《性のマリオネット》で三人のメイドリーがスタンクたちを出迎えた。

 もちろん本人ではない。以前カンチャルが組み立てたゴーレム用のボディだ。

 そこに核を入れれば意思を持って動きだす。

「その人形まだ残ってたんだな」

 スタンクがたずねると、トリプルメイドリーはな顔で次々に答える。

「お客さまが作った人形はデフォルトコーナーにて展示します」

「自作が苦手な方はそちらから選んでいただくことも可能です」

「デフォルトの人形はご自由に改造していただいて構いません」

 ふーむ、とスタンクは腕組みでメイドリーたちを見やる。

「たしかに全員ちょっとアレンジされてるな」

 カンチャルの超絶技巧で組みあげられた当初、メイドリー人形は本物とうりふたつだった。

 しかし目の前の三人には本物とあきらかに違う点がある。

 ひとりは猫獣人型。

 ひとりはケンタウロス。

 ひとりはバストが床につくサイズの超乳。

 多様な性癖の餌食となったことが見ただけでわかった。

「おまえら……これメイドリーに見られたらマジで殺されるぞ」

 ドン引きするのは犬獣人のブルーズ。カンチャルの代理であり、彼だけは《性のマリオネット》未体験である。

「でもな、ブルーズ。おまえだって顔見知りのちょっと乱暴な給仕にうりゃうりゃと種付けできると想像したら、燃えてくるものがあるんじゃないか?」

「スタンク、ワシまで道連れにしようとするのはやめてくれ」

「ちっ」

 こほん、とケンタウロス・メイドリーが咳払いをする。

「今回持ち去られたのは四体目の人形。そこの人間のあなたがプレイしたボディです」

「ちなみにどれぐらい改造されてた?」

「褐色角つきラミアといった組みあわせになっていました」

「変幻自在だなメイドリー。もう多数決で有翼人のほうが少数派になってるぞ」

「だから殺されるって」

 メイドリー人形たちによると、事件は一週間前の営業時間に起きたのだという。

 入店した客が六人、うち三人が自分用の嬢を組み立て中。

 突如、デフォルトコーナーに煙幕が立ちこめた。

 慌てて窓を全開にして換気したところ、デフォルトコーナーから人形がひとつ消えていた。

「それが褐色ラミアメイドリーってことか」

 スタンクが問うと、トリプルメイドリーが一斉に首肯した。

「組み立て中のお客さまもおひとり消えています」

「不健康そうなラミアのお客さまでした」

がたで、目のまわりに濃いくまができていて、尻尾しつぽも不自由そうでした」

 ずいぶんと不健康そうな容疑者候補だった。

「ちょっと気になるな」

 ゼルはとがった耳の先をいて思考を巡らせる。

「ここの人形って重量はだいたい生身と大差ないだろ」

「はい、おおよそ同等です」

「通常の二足種でも結構な重さなのに、ラミアタイプなら尻尾の分だけ重さは増す。そんな不健康そうな男が気づかれないうちにちゃっちゃと持ち運べるもんじゃないだろう」

「魔法を使えばなんとかなるんじゃないのか?」

 スタンクが疑問を差し挟んだ。

「当店では魔法感知器を設置しております」

「不自然な魔法は感知されませんでした」

「煙幕も薬品を調合したもののようでした」

 ということは、筋力を増加させる魔法や転移魔法の可能性もなし。

 一時的に透明化してその場にとどまり、隙を見て逃げ出したということもないだろう。

「人形が自分で逃げ出した、というのはありませんか?」

 クリムがおずおずと手を挙げて言った。

「人形が自分で、ということはありえません」

「ボディを動かすには核が必要です」

「核にこそわれわれのアイデンティティは宿るのです」

 ゴーレムにとって体は仮初めの器にすぎない。意識は核にあり、給料も核に支払われる。

 ボディはあくまで着替え用のコスチュームと言ってもいい。

「その核がメイドリーさんの人形に宿って、逃げ出したとかはありませんか?」

「当日出勤した核の数は増減していません。ボディとともに逃亡した可能性はゼロです」

「じゃあ、その日出勤しなかった核はどうだ?」

 スタンクは言った。

「当店所属のサキュバス嬢は即日取り調べていますが、全員アリバイがありました」

「ぶっちゃけ途方に暮れています」

「デフォルトコーナーでも人気の人形でしたので」

 一同はさらに詳しい話を聞き、現場の検分などもしたが、目立った手がかりはなし。

