係留中の輸送船上で、少年は名残なごり惜しげに岸を見つめていた。

 荒くれた船乗りに囲まれて、天使のぼうはひときわ目立つ。

 彼はこれから大河への船旅に出る──と言っても、半日足らずの移動時間なのだが。

「すいません、大変なときにボクたちだけ……!」

「気にすんなって。ブルーズの鼻、なんとか治してやらないとな」

 スタンクは岸から気楽に手を振った。

 天使クリムの役目は犬獣人ブルーズの付き添いである。

《ラヴ・ブリンガー》でブルーズの鼻をいたのは、じゆがこもった薬品だったらしい。なまじ鼻の利く犬獣人だからこそ、きゆうかくを介して呪力が最大限に発揮されてしまった。

 治療には大きな神殿か高位の治療術師が必要となる。

 だが、第三の選択肢があることをつい先ほどスタンクたちは知った。

「解呪であれば魔法粘液が存外よく効くそうだぞ」

 水路の街でたまたま鉢合わせた顔見知りがそう言ったのだ。

 青肌二本角の悪魔、サムターン。

 街中でなにやら騒動が起きているからと野次馬根性で駆けつけ、偶然スタンクたちを見つけたのだという。彼は闇属性魔法やじゆじゆつに関してはゼルよりも詳しい。

「魔法で操るスライム状の粘液だが、種類によっては魔力の伝達効率をあげるらしい。とくに今回は鼻孔粘膜にこびりついているのだろう? なら効果は期待できる。ただ、粘液を自在に操るのはちょっとした修練が必要だから、使い手を探すのがまず難儀だが」

「あ、それならボク、心当たりがあります」

「あー、そういやクリムがはじめてひとりで入ったサキュバス店がそっち系だったな」

「……はい、そうです。そのとおりです、はい」

 というやりとりがあって、クリムとブルーズは船に乗った。魔法粘液をあつかうサキュバス店は大河を下った先にある。

 係留が解かれて船が出航した。

「ブルーズ、粘液で鼻うがいがんばれよー!」

「毛に粘液が絡みついてゴワゴワするだろうだが忍耐するがよい!」

 疲弊しきっていたブルーズがますます暗い顔をする。

 彼ほどではないが、スタンクの顔色もあまりよくはない。

「スタンクも乗ったほうがよかったのではないか? そのすさまじいかん、魔法粘液を使えば効率よく解呪できるかもしれんぞ」

「俺だって美人の魔法使いさんたちにスケベ粘液で気持ちよく解呪してもらいたいさ。でもまあ、アイツとの約束をすっぽかすわけにもいかないだろ」

「例のアシュラか」

「そうそう、おまえとおなじ青肌の」

 ヴィルチャナとの決闘は夕刻。

 指定された場所は街の外の小さな丘。

 街中で切った張ったをして逮捕されるのは懲りたらしい。

「アイツのクソ真面目な性格なら、約束は間違いなく守る。景品のガラちゃんを逃がすようなこともない。だから向こうの要求を飲むのが手っ取り早くはあるんだが……」

「結局その股間が問題になるな」

 スタンクの魔剣は布をかぶせて胴体にくくりつけたままだった。足運びの邪魔にはならないが、上体の動きは制限される。

「その有様で六手の剣技をさばけるのか?」

「それなんだがなぁ。どうしたもんかなぁ。頼みの綱のゼルはピュグマリエを追いかけたまま帰ってこねえし……サムターン、おまえって呪術とか詳しいんだよな」

「それなりにな」

「もしかして治せたりしないか?」

「それでなんの得がある?」

 さすがは悪魔。薄情というか素っ気ないというか。

「昼飯をおごる。だからこの切れ味鋭い股間をなんとかしてほしい。解呪でなくとも一時的にす感じで、俺の動きを邪魔しないサイズにしてほしい。一度は元に戻ったんだから、不可能ってわけじゃないと思うんだが」

「完治させるには薬品の詳細な配合がわからねば話にならんが、一時的に誤魔化すだけなら……まあなんとかなるだろう。昼飯はフルコースだ」

「フルコースか。わかった、いまからいくぞ。食後すぐに治療の時間だ」

 対価と条件を明確にして取引をする。それが悪魔サムターンとの付き合い方だ。

 付け加えるなら、会話内容は正確に覚えておくべし。

 スタンクは街を歩きながら目を皿のようにして、都合のよい店を探した。

「フルコース、フルコース、と……お、あそこがいいな」

「あれは……屋台ではないか」

 ごくごく庶民的な屋台から香ばしいにおいが漂っている。

 くしきにしたとりにくにタレをつけて売っているらしい。

 スタンクは店主のラミア中年に景気よく呼びかけた。

「へい親父おやじ、この店の串焼き一種類ずつ、フルコースで頼む! あと別に包んでほしいんだけど、このネギつきのとニンニクつきのを二本ずつ、あと手羽先、ぼんじり、ハツと砂肝とレバーと皮、そんで軟骨を……そうだな、塩ダレで頼む」

「あいよだん! フルコース+α承りました!」

 店主は手際よく焼き鳥をりゆうがしわの葉で包んでくれた。

「そらサムターン、焼き鳥フルコースだ」

 得意満面でスタンクは焼き鳥をサムターンに手渡した。

 馬鹿馬鹿しいべんである。フルコースと言えば一般的には高級料理店のものを指す。

 だが──蒼面の悪魔はすこし首をかしげ、ふむ、と得心の様子でうなずいた。

「たしかに偽りなくフルコースだな。遠慮なく食すことにしよう」

「ああ、どんどん食ってくれ」

 サムターンはある意味、とても律儀なのだ。額面だけであろうと約束には絶対に従う。ことじりを取られても怒ることはない。むしろ感心する気配すらあった。

(おかげで財布のダメージも最小限で済んだ)

