天使クリムには情報収集の才がある。

 ……とは、ハーフリングのカンチャルの言だ。

 初対面で物をたずねるなら第一印象が重要となる。

 極論を言えば、絶世の美女と街一番のおとこを並べて後者と話したがる者は少数派だろう。

 見てくれで言えばスタンクは普通だが、にじみ出るようなロクデナシ臭がある。

 ゼルはエルフらしく端整な顔立ちだが、目つきにロクデナシ感がある。

 その点、クリムは乙女と見間違わんばかりのれんで純朴な美少年だ。

「あの……伺いたいことがあるんですけど」

 問いかけながら、自分で太ももをつねって涙を浮かべるのがポイント。

 涙まじりの上目遣いは多くの種族に絶大な効果を発揮する。

「ああ、なんだいお嬢さん。おじさんに答えられることならなんでも聞いてくれ」

 商人風の装いをした人間の中年男は即座に陥落した。

 街の大通りでのことである。

「実はひとを捜していて……目のまわりにくまがびっしりできたがたの人間女性か、下半身がダゴン系触手の褐色巨乳お姉さんを最近見かけませんでしたか……?」

「ふうむ、にわかに思い出せるものではないが……いや、しかし、うーむ」

「なにか思い当たることでもあるんですか……?」

「そうだねぇ、思い出すまですこし付き合ってくれないかな。ちょうどいい連れこみ宿……いや、シャレオツなレストランがあるのだがね」

 男はれ馴れしくクリムの肩を抱いてきた。

 汗ばんだぶにぶにの手の平が気持ち悪くて、クリムの両腕に鳥肌が立つ。

「い、いえ、あの、そこまでしていただかなくても……」

 しきりに肌をでてくるのだからたまらない。きめ細かな手触りに感嘆し、ふほぅふほぅと息を乱すのもおぞましい。

 スタンクたちのセクハラ発言も大概だが、この男のように粘着質な印象は薄い。欲望をサキュバス店で発散する遊び人と、道ばたのナンパで発散する者の違いだろうか。

 ただ、男の目つきから感じる異様な熱には覚えがある。

 たぶんそれは、サキュバス店で嬢に目を奪われるときの自分と──

(あ、いまの連想はちょっと死にたい。いやかなり死にたい)

 クリムは自分の発想のせいで金縛りに遭った。

「ふぅ、ふぅ、どうしたのかな、お嬢さん。気分が悪いならどこかで休憩しよう。ほぅら、あそこにちょうどいい連れこみ宿が」

「あ、あの、あの……」

 相手と自分に対する嫌悪感で言葉がうまく出ない。

 このままでは、連れこまれてしまう。それだけは勘弁してほしい。

 万一、服をがれようものなら、最後に守るべきものすら失われるだろう。

「ようクリム、そっちの調子はどんなもんだ?」

 スタンクが人混みをすり抜けて現れた。

 クリムと中年男を見くらべると、口元を下卑た形にゆがめる。

 右目は半閉じに、左目は見開いて、タバコの煙を中年に吐きかけた。

「ぐはッ……! な、なにをするのかね!」

「いやいやおじさん、うちの姫さんに目をつけるとはいい趣味してんじゃあねえか」

 スタンクは中年の肩に手をまわし、間近からまた煙を吐きかけた。

可愛かわいい女の子がお望みなら俺がいい店教えてやるからさ。なあ、ゼルよ?」

「そうさなぁ、可愛い女の子と遊びほうだいで基本料金五〇〇〇G!」

 人混みからゼルがゲヘゲヘと現れる。

 スタンクともども、普段の五割増しでロクデナシ面をしていた。

「ほら来いよ、天国見せてやるから」

「ちっちゃくて黒光りしてウジャウジャしてる子がたくさんいるぜぇ」

「なにかねその台所にいて出そうな子たちは!」

「ちなみのうちの姫さま、体のなかにそいつらホイホイ飼ってる種族なんだ」

 中年男はだつのごとく退散した。

 いえーいとハイタッチするスタンクとゼルにくらべ、クリムの表情は暗い。

「情報収集ってこんなにツライものなんですかね……」

「おまえはまだ慣れてないからな。カンチャルの言葉を贈ってやる。笑顔でゲスになれ。へらへら笑いながら、チン毛までむしり取るつもりでいけ」

「いやスタンクさん、話を聞くだけでそこまでします?」

「だれにでもそうしろってわけじゃない。相手に悪意がなけりゃ笑顔でバイバイすりゃいい。だが情報を隠すヤツ、こっちをハメようとするヤツは絶対に出てくる。だから保険をかける意味で、無限の悪意を胸に抱くんだ」

 スタンクの言葉にゼルがさもありなんとうなずく。

「最初は街の人間全員死ね殺す俺の悪意が世界を滅ぼすぐらいの意識でちょうどいい。ちた天使になれ、クリムヴェール。堕ちるのは十八番おはこだろ?」

「いろんな意味で堕ちてるからな」

「まあ心配するな、メスの体にドハマリして色に堕ちるのは男の常だ」

「自分がオスであることを誇りながら堕ちてゆけ」

 なるほど──クリムは理解した。

 いま自分の胸に湧きあがっているものが無限の悪意か。

(このひとたち一回痛い目見てくれないかな)