 唯一、メイドリー人形がラミア化する際に取り外された翼パーツ以外は。

「ブルーズ、頼む」

「わかった」

 ブルーズは翼パーツに犬鼻を寄せてにおいをいだ。けんしわが寄る。

「……いろんな男の匂いのなかにスタンクの匂いも混ざってる」

「気色悪いこと言うなよ」

「ほかにもいろんな匂いが混ざってるから、ちと難しいが……匂いはあっちに向かって伸びている……かもしれん」

 屈強な犬獣人が指差すのは窓の方向だった。

 一行は犬のきゆうかくを指針に歩きだした。

 店を出て、裏路地から裏路地へと進んでいく。

 道すがら聞きこみをするが、目撃情報は手に入らない。

「魔法で姿をすぐらいしてるだろうな。感知器なんて店を出れば関係ないし」

 ゼルの推理の正否はともかく、手がかりが一向に増えないのもたしかだ。

 やがて街を出るころになるとブルーズもお手をあげた。

「これ以上は無理だ」

「すくなくとも街から逃げ出したのは間違いないってとこか」

「ダメ元で精霊に聞いてみるか。細かい人相とか覚えてないだろうけど……」

 手詰まり感に大人三人、頭を悩ませる。

 あ、とクリムが声をあげた。

「あの、こっちの方向ってもうきんるいのお店があったほうですよね」

「どうした? またザー汁まき散らし空中ファックしたくなったのか?」

「そうじゃなくて! ボク、あのとき空から、メイドリーさんによく似たひとを見かけて……そうだ、あのひと肌が黒っぽかったんですよ!」

 たしかにクリムは食酒亭でもそんな話をしていた。

 出来すぎでさんくさいぐらいだが、これも神に近い存在に与えられる祝福かもしれない。

「じゃあ行くか、クリムのザー汁くさい山のほうまで」

「天使の精子って加護効果ありそうだな」

「精子臭がこびりついた山とかワシは勘弁してほしい」

「なんでボクがいじられる流れになってるんですかぁ!」

 涙目でわめく反応のよさがぎやく心を刺激するのだが、本人は気づいていなかった。


 ミネルヴァ周辺の山に入ると、ブルーズの鼻がふたたび働きだした。

 自然豊かな場所では人工物の匂いが際立つらしい。

 ふいにしかめっ面になる。

「クリムの精子、匂い濃すぎ」

「う、ううぅ……! そうですよ、ぜんぶボクが悪いんですよ! ごめんなさい!」

「怒るなって。おまえが褐色メイドリーを見つけたのはこのあたりか?」

「どうでしょうね! このあたりだと思いますけど、ボクの出したものの匂いで手がかりなんて全部上書きされてるかもしれませんね! ごめんなさい!」

 天使の少年はすっかりヘソを曲げていた。

(今度どっかの店でプレイ一回分ぐらいおごってやるか)

 スタンクはぼんやり考えながらも獣道を調べた。

「なあゼル、このあたりの草の折れ方、デカいヘビのった跡に見えないか?」

「ああ、たぶんそうだな」

 森に住まうエルフのお墨付きは心強い。

 確たる手がかりを得て、一行は迷わず前進する。

 が、それは渓流に道をふさがれるまでのことだった。

「ぬう、ダメだ。匂いが完全に途切れてる」

 川幅はスタンクが縦に三人連なったほど。深さもあって流れが速い。橋もなしに渡ろうとすればでき一直線だろう。

「計画的な逃走なら船ぐらい用意してそうだな」

「いままでの足取りにも迷いがないからな。川の精霊に聞いてみよう」

 ゼルはかわに手を浸し、聞き取れないほどの小声でごにょごにょとつぶやきだした。エルフの耳は目に見えない精霊の声を聞くために長いとも言われる。

「ふむふむ、なるほど……大きな木の塊が流れていったかも、だとさ。昨日きのうのことか数年前のことかはわからんけど」

「水の精霊ってやつは適当に生きてんな」

「流水にいるやつらはその場の流れに身を任せてるようなもんだからな。ただの流木って線もあるが、とりあえず追ってみるか?」

「棒立ちよりはいいだろ。あ、この場合の棒っていうのは……」

「ボクのほう見て変なこと言おうとしないでくださいよっ」

「すまん、つい」

 一行は川に沿って山を下った。

 道しるべのある下り道は気楽なものだ。行きづまっても川沿いに戻ればいい。なんの道しるべもなく山で迷うと体力と気力が加速度的に失われていく。もっとも、精霊と会話できるエルフがいれば、最悪の状況は避けられるのだが。