 どうせ散財するならサキュバス店でしたい。焼き鳥とはいえ量が多いのでそれなりの値段にはなるが、高級店のフルコースとは比べものにならない。

 ふたりは街の噴水の縁に腰を下ろして焼き鳥を食べた。

「うむ、悪くない。肉はそこそこだがタレがうまい。タレだけ飲んでもよさそうだ」

「そういえばおまえ、なんでこの街にいたんだ?」

「面白いサキュバス店があると聞いたのだ。リビングウェポンの嬢がいるとか」

「それぼったくりだったし、もうつぶれたようなもんだぞ」

「なんと。無駄足ではないか。どうしよう」

 サムターンの目がぎょろぎょろと不安げにうごめく。律儀だからこそ、目的がふいになると自分のすべきことがわからなくなるのだろう。

「安心しろ、おまえには俺の股間を治すという役目がある。いまはそのことだけ考えていればいい。だからほら、はやく食え。俺はもうぜんぶ食ったぞ」

「う、うむ、わかった。わかったが……これ、けっこう量が多い」

「まあ売り物全種×タレ二種類だからな……」

 うぷ、とサムターンの口からおくびが漏れる。焼き鳥を半分に減らしたころから表情が暗くなり、腹をでるぐさが増えていく。ややスリムな体型のとおり食が細いのだろう。

「食えないなら俺がもらおうか?」

「なにを言う。食って股間を治療するのが契約だ。おまえに食べさせたらご破算になる」

「あー。なるほど。うん、そうか。ならがんばって食え」

 徐々にサムターンの青肌が灰色になり、汗が脂っぽくなっていく。

 心なしか角も垂れ下がってきた。

 どうにかこうにか完食したとき、若き悪魔はまんしんそうひん状態となっていた。

「おふぅ、ふぅ、むぷっ……ぐ、おえっ」

「吐くなよ。真っ昼間の往来で吐くんじゃないぞ」

 ここまでの惨状になるとは思ってもみなかった。品数のすくない店ではきような気がして焼き鳥屋を選んだのだが、完全に裏目である。

 それでもサムターンは完食した。

 つねに上向き加減でげっぷを連発し、飽食の苦しみに耐えている。

「おぶッ、うぷっ、ふぅ、ふぅ、では治療をはじめようか」

「一休みしたほうがよくないか……?」

「食後すぐに治療という約束だからな。ほら、やるぞ」

「え、ここで?」

「食後すぐ治療という約束だからな」

 すぐ、という言葉の解釈はほかにないかと思ったが、とくになにもない。

 公衆の面前で男根のなれの果てを治療されるという屈辱がスタンクを襲った。


 約束の丘はあかねいろに染まっていた。

 ふたりの剣士がたいする。

 一方は蒼面六手。異なる形状の剣三本を静かに構える。

 他方は渋面二手。もろの長剣一本を肩に担ぎ、「あー」と気だるげにうめく。

「で、勝敗条件はどうすんだ」

「命の奪いあいに条件などあるまい──殺すか殺されるかだ」

「ヤだよそんなの。勝っても負けても後味悪いし」

「真剣勝負とはそんなものだろう」

「物騒な世界で生きすぎなんだよ、おまえは……」

 仕事で怪物を殺すのは日常茶飯事だが、相手が会話できる種族となれば当然気まずい。命は奪うよりも生み出す行為のほうがずっと楽しい。えんこんでもあるならともかく、ヴィルチャナに対しては面倒くせぇなぁという苦手意識だけだ。