 自分の手で痛い目に遭わせると思えないあたりが、やはりクリムであった。


 とはいえ──悪意に目覚めたところで事態が好転するはずもなく。

 ピュグマリエとガラちゃんの目撃談は集まらない。

 空振りつづきの一同は酒場で合流して、いったん食事を取ることにした。

 メンはクリム、スタンク、ゼル、そしてヴィルチャナの四名。ブルーズは魔法粘液が体にあわずダウンしたので置いてきた。サムターンはもともと別目的の旅から食酒亭の街に帰るところだったので、レビューを託して別れた。

「で、手詰まりになったわけだが」

 スタンクは肉をほおりつつ切り出した。

「街を移動してまた情報を探すか、ほかに手があるならどーぞご意見ください」

「まあ移動すりゃいいんじゃないか。俺も道すがら精霊に聞いてみるし」

「この街もまだ調べきってないと思いますけど……」

 三人が頭を悩ませる横で、新参の仏頂面が六手のうちひとつを挙げた。

「サキュバス店はどうなのだ」

「どうってヴィルチャナ、おまえどんだけハマってんだよ」

「いや、そうではないのだスタンクよ。おまえは魔羅にかけられたじゆじゆつを解くためにサキュバス店を使った──おなじように、情報収集に使える店はないのか」

 ヴィルチャナのごくな顔に釣られて、ゼルも真剣にまゆを結ぶ。

「たしかに……サキュバス店ってのは多種族文化の粋だ。大きめの歓楽街ならいろんな種族の嬢がいるし、たとえば占いなんかが得意なのがいてもおかしくはないな」

「よしじゃあ行くか、絶対に行こう」

「即決するあたりがスタンクさんですよね……」

 食事を終えると四人はすぐに席を立った。

 歓楽街へと歩きながら、先陣を切ったスタンクとゼルが小声でひそひそ話をする。視線は最後尾のアシュラに向けられていた。

「あいつ、依頼受けたわけじゃないから金もらえないのにがんばるよな……」

「完全にドハマリしてるだろ……クリムとおなじパターンだ」

「ボクには聞こえてますからね、ふたりとも」

 かくしてたどりついた歓楽街で、数多あまたの看板をざっと眺める。

 多彩な種族とプレイをうたう店が数多くあった。

《一〇〇歳未満のピチピチギャルだけ! エルフさん大歓迎! ──ニンゲンパーク》

よいスベスベうろこの官能しませんか? リザードマン専門店──愛の黒蜥蜴とかげ

《ある日あなたに十二人の異種族妹ができました──シスター・プリンシパル》

《ドスンと一発! ヘヴィ級! ──ガネーシャの鼻》

《スリムな肢体からもう逃げられない──スレンダーウーマン》

 定番の種族から未知の存在まで多種多様。

「でも、だからって、さすがにそんな都合よく占いできるようなのは……」

「あるもんだな、ビックリだよ」

「え、あったんですか」

 ゼルが見あげるのは、目の意匠をあちこちにちりばめた看板だった。

《ギャザー専門店──見つめてサディスティック》

 スタンクとヴィルチャナもやってくる。

「ギャザーか……千里眼持ってるって話だけど、本当なのか?」

まことだ。故郷でギャザーの占術師から『西に新たな出会いあり。しんえんかくせいへと通じる門なり』と言われて、私はここにやってきた」

 その覚醒ってやっぱりボクとおなじですよね、とはクリムも口に出さなかった。

「サキュ嬢としてはSっ気の強い子が多いらしい。腹はくくっとけ」

 ゼルは語りながらも足を踏み出すところだった。

 スタンクも当然へらへら笑って行く。

 ヴィルチャナは仏頂面で後続する。

(わざわざ腹をくくれなんて言うってことは、Sっ気が強いどころかドSが来るんじゃ……?

 クリムはおっかなびっくりついていく。

 不安以上に好奇心が回転して光の翼に推進力を与えていた。


 ギャザーは高い魔力と多眼で知られる種族である。

 顔の目は左右一対と額にひとつだが、背から伸びた触手にも眼球が備わっている。

 それらすべてが魔力を宿した魔眼というのだからすさまじい。

「魔眼のオンとオフはしっかりしてますので、心配ご無用ですよ~」

 嬢はゆるやかな口調でそう言った。すこし垂れたじりがおっとりした印象を強める。

 体つきは肥満ではない程度の柔らかみがあって、抱き心地がよさそうだ。

(優しそうなおねえさんだけど……)