 やがて川はふもとにまで流れ着き、最寄りの街の城壁に流れこんでいった。

「水運の街だな。あそこの水路を使ったら大河まで流れに乗っていけるから、追いかけるのがちょっとばかり厳しくなるぞ」

「いやスタンク、ちょっとばかりじゃないぞ。入るのも出るのも検問がある。夜だから水路の使用は厳しくチェックするはずだろうし、明日までは足止めを食らうと思っていい」

「しゃーねーな。今日は聞きこみに徹しよう。わざわざ大河を使うほど金使いの荒い盗人じゃない……といいなぁ」

 すでに空は暗くなっていた。

 一行は正門にまわって検問を通り、街に入った。

 居住区の家々からは薄ぼんやりとロウソクの明かりが漏れている。

 商業区は繁盛具合や業態によっては軒先に魔力の灯火ともしびこうこうと輝く。

 灯火がひときわまばゆいのは、商業区のさらに裏。

「この時間に聞きこみなら酒場か夜のお店だな」

「そうだなスタンク。強いて言えば捜し人はサキュバス嬢のガワだからなぁー」

「おまえらどんだけサキュバス店に行きたいんだよ……」

「ただでさえ出遅れてるのに……」

 ブルーズのあきれた声にクリムが半眼でうなずく。

「いや、さすがに情報収集が前提だぞ。でもな、情報には対価が付きものだろ? それなら金払ってプレイするついでに雑談のふりで聞き出すのも手じゃないか?」

「最初のお店で情報が手に入らなかったらどうするんですか。ボクはハシゴできるほど懐に余裕ありませんよ」

「そのときは素直に酒場で聞きこむさ。そら、行くぞ!」

 クリムは納得していないようだが、スタンクは強引に押しきることにした。

 街の裏、サキュバス店の並ぶ通りは夜に咲き乱れる花の道だった。

 灯火用の結晶が軒先で色とりどりに輝き、道ゆく男たちを誘惑する。

 掲げられた看板も多種多様。

《ピチピチフレッシュ大集合! 人間さん大歓迎! ──エルフのおやど二号店》

《あなたとふたりでニャンニャンタイム♪ ──あぶない子猫》

《今日もアナタは石のようにガッチガチ──メドゥ子の石造天国》

《出しほうだい浴びせほうだい! ──産卵の泉》

《ヘイらっしゃい! 筋肉山盛りあるよ! ──美肉オーガニクス》

《一度見たら、もう逃げられない……──くねくね小屋》

 一部よくわからない店もあるが、全体的には悪くないラインナップだ。

「手堅いのはエルフだけど、猫獣人も鉄板だよなぁ」

「俺はエルフはパスだ。お袋より年上のババアが出てきたら泣く。それよりメドゥーサがちょっと気になるな。魔法で石化耐性あげていったほうがいいのか……?」

「うーむ、オーガ……大きいのも筋肉質も悪くないが毛が薄いのは退屈だ……」

 なんだかんだでブルーズも真剣に悩んでいた。

 明後日あさつての方向を向いているのはクリムだけである。

 が、彼の見つめる薄暗い路地裏にもサキュバス店の看板はあった。

「あの……あそこのお店ってなんでしょう」

 一同は少年の指先を目で追った。

《リビングウェポン・魔法生物専門店──ラヴ・ブリンガー》

 ほかより簡素な看板には、剣やよろいのイラストが添えられている。

「おい、マジかよ……めちゃくちゃレア店だぞ、リビングウェポン専門なんて」

 ゼルがどうもくして前のめりになっている。

「リビングウェポンって……しゃべる剣とか動く鎧とか、そういうのだろ? そういうのって、エロいプレイになりうるもんなのか?」

「めちゃくちゃ硬そうだが……」

「無機物でも組み立てゴーレムぐらい可愛かわいい外見ならいいんですけど……」

 ほか三人の反応は微妙もいいところだ。

 しかしゼルは冷静に、いや早口気味に応対する。

「正直、キワモノもキワモノだ。俺だって剣や鎧にぼつするかと言われたらしない。たぶんできるのは中毒のドワーフぐらいだろうさ。でもな、リビングウェポンでも高位のものになれば自分の分身を具現化できるし、魔法生物を取り扱ってるなら女型のなにかがあっておかしくない。なにより、こんな物珍しい店をレビューしたら写しも相当売れるんじゃないのか?」

「食いつくなぁ、ゼル」

「料金もほら、普通よりむしろ安いぐらいだ」

 看板の料金表を見るかぎり、ちょっとお安めのサキュバス店といったところだ。

「レアなのに安いのはむしろヤバいにおいがするぞ……」

「たぶんリビングウェポンなら人件費は安くあがるからだろ。あいつら食事する必要もないからな。どうだ?」

「そこまで言うならワシは付き合ってもかまわんが……」

「毒の沼地に飛びこむ気分ですよ……」

 サキュバス店を求める動機には二種類ある。

 性欲と好奇心だ。

 これらは本来、絶妙な配分で両立するものだが、今回にかぎっては後者の独壇場だろう。

「まあ、たまにはそういうのもアリか」

 気まぐれに自慢の剣を振るうのも乙なものだ──

 そう考えるだけの余裕が、このときにはまだあった。


 店内の照明は薄暗い。

 ムーディーな色彩の薄明かりというわけではない。

 光源は味気のないロウソク一本。

 だいだいいろの明かりをあやしく照り返すのは、壁際に並べられた武器防具道具などなど。並べられた、というよりは、乱雑に積みあげた、というべきかもしれない。

「どっちかって言うと下手へたな盗品屋って風情だな」

 やっぱり勇み足だったかもしれない。スタンクはさっそく後悔しはじめた。

 ブルーズとクリムは「だと思った」と言わんばかりの半眼。

 ゼルにしても難しい顔で周囲の品々を見ていた。

「たしかにここらの品ぜんぶ魔力は感じられるけど……」

 不満げな声を聞いていれば、大したマジックアイテムでないことは伝わってくる。

 だれも得しない大ハズレ店の予感がどんどん強くなってきた。

「クヒヒ」

 ヤモリを無理やり鳴かせたような、耳障りな笑い声が狭い空間に響く。

 マジックアイテムに埋もれかけたカウンターの向こう。フードを目深にかぶった人影が、口角を引きつらせるように吊りあげていた。

 薄暗い場所で突然そんな声と風体で出現されたら、正直ちょっと引く。クリムにいたっては露骨にビクリと肩を震わせていた。

「あー、受付のひと?」

 スタンクは声の高さから女性と判断し、かろうじて愛想笑いを浮かべた。

 彼女は口角をさらにゆがめると、かたわらからさやつきの剣を持ちだす。

「どうもいらっしゃいませお客さまがたオススメはインテリジェンスソードのシャベルカリバーちゃんです是非ともこの愛らしい声を聞いてください」

「アハーンッイクイクー」

「ハイじゃあシャベルカリバーちゃん5Pコースで四名さまご案内ですクヒヒヒ」

「待て、待ってお姉さん。まずこっちに選ばせてくれ」

 おそろしく自分勝手なペースでしゃべる女だった。

 とうのトークはスタンクの制止を無視して四人を飲みこんでいく。

「お客さん結構な通ですねェわかりますわかりますよリビングウェポンだからってしゃべる必要なんてない黙れ無機物ってことでしょうハイハイでしたらこちらのシャベラナイカリバーキッズサイズなんていかがですか」

「いやそれリビングじゃないだろ、切れ味向上の魔法を付与しただけのダガーだろ」

「エルフのお客さんもお目が高いですねハイそうですいまのは軽いジョークなので本命はこちらご覧くださいジャジャーン一見ふっつーのかぶとですが装備すると二度と脱げません内側に不思議な声が響きます殺せ殺せ殺せ血を見せろ八つ裂きだと」

「そんなもんさっさと解呪しろよ!」

 ゼルはいつもの軽薄な笑みも忘れて怒気に顔を赤くしていた。いつもひようひようと悪ふざけ上等のエルフらしくもない。ろくでもない店に仲間を誘ってしまった罪悪感ゆえか。

「あの……せめてもうちょっと初心者向けのものありませんか……? 曲がりなりにも人の形をしてるとか、顔が可愛かわいいような……」

「おっとなるほどご自分が可愛らしいから他者にも可愛さを求めるんですね天使のお客さんふえッ天使ですかマジでマジかよ超レア種族じゃんビックリするわビックリしたわハイわかりました可愛いお顔をお求めでしたらこちらのメドゥーサの盾なんていかがでしょうか」