「付き合ってやってんだからこっちの条件も飲めよ。首をとらえるか、降参させたら勝ちだ」

「──まさか勝負がはじまった瞬間に降参する気ではあるまいな、スタンクよ」

「それだと賞品がもらえないし」

 スタンクはアシュラの背後のガラちゃんを見やった。

 半眼でうんざりした様子である。

 それも当然のことだろう。縄で木に縛りつけられ、身動きを封じられているのだから。

「ヴィルちんって顔はイケメンのくせに、性格超絶めんどくせーんですけど」

「うん、わかる。俺ンとこに来たほうがいいぞ」

「無精ヒゲのにーちゃんは目つきに下心しか感じねーんですけど」

「だけってことはないだろ。七割程度だ」

「あーもーはやく終わらせろー! どっちでもいいから縄ほどけー! もう何時間こうしてると思ってんのよバーカバーカ!」

 ギャースカわめく人形少女をしりに、場の空気が一変した。

 ヴィルチャナが半歩、足を進めたのだ。

「女を縛りつけるのは気が進まぬが──致し方ないこと」

「さっきから気になってたんだが……顔めちゃくちゃ引っかかれてないか?」

「暴れるから縛らないとどうにもならなかった──」

 傷だらけの蒼面に心なしか疲労の色がにじんでいた。

 が、それもすぐに消え去る。

 すっ──と。

 彼が音もなく間合いを詰めること、半歩。

 ただそれだけで場の空気が真冬の高原さながらにてついた。

「あの木から葉が落ち、地面についた瞬間──死合おうぞ」

「あの木っておまえの背後だけど見えるのか?」

「気配でわかる──我は単顔の出来損ないだからな。顔がひとつしかないぶん、もくで万象を知るすべを鍛えてきた」

「こないだ上から襲ってきたもうきん憲兵にあっさり捕まってなかったか?」

「不覚だった──学習した。二度はない」

 彼は手一本で小さなナイフを後方に投げた。

 木の枝に刺さり、葉が一枚こぼれ落ちる。

 ゆっくりと降下していく。はらり、はらり、と大気にもてあそばれるように。

 地面に近づくにつれて、さらに降下速度が落ちていく。それはあくまでスタンクの体感でのこと。研ぎ澄まされた神経が体感時間を遅らせているのだ。

 永遠に遊泳するかと思われた落ち葉が、とうとう終着に──

「ぶぁっくひょいッ!」

 ガラちゃんのくしゃみで落ち葉がわずかに浮いた。接地の瞬間が一拍遅れる。

 ヴィルチャナはちゆうちよなく切りこんできた。

「せやッ!」

「よっと」

 スタンクは大きく一歩退く。

 鼻先を三つの刃が通りすぎた。紙一重。

「やはり初手はけるか──面白い!」

「次はこっちも行くぞッ」

 退きざまの動きにあわせて長剣を斜に走らせた。三剣の合間をすり抜ける軌道。

 首をねらう一撃を、ヴィルチャナは肩当てで受け流す。その剣の重さからスタンクの技量を感じ取って「おお」と感嘆。冷然とした顔に歓喜の笑みが浮かんだ。

 こつんっ。

 頭頂部にどんぐりを受けて、笑みがわずかにゆがんだ。

「どんだけ気をつけても虚をかれたらそうなるよなぁ!」

 落ち葉がくしゃみで浮いたわずかな時間にスタンクが親指で打ちあげたものだ。

 ヴィルチャナに生じた隙はすんごうにも満たない。

 だがスタンクはそうなることを織りこみ、寸毫へ切りこむために動いていた。

 身を翻して地面に手をつき、足払いを仕掛ける。

「ぬッ」

 ヴィルチャナは片脚をあげてりをすかした。

 そのひざへとよこぎの剣が襲いかかる。

「むうッ」

 左二手の曲刀で受け流して、大きくバックステップ。

 スタンクはすぐに立ちあがって向き直る。

 ふたりの距離がふたたび開かれた。必殺には一歩足りない、仕切り直しの間合いだ。

「──面白い。実に面白い」

「おまえ本当にその──面白いっていうの好きだな」

「スタンクよ、おまえの剣技には美がない。泥をうヘビのような剣技だ。見てくれや名誉など投げ捨てた泥臭い剣──ゆえにこそ、正しい!」

 ヴィルチャナは腰を低く落とし、びゅんッ、と矢のように踏みこんだ。

 正面二手で太刀たちを鋭く突き出してくる。

(おっ、速い!)

 いかに速くとも切っ先ひとつにとらわれてはならない。敵はアシュラ。六手三剣の達人。

 右二手の蛮刀は斜め上から首を狙ってくる。

 左二手の曲刀は低空からスネを刈り取る軌道──いや、違う。

 地面をえぐり、土で目つぶしを仕掛けてきた。

「きったねェ!」

 スタンクはとっさにまぶたを閉じて目を守る。直前の光景と風切り音を頼りに、太刀の突きと蛮刀の斬り降ろしを半身で回避。顔に土がかかる。

 ガキャンッ、と太刀と蛮刀がカチ合った。

 直後、風切り音が不自然にうねりをあげた。太刀筋がありえない形にねじれる。

「秘剣──アナンタの首」

 やべぇ──スタンクの背におぞが走った。

「どッせい!」

「ほう!」

 瞬発的に腰を深く落とし、その反動で剣を大きくねあげる。前面の空間を根こそぎ切りあげる剛剣。間一髪、迫り来る二枚のやいばをまとめて強引にはじき飛ばした。

 開眼し、として見開かれたヴィルチャナの目と視線を交わす。

「そんな剣の使い方したら刃こぼれすんぞ、おまえ」

「音だけでわが秘剣を見極めたか──面白い!」

 ヴィルチャナはなおも攻勢を止めない。秘剣の出し惜しみはない。

 三剣がそれぞれの軌道で踊り、空中でぶつかりあう。たがいに弾かれあって軌道が激変し、予想外の角度から猛襲する。それが秘剣の正体だ。

 タネがわかったところで易々と避けられるものではない。ここまで太刀筋が変化しては、三刀流どころか倍以上の剣を相手取るようなものだ。

「うおッ、ほッ、わッ、うーわヤベッ、こわッ、勘弁しろこの野郎!」

「だが避ける──面白い!」

 スタンクにとっては面白くもなんともない。たいさばきと剣捌きでどうにかしのいでいるが、おかげで防戦一方である。

 想定以上に強い。面倒くさい。

 おまけに当初の印象と違ってなだけでもない。

「土で目つぶしなんて汚いことするヤツとは思わなかった!」

「死地は無数にくぐり抜けてきた。泥臭いのも手の内だ──貴様とおなじようにな」

「俺は嫌な仕事をさっさと終わらせたいだけだっつーの」

 サムターンに不意打ちでも頼んでおけばよかったと思い、すぐに考えなおす。

(それだとコイツ納得しないでまた絡んでくるだろうし)