 正面から目をあわせるのが気恥ずかしくて、クリムは視線をすこし落とす。

 が、そこにも目があった。

 ギャザー嬢は服のかわりに眼球つきの触手をその身に巻きつけているのだ。

「あの……ギャザーさんの魔眼って闇属性だったりします……?」

「わたし、ビホルーンちゃんといいます、よろしくね~」

「は、はい、ボクはクリムといいます。ビホルーンさん、よろしくお願いします……それで、ボク闇属性はどうしても苦手で……」

 光属性の権化というべき天使は闇属性に弱い。気分が落ちこんでしまう。メドゥーサ盾の石化視に耐えながらも、闇属性の汚染で気がったのはつい先日のことだ。

「それも心配ご無用ですよ~。お客さんが本当に嫌がることはけっしてしません。クリムちゃんが苦手なものも、見ればだいたいわかりますし~」

 触手眼がぎょろりとクリムを見据えた。

 ぞわ、ぞわ、と体内に鳥肌が立つような寒気が走る。

「わたしたちって、けっこう臓器マニアなところがあって~」

「気のせいか猟奇的なこと言ってませんか!」

「違いますよ~。開腹とかはしませんよ~。見通せるだけだから~」

 無数の視線が皮膚を透過し、体の内側をなめまわしている。彼女の言葉を聞いて生じた錯覚なのか、実際に視線を一種の魔力として感じているのか、にわかには判断できない。

 よくわからないが、ちょっと、こわい。

 しゆくした少年の肩を、ビホルーンは優しく撫でた。

「あなたの体のなかキラキラしてて、見てるだけでうっとりしちゃう……筋肉はすくないけど、骨はしっかりしてるし、内臓は健康的だし、うん、とってもおねえさん好みです~」

「あ、ありがとうございます……?」

 内臓を褒められたのは初めてなので、喜ぶよりも困惑が先立った。

「おまたのほうもとっても素敵~……」

 透過性の視線が逸物を貫いた。むずむずして海綿体が硬くなる。

「あ、大きくなっちゃいますね~……服のうえから見られただけでボッキしちゃう?」

 ビホルーンは背後から耳元にささやきかけてきた。をくすぐる声量と吐息、そして無数の視線。それらは火酒のようにクリムの神経を火照らせていく。

 ひときわ熱いのは本能を呼び覚まされた股ぐらだ。

「あら、あら、あら。こんなに可愛かわいいお顔をしてるのに、お股のものはとってもたくましいんですね~、うふふふふ」

「ど、どうも」

 男の部分を評価されると恥ずかしくて赤面してしまう。相手に悪意がないので嫌だとは思わないし、誇らしさを感じないと言えばウソになる。

 天使クリムヴェールもまた男なのだ。

「あら、でも──」

 目に見えぬ視線がぎゅるりと収束した。男の剣の付け根、その下に。

「女の子の部分はとっても可愛らしいんですね~」

 クリムは中性的でれんな顔をこわばらせた。

「そ、それも服のうえからわかっちゃうんですか」

「もちろん。内臓を見通せるんですから当然ですよ~……うふふ」

 この場で隠すことでもない。

 少年は男であるとともに、少女でもあるのだ。

 天使が両性具有という事実は一般に知られていない。下界に存在する天使がクリムだけなのだから広まりようもない。サキュバス店ではプレイ中にバレることもあるが、脱衣前に言い当てられたのははじめてだ。

「ふぅーん、なるほどね~……男の子のほうはけっこうな純愛志向だけど、女の子のほうはちょっと乱暴なぐらいが燃えるんでしょ~?」

「ち、違っ……!

「ただ乱暴なのじゃなくて、好みのタイプに激しくされると、そのひとの所有物にされてる感じでドキドキしちゃう……ってところかしら~」

「う、うぅぅ……

「あら、あら、涙目になっちゃって。事実でも口にされたらツラいですよね~? こわいこと言われちゃったね~、悲しいですよね~、よしよし」

 ビホルーンはふわふわの胸にクリムを抱き寄せ、頭をでた。

 柔らかなぬくもりに包まれて、心の負担が軽くなる。性的こうを言い当てられたショックも和らぎ、感心の気持ちが強くなった。

(やっぱりギャザーの千里眼ってすごいんだ……)