「盾に女のひとの顔がついてますね……たしかに美人さんですけど……」

「目が開いたら石化の視線が飛んできますが天使なら耐性とかあるんじゃないですか絶対あるでしょうハイ決定お客さん一名様ごあんなーい!」

「え、あの、背中押さないでくださいよッ、あっ、わ、あああぁ……」

 ごり押しでクリムが盾と一緒にプレイルームに追いやられた。

 取り残された三人はかたむ。

「まずいぞ、ゼル……この隙に逃げ出したいけどクリムを置いてはいけない」

「すまん、みんな。俺が悪かった。今回は俺が全額出す……」

「ま、まあ、まだマシなのがあるかもしれないし、ワシもがんばって探してみよう」

 三人は消沈してガラクタ置き場をあさった。

 見れば見るほどろくなものがない。

 せめてフェアリーサイズの自動人形でもあれば即決するところだが。

「あ、マジホだ」

「やったじゃないかブルーズ、大アタリだぞ」

「でもこれ変な匂いが……香水で無理やり消臭してるけど、うッわ、中身カビてるッ!」

「すぐに捨てろブルーズ! 使用後洗ってないやつだ!」

 地獄だった。

 クリムがとらわれていなければ即脱出していたところだ。

 それでも三人は懸命にマシなものを探した。

「……よし、ワシはこれでいく」

 ブルーズは木彫りの熊を抱えていた。

 口にくわえたさけを引っぱると「ぐおーん」と鳴き声があがる。

 犬獣人の顔にはもはや虚無しかない。

「すまんスタンク、俺も先に選ばせてもらう」

 ゼルは壁に立てかけられたフルプレートアーマーの肩をたたいた。

 すると鎧全体がブルブルと振動する。

「比較的まだ人型のやつを選んじまった……きようと言いたければ言ってくれ、俺はこのガラクタの山に屈してしまったんだ……」

「俺はべつにかまわないんだが……」

 ハードル下がりすぎだろとツッコむこともスタンクにはできない。遠い目をしたゼルの姿はあまりにはかなく、いまにも消え去ってしまいそうに見えた。ブルーズも似たようなものだ。

(俺はあきらめない……後悔しない選択肢を見つけるんだ、自慢の剣に誓って)

 ゼルとブルーズはじようぜつな受付嬢が帰ってくるなり、プレイルームに連れて行かれた。

 取り残されたスタンクはかんの剣がすこしでも反応するものを探す。

 無駄に時間だけが過ぎていく。

「すいませんねお客さん取っておきの人造キメラもいるんですけどまだ調整中でして」

「キメラがいるなら可愛い感じの魔法生物はいないのか?」

「空気に触れた途端すべてを溶かしつくす獄酸スライムちゃんが」

「殺す気か」

「スライムではないけどポーションのたぐいは豊富にそろっていてアッそうだアレがあったお客さんちょっと待っててくださいよスンゴイのがありますから!」

 受付嬢は背後の棚を漁り、淡い水色に輝くガラスの小瓶を取り出した。

「股間の剣をガチの剣にする魔法薬ー!」

「ほう、剣を剣に」

「私はかの魔法都市で世紀の大魔導士デミアに師事した高弟でしてねウソじゃないですホントだよマジマジワタシゼッタイウソツカナイなのでチョチョイのチョイで作りましたよ一回飲むと一時間ほど男性の逸物が鋼の剣になってしまうという代物です言ってみればアナタの股間そのものがリビングウェポンになるということですお客さんクヒヒヒヒヒ」

「ちょっと面白そうだな……」

 スタンクはまだ気づいていない。

 自分も仲間同様にハードルが下がりまくっていることに。

「たくましさを増した雄々しい魔剣でメス道具どもをガチャガチャキンキン言わせる至福の時間をアナタにプレゼントしますハイどうぞ一気にゴクッと」

「おう、じゃあいただきます、ゴクッ」

「うわ思ったよりアッサリ飲んだウケるクヒヒ」

 勢いで飲んでしまったが、危険な薬ならゼルに治癒魔法をかけてもらえばいい。

 スタンクの食道を甘みのある苦い汁が下っていく。

 胃に落ちると苦みが熱になり、さらに体内を降下していく。

 最終到達点は股間。男の剣がぶら下がる場所。

「お、お? おおおッ?」

 熱が瞬時に膨張した。

 しやくねつが股間から一気に隆起する。

 バチバチと紫電の散るがごとくズボンを引き裂いて、赤黒いものがきつりつした。

「お、おおおッ、俺の剣がガチの魔剣になった!」

 スタンクの目の高さまでそそり立ったそれは、紛れもなくもろを備えている。

 天使クリムすらりようする凶悪無比の逸物だった。

「ではこちらのお部屋にどうぞどうぞ自慢の剣をお好きなように使ってください」

「よ、よし、うまいことなんとかしてみよう」

 スタンクはなまつばを飲んだ。なにか間違っているような気がするが、妙にたかぶって仕方ない。出すものを出さなければ収まりそうになかった。

 プレイルームは一見すると散らかった倉庫だった。

 受付まわりも雑然としていたが、こちらは棚のひとつもない。

 いくつもの木箱にあれこれ詰めこまれているが、やはりガラクタばかりである。

「そこにあるものは自由に使って楽しんでくださいねクヒヒヒ」

「あ、はい、どうも」

「それとサービスでこの鞘をお使いくださいリビングウェポンではありませんがある程度は伸縮自在に武器を収められる優れものですクヒヒヒヒヒヒヒ」

 ドアを閉ざされて、スタンクは立ちつくす。

 ノリでやらかしてしまった感がいまさらぞうを寒くした。

「とりあえず……やるか」

 渡された鞘を手に持ってみた。

 装飾のすくない鉄ごしらえで、ずしりと重い。

 魔剣の切っ先を鞘の口に添えればカチャリと硬質の音が鳴る。

「へ、うへへ、いやらしい音鳴らしやがって……?」

 なんとか自分を乗せようとわいなことを言ってみたが、ちょっとむなしくなった。

(いや、ためらうな俺。ここから先に新たな世界が待っている)

 自分の股間をいちに信じて、腰を突き出した。

 カシャンッ!

「おっ、一気に根元まで入ったぜ、このドスケベ鞘ちゃんめ! このずっぽり具合なら手加減もいらないだろうから、いきなりハメまくってやるぜ! オラッらえ!」

 カシャンカシャンカシャンッ!

 ガチャガチャッ! ガキョンッ!

 ガチンガチンガチンッ!

 カシュッ!

「おっと、抜けちまった。あんまりにも滑りがいいもんでハメとくのも一苦労だぜ。なあ、鞘ちゃんよぅ、本当は感じてんだろ? なんとか言ってみろよ?」

 鞘の口にゆっくりと刃を滑らせ、往復する。

「ほうれほうれ、ハメてほしいんだろ? パコパコしてほしいんだろう? わかってんだよ、俺の剣はそういうのわかっちゃうんだよ。そうらそうら、いくぞいくぞ、また根元まで突き刺してメスにしてやるぜぇ……オラッ!」

 ガチュンッ!