 七面倒な男に気に入られてしまった。

 可愛かわいい女の子でもこういう好かれ方は御免こうむりたいところだが。

 女の子とはやはりイチャイチャれろれろズボズボするのがいい。

 女の子とイチャイチャれろれろズボズボしたい。

「もう帰りたい……」

「なぜ決闘の最中にそんなことを言うのか──」

「サキュバス店でうれし恥ずかしプレイタイムを楽しみたい……」

「こんなに楽しい戦いはないぞ、スタンクよ──」

「いや怖いだけだわ。なにが楽しいんだよ、これの」

「おまえほどの剣士がおくびようかぜに吹かれるはずもない──油断を誘う策謀か」

「素だが」

 めまぐるしい決闘と並行して会話がつづく。

 ともに並々ならぬ技量と胆力だった。

「だいたいさ、おまえ腕六本あるじゃん」

「しかり──この六本腕で戦うすべを我はずっと鍛えあげてきた」

「多すぎたら逆に邪魔になって大変だったりしないか?」

「数によっては満足に動かせぬ者もいる」

「六本腕も二本腕にくらべたらけっこう大変だろ」

 スタンクはすうっと目を細めた。

 見極めの時間は終わりだ。

 踊るように軌道を変える剣を紙一重でかわし、ひゅるり、と自身の剣を突き出す。

「ぬ」

 ヴィルチャナのほおきずあとがひとつ刻まれた。

 構わず踊りつづける三本の剣は、しかしスタンクに傷ひとつつけられない。

「よッ」と長剣一本が走るたびにヴィルチャナの肌や服が浅く裂ける。

 致命傷にはほど遠いが、着実に積み重なっていく。

「やっぱり肩と肩が干渉して間合いが限られてくるんだな」

「やはり二本腕は間合いが広いな──面白い」

 二本腕の人間と六本腕のアシュラでは身体構造的に間合いが違ってくる。

 刃の数で劣っていても、間合いで勝っていればできることもあった。

 何事も一長一短。男がみなあこがれる巨根でも不自由があるのとおなじだ。

(とはいえ、これでネタ切れのはずもないだろうけど)

 ふたりはともに後退し、距離を大きく開けた。

 足を止めて乱れた息を整える。たちまち汗が噴き出した。心臓が胸骨を打たんばかりに脈打つたび、全身が重みを増していく。

 会話をしながらひようひようと交えた剣だが、すべてに必殺の威力が込められていた。かわしたとはいえ神経はすり減る。気疲れすれば体力もぎ落とされる。

 たがいに限界は見えていた。

「そろそろ終わりにしたほうがいいと思うんだが」

「よかろう──次で決めるぞ」

 ヴィルチャナは三本の剣をそれぞれ大きく別方向に構える。

 胴体ががら空きとなっていた。

(誘い受けか)

 武器の数に勝り、間合いで劣るなら、受けにまわるのが手堅い。剣が三本あるということは、一本の三倍以上も守勢にけるということだ。

 相手の攻撃を防ぎ、構えの崩れたところで距離を詰め、一撃を食らわせる。そういった戦法をしのぐには、一体どうするべきか。

「……最速で決めてやる。防御の暇なんて与えねえ」

 スタンクは長剣を腰だめに構えた。右手は添えるだけ。左手の人差し指と親指だけでつかがしらをしっかり確保する。もっとも剣を長く、そして素早く突き出すための体勢だ。

「潔し! こい、スタンク!」

「おうよッ!」

 後足で強く大地を踏みしめ、スタンクは雷光となった。

 紫電のごとく剣が走る。のどぶえめがけて一直線。

 致命の一撃を通すまいと三本の剣が瞬速で群れ集う。

 瞬きにも満たぬせつの交錯。

 血が舞った。

「見事──」

 蒼面の頬を雷光の刃がかすめていた。

 直撃ではない。太刀たちと蛮刀がスタンクの長剣をすんでのところでからめとっている。

 勢いあまって両者ほぼ密着状態。長剣の間合いではない。

「死の恐怖を感じたぞ──勇士スタンク」

 唯一自由な曲刀が空中を滑る。この距離でも使いやすい形状の刃だった。

「させるかよッ」

 スタンクは右手でナイフを抜いた。先のひと突きは左手一本でおこない、右手は懐に差しこんで準備していたのだ。

 相手の間合いに入って懐刀で不意を打つのがスタンクのもくだ。

 曲刀よりもナイフのほうが小さい。速度も上。一瞬先に首筋に到着して、終わりだ。

 ──そのはずだった。

 なのに、あろうことか、ヴィルチャナはみずからナイフへと顔を突き出した。

 自殺行為? 否、違う。

 ナイフが静止した。スタンクは押しこもうとするが、動かない。

 刃にみつかれていた。

 すさまじいこうごう力が切っ先をとらえて放そうとしない。まるでのあぎとだ。

ふあった!」

 ヴィルチャナの曲刀が迫りくる。スタンクの首を切り飛ばす軌道。

(一手足りなかったか……!)