 肉体を内側まで見通し、性情すら読みとる眼力は本物だろう。

 彼女ならガラちゃんとピュグマリエの居場所を占えるかもしれない。

「わたしになにかきたいことがあるみたいですね」

「それもわかっちゃうんですか」

「さあ、どうかしら~」

 くすりと彼女は笑い、クリムの手を引いた。

「さ、そこに座って~」

 ベッドのまえまで誘導したかと思えば、手前の床を指差す。

「はい、ど~ぞ」

「……床?」

「わたしはこっち~」

 ビホルーンはベッドに座り、にこりと笑った。

 全身に巻きついていた触手がほぐれ、すべての視線がクリムの足を貫く。

「おすわり」

 たちまちクリムのひざに電流が走った。

「あ、いまなにかしびれのようなものが……!」

「わ、すっごい。耐性が強いとは見てたけど、いまの強度でにらんでもその程度なんだ~。これはおねえさん全力でがんばらないとダメですね~」

「すごく嫌なことでがんばろうとしてませんか!」

「んんんん~っ、くらえ~っ」

 触手眼が血走り、少年の細脚を稲妻のような痺れが貫いた。

 クリムは崩れ落ちてしりもちをつく。

 ベッドから見下ろしてくる多眼の女は、全身に汗を浮かべて肩で息をしていた。

「はあ、はあ、はあ……目、すっごくショボショボしちゃったぁ。これはもう今日はお仕事にならないかな~……ん~、しょぼしょぼ~」

 ビホルーンは潤いをなくした眼球に点眼薬を差した。

 その間、クリムは痺れた脚を手でさすって感覚を取り戻そうとする。

「あら~、手は動くんですね~。普通の種族なら心臓が破裂するぐらい睨みつけて、ようやく下半身だけとか、おねえさん史上はじめてかも~」

 天使の状態異常耐性はきわめて高い。本来ならギャザーの視線すら意に介さないレベルだ。クリムとて頭上の光輪が欠けていなければ平然としていたことだろう。

「あ、あの、これってどういうプレイですか……!」

「眼力金縛りプレイ。うちのスタンダードですよ~?」

 実質、緊縛SMプレイである。

 店名が《見つめてサディスティック》なのだから当然と言えば当然か。

「それで~クリムちゃんは~、わたしにどうしてほしいの~?」

 ペットをあいがんするような優しい声音にぞくりと寒気がした。

 脚を組み、つま先を少年の眼前で揺らすぐさも、どことなく強圧的だ。

 女王様の風格がそこにある。

「ええと、ボクは人捜しをしていて……」

「んー、千里眼を使った占いをしろってこと~?」

「お願いできないでしょうか……?」

「ん~……どうかな~」

 ビホルーンは子どもがすねたように口をとがらせている。

「どうして占い師じゃなくてサキュバス嬢にそんなことをお願いするの~?」

「それは……仲間内でそういう話の流れになって……」

「じゃあ、クリムちゃんは占いだけが目的で、おねえさんはどうでもいいの~? 悲しいな~……おねえさん、かわいいクリムちゃんが大好きなのに~」

「い、いえ、けっして興味がないわけではなくて! おねえさん美人ですし!」

「あは、うれし~! クリムちゃん欲情してくれてるんですね~」

「は、はい……まあ……」

 しゆうにうつむこうとしたクリムのあごを、ビホルーンのつま先が下からすくい上げた。

 優しく見下ろすふたつの視線と、酷薄に貫く無数の視線がクリムをがんじがらめにする。

 ──逆らえない。

 そう思ってしまった。

「おねえさんね、いやらしいこと大好きなクリムちゃんが大好きだから~、占いなんかよりもたっくさん気持ちいいことしてあげたいんですけど~……クリムちゃんはどうなの?」

「どう、と言いますと」

「制限時間いっぱいきもちよーくイジメてもらいたくない? わたしは~、占いなんかで時間を取るよりも~、そのあいだずっとクリムちゃんを可愛がってあげたいな~って」

 いじめられるなんて嫌だ。怖い。もっと優しいのがいい。

 けれど、ギャザーの多眼で見据えられると、心が自由に動かない。

 命令を聞いて服従するのが最高の幸せだと思えてくる。

(また新しい世界を開かれてしまう……)

 下界に降りてきてから未知の快楽にほんろうされっぱなしだ。

 スタンクたちに出会って猫獣人専門店で初体験を済ませてしまったときも。

 TS専門店で女の子の部分を徹底的に愛されたときも。

 自分ひとりで《マジカルローション》を訪れたときも。

(いや……ボクはもう以前のボクじゃない!)

 天使クリムはひとりでサキュバス店に入れるまでに成長したのだ。

 スタンクやゼルのように性欲を乗りこなす一人前の男である。

 彼らもいまごろギャザー相手に奮闘している。自分ひとりが成果もなしに終わることなんて絶対にできない。

「ビホルーンさん……!」

「なあにかな~、ク~リムちゃん」

 クリムは歯を食いしばり想起する。情報収集に必要なことはなんなのかを。

 ふす、と歯をゆるめた。

 目をうるうるさせて、雨にれた子犬のように哀れな表情を浮かべる。

「占い、してください……でないとボク、みんなのところに帰れません……! どうか、どうかおねえさん、力を貸してください……!」

 涙がほおを伝った。

 天使のぼうが涙に濡れたとき、その威力は万人の胸を貫く。

「あぁ~、そんな顔されちゃったら、わたし困っちゃいますよ~……」

 ビホルーンは切なげに吐息をつき、クリムの表情を視線でむさぼる。もし彼女の目が食事のための器官なら、至上の美味に舌鼓を打っていたところだろう。

「すっごくかわいい顔……すっごくいい表情……」

 はぁ、とまた嘆息し、彼女は大きくうなずいた。

「うん、すっごくいい演技! ウソだとわかっていてもキュンとしちゃいました~!」

「あ、バレてたんですね……」

「ギャザーをなめないでくださいよ~」

 えっへん、とビホルーンは豊かな胸を張った。

(やっぱりボクには無理だったのかな……)