 ひときわ強烈な突きこみで鞘を奥まで撃ち抜く。

 まるでスタンク用にあつらえられたかのようにサイズぴったり。

 ぴったりすぎてなんの摩擦感もない。

 というか、魔剣に神経が通っていないのか、快感のひとつもなかった。

「……やってられるかあああああああああああああああッ!」

 スタンクは鞘を壁に叩きつけて、泣いた。

 無精ヒゲの生えたほおらした。

 涙があごから滴るぐらいに、男泣きをしたのだ。





 一行は街の酒場に入るなり、怒濤の勢いでレビューを書いた。

 書かずにはいられなかった。

 優良店を褒めるよりも悪質ぼったくり店への文句のほうが筆は進む。

 怒りと憎しみと自分へのいら立ちを、すべて紙面に叩きつけた。

「あー飲むぞ飲むぞ! 今日は飲んで忘れるぞ!」

「ここも俺のおごりでいい……本当にすまなかった、みんな」

「あんまり気にするな。ワシだってみんなを止めようとしなかったんだし」

「あうぅ……おち、おち、おち……おち……」

 クリムはいまだに後遺症に悩まされている。

 予定では褐色メイドリーの情報を集めるはずだったが、現状では少々難しい。聞きこみをするにもけんごしになってしまいそうだ。

 明日だ。明日からがんばろう。そうだ、明日からだ。今日やれることは明日やってもいい。早朝に起きればきっとなんとかなる。

 一同は飲んで食って憂さを晴らした。

 食うだけ食って、二階の宿泊室で寝た。

 ぼったくられたので安価な大部屋で雑魚ざこである。だれのものともつかない高いびきがやかましいが、泥酔したスタンクはすぐに眠りに就いた。


 夢を見た。

 目の前に自分がいる。

 股間から剣を生やした全裸のスタンクが。

「クックック……俺こそが貴様の望んだ理想のスタンクだ……!」

「うーわー、夢だからってめちゃくちゃ言いやがるな俺」

「強い股間を誇っていただろう? 長さ、太さ、硬さ、形、長持ちするし回数もこなせる自慢の息子だっただろう? しかし貴様の自慢はたやすく打ち砕かれてしまった──」

「そりゃまあ種族差は覆せないしな。オーガと張りあう気はねぇよ」

「だが筋骨たくましいオーガでなく、少女のような天使に負けたときはどうだった?」

「笑った」

「うん、まあ笑うわな。あれは笑う。でもそういう話じゃなくてだな?」

「ぶっちゃけ悔しいって気持ちはあるが、デカけりゃいいってもんじゃないだろう。フェアリー専門店でだれにも入らなくて泣きそうな顔してたアイツのこと思い出せよ」

「ウケる」

「だろ? 申し訳ないがウケるだろ? デカさが問題じゃない。相性とテクだ」

「テクではカンチャルに負けてるくせに」

「その分デカさでは勝ってるし一長一短だっての。しつけーなぁ、俺」

「だって俺よ、できればこう、アレだ。おまえなんか俺じゃない、ここで決着をつけてやるぜ、うおおおおおッ、みたいな熱い夢とか見たくならない?」

「アシュラのにーちゃんみたいなこと言うなよ。だいたい股間が魔剣のやつとそんな雰囲気になるわけないだろ。アホか」

「でもさぁ……俺、この股間だともうサキュバス嬢とも一発ヤレないんだぞ? そしたらもう剣を剣として振るうしか道がないじゃないか……どうしようも、ないじゃないか……」