 時間の流れをやけに遅く感じる。刃が迫れば迫るほど時間が圧縮されていく。

 過去のおもい出が脳裏を駆けめぐった。そうとうというやつだろうか。

 はじめてサキュバス店に入ったときのこと。

 大アタリのサキュバス店で腰が抜けるほど気持ちよくなったこと。

 初の純正サキュバス店で搾りつくされたこと。

 ぼったくりサキュバス店で涙を飲んだこと。

 ほかにもあれやこれや、サキュバス店がこれでもかと。

 いい想い出ばかりだった。幸せな人生だった。

 最期の瞬間、かんにもりもりと力がいてくる。子を残したいという種の保存本能か。

 ──違う。

 呼びかける声を聞いたような気がした。

 死を否定する力強い衝動が湧きあがる──股間から。

 逸物が叫んでいる。怒張している。死をまえにして女々しくも想い出にふける情けない自分に、しつ激励という名の充血現象を起こしているのだ。

 人それを、ぼつという。

「おおおおぉおおおぉぉおぉぉぉおおおおおおおおッ!」

 サムターンの施した封印を引き裂き、ズボンを引き裂き、空を引き裂く。

 股間の魔剣はたけり狂うままに曲刀を弾き飛ばした。

「なんと!」

 真下からの一撃は完全にヴィルチャナの虚をいていた。

 赤黒い刃はアシュラのけいどうみやくをいつでも切り裂ける距離でビクビクと脈打つ。

「俺の……いや、俺と息子の勝ちだ」

 ヴィルチャナの手から残る二本の剣が抜け落ち、地面に突き立った。

 彼自身もまた、崩れ落ちて地面にひざをつく。

 ぼうぜんとスタンクのきつりつを眺めながら。

「馬鹿な……それほどの大きさの剣を、いったいどうやって隠し持っていたのだ」

「チンポだ」

「なんだと?」

「これはチンポ、男性器、魔羅、そういったアレだ」

「に、人間の魔羅は鍛えればそれほどの武器になるというのか……!」

「ぜんぜん違うけどある意味そうだ!」

 スタンクは勝利の剣を得意満面でぶるんぶるんと振りまわした。

「おまえは三本の剣を操る技術にすべてを注いできたかもしれない──だが俺は剣技以上に、またから伸びあがる可愛かわいい息子で女たちに精子を注いできた! 知っているか? 一発の射精で放たれる精子は百や千でなく億までいくそうだぞ!」

「億──だと……!」

 ヴィルチャナは目をいた。三刀流や六本腕とはけたちがいの数字である。

 がくりとうなだれる。

「完敗だ──我は剣を振るうことしか知らず、魔羅の使い道を理解していなかった」

「あ、やっぱり童貞なのか」

「女に惑わされて剣の道を誤るなど言語道断と思っていたのだが……」

「じゃ、今度俺がいい店紹介してやろうか」

 スタンクは彼の肩を優しくたたいた。

 ゆっくりと見あげてくる顔は、物を知らぬ幼児のようにあどけない驚きに満ちていた。

「いいのか……?」

「ああ、剣を交わした仲だろ」

 だからもう二度と決闘とか仕掛けてくんなよ、というのが本心なのだが。

 とりあえず信頼のあかしとして手を握りあう。

 アシュラの握手は手をいくつ使うのかと思ったが、普通にひとつだった。

「じゃ、さっさとこっちの仕事を終わらせるか」

 ガラちゃんのほうに目を向ける。

 ぬるり、と縄から抜け出すところだった。

「……あ、見つかっちった?」

 ガラちゃんはすように笑う。その下半身は無数に枝分かれし、自在に動いて縄をほどいていた。どう見てもラミアのものではない。うろこはなく、かわりに吸盤が生えている。

「おまえ、その足……触手?」

「なんかさ、縄から抜け出したいし尻尾しつぽもっと器用に動かないかなーと思ったらこうなってた」

 彼女自身もよくわかっていないらしい。

「さすが私の作った核ですねボディを変異させたようですナイスナイス」

 せわしない早口は頭上から聞こえた。

 見あげれば、翼の生えたボートが空に浮いていた。

 ばさん、ばさん、と羽ばたいて浮力を保っているらしい。

 疲れ目のマッドな魔法使いピュグマリエはガラちゃんに縄を垂らした。

「ガラちゃんこっちこっち早く早く逃げるよ逃げるよカモンカモン煙幕ぶちかますから目には気をつけてねオラオラ食らえオスどもッ」

 船から次々に投げ落とされた球体が、破裂して煙をまき散らす。死闘を終えてくたびれたスタンクには、とっさに標的を確保するのも難しい。

 煙が立ち消えるころ、ガラちゃんは翼船に乗って遠のいていた。

 いくらスタンクの剣がたくましかろうと空には届かない。

 ふたりの会話ばかりがかすかに聞こえてきた。

「ピュグっち、逃げるアテあんの?」

「どんな場所であろうと私の発明意欲があらたな傑作を作りあげるでしょうねクヒヒ」

「いや発明とかいいから衣食住をなんとかしてよっつーか、この船ものすっげ揺れて乗り心地悪いんですけど。墜落とかしない?」

「いいですね墜落いいですよ失敗あればこそ進歩ありですので墜落したらよりかんぺきな翼船を作りあげてしまいましょうかね正直こいつ不安定すぎるから絶対使いたくなかったけど」