 情報収集の才があると言われ、自分なりにがんばってみたつもりなのだが。

 落胆に肩を落とすクリムに、ビホルーンはくすりと笑う。

「でも~、クリムちゃんの名演技におねえさん感動しちゃったので~、今回にかぎってはとっくべつに占いがんばっちゃいます!」

「ほ、ほんとですか! ありがとうございます、ビホルーンさん!」

 歓喜に輝いてもやはり天使の顔には強い魅力がある。お願いを聞いてあげてよかった、と思えるだけのものだ。カンチャルの見立てた才のへんりんがそこにある。

「とはいえ、金縛りで魔力をほとんど消費しちゃったから~、けっこう無理がたたっちゃうかもしれないので~。クリムちゃんにもお願いしたいことがあるの~」

「ボクにできることならなんでも言ってください!」

「うん、良い子ですね~。じゃあ、占ってるあいだずっとその手でオナニーしてて」

「はい! ……はい?」

 輝いていた少年の表情がこわばった。

「おねえさんのテンションがあがるように、とびきりえっちなオナニーをしてください~」

「テンションはあがるかもですけど魔力は回復しませんよね!」

「どっちか選んでもいいですよ~? 男の子の部分か、女の子の部分か」

「選択肢が嬉しくない……!」

「そうかな~、嬉しいと思うけどな~」

 不思議そうな顔で恐ろしく一方的に決めつけてくる。ほんわりした口調は真綿で首を絞めるように優しく、しかし着実にクリムを冒していた。

(もしかしてボクのほうがおかしいのかな……?)

 そんなふうに疑問に思ってしまうのも、あるいは魔眼の効果かもしれない。

 性への抵抗感が摩耗するにつれて、肌が敏感になっていく。

 それを感知したのか、触手がはらりはらりとビホルーンの体からがれだした。ヘビのように首を伸ばし、天使の肢体をあらゆる方向から取り囲む。

「あ、あぁ……そんなに、見ないで……」

 うつむこうとも顔をらそうともようえんな視線はクリムを逃さない。

 なぜか目をつむることもできなくて、魔眼と目をあわせることになってしまう。

「ねぇ~、想像してみて……」

 視線が首筋を撫でた。クリムはびくりと胴震いする。

「とっても大きなガチガチぼっきくんをおねえさんのまえでシコシコして、わんちゃんみたいに息を乱して、ぴゅっぴゅっ、びゅ~びゅ~、どぴゅどぴゅ、びゅるびゅる、おねえさんにかかっちゃうぐらいたくさん出しちゃうの……それをじぃ~っと見てたおねえさんもわんちゃんになって、はぁはぁして、クリムちゃんとえっちしたい、えっちしてちょうだい、お願い、ねえ……って、なっちゃうの。クリムちゃんのオスに屈服させられちゃうの……」

 想像してしまう。ビホルーンを組み伏せたらどれほど心地よいのかと。

 見るからに柔らかそうな体を思いきり抱きしめ、一心不乱に腰を振るのだ。

 頭を撫でられ絶頂できたら、きっと天にも昇る気分だろう。

「それとも~」

 視線がしりももでた。したままの下肢に熱い衝動が流れこむ。

「ちっちゃく閉じた愛らしいワレメちゃんをおねえさんのまえでヌポヌポして、子豚さんみたいにみっともなく鳴いて、自分が恥ずかしくなってゴメンナサイゴメンナサイって謝りながら何度もイッて、情けなくて罪深い自分を罰してほしくて……おねえさんを上目遣いに見つめて、こう言うの。えっちなボクに罰をくださいって。そのときは麻痺は解いてあげるから、つんいでわんちゃんになってね~? おねえさん、従順なわんちゃんにご褒美あげるの大好きだから~」

 想像してしまう。思わせぶりに揺らめく触手が自分を襲ってきたらと。

 四つん這いで抵抗もできずになぶられ、それでもきっとみだらによろこんでしまう。

 みっともない痴態をつぶさに観察され、負の快楽に堕落するだろう。

(そんなの、どっちもダメだ……!)

 仮にも神に仕える天上の住人、天使である。

 一時の欲望に屈して醜態をさらすなどあってはならない。

(でも……いまさらではあるし……占いはしてもらわないとダメだし……)

 醜態をさらしたのは一度や二度ではない。

 サキュバス店に入るたび、天上の神には絶対に見せられないアレをしたり、同僚の天使に知られたら後ろ指差されそうなソレをしたり、享楽のかぎりをつくしてきた。

 そして今回のコレは、仕事のためのやむない処置である。

(うん、そうだ、仕方ない……ボクがえっちなことしちゃうのはもう、どうにも避けられないことだから、神さまごめんなさい、許してください……ということで、どっち選ぼうか)

 ようやく思考が選択肢に直面した。

 さて、どうしたものか。

 より真剣味を増して悩む。

(やっぱりSM的な怖いのは嫌だし、男としてえっちするほうがいいかな……でもこのおねえさん、怖いけど包容力も感じられるし、怖いこと自体がなんていうか、恐れ多いっていうか、神さまにかしずいてるときの気分に近いっていうか、ああ、この考え方すごく不敬でダメかな、ダメだよね、うん、ダメだけど仕事のためだからお許しください我が主よ……よし、じゃあそろそろ決断をくだそう。ボクが望むのは……)