 スタンク・ザ・股間ソードが崩れちた。

 しゃくりあげる声が鳴り響く。

「なるほど……たしかにおまえは俺だ」

 普通の股間のスタンクは大きくうなずいた。

「そうだよ、当たり前だろ……おまえの夢なんだし」

「サキュ嬢遊びができなくなったら、俺もあるいはアシュラのにーちゃんみたいな悲しい戦闘狂になってしまうかもしれない……」

「よりにもよって股間の逸物を振りまわして戦う狂戦士だ……」

「嫌すぎる……なんて夢見てるんだよ俺……」

 普通スタンクもなんだか泣きたくなってきた。

「あのな、普通の俺よ……念のため言っとくけど他人ひとごとじゃないぞ」

「そりゃあ俺のことだし、万一そうなったら嫌だけど」

「万一じゃなくてだな。ほら、よく見てみ」

「は?」

 おのれのかんを見下ろした途端、全身に鳥肌が立った。

 赤黒く輝く剣がぶら下がっている。

 表現ではない。重厚にして鋭く伸びあがったまがまがしいやいばがそこにある。

 スタンクの自慢の逸物は、まさしく剣と化していた。


「俺の息子ぉおおぉおおおおおおッ!」

 スタンクは飛び起きた。

 息が乱れている。全身が汗にまみれて気持ち悪い。

 大部屋の窓からは朝日が差しこんでいた。

「夢……いやわかってたけど、ひっでえ夢だった……」

 嘆息し、ふと気づく。

 遠巻きに自分を取りかこむ視線の数々。

 ゼル、ブルーズ、クリムのほか、宿泊客が総出でスタンクを中心に円陣を組んでいた。

「なんだよ、おまえら……俺を囲んでなんかの儀式か」

「あのな、スタンク。落ち着いて目を見開くんだ」

「寝起きで目がしょぼしょぼしてるんだよ……」

 目をしばたたき、腫れぼったいまぶたをこする。

 円陣を組んだものたちはそろって人差し指を立てていた。先端を向ける先はスタンク。精度をあげて言えば、スタンクのまたぐらだ。

 そこに赤黒い輝きがあった。

 縫って修繕したズボンをふたたび突き破る禍々しき刃。

 比類なき魔剣がふたたび出現したのである。

「……お、おおお、お、俺の息子ぉおおぉおおぉおぉおおぉおおおおおおおーッ!」

 男スタンクの悲痛な絶叫が朝の空気をつんざいた。


《ラヴ・ブリンガー》の受付嬢はスタンクの股間を見るなり歓声をあげた。

「うっひゃーこりゃまた素晴らしいことになってますねお客さん全男性のあこがれである巨根ですよ巨根すごいなーかっこいいなーラッキーですねお客さん!」

「うん、かっこいいのは同感だけど治してくれ、すぐ治してくれ。うちのエルフでも解呪できなかったから本気で困ってるんだ、な?」

 スタンクは魔剣を股の力だけで持ちあげて刃を誇示した。

 しかし受付嬢はおびえるでもなく、興味深そうに顔を近づけてくる。

「うーん治せと言われてもあの魔法薬が失敗だった以上はえーとどうすりゃいいのかなこれはこれでお得ってことで納得してくれません?」

「いくらなんでも無理だ! ここまで歩いてくるのも一苦労だったんだぞ!」

 宿からの道のりでは剣に布を巻きつけ、マントをしっかり閉じてしてきた。それでもマントのすそから切っ先がはみ出すし、いちいち脚にぶつかってうつとうしい。

 このままでは依頼をこなすどころではない。

「なあ、あんた魔導士デミアの高弟なんだよな」

 ゼルはカウンターにひじを置いた。

「はいそれはもうこのピュグマリエめちゃくちゃ優秀で熱心な弟子なのでわがいとしき師匠のすべてを継承したと言っても過言ではありません」

「肉体の変化を一定時間で確実に戻すぐらいはデミアなら余裕だろうな」

「わが愛しき師匠もまなである私も当然のごとく余裕です」

「ならお師匠さんに顔向けできるよう一刻もはやく調薬してくれ」

「面倒くさいけどまあ仕方ないですねわかりましたやりますハイハイやりますよやればいいんでしょうアーかったるいなぁ」

 口はせわしなく動くのに態度は心底気だるげだ。女でなければスタンクも軽くキレていたかもしれない。彼女がいなければ元に戻れないので無茶はしたくないが。

 受付嬢ピュグマリエはガラクタのなかから実験用の器具を取り出した。

 調合メモらしきクシャクシャの紙を見ながら、かまに粉や液体を投じていく。

「俺も見てるから妙なことするなよ」

「しませんよエルフさん私はいつでも実験にはしんです真剣ですマジです剣化薬は自信作だったのですが結果はまえの性転換薬とおなじかぁ永続性転換も需要は普通にあると思うんですけどねいまは失敗を乗りこえて新たな栄光をつかみますよクヒヒヒヒ」

 釜の下に火がつけられた。

 そのあいだもゼルとピュグマリエは調合について意見を交わしていく。

 不安げにその様子を見ているのは紅顔の美天使だった。

「あの方に任せてほんとうに大丈夫なんでしょうか……?」

「ワシもちょっと不安だな……ああいうタイプの魔術師、まえに見たことがある」

「ああ、たまにいるよな……ああいうマッドな魔法使い」

 一般的な倫理や周囲の迷惑を顧みず、知的好奇心のみを胸に抱いて実験を繰り返す。そんな困ったやからの発明品が暴走したので止めてくれ、という依頼が過去に複数あった。

 概して彼らは懲りない。何度でもやらかす。

「とりあえずゼルが見てりゃ大丈夫だとは思うが……」

 ゼルに言わせれば、肉体を変化させる薬品はそこまで高度なものではないという。

 難しいのは一定時間でしっかり元に戻すこと。

 逸物の包皮も切るだけなら簡単だが、つなぎ直すのは難しい。おなじようなものだ。

 もし昨日きのうゼルがそばについていれば服薬を止めていたとも言っていた。不用心すぎるんだよ馬鹿とののしられてもスタンクは言い返せなかった。

「いくらハズレ店だったからって捨て鉢はいかんな……いい勉強になった」

「むう聞き捨てなりませんね私が精魂こめて作りあげたこの店のなにがご不満だと?」

「この股間抜きにしてもろくな女がいないだろ」

「見る目がないお客さまですねいっぱいいるでしょ微弱な魔力で精いっぱい自己主張してくるカワイコちゃんたちのけなな姿に心の逸物がぼつ止まりませんよハイぶっちゃけ私ロリコンなのでがっつり魔力の通ったリビングウェポンより性能低めで好きほうだいできるあどけないマジックアイテムのほうがグッときちゃうんですよねロリコンですいませんクヒヒヒはずかP!」

「それロリコンって言うのか……?」

 思ったよりも重篤なイカレポンチなのかもしれない。

「とはいえ低レベルなド三流に合わせないと商売が立ちゆかないのも事実なので私もいろいろ考えてるんですよ最近ようやくいい感じの人造キメラを確保じゃなくて創りましてもうちょっと精神的に安定したら客を取らせようと思ってましてアアッそうだいいこと考えた!」