「降ろせ! いますぐ降ろせー!」

「クヒヒヒヒヒヒッ!」

 不気味な笑い声を残してふたりは消えた。

 スタンクは嘆息して気分を切り替える。どうしようもないことは、どうしようもない。

「すまぬ、スタンク……手足を切り落としておくべきだった」

 ヴィルチャナは申し訳なさそうに物騒なことを言う。

 やはりこの男には遊びが必要だ。

 教えてやらなければ。男としての使命感がスタンクを突き動かした。


 スタンクは水路の街でゼルと合流した。

 ひねた目つきのエルフは悪びれることもなく、肩をすくめておどける。

「あのマッド女、魔法の腕前はそこそこだけど妙な発明品をたんまり持っててな。しかも使い方がめちゃくちゃだし、つい取り逃がしちまったよ」

「ただ逃がしただけじゃないよな?」

「目印はつけといた。魔力信号を発する小さな虫をちょろっとな。だいたいどっちの方向に行ったかはわかるし、ひとまずは安心していいだろ」

 で、とゼルはスタンクに同行する六本腕に目を向けた。

「そいつはどういうアレだ?」

「クリムのときと似たような感じ」

「なるほど、初心者さまご案内ってとこか」

 色を知らぬ男にサキュバス店を紹介するのも乙なものだ。

 初々しい反応を見ると擦れた心に生温かいものが満ちていく。

 面白半分ともいう。

「──すこし戸惑っている。我、あまり女人と話したことがないゆえ」

 ヴィルチャナは相変わらず真面目くさった顔だが、どことなく気後れしている様子だった。

「まあ、いきなりドギツイ店ってわけにもいかないよな」

「スタンクの股間も治さないとだしな」

 魔剣化した逸物はゼルの手でふたたび一時封印を施されている。いつまた元に戻るかわからないので、抜本的な治療は必要不可欠だ。

「じゃあ、例の店だな」

「ああ、ちょうどいい」

 ふたりの遊び人は堅物剣士に笑みを向けた。

「ちょいと川下りしなきゃならんが、おもしろい店を紹介してやる」

「かたじけない──船が必要なら我に心当たりがある」

 三人は夕食を取ってから港に向かった。

 ヴィルチャナの心当たりとは夜行専門の輸送船だった。乗組員は夜目の利く種族ばかりで、船長は彼に命を救われた猫獣人だという。

 直前にサムターンも合流し、四人でタダ乗りをすることになった。

 流れに任せて水路から大河へ。

 海と見間違えんばかりの広大な水面を、ヴィルチャナは船首から眺めていた。

「この先にまだ見ぬ世界があるのだな──」

 凜々しく結んだ口元がわずかにこわばっている。

「緊張してるのか?」

 スタンクはだらしなく緩んだ口元で問いかけた。

「剣しか知らぬ我が身を今日まで誇らしく思っていたが──いまはすこし、頼りなく感じる」

「ビビる必要はないさ。これから使うのもおまえの剣だ」

「我の、剣……」

「生まれたときからブラさげてる正真正銘おまえの相棒だよ」

 へへ、とスタンクは悪戯いたずら小僧のように笑う。

 ふ、とヴィルチャナも小さく笑った。

「おまえの相棒に負けた以上、我も認めねばなるまい──魔羅の価値というものを」

「あ、でもアシュラってどうなんだ。腕とおなじで何本も生えてるのか」

「一本だ──おまえの相棒より大きさでは劣るが」

「さすがに魔剣状態のコイツより大きかったら引くわ」

 はは、と笑い声が重なる。

 剣を交わした者同士とは思えない気楽な空気があった。

 あるいは剣を交わしたからこそかもしれない。片方の剣は逸物だったわけだが。

「おまえら楽しそうだな」

 船尾のほうからゼルが疲れた顔で歩いてくる。

「おうゼル、サムターンのほうはどうだったんだ?」

「もう出すもんぜんぶ出して、なにも出せないのにオエオエしてるよ」

 悪魔サムターンは昼の食べすぎがたたって船酔いになっていた。

 スタンクのおごった焼き鳥はすべて川魚の餌である。

「魔法粘液って船酔いにも効くのかな」

「食道に流しこむのか? さすがにそれは危ないと思うぞ」

「危険もあるのか──緊張してきたが、この落ち着かぬ気分もまた試練であろう」

「オエオエオォ……」

 到着は夜明け前だった。


《動く魔法粘液プレイ──マジカルローション》

 朝日に照らされて看板が輝いていた。

 開店時間が早いのもいい。朝食を取ってすぐに入店できた。

 魔法粘液を扱うには魔法の心得が必要なので、嬢はそろって魔法使い。

「俺は解呪ができる嬢を頼む」

「──待て、スタンク。解呪目的なら神殿なり治療院に行けばよいのでは?」

 初々しい蒼肌男に、スタンクは指を振ってチッチッと舌を鳴らした。

「どうせなら気持ちよく解呪できたほうがいいだろ」

 実際のところ、隙あらばサキュバス店で遊びたいというのが本音なのだが。

「なるほど──ムダをぎ落とし道を究めるということか」

「むしろムダをたのしむんだ。受付さん、この堅物には一番慣れてる嬢をあてがってくれ」

「いいのか、スタンク──我にそのような達人を」

「こういうのは初経験が大事なんだ。存分に楽しんでこい」

「そこまでの厚意を受ければおくしてなどいられんな──覚悟は決まった。いざ参らん」

 残る三人もすぐに嬢を選んで、たもとを分かった。

 それぞれの快楽を極めるために、おのが道を進むのだ。

 ゆく先で待っていたのは、ベッドもカーペットもないタイルの部屋だった。あるものと言えば浴槽になみなみと満たされた水ぐらいのもの。

 そのまえで魔女帽と黒のミニワンピースに身を包んだ女がお辞儀する。

「ヌラーラです……よろしくお願いいたします」

 長い前髪で目元は見えないが、あごが細くて鼻口も整っていた。ワンピースは体に張りつくサイズで、くびれがはっきりと見てとれるのもいい。バストはガラちゃんなどに比べると控えめだが、それでもEはあるし形もれいだ。むっちりした太ももだって色っぽい。

 とがった耳も獣毛も角もない。スタンクと同種の人間らしい。

 異種族マニアのスタンクだが、けっして同種に欲情しないわけではない。

 むきり、とかんに無邪気な衝動がこもった。

 ばきーん、と一時封印を打ち破り、硬質の刃がそそり立つ。

「あら、らら、ら……解呪したいのはそちらの……?」

「ああ、俺の自慢の息子だ」

 ヌラーラの声はささやくように小さいが、おびえているわけでなく地の声量だろう。口元にはほのかな笑みが浮かんでいるし、魔剣を恐れず顔を寄せてくる。

「解呪できるか? わりと困ってるんだけど、これ」

「こんなおちんちんじゃ、スライムぐらいにしか入れられないですよね……かわいそう」

 ウィスパーボイスが耳にこそばゆくて、魔剣がますます元気になる。

 ふ、と刃に息を吹きかけられた。

 直接的なこそばゆさと同時に、不可解な熱が剣身を駆ける。

 次の瞬間、スタンクの逸物が発光した。

「俺の息子が光った!」

じゆじゆつの様式を解析してるだけですので、ご安心くださいませ……」

 発光する筋が無数に浮かんでピカピカと点滅する。なぜか妙に童心がくすぐられてしまう。小型化して量産したら子どもにバカ売れするのではないか。

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「ふぅー」

 さらにヌラーラがもう一息を吹きかけると、今度はリズミカルな音が鳴った。

 ジャカジャカジャカジャカ♪

 ドゥルッドゥルン♪

 シャキーン!