 パン、とビホルーンがかしわを打った。

「ぶっぶ~時間切れー。優柔不断なクリムちゃんにおねえさんご立腹で~す」

「え、ええぇ……それじゃあ……」

「両方でお願いしま~す」

 触手が腕に絡みついていた。

 引っぱられるまま、右手は極太の逸物へ。

 左手はその下の裂け目へ。

「男の子のクリムちゃんも、女の子のクリムちゃんも、一緒に気持ちよくなってね~。ほら、はやくぅ。占いしてあげるから~」

「……はい、やります」

 クリムは服越しに逸物を握り、裂け目に指先をわせた。ただ触れただけなのに性感神経が焼ける。先端と最奥から喜悦のしずくがこぼれだす。

 こすれば早速、こらえようのない快感が声帯を震わせた。

「あぁ、ん、んぅ……はぁ、あぁ……」

「あら、ら、ら、ら~……天使のあえぎ声ってとってもれいなんですねぇ。女としてしつしちゃいそうだけど~、ガマンして占いしちゃわないとね~」

 ビホルーンは顔の目を閉じ、触手眼を多方向に向けた。

 粘りつくような視線から解放されて、クリムはあんよりも寂しさを感じた。

「じゃあクリムくん、捜してるひとの特徴を教えてくださいね~」

「んっ、ふ、はい……えっと、一人目は──」

 クリムはガラちゃんとピュグマリエのことを話しだした。

 手は止まらない。竿さおと穴に愉悦を擦りこんでいく。

 息が切れて、言葉がおぼつかなくなっていく。

 一通り話し終えると、ようやく意識を両手に集中することができた。

「ぁあ、おねえさん、ボク、ボク……!」

 ふたつの性器にねつち満ちて、さくれつ寸前までたかぶる。

 もういつでも放てる。気持ちよくなれる。

「あ、そうだ。わたしが占うより先にイケたら、恥ずかしいシコシコぬぷぬぷタイムは終わりにしていいですよ~」

「えっ……」

「恥ずかしいことイヤなんですよね~? はやく終わらせて帰りたいですよね~?」

 クリムは息をむ。

 しごく手ときこむ指が減速した。

「あらら~? イカないの?」

「だ、だって……」

「だって、どうしたの~?」

 触手眼が切なげな顔と震えるまたぐらに集まった。

 言うに言えない天使心をあざ笑うように揺らめいている。

(せっかく言われたとおり恥ずかしいことしてるのに、こんなのひどい……!)

 せっかく、とはなんなのか。

 目的の占いもしてもらえて、恥ずかしい仕打ちからも逃れられるというのに。自分はいったいなにを悔しがっているのだろう──などという思考は言い訳にすぎない。

 もちろんクリムはわかっている。自分が本当に望んでいるのがなんなのか。

「じゃあ~、逆ならどうですか~?」

「逆……?」

「占いが終わるまでイクのをガマンしたら、帰ってもいいですよ~?」

 まったく正反対の条件を出されて、かんが困惑にとらわれた。

 イケばいいのか、イクべきでないのか、粘膜がわからなくなっている。

「その場合~、わたしが占うより先にイッちゃったら~、堪え性のないクリムちゃんをおねえさんがたくさんイジメちゃいま~す」

 クリムはかたを呑んだ。

(いまさら、ここまで来てなにもせず帰るなんて、つらすぎる……!)

 指先は動きつづけて、右も左もせんえきにまみれていた。

 肉竿も秘処もいまかいまかと最後の瞬間を待っている。

 ここですべてを解放したら、美人のおねーさんに可愛がってもらえる。気持ちよくなったうえで、さらなる快感が約束されている。ならガマンする理由などないではないか。

「わ、わかりました……その条件でお願いします」

「承りました~。ちなみに~、占いはもう終わっちゃってま~す」

「は?」

「褐色の人形もどきさんと根暗そうな魔法使いさんの二人組、見えちゃいました~」

 いくらなんでも早すぎる。ハッタリではないのか。

 だが顔の三眼はすでに開かれ、触手眼は疲れ目を訴えるように皮膜でしきりに瞬いている。なすべきことをやり遂げた証拠のように思えた。

 ビホルーンの笑顔はとびきり優しくて、残酷だった。

「よかったですね~、クリムちゃん? もう恥ずかしいことなんてしなくていいですよ~? みっともなくびゅーびゅーアヘアヘしないで、綺麗で清純なクリムちゃんのまま帰っちゃっていいんですよ~? ほ~らっ、金縛りも解いてあげますから~」