 ピュグマリエはパンパンと手をたたいた。

「ガラちゃーんお客さんにお茶だしてー接待してーパコパコやってなんて言わないからお話だけでいいから慰謝料とか取られないようご機嫌とってちょうだーい」

「えー、マジ? ウチがやんの?」

 プレイルームの並ぶ廊下のさらに奥から声が返ってきた。

 間を置いて、しゅるりしゅるりと床をこする音が聞こえてくる。

 下半身はヘビ。上半身は恐ろしくたわわな胸を揺らした褐色の少女。

 見覚えのある顔立ちに、クリムが思わず声を漏らす。

「メイドリーさん……?」

「え、人違いじゃね。ウチ、ガラクタ生まれ……じゃなかった、人造キメラのガラちゃんって言いまーすよろしくー」

 かおみの有翼人によく似た顔だけに、気だるげで粗雑な口調に違和感が止まらない。

 しばしスタンクたちは硬直した。

 目配せで合図をすることは忘れない。

 まず動くのはブルーズ。犬獣人の素早さで瞬時にガラちゃんの背後を取る。

「えっ、なになにどういうアレなわけ!」

「おっと、逃げ場はないぞ? こっちにきたら俺の魔剣が暴れちゃうぜ?」

 スタンクは入り口のドアをふさいで股間の剣をブンブン振った。

 退路を塞がれた状態で、ピュグマリエとガラちゃんが顔を見合わせる。

「もしかして《性のマリオネット》の追っ手ですかねイヤもしかしなくてもそうですねクヒヒヒなんたる不運ですか泣きそうです私もうちッくしょーう」

「だからもっと遠くまで逃げようってウチ言ったじゃんッ!」

「だってお店捨てるのもったいないじゃないですか小さくとも私の城ですよ」

「小さいしみすぼらしいうえに客もろくに来ないじゃんッ!」

「あーはいはいおふたりさん、けんは後にしようね。ピュグマリエさん、ちょいと失礼」

 スタンクは剣の切っ先を受付嬢のフードに引っかけ、外させた。

 あらわになった目元は濃いくまで眼精疲労を訴えている。

「なるほど……肉体変化薬で下半身をラミアにでもして、男のフリであの店に入ったのか」

「いいえエルフさんあの下半身でしたらホラそこに」

 ピュグマリエはあごをしゃくってカウンターのわきを示す。そこにかぶせられた布をまくると、ラミアの下半身がとぐろを巻いていた。

「けっこうな優れもので本物のラミアっぽくえるんですよ脱ぐと重いけど」

「そんなものを使ってまで、なんでよその店の商品を盗んだんだ? キメラがほしいなら自分で作ったほうが、なんていうか、おまえさんらしくないか?」

 スタンクは釈然としないものを感じていた。

 頭のイカレた研究者に共通しているのは、自分ならなんでも作れるという根拠のない自信だ。他人の作ったものに甘んじるのは、少々らしくない。

「私が創るものは高等すぎて低レベルな民衆には伝わらないので金を稼ぐための苦渋の決断です思い出すだに腹立たしいですこんなびたデザインのボディを使うなんて」

「ウチ、なにげにサラッとひどいこと言われてね?」

「でも核だけは私が創りました傑作ですそこらのゴーレム核と違ってアッ」

 ピュグマリエの振りあげた腕が卓上の小瓶をはじき飛ばした。

 ガラちゃんとブルーズの足下で、瓶が砕けた。

 ぼわん、と立ちこめる刺激臭に犬獣人が白目をく。

「ぎゃわんッ」

 鼻を押さえ、もんどり打って倒れるブルーズ。

 その脇をガラちゃんが通り抜けて裏口へと向かう。

「おっラッキーですね我ながら注意力散漫でよかったぁ逃亡のチャーンス!」

「おい、妙な動きをッ……!

 ゼルが動くより先に、ピュグマリエは口からどんぐりサイズの水晶球を吐き出す。

 カウンターにぶつかり、せんこうが弾けた。

 すべてが白くなった世界で、スタンクは一時的とはいえ無力化していた。

 いち早く視界を取り戻すのはクリムである。

 本来は天界に住む存在なのでまばゆいものには慣れているのだろう。

 彼は迷わず外に出て声を張りあげた。

「ふたりとも別方向に逃げていきます!」

「目が治ったらこっちも二手に分かれるぞ! ゼルとクリムはピュグマリエを頼む! 俺とブルーズはおっぱい倍増メイドリーを追う!」

「いやスタンク、ブルーズはダメだ。完全に鼻をやられてる」

「わ、悪い、ワシこれはちょっと無理……!」

 うっすらと回復しだしたスタンクの視界で、ブルーズは鼻を押さえてもだえ苦しんでいた。

「あのイカレ女は俺ひとりでなんとかする!」

 ゼルは店を出て駆けだした。

 残されたのはクリムとスタンクのみである──が。

「クリム、先にいけ……俺はもう走れない……」

 スタンクは絶望的な気分で股間を見下ろしていた。

 ぶら下がった逸物は歩くたびに諸刃の刃で脚を傷つけるだろう。

 持ち主の血をすする剣──まさしく魔剣。

「そんな馬鹿みたいな有様で深刻に落ちこまないでくださいよ!」

かんの事情ほど深刻になることがほかにあるっていうのかよ!」

「あーもう! 大きいものでもうまくポジションを調整すれば走れますよ! いいですか、こうやって……ああ、うわ、触るの嫌だなぁもう」

 クリムは心底気色悪いというように顔をゆがめ、魔剣をハンカチでつかんだ。

 ぐっと持ちあげ、スタンクの胸に押しつける。店に転がっていた鎖を巻きつけて剣と胴を固定し、上からマントをかぶせた。

「ほら、これでもう大丈夫でしょう!」

「お、おう、まあいちおう……でも剣が首筋に当たりそうで怖いぞ」

「布かぶせれば平気でしょう、ほら!」

 首元からはみ出した剣身が布に包まれた。見た目は不自然だが、なんとか走れる程度には下肢の可動域が確保されている。

「さすが巨チンの大先輩……頼りになるな」

「そんなこと言われてもぜんぜんうれしくない……」

 ふたりは裏口から路地裏に飛び出した。

 さいわい地面には大蛇の這った跡がしっかりとある。

 スタンクは走り、クリムは浮遊したまま推進し、ガラちゃんを追った。

「走るたびに布越しの逸物が首とか顔にぺちぺち当たってくる……キツイ……」

「ピュグマリエさんを捕らえてちゃんと治してもらいましょう」

「俺がチンポビンタしてるときのサキュ嬢もこんな気分だったのか……」

「いやたぶんそれは違うと思いますが」

「おまえの巨チンでビンタされたサキュ嬢はどんな反応だった?」

「そんなことしませんよ! 女のひとが可哀想かわいそうでしょう!」

「えー。そんだけのデカブツあるのにビンタしないのかよ。宝の持ち腐れだろ」

「そんなことで腐る宝物なんていりません!」

「腐るとは言わずとも発酵したチーズみたいなにおいがするんだろ? 嬢たちにくさいくさいでもすきすきーってがれたり頬ずりされたらドキドキするだろ? 男の子なんだから」

に仕事やりましょうよ!」

 こいつ答えずにしたな。スタンクはニヤついて精神状態を向上させた。クリムをからかうと心に余裕ができる。

 行き先に水路が現れると、さすがにニヤけていられなくなった。

 運河として利用されている幅の広いもの。問題は、まわりの道は石畳で舗装されていることだ。おかげで這った跡が途切れている。

「ど、どうしましょう、スタンクさん」

「慌てるな、あいつは相当目立つから聞きこみですぐにわかる」

「でも見た目だけならほぼ褐色のラミアってだけですよ。そこまで目立ちますかね……」

「間違うな、褐色・おっぱい・ラミアだ。あのおっぱいはすごかったぞ。GとかHじゃない。たぶんJかKまで軽く行ける。間違いない。目立つぞ!」

 客に改造された結果、なかなか度しがたいバストになっていた。

 あの天地を打たんばかりの乳揺れを見て、忘れられる男が存在するだろうか?