「──ワンダフルMA~ッX」

「息子がしゃべった!」

「お元気な証拠です……形状と硬度の変化以外はきわめて健康的です」

 よくわからないが、やっぱり男の子にバカ売れしそう。スタンクが子どもなら絶対に買う。

 スーパー・デラックス・スタンクソード新発売!

 ヌラーラには男の子のツボはわからないのか、ふむふむと冷静に解析をしている。

「……この呪術、どこのどなたにかけられたのですか?」

「ピュグマリエとかいうマッドな感じの女からもらった薬を飲んで、こうなった」

「……もしやと思ったのですが、やっぱり」

「アイツを知ってるのか?」

 ヌラーラは苦笑いでピュグマリエに関する情報を語りだした。

 それはひとりの奇矯な魔術師の物語。

 はた迷惑な厄介者の自己満足でつづられる半生。

 ひととおり聞き終えて、スタンクは盛大に顔をゆがめた。

「……その話、マジで?」

「マジです……こちらのかいわいではけっこう有名ですから」

 もちろん悪い意味で、だろう。話を聞いただけでも関わるべきではないとわかる。

「とにかくいまは、悪い魔女にかけられたのろいをよろしく頼む」

「承りました」

 ウィスパーボイスで応じると、ヌラーラは指揮棒サイズの小さなつえを取り出した。指先でつまんで軽く振るえば、浴槽にまっていた水が粘性豊かにしゆんどうする。

「お、水じゃなくて魔法粘液だったのか」

「魔法を通して動きだけでなく性質まで自在に操るのが魔法粘液ですので……」

 ちょちょいと杖を振れば、粘液がタコのように浴槽からい出てきた。

 スタンクの足下で柔軟に伸びあがり、服を脱がせてくる。

「器用に動くもんだな。服がれたりべとついたりもしないし、大したもんじゃないか」

「私なんてまだまだ……達人になると小麦粉を一粒つまみあげたりしますので」

「果てしなきローション道か……面白い」

 だれかの影響を受けたような台詞せりふが出た。

「この道を究めるために、いつも一所懸命ですよ……」

 服がすべて脱がされた。

「ではその場にお座りください」

「座るって、椅子もないけど……お?」

 真後ろで粘液が凹型の椅子に変じていた。

 おそるおそる座ってみると、粘り気も水気もなく硬質の座り心地だった。

 と思いきや。

「はい、どぼん」

 椅子が崩れて、弾力の塊となってスタンクのしりを受けとめる。

「おっと、お、おお?」

 尻が粘液に沈みながらも床に落ちることはない。たぷたぷと不安定だが優しい感触は、スタンクの大好きなものによく似ていた。

「おっぱいに受けとめられてるみたいだ……」

「やっぱり男のひとって、おっぱい好きですよね……」

 くるりと杖の一振りで、手足や首にもおっぱい感が絡みつく。

「ほふ、おふ、おぼれる……おっぱいに溺れてしまう……」

「安心して力を抜いてください……おっぱいがおまたの変なの治しますからね」

 ヌラーラは子どもをあやすように言い、また杖をくるり。

 粘液が魔剣に絡みついた。

「おっ、パイズリ感が俺の魔剣にみっちりと……!」

「感覚、ちょっと戻ってるでしょう?」

「あ、ほんとだ。言われてみればたしかに」

 当初は痛みも快感もなかった魔剣が柔らかなものを感じている。

「表面近くの神経から、すこしずつ解呪していきますね。気持ちよかったら、腰へこへこしちゃっても、いいですよ」

「そんな、男がへこへこなんて情けないこと……」

「男のひとはいつも強気に振る舞うものですからね……でも、ほかにだれもいないんだから、どうぞ、へこへこしてみてください」

 母性を感じるささやきだった。男のプライドがとろけていく。

 男の子はいくつになっても根は甘えん坊なのである。

 おっぱい感に溺れながら、スタンクは安らかな気持ちで腰に力をこめた。

 ジャカジャカジャカジャカ♪

 ドゥルッドゥルン♪

 シャキーン!