 パチリと下肢に強いしびれが走った。

 それっきり麻痺感はすべて消えせ、脚に自由が戻る。

「時間はまだまだ余ってるし~、料金半額キャッシュバックしちゃいま~す」

「い、いえ、あの……」

「またね、クリムくん?」

 両手でぱたぱたと手を振るビホルーン。

 彼女の真意はわかりきっている。

 言わせたくてたまらないのだろう──クリム自身の意志で、とびきり情けない懇願を。

 そしてクリムは逆らえない。

 彼女にでなく、自分のなかで花開いた大輪の欲望に。

「ま、まだ終わらせないでください……!」

「え~? なにを~?」

「ボクの……ボクのみっともないオナニー、最後まで見てください……!」

 口にした途端、体の内側でしゆうが爆発した。

 あわつような悦びがぞうを内側からあいする。

 その感覚は存外に心地よく、すがすがしいと言っても過言ではない。

 普段押し隠していた衝動を解放したそうかいかんはクリムの手を激しく駆動した。

「わあ、クリムちゃんオナニーどんどん激しくなっちゃって……気持ちいいの~?」

「はい、んんッ、すっごく気持ちいいですッ……!

「でも服越しだと物足りないですよね~?」

 ビホルーンはベッドから降り、クリムの服に手をかけた。

 あっという間にスポポンと脱がせる。

「あはっ、どこもかしこもお肌スベスベで綺麗……」

「ど、どうも、ありがとうございます……!」

 全裸をさらして性粘膜を直接摩擦する。とんでもない痴態だと思えばますます手が加速する。わざわざ脚を大きく開いて、彼女の視線を受け入れるようにして。

「ん~、でも~……ちょっとこれとこれは邪魔かな~」

 つん、と彼女がつつくのは、頭の光輪と背の光翼だった。

「この聖なる光が濃縮されたような輪っかと翼、誤って透視したらたぶん失明しちゃいますね~。とっても危ないから……えいっ」

 光輪と光翼がタオルで押し隠された。

 さしものちきった気分のクリムも、その所業には目をいてしまう。

「あ、あの、それはボクの天使たるあかしのようなもので……!」

「うん、そだね~。だからクリムちゃんはもう天使じゃなくて、オナニー狂いの変態わんちゃんなので~す、ぱちぱちぱち~」

 ビホルーンは楽しげに手を打ち、クリムのそばに身を寄せた。

 触れるか触れないかの位置でささやきかける。

「かわいいクリムちゃん、もっとわんちゃんらしい格好しましょうね~」

 触手眼が数本、クリムの顔に迫ってきた。その圧迫感に押されて、クリムは背中から床に倒れこんでしまう。あおけで腹を見せた、飼い犬の屈服体勢。

 とびきりみじめで、恐ろしく恥ずかしくて、なのにオナニーが止まらない。竿棒を上下にしごきあげ、秘裂を指でほじくりまわす。

「あッ、ああッ、ボクもう、ボク、ボク……!」

「はっきり言わないと、おねえさんが帰っちゃいますよ~?」

 ほんわか笑顔で残酷なことを言われ、クリムはいやいやと首を振った。

「いかないで、おねえさん……!」

「んー、せっかくだからおねえさまって呼んでみましょうか」

「おねえさま……見捨てないで」

 ノリでつい余計なことまで言ってしまった。自分が情けなくて、だからこそ解放感が強い。いままで心で言い訳をしながらふけってきた快楽をすべて肯定する気分だった。

「うん、イイ子ですね……素直なクリムちゃんはおねえさん大好きだから~、ご褒美をあげますね~。口を開けてみてください~」

「は、はい、おねえさま……!」

 開かれた小さな口のうえで、ビホルーンは口を開けた。

 伸ばされた舌をヨダレが伝う。

 ぬとぉ……と泡まじりのえきが落ちてくる。

「あ、あぁ……!