 否。いるはずがない。スタンクの男の本能がそう言っている。

 いるとしたら純度一〇〇%のロリコンか同性愛者だ。

 事実として、スタンクの耳はすぐに彼女に関する情報を拾いあげた。

「飛びこんだねぇ……」

「おっぱいが飛びこんだねぇ……」

「俺もあのすいめんになりたかったねぇ……」

 幸せそうな顔で水路を見下ろす男たちがいた。

 彼らに話を聞くと、案の定おっぱいが泳ぎ去るところを目撃していたらしい。迷わず方向を示してくれた。褐色爆乳は流れに逆らう形で水底をスイスイと泳いで行ったのだという。

「ヘビというよりウミヘビみたいですね」

「どっちにしろ行き先がハッキリしてるから楽なもんだな、いくぞ!」

 スタンクとクリムは水路を横目に走りゆく。

 積み荷を載せた小さな商船や移動中の人魚と何度かすれ違った。街中の水路というものは運輸のためだけでなくすいせい種の通り道も兼ねている。

 水路が分岐する地点もあった。

 人魚の男たちがニヤけ面を水面に出して一方向に目を向けている。

「いい乳だったなぁ……」

「産卵するとこ見てぇなぁ……」

「卵に子種ぶちまけてぇなぁ……」

「スタンクさん、楽で助かりますけどボクちょっとむなしくなってきました」

「なにがだ。おっぱいにこころかれる男のなにがおかしい」

「わからないでもないのが余計に嫌なんですよ……」

 クリムはまだまだ性にしゆうを感じるお年ごろだった。サキュバス店のレビューを十件以上も書いているのに、いつまでウブでいるつもりか。そんなんだからからかわれるんだろうに。スタンクはちょっとだけ心配になった。一番からかっている張本人ではあるのだが。

「いいかクリム、本能を嫌うな。性をいとうな。拒絶していいのは、そうしたほうがプレイが盛りあがるときだけだ──」

「無闇に本気のトーンで言わないでくださいよ……」

「たとえば男嫌いで通ってるお嬢さまが、最初は近寄らないでくださいましって言うだろ? そこにだ、うりうり体のほうは近寄ってもらって喜んでるぜお嬢さまと」

「追いかけるのに集中しましょうよ!」

「それはそれ、これはこれ。俺はいつだって性欲には誠実でいたいんだ。いまだって想像するだにウッちょっと股間がもぞもぞして、うおッ、魔剣が震えてる!」

 胴体にくくりつけた逸物が欲情の高まりに律動していた。

 姿は変わっても本質は変わらない。

 やはりそれはスタンクとおなじ時を過ごしてきた唯一無二の相棒だ。

「そうか……おまえはいつものおまえなんだな。ははっ、悪かったな相棒、いくらなんでも邪魔だとか思っちまってたよ。でもやっぱり俺にはおまえが必要だ……」

「自分の股間に語りかけないでください……」

「じゃあおまえが話してみるか? 意外とシャイで礼儀正しいやつだぞ」

 などと言っていると、

 ざぱんっ。

 前方の水面から褐色のメイドリーが顔を出した。

「ぷっはぁ、さすがに息つづかないっつーの!」

 振り向く。

 目が合った。

「……うえッ、まだ追ってきてたのッ?」

「クリム、確保だッ! どさくさまぎれに乳んでもいいぞ!」

 スタンクは天使の少年を軽々と抱え、ガラちゃんに思いきり投げつけた。

「ななななにするんですかぁー!」

「うーわッ、パツキンのガキが飛んできたんですけどぉーッ!

 ふたりが激突する、その寸前。

 横からくり出された足が天使の横腹を思いきりりつけた。

 ふぎゃ、と痛ましい声をあげてクリムは吹っ飛ぶ。水路に落ちる寸前でなんとか持ち直し、光の翼でふわりと浮かんだ。

 蹴りを放ったのは小型の遊覧船に乗ったそうめんの男だった。

「なるほど、その女が貴様の目当てか──」

 男は舗装された岸に飛び移り、ガラちゃんをかばうように立ちふさがる。

「スタンクよ、やはり貴様は我と戦う運命にあるらしい──」

「また空気の違うやつが出てきた……」

 蒼面六手の剣士──ヴィルチャナ。

 彼は水路に手を伸ばし、ガラちゃんを手招きする。

「女、我の後ろにいるかぎり守ってやる」

「マジ? イケメンは心までイケメンってやつ?」

 ガラちゃんはヴィルチャナの手を借りて水路からあがった。

「いちおう言っとくと、そいつは盗品ってやつなんだが」

「生けるものを商品扱いとは、奴隷商人のそうにでもなったのか──?」

「いや、盗品に勝手に核をぶちこんだらしくて……あー、この場合どうなんだろ」

「ウチは道具扱いマジ勘弁って感じなんですけどー」

 べーと舌を出すガラちゃん。メイドリーよりも軽い、というより子どもっぽいと言うべきか。創造主が一級の変人だったことを考えると、これでも真っ当に育ったほうだろう。

 ヴィルチャナは静かにスタンクを見つめている。

 そうぼうには冷たい光が宿っている。雪解け水に浸した刃のごとき清澄な冷たさだ。

「どちらでも構わん。我から言いたいことはひとつ──」

「このイケメンはウチのために戦う愛のソルジャーってやつな!」

「決闘をしろ、スタンク──勝てばこの女を好きにしていい」

「そうそう、イケメンが負けたらウチを好きに……え?」

 ふたりの間に悲しいすれ違いがあったようだが、事態が好転したわけでもない。

 むしろ状況はおっぱい追跡時よりはるかに悪い。

 スタンクはヴィルチャナの冷たい目を見て、心底嫌そうに顔を歪めた。

「わかったよ、その面倒くせー挑戦受けてやる」