「──ワンダフルMA~ッX」

「うるせぇ息子!」

「息子さんもたかぶっているんです……剣という形を得たことで攻撃衝動が宿っているのでしょう。ほら、息子さんと一緒に、へこ、へこ、へこ」

「ううぅ、へこ、へこ、へこ」

 不安定な状態で腰をへこらせるだけの身体能力をスタンクは持っていた。

 へこへこは一往復ごとに加速する。

 魔剣の刃が粘液を裂く。切って、断って、突きまわす。

 どれだけ切断しても粘液はすぐ元に戻る。好きなだけ切り裂くことができた。

「あ、これ、なんか楽しい……! ズバズバするの面白ぇ!」

「──ワンダフルMA~ッX」

「感触をより肉っぽくしてみましたが、ご満足いただけたようで……そのまま好きなようにズバズバしててください……こちらは本格的に解呪していきます」

 ごにょごにょとヌラーラはじゆもんを唱えた。

 透明だった粘液が淡いそうへきのきらめきを帯びる。

 その輝きはスーパー・デラックス・スタンクソードの輝きと干渉し、相殺する。

「あ……光が消えていく……」

「すこしずつ呪いを解きほぐしていきます……お客さんは腰へこをつづけて、息子さんの攻撃衝動を発散してあげてください……」

「わかった、へこる!」

 へこへこするたびに快感が増し、反比例して剣の輝きが薄れていく。

 徐々にではあるがサイズも縮んでいく。

 かき鳴らされる音もデラックス感がなくなり、途切れ途切れになっていた。

 ジャカジャカ……ドゥ、ドゥル……キンッ。

「──ワンダフルMAX……」

「ああ、息子が……息子が縮んでいく……!」

 ついに念願の時が訪れた。

 なのにスタンクの胸には、冬の北風のような心細さが吹き抜ける。

 生まれてからずっと一緒にいた相棒である。トラブルで変身したのはつい先日のこと。いまの彼はあくまで事故の産物。まがい物の姿と言ってもいい。元の形に戻るなら万々歳だ。

(でも……クリムをはるかに超える巨根とお別れって考えると……)

 サキュバス店を出禁になりそうな逸物がしゆくしていく。

 なのに快感は高まるばかり。

 不思議な違和感がスタンクの心に哀惜を呼んだ。

「息子……俺の、息子よ……!」

「ワ、ワ、ワ……」

「なんだ、なにが言いたいんだ、立派な息子!」

「ワンダフルMA~ッX……」

 まるでそれは別れを告げるかのようにはかなげな声だった。

 粘液の渦中にあるのは、見慣れた普段の逸物。

 魔剣は消え去ったのだ。永遠に、スタンクのまえから。

「息子……息子ぉおおぉおおッ! 決闘のとき俺を救ったあの一撃、絶対に忘れないからな! さらばだ、スーパー・デラックス・スタンクソード! うおぉおおおおおお!」

 狂おしく腰を振った。

 涙を流してプルプルたゆんたゆんの粘液をかき回す。

 間もなくスタンクは頂点に達した。

「ううぅうッ、出るッ、別れの一発出るぅううッ!」

 びゅるるるるーっと、快楽の白い塊が魔法粘液を貫いていく。

 完全に貫通することはなく、粘液内で球状に溜めこまれていく。

 射精が終わるまで一粒残らず溜めこんでから、勢いよく排出された。タイルにぶつかると、なにやら異様な黒い蒸気を立てる。

「これにて解呪完了しました……」

 ヌラーラは首の汗を手でぬぐった。

「それじゃあ、これより粘液プレイ本番に入りますね」

「え、もっと気持ちよくなるの?」

「抜群に」

「やったぁ、お願いします!」

 スタンクは涙を振り切ってキャッキャと無邪気に粘液プレイにふけった。

 胸にあるのは、ただただ感謝の気持ち。

 ありがとう、スーパー・デラックス・スタンクソード……!

 おまえの分まで普通の息子が気持ちよくなるからな!





 店の近所の酒場でレビューを書き終え、一同は乾杯した。

「スタンクの股ぐら復活と!」

「ヴィルチャナのサキュバス店初体験を記念して!」

「カンパーイ!」

 スタンク、ゼル、サムターンの三人はジョッキをカチ合わせた。

 祝われているアシュラ当人は張りつめた顔で机と見つめあっている。

「魔羅いじりおそるべし……魔法粘液おそるべし……サキュバス店おそるべし……女人おそるべし──これ以上は危険だ、抜け出せなくなる……絶対にいけない……」

「あのー、あまり考えすぎないほうがいいですよ」

 街で合流したクリムがヴィルチャナに優しく語りかけた。

「ボクもこのひとたちに引きずりこまれたクチなんですけど……あんまり否定しても面白がられるだけなんで、ふつーにしたほうがまだマシです」

「おまえも初めてのときは──変な声が出たのか」

「……まあ、出ましたよ」

「アヘアヘごめんなさい許してくださいと──無様に許しを請うたのか」

「ごめんなさいは言ったかも……でもアヘアヘは言ってない、と、思いたいです……」

「我は出す瞬間、泣いてしまった──悔しい」

 歯がみをしてうつむき震える、六手三刀流の達人。

 童貞卒業して調子づくどころかおびえるあたりは可愛げだろうか。

「で、だ。俺のかんも万全に戻ったから、ガラちゃん捜索に本腰を入れたいんだが」

「ああ、それなんだがな。やっぱり相手もそこまでバカじゃなかったな」

 ゼルは地図を広げて一同を見やった。

「水路の街から大河を渡って、しばらくいったこの地点で魔力反応が消えた。急いで追ったほうがいい。登りだから船を使うわけにもいかないし、陸路でケンタウロス輸送隊を使おう」

「交通費で足が出ません? というかもう出てますよね、これ」

 クリムはヴィルチャナの相手を切りあげて本題に参加した。

「必要経費は窃盗犯から引きずり出すよう《性のマリオネット》とも契約してある」

「ああ、搾り取ってやろう。ありゃとんでもない詐欺師だからな」

 スタンクは苦笑とともに酒臭い息を吐き出した。

 スーパー・デラックス・スタンクソードの一件があるから言うのではない。ヌラーラに聞かされた情報を吟味して判断したことだ。

「遠慮はいらない、徹底的にやるぞ」

 魔剣の攻撃衝動の残り火がスタンクを静かに奮起させていた。