃げなければの話だ」

「逃げはしませんよ」

 と草鹿がいった。

「どうかな」

 と南雲は笑みを浮かべた。

「オアフ島に向かった井上くんの七航戦から、まだ連絡はないか」

「もうすぐではないかと」

「それまでに、われわれは敵艦隊を極力減らさねばならない」


 そのとき、井上しげよし中将指揮の七航戦の巨大空母群は、真珠湾にしゆくしゆくと接近していた。その背後に、駆逐艦隊に護られた上陸部隊の船団がつづいていた。


10


 ニミッツ提督は、太平洋艦隊司令部の司令室で、虎の子艦隊の出払った真珠湾を見渡していた。

 満月が雲間から顔を出し、海面をきらきらと輝かせている。

 現在、オアフ島には陸軍十五万と、海軍四万八千がいる。海軍のほとんどは飛行場勤務とパイロットである。航空機は陸海合わせて五百機を超える。

 これだけ戦力があれば、たとえ敵艦隊の攻撃を受けても、負けることはないはずだ。

 そうは思うのだが、ニミッツの心の中を冷たいものが過ぎてゆく。

 スコット少将の艦隊は今、日本艦隊を撃滅しようとしている。

 やはり大統領命令は正しかったのか。

 つまるところ、ニミッツが海軍の提督だからにちがいないと、彼は思い至った。

 艦隊を持たない提督。

 その心細さが、彼を捉えてしまっているのだ。

「提督、ウドマイア少将の艦隊から報告です。現在、日本艦隊は分裂して、逃走に移っています」

 マイク・ロドニー参謀長が報告した。

「もはや、組織的抵抗はなされておりません」

「そうか」

「わが方の損害は」

「重巡『コバーン』と『ジャスミン』が大破。あとは重巡『リスゴー』が中破です」

「うむ」

 少なくはない被害だった。

「いずれも現在、日本艦隊を猛攻しております。撃滅も間近かと」

「よし」

 とにかく勝利を得て、帰ってきてほしかった。

 勇敢に戦った兵士たちをめてやりたかった。

 そのときである。

 レーダー係が階段を駆け下りて、司令室に飛び込んできた。

「どうした、マッティ」

 マット・スミス兵曹の顔色は蒼白だった。

「おいでください。レーダーに無数の艦影が」

「なんだと」

 階段を駆け上がったところに直径一メートルほどの円形のレーダースクリーンがあった。

 そこに無数の点が映じている。

 同時に、オアフ島のカフク岬のレーダーサイトからも連絡が入った。

 間違いない。

 オアフ島の西方に巨大な艦隊があって、ひしひしと迫っているのだった。

 そのことは、偵察機のカタリナ飛行艇の報告でもあきらかだった。

 五十隻の船団を引き連れた艦隊が迫っているという。空母は十二隻。いずれも新造らしいという。

 日本軍が侵攻作戦を起こしたのだ。

 やはり来た。

 ニミッツの予感は正しかった。

 たとえ不吉な的中であっても、そのことがなによりもニミッツには心強かった。

 大統領、海軍長官、すべての命令が間違っていたことが、これであきらかになった。

 ニミッツは体内にアドレナリンが駆け巡るのを感じた。

 ただちに航空隊が出撃した。海岸線の防御にもかつが入れられた。

 ズズーン。

 敵の艦砲射撃だ。

 あまりにも敵が接近していることに、ニミッツは顔をしかめた。

 早くも一発が海軍司令部の建物に命中し、天井の羽目板がニミッツの頭上に落ちかかった。


11


「どうして、こんなことになるのだ」

 スコット少将は空母『ジョージ・ワシントン』の艦橋で、突っ込んでくる敵攻撃機を見上げて思わず声をあげた。敵機の翼の日の丸がはっきり見えている。

 米側の艦載機は、敵艦隊攻撃にほとんどを繰り出していて、空母群は丸裸といってもよかった。

 そこへ敵機が攻撃をかけてきた。魚雷が舷側に不快な穴を穿うがち、甲板に爆弾が炸裂した。

 たちまち、味方は大混乱に陥った。

 だがこの時点では、勝利の女神は、味方する相手を決めかねているようだった。西の方角から、日本艦隊に攻撃をしかける艦隊があらわれた。

 ウドマイア少将の重巡部隊だった。

 残念なことに空母はない。

 重巡が割り込んできて、空母の援護に対空砲火の煙幕を張った。一部の重巡は、敵空母艦隊を求めて突進した。

 そんな折、スコット少将とウドマイア少将のところに、真珠湾の情報が入った。

 オアフ島が、敵艦隊の猛攻を受けているという。背後に上陸部隊を伴う艦隊だ。

 もはや迷っていることはできなかった。

 スコットとウドマイアの艦隊は交戦海域を離脱し、真珠湾に向かって進みはじめたのである──。


12


 オアフ島に押し寄せたのは、井上成美中将指揮の第七航空戦隊だった。

 主力となる空母十二隻は、米側が見破った通り新造艦である。

 これに戦艦、重巡が付随している。

 背後につづく輸送船団は陸軍十五万を乗せていた。いずれも満州・中国戦線から回されたつわものたちだった。

 この強力な布陣の前に、オアフ島の陸上機も苦戦をいられた。

 艦砲射撃がつづき、その間を縫って零戦と艦攻・艦爆隊が島内に突入、飛行場に爆弾の雨を降らせた。

 いずれも当時の兵法の定石を外した夜間の攻撃だった。

 それほど日本側の射撃レーダーが強力になったということである。

 オアフ島は炎上する。

 夜明け──。

 最初の上陸作戦は、真珠湾の西側の海岸に対して行われた。

 砲火をくぐり抜けた上陸用舟艇が、海岸に殺到する。

「なんということだ」

 ニミッツは悔しがった。

「まだ、我がウドマイアの艦隊はもどらないか」

「いまだ──」

 もはや制空権は日本に握られてしまっている。

 散発的な砲座の攻撃が上陸用舟艇を吹き飛ばしたが、大勢を変えるには至らなかった。


13


 日本軍はオアフ島のそこここの浜辺に上陸作戦を敢行した。

 それを支援する零戦は、米陸上機とドッグファイトを繰り広げ、次第に制圧していった。


 そんな折も折、オアフ島を死守しようとする米陸軍戦力に悲劇が起こった。

 先に一度噴火したダイヤモンドヘッドが再び噴火して、陸軍部隊の陣地に壊滅的な打撃を与えたのだ。

 ついにオアフ島は日本軍にじゆうりんされ、最後まで戦ったニミッツ提督は、北海岸に迎えに来た潜水艦に乗って、脱出を余儀なくされたのだった。

 オアフ島はその後、まる三日の戦いで日本軍の手に落ちた──。