 とびきり甘い屈辱に胸が高鳴ってしまう。到着までのわずかな時間で剛直をにぎつぶさんばかりに激しくいじめ、秘肉も爪を立てんばかりにこすりたてる。

 ちゅく──と。

 クリムは泡立った生臭い液を迎え舌で受け入れた。

 たちまち股ぐらで男女二種類の快感が沸騰し、爆発する。

「あぅううッ、んんんんんんーッ!」

 めに溜まった快感が二箇所から同時に噴き出した。

 真上に向けて白濁色の粘液が。

 床に向けて透明なまつが。

 とりわけ濁液はクリム自身の腹に降りかかるばかりか、ビホルーンの体にもへばりついた。長々と糸を引く、とびきり粘っこい肉汁だった。

「あら~、天使の射精って量もすっごいんですね~。それにとってもラッキー射精!」

「ラ、ラッキー射精、ですか?」

 クリムは息も絶え絶えに聞き返した。

「この店で眼射NGじゃないのおねえさん含めて三人だけですよ~?」

 触手眼がいくつか天使汁にまみれている。

「ご、ごめんなさい……! いたくないですか?」

「目の表面を精子がうようよ泳いでる感覚がしてますね~」

「えっそこまで敏感なんですか」

「さすがにいまのはうそ~」

 ビホルーンは上機嫌でクリムに覆いかぶさってきた。

「うふふぅ~、と~ってもかわいいわんちゃんオナニーでしたね~」

 ちゅ、とほおにキスをする。

 ちゅ、ちゅ、とくり返しながら頭をでてくれた。

「おねえさま……」

 女性の包容力に触れて、絶頂後の気だるさが心地よい脱力感に変わる。

 永遠にこのまま過ごしていたいと思えた。

 だが、そんな夢想に耽っていられるのは逸物に異物がぶつかるまでのことだ。

「いま、なにか硬いモノが……」

 クリムはそちらに目を向けて凍りつく。

 いまだきつりつしたままの天使棒に、似たような形状のぼうぐいが接触していた。

 ビホルーンの脚の間から伸びている。

「お、お、お、おねえさま? まさか、おねえさまも……」

「ふたなりさんじゃないですよ~。触手を絡めて棒状にしただけで~す」

 目を凝らせばたしかに触手が複数絡みあっていた。

「わたし目当てでくる女の子、けっこういるんですよ~? 被膜で覆ったお目々がゴリゴリして、すっごく気持ちいいって言ってくれて……あ、男のひとにもコレ目当ての方がけっこういらっしゃいますね~」

「そ、それにしても、あの、それ、かなり大きくないですか?」

「クリムちゃんのとおなじ程度のサイズですよ~?」

 そう言われるとクリムも困る。馬鹿げた大きさだと拒絶することもできない。なぜなら自分がいままでサキュバス嬢に差しこんできたものである。

「それを……ボクのなかに入れるんですか」

「は~い。思い出してくださいね~……いままで出会ったサキュ嬢で、いっちばん恥ずかしいよがり方した子を。クリムちゃんもそうなるんですから~」

「こ、こわいです、正直……いや本気でちょっとそれ大丈夫かなって……」

「天使さんの体の頑丈さならたぶん平気ですよ~」

 ビホルーンはクリムを優しく抱きしめ、耳たぶを軽くんだ。

「サービスで教えてあげますけど~、占った二人組の片割れ……クリムちゃんにちょっと近いかもですので~、惑わされないでくださいね~」

「ボクに近い……?」

 クリムが意外な情報に気を取られた、その瞬間。

 ずぐん──と。不意打ち気味に巨剣がねじこまれた。


 少年であり少女でもある天使はとびきり卑しくよがり狂うのだった。





 四人は馬車のなかでレビューを書き記した。

 正確にはクリムが全員分を代筆した。

 光翼で浮遊できるクリムは馬車が揺れても筆跡が乱れないからだ。

「よし……と、とりあえず書き終えました」

「助かった。今度なにかおごってやる」

「記憶の鮮度がいいうちに書きたいというのはわからなくもないので」

 クリムは幾分スッキリした顔でスタンクに答えた。

 ちらりと目をやるのは、三角座りで縮こまっているアシュラ、ヴィルチャナ。

《見つめてサディスティック》からずっと真顔でしゆくしている。

「あの……ヴィルチャナさん、だいじょうぶですか」

「……わん」

「もうプレイ終わってますから。引きずっちゃダメです、深呼吸して開き直ってください」

「すう……はあ……わん」

 重症だった。

「スタンクさん、二回目であのお店は相当キツかったんじゃないですかね……」

「あー、ちょっと飛ばしすぎたかもな。すまん、おまえにも一杯奢る」

「わん……」

 ストイックな美剣士にクリムは同情の目を向けずにいられなかった。

(ボクは最初のころはサキュバス店に入るたび衝撃が大きすぎて、ショックを引きずってたけど……いまは多少のことなら平気になっちゃった。いいのかなこれ)

 ヴィルチャナはクリムとくらべても加速度的に変な方向にちている。

 なんとか救いあげてやりたいが、いまはその暇もない。

「馬車、もうちょっと速度あがらないのか」

 ゼルが冷や汗まじりに言う。とがった長耳が不安げに垂れ下がっていた。

「とりあえず大河まで行って船に乗る。話はそっからだ」

 冷静ぶっているスタンクだが、よく見ればタバコを逆にくわえている。

 クリムも内心は焦燥に駆られていた。

 酒場にも寄らずに馬車に乗ったのは、ヴィルチャナ以外の三人に時間がなかったからだ。

 ビホルーンによる占いの結果は恐るべきものである。

「お捜しのおふたりは~、大河を渡ってあちらの方角に向かってますね~。たぶんあなたがたの拠点になっている街じゃないかしら~。目的は~、魔法使いさんはただ逃げるだけのつもりみたいだけど~、人形もどきさんは~……似姿を求めている、といったところかしら~」

 ガラちゃんが求める似姿。

 つまりは彼女とうりふたつの存在。

 すなわち──メイドリー。

「食酒亭であのふたりが出会ったら……どうなると思う?」

 ゼルの問いかけにスタンクはかたむ。

「自分そっくりの人形が男の性欲でカスタマイズされて爆乳の褐色ダゴン風になってんだぞ……そんなもん、おまえ」

 結論を口にすることはだれにもできない。

 襲い来るせんりつの予感を端的に言い表すならば──


 死。